第152話 森の探索

 翌朝。

 まだ暗いうちに支度を整える。

 今日は冒険組の大半を導入してみることにした。

 馬車で旅していた頃と違い、拠点に護衛を残す必要がないしな。

 また、アッシャの森だけなら、魔物が出てもギアントどまりであるはずなので、エットやレルルでも大丈夫だろうとの判断もあり、次のような編成にしてみた。


 まず、主に前衛組が二人一組になって、該当地域をくまなく調べる。

 セスとメイフル。

 オルエンとコルス。

 紅とカプル。

 フルンとエレン。


 残りはデュース、レーン、レルル、燕、エーメス、ハーエル、オーレ、エット、そして俺とクロがバックアップだ。

 その体制で、まずは祠っぽい建物かあの時のゴーストを探す、とまあ、そのような予定を立てみたわけだ。

 あとは現場で臨機応変に対応しよう。


 留守番組に見送られ、ぼんやりと白んできた空を見ながら街を出る。

 途中森のなかで若干道に迷ったものの、二時間ほどで昨日俺が落下したと思しき場所に辿り着いた。


「ここから北に旦那の足あとが伸びてるね。旦那が飛んできた方向がほぼ東、湖の方角だと考えると、まずは反対の西側に向かって探索してみるべきかな」


 とエレン。

 うちの騎士三人は騎乗で来たので、荷物も一緒に運んできた。

 クロの背中にもたっぷり括りつけてある。

 日帰りのつもりだが、もしものために二日分の食料もある。

 ここに荷物をおろし、拠点とする


「久しぶりに本格的な探索だな」


 というとデュースが、


「そうですねー、やはり冒険は気が引き締まりますねー。油断せずに行きましょー」


 支度が終わったところで探索組を送り出す。

 留守番の俺達は、ひと通りあたりの安全を確認してから、元白象騎士のエーメスと新人僧侶のハーエルが近くを調べて回る。

 この二人は幼なじみというだけあって、一緒にしておくとやはり仲が良い。

 と言っても、特におしゃべりするわけでもなく、無言のままで息が合う、といった関係かな。

 はじめこそわだかまりがあったようだが、主にハーエルの一方的な思い込みだし、そのハーエル自身、いろいろあって内面的に少し成長したようだ。

 この二人にご奉仕してもらうと、何も言わずに分担していろいろしてくれる感じだな。


 逆に騎士同士で何かと張り合うエーメスとレルルは、これはこれで仲が良い。

 すぐ喧嘩もするけど。

 男の子の友情みたいな、そういうノリかもしれないな。

 こちらの二人にご奉仕してもらうと、互いに譲らず主導権を取ろうとするので、俺が疲れる。

 それはそれでいいんだけど。


 エーメスとハーエルは真剣に調べていたが、こちらは特に何も見つからなかったようだ。

 一時間ほどして一番北寄りに向かったセスとメイフルが戻ってくる。


「来る途中にあった道を超えた先に、ちょいと大きな川があって渡れまへんな。川沿いに少し下ったんですけど、崖になってたんで戻ってきましたわ」


 とメイフル。

 彼女たちの調べた情報を地図に書き込んでいると、次は西に向かったオルエンとコルスが戻ってきた。

 こちらもやはり川で折り返したらしい。


「綱を張れば渡河は可能でござるが、全員を渡すのは無理でござるな。ひとまず川の手前を調べるべきでござろう」


 とコルス。

 南西に向かった紅とカプルは池を見つけたという。


「北東から池に流れ込んで、南西から流れだしていましたわ。そちら側からは西に渡れると思いますわ」


 とカプル。

 最後に戻ってきたフルンとエレンは、南側には何も見つからなかったが、予定の時間が過ぎたので戻ってきたという。

 アップデートされた地図を見ながら、みんなで相談する。


「この川が北東から流れてて南西の池に注ぎ込んでるわけか。南の方は後回しにして、まずは川の内側を重点的に調べたほうがいいんじゃないか?」

「そうですねー、妥当だと思いますよー」


 とデュース。


「結構です。ではその方針に従い、再度出発していただきましょう」


 とレーン。

 今度は互いに視認できる程度の距離を取り、ローラー作戦で探索を始めた。

 場所によっては藪が背丈ほどもあるので、こうでもしないと見過ごす可能性があるという。

