第160話 心労

 突然従者が二百五十六人も増えて賑やかになった我が家だが、ミラーは全員が黙々と働くので、やかましくはない。

 今も二十人ほどがてきぱきと動きまわっている。

 地下に通じる階段は、まだハシゴが仮置きしてあるだけだが、巨人のメルビエでも通れるようにちゃんとしたものにするとカプルは言っていた。

 と言っても、探索があるので順調には行かないかもしれないが。


 ミラー0号を伴い、地下に降りてみる。

 中央の通路を挟んで十六個ある部屋は、どれも学校の教室ぐらいの広さで、中央に彼女たちが眠っていたカプセルと、部屋の隅に制御用のボックスが飛び出ていたが、今はすべて収納してある。

 ここの端末は、彼女たちのメンテにしか使えないようだが、燕はじっくり調べてみると言っていた。

 なにかわかるといいな。


 部屋のうち四つほどには、控えのミラーズが二百人ほど、相変わらず裸のまま整列して立っている。

 どうにかしてやりたいが、ちょっとどうにもならんよなあ。


「必要になれば随時稼働します。スペースが邪魔であれば、もう少し詰めて収納いたしますが」


 と0号。


「むしろ、もうちょっとリラックスしてくれてもいいんだぞ」

「ありがとうございます。現在、エミュレーションブレインは十分に安定し、リラックスしております」


 まあ、本人がそう言うなら大丈夫だろう。

 リラックスの定義が同じとは限らんしな。

 しばし眺めてから別の空き部屋に移ると、剣士のセスと僧侶のレーンがミラー四人ほどを相手に、木刀で稽古をつけていた。


「どうしたんだ、修行か?」


 声をかけるとレーンが、


「一応、戦力としてどの程度か確認しておこうと思いまして。剣の技術は無いのですが体術はほどほど、力が鍛えた成人男性程度にはあるので、トレーニングを積めばギアントぐらいなら相手ができるかと。探索時のバックアップには十分な戦力です」

