第153話 紅白戦二戦目

 数日かけて白象騎士とうちとで手当たり次第に探索した結果、小さな洞窟を幾つか発見した。

 だが、どちらも崩落で埋もれておりゴーストの気配はなく、また俺が見た祠も見つからなかった。

 藪だの岩だのの障害物が多すぎて見通しが悪く、紅や燕の能力でもうまく探せないのが辛いところだ。


「川の内側はほぼ網羅しちゃったねえ。西に進むなら、池を回りこんで行くことになるかな」


 地図を眺めながらエレンがそうつぶやく。


「朦朧としてたから、距離感も曖昧なんだよな」

「まあ、仕方ないね。細かいところは騎士団に任せて、むしろ僕らはどんどん西に進むのも手かもしれないね。あるいはもっと海の方まで南下すれば、以前シルビーを誘って潜ったダンジョンに出る。あのあたりのダンジョンは、中には深いものもあるって噂だよ」

「ふぬ、そうだなあ」


 その騎士団だが、明日は紅白戦二回戦である馬の早駆けがあるということで、今日は早々に引き上げるらしい。


「申し訳ありません、こちらに専念したいところですが、そうとばかりも言っておられず」


 と隊長のクメトス。


「なに、街の衆も皆さんの活躍を見たがっている。彼らの声に答えるのも立派な使命というものでしょう」

「ありがとうございます。そういえば、明日の試合にエーメスと、同じく紳士様の従者であるレルル殿がゲストとして出場されるとか」

「え!?」

「おや、ご存じない? では何かの手違いだったのでしょうか? 赤竜のローン殿が、今年のゲスト枠を、その二名で争わせようとおっしゃっていたのですが」

「ははあ、ローンが言っていたのなら、まず間違いないでしょう。なに、ご指名とあらばあの二人には頑張ってもらいましょう。そういうことなら、我々も今日のところは引き上げるとしましょうか」

「では、また明日」


 白象の面々を見送ってから、レルルとエーメスに聞いてみるが、やはり二人も知らないらしい。

 だがまあ、たぶんエディあたりが仕込んだのだろう

 というわけで、まだ日の高いうちに俺たちも引き上げることにした。

 後始末をして、森を出る。

 うちに戻ると、出迎えたアンが手紙を差し出した。

 差出人は果たして赤竜騎士団団長とあった。

 封蝋の代わりにキスマークが押してあるところが、実にあざとい。

 書面には、あの二人をレースのゲストにご招待したく云々、と書いてあった。

 それを見たレルルとエーメスはさっそうと裏庭に飛び出して行き、愛馬の世話を始める。

 似たもの同士、頑張ってもらおう。


 その間に、俺はこれまでに調べあげた森の地図を広げて考える。

 メリーの目撃情報から考えても、湖の南西の岸あたりから、まっすぐ西に向かって森に突入したはずだ。

 そちらに向かってスーッと指でなぞる。

 少し進むと、墜落ポイントが有る。

 ここまでは間違いないはずだ。

 つまり、ここから更に進めばいいはずなんだが、少し先で川と池に道が塞がれている。

 もっと遠くまで運んでいくつもりだったのだろうか?

 そもそも、あの船幽霊は俺を一人で連れて行ってどうするつもりだったのだろう?

