第156話 回想

 夜の道ってのは月明かりもなければ真っ暗なもので、俺達はその真っ暗な道を通りながら、家路を急ぐ。

 新しい入口へのテント移設やら何やらで時間がかかり、こんな時間になってしまった。

 テントにはオルエンとコルス、紅の三人を残して、残りが現在、帰宅中というわけだ。

 現地に拠点が必要かどうかはまだなんとも言えないが、混雑しているので足場をキープしておいたほうが良さそうにも思える。


 まあ、真っ暗と言っても、森を出れば遠くに街の明かりは見えるし、湖沿いの道はぽつぽつと民家もあるので、何も見えないわけじゃない。

 自分たちもランプはいっぱい持ってるしな。

 フルンとエットの犬猿コンビは、松明を手にぐるぐるとまわりを走りながらついてくる。

 昼間あれだけ探索したのに、まだ体力が余ってるんだろうか。

 一方のデュースなどはぐったりとしながら歩いている。


「はー、どうも従者になってから怠けぐせがついてますねー。思えば何ヶ月も一処で過ごしたことなんてほとんど無かったですからー。歩いてて足の裏が痛くなるとか以前は考えられませんでしたねー」

「体がなれるまで、もうちょっとかかりそうだよな」

「そうですねー。フューエルの馬車に乗せてもらうんでしたねー」


 そのフューエルは、こっちの時間がかかりそうだったので日暮れ前に帰って貰ったのだ。


「とにかく今は早くお風呂に入りたいですねー」

「そうだなあ」


 小一時間ほど歩いて、夜遅くに家に帰り着くと、うちではアン達が帰りを待っていた。

 まずはみんなをねぎらい、軽くひと風呂浴びてスッキリしたところでエールを飲む。

 はー、生き返るねえ。

 やっぱ家で飲む酒は最高だな。

 会社員時代は、家に帰りたくなくてギリギリまで外で飲んでたこともあるけど。


「それで、進展はありましたか?」


 アンが酒を注ぎながら尋ねてくる。


「うーん、今のところ潜れば潜るほどダンジョンが広がっていくだけっぽいなあ。新しいのは入り口だけで、中はかなり古いものらしくてな」

「街の近くにまだ、そんな未発見のダンジョンがあったというのも驚きですが、かつての白象騎士団はそのダンジョンを何に使っていたのでしょう?」

「それなんだよなあ。ほんとに財宝を隠してたとしても、そんな巨大なダンジョンだとかえってまずそうだもんな」

「そうですね。あるいは単に当時騎士団が調査していたダンジョンと言う可能性もあるわけですね」

「ああ、エディなんかはそう言ってるな」


 俺達がのんびり酒を飲む横で、フルンとエットがガツガツとご飯を食べている。

 晩飯は軽い行動食だったから腹も減るだろう。


「ほら、二人共。もう少しお行儀よく食べなさい」


 アンがエットの口元を拭ってやると、エットは嬉しそうに笑う。

 そこに牛ママのパンテーが、料理を運んでくる。


「昼間、メルビエが持ってきた山菜をスープにしたんです。今年の収穫はもう終わりだと言っていましたが、良い味が出てますよ」


 というのですすってみると、少し香りがきついがいい味だ。

 なんか体が温まる感じだな。


「はー、食べた食べた、ごちそうさま」


 フルンとエットが食べ終わり、バタバタと寝る支度をする。


「もう他の子達は寝てますから、静かにするんですよ」

「わかった、おやすみなさい!」

「おやすみ!」


 二人はそろりと隅の寝室スペースに向かった。

 ふう、とため息をつくアンに声をかける。


「はは、お疲れさん。子守も大変だろう」

「いえ。それよりもエットは大丈夫ですか? まだ修行を始めたばかりですし、心配で……」

「セスかエレンがつきっきりだからな。今はまだ現場の雰囲気を感じさせるだけだと言っていたし」

「そうですか、なら良いのですが」


 アンはため息をつきながらエットが寝ている方向を見る。

 留守番してる方も、気苦労が絶えないだろうなあ。


「それより、こっちはどうだ?」

「商売は繁盛していますね。喫茶店の方はもちろんですが、集会所に毎日子どもたちがあふれていて、大会の成果が出ていると思います」

「ふむ、それなら良かった。商店街としても、無事に年が越せそうだな」


 うちのほうが安泰なら、じっくりダンジョンに取り組めるしな。


「ただ、もう少し安いチェスがあると良いのではとも思うのですが」


 アンの言葉を受けて大商人のメイフルが、


「この間仕入れた奴でも、まだあきまへんか?」

「そうですね、今日も買えずにずっと指をくえてみている子が居まして」

「そうですなー、せやけど、その手の子らは、ぎりぎりの生活してるような家庭やったりしますからなあ」

「そういう印象でしたね」

「そうなると結局、いくら安うしても、手は出えへんのですわな」

「そうなんでしょうねえ」


 そういうのは難しい問題だよな。

 なにかこう、ズバッとアイデアが出ればいいけど……こう疲れてるとすぐには出てこないな。


