第151話 湖上の祭り
祭りも終盤に差し掛かると、神殿境内の賑やかさは一層のものとなる。
特に祭り見学に出てきたお上りさんが増えるのと、それ目当ての的屋も合わさって、要するにやかましい。
今もちんどん屋の隊列が、何やらやかましく音を鳴らしながら通り過ぎていった。
「ほんと賑やかよねえ。内陸の方はここまで騒がないけど、私はこっちのほうが向いてるかも」
と語るのは、暇を持て余しているらしいエディだ。
今日も二人でデート中なのだが、次の紅白戦に向けて英気を養ってもらおうというか、先日の埋め合わせというか、そういうアレだ。
名家の姫君らしいエディは、上流階級では顔が知られているが、騎士団長に就任してまだ半年かそこらであり、しかもこの街だけを管轄しているわけでもないので、庶民にはさほど顔が割れていない。
帽子で顔を隠してちょっと貧相な町娘の格好をしていれば、まずわからないものだ。
「しかし賑やかなもんだな」
俺も相槌を打つ。
「平和な証拠よね」
「まあ、そうなんだろうけど、それ以上に景気がいいんだろうな」
「景気? そうなのかしら。海商なんかは海は荒れるし東方の政情不安でイマイチみたいよ。内陸側でも水害で収穫量は落ちてるようだし。お陰で商人からの寄付も減ってて予算がねえ」
「騎士団も影響あるのか」
「あるわよ。そもそもこの国の騎士団は、一部の私設騎士団を除けば領地があるわけじゃないし、金のある団員の手弁当と縄張り内の街や商家からの寄付で成り立ってるのよ。そもそも私が団長になったのだって、しこたま寄付したからだし」
「身も蓋もないな。じゃあ騎士になっても食い扶持は稼げないんじゃ? シルビーはどうするつもりだったんだ?」
「普通は騎士から騎士院という王の諮問機関に進むの。貧乏貴族が中央に出るための唯一の手段ね。大貴族でも元老院にいけるのは家督を継いだものだけだから、地方領主が嫌なら騎士になるのよ」
「ほほう、じゃあそういう金持ち貴族も寄付するのか、わかりやすいな」
「それでいいのよ、どうせ金はいるんだから。白象はあまりお金がないから、いっちゃ悪いけど、かなり質素にやってるでしょう。漁村の寄付だけじゃ足りなくて、そもそも紅白戦だって、親睦ってのもあるけど、あの興業で活動資金を稼ぐってのもあるのよ」
「世知辛いな。道理でずいぶん派手な見せ物仕立てだと思ったよ」
「そうよ、だから勝ち負けはともかく、きっちりやって成功させなきゃ」
「なるほどねえ」
「そんなわけで、世間の景気は私達にとっても大問題なのよ」
「だが、陸の商売はもうかってるそうじゃないか。よく知らないけど、先日強盗に襲われたうちの従者の実家なんかも、なんかすごく儲かってるらしいぞ」
「みたいね。麦も精霊石も相場があがってるし。うちはあんまり陸の商売とは縁がないけど。そういえば南方貿易は儲かってるみたいね。新たなスポンサー探しも必要かしら。うちの実家も最大手のスポンサーではあるけど、逆に無節操に金を出しづらいところもあるのよね」
「スポンサー探しも団長の仕事か」
「そうよ、じゃなきゃわざわざマメに都に出て行ったりしないわよ」
「大変だな」
「そうねえ。まあ、そんなわけで景気の動向は気になるわね。それに、商人が儲かれば仕事も増えて庶民の暮らしも良くなって治安も良くなるのよ」
「治安はともかく庶民の暮らしはどうだろうな、むしろ格差は広がるものだと思うが」
「そうなの? でも結局仕事って国や貴族、大商人が与えるものでしょう?」
「雇用という点ではそうだけど、持つものは儲けを全部還元するわけじゃないし、その儲けは代々受け継がれていくだろう。そうすると世代を重ねるごとにますます富の格差は広がるのさ」