 まあ、ゴーストだけなら時間がかかっても俺が全部成仏させてやれたんだろうけど、魔物もいるんだしなあ。


「どうです? なにかわかりましたか?」


 僧侶にしてパーティのまとめ役であるレーンが裏口から入ってきた。


「いいや、さっぱりだ。お前は何してたんだ?」


 と尋ねると、騎士二人の愛馬、ミュストレークとエウシュレーゼの様子を見ていたらしい。


「二頭とも体調は万全のようです。明日は良い働きをするでしょう」

「だといいけどな」

「レルルさんにはオルエンさんが、エーメスさんにはハーエルさんが付き人として参加するそうです」

「ほほう」

「あの二人は各々が騎士団トップクラスの俊足、きっと見応えのあるレースになるでしょうね!」

「嬉しそうだな」

「いえいえ、ご主人様ほどでは」

「ははは、まあ人前で取っ組み合いの喧嘩でも初めないように祈っとこう」

「そうですね!」


 とレーンはニヤニヤ笑う。

 こいつも結構、趣味が悪い。


「それよりも参ったなあ、あれだけしらみつぶしに探して見つからないとなると、もっと広範囲に探す必要があるわけか」

「そうなりますね」

「うーん」

「そういう時は、基本に戻って考えましょう」

「基本?」

「まずは船幽霊にさらわれたところからです」

「なるほど」


 もう少しあの時のことを思い出してみよう。

 酔っ払った俺はふわりと空に浮かんで上からアンを見下ろしてた。


「こう、かなり上から……そうだ、マストに登ったエットよりも上だったな。例の物見塔より高いんじゃないかなあ」

「三、四十メートルは上空でしょうか」

「たぶんな」

「それから?」

「こう、ふわふわ飛んで、やはり同じぐらい上からメリーを」

「メリー?」

「ああ、メリエシウムだ。彼女を見下ろしたな」

「それが、湖のこの辺りでしたか」


 レーンが地図のマークを指差す。


「たぶんな。そこからまっすぐ西に飛んでいって、急にゴーストらしきものが現れて落っこちたんだ」

「どれぐらいの高さから落ちました?」

「うん? 落ちたと言っても、尻もち程度だと思うぞ」

「なるほど……この辺りは水面より高くてもせいぜい十メートル程度のはず。となるとかなり降下していますね」

「そうなるな」

「件の船幽霊がご主人様を墜落死させたり、地面を引きずり回したりするのが目的でないとすれば、これだけ地上に近づいていたということは、やはりこの辺りが目的地と見て良いのかもしれません」

「なるほど。しかし、何もなかったよな」

「そうですね、何もありませんでした。ちなみに、ご覧になった祠というのは、どういう感じのものでしたか?」

「そうだなあ、こう、石を組み上げた、二メートル四方程度の小さな石室というか……」

「そのサイズであれば、さすがに見落としということも考えづらいですね」

「だよなあ。東側ももうちょっと探してみるか。案外、行き過ぎてた可能性もあるし」

「そうですねえ」


 と二人で顔をしかめながら、地図を眺める。


「さあさあ、二人共。お茶でも飲んで少しリラックスしてください。根を詰めすぎると良いアイデアも出ませんよ」


 アンがお茶をいれてくれた。


「これはお姉さま、ありがとうございます」


 そういってレーンは熱い茶をすする。

 俺は湯気の熱気を鼻から吸い込んで、香りとともにしばし楽しみながら、頭を空っぽにする。

 仕方あるまい、明日は無理だが、明後日からまた根気よく探そう。




 翌朝。

 支度をしていると、騎士団から迎えが来た。

 まず、表からは赤竜騎士団の知恵袋と名高いローンがやってくる。


「紳士様、ご挨拶が遅れましたが、先日は何かとお骨折りいただき、感謝に絶えません」


 久しぶりに会うローンは、相変わらずベリーグッドなメガネ美人だった。


「本日は、レルルをお借りします。彼女ならきっと紳士様の名を汚さぬ活躍を見せてくれるでしょう」

「あんまりプレッシャーを掛けないほうがいいんじゃないか、あいつの場合」

「ふふ、そうでしたね。ところで……」


 とローンは急ににこやかな笑顔を引き締める。


「いったい、どのような魔法を使ったのです?」

「何がだ?」

「あの偏屈者のポーンが、自分から殿方の話をしたのです。私もエディもあっけにとられてしまいました」

「ほほう、そりゃまた妬ける話だな。その殿方とやらの面を拝んでみたいものだ」

「まったくです」


 一体、ポーンがどんなことを言ったのかすごく気になるけど、それを尋ねるのはいかがなものかという気もするな。

 それはいいけど、ローンは自分がエディから偏屈者呼ばわりされたことは知ってるのかな?