「一人や二人に恵んでやるのは簡単だけど、そういうのはきりがないしな。お金がなくても楽しんでもらえる用にすべきなんだろうなあ」


 と言うとアンが申し訳なさそうに、


「お疲れのところに、お気を煩わせるようなことを」

「なに、留守は任せてあるが、それぐらいはみんなで考えんとな」

「ありがとうございます」

「他には?」

「いえ、特に問題はありません」


 そこにパンテーが串焼きの肉やら何やらを運んでくる。

 料理を並べ終わったパンテーに、俺の隣に座っていたアンが場所を代わる。

 今度は牛ママのパンテーが酌をしてくれるようだ。


「うちでの暮らしは慣れたか?」

「はい、その、慣れたとは言いがたいんですけど、アンを始め、みんな良くしてくれますし、それにここのみんなは気を使う必要がないというか、不思議なんですけど、ピューパーと二人で暮らしていた時と同じような気安さで……」

「まあ、そういうもんさ。とりあえずもう一杯」


 と彼女に酌をしてもらう。

 パンテーが体を動かす度に、ゆったりとしたワンピース越しに巨大な四つの塊が揺れるのがよく分かる。

 服が邪魔だなあ、とおもいつつも、そうして間接的に楽しむのもいいもんだよな。

 そうしてしばし料理と酒と柔らかいものを楽しんでいると、寝室から牛娘のリプルがやってきた。


「あ、ご主人様、帰ってたんですね。お帰りなさい」

「おう、ただいま。どうした、トイレか?」

「いえ、その……怖い夢を見ちゃって」

「はは、しょうがないな。よし、こっちおいで」


 手招きして俺とパンテーの間に座らせる。

 モアノアがいれてくれた暖かいミルクを飲んで、リプルは落ち着いたようだ。


「怖い夢を見るなんて、昼間なにか嫌なことでもあったのか?」

「いえ、昼間は忙しいだけで……寝る前に読んだ本のせいかも」

「ほほう、怖い話か?」

「怖いっていうか、歴史の本で、アビアラ帝国末期の、戦争がいっぱいあった時代のところを読んでたら、なんだか怖くなっちゃって」

「アビアラ帝国?」

「えっと、千年前に黒竜戦争で滅んだ国だそうです。昔はこの国もその一部だったとか」

「へえ、そうなのか。リプルは物知りだな」

「えへへ、エンテルにいっぱい教わりました。当時はホロアが従者になるのを禁止したらしくて、それで戦争になったんだそうです」

「ほほう、そうなのか。しかしなんでまたそんなことを」

「よくわからないんですけど、黒竜会って教会の一派がいて、人類は平等だから主従の関係は不自然だって言って禁止したそうです、そうすることで平等に幸福になれるとか」

「ふーん、まあそういう奴もいるかもなあ」

「でも、そうしたら私達もご主人様の従者になれないし、絶対今より幸せになんてなれないと思うんですけど……。昔、競りをやってた時も、獣人が人に仕えるのはおかしい、非常識だって文句言う人がいて。それって、人間とモゥズの常識が違うだけじゃないかなあって……」

「そうだなあ、常識の狭い人ほど、常識を語りたがるよな」

「でも、常識ってみんなに通じる……知識というか考えのことじゃないんですか?」

「そんなことはないぞ。常識なんて、たんに個人的な経験則とか慣習みたいなもんだ。だから人それぞれ違うんだが、同じような集団に属してると、得てしてそれが普遍的な気がしてくるだけで。別の見方をすれば、常識ってのは心の縄張りみたいなもんでもあるからな」

「縄張り?」

「そうさ、だからそれが小さい人ほど必死に守りたがるし、そこを侵されそうになると懸命に戦うんだ」

「そうなんですか。ちょっとわかった気がします。でも、それじゃあどうやってわかりあえばいいんでしょう?」

「人はなかなか他人の幸せってのを他人の立場で想像したりはできないもんだ。だから従者にならない人間から見れば、ホロアや古代種の幸せってのは理解できないんじゃないかな」

「でも……それじゃあご主人様とも分かり合えないんでしょうか? ご主人様は従者じゃなくて、主人なんだし……」


 不安そうな顔で尋ねるリプルを、膝に抱えてやる。

 大きな四つの胸の感触が柔らかい。


「俺はこうしてリプルを抱っこしてると幸せだけどな。従者の幸せはいまいち分からないにしても、主人の幸せってのは噛み締めてるぞ。リプルはどうだ」

「すごく……幸せです」

「そうだろう、別にお互いのことが完全にわかってなくても、実はあんまり問題ないんだよ。それなのにわかりあわなきゃダメだとか思い込んじまうと、必要以上に相手を知ろうとしたり、どちらかの考えに揃えようとしちゃったりして、かえってうまくいかないことも多いからなあ」

「うーん……難しいですけど、でも、今お互いが幸せなら、大丈夫だってことですよね」

「そうだなあ」

「それなら、大丈夫です」


 そういってリプルはにっこり笑う。


「でもやっぱり、難しいですね。従者を禁止するんじゃなくて、私みたいな従者が増えれば、世の中はもっと平和になるのかなあって思ってたけど、それじゃあ黒竜会の人たちと一緒なんですね」

