第161話 泣き所
「ただの過労でしょう。このところ立て続けに色々あって、お姉さまも休養が足りていなかったようです」
倒れたアンを治療していたレーンはそう言った。
アンは今、ペイルーンの与えた薬を飲んで眠っている。
そのとなりではフルンとエットがじっと座っていたが、エットは今にも泣きそうだ。
「あたしが……外に出たから、アンが……」
そう言って大粒の涙をこぼすエット。
「大丈夫、あれぐらいでいきなり風邪を引いたりはしないさ。ちょっと疲れただけだよ、すぐに良くなる」
「ほんとう?」
「ああ、大丈夫だ。あとはレーン達が見てくれるから、ご飯もまだだろう、食べたら早く寝なさい」
「うん……でも、もうちょっとだけ」
アンが倒れた時は、両親をなくした幼いころの記憶がフラッシュバックしてちょっと取り乱しかけたが、エットを慰めているうちに、俺も落ち着いてきた。
見たところ、よく眠っている。
レーンの言うとおり、大したことはないのだろう。
大所帯での家事は大変とはいえ、ミラーが来る前から分担はできているはずなので、最近はあまり気にしていなかったが、アンは心労のほうが大きそうだよなあ。
俺も先日、しでかしたばかりだし。
普段意識してないけど、この大所帯の責任を負ってるわけだからな。
それに冒険を再開したので、留守番組は家で待ってる間の不安もあるだろう。
そうしたみんなの不安にも、アンは気を使っていただろうしなあ。
アンには負担をかけ過ぎだよ。
「私とハーエルさんが交代でみます。朝になって回復しないようなら医者を呼びますが、特におかしなところもないので大丈夫だと思います」
というレーンに後のことは任せて、俺はコタツに戻った。
「ご主人様も食事がまだでしょう。今支度をしますので」
牛ママのパンテーが用意してくれた食事を食べる。
アンに限ったことではないが、こんなことがあると、いつものごちそうもあんまり味がしないなあ。
「ホロアはあまり病気にならないものですがー、アンにはだいぶ負担をかけてしまっていたようですねー」
デュースも珍しくしんみりしている。
「家のことは丸投げしてたもんなあ」
「ご主人様はそれで良いのですけどー、やはり私達はもうちょっと考えないとー。私も放浪生活が長すぎてー、家のことというのが何もわからないんですよねー。そういうことばかり言ってるわけにもいかないですねー」
「うーん、しかしまあデュースは探索の方で色々やってもらってるしなあ」
「それぞれ自分の専門分野に関してはー、みんなきちんとやっているのですがー、家事にせよ商売にせよー、冒険のことも含めて扱ってるのはアンだけでしたからー。皆何かあるとアンに相談しますしー」
確かにそうだなあ。
うちは各人の専門分野においては非常に優秀な人材が揃っているが、家をまとめる人間ってのは考えてみるとアンしかいないんだよな。
冒険のまとめ役はデュースとレーンがやってくれてるし、家事はモアノア中心に、商売はメイフルが回している。
更に細かく担当は分かれているが、それを網羅的にまとめているのはアン一人なんだよな。
あまり個人に責任をもたせすぎると色々破綻するもんだしなあ。
アンは優秀だと思うが、三十人からの人間を一人でまとめるのは、流石に無理だろう。
さらに十倍ぐらいに増えたし。
なにか考えないとなあ。
「あの、差し出がましいかとは思いますが……」
とミラーの、たぶん0号かな?