 一往復に一時間程度で、昼過ぎには拠点の北から北西まではすべて網羅できた。

 その間、燕が遠目遠耳の術を駆使して拠点からフォローする。

 こうしてずっとモニターできていると、何かあってもすぐに動けて便利だな。

 もちろん遠目の術で別の地域を探してもいいんだけど、今回は安全寄りに振ってみた。

 うちは基本的に安全第一だからな。

 途中、獣を追い払っただけで、脅威となる魔物も居ないが、目当ての祠も発見できない。


「時間がかかりそうだな」


 俺が言うとデュースが、


「そうですねー、とはいえー、祠は自分から隠れる相手じゃないでしょうからー、そのうち見つかりますよー」

「祠はともかく、あのゴーストだけでも見つけて、成仏させてやりたいな」

「そうですねー、ご主人様の恩人ですしー」


 火をおこしてちょっと遅めの昼食を取り、再び探索を再開する。

 危険もなさそうなので、セスとメイフルにエットを、オルエンとコルスにレルルを同行させる。

 レルルはもちろん、クロにまたがっての出陣だ。

 みんなを見送り、俺は燃え残りの焚き火に手をかざす。


「この時間になると、さすがに冷えるな」

「そうですねー、でもここ数日はマシな方ですよー」

「たしかに、祭りの前のほうが寒かったぐらいだもんな」

「ですねー、まあ、みんなも冷えて帰ってくるでしょうからー、もう少し火をおこしておきましょうかー」


 と言ってデュースはハーエルを連れて、あたりの枯れ木を集めに行った。

 最低限の薪は持ってきたのだが、これは野営用のものだ。

 冬のキャンプで火を絶やすと、凍え死ぬかもしれないからな。


 ぼーっと焚き火を眺めていると、不意に家のことを思い出す。

 もちろん、家とはアルサの街にある我が家のことだ。

 最近は日本のことを思い出すことも減ってきた。

 いくら身寄りがないとはいえ、俺は故郷に思い入れってなかったのかなあ。

 まあ、寝るだけの家だったし、仕方ないのかもしれん。

 それに、異世界と言っても、住み慣れればそこが我が家だ。

 なにより、家族もいるしな。


「なに、黄昏れてるのよ」


 隣に座っていた燕が、そう言って俺の脇をつつく。


「火を見てると、感傷的になるもんさ」

「火は女を情熱的にするのよ」

「そりゃあ、頼もしいな」


 燕は顔を寄せると、俺の耳をぺろりと舐める。


「シャキッとしなさいよ、船幽霊が待ってるんでしょう」

「そうだった」

「待つのは退屈なのよね」

「うん?」

「私もずーっと、あんたが来るのを待ってたのよ」

「そうか」

「あの子はどうするつもりかしら……」


 あの子ってどの子だろう……っとちょっとだけ悩んで、すぐに気がつく。

 判子ちゃんのことだな。


「そういえば、ご近所の本屋の子、他所から来たんだって?」

「ああ、まだ話してなかったっけ?」

「ちょっと聞いたわよ。私も外の世界のことは知らないし、興味はないんだけど」

「うん」

「故郷をなくして生きて行くのは辛いわよねえ。私も、あまり覚えてないけど、全部なくして……ずっと待ってて、そしてここにいるのよ」

「そうか」

「だから、これはご褒美なのよ。死ぬほど頑張って、まあ死んだんだけど、それで生まれ変わって、今は夢の様なご褒美の時間。ネアルはきっと、そういうことを言いたかったのかしら……」


 相変わらず、わかるようなわからないような事を言うところは、ちょっと神様っぽいな。

 焚き火の向かいで地図に書き込んでいたレーンは、手を止めてこう話す。


「女神ネアルはおっしゃったそうですね。ホロアにとって、奉仕とは喜びである。主人とともにあることを喜び、それに尽くせることに感謝せよ、そしてその行いを我が前に捧げよ……と」

「そうよ、だからネアルに見せてあげないとね、私たちはこんなに幸せに生きてますよー、あなたが守ったこの世界はこんなに幸せですよー、ってね」

「主人を得た今ではよく分かる話です。この幸福な気持ちは、誰かに自慢せずにはいられません」

「そうそう」


 そう言って二人は俺にわからない理屈で納得する。

 すぐ後ろで立っていたエーメスが苦笑するのが見えたが、あれは同意の笑いかな?


