第155話 交渉

 家についた頃にはすでに商店街は賑わう時間で、邪魔にならないように裏口から戻るとアンが出迎えてくれた。


「お疲れ様でした。ですが、またすぐに出発なされるのでしょう?」

「ああ、そうなるな」

「テントなどの用意は昨夜のうちにしておきましたが、どうなさいます?」

「一応持って行こう。もっとも基本的には毎朝通うつもりだが」

「そうですか」

「とにかく、そっちはレーン達と一緒にやってくれ。俺はちょっくら教会に行ってくるよ」


 そう言って、アンに俺の考えを聞かせると、難しそうな顔をした。


「私どもはよそ者ですので、この街における確執などは、まだよくわかっておりません。こういう長く人の心に根付いたものは、いかにご主人様といえども、たやすく解きほぐすことはできないでしょう」

「それはそう思うけどな、どうにかしたいと思ってる人がいれば、少しでも何かが変わるもんさ。むしろダメ元で何かするなら俺みたいなよそ者が適任だろう。ちょっとしたきっかけにでもなれれば十分さ」

「そう……ですね」

「しかも、美人二人に頼まれちゃ、俺が断れるわけ無いだろう」

「ごもっともです。では、お供は?」

「ハーエルを連れて行くよ」

「他は?」

「大丈夫だろう。もっとも、祭りのさなかにうまく面会できるかどうか……」

「たしかに」

「そういえば、森でダンジョンが見つかった話って、こっちにはまだ伝わってないのか? 冒険者は結構来てたんだけど」

「はい。少なくとも今朝の新聞や街の噂ではまだ」

「ふぬ。まあいいや、先に一風呂あびよう」


 身だしなみを整え、軽い食事を取ってから、俺は元アウル神殿巫女のハーエルを伴い、神殿に向かう。

 アウル神殿は今日も賑わっていたが、関係者向けの裏口から入って、面会のアポを取る。

 事務方の話では、現在、大事な客人と面談中でそのあとで良ければ、とのことだった。

 控室で待っていると、奥からローンが出てきた。

 赤竜騎士団の参謀役で、エディの身内のようなものだ。


「まあ、紳士様。てっきり森にいるのかと」

「朝一番で帰ってきたのさ。貫主様の面談相手は君だったのかい?」

「いえ、私も同席してはいましたが、本日お越しのお方は、アームターム国の姫君です」

「アームターム?」

「東方の友好国で、現在、我が国に留学中なのですが、高名な神霊術師でもあり、今度の地下神殿探索にご参加いただけるとのことで、その打ち合わせを」

「へえ、他所の国のお姫様がねえ」


 などと話していると、奥から迎えが来る。

 ローンと別れて、貫主のヘンボスのところへ向かう。

 案内されたのは、以前話を聞いた彼の私室とは違い、応接用の立派な部屋だ。

 中にはヘンボスの他にもう一人、妙齢のすごい美人がいた。

 これが噂のお姫様か。

 上げた髪を立派な冠のような飾りでまとめていて、切れ長の眼差しはちょっとキツそうだ。

 美人とお近づきになるのはのぞむところだが、どうも最近、身分の高いお嬢さんと絡むと面倒な気がしてるんだよな。

 彼女はどうかそういうことがありませんように。


「これは紳士様、おまたせして申し訳ありません」


 ヘンボスがおだやかな表情で出迎える。


「こちらこそ、急な話でご迷惑をお掛けしております」

「なに、若い友人の来訪は、いつでも大歓迎ですよ」

「お体の方は、もうよろしいのですか?」

「先日はお恥ずかしいところを見せてしまいましたが、まだまだ。それよりも、ぜひともお引き合わせしたい方がおりましてな」


 と例のお姫様を紹介してくれる。