「私どもは肉体的疲労を感じません、皆様の負担になるようなことは積極的にお申し付けいただければ、お役に立ちますので、どうぞ遠慮なくお命じくださいますよう」
「ありがとう、今日だけでも十分、役に立ってくれたよ」
「ほんとうですか、ありがとうございます」
ミラーは僅かに顔をほころばせるが、すぐに元の顔に戻る。
そこに地下から戻った大工のカプルがやってきて、
「アンが倒れたんですの?」
「ちょっと過労だってさ」
「私が来てからでも、彼女が働いていない時はありませんでしたから、疲れもたまりますわね」
「そうだなあ」
そういうカプルも寝る間も惜しんで働いてると思うが。
でもカプルはぱっと見はお嬢様風だけど、実はマッチョな体育会系だしな。
腹筋とか凄いんだよ。
「ところで、雪はまだ降ってますの?」
「たぶんな」
と答えると、カプルは外をのぞきに行く。
すぐに戻ってきて、
「ちょっと予想以上でしたわね。玄関を確保しておいたほうがいいと思いますわ」
「玄関の確保?」
「入り口に雪が積もると、扉から出られませんもの。二階から出ることもできますけど、扉が開くようにスペースを作っておくのですわ」
「なるほど。俺は積もるような街で暮らしたことがないからなあ」
「この街はたまに積もるそうですので、準備だけはしていたのですけど、いきなりとは思いませんでしたわね。ミラー、四人ほどおねがいしますわ」
カプルはミラーを四人連れて表に出ていった。
タフだなあ。
明日もどうなるかわからんし、今日は程々に寝ておくか。
寝ているアンの方を見ると、エットがまだ枕元に座っていた。
毛布を手に取り、エットの隣に腰を下ろす。
エットは俺の方をじっと見るが、何も言わずに、またアンの寝顔を覗き込む。
「冷えると、お前まで風邪引くぞ」
そう言って、エットに毛布をかぶせてやる。
エットの隣ではフルンや撫子たち年少組がアンを見守るように雑魚寝していた。
俺もそのとなりに隙間を見つけて、毛布にくるまった。
「……さま……ご主人様、起きてください」
「うーん、アンか……もう朝か?」
アンに揺り起こされて目を覚ます。
「なんだ、もう風邪は治ったのか?」
「それどころではありません、ここはどこでしょう?」
「うん?」
アンの言葉に体を起こしてまわりを見るとどこまでも広がる草原に、空にはメロンの皮のような光の筋。
あれ、これっていつもの夢のアレ?
「熱でうなされていた体が、すっと楽になったかと思うと、ここでご主人様の隣に寝ていたのです。ここはいったい……、それに他の皆は?」
「まあまて、おちつけ。ここはアレだ、俺の夢の中的なやつだ」
「夢?」
「こういう時はまず紅か燕を呼ぶんだ。おーい、紅、燕、いるんだろう、出てきてくれ」
そう呼びかけると、直ぐに返事が来た。
「今度はちゃんと呼んだわね、偉いわよ、ご主人ちゃん」
そう言って燕がどこからともなく出てきた。
しかもまた神々しく光り輝く姿で。
「その格好は眩しいからやめろ」
「やめろと言われても体は下に置いてきてるからなんともねえ、早く入り口を開けてくれなきゃ、自由に来られないじゃない」
「またわけのわからんことを。それよりもアンがだな」
「わかってるわよ。やっと上がってこられるようになったのね。アンが最初の従者だから、あとは芋づる式にいけると思うけど」
「いけるって?」
「つまり、完全にご主人ちゃんの眷属として属性が書き換わったってことよ。それでちょっと体調崩しちゃったのね」
「うん? つまり風邪じゃないと」
「ご主人ちゃんだって、この間従者が増えすぎて寝込んだでしょう。肉体のキャパを超えちゃうと、負担がかかって体調が悪くなるのよ」
「ははあ、よくわからんが、まあ雰囲気はわかった。それで、どうなんだ?」
「どうって?」
「この状況は何がどうなってるんだ?」
「どうって、おめでたいからお祝いでもしましょうか」
「そりゃいいが、酒もつまみもないぞ」
周りを見回すがどこまでも続く草原で、いつぞやのカプル特製の石の匣、そして遥か彼方は白いモヤに包まれている以外何もない。
「だめそうね」
「そうだな」
俺と神々しい燕の会話を横で見ていたアンが、おずおずと質問する。
「あの、それでここは一体。それにツバメのその姿は……」