「ほほう」

「馬車が使えない場所での荷物の運搬や、土木工事だけでも助かりますね」

「はい、どのような場所でもお役に立ちます」


 木刀を握っていたミラーの一人が答える。


「おう、頑張ってくれ」


 隣の部屋では、カプルとシャミが数人のミラーを使って、階段やら何やらをこしらえていた。


「ここだと、音を立てても平気ですし、これだけ大量のアシスタントができたら捗りすぎて寝る暇がなくなってしまいますわ」

「二十四時間働ける」


 そんなことをおっしゃるカプルとシャミ。


「お役に立ちます」


 などと口々に言いながらミラーも手を休めない。

 がんばれよ、とだけ言い残して、隣の部屋に移る。

 ここは空き部屋のようで、順番に端の部屋まで行くと、隅っこの部屋でフルンとエットがぐるぐる走り続けていた。


「なにやってんだ、二人共」

「あ、ご主人様! ここね、すっごい広いからおもいっきり走れる!」

「そう、あたしもウズウズしてたからばっちり!」

「今日一日雨でじっとしてたから走ってるの!」

「でも、平地ばかりじゃ物足りない。柱欲しい。作っていい?」


 交互に話しながらも、二人は走るのをやめない。

 タフだなあ。


「あとでカプルに頼んどけ」


 それだけ言って、地下の見学を終えた。

 光源と空調が行き届いていて、居住スペースとしても快適そうだ。

 大きなベッドをおいて、夢のふわふわベッドルームも作れるかもしれないな。

 寝室にするには天井が五メートルほどと高すぎて落ち着かないけど。

 あえて小部屋を作ってもいいかもしれない。

 楽しみだ。


 一通り見学してから地上に戻ると、猛烈に寒かった。

 暖炉が切れたのかと思ったらそうでもなくて、むしろあかあかと燃えている。


「先程から吹雪に変わりまして、今暖炉の薪を増やしたところです」


 薪を抱えて裏口から戻ったアンが寒そうに身震いしている。

 外に出てみると、すでに日は落ちている時間だが、視界がホワイトアウトするレベルのすごい吹雪だ。

 慌てて家の中に飛び込む。


「どうなってんだ、こりゃ」

「この街はそれなりに雪が降るとは聞いていましたが、ここまでとは。今、オルエン達が表で片付けていますが、私も今から出てきます」


 とのアンの台詞に、俺に同行していたミラー0号が、


「では、私どもも」

「コートの予備が無いのです」


 上着を着こみながらアンが言うと、


「マイナス三十度までは裸体でも通常稼働が可能です。軽装で十分、お役に立てると思います」

「そうですか、では何人かお願いします」


 と言って、一緒に出ていった。

 それを見送って、俺はコタツに入る。

 ちょっとアルコールで体温をあげよう。


「寒いですねー」


 家馬車の風呂場から戻ってきたデュースに、コタツの隣を勧める。

 外で作業をしている連中のために、お湯を沸かしなおしていたらしい。

 お風呂もそろそろ薪で沸かす仕組みとかあってもいいよな。

 新しいお風呂はいろいろあって保留中だ。

 土間の方の施工予定場所では、料理人のモアノアがみんなに指示を出しつつ夕食の支度をしている。

 ぼーっとその様子を眺めていたら、天井から冷たい空気が降りてきた。

 天井が高過ぎるのも考えものだな。


「ちょっと冷え過ぎだな」

「そうですねー、冷たい風が結構吹いてきますねー」

「天井が高いし、屋根裏もないから冷気がモロに来るんだろう」

「ちょっとこの上に風よけでも欲しいところですねー」

「ふぬ、タープでも張ってみるか」


 そばに居たミラーに声をかけて、しまいこんでいたキャンプ用のタープを一枚引っ張り出してくる。

 それを二階のロフト部分からコタツの上に吊り下げるように張ると、若干冷気が防げた気がする。

 あと、天井が低いと落ち着くな。


「だいぶましになりましたねー」

「背中の方からも風が吹いてるな、衝立でもあればいいんだが」


 なにげなくつぶやくと、ミラーがこう言った。


「我々が、ここに立って風を防ぎましょうか? お役に立てると思いますが」

「いや、それはいくらなんでも」

「だめでしょうか……」


 悲しそうな顔をするのでやらせることにした。

 すぐに下から素っ裸のミラーが十人ほど上がってきて、コタツに入っている俺とデュースの背後に並ぶ。

 これはなんというか、端から見たら凄い状況だな。


「これはー、いかがなものかと思いますがー」


 デュースが耳打ちしてくるが、俺もそう思う。

 とはいえ、今更やめさせるのもなあ。


「どうでしょう、風は防げたでしょうか?」

「うん、それはばっちりなんだけど……」

「けど?」

「いや、なんというか、せめて服ぐらい着てないと、見た目が寒そうだ」

「申し訳ありません。予備の服はないそうですので」

「じゃあ、あれだ。あっちに積んである布団の山から毛布を持ってきてあれにくるまって俺の後ろに座っといてくれよ。それで十分だ」

「かしこまりました」


 結局、俺の背後に毛布をかぶって丸まったミラーたちの壁ができた。

 まあ、これぐらいならどうにか。

 その間も、外は吹雪が荒れ狂っているようで、びゅうびゅうと音が鳴り止まない。


「これ、明日からの探索大丈夫かな?」

「厳しいですねー」

「森にいるエディたちも大変だろう」

「さすがに調査を中断するかもしれませんねー」

「困ったな」

「そうですねー」


 大自然の前にはいかな騎士団といえども無力なわけで、まして俺ぐらい平凡なおっさんになると、これはもうどうしようもないわけだ。

 あの船幽霊のことはいつも気になっているが、だからといって大事な従者たちに無茶なことをさせるわけにもいかないしな。

 俺の後ろで丸まってるミラー達も割と際どい線だと思うが。


 ちびちびとグラスを傾けながら、言い訳がましい考え事をしていると、何度も同じ顔が前を横切る。

 ちょっと気になるが、まあ、これはすぐに慣れるだろう。

 そこに、この時間は家事に専念しているはずのアフリエールとイミアがやってきた。


「ミラー達がすぐに仕事を覚えてしまって、やることがなくなってしまいました」


 イミアが苦笑すると、


「でも、火を使って煮炊きするのは珍しいですね、って言ってて。どういうことかって聞いたら、大昔は火を使わなくてもスープを温めたりできたそうですよ。お伽話みたいです」


 とアフリエールも目を丸くする。

 電子レンジとかかな?