「そうなるなあ」

「考えの違う人達と一緒に幸せになるのって難しそう……」

「そうだなあ」

「あの本でも、それで戦争になっちゃったらしいって話でしたし。ホロアも古代種も人間もいっぱい死んじゃったって書いてて、すごく怖くなって」

「ふぬ」

「その黒竜会の人もきっと幸せにしようと思ってそうしたはずなのに、なんでそんなことになっちゃったのかなあ、って思ったらなかなか眠れなくて……あ、でもそういうのがご主人様のいうやり過ぎってことなんでしょうか」

「どうだろうなあ」

「なんだか考えれば考えるほど難しいですね。でも考えだすと止まらなくて……」

「それで怖い夢を見ちゃったか」

「はい」

「じゃあ、もう本を読むのはやめるか?」

「ううん、怖いけど、なんていうか……面白いです。だって大昔の人の行動とか、考えとかが、文字を通してどんどん心に浮かんでくるんです。だからやめられなくて」

「そうだなあ、面白いよな」

「はい」


 しばしそうしてイチャイチャしてから、リプルは布団に戻っていった。


「先の戦争の原因は諸説ありますが、最終的には黒竜会対全人類という形で世界の大半が焦土と化したのです」


 側で飲んでいたレーンの薀蓄が唐突に始まる。


「もともと一万年近く続いたと言われるアビアラ帝国の栄華は、千年前の時点ではすでに崩壊していたそうで、ここスパイツヤーデのような辺境州が勢力を伸ばし、独立運動を繰り広げていたと言われています」

「ほう」

「その中でも教会の急進派であった黒竜会は、黒竜ベエラルンデを崇め、それに帰依するベエラリズムという運動も盛んに行われていたそうです」

「ふぬ」

「その力のみを利用しようとする勢力、主に南方デールの諸国家ですが、これらもやがては黒竜会の教義についていけずに分裂、まあこれは黒竜が復活すれば世界が滅びるので当然なのですが、一部復活した黒竜のために多くの人命は失われ、結果的に当時被差別階級だった獣人や、当時から敵だった魔族とも手を組み黒竜を討ち果たしたのだとか。泥沼化していた独立戦争が、黒竜退治のおかげで団結できたと言う側面もあるそうですね。個人的にはこじつけな気もしますが」

「なるほど」

「勇者は女神ネアルより授かった神の衣エルビーネをまとい、人の殻を捨てて闘神と化して黒竜を討ったといいます」

「かっこいいな」

「この辺りはおとぎ話的な言い伝えしか残っていません。その勇者が作ったのが、あのエツレヤアンなのですが、まあその話は置いておきましょう。アビアラの時代にもすでに神代の技術は失われていたそうですが、先の戦争の際に、それまで残っていた技術もほとんどが消滅したとか。当時は大陸を横断する馬のない馬車もあったと言われていますが、そうしたものも痕跡さえ残っていません」

「馬のない馬車って車かな?」

「車とは?」

「文字通り、馬じゃなくて燃料で動く乗り物だが……」

「ひとつながりの客車が長く連なったもので、列車などと呼ばれていたそうですよ」


 とエンテル。


「列車かよ。そういうのはこっちにもあったのか」

「ご主人様の世界にも?」

「ああ、速いやつだと最高時速三百キロぐらいで走ってな。五百キロ離れた街まで二時間半ぐらいでつくんだ」

「そうなんですか! 列車の記述には千キロの距離を半日で移動するとあって、これでは俊足の馬が全力疾走し続けても無理なので、おそらくはゲートの一種ではないかと言われていたのですが、もしそんな速度で移動し続ける乗り物があったのだとすれば、それは文字通りのものだったのですね」

「そうじゃないかなあ」

「近世の歴史はあまり詳しくないのですが、ちょっと調べて見る価値もありますね。古代と違って文献は多く残っていますし、遺跡もそれなりに見つかりますから。めぼしい物を探してみます」


 そう言うとエンテルはペイルーンの腕を引っ張って馬車の書斎に走って行ってしまった。


「近世っていつ頃のことなんだ?」

「諸説ありまして、歴史学者ではないのであくまで一般的な話ですが」


 と前置きしてからレーンが言うには、千年前の黒竜戦争以降が近代。

 千年前から一万年前までが近世。

 魔族の反乱による戦争を挟んで、それ以前から、十万年前までが中世。

 それ以前を古代と呼ぶらしい。

 エンテルたちの専門分野が古代だ。


「つまりアビアラ帝国の支配した時代を近世と呼びますね。それもまた前期中期後期でわかれるわけですが……後期の分裂期にはすでにここスパイツヤーデ州も事実上の独立状態で、現在の強国としての礎はできていたと聞きます。今でこそスパイツヤーデは大陸有数の文明国と讃えられていますが、当時はスパイツヤーデという名は蛮族の代名詞だったそうです」

