第157話 土砂降り

 ダンジョンの入り口からしばらく潜った地点にある拠点、通称三号キャンプで、俺達は一休みしていた。

 ここはちょっと大きな空洞で二十五メートルプールぐらいの広さがあり、天井も高いところでは十メートル近くある。

 壁面の一部は精霊石が埋まっているそうで、ところどころほんのり明るい。

 一角には隙間なく地面に打たれた杭が、壁を作っている。

 高さは二メートルほどで、大きなギアントやノズでも飛び越すことはできないだろう。

 内側には櫓が立てられ、中から矢を射たりできるようだ。

 また、ここのから伸びる四本の通路の入口付近には土嚢が積まれ、万が一魔物の大群が押し寄せた時に足止めできるようになっている。

 キャンプというより要塞だな。

 壁の内側には食料や水、酒の樽がいくつも積まれ、冒険者に有料で販売されている。

 便利なもんだよな。

 RPGとかだと、ダンジョン内にお店ってあんまり見たこと無いけど、ダンジョンを攻略するならこうやって拠点を広げながらやるべきだよなあ、と思う。

 もっとも、ゲームだと勇者様御一行だけが乗り込んだりするので意味が無いか。


 ここで、現在のパーティを整理してみようか。

 ダンジョンの内部は通路も広く、かつ敵も若干強めなので、二つのパーティにわかれている。


 Aチーム:セス、エレン、フルン、エット、エーメス、紅、ハーエル、フューエル、シルビー

 Bチーム:カプル、オルエン、レルル(クロ)、メイフル、燕、レーン、コルス、デュース、オーレ


 とまあ、こんな感じだ。

 一パーティが多めなので、構成としては前衛の戦士系と後衛の魔法系、そして後衛のガードと、斥候の盗賊系となっている。

 戦士系は最近達人じみてきたセスにかぎらず、エーメスやオルエンもトップクラスの騎士並みに強いし、フルンも相当腕を上げた。

 それ以外にも十分パーティのメインを張れるメンバーが揃っている。

 盗賊系でも本職のエレンやメイフルにかぎらず、各種センサーを備えた紅や結界を得意とするコルスなどもいる。

 回復系もレーンとハーエルがいればまず問題ない。

 魔法攻撃に関してはデュースが突出している分、層が薄くてオーレの成長が待たれるところだ。

 そういう戦力的な都合で、色々できるっぽいフューエルにはデュースと別れてもらった。

 また、紅と燕がわかれているので、念話で連携もバッチリだ。

 試した限り、ダンジョンの中でも念話は届くようだ。

 あと、見てわかるように、シルビーがいる。

 噂を聞きつけて、参加を希望してきた。


「前回はあまり満足な活躍ができませんでしたが、何事も経験です。どうか、同行をお許し下さい」


 と言う。

 セスも反対しないし、フルンも喜ぶので連れて行くことにした。

 それともう一つ、地上のベースキャンプはやめた。

 日帰りなことと、ダンジョンに深く潜るので、意味が無いからだ。

 キャンプをやめたので馬車や馬もやめて、徒歩で来ている。

 今後の展開によっては、ダンジョン内に拠点を張るかもしれないが、今日のところはこんなもんだ。

 というわけで、俺は交代でどちらかのチームについていくことにした。

 今はAチームに入り、この拠点で休憩しているわけだ。


「あとは、この二本のどっちかかな。ここで見つからないと、もう一階層潜らなきゃダメだね」


 地図を眺めながらつぶやくエレン。

 俺達は埋まっていると思しきゴーストの墓場への道を探して歩いているわけだが、これがどうにも見つからない。

 実際の調査は紅のソナーか、燕の遠目の術で行うのだが、遠目の場合、光源がないと見えないので、実質紅のソナー頼みなわけだ。

 しかしソナーだと地下水などがあるとわからないという。

 ままならないものだが、それでもあてもなく地下をさまようよりはマシだろう。

 紅のいるAチームがめぼしい地点を調べ、Bチームの方は、先行して下見と言う感じになっている。


「騎士団の方でも適当に掘り返したりしてるようだけどな」

「適当で当たりを引くことはめったにないからねえ。エンテルにも聞いたけど、遺跡でも偶然見つかるってのはまずないらしくて、文献とかでしっかり当たりをつけて、周到に調査して、その結果掘らないとダメだとか」