「こちら、アームタームからお越しのエームシャーラ内親王殿下であらせられる。殿下、こちらが今お話した、紳士クリュウ殿」


 お姫様は優雅に立ち上がると、丁寧に会釈する。


「はじめまして、エームシャーラともうします。紳士様のお噂は都でも聞き及んでおりました。お目にかかれて光栄です」

「クリュウと申します。田舎者ゆえの不調法ですが、何卒ご容赦を」


 差し出された手に軽く口付けて挨拶する。

 よかった、光ったりしなくて。


「殿下は神霊術師であらせられてな、結界の術をよくなされる。そこで今年の神殿地下迷宮の大掃除において、結界の再構築をお願いすることになったのですよ」

「なるほど、結界は大変な作業だと聞いています。以前、エツレヤアンの地下結界を貼り直す際に同行したことがありますが、結界術に疎い身でもわかる、大変な作業でした」

「さよう、あれはオズの聖女にお出ましいただいたのでしたな」


 いま一瞬、お姫様の頬が引きつった気がするけど、気のせいか?


「彼女には、ここの地下神殿の結界も何度かご依頼していたのですが、近年はご多忙故に別の方にお願いしていたのです」

「そうでしたか」

「今年は殿下の他に、先の飛び首退治でも紳士殿と共に功績を挙げられたパエ殿、そしてリースエル殿の孫女である、フューエル殿にもご参加いただくことになっております」


 あ、また引きつった。

 ちょっと爺さん、なにかヤバイ話してるんじゃないのか?

 その話題を続けて大丈夫なのか?

 このお姫様、顔の表情は笑顔のままだけど、どうみても笑ってないぞ。


「殿下は、フューエル殿とご学友であったと聞き及んでおりますが?」


 とヘンボスが尋ねると、お姫様は顔の筋肉だけでニッコリと微笑んで答える。


「ええ、彼女とは十年来の友人で、ライバルでも有りますの」

「ほほう、ライバルとは穏やかではありませんな」

「当時から、いいえ、生まれる前から私どもはライバルでした。我が祖母と彼女の祖母は、互いに神霊術師の頂点をきわめんと切磋琢磨する関係だったと聞きます。その関係は世代を経て、私と彼女にも受け継がれたわけですわ」

「ほほほ、互いに競い合うライバル。良いものですな」

「ええ、ですから、今回は必ず、勝ちます」


 ギュッと握りこぶしでそう言ってから、おほほとごまかしつつ、元の貞淑なお姫様に戻る。

 勝つってダンジョンに結界張るのに勝ち負けもないだろう。

 大丈夫なんだろうか、このねーちゃん。


「紳士様は、フル……フューエル様の許嫁と聞いておりましたので、ぜひとも一度、お目にかかっておきたいと思っておりました」

「はは、彼女は確かに大切な友人ですが、許嫁というのは彼女の父君の勇み足。私のような者にはもったいない話です」

「まあ、ご謙遜を。ところで、私の話ばかりしてしまいました。紳士様はご用件があってお見えになったのでしょう。私は席を外したほうがよろしいのでは?」

「いやいや、それには及びますまい。紳士殿のご用向きは、例の森のことでしょう」


 そう言ってヘンボスは表情を引き締める。


「すでにお聞きでしたか。では、単刀直入に言いましょう。僧兵を彼の地にお出しいただきたい」

「ふむ……それは、おそらくはあなたの想像以上に難しい問題です」

「そうなのでしょうね」

「紳士様は……、あのメイドに会われたので?」

「はい。深く暗い地の底から響くような声で、私を彼の地へと招きました」

「ふうむ……」


 そう言って唸ると、ヘンボスは目を閉じて物思いに耽る。

 彼は船幽霊のことを知っているのか?

