第154話 洞窟発見

「へーっくしょん!」


 早朝、森の探索に出かける準備をしていると、レルルが大きなくしゃみをした。


「どうした、寒中水泳がこたえたか?」

「うぐぐ、その件はもう勘弁してほしいであります。まさか騎士団をやめてからローン殿に説教されるとは思わなかったでありますよ」

「ははは、まあ怪我がなくてよかったじゃないか」


 レースの最後に我を忘れて湖に飛び込んだ出場者達は、みんな叱られたり慰められたりと大変だったようだ。


「具合が悪いなら、今日は寝ててもいいぞ?」

「いえ、大丈夫であります。そもそもホロアはめったに風邪などひかぬでありますよ」

「そんなもんか」


 荷馬車に荷物を積み込み、馬の花子をつなぐ。

 祭りはまだ続いているが、うちは本格的に探索をメインにするつもりだ。

 商店会長のオングラーにも話は通して了解はとってある。

 そもそも、商店街としての行事はすべて終わっている。

 祭りの最終日にアンコールライブをするという予定は立っているが、しいて言えばそれぐらいだ。

 家事組は家に残して働いてもらうので、支障はないだろう。

 商人兼盗賊のメイフルをどうするか悩んだが、当面、大口の商談はないので大丈夫だという。

 探索の要である盗賊のエレンが怪我で本調子でないこともあり、メイフルがいると心強いしな。


「お弁当も積み込んであります。一応、今夜はお帰りになるんですよね?」


 見送りに出たアンが確認するように尋ねる。


「ああ、片道一時間程度なら通ったほうが楽だろう。探索地が遠くなるようならまた考えるけどな。何かあったら連絡を入れるよ」

「かしこまりました。では、お気をつけて」


 アン達留守番組に見送られて、俺達は出発する。

 早朝のこの時間は、まだ薄暗い。

 固い荷馬車の上で揺られていると、冷たい風が湖の方から吹いてくる。

 と言っても、このところ寒さも和らいでいるようで、この時間にしてはましな方だ。

 先週までの寒さだと、ホロアでもさすがに風邪を引いてたんじゃないかな。

 などと思いながら、先頭を行くレルルとエーメスをみる。

 この騎士コンビはそろって愛馬にまたがり、何か楽しそうに話しながら進んでいた。

 仲の良い事だ。


「しかし、久しぶりの馬車は、なんだか落ち着くな」


 御者台のデュースに話しかけると、


「そうですねー、私も旅の空で暮らした時間のほうが長いですからー、こういうのが落ち着きますねー」

「とはいえ、せっかく家も作ったことだし、しばらくはあそこで安定した暮らしを確保したいもんだが」

「家の中は暖かいですしねー」

「外は寒いよなあ」

「ですねー」


 こういう、中身の無い会話も懐かしい。

 振り返ると馬車の荷台でカプルとシャミが何か話している。

 新人大工のシャミは今日からの参加だが、危険も少なそうなので、現場で道具の修理をする練習をしておくとかなんとか言っていたな。

 同じくペイルーンも同行していて、僧侶のハーエルと並んで歩いている。

 この二人は王立学院にかよっていろいろ調べていたようなので、そっちの方からフォローするという話だ。


「それにほら、私はあんまり店の手伝いとか向いてないし。穴掘りしてるほうが考古学者っぽいでしょ」


 とペイルーン。

 そういやこいつは人見知りする方だったっけ。

 従者同士だけで見ていると、つい忘れてしまうが。

 今一人の考古学者エンテルは、学校の仕事が忙しいようで、なにか見つかったら駆けつけると言っていた。


 街をでて、湖沿いに北上する。

 そこから森に入る道の辺りで、騎士団と出会った。


「おはようございます、紳士様。今朝はまたお早いお出ましで」


 挨拶してきたのは二号隊隊長のクメトスだ。


「そちらこそ、いつもよりお早い」

「ええ、やはり昨日のことが気になりまして。紳士様も?」

「私もです。あのようなところにまでゴーストが出てくるとは」

「あのゴーストは、紳士様がおっしゃっていたものと同じでしょうか?」

「はっきりとはわかりませんが、なんとなく、そう感じます」

「なるほど」


 そういってクメトス隊長は頷く。


「我が隊は今日も引き続き、探索の続きを行います。そちらは、西へ足を伸ばされるのですか?」

「そのつもりです。もう少し、このあたりも漁りますが」

「こちらももう少し人員が増やせればいいのですが、そもそも我が団は赤竜に比べれば頭数も少なく、湖の警護に割くだけで半数は取られてしまいます。更に冬場は山から降りてくる魔物の警戒と、どうにも人手不足で」