 あるいはもっとすごいやつだったりして。


「しかし、火を使ったことも無ければ、炊事は難しいんじゃないか?」


 と聞くと、イミアが、


「そう思ったんですけど、一度で覚えてしまうんです。あと七号に魚のおろし方を教えたら、あとから来た十二号が教えたとおりに調理したりしてて、なんだか不思議です」

「へえ、でもそれだと確かに、すぐに仕事を覚えそうだな」

「それに、すごく楽しそうに働いているので、つい任せてしまいました」


 とのことだ。


「まあいいじゃないか、うちに来たばかりで張り切ってるんだろう。そのうち分担も慣れるさ」


 あんなところで何万年も出番を待ってたんだとしたら、そりゃあ張り切るだろう。

 好きにさせてやろう。


「そういえばフルンとエットは? まさか外で遊んでるんですか?」


 アフリエールが周りを見回しながら尋ねる。


「いや、下で遊んでるぞ。飯もまだなら、行ってきたらどうだ?」

「じゃあ、行ってきます。私まだ下を見てなかったから。危なくないですよね?」

「ああ、だいじょうぶ。ハシゴだけ気をつけてな。行っといで」


 イミアも一緒になって二人で地下に降りていった。


「あそこは頑丈そうですからー、魔法の修行にも使えそうですねー」


 デュースがそんなことを言うが、こたつに首まで埋まってて修行などまったくやる気のなさそうな顔だ。


「そうだなあ、まあ、いいんじゃないか?」

「階段ができたらー、ちょっと環境を整えてみましょー。もうちょっと修行のレベルもあげたいところでしたしー」


 などと話していると、二階から絵かきのサウが降りてくる。


「なんか冷えるわねー、雪でも降ってるの?」


 手に持ったスケッチブックとペンをコタツに放り投げて、俺の隣りに座る。


「お昼ごはん、もう終わった?」

「もうすぐ夕飯の時間だよ」

「ほんとに?」


 驚くサウに、ミラーの一人がグラスを持ってくる。


「ありがと、ってあなた誰?」

「私はミラー四十二号です」

「ミラー? 新人の従者? 人形っぽいけど」

「はい、本日よりオーナーの所有物となりました、よろしくお願いします」

「よろしく、私はサウよ」

「室温が下がっております。ストールをどうぞ」


 と別のミラーが肩掛けを手にやってきた。

 そういう自分は、裸エプロンだ。


「え、同じ人形? ってなんで裸でエプロンなの? ご主人様の趣味!?」

「服が足りませんので。寒さは感じませんから、ご心配は無用です。この格好でもお役に立てます」

「そ、そう。って、うわッ! よく見るといっぱいいる! 後ろも? どうなってんの?」


 いまさら驚くサウ。


「おまえ、さっき全員集めて紹介した時、聞いてなかったのか」

「私、朝からずっと上に閉じこもってたわよ」

「そうか、とにかく、今日から従者になったミラー0号から255号だ。二百五十六人いるから仲良くしてくれ」

「そ、そんなに? っていうか、なんでそんな半端な数なの?」

「めっちゃキリがいいだろうが」

「なんでよ!」

「そりゃあおまえ……」


 と言いかけて、二百五十六にキリの良さを感じるのはプログラマーだけだよなあと考えなおした。


「まあ、それはいい。彼女たちは意識を共有してるから、一人と話せば全員に伝わるらしいぞ」

「へえ、よくわからないけど、変わってるわね。そういえばイミアは?」

「イミアは地下室だ」

「地下室ってお酒を取りに行ってるの?」

「あの地下倉庫の下に、更に地下室を発見したんだ。そこからミラーズの面々も掘り出したんだよ」

「ふーん」

「見てくるか? 部屋が余ってるから、お前のアトリエにしてもいいぞ」