「なるほど。しかし一万年とか十万年とか気の長い話だな、そんなに続くものなのか?」

「そうですね。同じ国でも王朝が代替わりすることはままあります。近代以降は百年単位で切り替わったりしますが、そもそも、大昔は人の寿命が今より遥かに長かったそうです。中世では千年や万年、アビアラ帝国の時代でも初期には二、三百年は生きたとか。寿命が長ければ、歴史のスパンも変わってくるものでしょう」

「ほほう」

「話がそれてしまいましたが、黒竜会の話をしましょうか。ちょうど後期アビアラ帝国時代に隆盛を誇ったのですが」


 レーンはそこで一旦言葉を切る。


「彼らがなぜ邪教かというと、女神を崇めるのではなく、女神の父として万物の創造主たる黒竜を唯一の神として崇め、女神はその下僕にすぎないとの教義のもと、我々ホロアを呪われた種族として弾圧していたのです」

「呪い?」

「はい。我らのなす血の契約を、女神が私欲で使役するための呪いだと決めつけました。そして、その呪縛を解き放つと言って、呪いの張り型と呼ばれる、彼らの言うところのカルマと言う物で出来た、男性器を模した呪術器で無理やり犯し、擬似的に契約することで、人と契約のできない体にしたのだとか」

「めちゃくちゃするな」

「まあ、狂信者と呼ばれる所以ですね。そうして契約できないままに無数のホロアが死んだとも言われています。それがどれほどの虐殺であったか、考えるだに恐ろしいことです」

「まったくだな」

「こうした事実は現代では教会にのみ伝わり、あまり一般には知られることがないのですが、やはりご主人様には知っておいていただいたほうがよろしいかと」

「と言うと?」

「これが実は、白象の醜聞にも纏わる話なのですが、呪いの張り型で汚されたホロアは、死後ゴーストシェルになるという言い伝えがあるのです」

「なんだって!?」

「つまり、言い難い話ですが……かのジャムオックは呪いの張り型を使い、多くのホロアをゴーストシェルにして資金源にしたと、そう考えているものもいるのです。特に当時の教会がそうでしたし、今もその認識を継続しているはずです」

「そりゃあ……そう考えてるものにとっちゃ、許しがたい話だな」

「はい。この問題は、単なる縄張り争いなどではなく、信仰と名誉に深く関わる問題なのです」

「ふむ……」


 想像以上に、深刻な話のようだ。

 どうも俺が普段暮らしてるこのお気楽な世界とはなじまない気もするが、それ自体は不思議なことじゃない。

 地球にだって、似たような話はごまんとある。


「そんなことがあったなんて、想像もしたことがありませんでした」


 隣で聞いていたパンテーは青い顔をしている。


「ちょっと刺激の強い話でしたね、申し訳ありません。ですが、紳士の進むべき王道には、ときにこうした出来事も振りかかるものです。我ら従者は一丸となって、その歩みが滞る事のないように努めねばなりません」


 レーンが珍しく真面目な顔で断言する。


「黒竜会なんて、おとぎ話の世界だと思ってましたが、実在したんですね」


 パンテーが身震いすると、ほろ酔い加減のデュースが答えて、


「黒竜会は今ではほとんど勢力が残っていないはずですからー、そこは安心してもいいと思いますよー」

「ほほう、デュースは知ってるのか?」

「昔ちょっとー」


 そこでレーンが、


「黒竜会にまつわる話を調べれば、雷炎の魔女の名は何度も出てきますからね! 輝ける黄金王ライツェールと金獅子王騎士団のデール大陸への遠征。それを支える雷炎の魔女と緑花の魔女! 地底王国にはびこる黒竜会の残党とそれを追う伝説の傭兵! あわや騎士団全滅の危機に雷炎の魔女の唱えた大火炎壁の術は天まで届く火の壁となり皆を救ったのです」

「あははー、あれは誇張しすぎですねー。あの時は一人壁の向こうに残って覚悟を決めた私を、白薔薇の騎士が助けてくれたんでしたー」

「では白騎士と面識が!」


 とレーンが食いつく。


「でもー、言い伝えとは全然違いますよー。なんせあの人は女性だったのでー」

「ええ! そんなバカな! では、妖精姫との悲恋は!」

「だから逃げたんじゃないですかねー」

「うぐぐ、そ、そんな話、知りたくありませんでした……」


 と落ち込むレーン。


「それにしても伝説の傭兵とは懐かしいですねー、ラッドは良い男でしたねー、私がホロアじゃなければ惚れてたかもしれませんねー。あの人はご主人様よりもモテてましたからー」

「そんなにか、つか伝説の傭兵って、この間見た芝居のやつかな?」

「ああ、たしか芝居にかかってましたねー。もっともあれも全然違う話になってた気がしますがー」

「我々騎士は皆、そうした話を見習いの頃に聞かされたものです」


 とエーメス。


「みたいですねー、その御蔭で騎士の皆さんにはいつも良くしてもらっていますがー」

「それは当然のことです」

「それにしても懐かしいですねー、あの頃はちょうど開き直って戦地にばかり赴いていた気がしますねー。あるいは死に場所を求めていたんでしょうかー。ラッドにミィ、マーネ、ハストルにフェムニン……共に過ごした時間は一瞬でしたがー、あの人達もかけがえのない仲間でしたねー、そうですかー、あれからもう五百年も……早いものですねー」