「だろうなあ。偶然見つけたなんて話は、世間受けはするだろうが」

「そうだねえ」

「しかし、ここのダンジョンは入り口からして難易度高いよなあ。もっと親切にダンジョンを作って欲しいぜ。試練の塔って今思うとめちゃくちゃサービス効いてたよな」

「またそのようないい加減なことを。神聖な試練を何だとお考えですか。年少のものへの配慮が足りないのでは?」


 とフューエル。


「ははは、うちの若いもんは、みんな君の薫陶が行き届いてるから大丈夫さ」

「お預かりしているお嬢さんもいるではありませんか。彼女はスーベレーン家の跡取りなのでしょう」


 そう言ってフューエルが目線で示したのはシルビーのことだ。

 騎士に憧れているシルビーは、兄弟弟子であるフルンやエットと楽しそうになにか食べている。

 シルビーも変わったな。

 フルンの話では、道場に通う娘たちとも、それなりに仲良く出来るようになってきたらしい。

 あくまでそれなりということだが、ずいぶんな進歩じゃないか。

 そういえば、エマとはどうなったのかな?

 彼女のエルダーナイトとやらになったのだろうか。

 まあ、こちらから聞くほど野暮ではないが。


 ぼちぼち出発かな、と考えていると、地上に通じる道から騎士がゾロゾロとやってきた。

 穴掘り部隊ではなく、探索をするようだ。

 軽装だが、戦闘用の装備に身を包んでいる。

 先頭は少し小柄の騎士で、赤いマスクをつけている。

 あのマスクには見覚えがある。

 先日メリーを助けに行った時に、エディと一緒にいた騎士だ。

 名前は何だったかな?