「はは、欲張ってはいけませんよ。我々だけでもできることはたくさんあります。今日も頑張っていきましょう」


 そう言って俺たちはそれぞれ、目当ての場所に向かった。


「さて、まずは支度と行こうか」


 盗賊のエレンが指揮をとって、例の墜落地点にキャンプを張る。

 と言っても、馬車の上に屋根代わりに大きなタープを張り、そばで焚き火を起こすぐらいだが。

 フルンとエットが木によじ登ってロープを張る。

 エットは器用に木に登るもんだ。


「あたしの住んでた国は、もっと細くてひょろ長い木が多かったから、こんな頑丈な木なら上り放題!」


 エットは木の上でピョンピョン跳ねながらそう話す。


「ほら、エット。おしゃべりしてないで向こうの枝にロープをつないで」

「わかった」


 エレンの指示に、エットはするすると枝を伝って隣の木に移る。

 そうしてあっという間にベースキャンプが完成した。


 あれから色々考えた結果、コルスやエレンなど、森のなかでも速く動ける連中を中心に先遣隊をだして、西へ西へと進む。

 一方、残りの連中でここを中心に放射状にあたりを調べる。

 やはり落ちた高さから考えても、この近くである可能性は高いのだ。

 安易に西に行くのは考えものだと思う。


「東から南にかけては、まだ手付かずの部分も多く残っています。そういうところを完全に埋めておくのは大切ですね!」


 とレーンも言う。

 先遣隊のコルスたちを見送ってから、俺も数人であたりの探索に出る。

 メンバーはエーメスにレルル、レーンに俺だ。

 おっと、クロもいたな。

 座布団の四隅からカニのような足が生えたような形状のクロは、古代の兵器か何かっぽいんだけど、中身は女の子らしいので要するに俺の可愛い従者だ。

 レルルは馬に乗っていない時はたいていクロに乗っている。


「クロ殿に乗っていると、何かこう、足の裏に根が生えたというか、非常に安心するでありますよ」

「そんなもんか」

「もはや我らは一心同体であります、そうでありますな、クロ殿!」

「気ノセイ」

「な、なんと、クロ殿はつれないでありますなあ」

「落チ込ムナ、元気ダセ」

「ううぅ、めげそうであります」


 と、いいコンビだ。

 先頭のエーメスが剣で藪を切り裂きながら道を作る。

 その後を踏みしめるように俺たちがすすむのだが、藪が頭の上まで茂っているので、なかなか先が見通せない。


「その石室が二メートル程度だとしても、これだと覆い隠されている可能性もありますね」

「そうだなあ」


 つぶやきながらあたりを見回す。

 全体的に窪地のようで、余計に視界が悪い。


「西の池に向かって、傾斜になっているのでしょう。大水が出れば、この辺りも水浸しかもしれません」

「水浸しは、勘弁でありますよ」

「まったくです」


 レルルとエーメスが仲良くうなずいている。


「はは、まあこんなところで流されたら、大変だろうな」

「湖のあのあたりはそこそこ水深があってよかったであります。下手に浅いと、大怪我をしていたかもしれんであります」

「そうかもなあ」


 そんなことを話しながら、今来た道を振り返る。

 キャンプのタープの布地が、木々の隙間からちらりと見えた。

 あっちは更に低いな。

 低いのか……。


「なあ、レーン」

「はい、何でしょう」

「このへんも水が流れたら、土砂も流れるよな」

「でしょうね、もっともこれだけ茂っていればそうそう崩れることは無いでしょうが」

「でも、何百年も過ぎてるとどうだろう」

「何百年……、それですよ、ご主人様! かのジャムオックの時代からすでに五百年は過ぎております。となれば埋もれてしまっていてもおかしくありません!」

「だよな、そもそもあの時見たのも、半分夢みたいなもんだったし」

「一旦戻りましょう! クレナイさんとツバメさんも呼び戻してください。あの地点を中心に、地中を探しましょう!」


 呼び戻した紅のセンサーで、さっそく墜落地点を中心に、地中を調べる。

 すると物の三十分もしないうちに、怪しい何かを見つけた。

 ピンポイントで探せば見つかるもんだな。

 紅は木々で覆われた一帯を指さすと、


「材質は石のようですが、二メートルほどの正方形の領域があります。またそこから地下に伸びる階段状の物も見えます」

「それだ、深さは?」

「天井部まで一メートル程でしょう」


 俺達はさっそく掘り出すことにする。

 まず、邪魔な木を切り倒し、藪を払い、地面を露出させる。

 ついで地面を掘り進めた。

 もともと、橋をかけたり、崖を越えたりできるように、土木工具は持ってきていたのだ。

 さらに土木工事の得意な騎士のオルエン達がいれば、たやすい作業だった。

 比較的柔らかい土はみるみる掘り返されて、やがて石室の天井が見えてきた。


「やりましたね、ご主人様!」


 とレーン。


「ああ、そもそも、例の墓場とやらは地下にあるっぽい感じだったんだ。もっと早くに気がつくべきだったな」

「それがなかなか、視点を切り替えるというのは難しいものですね」

「まったくだ」


 地面は掘り進むほどにぬかるんでくる。

 みんなが掘り起こす間に、カプルが切り倒した木を使って、足場を作る。

 そうしてしばらく掘り進むと、石室の入り口が見えてきた。


 長く土に埋もれていた石室は、それでもしっかりと形を保っている。

 入り口は模様の刻まれた分厚い石の扉で塞がれ、これを開けるのはまた骨が折れそうだ。

 扉の表面を眺めながら、ペイルーンがこう言った。


「雑な彫刻ね。この網目模様は世界樹のモチーフよ。となるとどこかに精霊のアンクもあると思うんだけど……あ、あったわ」


 扉の隅を指で指す。


「少なくとも、大戦以降のものね。ちょうど五百年ぐらい前のものだとしてもおかしくないわ」


 ペイルーンが考古学的に検証している間、エレンとメイフルが、盗賊的に扉を調べる。


「特に仕掛けも見当たりまへんな」

「だよね。この手前の石の床に引きずったあとがある。おそらく、封印のために最後にこの扉を押し込んだんじゃないかな」

「となると、引っ張りだすのが妥当ですな。ツバメはん、中はどうですのん?」


 メイフルが燕に尋ねると、


「今、見てるけど……中は真っ暗なのよね。紅、あんたのソナーで見てよ」

「こちらも今見ています。中は何もありません……いえ、ちょうど扉の正面に、小さな台座のようなものが。祭壇のようにも思えます」

「それで、なんや扉を開く仕組みみたいなもんはありそうでっか?」


 とのメイフルの問に、紅は首をふる。


「何も見えません。単純に押し込んで蓋をしているだけかと。厚みはどこも一様に七、八十センチはあります。扉の奥は、一段高くなっていて、このまま押しこむのは不可能のようです」