 是非とも聞いてみたかったが、こちらも頑張って自重した。

 大人になるってのは、そういうことだよな。

 話すうちにレルルの支度もできたようだ。


「それでは、行ってまいりますであります!」


 堅苦しく礼をすると、レルルは出立していった。

 入れ違いで今度は裏庭からクメトス隊長が船で迎えに来る。


「わざわざご苦労さまです」


 と出迎えると、クメトスは恐縮して、


「こちらこそ、このような折にエーメスをお借りするのは心苦しいのですが……」

「なに、本人はいたってやる気です。今日のこの日は、素直に皆さんの活躍を堪能させていただきますよ」

「ありがたいお言葉です。さすがは紳士様、というべきなのでしょうね。お恥ずかしい話ですが……」


 と唐突にクメトスの自分語りが始まった。

 まあエーメスの準備がまだかかるようだけど、ちょっと空気は読めないタイプだよな。

 代わりに俺が気を利かせて、聞き手に徹しよう。


「私は下級騎士の生まれでして、日々のたつきにもこと欠く有り様。今の地位を得てからもただ誠実にあることを旨としてきましたが……その事が幼い団長をご教育するにあたって、上に立つものとしての可能性を狭めていたのではと……紳士様とお会いしてから、そのことばかりを考えているのです」