「あれが噂の第十一小隊ですね」


 とフューエル。


「エディが新設した部隊で、騎士団内の古代種を中心にあつめたそうで、世間では獣人部隊だの、魔導部隊だのと呼ばれているそうです」

「ほほう、かっこいいな」

「相変わらずユニークな感想ですが、世間的には賤称のようなものです」

「かっこいいのに。世間様はセンスが足りないんじゃないか?」

「世の中がみんな紳士様のようなら、もう少し平和になるかもしれませんね」

「褒められたと思っとくよ」

「お好きにどうぞ。あの先頭の赤マスク、あれが隊長のハウオウルですね。魔族の血を引くと言われるキリレ家の出だとか」

「あれもカッコいいなあ。俺にも似合うかな?」

「別にお止めはしませんよ」

「フューエルはやさしいなあ」


 俺達冒険者が見守る中を、第十一小隊は黙々と通り過ぎて行く。

 よく見ると毛むくじゃらの大男や、長い尻尾の女、それに青や黄色の肌のものもいる。

 うーん、かっこいい。

 その後から、資材を担いだ別の騎士がやってきた。

 そちらは詰め所の方に資材を下ろすと、しばらく休憩のようだ。

 その中に知り合いの女騎士モアーナの姿を見出し、声をかける。


「あら、サワクロさん。ここにいたんですか。もう上がられるんです?」

「いや、もう少し回ろうと思ってね」

「お疲れ様です。そういえば下の方で手長の群れが出たというので、今第十一小隊が調査に向かったところです、お気をつけて」

「なるほど、気をつけよう。第十一小隊ってのは今先行した部隊だよな? なかなか凄みがあった」

「ええ。長く欠番だった十一番に新設した精鋭部隊です。街中ではなかなか活躍の機会がないのですが」

「隊長の赤いマスク、先日すこし戦ってるところを見たが、すごい腕だな」


 と言うと、モアーナは顔を少しほころばして、


「そうなんです。彼女は同期の誉れで、ちょっと無口なのが玉に瑕ですが、腕は確かです」

「君の同期ということは、レルルとも?」

「はい。共に入団して、第八小隊の見習いとしてこの街で修行しました。団長の大抜擢で隊長に就任したのですが、彼女ならきっと立派な成果を残してくれるでしょう」


 と我が事のように嬉しそうに話す。

 俺達はモアーナと別れて、再び探索を開始する。


 先頭はセスとエレンで、フルンとエット、シルビーがそれに続く。

 エレンは俺が見る分には本調子のように見えるが、本人はまだなるべく戦わないという。


「先日のキングノズの時も見事な弓さばきだったじゃないか」

「ダメダメ、撃つのは遅いし、二割ほど外してるし。それでもまあ、だいぶいいかな」


 とのことだ。

 ついで俺やフューエル、紅にハーエルなどの後衛組が続き、殿に騎士のエーメスが手槍を構える。

 この辺りはまだ探索の最先端ではないので、敵もあまり出ない。

 予定の場所まで無事にたどり着くと、調査を始めた。

 幅二メートル程の一本道の突き当りで、最後の分岐から二百メートル程のところが行き止まりになっている。

 壁からにじみ出た水が、足元に小さな水たまりを作っていた。

 エレンが壁や地面の土を手にとって、ヘッドライトで照らして調べ始める。


「あれは便利なものですね。どこで買われたのでしょう?」


 とフューエル。


「うちの自家製でね。まだ試作品だが、ご所望なら今度用意しとくよ」


 と言うと、フューエルは少し顔をしかめて何も言わなかった。


「崩れて数年とかじゃないね、もうちょっと古いと思うけど具体的にはなんとも言えないなあ」


 とエレンが話す横で、紅がソナーで調べている。

 待つこと数分。


「この先に通路があるのは確かです。その先は見えません」


 と紅。


「見えないってのは地下水でか?」

「不明です。ステンレスの層、と言う可能性も否定できません」

「ふぬ」


 ヘンボスはステンレス製のダンジョンに出たと言っていた。

 当たりの可能性は、十分あるな。


「どうしようか、もうひとつも調べてから、騎士団に穴掘りを頼むか」

「それがいいんじゃないかな、時間的にもあと一個回ってちょうどだし」


 とエレンも言うので、俺達はもうひとつの通路に進むが、こちらははずれだった。


 疲れ切ったところで地上の詰め所に戻ると、Bチームが先に待っていた。

 下の層に潜っていたらしい。


「アスギアントが大量に沸いておりまして、入れ食い状態でした。だいぶ稼いできましたよ」


 そう言ってレーンはコアの詰まった袋を見せる。


「えーいいなあ、私も戦いたかった!」

「次は私も!」


 フルンやシルビーは騒ぐが、セスがたしなめるようにこう言った。


「前衛の仕事はまずパーティを守ること。取った首の数を気にするようでは、真の剣士としての道はまだまだと言うもの」

「そっかー、そうだよねー、私、盾だし」

「確かに。悔い改めたはずですが、どうしてもこのような場にいると、気が焦ってしまい……成長できていません」


 うなだれる二人に、


「慌てることはありません。ここはどうやら、想像以上に危険なダンジョンです。遠からず実戦の機会はあるでしょう。常に気を引き締めて望みなさい」


 とセス。

 お説教が終わったところで、俺達は撤収した。

 その足で騎士団の地上の拠点に向かう。

 ちょうどいいタイミングでエディがいた。


「あらハニー、お疲れ様。何か見つかった?」

「おう、一箇所ほってもらいたい場所があってな」


 と先ほど見つけた通路を示す。


「わかったわ、そっちは任せといて」

「頼むよ」

「こちらとしても、どこを掘るかさっぱりだから助かるわ。下は下で大変なんだけど」

「そういえばさっき第十一小隊ってのを見かけたよ。かっこいいじゃないか」

「でしょ。ほら、ここだけの話、やっぱり古代種と貴族とかだとうまくいかないところもあったりしてたから、思い切って分けちゃったんだけど、今のところお互いが刺激になってうまく回ってるみたい」

「あの隊長の赤マスクかっこいいよな」

「でしょ、でも彼女をナンパしちゃダメよ。優秀な隊長なんだから」

「気をつけるよ」

「代わりに見習いホロアが入ったら、最初に顔見せで紹介するわ」

「そういう斡旋はバダムの爺さんぐらいの歳になってからした方がいいぞ」

「そうかしら? あら、シルビーも連れて来てたのね」


 少し離れたところで荷造りしていたシルビーに気づいたエディは、そちらに行ってしまった。

 今は立派な装備だけど、正体バレ無いのかな?