 だが、ヘンボスの沈黙は、誰からの質問も受け付けそうにない、固い壁を感じさせるものだった。


 一方の姫様はマイペースにお茶を飲んでいる。

 俺も負けじとお茶を飲む。

 なかなか、旨い。


「良いお茶ですわね」

「ええ、程よい酸味が、疲れを癒してくれるようです」

「茶葉にハーブが混ぜ込んであるんです。私の故国では毎日これを頂きますの」

「なるほど」


 相手に合わせてお茶を出すのって大変そうだよなー、などと考えながらじっと待つ。

 ヘンボスはやがてゆっくりと目を開くと、控えていた僧の一人を呼ぶ。


「今、派遣できる僧兵はいかほどだ?」

「祭りの間ゆえ、多少多めに見て三十名が限度かと」

「よろしい。では出兵の準備を。指揮はボーバーにあたらせなさい」

「かしこまりました」


 そう答えて、僧は出て行った。

 ヘンボスは俺に向き直り、穏やかに話す。


「紳士様、お申し出、ありがとうございます。いずれこのような日が来ようとは思っておりましたが、私の在任中に訪れようとは。かくなる上は、神のお言葉に従い、真実を明らかにするまで」

「ありがとうございます。神殿の力をお借りできれば百人力。必ずやさまよえるゴースト達に救いを与えられることでしょう」

「そうです、なににもまして、その事こそが、もっとも重要なのです」


 結局、ヘンボスはそれ以上は語らなかった。

 この爺さんも思うところがあるのだろうが、まあ、そこは別にいいだろう。

 しいて言えば、あの船幽霊を知っているらしいところが気になるが、本人が語らないのにこっちから無理に聞き出すのもな。


 ヘンボスとお姫様に別れを告げて、俺は家路を急ぐ。

 今はとにかく探索だ。

 うちに戻ると、すでに我が家の本隊は出かけた後だった。

 残っていたのは、リハビリ中のエレンだけだ。


「首尾はどうだった? その顔だといいかんじだけど」

「まあな。これで両団長に少しはいい顔ができるってもんだ」

「そりゃあなにより。今、昼食の支度中なんだ。食ってから出るだろう?」

「そうしよう、緊張して、腹が減った」


 ガツガツと飯を食っていると、今日も暇そうなフューエルがやってきた。


「すまんが、しばらくデュースは留守にしてるよ」


 というと、眉をしかめて、


「何かあったのですか? 騎士団でも大きな動きがあったと聞きますが」

「耳が早いな。実は……」


 とあらましを説明する。


「では、白象の隠し財産が?」

「そうとは限らんが、何にせよ、何かありそうな感じではあったな」

「そうですか……」

「行きたいんだったら、連れてくけど」

「誰もそのようなことは申しておりません」

「そうかい?」

「それに、祭りが終われば、神殿ダンジョンの大掃除に出なければなりません。今のうちに準備をしておかないと」

「ああ、話は貫主の爺さんから聞いたよ。お婆さんのあとを継いで参加するとか」

「はい。名誉なことではありますが、いささか荷の重い仕事でもあります。幸い、今回は高名な結界師であるパエ・タエ氏も参加されるとか。たしか紳士様はかの飛び首退治の際に……」

「ああ、世話になったよ。すごい術師だったな」

「噂はお聞きしております。私も勉強になるでしょう」

「もう一人いるんだろう?」

「よくご存知で。まだ決まっていないと思うのですが、今回は三人で結界を担当することになると聞きました。かのダンジョンの結界は広大で、三つの大崩落と呼ばれる大穴があり、それぞれに結界を張るのだとか」