「そりゃあ、難儀ですなあ」


 つまり、この巨大な石扉を引っ張りだすしか無いわけか。


「デュースの魔法でぶっ飛ばすとかできないかな?」


 と尋ねるとデュースは、


「まるごと消し飛ばすならー、まあ出来ると思いますけどー、中に祭壇があるとなるとちょっと気まずいですねー」

「そりゃそうか」

「それにこの場所だと火が燃え移って森が焼けてしまうかもー。非常時でもなければ避けたいですねー」

「そりゃまずいな。何にせよ壊す方向はなしか」


 相談の結果、頑張って扉を引っ張りだすことにした。

 ここで改めて大工コンビのカプルとシャミの出番だ。


「二人共、石細工は詳しくないので力技となりますけど」


 ということで、まず石扉に小さな穴を開け、そこにネジ式のアンカーを打ち込む。

 そこにロープを掛けて引っ張る、という寸法だ。

 穴を開けている間に、シャミが錬金術でアンカーを作成する。

 それをグリグリねじこんで、取っ手ができた。

 ここに太いロープをかけてみんなで引っ張るわけだが、まったく動かない。


「足場が緩くて、まず踏ん張りが効きませんわ。それにこの掘り下げたスペースだけでは狭いですし」

「穴の上から引っ張らないとだめか」

「そうですわね」


 今度は穴の上によじ登り、みんなで引っ張る。

 それでもなかなか動かないが、扉の前で様子を見ていたエレンが、突然叫び声を上げた。


「タンマタンマ、ストーップッ!」


 あわてて下を覗くと、エレンがこっちに向かって手を振る。


「ダメだよ、打ち込んだ杭が抜けそうだ」


 引きぬいたアンカーを見ながらシャミがつぶやく。


「ネジが潰れてる。これ以上は、貫通させないと、難しい」

「しかし厚みが七十センチぐらいあるんだろ、いけるか?」

「難しい」


 うーん。

 どうしたもんか。

 そういや、石膏ボードの壁に家具をネジ止めするために土台に打ち込むやつとかって、二重構造になってて、外枠を打ち込んでから、更に内側にねじ込んで径を広げることで食い込ましたりしてたよな。

 あの仕組みは使えないだろうか。

 そう考えてシャミに相談すると、


「やってみる」


 とさっそく作り始めた。


「しかし、現場で細工ができると便利だな」


 横で見ていたデュースに話しかけると、


「そうですねー。数十人規模の大パーティになるとー、お抱えの錬金術士や刀鍛冶などもいるものですしねー。装備の修理だけでなくー、こうした工具づくりもー、特にフィールドの探索には欠かせませんからー」

「なるほどね」


 確かに試練の塔なんかはハイキングコースのように整備されてるようなもんだが、こういうところは道さえなかったりするもんな。

 シャミは寒空の下、額に汗して新しいアンカーを作っている。

 小一時間ほどで完成した新しいアンカーは、二重のねじ込み式で、どうやら十分な強度を発揮できるようだ。

 これを複数打ち込み、負荷を分散させる。

 その間に扉の前にスロープを掘り、引っ張りやすくした。

 今度はどうかな?