「えーとだな、ここはなんだかよくわからんけど、俺の作った特別な世界らしいぞ。俺とお前たち従者だけが入れるような」
「では、私はその資格を得た、ということなのでしょうか」
「うん、まあ……そうなのかなあ。よくわからんけど」
「私も理屈はまったくわかりませんが、ここにいるととても満たされる気がします。ご主人様の腕に抱かれているような、そういう満足感というか」
「ふむ」
アンが納得したところで帰るとするか。
たしか、俺のペンダントを通して帰れるんだったよな。
「あ、ちょっとまって。匣の準備はできてるから、それまでに扉を開きなさい。いいわね」
燕がそんなことを言う。
「扉?」
「そうよ」
「ふむ、なんかわからんがわかった。じゃあ帰るか」
そう言ってペンダントを握り締めると、たちまち白い光に包まれて、意識が遠のいていった。
なんだかまた面倒な夢を見た気がするな。
だが、気分は随分すっきりしている、のんきなもんだ。
その日は寝付きも悪く、吹雪の音もうるさくて眠りも浅かったが、気がつけば窓の外が明るくなっていた。
明け方には雪もやんだようだ。
アンの様子を見ると、すっかり顔色も良くなっていた。
エットは結局アンの横で毛布にくるまって寝たようだ。
暖炉の前では夜通し看病していたであろうレーンとハーエルがお茶をすすっていた。
そちらに行って、二人を労う。
「おつかれさん、もう大丈夫そうだな」
「はい、夜半には熱も引いていましたし」
とハーエル。
「そりゃあ良かった」
「風邪というのは、苦しい物なのでしょう? 私はかかったことがないのですが」
「そうだな、気分は悪いしフラフラするしで大変だよ」
「先日もご主人様が倒れた時は驚いてしまいましたが、こうもたてつづけに家のものが倒れるとは、なにか良くない予兆では?」
「いや、風邪ぐらいひくだろう。むしろこの人数で寝込むものが今までほとんど居なかったほうがおかしいぐらいだよ」
「そうなのですか?」
「俺の国ではそうだったな」
「この国では風邪はそれほど流行らないと思います。病気といえば食あたりや何かの毒が大半ですし」
うちでも以前ウクレが精霊力の不調とかで具合を悪くしたぐらいか。
あとはフルンも最初病気だったけど、それぐらいだよなあ。
そういや、シルビーは前にインフルエンザっぽいので寝込んでたよな。
種族による違いとかはあるのかなあ?
「おや、お姉さまがおめざめのようですよ」
レーンが言うので枕元まで行ってみると、アンが目を覚ましていた。
「おはよう、気分はどうだ?」
「そうですね、久しぶりに体はスッキリしているのですが、気分は嫌悪感で沈んでいますね」
「ははは、俺もしでかす度にそんな感じだよ」
アンは横で寝ていたエットに目をやると、ため息をつく。
「面倒を見ているつもりが、ずいぶんと心配させてしまったようで。うろ覚えですが、遅くまで起きていたようですし」
「お前のことが大好きなんだよ」
「そういう恥ずかしい台詞を、素面で聞くのは難しいですね」
「俺は得意だけどな」
「そのようですね。私も勉強しないと」
そう言ってアンは笑う。
「まあ、今日は一日休んどけ」
「ご主人様はどうなさいます?」
「レーンとハーエルの回復組二人が徹夜明けだと、無理してもしかたないだろう。雪も積もってるようだし、今日は休むよ」
「かしこまりました、ではそのように」
それだけ言うと、アンは再び目を閉じた。
コートを着込んで表に出ると、通りは三十センチからの雪が積もっていた。
一晩でそんなに積もるもんなのか。
これが毎日続いたらどうなるんだろうと思いつつも、とりあえず皆で手分けして家の周りの雪かきをする。
「屋根の分はこのまま晴れていれば、勝手に横に落ちると思いますわ」
とカプル。
「祭りの間にこんなに降ったのははじめてね。やっぱり今年の天気はおかしいわ」
ショベル片手に雪をどけていた、おとなりの喫茶店店主ルチアがそう言って空を見上げる。
今日は雲ひとつ無い快晴だ。
「これ、今日は店を開けられるかな?」
「開けても客が来ないかも。とにかく、ここを片付けましょ。そっちに排水口があるから、雪はそこに捨てられるわ」
ルチアは通りの端を指さす。
下水に流して大丈夫なのか、ちゃんと溶けるようになってるのかな?