「さっき、その三人目にあってきたよ。アームタームのエームシャーラ殿下という……」

「ぶーっ!」


 突然フューエルが飲みかけの紅茶を吹き出した。

 まさか、こんな反応をするとは。


「ななな、なぜエムラが!」

「おちつけ、紅茶が鼻から垂れてるぞ」


 とハンカチを差し出す。


「こ、これは失礼を。うぐぐ、なぜ彼女が」

「友人らしいな」

「彼女を友人と呼ぶぐらいなら、紳士様を心の友に格上げしますよ」

「そりゃあ、光栄だねえ」

「しかし、彼女は国に帰ったと聞いていたのですが」

「都に留学中と言っていたぞ。祖母の代からのライバルらしいな。ぜひとも頑張ってくれ」

「うぐぐ……気が変わりました。私もそのダンジョンにご同行します。支度をしてきますので、一時間ほどお待ちください」


 といって、返事も聞かずに出て行ってしまった。

 その様子を黙ってみていたエレンが、


「ははは、旦那も彼女の扱いがだいぶうまくなってきたね」

「俺もそう思うよ。とにかくいつでも出られるように頼む。俺はちょっと留守番組の相手をしておこう」


 年少組を相手にしばし遊んでいると、再びフューエルがやってきた。

 装備は軽装だが、大きなバッグにあれこれ荷物を詰めている。


「お待たせしました。商店街の入口に馬車を留めてあります。足がないのでしたらご一緒に」

「そりゃあ助かる。じゃあ、行ってくるよ」


 見送る従者に別れを告げて、俺達は一路森のダンジョンへと向かったのだった。




 フューエルの馬車は、強いて例えるなら二人乗りのピックアップトラックと言った感じで、御者台は日除け程度の屋根が付いたものだが、シートのクッションはいい。

 後ろは荷台になっていて、ここに荷物を詰み、エレンとハーエルも乗せる。

 全体は赤塗りに白縁の光沢仕上げで、とても高級感がある。

 これに乗って街を進むと結構目立つんだが、街を出た途端トラックからスポーツカーに早変わりした。

 あまりにスピードを上げられると周りを気にする余裕がなくなってしまう。

 フューエルも派手だよな。

 結局三十分足らずでついてしまったが、半日開けただけで、洞窟の周りの人だかりは倍以上になっていた。


「あらー、フューエルも来たんですねー」


 出迎えたデュースが驚いてみせる。


「少々、修行させていただきたく思いまして」

「頼もしいことですよー。私も今から潜るところだったんですー、一緒に行きましょうかー」

「ええ、よろしくお願いします」


 そのままフューエルはダンジョンに潜る支度を始める。

 俺は休憩中のレーンから話を聞く。


「探索は少し進展がありました。ダンジョンを南に下ったところから、上に続く道が見つかりました。魔物の足跡と共に空気の流れもあるので、おそらく当たりだろうということです。洞窟の状態から見て、近年スナヅルあたりによって掘られた通路だと思われます」

「ふむ」

「崩落の危険があるので現在、補強しながら上を目指しています。また、出口と思しき場所の特定を白象騎士団が進めておりまして、これもまもなく発見できるでしょう」

「なるほど、だといいな」

「はい。ところで、そちらの成果はどうでした? なかなかよい結果だったようですが」

「そんなに顔に出てるかな?」

「まるわかりですね!」

「とにかく、神殿では僧兵を三十人ほど出してくれると言っていた。今からエディたちに伝えに行くよ」

「それは何よりです。私も進捗が気になりますので、ご一緒しましょう」


 入り口に展開している赤竜の天幕に行くと、すでに僧兵が到着していた。

 僧兵の隊長風の男とエディが何やら話し込んでいる。

 どうしたものかと悩んでいると、見覚えのある騎士が俺に話しかける。

 確か第四小隊のゴブオンの部下だったな。

 どうやら、ゴブオンのオヤジが俺に用があるらしい。


「がはは、これはわざわざ申し訳ない。団長は取り込み中ゆえ、わしで勘弁してもらおう」


 出迎えたゴブオンは、そう言ってグラスを差し出す。

 適当に乾杯すると、ゴブオンがこう言った。


「しかし紳士殿には驚かされる。先のポーンの、あえて暴挙と言わせてもらうが、あれの件も驚きじゃったが、今回の件もそうじゃ。しかも、とうとう教会まで引き出しおった。こりゃあ、歴史に残る大事件じゃな」