「ほんと!? じゃあ、ちょっと見てくるわ」


 そう言ってグラス片手に降りていった。


「あはは、サウは下に篭るとー、ますます出てこなくなりそうですねー」

「そうだなあ」


 改めてデュースと飲み直していると、やがて表の片付けを終えたアン達が戻ってくる。


「一向に止む気配もありません。これは明日の朝には相当積もってしまうのでは?」

「大丈夫かな?」

「うちはしっかり工事もしてあるので大丈夫だと思います。ルチアさんとも話してきましたが、この通りも元が倉庫街だけあって、基礎はしっかりしているとか。ただ、街の機能は麻痺するかもしれません」

「食い物とかは大丈夫か?」

「ミラーたちは食事の必要がないということなので、それでしたら買い置きだけで三日は普通に暮らせます。明日の様子を見た上で考えましょう」


 そこに今度は走り回るのに飽きたらしいフルンとエットが地下室から上がってきた。


「え、雪降ってるの? ホント?」

「いく! 外で遊ぶ!」

「もうご飯ですよ、汗を流して来なさい」


 二人して外に飛び出そうとしたところをアンに止められるが、エットが食い下がる。


「えー、アンも一緒にあそぼうよ」

「外はすごい吹雪ですよ、止むまではダメです」

「じゃあ、ちょっと見るだけ、見るだけだから。すごい吹雪とか見たこと無い。雪いっぱい降ってるの? どれぐらい?」

「もう、じゃあちょっとだけですよ。その前に上着を着て」

「やった、すぐ着る!」


 ドタバタと支度をすると、裏口から外に出て行ってしまった。

 それを見て溜息をつくアンは、ちょっとしんどそうだな。

 俺もついていくか。

 扉の外はさっきと同様すごい吹雪で、すでに足元は真っ白だった。

 育てていた植物のプランターはすでに馬小屋に入れているそうで、裏には最近出来たばかりの溶鉱炉の小屋がぽつんとあるだけだった。


「うへー、ひでえな」


 ランプを掲げても、数メートル先もよく見えない。

 フードの隙間から雪がどんどん顔にあたってきて目を開けるのも辛いが、フルンとエットは炉の周りをグルグル走り回っている。

 さっきまで地下で走り回ってただろうに、どこまでパワフルなんだ。

 俺のあとからウクレたちも様子を覗きに来たが、さすがの寒さにすぐに引っ込んでしまう。


「あはは、さすがに無理、これ無理」

「吹雪ってすごい! これもう雪じゃない、吹雪! 面白いけど、だめだ、何も見えない!」


 さすがの二人も諦めて、すぐに戻って、そのままお風呂に直行してくれた。


「ふう、やっと満足してくれたみたいですね」


 中に戻って溜息を付くアン。


「はは、アンもエットには甘いな」

「厳しくしているつもりなんですけど、くしゅん」


 と珍しくクシャミをする。


「冷えたんじゃないか? お前も一緒に風呂に入って温まってこいよ」

「ですがまだ、夕飯の支度が……へくしゅ」

「おいおい、大丈夫か?」

「おかしいですね、風邪は子供の頃に一度引いただけなのですが」

「疲れがたまってるんじゃないか?」

「確かに今朝も少しだるかったのですが」

「過労でも抵抗力が落ちて風邪をひきやすくなるぞ」

「そうですか、では、少し休んでから……」


 そう言って足を一歩出した瞬間、アンの体がぐらりと傾く。

 慌てて駆け寄って支えると、アンはぐったりと力なくうなだれ、呼吸も荒い。


「おい、アン!」

「はぁ……はぁ、急に……めまいが……」


 額に手を当てると熱がある。

 アンを担ぎあげると、あわててレーンとハーエルを呼んだのだった。

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