「そーれ!」


 掛け声とともに、全員に加えて花子まで繋いでロープを引っ張る。

 アンカーにぐらつきはないが、それでもなかなか引き出せない。


「ふう、手強いですわね。大きなウインチでも作るしかありませんわね」

「ウインチかあ。すぐできるのか?」

「大きいものだと、急いでも丸一日は最低かかりますわね」

「まあ、それぐらいなら」

「その前にご主人様、次のアイデアをおねがいしますわ」


 とカプル。


「次か! そんな都合良く言われてもなあ。じゃあ……」


 と言われても、急にアイデアなどは出てこない。

 アイデアでダメなときはベタな手段に限るな。


「よし、人手を増やそう。だれか白象のとこに行って助っ人を頼んできてくれ」

「では、私が」


 さっそくエーメスが馬にまたがって出て行った。

 しばらく待つと、エーメスがクメトス以下十人ほどの騎士とともに戻ってきた。


「何か発見されたとか」


 緊張するクメトスに、


「まだ、はっきりとそれだと決まったわけではないのですが、何やらそれらしい石室を発見しまして。確証のないままお頼みするのも気が引けたのですが」

「何をおっしゃいます。このような仕事も我らの勤め。なんなりとお申し付けください」


 ということで、加わった騎士たちと一緒に石扉を引っ張る。

 やはり騎士の加入は大きかったのか、今までまともに動かなかった石扉が、徐々に動き始めた。

 しばらく頑張って、二センチ程引き出すことに成功する。

 とは言え、これだけ頑張って二センチか。

 見かけ以上に重すぎるぞ。

 あと何日かかるんだよ、これ。


「はぁ、こりゃキツイな。地面に油でも撒いて滑りを良くするか」

「では、街に戻って油を仕入れてきましょう」


 とレーン。


「砦に跳ね橋用のウインチの予備があります。あれを持ってきてはどうでしょう」


 こちらは白象騎士の一人が提案する。

 何人かを使いに出し、残りは少し遅目の昼食を取ることにした。

 持ってきた弁当を食べながら、石室を眺める。


「しっかし、なんでまたこんなに頑丈に封印しちまったんだろうな」

「それは、やはり見つけられたくなかったからでは?」


 とエーメス。


「それならむしろ、何もおかずに埋めたほうが良かったんじゃ?」

「作った当初は、そうではなかったのかも知れません」

「ふむ」


 街から戻ったレーン達は、壺二つ分の油を買ってきた。

 これを岩の隙間に染み込ませるように流し込んでいく。


「うまく染みこむものでしょうか?」


 そばで見ていたレーンが疑問をぶつけてくる。


「毛細管現象ってのがあってな、こういう隙間に液体は勝手に染みこんでいくんだよ」

「それは不思議なものですね。どういう仕組なのでしょう?」

「うーん、ほら、コップにギリギリまで水を注ぐと、淵の部分がわずかに盛り上がるだろう」

「ああ、確かになりますね」

「あれは、大雑把に言うと水自身が壁を引っ張る力のせいなんだが、そもそも液体には表面張力ってのがあってだな、その表面積を最小にしようとする力が働くんだよ。だから水滴は丸くなるんだが……」

「なんと、子供の頃からなぜ水滴は散らばらずに丸くなるのか不思議でしたが、そういう仕組だったとは」

「同じようにその縮まる力で壁の方向に盛り上がるんだな」

「なるほど、わかるような、わからないような」

「まあ、ようするにこれも同じ仕組みなんだよ」


 腕を組んで考えているレーンの横で聞いていたカプルが、


「具体的に、どれぐらいの力で染み込めますの? 水を汲み上げるような力はあるんですの?」

「いや、自重もあるからなあ」

「では、どういった用途で使いますの?」

「アルコールランプなんかで芯が油を吸い上げるのはこの理屈だが、こっちの世界じゃアルコールランプって無いよな」

「油を使った灯りでしたら、北方にはあるはずですわ。綿の芯を使ったものを見たことがありますもの」

「ああ、それそれ。そういや北の方は精霊石がないんだっけ。炭なんかもそっちで作ってるんだよな」

「そうですわね。ああ、今わかりましたわ。外壁のひび割れを中心に壊れやすいのは、その仕組で余計に水が染み込むからなんですのね。ひび割れはすぐに直さないとダメなんですけども、どうしてそこばかりが広がるのか謎でしたの」


 と頷くカプル。

 そのうちに、白象騎士団がウインチを運んでくる。

 これを設置して、再び引っ張り始めた。

 巨大なウインチと油が功を奏したのか、じわじわと石扉は動き出した。


 そして日が傾き始めた頃、とうとう扉を引き抜くことに成功した。

 人ひとり、どうにか通れる程度の隙間から中を覗くと、ひんやりと冷たい冷気が流れ出てくる。

 カビ臭さはほとんど感じない。

 手にしたランプをかざすと、突然中から何かが躍り出てきた。


「おわっ」


 驚いて後ずさる。

 よく見るとそれは一匹のゴーストだった。

 うっすらと頼りない光を発するゴーストは、俺に擦り寄ってくる。


「よしよし、待たせちまったな」


 そう言って優しくなでてやってから、俺は指を切って血の滲んだ手で、ゴーストに触れてやる。

 するとたちまちゴーストはふわっと輝いて、掻き消えてしまった。

 しかし、とは雰囲気が違ったな。

 なんていうか、昔見たのと同じというか、普通のゴーストだった。


 改めて中に入り込む。

 六十センチ四方程度の小さなスペースには、正面に小さな祭壇が置かれているのみだった。

 そこには石彫の女神像と、教会のシンボル。

 そして見慣れた白象の紋章が彫られていた。


「これは……」


 俺の案内で中を覗いたクメトスが目を見張る。

 ここに白象の紋章があるということは、ここが当時の遺跡である可能性が非常に高い。

 街の噂である白象の隠し財産、そしてゴーストの墓場。

 そうしたものへの入り口に違いない。


 レーン達が代表して女神像に祈りを捧げてから台座を運びだすと、その下には紅の調査通り、下へと続く階段が出てきた。


「どうなさいます? ダンジョンは第一発見者に優先権がありますが」


 階段を覗き込みながら、クメトス隊長は動揺を押し殺した声で尋ねる。

 そんなルールがあるのか。


「いや、お宝よりゴーストを優先しましょう。この先にゴーストの墓場があるとしたら、彼女たちの成仏が最優先です。協力をお願いしたい」

「よろしいのですか?」

「もちろん。となったら早速調査隊を編成して乗り込むとしましょうか」


 まず、騎士団の先遣隊が乗り込む。

 白象騎士団はダンジョン探索が得意でないとはいえ、素人ではないのだ。

 人ひとりがやっとの階段を、二人一組で一定間隔で降りていく。

 四組計八人が降りて、入り口を確保する。

 同時に別の騎士が砦に応援を呼びに行く。

 未知のダンジョン探索は地図もなく、どの程度の魔物がいるのかもわからない、また崩落の危険もあるので、想像以上に人手がいるものらしい。


 三十分ほど経つと先遣隊が一組戻ってきた。

 階段は五十メートルほど降りた所で終わっており、その先は網の目状にダンジョンが広がっている。

 古い精霊石の採掘跡ではないか、とのことだ。

 穴の掘り方が、坑道のそれだという。

 だが、かなり古いもので枝道も多く、その大半が埋もれており、ゴーストの発生源はわからなかったそうだ。


「ですが魔物もいましたし、空気の流れも感じます。もっと下層へ通じる道はあると思われます」

「この森には一定量の魔物も出ます。まだ知られていない洞窟もあるでしょう。となると他に通じる道もあるのかもしれません。そもそも、もし採掘跡だとすれば、この狭い階段から運びだしたとは思えませんし」