「さてご主人様。あと一往復もすれば、北西まで網羅できるでしょう。今日はそこまでにしたいと思いますがいかがでしょう。日が傾く前には、森を出たいですし」


 とレーン。


「そうだな、じゃあ、そんな感じで……」


 と言いかけたところで、レーンが立ち上がる。


「どうした?」

「少し魔力を感じました……ツバメさん、北東の方角です」


 レーンの言葉を受けて、燕がそちらに意識を集中する。


「……足音、金属音……蹄の音……、姿はどこかしら? ……見えたわ。大丈夫、騎士団よ、あの模様は白象ね。先頭はクメトスのおばちゃんよ」

「おばちゃんとか面と向かっていうなよ」

「あらそう? こっちにまっすぐ向かってるわ」


 燕をたしなめておいてから、俺は騎士を出迎える準備をする。

 待っている間にデュースたちも戻ってきた。

 その後、五分ほどでやって来たのは、クメトスと五人の騎士だった。


「これは紳士様、気配を感じて来てみればあなた方でしたか」

「ええ、ちょっと探索中でして」

「では、昨日の件で?」

「そうです。団長には随分とご迷惑をかけてしまいましたが」

「いいえ、団長は貴方様のお役に立てたことを、殊の外喜んでおいででした」

「それは光栄です。所で今日は?」

「この地は我らの管轄地なのですが、我らの持つ地図は半世紀も前のものでして、改めて調査して森の安全を保つよう命を受けました。つきましては、本格的な調査に備えた下準備に参った次第」

「そうでしたか。私達は、昨日見かけたゴーストを探しだして、成仏させてやろうと思いまして」

「なんと、それでこの寒空の下に……」

「まあ、そんなところです」

「感服いたしました。その、失礼ながら、紳士様はもう少し、うわさ通りの方かと思っておりましたが……」

「はは、世間の言葉はそれなりに真実を含むもの」

「いえ、私の目が曇っておりました。やはりあなたは団長の申すとおり、尊敬に値するお方でありました」


 そう言って俺の手を取ると、涙ぐんでみせる。

 忙しいおばちゃんだな。

 あ、やばい、俺もおばちゃんって言うところだった。


「それを聞いては我らも協力せずにはおれません、なんなりとお申し付けください」


 なんか随分と気に入られてしまった。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、まずは今日の成果を聞いていただきましょう」


 そう言って今日の探索範囲と、今後の予定を話す。


「なるほど、ではその船幽霊とやらの導く先に、ゴーストの墓場もあると?」

「そちらはなんとも言いがたいのですが、とにかくここを中心に網羅的にあたってみようかと」

「かしこまりました。では我らは反対の東側を当たるとしましょう」

「よろしくお願いします。今日はあと一時間ほど、日暮れ前には引き上げようと思いますので、続きは明日以降になるかと思いますが」

「そうですね、夜の森は避けるべきです。では、その頃にもう一度……」


 そう言ってクメトスは部下を率いて東に去っていった。

 入れ違いに、探索組が戻ってくる。

 戻ってくるなりエレンが、


「あれ、騎士が来てた?」

「わかるか?」

「エーメスと同じ油の匂いが残ってるからね。あとそこに蹄の跡も。騎士ってことは白象かい?」

「まあね」

「で、なんだって?」

「森の調査をするそうだが、なんか協力してくれるってさ」


 とあらましを説明する。


「はは、旦那もまた面倒な人に見込まれちゃったね」

「照れるな」

「まあ、外堀から攻めるのは基本だよね」

「何の話だよ」


 無駄口をたたきながら軽い休憩をとると、探索組は再び出発する。

 出発間際のエレンに、話しかけてみた。


「怪我の具合はいいのか? まだムリしないほうがいいんじゃないか?」

「心配されると照れるじゃないか。ま、今日は軽いからね。リハビリにちょうどいいぐらいさ。無理はしないよ」


 そう言って出て行く。

 留守番組の俺達は、ひたすらじっと待つ。

 それからまた小一時間ほど過ぎただろうか。

 ちりちりと燃える焚き火で、持ってきた干し肉を軽く炙ってかじっていると、寒さもあって尿意をもよおしてきた。


「ちょいと雉撃ちに」


 と言って立ち上がると、エーメスが顔を上げる。


「雉撃ちとは? 鳥の雉ですか?」


 ああ、鉄砲がないからわからんか。


「こうな、俺の故郷じゃ筒状で弾が飛び出す武器があるんだけど」

「弾……とは魔法弾のような?」

「うん、鉛とかの金属の塊を飛ばすんだけどな」

「ガーディアンが使うたぐいのものですね」

「ああ、そういや似てるかも。それを使って雉を狙うときに、こう、しゃがんで使うんだ。その姿が用をたすときに似てるから、トイレにいくことをそう言うんだよ」

「そ、そうでしたか。これは失礼を」

「うん、まあ行ってくる」


 物陰まで歩いて行って、用をたす。

 話してたせいで、今にも漏れそうだ。

 おもらしといえばシルビーか。

 いやいや、あんまり変な関連付けしてると、うっかり口に出てしまうな。

 ふむ、シルビーが雉撃ち……。

 女の子なら花摘みだろうが、そういやうちには犬と猿もいたな。

 あの三人をお供に鬼退治ってのも楽しそうだ。

 そんなことを考えつつ、ジョボジョボと滴らせながら不意に顔を上げると、目の前に赤い火の玉が!