「俺は目の前のことを一生懸命やってるだけですよ」

「そういう台詞は、あの白象の団長殿のような無垢な乙女が言うものじゃ。お主やうちの団長には無理があろうて」

「では、ゴブオン殿ならどのように?」

「わしか? わしはいつもの様にガハハと笑って酒を飲むだけじゃよ」


 そう言って、ガハハと笑う。

 やっぱり、わざとやってるんだな、このオヤジ。


「無事に解決すれば、先の飛び首退治とは比べもんにならん名誉となろうが、さてどうなることやら」


 表沙汰にならない可能性もあるってことだよな。

 まあ、俺的にはそこはどうでもいいや。

 名誉もあると便利なんだけど、分相応ってのもあるしな。

 紳士の肩書でも、持て余し気味なところがあるし。

 なにより、あの青白いメイドのお化けが気になって気になって仕方がない。

 あれをどうにか助けて、あわよくば従者にしたいというのが、今の正直な気持ちだ。

 ほんとにお化けだったらさすがにムリだろうけど、せめて成仏させてやりたいよなあ。


「さて、そろそろあちらも片付いたようじゃ。うちのじゃじゃ馬の相手はお主に任せて、わしはちょいと下の様子を見てくるとしましょうかな」


 そう言って立ち上がると、ゴブオンは部下を二人連れて、洞窟に潜っていった。

 入れ違いにエディがやってくる。


「ハニー、感動的だわ、まさか本当に教会から僧兵を連れてきてくれるなんて」

「誰かさんの日頃の行いが良かったのさ」

「見てよあれ、うちと白象と教会の旗が三つ並んでる。私の目標がひとつかなったわ。メリーが戻ってきたらなんていうかしら」

「彼女はどこだい?」

「南側で入り口を探しているの。そろそろ見つかってもいいと思うんだけど」

「ああ、話は聞いたよ。下からも行ってるとか」

「そうなの。見つかればここより狭いってことはないと思うから、だいぶ取り回しが良くなるわ」

「そりゃいいな。それで、僧兵はどうするんだ?」

「二つに分けて、半分を白象のサポートに、残りは下に潜ってもらったわ」

「ふむ。それでも全然足りそうにないけどな」

「そうなんだけど、これだけで大違いよ。なんといっても、回復呪文は薬と違ってすぐに……」


 突然、エディの声が耳に届かなくなる。

 俺の目の前には彼女がいた。

 青白い肌、昏い眼差し、死の香りただよう船頭、船幽霊だ。


(……ぁ)


 なんだ?


(あなたを……慕う心の……元へ)


 慕う心?

 俺を思ってる人のことか?

 はて、なんか一杯いて誰のことか悩むな。


(白き紋章が……血に染まる……前に……)