 戻ってきた騎士はそういう。


「よし、次は俺達も降りてみるか」


 俺を含めた数人で階段を下る。

 騎士が一人案内についてくれる。

 ランプで照らしながらゆっくりと下ると、下からは冷たい風が吹き上げてくる。


「奥もかなり空気が流れていました。おそらくは抜け穴があるのでしょう」


 案内の騎士はそう話す。

 祠の入り口こそギリギリの狭さだが、階段部分はもう少し余裕がある。

 と言ってもかなり厳しいが。

 中で少し開けたところに騎士が固まり、精霊石の灯りをともしていた。

 俺達のあとからも更に追加の人員がやってくる。

 彼らはツルハシなどの土木工具を担いでいた。

 あれで壁を掘るのか。


「こうしたダンジョンでは、穴を掘りながら探索します。そもそも、天然のダンジョンでは常にどこかで崩落がありますので、管理といえば穴掘りが基本です」


 とエーメス。


「とはいえ、こちらは赤竜のほうがノウハウはお持ちだと思いますが」

「もちろん穴掘りは見習いが最初にやる仕事でありますから」


 とレルル。


「とりあえずエレン、燕。協力してめぼしいところを探してくれ」

「了解」

「じゃあいきましょ。じっとしててもわからないわよ」


 階段から続くメインの通りから、枝のように無数の通路が伸びている。

 だが、その多くが途中で埋まっているようだ。

 硬い岩盤がむき出しの壁もあれば、土砂が崩れたようなところもある。

 魔物も出るというので、俺達は警戒しながら探索を進める。


「まって、この下も空洞があるわよ」

「どれどれ」


 燕の指摘を受けて、エレンが地面に耳を当てる。


「ほんとだ、しかも音がする……足音……こりゃ、十や二十じゃないね。見える?」

「まってよ、ピントを合わせるから……あ、いた。ごつい魔物がぞろぞろいるわよ?」

「まじか」

「えーとねえ、十メートルぐらい下にちょうどこの通路と直角に……直径五、六メートルの大きな洞窟があるわね。そこを魔物が一列になって歩いてるわ。いっぱいいるわよ?」

「だれか、隊長さん呼んでこい」


 すぐにクメトスがやってくる。


「たしかに……わずかに魔物の気配を感じます。あなたが遠目の術で見たのですか?」

「まあね」

「魔物の種類は?」

「知らないやつだけど、こう鼻が長くて、松明のせいかもしれないけど金色に光ってたわよ」

「キングノズ……やっかいですね。数は?」

「さあ、見た限り五十体ぐらいいたんじゃない?」

「そんなに!? 一旦引き上げましょう。もしそれだけの数が地上に出れば大事です。ここの兵力では太刀打ちできません」


 大慌てで地上に戻ると、なぜか冒険者が集まっていた。


「も、申し訳ありません。どうやら荷運びの人足から話が漏れたようで」


 見張りの騎士が弁明する。


「ええい、この非常時に……」

「まあいいじゃないですか。むしろタダで人手が確保できたと思えばいい」

「しかし……」

「さっきの魔物たちは、おそらくはどこか別の穴から地上に出るつもりでしょう。となると人手はいくらあってもたりないわけです」

「いかにも。とはいえ、我らはこうした管理には慣れておらず……」

「いい機会だ。今度は赤竜に手伝ってもらいましょう。あちらはダンジョン管理のプロですしね」

「し、しかし……この土地は我らの……」

「先日の貸しを返してもらうだけですよ。それに団長もおっしゃっていたではありませんか、今後はお互いに助けあうことで民衆の役に立ちたいと」

「そうでした。ポーン殿のご英断に感服しているだけでは、二号隊筆頭の名が泣くというもの、さっそく私が出向きましょう。ご提言感謝いたします。とにかく、団長にも連絡を付けねば……」

「そういうことならウチも口ばかりじゃなく協力しましょう。レルル、クメトス殿に同行して街まで行ってくれ。ついでにアンに今夜は帰れないと伝えといてくれ。残りは騎士団に協力して列整理だな」