 何か聞こえた気がしたが、みんなスルーしている。

 そこにいいタイミングでモアノアがデザートを持ってきてくれた。

 酔っ払って思い出に浸っているデュースをほっといて、俺達は焼きたてのパイにかぶりついた。

 明日も早い、食ったらさっさと寝ることにしよう。




 翌朝、少し寝坊したようで、すでに日は昇っていた。

 慌てて朝飯をとると、フューエルもやってきた。

 今日も行くつもりらしい。


「いくつか、実戦で試したい術もありますので、良い機会です」


 いざ出発という時になって、神殿から使いが来た。

 ヘンボスが面会したいそうだ。

 みんなを先に行かせて、俺は再びハーエルを伴い神殿に向かう。


「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ない」


 そう言って出迎えたヘンボスは、少々疲れているように見えた。


「いえ、こちらこそ改めてお礼に伺おうと思っておりましたので」

「昨日はさっそくお役に立てたようですな」

「はい、お陰で死者を出すことなく、のりきれました」

「それは何より」


 そこに若い僧が飲み物を持ってくる。

 ヘンボスはそれには口を付けず、深い溜息を付く。


「昨日は客人がおりましたのでな、改めてお呼びしたのは、内密の話があったからです」

「とおっしゃいますと?」

「あの、船幽霊と呼ばれている、メイドのことです」


 ふぬ、彼女の話か。


「私も……彼女に会ったことがあるのです。それも直接に」

「直接?」

「そう。あれはもう五十年ちかくも前のこと……まだ血気盛んな若者で、堅苦しい僧の暮らしに飽き飽きしましてな、冒険者として放蕩生活を送っていたのですよ。あの頃の自分はもうひどいもので……」


 そう言って自嘲気味に笑う。


「当時、私には相棒がおりましてな。同年代の盗賊の男で、同郷の幼なじみでもありました。彼と二人であちこちのダンジョンに潜っては冒険にうつつを抜かす日々を送っておったのです。そんな時に、このアルサからほど近い、今は失われたダンジョンに潜ったのです。魔物の痕跡もない古い洞窟をどこまでも進むと、やがてステンレスの層に出ました。これは古代の遺跡に違いあるまいと喜び勇んで探索を進めたところ、屈強なガーディアンに襲われ、二人してどうにか逃げ出したものの、共に瀕死の状態で死を覚悟したのです……」


 魔力も尽きたヘンボスは、じっとそこで死の瞬間を待っていたという。

 側にいたはずの友人のうめき声もいつしか聞こえなくなり、次は自分の番かと覚悟を決めたヘンボスは、突然体が軽くなるのを感じたとか。


「はじめ、とうとう自分も死んだのかと思いましたよ。ところがどうも様子がおかしい。あれほど痛んでいた体の傷もほとんど癒えてしまっている。何事かと目を開けると、目の前には青白い光を放つ、彼女が立っていたのです」

「つまり、あの船幽霊が?」

「そうなのです」


 青白く光るその姿に、僧であるヘンボスは伝説のダークホロアを思い浮かべたという。

 だが、その青白いメイドは、ヘンボスに癒しの術を施すと、こう言った。


「お連れの方は、残念ながらすでに事切れておりました。ここは死者の眠る静寂の地。早々に、立ち去りなさい」

「だが君は? 君は生きているのでは……それとも、その姿は」

「私は、生きながらに死んだ存在。永劫の呪いの中で、妹達の魂を見守る定め……」


 そう言って彼女が指差す先を見ると、無数の結晶が。

 いや、それは広い洞窟をうめつくす、ゴーストシェルの塊だったのだ。


「な、なんと恐ろしい光景なのだ。このような事が……ではやはりジャムオックは……」

「そう、これは恐ろしいこと。ですが、これは私が背負うべき罪。あのお方はその罪を背負い、逝ってしまわれた……」

「では君は、白象の噂は……あの醜聞は間違いだというのか」


 ヘンボスの問には答えずに、娘は元きた道を指さす。


「今なら抜けられます。急いでお戻りなさい」

「待ってくれ。僕も僧侶の端くれだ。これを見たからにはそのままにはしておけない。ゴーストシェルを成仏させなければ……」

「彼女たちを救う方法があると?」

「そう聞いたことがある。西の方、アルーザの賢者が、その秘術を知ると聞く」


 その言葉を聞き、メイドの娘ははじめて感情を見せたという。


「では、彼女たちを……救ってくださるのですか?」

「ああ、約束する。必ずや……」


 危険な道中、友の遺体を背負って帰ることもできず、その場に埋葬すると、ヘンボスは地上を目指したという。

 だが、悪いことは続くもので、途中魔物と遭遇し、崩落にもあい、どこをどう走ったのかわけも分からずさまよった挙句に気がついたら森の外れで倒れていたという。


「それから私は、教会に全てを報告し、彼女を救いに行こうとしたのですがな、当時の教会は聞き入れてはくれませなんだ。まあ、今思えば致し方もないこと。白象が無実となれば教会の威信にも傷がつきましょう、それにダークホロアにあったなどと、ダンジョンで瀕死の若造が見た夢物語と思われても仕方ありますまい」