「たしかに、貴族間でも年々格差は大きくなってるわね。家なんかは選挙侯だから元々強いんだけど、ローンの実家のキッツ家みたいにここ三代ほどで一気に中央で勢力を伸ばした家もあるわね、あそこはドーンボーンの鉱山運営で莫大な利益を上げているわ」
「逆にシルビーのとこみたいに落ちぶれるところもあるんだろう」
「そうね。じゃあ、どうするの?」
「手っ取り早いのは富の再分配だろうなあ」
「再分配って施しのこと?」
「施しもひとつの形だろうな」
「それで聖書でも女神様は盛んに汝が富めるときは施せとおっしゃっているのかしら?」
「そうかもなあ」
「でも、教会では困っている相手には可能な施しをしろということであって、富の蓄積を禁じるものではないと解釈してるわね」
「それもまあ、そうかもなあ」
「どっちなのよ!」
「どっちと言われても、俺は貴族でも僧侶でもないからわからんよ」
「でも商人でしょう。ハニーはそれじゃあ、そういうスタンスでお金をばらまいたりするの?」
「うちは食ってくのでやっとなレベルだと思うが」
「おっきな工場もあるでしょう。あのへん、うちの縄張りだから前に見たわよ。そういえばあのあたりってフューエルの家の領地になるんじゃないかしら」
「え、そうなのか? たしか、あそこはなんとかっていう地主がいて……」
「そこが跡継ぎがいなくて処分したとか何とか。それをフューエルの父上であるリンツ卿が買い取ったんでしょう」
「知らんかった。ってことはフューエルの顔色をうかがいながら商売しなきゃならんのか」
「うまく取り入ることね」
「ははは、まあ商売のことはメイフルに任せてるから」
「そういう調子の良さは商人っぽいわね。それなら貴族としてもやっていけるんじゃない?」
「よしてくれよ、俺は早く隠居して従者たちとまったり暮らしたいんだ」
「そうねえ、私も早く……」
とエディが言いかけたところで、後ろから呼び止められる。
「サワクロさん!」
聞き覚えのある声に振り返ると、シーリオ村村長の孫娘、ワイレだった。
今、話題に出た工場のある村の者だが、両手にいっぱい荷物を抱えている。
完全なお上りさんだな。
「ワイレじゃないか、どうしたんだ、祭り見物かい?」
「はい」
「あら、可愛いお嬢さんね。ハニーの恋人?」
隣にいたエディがいたずらっぽく話しかける。
「いいや、まだ片思いさ」
と前置きしてからお互いを紹介する。
「彼女はほら、例の工場のある村の村長のお孫さん。お世話になっててね」
「そうなの、はじめまして。エディよ」
「は、はじめまして。わ、わたし、こんな綺麗な人、初めて見ました」
「あら、ありがとう。あなたも素敵よ、そうね、あと数年もすれば、もっと美人になるわ」
「本当ですか!? うれしい」
そう喜んでから、ワイレはかしこまって、
「あの、この方は紳士様の……あ、じゃなくて」
「あら、正体はばらしちゃってるの?」
「バレたんだよ。」
「まあ、いけない人ね」
と笑うエディに、ワイレは尋ねる。
「サワクロさんの奥様ですか?」
「残念ながら私も片思いなの、この人、ほんとうに女たらしだから、騙されちゃダメよ」
「ふふ、わかりました」
「ひでえな」
そこで思い出したかのように、
「あの……もしかして、身分のあるお方なのでは?」
「私? まあハニーがばらしてるんなら言ってもいいのかしら。赤竜騎士団団長のエンディミュウムよ、エディって呼んでね」
「団長! エンディミュウム様? 大貴族の!? こ、これは失礼いたしました。わ、わたしなんかが口を聞いていいお方じゃ……」
「気にしなくていいわよ、この人の友人なら、みんなお友達よ」
「は、はい。その、もったいないお言葉で……」