「ぎゃあ」


 突然のことに驚いて叫ぶとエーメスが飛んでくるが、出るものは急に止まらないわけで、俺のあふれるほとばしりをもう少しでエーメスに掛けるところだった。


「何事です、ご主人様。私は、その……雉ではありませんよ?」


 少し呆れ顔で尋ねるエーメス。


「いや、すまん。目の前に急に火の玉が現れて驚いちまって……」

「火の玉?」

「いや、ちがう、今のはゴーストだ!」


 慌てて探すと、すぐそばの木陰に見つけた。

 ふらふらとあたりを漂ったかと思うと、ふっと森の奥に消える。


「追いかけるぞ、エーメス」

「お待ちくださいご主人様!」


 エーメスの静止で、あわてて立ち止まる。

 あぶないあぶない、ここで一人で先行すると、ろくでもないことになるパターンだな。

 エーメスの他、この場にいた全員で追いかける。

 待っている間に見失ってしまったが、まだ気配が感じられるというレーンを頼りに、エーメスをフォローにつけて先行させる。

 二人は剣とメイスでヤブをかき分け、ルートを作りながら森を突き進んだ。


「微妙に何かの気配を感じますねー。うまく隠しているので獣のたぐいでしょうかー」


 とのデュースの言葉に、警戒しながら後に続く。


「ゴーストにしては速いですね」


 とエーメス。


「ああ、昨日逃げるときもそうだった」

「あれは本当にゴーストなのですか?」

「わからんが、昨日はあれに助けられたからな。とにかくとっ捕まえて成仏させてやるぜ」

「恩人というよりは、仇か何かのようですが」

「そうかな?」

「ええ、そう思います……む、下がって!」


 エーメスの声に立ち止まると、右手から突然獣が飛び出してきた。

 巨大な牙を向いた狼だ。


「ファンガ! 三匹居ます」


 すでにエーメスとレーンは戦闘態勢に入っている。

 と同時に、すでに魔法を準備していたデュースが軽い雷撃呪文を先頭の一匹に落とす。

 甲高い悲鳴を上げて狼がまるこげになった。

 俺がおニューの盾を構えてデュースの背後をカバーすると、エーメスも飛び出して、二匹目を仕留める。

 その時点で残り一匹は逃げ出してしまった。


「ふう、もう大丈夫かな?」

「おそらくー、周りに潜んでいた他の気配も消えましたねー」


 とデュース。


「他にも居たのか?」

「あの手の狼系の魔物はー、十匹以上の群れで囮と本隊に分かれて襲い掛かるのでー」

「ほほう」

「今の囮があっけなくやられたのを見てー、逃げ出したんでしょー」

「なるほど」


 それでも警戒しながら追いかけるが、どうやら見失ってしまった。


「うーん、だめか」

「ですね、もう気配を感じません」


 とレーン。


「紅たちが戻ったみたいよ、どうする?」


 燕も言うので、一旦諦めて拠点に戻ることにした。

 まあ、ゴーストがこの辺りにいるとわかっただけでも、よしとしよう。

 キャンプ地に戻ると、すでに探索組は全員戻っており、ついで騎士団のクメトスもやってきた。

 クメトスは明日以降も少し人員を増やして協力してくれるという。


「しかし、良いのですか? まだ紅白戦のさなかでしょう」


 と聞くと、


「問題ありません。あれはつまるところお祭りの延長。団員たちには良いガス抜きとなるでしょうが、森の調査は我が騎士団の本来の任務でもありますので、可能な限り優先すべきです」


 とのことだ。

 真面目だなあ。

 紅白戦の儲けも大事だったんじゃないのかな、とは思うが、クメトスにせよメリーにせよ、清貧に価値を見出すタイプにも見えるし、そんなものかもしれない。

 まあ、せっかく協力してくれるのなら、任せよう。

 続きは明日ということにして、今日のところは引き上げたのだった。

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