 まあ、今さらバレても困らないけど。

 エディに別れを告げて、俺達は家路につく。

 今日は若干暑かったせいか、家についたら汗だくだった。

 さっさとひと風呂浴びてくつろごう。

 今日も疲れたぜ。




 翌朝、まだ暗いうちに激しい雨音で目を覚ます。

 すでにアン達は起きて朝の支度をしていたので、俺も布団からのそのそと這い出す。

 暖炉前のソファに腰を下ろすと、チェスチャンピオンのイミアがお茶をいれてくれた。

 ほんのり甘みのある香りだが、飲んでみるとしっかりとした渋みもあっていい緑茶だ。


「ご主人様が、こういうお茶がお好みだと聞いて、祖父が手に入れてくれたんです。お口にあうでしょうか」

「ああ、旨いな。爺さんにも礼を言っといてくれ」


 俺がそう答えると、イミアはにっこり笑って台所に下がった。

 暖炉の火を眺めながら、ゆっくりとお茶をすすって体を温める。

 雨足は一向に衰える気配を見せない。

 普通なら休むところだが、たぶんフューエルは来るだろうなあ。

 エディたちもきっとこの雨の中、黙々と働いているに違いあるまい。

 シルビーは学校があると言っていたので、次は明後日ぐらいかな。


 そんなことを考えていると、いつもの時間に戦士組が起き出してきた。

 朝練をするわけではないが、癖みたいなもんだろう。


「おはようございます、ご主人様。今日はどうなさいます?」


 とセス。


「このまま布団に逆戻りしたい天気だが、まあ、行くとしようか。穴掘りの結果も気になるし」

「分かりました。では、そのように」


 そう言ってセス達は支度を始めた。

 続いて起きてきたデュースやレーンと相談する。


「人数は少し減らしましょう。数を絞って、様子を見るぐらいで」

「そうですねー、あの当たりは窪地なのでー、この雨量だと入口付近は大変かもしれませんねー。土砂で埋まってなければいいですがー」

「その辺りはしっかり対策をしていたようですが、しかし、この時期にこれだけの雨がふるとは思いませんでしたね」

「ですねー、嵐も多かったですがー、今年は最後まで天気が荒れそうですねー」


 結局、今日のメンバーは次のとおりとなった。


 セス、コルス、オルエン、レルルとクロ、メイフル、紅、デュース、レーン、俺の計十人だ。

 さっと行って様子を見て帰ってくるぐらいにしたい。

 そろそろフューエルが来る時間なので、雨具を着込んで待っていたら、フューエルの代わりに、彼女の家の者がやってきた。

 なんでも領地の村が昨夜からの大雨で被害が出たので、そちらに向かったらしい。

 使いの男によろしく伝えるように頼んで、俺達も出発した。

 それにしても、よく降るな。




 叩きつけるような冷たい雨に、ひぃひぃ言いながらダンジョンまで向かうと、こちらもだいぶ大変なことになっていた。

 ダンジョンの入口を覆うように天幕を張り、入り口には土嚢を積んで水の侵入を防いでいる。

 そして何本も溝を掘って流れてくる雨水を逃しているのだが、あちこちに大きな水たまりができていて、歩くのも困難だ。


「ひでえ有り様だな。あれで入れるのか?」

「一応、通してはいるようですね。どうします?」


 とレーン。

 エディに話を聞きたいが、さっきから騎士たちは走り回りながら怒鳴り散らしてる感じで、ちょっと声をかけづらい。

 冒険者達は勝手に潜っているようなので、俺達も中に入ることにした。

 侵入した雨水でぬかるんだ地面に滑らないように気をつけながら、斜面を下っていく。

 足場に木の板が置いてあるのだが、これが泥のせいでとても良く滑る。

 結局、斜面を下りきるまでに、俺とレルルが二回ずつこけた。


「クロに乗ってたほうが良かったんじゃないか?」

「そうでありますが、このずぶずぶの泥の上をクロ殿に歩かせるのは酷でありますよ」


 そう言ってレルルはクロを担いで歩いていたわけだが、担いだままこけたので、結局クロも泥まみれだった。

 まあ、俺もなんだけど。

 坂を下りきったところでは火が焚いてあったので、そこで濡れた体を乾かす。

 粘土質の泥がパリパリに乾いてこびりつくのが鬱陶しいな。

 はっきり言って、もう帰りたい。


「ここまでくれば、ひとまず安泰ですね。予定通り探索して、今日は早めに引き上げましょう」


 とレーン。


「そうだな。さて、まずは昨日の成果を聞きたいが……」


 ここには歩哨に騎士が二人、立っているだけで知った顔は居ない。