「そんなことはありませんよ。あの方は誠実さが美徳となるだけの、とても澄んだ心根の持ち主です。あなたは十分に誇れる仕事をなされたと思います」

「そうでしょうか。私も先代から受けた命に従い団長を我が子のように育ててきたのですが、この歳になっても迷いは付きぬもの。こんな私があのお方を指導するなどと……」


 なるほど、似たもの同士だなあ。

 とおもって眺めていると、クメトスは急に我に返ったようで、


「はっ、私事を長々と。お耳汚しでした」

「お気になさらずに。何かあったら遠慮なく、ご相談ください」

「ありがとうございます」


 そう言ってクメトスは頬を染める。

 可愛いところもあるじゃないか、このおばちゃん。

 いかん、おばちゃんは無しだ。

 あまり思ってると、そのうち口に出ちまうからな。


 クメトスとともに、エーメスも出て行った。

 早駆けのレースは正午スタートらしい。

 まだ時間はあるが、早めに出て、良い場所をキープするとしよう。




 朝の用事を終え、同行する従者数人を伴い表に出ると、ちょうど午前の演奏を終えた春のさえずり団の面々が居た。


「おはようございます、お出かけですか、サワクロさん」


 リーダーのヘルメが元気よく話しかけてきた。


「お疲れさん。ちょっと早いが、紅白戦を見に行こうと思ってね」

「あ、私達も今日の午後はお休みを頂いたので、行くつもりだったんです」

「チケットは大丈夫かい?」

「それが……せっかくお給料を頂いたので買いに走ったんですけど売り切れで。デックスの高台から見ようかと」

「そうだったか」


 そういや、俺がもらったチケットは人数とか特に書いてなかったよな。


「じゃあ、一緒に行くかい? たぶん、入れると思うけど」

「ホントですか!? でも、いいんですか?」

「ああ、君たちのおかげで祭りも大盛況だ。むしろこれぐらいはお礼しないとこっちが申し訳ない」

「ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて」


 ヘルメもちょっとは積極的になってきたよな。

 やはり成功体験は人を強くするのか。

 強くならない人もいるけど、まあ、そこは人それぞれだ。

 バンドの四人をくわえて、俺達はゾロゾロと徒歩で会場に向かう。

 今日の会場は湖の南西、ちょうど街が途切れて森へと続く分かれ目の辺だ。

 ガラス細工のシロワマ工房があるのもこの近くだ。


 会場につくと、再び両騎士団長からもらったチケットを取り出し、一瞬悩んだあとに、エディのチケットを出した。

 例の如く、VIP席に案内される。


「あの、サワクロさん?」


 おっかなびっくり尋ねるヘルメ。


「どうした?」

「ど、どこに行くんでしょう。こっちって貴賓席では……」

「ああ、ほら。俺のチケットって騎士団の知り合いからもらったから、わりといい席なんだ」

「あ、あのすごい美人の?」

「そう、それそれ。彼女からもらったんだ」

「そうなんですか。でも、なんだか……周りの人が貴族様ばっかりで、私達浮いてるんじゃ……」

「大丈夫、俺も浮いてるが全然気にしてないぞ」

「そ、そうですね。サワクロさん、私達と変わりませんものね、あはは」

「そうだろうそうだろう、ははは」


 ヘルメは頑張って笑うが、いつもは饒舌なムードメーカーのオーイットでさえ無口になっている。

 もとから無口なサーシアは青い肌をますます青くして押し黙っている。

 ノッポのペルンジャだけは、マイペースに見える。

 この子はいまいちノリがわからんな。

 しかし、連れてきて大丈夫だったんだろうか。


 周りは前回と同じような顔ぶれだったので、今回は軽く会釈する程度で挨拶攻めもなく済んでいる。

 さすがにあれをやられたらバレちまうもんな。

 もうちょっと考えとくべきだったぜ。

 そこに例のごとく例の人がやってくる。


「こんにちは、デュース。遅くなりまして」

「私達も今来たところですよー」


 俺を無視して右隣のデュースに話しかけたのは、当然フューエルだ。