「メリーかっ!」


 思わず立ち上がった瞬間、我に返る。


「え、何急に、どうしたの!?」

「わからん、わからんけどメリーがピンチだって船幽霊が」

「え、なに? 幽霊が出てたの!?」

「出た出た、くっきりと。話は後だ、急げ」

「急げって……ゴブオンは?」

「下に視察に出ていったよ!」

「ああもう、ポーン! あとは頼むわよ。ハウオウルは?」

「隣に控えています」


 例のごとく突然湧き出たポーンが答える。


「彼女を中心に今いる騎士を編成して、すぐに出るわ。その後下の連中も呼び戻して。とにかく動けるのは全員よ!」


 指示を受けると再びポーンは見えなくなる。

 俺は念話で控えているメンバー全員を呼び寄せる。

 燕によるとデュース達は出発したばかりなので、すぐに呼び戻すという。

 おそらく五分から十分遅れで追いかけられるはずだという。

 それを待たずに、俺達は兵を率いて南に向かう。

 先に白象が道を切り開いていたので、馬は無理だが走るぐらいはできるレベルだ。

 エディはその場にいた騎士の大半を連れてきたようだ。

 その先頭は先日見かけた赤マスクだ。

 白象に付ける予定だった僧兵もいる。


「もしも本当にメリーがピンチなら、数人で駆けつけても意味が無いでしょう。あちらもメリー麾下一号隊の精鋭ぞろいのはず」

「そりゃそうだ」

「せっかくハニーがお膳立てしてくれたのに、ここで彼女に何かあったら大変じゃない」

「とにかく急ごう」


 こういう場合、杞憂で終わったことがほとんど無いのが、いいのか悪いのかはわからんが、今回も少し行くうちに前方から轟音が聞こえてくる。


「強力な火炎魔法みたい。結界兵前に。火力結界を二重に。このまま前進!」


 前方の戦闘音はますます激しくなる。


「来るわ、ハニーは私の後ろにいてよ」

「おう」

「盾構えー!」


 エディの号令で騎士たちは一斉に前方に並び、盾を一列に並べる。


「弓兵、後方より用意!」


 盾の後ろで歩兵が弓を構える。

 徐々に戦闘音は大きくなってくる。

 目の前の細い道の向こうは、半ばがまだ藪に覆われていて見通しがきかない。


「まだよ、もうすぐ……」


 エディも弓を構えたまま、前進する。

 数瞬の沈黙ののちに、ざっと前方の藪が開けた。

 同時に無数の火球が襲い掛かる。

 全面が火の海に染まったかと思ったが、それらはすべて結界で弾かれた。


「射てっ!」


 号令とともに一斉に矢が放たれる。

 燃え上がる火の壁を通り抜けて、迫り来る何かに矢ぶすまが襲いかかった。


「槍構えー、全隊突撃!」


 騎士たちは隊列を維持したまま、一斉に突撃する。

 火球の第二波も盾で弾き飛ばしながら、長い槍で先頭の魔物を貫いた。


「押し切れーっ!」


 さらなるエディの号令で、騎士は魔物を貫いたまま、前進する。

 すさまじい気迫だ。

 ここに至ってやっと敵の姿が見えてくる。

 槍に貫かれているのはキングノズだ。

 ダンジョンで通常で会う敵の中ではもっとも恐ろしい魔物の一つであり、強力な魔力と結界、そして恐るべき怪力で一匹でも相当な力を持つ。

 そんな連中が見ただけでも十匹ぐらいはいる。

 その後ろにもまだいるようだ。


 不意に突進が止まる。

 騎士たちは懸命に押し切ろうとするが、まるで巨大な壁に突き当たったかのように進めない。

 見ると、槍で貫かれたキングノズ達が、自らの足で踏ん張っているのだ。

 胴を貫かれたはずなのに、まだあんな力があるのか!


「レジストされたわ! 全隊、籠の陣!」


 エディの指示で騎士たちは一斉に円形に集まり、盾を二段に並べて防御の姿勢を取る。

 指示を出したエディは懐から御札を数枚取り出すと、それを頭上に掲げた。

 それと同時に、俺達の頭上に巨大な雷が落ちる。

 耳をつんざくような轟音が俺たちを襲い、俺は衝撃のあまり膝をついた。


「くっ、やるわね。魔法合戦だとノズに分があるかしら」


 そういうエディを見ると、肩から血を流している。


「エディ! おい、レーン、治療だ」

「もうかけています!」


 僧兵たちも同様に回復をかけているようだ。


「助かるわ、うちの連中は治療にまで余裕が無いから。ここで粘るわよ」


 盾と結界のすぐ外にはキングノズが群がり、攻撃を続けている。


「このままじゃジリ貧ね。突撃するしか無いけど……」


 苦虫を噛み潰したような顔でエディがうめく。

 そこに脳内に声が響く。

 燕からの念話だ。


(デュースが火柱をかけるから備えろって)