「了解であります」

「ありがとうございます。ではこちらも……」


 クメトスは素早く部下に指示を出す。


「至急砦に戻って団長にこの旨を連絡しなさい。この時間であればすでに巡回からお戻りのはずだ」


 すぐに白象の騎士が二名、出立した。

 その間にも続々と冒険者が増えている。

 ほんと、なんかあるとすぐ湧いてくるよな。


「こらー、入れなさいよー」

「騎士団は横暴だー」

「洞窟を開放しろー」


 またこのパターンか。

 人が押し寄せたせいでレルルとクメトスの出発にも差し支える。


「ええい、この一大事に面倒な」


 憤るクメトス。

 クメトス隊長さんはちょっと融通がきかない上に短気だな。

 しょうがない、俺がひとつ……おっと指輪は外してっと。

 積み上げた資材の上によじ登り、集まる冒険者を見下ろす。


「静かにしやがれ、野郎ども!」

「へっ?」

「だ、だれ!?」

「ま、まぶしい! し、紳士様?」

「おう、俺が第一発見者のクリュウってもんだ、よろしくな」

「あ、あれが桃園の……あんなに若いやつか」

「俺、ボズの塔で見たことあるぞ」


 皆、動揺しながらも、俺に注目している。


「早速噂を聞きつけてお集まりのようだが、ものには順序ってもんがある。わかるな」

「へ、へえ、そりゃもう」

「本来なら俺が真っ先に潜ってお宝を独占するところだが、せっかく来てくれたんだ、みんなで仲良くやろうじゃないか」

「さすがは紳士様、話がわかる」

「そうだそうだ!」

「だがな、この近辺で魔物が出るって話がある。ここの騎士様たちはそっちの手配で大忙し、余計な手を煩わしちゃならねえよな!」

「そりゃあもう、仰るとおりで」

「気をつけろ、まだ未確認だがキングノズ級の敵がいるかも知れねえようだ、しかも中は結構せまい。そのつもりで事に当たれ、いいな」

「オー!」

「おっしゃ、話がわかったら整列だ! 準備ができたら順番にのりこめ!」

「オー!」


 地面に降りると、呆れた顔のクメトスが待っていた。


「紳士様はいつもああなので?」

「時々ね、せっかくの紳士のご威光ってやつだ、有意義につかわないともったいないでしょう」

「しかし、我らがいくら声を張り上げても、冒険者という連中は話を聞かぬものですが」

「それは、聞きたくない話をするからですよ。喜んで飛びつく話をすれば誰だって耳を傾けるものです。人間、聞きたい話しか聞きませんからね」

「理屈ではそうなのでしょうが」

「さあさあ、せっかくみんなが並んでくれています。順番に中に入れてやりましょう。あれだけ数がいれば、いれるだけでも大仕事ですよ」

「まったくです、増援が来るまではここだけで手一杯です」


 クメトスは部下に指示を出してから、改めて出発する事になった。


「このような機会をお与えいただき、感謝に絶えません。では後ほど」


 そう言ってクメトスはレルルとともに出て行った。




 二人を見送ってから、うちも手伝って冒険者連中をダンジョンに放り込む仕事をした。

 これがまあ中々大変だな。

 ほっといても勝手に列を作る日本人に慣れてると、行儀の悪いこの連中を扱うのは至難の業に思える。

 ひぃひぃいいながら、半数をさばいたところで、頼もしい声を聞いた。


「はーい、ハニー。今度は何をしでかしたの?」


 声の主はもちろん、赤竜騎士団団長エンディミュウムだ。


「やあ、ダーリン。素敵な花園を君に見せたくてね」

「うれしいわ、よりどりみどりね」


 そう言って人であふれるあたりを見渡してから、エディはクメトスに話しかける。


「クメトス隊長、ではここは任せてもらうわ」

「は、よろしくお願いします」


 共に戻ってきたクメトスが、頭を下げる。


「ふふ、お互い様よ。ゴブオン、あなたが指揮を取りなさい」


 背後の部隊に声をかけると、見知ったオヤジが出てきた。

 四番隊隊長の食わせ物、ゴブオンだ。

 彼には飛び首退治の時にも世話になった。


「おお、紳士殿、相変わらず巻き込まれとるようですな」

「こりゃどーも、ゴブオン卿こそお元気そうで」

「なんの、最近ちょいと腰がな。ほれ、お前たち、ぼっとしとらんとさっさと展開せんか」


 こちらは手慣れたもので、すぐに幕を張るとロープを張って強引に列を形成する。

 それと同時にあたりに篝火をたく。

 気がつけば、すでにあたりは暗い。

 冒険者をさばき終えた頃には、とっぷりと日が暮れていた。


 それと同時に白象からも増援が来た。

 先頭は白象騎士団長メリエシウムその人だ。


「団長、わざわざ出向かれるとは」


 と出迎えるクメトス。


「当然です。エンディミュウム様も来ていらっしゃるでしょう?」

「は、よくご存知で」

「これは、そういうことなのですよ」


 張ったばかりの天幕から、エディも出てきて出迎える。


「エンディミュウム様、このたびは当方のお申し出をお受けいただき、誠にありがとうございます」

「メリエシウム様、こちらこそ嬉しいわ」

「私、このような日を待ち望んでおりました」

「私もよ、すぐにうまくは行かないかもしれないけど」

「はい」


 二人は大仰に手を取り合って挨拶したあと、声を潜めて、


「あとで紳士様にも感謝しておかないとね、メリー」

「ふふ、そうですね、エディ。では後ほど」


 メリエシウムは率いた兵を分けると、森の四方に走らせた。

 赤竜がダンジョン、白象が森の探査と、分担してこの辺りを一斉に捜索するわけだ。


 ゴブオン率いる第四小隊は、騎士団の中でもベテランが多い。