 フューエルは俺と反対のデュースの右側に腰掛けようとするが、デュースがさり気なく右にずれたので、フューエルはしばし顔をしかめた後、俺とデュースの間に座る。


「あらおばさま。やっぱりサワクロおじさまの隣がよろしいんですのね」


 そう言って俺達の前に立ったのは、フューエルの姪御、エマだ。

 一緒に来てたのか。


「どこをどう解釈したら、そうなるのです。あなたも早くお座りなさい」

「あら、私もおじさまのおとなりに座りたかったのに」


 とエマがわざとらしく駄々をこねると、俺の左隣に座っていたヘルメが、席を譲ろうとする。


「まあ、ごめんなさい。あなたに申し上げたわけじゃありませんのよ。私はここで大丈夫ですわ」


 といってエマは俺の前に座った。

 彼女の隣にはオーイットが座っているのだが、さっきにもましてガチガチになっている。

 そんな彼女をみてエマが話しかける。


「ごきげんよう。皆さん、学院の制服を着ていらっしゃいますわね。私もそうなんですの」

「は、はひ、ぞぞぞ、存じ上げております! リ、リーストラム侯の、ご、御令嬢様!」

「まあ、ご存知いただけたとは光栄ですわ。でもごめんなさい。私、あなたのことを存じ上げませんの。お名前を教えていただけますかしら」

「オ、オーイットと申します! 音楽科の……専攻で」

「では、おじさまが主催なされたという音楽会の演奏家の皆さんですの?」

「は、はひ、そのようなもので、あります!」

「私もとても興味があったんですけど、当日はうちの事情で参れませんでしたの。また演奏なさる機会は有りますのかしら?」

「はは、はい、祭りの、さ、最終日に、詳細は……未定ですが」

「そうですの、楽しみにしていますわ、頑張ってくださいね」

「あああ、ありがとう、ご、ござ、ごじゃります!」


 緊張が極まってて、見てて気の毒になってきた。

 連れてきて悪いことをしちゃったなー、と思いつつも、まあ何事も人生経験だ。

 こういう機会に貴族に慣れておくのもいいかもしれないよな。


「そういえば、ご自身の従者も、ゲストとして参加しているとか?」


 と珍しくフューエルから話しかけてくる。


「ああ、エディのたっての願いでね。ほら、あそこに居る」


 観覧席から見下ろせる広場に、レルルとエーメスが見える。

 お供の二人も側に居た。


「あの二人は、傍目にはいささか仲が悪いように見えましたが」


 たまにしか来ないのに、よく見てるよなあ。

 そんなにうちの従者が気になるかね。

 と喉まで出かかった台詞を飲み込んで、


「まあ、似たもの同士だからなあ」

「そんなものですか」


 そうこうするうちに、試合の開始時間が近づく。

 カッターレースと同じく、レースはこの会場から始まり、湖を時計回りに北上する。

 そのまま北西にある白象のパンカラ砦近くで折り返し、再びここまで戻ってくる。

 距離にして四、五キロぐらいかなあ。

 これを十分たらずで走りぬくそうだ。

 時速にすると、えーと時速三十キロぐらいか?

 馬って速いんだな。

 でも競馬の馬ってもっと速そうな気もするな。

 どうなんだろう?


「そもそも、馬ってどれぐらい走れるんだ?」


 とフューエルに聞くと、


「ご存じないのですか?」

「ああ。そもそも乗れないし」

「嗜みのうちでしょうに」

「そうみたいだな」

「まったく。走り方にもよるでしょうが、駈歩なら三、四十キロは続けて走れるかと。特に騎士は魔法で馬を回復させながら距離を稼ぐので、一昼夜走り通す者もいるとか」

「そりゃすごいな」

「今回のコースは五キロですからギャロップで走りぬくのは無理でしょう。馬の体力を温存しながらの駆け引きも見どころなのです」

「なるほど」


 駈歩とかギャロップと言われてもよくわからんが、要は全力疾走し続けられるわけじゃないってことかな。


「このレースは魔法は禁止ですので、旗手は黒の精霊石を身につけているはずです」

「そうなのか」


 魔法もドーピングみたいなもんだしな。

 薬といえば、俺の目の前でエマに絡まれてる褐色金髪娘のオーイットは、いつもの快活なムードメーカーの雰囲気は吹き飛んで、怪しい薬でラリったかのようにテンパり続けている。