雪かきにはミラーズの面々も早速役に立ってくれた。
あっという間に通りに道が確保できる。
「彼女たち、新しい従者? 人形よね、そんなに同じタイプってたくさん買えるものなの?」
ルチアは驚いていたが、適当にごまかしておく。
表通りには商店街の面々が皆で揃って雪かきをしていたが、一軒だけ木戸を硬く閉ざした店がある。
当然、そこの住人はこの場にいない。
本屋の店主にして、俺同様に異世界からやってきたという謎の女ネトックのことだ。
「ああ、彼女なら今朝早く、雪が止むと同時に出て行ったわよ。彼女はいつもあんなもんよ」
とルチア。
そのとなりでは判子ちゃんが黙々と手押し車で雪を運んでいる。
まだ、ネトックのことには気がついていないようだ。
どうにか雪を片付けて家に戻ると、朝飯の支度ができていた。
アンは別に作ったミルク粥を食べていたが、そばに居たエットが、
「熱くない? 吹こうか? ふー、ふー、どう? ちょうどいい?」
などと言ってしきりに世話をしている。
可愛いもんだ。
アンの方も照れ隠しにことさらすまし顔で、これもまた可愛い。
「どうやらー、大丈夫そうですねー」
一緒に飯を食っていたデュースも安心した様子だ。
俺も安心したよ。
他の皆も入れ替わり立ち替わりアンの様子を見に行っていた。
モテてるなあ。
アンはすっかり良いようで、見たところいつもどおり働きたくてウズウズしてるが、まわりが心配するので仕方なく休んでいる感じだ。
食事を終えると、忍者のコルスが出て行った。
森のダンジョンの様子を見てくるらしい。
それを見送ってから、俺は地下室に降りる。
石造りの地下室は元々食料庫として使っていたが、今は地下基地への階段を作るために工事中だ。
ミラー達が十人程、裸のまま泥まみれになって掘り下げた穴の部分を拡張してはレンガを積んでいる。
炭鉱で働く奴隷みたいな絵面で、いささかどうかという気がするんだが、当のミラー達が嬉しそうに働いてるのでなんとも言いがたい。
現場監督のカプルは、
「人形による土木工事はだいたいこういうものなのですけど、身内にやらせるとなるとまた話は別ですわね。少々気がとがめますわ」
と言いつつも、テキパキと指示を出す。
今更気がついたが、カプルは大工集団で修行しただけあって、集団作業のほうが得意なのかもしれない。
今も現場監督として指示を出す姿は堂に入っている。
その横を通り抜けると、ステンレス製の天井部に出る。
ここは昨日より少し広げられて一メートル四方ほどの穴が空き、大きな階段が設置されている。
まだ手すりなどはなく、足場だけだが立派なものだ。
天井の高さが五メートルほどあるので、これぐらいしっかりしてないとちょっと怖いからな。
階段を降りると、どこから持ってきたのか、大量の材木が積まれていた。
その場にいた大工兼錬金術士のシャミに尋ねると、
「壁、作った時のあまり。床下に入れてた」
との答えだ。
「追加も発注する予定。でも雪で遅れるかも。レンガも足りない」
「こっちは何を作るんだ?」
「色々。要望順」
「要望?」
「フルンとエットが柱、サウがアトリエ、エンテルが書斎、デュースが魔法の練習部屋」
「随分と予定が立ってるな」
「うん、忙しい」
「そうか、まあいい感じに頼むよ」
「ご主人様は?」
「俺か? そうだな、なんか考えとくよ」
シャミもミラー相手に色々指示を出している。
任せてればそのうちどうにかなるだろう。
地下基地はあちこち工事中で賑やかだが、そのうちの一室に絵かきのサウがいた。
昨日まで二階のロフトにあった彼女のテーブルがぽつんと置かれている。
「よう、広すぎると落ち着かないんじゃないか?」