 そこではじめてヘンボスは飲み物に手を伸ばす。

 一息ついてから、再び話し始めた。


「それから私は単身、西に向かい、自らゴーストシェルを成仏させる術を身につけました。再びこの地に戻り、あの場所を探したものの、どうしても見つけることができず……。途方に暮れていた私は、結局、古巣である教会に救いを求め、一心に修行しましてな。都でも出世し、それがなんの因果かこの地に貫主として戻ってきたのです」


 あのメイドのことは忘れたことはなかったが、いくら探しても見つからないものはどうにもならない。

 毎年の地下ダンジョンの掃除の際に、あちこち探索させていたが、それでも見つからない。


「もはや諦めかけていたところに、お告げを受けたメリエシウムが現れ、そして今、紳士殿が現れた。この機を逃すわけには行きません。すべての責は私が負いましょう。どうかあの者たちを……お救いください」


 そう言ってヘンボスは頭を下げる。

 俺は彼の手を取ると、こう言った。


「約束しましょう、必ずや彼女たちを見つけ出し、その魂を救うと」

「ありがとう、ありがとう……」


 ヘンボスは泣いてこそいなかったが、その声は震えていた。

 この爺さんが背負っていたものを考えると、今の心情はとても想像できるものではない。

 俺にできることは、ただダンジョンに潜って探すことだけだろう。

 決意を新たにして、ヘンボスの元を辞した俺達は家路を急ぐ。


「まさか、貫主様があのような過去を背負われていたとは……」


 同行していたハーエルもショックを隠せないようだった。

 彼女にとっても親代わりの人物だからな。


「大丈夫、それも、もうすぐ終わる」

「はい、我々の手で、終わらせなければなりません」

「そうだな、急ごう」


 家に戻ると、エーメスが待っていた。


「何かあったのですか?」


 目元を赤く晴らしたハーエルを見たエーメスが驚く。


「後で話すよ。とにかく急いでダンジョンに向かおう」

「かしこまりました」


 俺達は馬車を拾って森の入口まで向かい、そこから徒歩で新しいキャンプ地に向かった。

 洞窟の周りにはうじゃうじゃと騎士や冒険者があふれている。

 キャンプの番をしていた燕に尋ねると、あれから目立った動きはないという。


「格別強い魔物も出てないようだし、洞窟も果てが見えないし、要するに何もなしね」


 いつもどおりの燕の話を聞いていると、俺も興奮していた頭が少し冷めてきた。

 ここで焦っても仕方がない。

 ひとまずみんなが戻ってくるのを待とう。


 キャンプの焚き火の前に腰を下ろして、あたりを観察する。

 お宝に目を血走らせた冒険者がうじゃうじゃといるが、いつぞやの新品の塔のバーゲンに比べると、もう少しのんびりしているようにも見える。

 あそこみたいに一分一秒を争うわけでもないし、そもそも宝がほんとうにあるのかもわからない。

 そこそこ強い魔物も出るしな。

 ゴブオンあたりの話ではどちらかと言うと、あるかどうかわからないお宝より冒険者としての実績を求めるような、そういう輩が多いとも聞く。

 その分、ベテランが多くて安心かもしれない。

 俺としてはお宝は二の次で、あの船幽霊を助けてやることが目的だ。

 そう、それが目的なんだよな。

 どうもあれこれ一気に情報が増えたせいで混乱しかけたが、そこがぶれちゃまずい。

 両騎士団と教会の協力、みたいな問題もあるが、そこは二次的な問題だ。

 両団長に協力したいという気持ちはもちろんあるが、別にこれにかぎらず、そのチャンスはいくらでもあるだろう。

 今やるべきことは、ゴーストを成仏させて、あの船幽霊を助ける。

 うん、スッキリした。

 やはり目標が曖昧だと良くないな。

 そこにデュースとフューエルの組が帰ってきた。


「よう、お疲れさん。調子はどうだい?」

「そうですねー、現状の最深部まで潜ったんですがー、魔物はそこそこでゴーストはなしですかー」


 とデュース。


「ふぬ、俺の方は若干情報を仕入れてきたぞ」


 というわけで、改めてヘンボスの話をかいつまんで聞かせる。


「なるほどー、そのようなことがー。あの方も苦労なさったんですねー」

「だろうな。でまあ、あくまでうちの目標は船幽霊だ。彼女の希望を叶える。具体的にはゴーストシェルを成仏させる。つまりそこまでの道を発見すりゃあ、あとはヘンボスの爺さんがどうにかしてくれるだろう」