 気の毒に。


 まずは余興として見習い騎士が走ったり、町の子供のレースがあったりしてから、いよいよ本番となる。


「さあ、始まりますわよ。オーイットさん、あなたは誰を応援しますの?」

「わ、わたしは……エ、エーメスさんにお世話になったので」

「そうですの。確か元白象騎士の方でしたわね。私は五号隊副長のユルーネ様のファンですの。あの方の色気のある乗馬は見ていてうっとりいたしますわ」

「さ、さ、さようで、ございますか」

「では、一緒に白象を応援いたしましょう」

「ははは、はひ!」


 オーイットは緊張しすぎてかえって失礼になってるけど、エマはにこにこと話しかけている。

 絶対、わざとやってるよな、あれ。

 隣のフューエルを見ると、呆れ顔でため息をついていた。


「ヘルメ、君は誰か贔屓の騎士はいるのかい?」


 俺の隣で緊張しっぱなしのヘルメに話しかけると、


「え、あの、ど、どうしよう。わ、私はその……」

「はは、俺にまで緊張しなくてもいいじゃないか」

「す、すみません」

「ちょっと待ってな」


 近くに居た係りの者に、温かい飲み物を頼む。

 すぐに五人分のミルクティーが運ばれてきた。

 五人の女学生たちは、おとなしくお茶をすする。

 飲んでる間はエマの攻撃も収まるんじゃないかな。

 そうこうするうちに、騎士たちはスタートラインに並び始めた。


「オルエンさんが……」


 ヘルメの隣に座っていたノッポのドラマー、ペルンジャがレルルの隣に立つオルエンを指さす。


「参加されるのですか?」


 ぼそぼそとしゃべるペルンジャは、そういえばオルエンと何度か話している姿をみたような。

 ノッポ同士気が合うのだろうか。


「いや、あいつはレルルの付き人役だよ。うちから出るのはあそこで馬に乗ってるレルルとエーメスの二人さ」

「そうですか」

「レルルさん、騎士だったんですね」


 とヘルメ。


「はは、うちにいるとそうは見えないだろう」

「あ、ごめんなさい。そういう訳じゃ」

「まあ、普段は頼りないが、あいつは馬に乗るとすごいんだ」

「ハーエルさんも居ますね。この間の神輿、見てました。すごかったです」

「ありがとう、あいつも頑張ったからなあ」

「ねえ、おじさま!」


 とエマが後ろを振り向いて俺に話しかける。


「おじさまは赤竜と白象、どちらを応援いたしますの?」

「君のおばさんと同じような難しいことを聞かないでくれ。どちらにも友人がいると、選びかねるよ」

「まあ、おじさまともあろうお方が、そんな日和見なことを仰るなんて」

「君のおばさんにもそう言われたよ」

「お気の毒に。おばさまはおじさまに多くを求めすぎですわね。おじさまはただそこにいらっしゃるだけで、素敵ですのに」

「エマはいい事言うなあ」

「では、おじさまは赤竜を応援してくださいませ。私は白象を応援しますわ。負けたほうが今日の昼食をごちそうするんですのよ」

「いいだろう、受けて立とう」

「おしゃべりはほどほどに、始まりますよ」


 顔をしかめたフューエルの台詞と同時に、大きな旗が振り上げられる。

 一瞬、騒がしかった会場が静まり返る。

 ばさっと大きく旗が振り下ろされると、一斉に騎士たちが走りだした。

 同時に歓声は今までの数倍に膨れ上がる。


「あ、エーメスさんだ!」


 とオーイット。

 見ると横並びの騎士から一歩先んじたのはエーメスだった。

 最初の直線で先頭につく。

 騎士たちの先頭集団は徐々に縦に伸びてゆき、一列になる。

 先頭はエーメスのまま、集団は湖沿いに軽く右に曲がり始める。

 少し遅れてボテッとかたまった集団がカーブに入る。

 レルルの姿が見えないぞ、と探したら、まさかの最後尾集団についていた。