「そう? わたしはそうでもないけど。でも、みんなの気配が感じられないと、そこはちょっと寂しいかも」
「そんなもんか」
「カプルと話したけど、彼女たちが設計をする製図机もここに並べて、事務所っぽくしようって事になったわ。テーブルは並べておいたほうが打ち合わせとかはしやすいしね」
「そりゃそうだな」
「エンテルとペイルーンも自分たちの研究室を作りたいって言ってたわね。学者の人の研究室ってどんな感じなのかしら?」
そう言って話す間にも、ミラー達がサウの荷物を運んできていた。
見ているうちに、棚やテーブルが並んでいく。
家馬車にあったカプルの製図机なども運ばれてきた。
さらに、ソファや打ち合わせ用のテーブルなども近いうちに工面するという。
本格的だな。
別の部屋にはデュースと紅がいた。
部屋の強度などを調べているらしい。
「ステンレスの壁はー、よほどのことがない限り壊れないものですがー、一応魔法を使っても大丈夫かどうか確認してたんですよー」
とデュース。
要はここでバンバン魔法を使って修行しようという話らしい。
「普通は屋外の広いスペースかー、黒の精霊石で固めた特殊な部屋でやるのですがー、今はフューエルの屋敷にある小さな部屋を使わせてもらってたんですけどー、あそこだと詠唱ぐらいしかできなかったのでー、ここなら実際に火球を結界で弾くといった実践的なトレーニングもできそうですねー」
「なるほど、剣の修業だとスペースだけあればいいけど、魔法だと燃えちゃったりして困りそうだもんな」
「そうなんですよー、そこがなかなか街では魔法が学べない理由ですねー」
そんな苦労があったのか。
その後、ブラブラと見て回るが、昨日フルンとエットが走り回っていた部屋は空っぽだ。
たぶん、今もアンのそばにいるんだろう。
俺も一緒にいるとするか。
上に戻ると来客があった。
こんな雪の中、わざわざやってくるのは限られてるわけで、予想通り、その第一候補であるフューエルだった。
「領地が大変だったんだろう、もういいのか?」
「おかげさまで。橋が一つ流れてしまいましたが、復旧の目処がたちましたので」
という。
「それよりも、アンが倒れたそうで、大丈夫なのですか?」
「おかげさまで、もう、大丈夫そうだよ」
「でしたら良いのですが、大所帯を切り回すのは大変なものです。うちの実家の方でも、家の取り仕切りは上の母が本家から連れてきた家政婦と執事が中心にやっておりますが、その道五十年のベテランでも苦労は耐えないようです。アンは巫女としては優秀だったと聞いていますが、これだけの人数を仕切るトレーニングは受けていないでしょう。不慣れな仕事というものは、それだけでも余計に負担となるものです」
うちの従者のことを俺以上によくみてるなあと、いつもながらに感心するわけだが、そこのところは顔に出さずに、素直に聞いてみる。
「俺は使用人がいるような家で暮らしたことがないんだよ、どうすりゃいいだろう」
フューエルは、一瞬顔をしかめて余計なことを言ってしまったという表情をしてから、こう言った。
「では、うちのものと相談してみましょう。高齢で隠居したうちの元女中頭なのですが、暇を持て余したのかこちらの屋敷に来て毎日あれこれと口を挟んでくるものですから、何か仕事を与えたいと思っていたのです。メイドの教育にはうってつけでしょう」
「ふむ、よろしく頼むよ」
専門家のレクチャーってのは大事なもんだ。
どうみても業務経験はないのに、口だけが上手い似非コンサルみたいな人の話はまったく役に立たなかったけど。
「それよりも……」
とフューエルがあたりを見回しながら、こう言った。