 それもまだ見習いらしく、状況を把握していないようだった。

 仕方がないので、次の拠点を目指す。

 少し潜ったところの小さな無人の拠点はスルーして、さらにしばらく進んだところにある、昨日も休憩していた三号キャンプに出た。

 まだ午前中ということもあり、ダンジョン内で寝ていたと思しき連中が活動を始めたばかりだったりして、ここは結構賑わっている。

 周りを見ると、全体的に強そうだ。


「そうですねー、一般にギアントをどうにか倒せる程度の冒険者ならー、試練の塔で宝箱を目当てに冒険するほうが稼げますがー、ノズの中位種を倒せる程度になればー、魔物のコアを目当てに探索するほうが稼げるんですよー。ですからここみたいなダンジョンには腕利きが多く集まるんですねー」


 とデュース。


「うちもキングノズとやりあえるんなら、こういうところで稼ぐのが向いてるわけか」

「そうですねー、冒険家業で稼ぐなら、ですけどー。うちは商売で稼いでるからあまりこちらで稼ぐ必要はないですねー」


 その稼ぎ頭であるメイフルは、仕事をサボってこちらに出てもらっている。


「ま、たまにはよろしゅうおます。よそも祭りで商いしてまへんしな。小売はアンはんをはじめ、みんなうもうなりましたわ。あとイミアはんが経理周りをやってくれるんが助かりますな。どうもうちは苦手でしてん」

「そりゃ良かった。全部おまえに丸投げじゃ大変だしな」

「そうですな。商売の本番は年明けですけどな、今ん所は順調ですわ、大将の開いた大会のお陰ですわなあ」

「お前たちのがんばりのおかげさ、これからも頼むよ」


 実際、メイフルの稼ぎは相当なもので、うちは知らない間にかなりリッチになっているらしい。

 あの家も相当安上がりだったが、バーゲンで稼いだ資産の残りも、うまく運用しているとか。

 まあ、あの大家族で毎日うまいもんばっかり食ってるし、金はあるんだろう。

 食費にも事欠いて豆ばかり食ってた日々が懐かしいぜ。


「さて、どうしましょうか。まずは例の通路を確認してみますか」


 とのレーンの提案で、俺達は昨日の通路に向かう。

 どうやら誰も居ないようで、まだ手を付けてないのかなあ、と思いながら突き当りまで行くと、ツルハシや丸太などの資材が積まれていたが騎士は一人も居なかった。


「雨のせいで人手を割かれているのでしょうか。仕方ありません、少し下層を覗いてから、引き上げるとしましょう」

「そうだな」


 通路から最初の分岐路に出ると、ちょうど走ってきた騎士とかち合う。

 みるとモアーナだった。


「あら、サワクロさん、いらしてたんですね」

「どうしたんだ、慌てて」

「大水が出たとかで、上は大変らしいんです」

「え、大丈夫なのか?」

「上は事前に避難していたのでどうにか。ただ、入り口は確保しているそうですが、こちらにも水が流れ込んでくるかもということで三号キャンプより下層に避難するように、指示を出してるんです。他の冒険者を見かけたら、お手数ですがお声がけをお願いします」

「ああ、わかった。そっちも気をつけてな」


 走り去るモアーナを見送り、少し相談する。

 用心のために、行き止まりの通路は避けて、なるべく広い場所に出ることにする。

 途中見かけた冒険者に声をかけながら、まずはモアーナの言う三号キャンプに戻る。

 ここにはすでに多くの冒険者が集まっていて、今後の相談をしていた。

 俺達もどうするべきか悩むな。


「ダンジョンの構造的に、ここより先はまず水没することは無いでしょうね。今のうちに戻るか、それとも下に潜るか、さてどうしましょうか」


 と僧侶のレーン。


「うーん、戻れそうなら戻ってもいいが、上が洪水なら無理じゃないか?」

「そうですね。下手に戻って水攻めにあっては目も当てられませんし」

「ふむ。ひとまずうちの方に連絡して、最悪今日はここでの野宿も覚悟しておこう」


 紅が念話で自宅の燕に連絡を取ると、あちらも大雨で大変らしい。

 王立学院のあたりは冠水したとかいう話もある。

 こちらは大丈夫だから、用心するようにと伝えて連絡を終える。


 ここの拠点、通称三号キャンプは現在、多くの冒険者と騎士でごった返している。

 断片的な情報によると、地上の入口付近はほぼ水没して、かろうじて入り口だけをキープしているそうだ。

 騎士団の迅速な対応のおかげだろう。

 それでも一時的に出入り口は封鎖しているそうだ。

 例の祠の方も、水浸しらしい。

 あっちのほうがやばそうにも思えるが、どうにかしてるのかな?