「ですねー」


 ヘンボスが当時の記憶を元に作った地図を、今判明している地図と照らしあわせてみるが、該当する箇所はない。

 みんなで頭を突き合わせて悩んでいると、エレンとセスの組も帰ってきた。

 こちらはフルンにエットもいる。

 本調子ではないエレンは、まだ控えめにやっているようだ。

 改めて説明すると、エレンは地図を眺めながら俺に確認する。


「この地図はいつ頃書いたんだい?」

「さあ、すぐというわけじゃないだろう。改めて潜った時じゃないか?」

「とすると、記憶も曖昧だったかもね。」

「ふぬ」

「それで、船幽霊は出口をこう指さして、帰れといったんだね」

「そういう話だったな」

「旦那の話も突き合わせて考えると、墓場は湖の底にあると思うんだ。で、出口はあの祠だと考えて、こう線を結ぶ」


 そう言って地図に書き入れる。


「で、いま作成中の地図はこうだろ」


 と重ねる。


「となると、この道のつながってないこの辺りにぽっかり空白があるじゃないか。ほら、この湖との境界のあたり。この辺りは崩落が激しくてね。あまり調査の手が伸びてない。ということはここいらを掘り返すのがいいんじゃないかな?」

「なるほど」


 エレンの案に基づき、さっそくエディに意見具申に行くと、すぐに了承された。


「ちょうどいいわ。入り口の補強も終わったし、次はどっちに掘ろうか悩んでたのよ。まずは潜ってあたりをつけましょ」


 というわけで、さっそくチームを編成する。

 通路が崩落していると言う前提で、燕と紅の二人でセンサーを駆使して道を探す。

 あとは精鋭のセスやデュースで固めればいい。

 エレンには留守番してもらい、代わりにメイフルがはいる。

 デュースが潜るのでフューエルも同行するという。

 ヘンボスの話を聞いてやる気を出しているハーエルも行く。

 あとはエーメスとレルルの騎士コンビを連れて行くことにした。


「今朝潜った時に、ギアントに一撃いれたでありますよ! 致命傷でこそなかったものの、アレほど鮮やかに槍が通ったのは初めてであります」


 とレルル。

 だいぶ、戦えるようになってきたようだなあ。

 騎士団より先に行ってあたりを付けておこうというわけで、俺達はダンジョンに潜る。

 新たに発見した入り口は、まだ土の匂いが残る新しい洞窟で、ここ最近掘られたものだろうとのことだ。

 足場にはところどころ杭が打たれ、板が敷かれている。

 湧き出す水でぬかるんだ部分を踏まずに済むのがありがたい。

 しばらく進むと、固い岩盤の古い洞窟に出た。

 ここいらは、前回祠から潜ったのと同じ感じだ。

 時折すれ違う冒険者は、みなベテランのようで、どんどん先に潜っていく。

 なんというか、俺達が一番、素人っぽいな。


「そうですねー、まあ冒険者としては春に出発してからー、まだ一年も経ってませんしー。ようやく初心者脱出といったところでしょうかー」


 とデュース。


「私も、ダンジョンの経験はほとんどないので、今のうちに勉強させてもらおうかと」


 こちらはフューエル。


「そういえば昔一緒に旅をしていたころは、フィールドばかりでしたねー」

「ええ、こうしていると、あの頃を思い出します」

「そうですねー、宿のベッドが臭いだの床虱に噛まれただのと言って駄々をこねたりしてましたねー」

「そういうことは、思い出さないでください」

「フューエルはすぐに難しいことをいいますねー」

「またそういうことを言う。デュースは紳士様に似てきたのではありませんか?」

「あははー、それは従者冥利につきますねー」

「まったく」


 うちの従者には優しいフューエルだが、デュースにだけは手厳しい。

 つまり俺に厳しく当たるのも……。

 などと考えていると、地図を見ていたメイフルが、


「そこから右に曲がりまひょか。ひとまずその先から調査開始、ちゅーことで」

「おう、エレンが言ってた場所だな」

「そうですな。クレナイはんの術は地下水があるとアカンってことですし、細かに見ていかな、あきまへんやろ」


 ということで、通路の突き当りで、人形コンビの紅と燕に調べてもらう。

 紅はしばし地図と地面の向こうを眺めていたが、


「どうも見える範囲に構造物はないようです」

「ヘンボスの爺さんは、ステンレスの層に出たと言っていたが、そういうのもわからんか?」

「はい。ただ、あの材質はうまく見えません。地下水とどちらが原因で見えないのか、多角的に考える必要があるでしょう」

「私の方もダメね。まあ光源がなきゃ見えないんだけど」


 と燕。


「よし、もどって次に行くか」


 そんな感じで、めぼしい洞窟を一つずつ潰して回る。

 はっきり言って、単調な作業だ。

 場所的にもダンジョンの中ほどなのであまり魔物も出ない。

 地図を見ながら往復するだけだ。

 それでも、第一発見者の紳士パーティがなにかやってるとあれば、様子を見に来るパーティもいる。

 特に説明したわけではないが、宝が埋まった通路の向こうにあることも珍しくはない。

 勘のいいパーティは、俺達を習って、古い通路の痕跡や迂回路を探し始めた。

 もちろん、より深い方向に探索する連中もいて、広大な地下ダンジョンの中には冒険者が広がっていた。


「ちょっと密度が薄いでしょうか」


 キャンプに戻って、状況を聞いていたレーンがそうつぶやく。


「密度とは?」

「ダンジョンの大きさに比べて、冒険者の数が少ないということです」

「そうか? 前にシルビーを連れてきた時のよりも、はるかに多いぞ」

「そうなんですが、ああいうある程度安定したダンジョンと違い、ここのように実態のまだわからない、さらにキングノズのような最上位の魔物が複数出るかもしれないダンジョンでは、もっと密度を上げて探索するべきなのです」