「また随分と従者が増えたようですが。これだけの人形をどこで買われたのです?」
人形とはもちろん、ミラーズの面々のことだ。
客が来ているので裸エプロン組は奥に隠れている。
「いやあ、床下から出てきたんだ」
と正直に答えたが、フューエルは本気にしない。
「またそのようなことばかり。それよりも、探索はどうするのです?」
「行きたいのは山々なんだけど、アンがああなっちゃったら、今日ぐらいはおとなしくしてようかと。レーン達回復組も夜通し治療しててまだ寝てるし、あとはまあ雪もあるししょうがねえかなあ、って感じで」
「それが良いでしょうね。エディはどうしているでしょう?」
「さあなあ、あっちはあっちで大変だと思うが。うちのコルスが様子を見に行ってるから、昼過ぎには戻るんじゃないかな?」
そこに地下にいたデュースが登ってきた。
「あらー、丁度良いところにー。いいものがあるんですよー」
とフューエルを連れて再び地下に篭ってしまった。
あっちはまだ全裸土木員がいるんじゃ……と思ったが、まあいいか。
あとは、デュースに任せておこう。
アンのところに行くと、布団の上で体を起こして、撫子やピューパーと本を読んでいるところだった。
エットはすぐ側でじっとアンを見張っているようだ。
「エット、なにしてるんだ?」
「アンがちゃんと休んでるか見張ってる」
「そうか、偉いぞ」
「うん」
力強く頷くエットをみたアンは、少し苦笑してから俺に話しかける。
「フューエル様がいらしていたのでしょう?」
「ああ、デュースに任せてきたから大丈夫さ」
「そうですか、いつまでもこのような状態ではお客様にも……」
と布団からでかけるが、エットが慌てて押さえつけた。
「ダメ、まだ布団からでちゃ! レーンもあんせーにしてろって言ってた!」
「ですが……」
「ダメ、ったらダメ!」
「もう、しょうがない子ですねえ」
アンはしぶしぶ布団に戻る。
しばらくそうして本を読み聞かせるアンを見守っていると、今度はフルンが手に何かを抱えてやってきた。
「新しいすごろくできたー、今度は地底王国の冒険! エットに聞いたペカントが舞台!」
「ペイカント!」
と訂正するエット。
「そう、それ。みんなでやろう。アンは大丈夫?」
「そうですねえ、じゃあたまには一緒に」
アンが言うと、エットが喜んで、
「ほんとに? アンとすごろくやるの初めて!」
と言うと、撫子も頷いて、
「アンはめったに遊んでくれません」
と喜ぶ。
「すごい、でも大丈夫? しんどくない?」
「大丈夫ですよ、さあ、やるからには負けませんよ」
その後、しばらくはみんなで楽しくすごろくで遊んだ。
昨夜の不安がウソのように消し飛んで、まったりとした時間を過ごす。
こういうのだけで、十分なんだけどなあ。
ひとしきり遊んで、そろそろ昼飯時だというのに一向に下から上がってこないフューエルとデュースを探しに地下室に行くと、一部屋いっぱいに使って、なにやら激しく魔法を撃ちまくっていた。
「どうしましたー、ご主人様ー。そろそろお昼でしょうかー」
とデュース。
「そうなんだけどな。しかし、そんなに魔法を撃ちまくって大丈夫か?」
「そうですねー、熱がこもるような長時間の火炎魔法は避けたいですがー、火球のたぐいはいくら飛ばしても大丈夫ですねー」
「そうみたいだな」
いまもフューエルが派手に魔法の火の玉を壁に向かって連打している。
壁の一部に土や瓦礫を積み上げて、そこを的にしているようだ。
時折砕けた瓦礫が飛び散ったりする。
なかなかハードだな。
デュースの魔法は口調同様、モーションがおっとりしてるんだが、フューエルは性格通り動きも激しい。
正拳突きのように拳を突き出しながら、連続して火の玉を飛ばしている。