「わかった、おいエディ、デュースが火柱をかけるってよ」

「わかったわ、結界兵! 耐火結界用意! 目一杯かけて!」


 エディの号令で周りに張りめぐらされた結界が更に分厚くなるのがわかる。

 なんというか、見えない圧力がどっと押しかかる感じだ。

 同時に俺達の周りに凄まじい火柱が立ち上った。

 結界越しにも熱さが伝わる、すごいやつだ。


「彼女の術、すごいわね。さすがは伝説の魔女ってところかしら」


 そう話しながらも、エディは何かの術を唱えている。


「魔法はあと何秒?」

「ちょっとまてよ……おい、これあと何秒続くんだ?」


 念話で燕に尋ねると、


(えー、ちょっとまってよ。あと二十秒ぐらいだって)

「二十秒だってよ」

「そんなに? 私達まで蒸し焼きになりそう。結界兵、頑張ってよ。二十秒後に結界がはれたら、残存勢力を確認の上、個別に撃破」


 二十秒というのは長いもので、燃え盛る炎の隙間から、みるみる焼けて骨まで崩れ落ちるノズの姿が見える。

 熱気で臭いはわからんが、かなりグロい。

 しかも眩しい。


(あと五秒!)

「あと五秒だ」

(四、三、二……)

「一……切れるぞ!」


 次の瞬間、ふわっと炎の柱が消える。

 突然炎が消えると、一瞬あたりが暗くなったように感じる。

 目を瞬いてあたりを見渡すと、あとには消し炭になったキングノズの死体が無数に転がっていた。


「油断しないで、レジストした奴もいるはずよ」


 エディの言葉通り、近くに五体ほど動ける敵が残っていたようだ。

 騎士たちは数人ずつ固まって襲いかかる。

 騎士と言っても強さにはむらがあるようで、押している連中もいれば押されているのもいる。

 ノズの方もダメージにばらつきがあるのか、戦況は混乱している。

 その内の一匹が騎士の包囲を打ち破り、よりにもよってこっちに向かってきた。

 俺はレーンをかばうように前に立つがはっきり言ってキングノズの相手は無理だ。


「ご主人様、下がって!」


 叫ぶレーン。

 そこにキングノズが迫り魔法を放つ。

 咄嗟に盾を構えて攻撃を防ぐが、盾ごと俺とレーンは吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと地面を転がり、起き上がるまでに数秒しか経っていなかっただろう。