ワイレは緊張でぎこちなく答える。
「それでワイレちゃん、一人で祭り見学かい?」
俺が尋ねると、ワイレは誰かを探すようにしながらこう言った。
「いえ、おじいちゃんと一緒に来たんですけど、願い事を一つ言い忘れたって言って、ここで待ち合わせてたんですけど……」
「爺さん来てるのか、顔を合わせたくないので逃げよう」
と向きを変えたところに、村長が立っていた。
「おう、サワクロ君ではないか。君はこの街に住んでおったのか」
逃げ出すより早く見つかってしまった。
近くに居たのか、不覚だ。
うちの店が街にあることは知らないはずだけど、ばれないようにしないと。
今更正体なんてあかせないもんなあ……。
「あ、こりゃどうも、村長さん」
「なんじゃ、君は妻帯しておったのか」
「いや、まだなんですけど」
「むう、よく見れば、神殿にはふさわしくない過剰な色気」
エディを値踏みするように睨みつけてそう言った。
「あら、そんなこと言われたのは初めてだわ、そんなふうに見えるのかしら?」
驚くエディに耳打ちする。
「俺も焦点の定まらない目だってたっぷりしぼられたよ」
「あ、あの、お爺ちゃん。見ず知らずの人にそういうことは……」
ワイレも慌ててフォローする。
「む、そうじゃな。参拝は済ませたのであとは……」
村長はあたりを見回す。
どうにかして逃げ出したいところだが、なかなか難しい。
そこで突然、村長が声を上げる。
「むう、あれは新しい領主リンツ様のご令嬢。お前たち、粗相があってはならんぞ」
「げ、フューエル……」
見るとフューエルが身分の高そうな僧侶と連れ立って歩いてきた。
「だ、大丈夫、彼女は察しがいいから」
小声で話す俺とエディに向かって村長が叱りつける。
「何をブツブツ言っておる、ほれお前たち、頭を下げて。もっと深く」
なるべくばれないように小さくなって村長の後ろに隠れる。
そんな俺達の気苦労も知らずに、爺さんはフューエルに丁寧に挨拶する。
「これはこれは、お嬢様。ごきげんうるわしゅう存じ上げます」
「あら、あなたはシリオ村の……」
「村長のワグンドでございます。お嬢様におかれましてはおかわりのう」
「あの、お連れの人は?」
当然のように俺達に気づいたフューエルが尋ねると、
「おお、こやつらは知り合いの若者で、いささか素行が悪く、お見苦しいところもありますが、何卒ご容赦を」
「そ、そうですか」
その一言でフューエルは状況を把握したらしい。
他愛ない挨拶ののちに、フューエルは様子見のジャブを放つ。
「先日、あなたの村の新しい特産品を頂きまして、とても良い出来でしたよ。あれが紳士様が手がけたというものなのですね」
「これはありがたきお言葉。かの紳士様には村を上げて感謝の言葉もない次第」
「村に新たな柱ができるのは、私としても喜ばしいことです」
「紳士様にも一度ご目通り願いたいのでございますが、試練に備えて修行中とか……」
「そ、そうらしいですね。いずれお目にかかることもできるでしょう」
「お嬢様は紳士様をご存知で?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「なんと。やはりご立派なお方なのでしょうなあ」
「そ、そりゃあもう、立派すぎて臍で茶がわかせるぐらいに」
「は?」
「いえ、なんでもありません」
エディが笑いを噛み殺しているのがわかる。
俺だってつっこみたいところだが、じっと耐える。
「これ以上お邪魔をするわけにも行きません。今日のところは失礼致します」
「ええ、それでは」
そう言ってフューエルは去っていった。
危なかったぜ。
そろそろ理由をつけて別れようとしたところで、村長に先を越される。