「あのモーションって意味あるのか?」
「あれで呪文の詠唱を一部省略してるんですよー。その分、連打できるんですねー」
「へえ、そういうのもあるのか」
「私はああいう動きは無理ですねー」
後ろではフューエルに弟子入りしている奴隷のウクレも見守っている。
フューエルが火の玉を打ち終えると、今度はウクレの番のようだ。
ウクレはフューエルの動作に見入っていて、俺が来たことにも気づいてないらしい。
それだけ集中しているのだろう。
ウクレはフューエルとは違い、小さなスティックを手に、呪文を唱える。
するとたちまち、スティックの先端に火の玉が沸き起こる。
それを放り投げるように振ると、前方に向かって飛んだ。
のはいいのだが、火の玉はゆるい放物線を描いて、床にあたって消えてしまった。
「はぁ……、また、ダメでした」
「作ってからの制御が甘いようですね。魔力のポテンシャルはあるのですが、これはどちらかと言うと技術の問題ですから、根気強く練習するしかありません」
「はい、先生」
「ウクレ、あなたは弓を使うのでしょう?」
「はい」
「そういう得意なものがあるなら、それの延長でやってみるのもいいかもしれません。剣や矢に魔法を重ねる術というのも魔法の定番です。魔法の乗りやすい、精霊石を埋め込んだ矢というものもありますから、今度試してみましょう」
「はい」
「では、今日はここまでにしましょうか。あそこで暇そうな顔で冷やかしている人もいるようですし」
俺の方を向いてフューエルがそう言うと、ウクレも俺に気がついて頬を染める。
「あ、ご主人様、見てらしたんですね」
「おう、凄いじゃないか。いつのまにか、あんな火の玉が作れるようになったんだな」
「はい。でも、まだ実戦には程遠くて」
「大丈夫さ、すぐにもっとすごくなる。なんせ先生がいいからな」
「はい。フューエル様はとても丁寧に教えてくださって、感謝の言葉もありません」
そう言って喜んでみせるウクレに、フューエルはすました顔で、
「それはあなたの才能と努力の賜物です。私が教えられるのは知識や技術だけ。ですが、魔法とは自らの内なる精霊の声を聞くこと。神のお力を借りる神霊魔法との決定的な違いはそこです。その意味を常に自分に問いかけながら修行に励めば、自ずから高みへと登れるでしょう」
「はい!」
「良い返事です」
「そうだ、先生もお昼食べていかれますか?」
「そうですねえ……」
俺の方をちらりと一瞬見てから、フューエルはウクレに向かって微笑む。
「では、いただくとしましょうか」
「よかった。実はすね肉の煮込みがあるんです。きっと美味しいと思うので、ぜひ食べていってください」
「あなたが作ったのですか?」
「はい。たっぷり煮込んだあと、冷蔵庫で二日も寝かすんです。そうしたら旨味が増して、すごく美味しくなるんです」
「それは楽しみですね」
そう言って二人は手をとって先に出て行った。
ウクレもああやって甘えたりするんだなあ。
俺もフューエルに甘やかしてもらいたいなあ。
と後ろ姿を見送りながら考えていると、デュースと一緒にいたオーレに脇をこづかれた。
「ご主人、鼻の下伸びてる」
「そうかな?」
「フューエル、やさしい。手をつなぎたければ、言えば、つなぐ」
「俺でも大丈夫かな?」
「……むずかしい、かも」
「だよなあ」
「難しいこと考えると、はらへった。ごはんたべよう」
「そうすっか」
オーレが手を繋いでくれたので、俺は拗ねることなく、すね肉の煮込み料理を食べに、上に戻ったのだった。
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