「レルルはどうしたんだ、出遅れたのか?」


 誰ともなく尋ねると、俺の後ろにいたレーンが、


「大丈夫、レルルさんは追い込み型です。あの位置がベストですよ」

「そうなのか」

「一方のエーメスさんは先行逃げ切り型だと言っていました。彼女が勝つなら、あのまま先頭を独走するでしょう」

「ふむ」


 話す間に、集団はすでに一キロ以上進んでいる。

 長く伸びたレースの列は、土煙を上げながら湖の縁を突き進む。

 この観覧席からだと湖の北岸までよく見渡せるので、レースの様子がよく分かる。

 もっとも折り返し地点あたりになると、見分けがつかないんだけど。

 双眼鏡でも欲しいところだ。

 その間にも、先頭のエーメスは先に進む。

 騎士たちの列はさらに長く伸びて、先頭と最後尾ではかなり開いてるんじゃなかろうか。


「そろそろ先頭のペースが落ちますよ」


 とのフューエルの言葉通り、長く伸びた列が徐々に縮まり始める。

 それでも、数人の騎士は列に取り残されたようだ。

 よく見えないが、レルルは集団の後方にしっかりつけている。


「うーん、ごちゃっとなっててよくわからん」


 と言うと、後ろのレーンが、


「先頭は引き続きエーメスさん、ついで白象のユルーネ殿と、赤竜のベークス殿ですね。先頭三人は僅差です」

「ほほう。よく見えるな」


 と言って振り返ると、双眼鏡を持っていた。


「おまえ、そんなの持ってたのか」

「はい。エレンさんにお借りしました」

「俺にも見せてくれよ」

「少々お待ちください。おっ! レルルさんは少しペースを上げましたね。ちょうど一人……今、更に二人抜きました。すでに中盤まであげています」

「追い込み型にしちゃ、早くないか?」

「そうですね。ただ、先頭もハイペースなので、これ以上遅れるとまずいという判断でしょう」

「なるほど」

「お、そろそろ折り返しです」


 湖岸の北の方は、開けた草原になっていて、そこを大回りに折り返すようだ。

 速度を殺し損ねたのか、競走馬の列が外に大きく膨らむ。

 そうして開いたインコースに一気に突っ込む騎馬がいた。

 レルルだ。


「あれはうまい。あの速度でコーナーを回る技術。やはりレルルさんの乗馬技術は一級品ですね」


 コーナーを曲がりきる頃にはレルルは前方のライバルを一気に交わし、先頭集団の後ろにつけたようだ。


「さあ、後半戦です。レルルさんはまだ力を温存しているでしょうが、このハイペースなレース運びでどうなるかはまだわかりません」

「盛り上がってきたな」


 先頭集団はひとかたまりだが、何か会話してるんだろうか?

 気になってレーンの隣にいた燕にそっと聞いてみるが、


「特に何も喋ってないわよ。あの速度で走ってると、まともに喋れないでしょ」

「そんなもんか」


 先頭集団の四人と、それ以降は目に見えて差が開いてきた。

 優勝はこの四人に絞られただろう。


「ベークス殿が少し遅れましたか。先頭はレルルさん、半馬身差でエーメスさん、ついでユルーネ殿ですね」

「ふむ」

「お、エーメスさんがスパートを掛けたようです。あそこから更に上げてくるとは予想外でした」

「ふぬ」

「レルルさんは現状維持……、ユルーネ殿も上げてきましたね、ベークス殿はこれ以上は厳しそうです」

「ふむん」

「おお、レルルさんとエーメスさんが並びました、このまま行くのかどうか……」


 そのままレースは終盤に向かう。

 その後、再び差はつまり、四人の差は最大で一馬身程度。

 ほとんど差がない。


「そろそろラストスパートですが……おや?」


 レーンが奇妙な声を出す。

 同時に、観客席もざわめきだす。

 先頭集団のすぐ後ろに、何か居るのだ。

 キラキラと光る、赤い光。

 あれは、ゴーストか!