「ほほう」

「魔物とて馬鹿ではありません。相手のほうが多いとなれば、侵攻を控えるものです。そうしてプレッシャーをかけつつ、まずは踏破領域を広げていくのです。その上でうまくこちらのテリトリーにおびき出して狩っていくのが鉄則です」

「なるほど」


 どうやら騎士団の方でも、その点は認識しているようで、地下に拠点を増やすことでフォローするようだ。

 夕方になって様子を見に行ったら、エディがぼやいていた。


「仕方ないんだけど、冒険者たちもやっぱり先があるとどんどん潜っていっちゃうのよ。こっちとしてもほっとく訳にはいかないから、どんどん潜るはめになるんだけど」

「それで、どうするんだ?」

「塹壕を作るのよ。土嚢を積んで、木の杭を立てて、立てこもって戦えるようなものをね。いざとなったらそこに立てこもって救援を待つわけ」

「ほう」

「蟻の巣みたいに複雑に伸びてるから、大きな分岐を中心にまずは五箇所。数日以内に、これを二十箇所ぐらいに増やすわ」

「そんな簡単にできるのか?」

「簡単じゃないから頭が痛いのよね、普通の人足に奥まで入ってもらうわけにもいかないし」

「危ないしな」

「仕方ないから、入り口で冒険者に資材を担いでもらうことにしたわ。ごねてるけど我慢してもらわないとねえ。こういうことは冒険者にもメリットが有るんだから、ちゃんと教育して分担できるようにすべきだと思うんだけど、どうもうまくいかないのよねえ……」


 その後、うちも手伝って、資材を運んだりした。

 入り口から少し潜ったところにある大きな分岐は、すでに塹壕というより要塞化していた。

 ここを三号キャンプと呼ぶらしい。

 ダンジョン内の最初の拠点だ。

 いたるところにランプが灯り、木の杭で通路ができている。

 ここに敵を引き込んで各個撃破というわけか。


 中心部には騎士団が駐留しており、ゴブオンが仕切っていた。


「これほどの作戦は十年に一度じゃろうな。若いもんの教育には持ってこいじゃわい、ガハハ」


 と笑いながらあれこれ指示を出している。

 そうする間にも、地上からは次々と資材が運び込まれ、より深い階層へと持ちだされていく。

 様子を見ていると、騎士と冒険者が何やら話していた。


「で、こいつはどこにはこぶんだい?」

「ええと、この酒樽は、この通路を真っすぐ行った分岐を下に行ったところです」

「おや、こいつは酒かい? 少し軽くしたほうがいいんじゃないか?」

「そりゃ困りますよ、とにかくお願いします」

「あいよ」


 景気良く答えたのは女の戦士だった。

 しかも、露出度の高いビキニアーマー。

 アレってもしかして、いつぞや世話になった……えーと、名前は確か、と悩んでいると向こうから声をかけてきた。


「おや、あんたいつかの紳士じゃないか。アンブラールだよ、覚えてるかい?」

「久し振りだね、姐さん。元気そうだ」

「そっちこそ。あんたも潜ってんのかい? いや、そういえば第一発見者は紳士とか聞いたな、あんただったか」

「まあね」

「あの時の巨人の娘はどうしてる?」

「彼女はもうすぐ姉が出産でね。今は実家でそっちの世話をしてるが、元気なもんだ。姐さんのおかげだよ」

「照れるじゃないか。あんたらもまだ潜るのかい?」

「いや、うちはそろそろ引き上げるよ。長丁場になりそうだしね」

「そうみたいだね。あたしらは今日は行けるところまで行くつもりさ」


 そう言って後ろに控える仲間を指さす。

 彼女の連れは、残念ながらムチムチではなく、ローブに身を包んだ魔導師っぽいのが大小二人だった。


「お仲間かい?」

「まあね、今度会ったら紹介するよ。じゃあね、色男さん」


 そう言ってほとんどむき出しになったおしりを振りながらアンブラールとその仲間たちは潜っていった。


「今のは、以前巨人の村でお会いした方ですね。この寒さでもあんな格好をしているとは」


 フューエルは眉間にしわを寄せて、そう言う。


「まあいいじゃないか、ああいう趣味なんだろう」

「紳士様もああいうのがお好みで?」

「見る分には悪くないけどなあ、うちのもんには危なっかしくてあんな格好はさせられないよな」

「危ないとかそれ以前の問題の気もしますが」

「そこはそれだ。うちのカプルとか、似合うと思わないか?」


 と言うと、フューエルは一瞬考えるような素振りを見せてから、すぐに後悔した顔をする。


「そろそろ戻るのでしょう。行きますよ」

「あいよ」


 ダンジョンを出ると、すでに日は傾いている。

 早々に支度をして、俺達は森を後にした。

 明日もまた、がんばらんとな。

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