 それにしても、どうしたものか。

 現在の時刻は一時前後。

 三時に撤収を始めるとしても、もう一回りはできる時間だ。


「ここも人が多すぎて息苦しいし、思い切って潜るか」

「いいですね、そうしましょう!」


 とレーン。

 周りのみんなも頷く。

 俺達は三号キャンプをでて、まっすぐ下層に向かう通路に入る。

 登ってくる連中と下る連中は同じ程度で、俺達も急がずにゆっくり進む。

 先頭はセスとオルエン。

 殿は紅だ。

 クロにまたがったレルルが紅の隣につき、俺は自家製盾を構えて、デュースとレーンをかばうように立つ。

 メイフルはふわふわと行ったり来たりしながら、周りの様子をうかがう。

 だいたい、こんな布陣で俺達はダンジョンの下層にすすんだ


「ちょいと空気がかわりましたな。なんぞおるんちゃいまっか」


 とメイフル。


「ここは強いらしいからな、気をつけて進もう」


 ところどころ枝分かれのあるゆるい下り坂を進む。

 今朝発行の最新の地図によると、この先に七号キャンプがあるらしい。

 その先はまだ未開の領域で、無数の竪穴や網の目のような通路が広がっているという。


「ノズやアスギアントのような中級の魔物が出ているようですね。と言っている間にも、前方から戦闘音が聞こえてきましたよ」


 とレーン。


「ほな、ちょいと見てきますわ」


 そう言ってメイフルが小走りに先行する。

 警戒しながら進むと、すぐにメイフルが戻ってきた。


「お強そうなパーティとノズが三匹やりおうてますな。邪魔するんもなんですし、そっと抜けまっか」


 というので、俺達は用心しながら戦ってる連中の横を通り抜けた。

 なんかこう言うのってシュールだよなあ。

 そのまま進むと、少し広いスペースに出た。

 ここが七号キャンプだ。

 ここには木の杭の壁などはなく、篝火が焚かれているだけだった。

 資材も最小限しか無いが、騎士の一団がいる。

 見ると食わせ物オヤジのゴブオンとその部下だ。


「おや、紳士殿。こんなところまでお出ましか」

「帰るに帰れなくなっちまいましてね」

「ガハハ、どうやらそのようじゃ」


 そう言って笑うと、表情を引き締めて、


「例の洞窟な、取り掛かりたいのはやまやまなんじゃが、昨夜、崩落のせいで冒険者が生き埋めになりかけてのう。幸いどうにか助けだしたが、道は直さにゃならんというわけで、こちらにかかりきりなんじゃよ」