 ベテランは普通保守的なので、こういう場合の要員としていかがなものかとは思う。

 だが、いざというときに暴走するのは得てして若手だ。

 それにゴブオンが遣り手なことは以前の付き合いからわかっている。

 エディの選択は、たぶん間違っていないだろう。

 実際、クメトス相手にガハハ、ガハハと笑いながらいい塩梅にこの場をしきっているようだ。

 クメトスは腕はいいんだろうけど、こういう場だとちょっとゴブオンにはかなわないようだな。


「さて、なんか暇になっちまったな」


 手持ちの夕食を食べながら、みんなで相談する。


「今からでも帰りたいところだが、そういうわけにもいかんよなあ」

「そうですね、やはりあのような啖呵を切った以上、今しばらくはここで見守るべきでしょう」


 とレーン。


「だよな。とりあえず俺たちも少し潜るか」

「そうですね」


 ひとまず一チーム、精鋭を地下に送ろうということになり、セス、オルエン、コルス、メイフル、紅、レーンの六人で潜ってもらうことにした。


「では、行ってまいります」


 レーンたちを見送り、残りは焚き火の前に陣取る。

 そこに、赤竜騎士団の後続の馬車がついた。

 更に資材を運んできたらしい。

 先頭の騎士は、赤いマスクをつけている。

 初めて見る顔……といっても顔は見えないんだけど、その騎士は率いてきた部下に指示を出して続々と材木やら食料を積み上げていく。

 日が暮れて駆けつける冒険者はいなくなったが、明日になればまた増えるかもしれない。

 様子を見ていると、騎士団に呼ばれたので顔を出した。

 ひときわ大きな天幕には赤竜と白象の旗が、並んで立っている。

 ここが合同の司令部って感じか。


「よう、どんな塩梅だ?」

「それが結構たいへんみたいよ。深層部につながる穴がすでに三つ見つかってるわ。その内の一つには真新しいフンが落ちてたらしいから、そこを通ってる魔物がいるわね」


 とエディ。


「キングノズの話は聞いたのか?」

「ええ、その通路はまだ見つかってないけど、この調子だと神殿の地下なみの洞窟かもしれないわ」

「まじか」

「この辺りはとにかく穴が多いのよ。大半はふさがってるんだけど、どれがどれとつながってるかなんてわからないもの」

「ふぬ」

「いま、白象の持ってる地図と照らしあわせて確認してるけど、うちと違ってあまり穴掃除しないから、わからないのよね。これはあと三個小隊ぐらい突っ込まないとダメかも」

「そんなにか」

「でも今はそんなに手が空いてないのよね。ま、冒険者の皆さんが地図を作ってくれるでしょ、下で買い取ってるから朝にはまとまったものができると思うわ」

「ふぬ」

「あと、ここは入口が狭いから、もし他に大きな入口があればそっちに陣を構えるべきね」

「かもな、あの狭い階段はちょっとつらい」


 だが、大人数で地上と地下の両方から近辺を調査したものの、直接つながる出入口は見つからなかった。

 まあ俺達だって直径二キロぐらいの範囲は相当調べたけどなかったもんな。

 さっき感じた魔物の行方もわからない。

 だが、それなりに弱い魔物はいたので、地下へと通じているのは間違いないのだろうし、コンスタントに登ってきているなら、当然地上にも抜けているはずだという。

 逆に魔物のほうが出入り口を隠蔽しているかも知れないとも言う。

 なるほど、魔物も種族によっては高度な知性があるしな。

 ましてプールのような魔族であれば人と変わらないわけだし。


 夜も更けてきた。

 急に雲が出て、さっきまで出ていた月も分厚い雲に隠れてしまう。

 森は深い闇に包まれた。

 騎士団の陣幕の片隅で小さなテントを張って、交代で仮眠をとることにする。

 最低限の野営道具は持ってきているが、長引くようなら明日にでも追加のテントを持って来るべきだろう。

 半数に仮眠を取らせて、俺はのんびりと火の番をしている。

 はじめての野営でエットは興奮気味に、フルンと話していた。


「今まで野宿してる時は、夜は暗くて辛かったのに、今はみんながいっぱいいて楽しい」

「うん、私もね、公園で住んでた時とか、エレンが帰ってこないと寂しくて嫌だった」

「こういう野宿なら、いつでもいい」


 すっかりキャンプ気分で楽しんでいるようだ。

 そこにエディがメリーをつれてやってきた。


「まあ、紳士様、まだお休みになっていらっしゃらなかったのですか?」


 驚きながらも嬉しそうな様子を隠さないメリーにオーバーな身振りで答える。


「君たちが頑張ってるのに、じっとしてはいられなくてね」

「その割には大きなあくびしてたじゃない」


 とエディ。


「そこは見なかったことにしてくれよ」

「丁度良かったわ、ハニーも夜食に付き合ってよ」


 そう言って、同行の部下にテーブルの用意をさせると、あっという間に食事の用意ができる。

 手慣れたもんだ。

 しばらくは三人で料理とワインをガツガツやる。

 少し落ち着いたところで、現状を聞いてみる。


「それで、どうなんだ?」

「この森には確認されているだけで百以上の穴があるのです。ひと通り回ってみましたが、魔物の大群が這い出たあとはなく……もっともまだ無数に出入口はあると思われます。現にここの祠も知られていなかったわけですから」


 とメリー。


「なるほどね」

「地下も大変よ。さっき報告が上がった分だけでも相当な広さになってるわ、南北五キロぐらいはあるわね。深さはまだわからないわ。たぶん魔界まで通じてるでしょうけど、それも一本じゃないかもね」