 真っ赤な火の玉はひときわ輝いたかと思うと、先頭グループの前に飛び出す。

 そして挑発するかのように前をふらふらと漂ったかと思うと、一気に加速して引き離しにかかった。

 戦闘の四人はそれに釣られるかのように、スパートを掛ける。


「あはは、ここで真打ち登場ですね。あんな煽られ方をすれば、レースで頭に血が上っている四人はムキになって追いかけるでしょう」

「そりゃいいけど、なんかコースをずれてないか?」

「ずれてますね。あのままだと、ゴールではなく……」


 俺達の客席の前に用意されたゴールの旗の向こうは湖だ。

 火の玉はそちらに手招きするかのようにふらふらと先頭集団の前を漂っている。

 ゴール間近に控えていた騎士たちも慌ただしく動き出すが、今から動いても間に合うまい。


 会場の人達もあっけにとられたまま、レルル達先頭集団はコースをそれてそのまま湖へ。

 トップスピードのまま、大きな水しぶきを上げて四人は湖に飛び込んでしまった。


「あーあ、あれ、大丈夫なんだろうな」

「鎧も着ていないし大丈夫でしょう。むしろ馬が心配ですね。怪我などしていないといいですが」


 後続の連中も前が見えてないのか、面白いように湖に飛び込んでいく。

 ここの祭りは湖に飛び込まんと気がすまんのだろうか。

 その様子を見守る観客の反応も、次第に驚きから笑いへと変わっていった。

 俺達もその様子に声を立てて笑ってしまった。

 そしてとうとう最後の一騎。

 だいぶ遅れていた彼は湖岸に立ち尽くし、一瞬カラッポのゴールを見るが、会場の手拍子に促されて、そのまま水に入っていった。


 やがて水浸しの騎士が、ぞろぞろと這い上がって徒歩でゴールに帰ってくる。

 結果は、全員リタイアということだ。


「こんな試合ははじめてです」


 フューエルはさっきまで大笑いしていたとは思えないほどのすまし顔でそう言う。


「まあいいじゃないか、観客は盛り上がったぞ」

「観客も悪乗りしすぎでしょう。最後の騎士などは気の毒に」

「自分だって手拍子してたじゃないか」

「そこまで野暮ではありませんので」

「そりゃあ、そうじゃないとな」


 俺の隣の女学生バンド四人組はあっけにとられて固まったままだが、一見ずぶといエマもまた、声を失って眺めていた。


「私、こういう場合になんというべきか、想像もつかないのですけども……」


 とエマ。


「そういう時はな、手を叩いてオーバーに笑うか、すました顔でにっこり微笑むのが、優雅だと思うぞ」

「そういうものですの、おじ様」

「ああ、逆に怒ったりたしなめたりするのは、野暮ってもんだ。君のおばさんを見習うんだな」

「さすがは敬愛するおば様ですわね」


 そんなことを言うエマを、フューエルがたしなめる。


「調子に乗ってはいけません」

「ごめんなさい、おば様。でも私、まだ心臓がドキドキしていますわ。ねえ、オーイットさん」

「は、はい。び、びっくりしました」

「本当ですわね」

「それよりも、あの火の玉は……ゴースト、ですよね?」

「そうだと思うのですけど、どうなのでしょう、おじ様?」


 あれは、俺の前に現れたのと同じやつだよな、たぶん。

 果たしてあれは何を訴えているのか……。


「さあなあ、ゴーストっぽくはあったけど、もう姿は消えたようだな」

「私、ゴーストは見たことありませんの。もっと物悲しい存在だと思っていましたけど、あれはなんだか随分と子供っぽくも感じましたわね」

「たしかにそうだな」


 しかし、こんなところにまで出てきたか。

 明日からまた頑張ってどうにかしないと。


「ところで、おじ様」

「なんだい、エマ」

「この場合、昼食の件はどうなるのでしょう」

「そりゃあやっぱり」


 俺がフューエルの方を見ると、エマもつられて彼女を見る。


「なぜ、私の方を見るのです」

「だってなあ」

「ええ、そうですわ、おば様」

「まったく、呆れた人達ですね。お店はとっていませんよ?」

「あら、大丈夫ですわ。こんな事もあろうかと、ハムーネを貸しきって有りますの」

「まったく、調子のいいことを」

「決まりですわね。オーイットさんも、みなさんも、ご一緒に参りましょう」

「え、でも、私達は……」

「良いではありませんの、だってありがたい祭りの日ですもの」

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 ここからコースを見下ろすと、エディとメリーがそれぞれ出場した部下たちを労ったり叱ったりしているのが見える。


「どうなさいます?」


 フューエルが声をかける。

 挨拶に行くのか、という意味だ。

 正直なところ、この状態では掛ける言葉も無いよな。

 他の観客たちも、ひとしきり笑ったあとは、特に両騎士団に声をかけるでもなく、ゾロゾロと帰り始めていた。


「あえて声をかけないのも、優しさってもんだろう。飯を食いに行こうぜ、笑いすぎて腹が減ったよ」

「仕方ありませんね、そうしますか」


 俺達は用意してあった馬車に乗り込み、会場を後にした。

 楽しく会食と洒落こんだわけだが、その間もずっと頭の片隅にはあのゴーストと船幽霊のことが残っていた。

 明日からまた、がんばらんとな。

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