「生き埋めとは穏やかじゃないな。このへんは脆いんですか?」

「それもあるが、小さな地震でな」

「地震? まさかまた竜が?」


 火山もプレートも無いらしいこの星で地震が起きるのは、地中に眠った竜が動いた時なのだという。

 以前にも一度、目覚めた竜と戦ったことがある。


「その可能性もある。それもあって第十一小隊を潜らせておるんじゃよ。そういえば十一番の連中と面識は?」

「いえ、遠目に見ただけで」

「隊長は、お主好みの偏屈者なんじゃがな」

「エディにも手は出すなと釘を差されましたよ」

「ほう、じゃじゃ馬の悋気とは、若いうちは成長が早いもんじゃ」

「俺の口からはなんとも言えませんよ」

「そりゃあそうじゃ。こういう時は男は黙っとくのが一番じゃな。そうすりゃ、女のほうで都合よく解釈しよるもんじゃ」


 それだけ話すと、ゴブオンはいつもの様にガハハと笑いながら詰め所に戻っていった。

 隣で聞いていたレーンが話しかける。


「なんだか面倒なことになってきましたね。これは三号キャンプでおとなしくしておくのが良いかもしれません」

「そうだな、別に魔物で稼ぎに来たわけじゃなし、戻るとしよう」


 俺達はこの七号キャンプで小休止を取ってから、今来た道を引き返すことにした。

 詰め所に居た騎士から、水と酒を少し買い求め、広間の片隅に腰を下ろす。

 他にも休んでいるパーティが三組ほどいる。

 みんな強そうだ。

 持ってきた炒り豆をつまみながら、ワインを一口飲むと、腹の底が温まってくる。

 地下は冬場の地上に比べると多少マシなのだが、それでもそれなりに寒い。

 一口の酒が命綱みたいなもんだよなあ。

 などと思いつつ、もう一口。


「ご主人様、自分にも一口ほしいであります」


 とクロの上であぐらをかいていたレルル。


「自分のはどうした?」

「さっき転んだ時に、革袋を破いていたであります」

「しょうがねえな。怪我はないのか?」

「それは大丈夫であります」

「そうか、ほれ」


 と自分の革袋を渡す。

 それを一口飲んで、


「ぷはー、生き返るでありますな。天然のダンジョンというものは、どうにも独特のプレッシャーのようなものがあって、じっとしていても消耗するでありますよ」

「そうだなあ」

「その点、試練の塔は、敵は出るのでありますが、基本的に女神の加護があるというか、そういう安心感が……」

「言わんとすることはわからんでもないが、でもどっちも緊張するけどな」

「そうでありますなあ。あ、もう一口よろしいでありますか? それではグビリ」


 景気良く飲むレルル。

 剛気だねえ。

 落ち着いたところで出発しようと立ち上がると、通路の向こうから声が聞こえる。


「バカが、釣って来やがった!」

「ギアントが行くぞ、三匹、いや、四匹だ!」

「赤いぞ! もうちょいさがれっ、手強いぞ!」


 つまり、どっかのパーティが魔物を引っ張ってきちゃったか。

 姿は見えないが、その声に反応して周りの冒険者や騎士たちも立ち上がる。

 俺達も剣を抜いて待ち構えた。


 下層に続く道の一つから人が飛び出してくる。

 続いて火球が数発、続けざまに飛び出してきた。

 冒険者達は横っ飛びにそれをかわす。

 俺達はオルエンが先頭で盾を構え、メイフルが弓を引き絞る。

 セスと紅はその後ろに待機し、更にその後ろで俺とレルルが盾を構えてデュースとレーンを守る。


「多そうですねー、無理に前に出ずにここを維持しましょー。雷撃中心で行きますよー」


 デュースが紅に話しかけると、紅は了解しましたと頷く。

 ついで大きな爆発音とともに、出入口の一部が吹き飛び、魔物が数匹飛び出してきた。

 赤黒い肌のひときわ大きなギアントだ。


「赤鬼ですねー、皮膚がとても硬いので切りつけるときは気をつけてくださいねー。以前の雷竜並だと思ってくださいー。槍もよく取られますよー。また魔法にも警戒してくださいねー、氷か炎を使うことが多いですねー」