 こちらはエディ。


「そりゃ大変だ」

「ところどころに祭壇の跡と白象の紋章があったから、騎士団が使っていたもので間違いないわね。でも、白象の記録には残っていないのでしょう?」

「はい。もっとも旧騎士団時代の公式記録は国側のものしか残っていないので、当時のものだとすると仕方ないのですが」

「となると、ますますお宝の可能性は濃厚なわけだ」

「そうなるわね」

「それでゴーストは?」

「一体見つけたらしいわよ。うちのほうで成仏させたけど」

「思ったより少ないな」

「そうね、これぐらいならたまたま……って可能性もあるけど」

「ふぬ」

「中に拠点を作りたいんだけど、入口が狭いと搬入がままならないのよね。あなたのところの遠目の彼女の力で、出口を探せないかしら」

「それなんだけどな……」


 地下に通じているというわけで、事前に紅と燕に調べてもらったのだが、紅のエコーはうまく働かなかった。


「おそらくは地下水の層があるのでしょう。森ということもありますし」

「私の方もダメね、遠目だと光源がないと見えないもの。運良く魔物が松明でも持って歩いてればともかく、紅がアタリを付けられなきゃ、難しいわ」


 との事だった。


「というわけで、魔法で調べるのは無理らしい」

「そこまで万能ってわけじゃないのね。仕方ないわね、これはじっくり腰を据えてやるべきみたいね」

「だろうな」

「ただ、問題もあるのよねえ。紅白戦は、あとは騎馬戦だけだから、最悪一日潰せばいいけど、祭りが終わったら神殿地下の大掃除があるでしょう。こっちは一ヶ月ぐらい、年内いっぱいかかるのよ。まあ主体は第八小隊だけなんだけど、新人研修も兼ねてるから、それなりに数を取られるのよね。そもそも年末は他の街も忙しいし、冒険者も稼ぎどきだからこっちの仕事も増えるのよ」

「ふむ」

「というわけで、できればあと一週間ぐらいで目処は付けたいわねえ」

「なるほどね」

「せめて、教会が動いてくれればねえ」

「というと?」

「僧兵を大量に動員できれば、行動範囲と継続時間が大幅に伸びるのよ。普通のパーティだと、僧侶は一人でしょ。つまり僧侶がばてたらそこまでなんだけど、例えば三人いれば、交代で休憩しながら回れば三倍とは言わなくても、倍は探索できるのよ」

「ほほう、そりゃそうだな」

「だから、要所に僧侶を配置できれば、都合がいいのよね」


 うちも回復役の取り回しは気を使うからな。

 ハーエルのお陰でレーンの負担はだいぶ減ったはずだが。


「でも、教会の僧兵は国の大事でもなければなかなか出てこないし、なによりこうして旗を並べているところに、もっともいちゃもんつけてた教会が出てくるとは思えないじゃない」

「ヘンボスの爺さんは、ゴーストのためならなんでもしそうな感じだったけどな」

「そうそう、噂では若い頃にホロアを失ったとか、そういう話もあるわね」


 というとメリーが、


「私は幼い頃より貫主様を存じています。日頃は温厚な方ですが、たしかにゴーストの成仏に掛けるあの方の情熱は、ちょっと……」

「まあ、なんかあったんだろうなあ。二人が立場上まずいなら、ダメ元で俺が明日、会いに行ってみようか」

「よろしいのですか?」

「ああ、一度家に戻って支度も整えたいし」


 大まかな方針が決まったところで二人の団長は引き上げていった。

 開いた席にエットとフルンが飛びついて、残った料理によだれを垂らす。


「ねえ、これ食べていいの?」

「いいかな? だめ?」

「ああ、食え食え」

「やった、全部いい?」

「全部はダメ、セス達がまだ帰ってないし」

「あ、そっか。じゃあ、半分ぐらい?」

「半分なら、たぶん大丈夫」


 などと言ってガツガツ食べ始めた。

 焚き火のところまで戻ると、側の岩陰で毛布にくるまってまどろんでいたデュースが手招きする。

 隣に腰を下ろして一緒に毛布にくるまり、柔らかいところに顔を埋めると、しばし仮眠をとった。




 翌朝。

 霜でパリパリになった毛布の隙間から顔をだして覗くと、すでに騎士たちが慌ただしく動きまわっていた。

 レーン達は夜半に戻ったようで、少し離れたところで眠っている。

 俺のすぐそばではフルンとエットが抱き合って毛布にくるまり、眠っていた。

 その二人を起こさないように立ち上がって、焚き火のところに向かう。

 先に起きていたエーメスが、火の番をしていた。


「おはようございます、ご主人様。昨夜は寒かったでしょう」


 そういってエーメスがヤカンに沸き立ったお湯を一杯手渡してくれた。

 それをすすりながら、体を温める。


「レーン達はなにか成果はあったのかな?」

「いえ、昨夜戻った時に少し話をしましたが、ギアントやスナヅルと言った比較的容易な敵と数度戦闘したのみとか」

「ふぬ」

「ただ、奥に行くほど洞窟は広がるようで、あれだけの人数でも後半はほとんど出会うことがなかった、と言っていました」

「そんなにか」

「どうやら、長丁場になりそうですね」

「だろうな」

「通いにするか、泊まりこむかを決めていただきたいと、レーンが言っていましたが」

「ふぬ、昨夜はともかく、片道一時間かそこらだと、泊まる意味はあまりないんだよな」

「たしかに」

「ちゃんと家で寝て探索するほうが捗るだろう」

「そうですね、妥当だと思います」

「それよりも俺は一旦戻るよ。教会にいって、ヘンボスの爺さんの所に顔を出したい」

「それはまた、何用で?」

「もちろん、教会にもかんでもらうためさ」

「むう、それは……可能でしょうか?」

「わからんけど、まあやって見る価値はあるさ」

「なにか算段がお有りなのでしょうか?」

「今のところ、なにもないなあ」


 まあ、あの爺さんには小細工は不要な気もするが。

 従者たちが起き出してきて、揃ったところで、俺は半数をつれて一度家に戻るべく、キャンプ地を後にした。

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