 耳がキーンとなって聞こえないが、体はさほどダメージを受けていない。

 おニューの盾があってよかったぜ。

 素早く起き上がって顔を上げると目の前でキングノズが拳を振り上げている。

 うわっと思った次の瞬間、キングノズの両目に矢が突き立ち、何かが俺の上を駆け抜けた。

 同時に、キングノズの首がぐらりと傾いてもげる。


「ご主人様、ご無事で?」


 声の主を確認すると、セスが涼しい顔で立っていた。


「セス!」

「オルエン、コルス、あとを頼みます!」


 セスはそう言うと、再び姿が見えなくなった。

 入れ違いにオルエンが駆けつけ、俺の前に立つ。

 ああ、この背中の頼もしさは久しぶりだな。


「よく来てくれた」

「ご無事で……なにより」

「そうだ、レーンは?」

「ここにいますよ、あたた。ひどい目にあいました」


 見るとコルスに抱きかかえられている。


「大丈夫でござるか!?」

「ええ、かすり傷です」

「ここに結界を張るでござる、みな集まるでござるよ」


 俺達の他に、側にいた騎士数名を引き寄せると、コルスが結界を張った。

 精霊魔法を防ぐ結界で、この中では肉弾戦をやるしかなくなる。

 鉄製の棍棒を振りかざして襲い来るキングノズをオルエンが盾でいなし、喉元に槍をぶちこむ。

 よろめいたキングノズの顔に、どこからか矢が数本、立て続けに貫通すると、そのまま大地に崩れ落ちた。


「エレンか、どこにいるんだ?」

「エレン殿とデュース殿はかなり距離をとっているでござる」


 いつの間にか、あたりは乱戦になっていた。

 その中でも目覚ましいのはセスだ。

 ほとんど姿が見えないのだが、時折見えたかと思うと、側にいたキングノズの首がもげている。

 そんな感じで、次々とキングノズの首がもげていった。


「すごいじゃないか、セスは。いつの間にあそこまで」

「セス殿は時々シーリオ村のコン殿を訪ねては教えを受けていたようでござる。そこで何かを掴んだのでござろうな。今のセス殿は拙者の到底及ばぬ境地に至ったでござるよ」

「そうだったのか」


 更に一匹仕留めたセスが、立ち止まって呼吸を整える。

 そこを狙って、四方から巨大な火球が襲い掛かる。

 あ、と思った瞬間にはセスの姿は消えていた。


「やはり魔法でこられると、難しいものです」


 いつの間にか、俺の後ろにセスが立っていた。


「セス、大丈夫か?」

「私は問題ありません。残りは騎士が仕留めたようです」


 セスの言葉通り、片がついたようだ。


「ふう、ごめんなさい。あなた達の大切な主人を危険な目にあわせてしまったわ」


 戻ってきたエディがセスに謝ると、


「危険に飛び込むのは我らが主人の、趣味のようなものです」

「そうみたいね。とにかく先を急ぎましょう」


 そう言ってエディは指示を出す。


「動けないものはいる? ハージィ、あなたは部下を使って負傷者をキャンプまではこんで。ハウオウル、あなたは残りを再編成して。五分後に出るわ!」


 その間に離れていたデュースたちも追いつく。


「大丈夫ですかー、結界の加減がわからなかったので威力をだいぶ抑えてたんですがー、お陰で思ったよりたくさん残してしまいましたねー」

「あれでもまだ手加減してたのか」

「全力だと森が全部燃えちゃうのでー」

「そりゃあ、やり過ぎだな」

「今はフューエルが消火してくれてますよー」


 見ると水色の光が飛び交い、あちこちでくすぶる火を消しているようだ。

 だんだん戦闘が派手になってきたな、ますます俺がついていけないぜ。


 再編成して再びメリーのもとに向かう。

 こちらも突然現れたキングノズの集団と交戦していたが、途中で数が減ったおかげでどうにか乗り切れたらしい。

 つまり、俺達が駆けつけなかったら危なかったということか。

 同行した僧兵たちが負傷者の治療に当たる。

 その姿を見て、メリーは涙ぐんでいた。


「ああ、教会の僧が我が騎士団に手を貸してくれるとは……紳士様にはもはや返しきれないほどの御恩が……」

「なに、借りがあるのはお互い様さ。それより無事でよかった」

「私の判断ミスで、もう少しで部下を失うところでした。本当になんとお礼申し上げるべきか」

「水臭いことを言うなよ、メリー」

「紳士様……」


 メリー達は入り口の捜索に手間取り、隊を分けた所を襲われたとか。

 混乱する部隊を立て直し、どうにか守り切ったメリーの手腕は見事なものだったと、あとで騎士の一人から聞いた。

 まあ、俺としては彼女が無事でよかったというしか無い。


 キングノズの足跡をたどると、例の入り口と思しき場所を発見した。

 見つかった洞窟の入口は、幅が狭いところでも三メートル程はあり、部隊が隊列を組んで潜る余裕がある。

 敵の気配はないということで、数人の騎士を斥候に出したが、敵と遭遇することなく、地下から登っていた連中と合流出来たようだ。


「となると、こっちのほうが都合がいいわね。拠点を移しましょう。部隊に通達して。あと冒険者の皆さんにもそのように」


 エディの号令で、一斉に動き出す。

 俺達もこっちにテントを移すことにした。

 なかなか忙しくなってきたなあ。

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