「心得た」


 オルエンの背後にいたセスが頷く。

 それと同時に、戦闘が始まった。

 まずは近くに居た冒険者達が斬りかかる。

 だがデュースの言うとおり、皮膚が硬すぎてまともにダメージを与えられていない。

 マッチョな戦士が太い斧を大上段に振りかぶり、赤いギアントの首筋に叩きこむ。

 それでもわずかに傷つけただけで、致命傷とはならない。

 戦士はギアントの反撃を喰らい、吹き飛ばされていた。

 その間に魔導師が火球をギアントの顔面に叩きつける。

 ちょっと押され気味だが、概ねいい勝負だ。

 騎士団はゴブオンが指揮を取って展開しているが、後方で見守るだけだ。

 まあ、あまり早い段階で手を出すと、冒険者がゴネるからな。

 彼らもやりづらいだろう。

 それでもスムーズに回ってるように見えるのは、やはりノウハウが有るんだろうなあ。

 などと俺が観察している間も、魔物を引っ張ってきた連中は赤いギアント二匹と対峙しているが、後続の魔物とは別のパーティが戦闘を始める。

 騎士団と並んで最後尾に位置していた俺達までは回ってこないようだ。


「マスター、左の通路から魔物が接近中です。数は七。おそらくは現在戦闘中のギアントと同等種だと思われます」


 と紅。


「七匹ですかー、多いですねー。ゴブオン隊長にお願いして、半分こちらに回してもらいましょー」


 ゴブオンに声をかけ、展開を終えたところで、地鳴りとともに魔物が飛び出してきた。

 こちらも先制で弓と雷撃をお見舞いすると、まともに食らった先頭の二匹がその場で崩れ落ち、その死体を踏み越えるように残りが飛び出してきた。

 五匹の赤いギアントの内、二匹は杖を持っている。


「魔法が来ますよー、盾を構えてー、コルスは対火と対氷の結界をー」


 デュースの言葉に、俺とレルルは慌てて盾を構えてデュース達の前に立つ。

 同時にコルスの張る結界に包まれた。

 そこに無数の氷礫が襲いかかった。

 まるでマシンガンの斉射でも食らったかのような、すさまじい衝撃が続けざまに盾にかかる。

 結界で抑えているはずなのにこの威力だ。

 新しい盾がなかったらヤバかったぜ。

 その間に呪文を唱えたデュースが、盾の後ろから雷撃呪文をばんばん飛ばすと、どうやら敵の魔導師にダメージを与えたようで、氷礫がやんだ。

 同時にセスが突進する。

 盾の後ろから恐る恐る覗いてみると、セスが目にも留まらぬ速さで魔物の目を切り裂いている。

 視覚を失った赤鬼は、手当たり次第に暴れているが、あとは騎士たちの槍の餌食だ。

 騎士は二人一組で挟みこむように槍を突きこんでいく。

 いくら皮が分厚くても、屈強な騎士の突撃をまともに食らってはひとたまりもなかった。

 こちらが片付く頃には、最初の魔物も冒険者に倒されていた。

 メイフルたちが死体からコアをはぎ取る間に、デュースは地面に転がる氷礫を幾つか拾い上げながら、コルスに話しかける。


「うーん、結界の効きがすこし頼りなくなってきましたねー。半分もレジストできていませんでしたー」

「申し訳ないでござる。拙者の今の結界ではあれが限度でござろう」

「火炎結界はすでに申し分ないと思うんですけどー」

「そちらはデュース殿とだいぶ修行したでござるからな」

「そうですねー、大火柱でも数秒はレジストできるようになりましたしー。氷結に関しては今後の課題ですねー。オーレもだいぶ使えるようになったので今後は修行に参加してもらいましょー」

「心得たでござる」


 別パーティには重傷者が出ていたようで、治療のために教会の僧兵が常駐している三号キャンプまで戻るという。

 俺達もそこまで一緒に戻ることにした。


 地下最大の拠点である三号キャンプには人がごった返していた。

 どうやら、まだ地上には出られないらしい。

 諦めて広場の片隅に腰を下ろし、休憩をとっていると、なにやら別の出口を見つけたという話が聞こえてきた。

 今戻ったパーティが、古いダンジョンとつながっている道を見つけたという。

 噂を元に地図を確認していたレーンが言うには、


「以前、シルビーさんと一緒に潜ったダンジョンかもしれませんね。距離が曖昧ですが、地上の地図と照らし合わせると、あのあたりです」

「そんなに南下してたっけ、あれってだいぶ海寄りだよな」

「そうですね。だとすると、相当歩くことになりますが、どうしましょうか」

「ここで一晩明かしてもいいが、それで水が引くとは限らんしな」

「はい。湖の東側とちがって、こちらはなにも治水の手が入っていませんから、どうなるかわかりませんね」

「そっちの出口は大丈夫かな」

「あのダンジョンは水没したという記録がありません。よく潜られるダンジョンは、そのあたりも調べてありますので」

「そういうもんか」

「はい」

「よし、じゃあ、そっちに行ってみよう」


 結果的に、俺達の選択はあたりだったようで、混みあうダンジョンを二時間ほど移動して、無事に外にでることができた。

 地上に出た時にはすでに雨は上がっていたが、あちこちぬかるんでいて歩くのも一苦労だった。

 騎士団の詰め所に戻ろうかとも思ったが、いたるところに川ができていて戻るのは無理そうだ。

 結局、俺達は街道を通って、そのまま家に戻ったのだった。

 まったく疲れたぜ。

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