「どれ、せっかくじゃ、わしがなんぞ旨いもんでもごちそうしてやろう」
と強引に俺たちの腕を引く。
むしろ俺よりも孫のワイレのほうがハラハラしているようだ。
彼女も苦労するよなあ。
村長に連れてこられたのは、町外れの小さな店だった。
「おや、ワグンドさんいらっしゃい。今年も祭り見学ですか?」
「うむ、お主も元気でやっとるか?」
店主はすっかり頭の禿げ上がった中年オヤジで、愛想よく俺達を迎える。
コクの有るエールで乾杯したのちに出てきたのは、羊肉を柔らかく煮込んだ料理だった。
接客も丁寧で、料理もうまい。
いい店だな。
「わしらのような庶民はな、毎日一生懸命働いても、生きて行くのがやっとなもんじゃ。じゃが、そこでズルをしようと思ってはならんぞ。そういう気持ちはな、心を悪い方に、闇のほうに引っ張っていきおる。わしも若い頃は南方で岩を掘ったりしておったが……」
と村長の昔話が始まる。
南方の鉱山で、長いこと働いていたらしい。
あちらで結婚して骨を埋める気だったが、景気が悪くなって再びこちらに戻ってきたのだとか。
「彼の地にはわずかとはいえ、未だに黒竜を信仰する輩も居る、あちらは皆貧乏じゃからな、ああした狂信者どもは、貧乏人の心に付け入りよる。油断してはならんのじゃ」
年寄りの説教は自慢話の部分を差っ引いて聞けば、勉強になるもんだ。
自慢部分しかない人も多いんだけど。
「ありがとう、おじいさん。料理も美味しかったわ」
食事を終えて、エディはそう礼を述べる。
「お前さんがたもな、都会の暮らしに疲れたら村に来るとええ。貧乏な村じゃが若いもん二人が食っていくぐらいの余裕はあるんでな」
そう言って村長さんとその孫娘は帰っていった。
ふう、どうにか乗り切ったぜ。
「いい人じゃない、なんで正体隠してるのよ」
「最初からあんなだったから、バラす機会がなかったんだよ」
「生活に困ったら、村に来いですって」
「ああ」
「いいかもね、ハニーと二人で畑でも耕しながら暮らすの。もし私がそこらの水商売の女で、あなたがどこかの商家の丁稚だったら、きっと私はあなたの手を引いて、強引にあの村に駆け込んでたかもね」
「そうだなあ」
「でも、私には騎士団があるし、あなたには大勢の従者がいるわ」
「うん」
「ねえ……私の事、従者にしたい? それとも妻がいい?」
「難しいな。それに質問が唐突すぎるだろう」
「今、そういう雰囲気でしょう?」
エディは俺に腕を絡めるとニヤリと笑う。
「びしっと格好良く答えたいところなんだが、実は両者の違いがよくわからないんだ」
「どうして?」
「俺の故郷には、ホロアも従者も居なかったからな。今もうちの従者たちのことは家族と思ってるから、従者ならこうとか、妻ならこうとか、俺にとって差はないんだよ」
「そうなの、確かにあなたの従者はみんな、どっちともつかない関係だものね」
エディは少し考える素振りをしてから、こう言った。
「従者ってのは本来、主人に力をもたらすもの。その忠誠によって金銭、名誉、あるいは快楽。その他あらゆるものをもたらすわ。一方の妻は家を作るの。妻は家系を夫にもたらし、そしてその子に伝える。ホロアや古代種が人間の子を産めないか、産めても一代限りなのも関係してるのよ」
「じゃあ、人間の従者なら、子は産めるのか」
「主人が人間ならね。紳士がどうかはわからないわ。とにかく妻が外枠を作るなら、従者は家の中を作るの。どちらか片方だけでも家は成り立たないわ」
「そりゃそうだ」
俺は表情を引き締めて、話しかける。
「俺は一緒に暮らせるなら、どっちでもいいんだが……そういう曖昧なのはダメかな」
「ふふ、ハニーらしいけどダメよ。だって私にはしがらみが多すぎるもの。どっちを選んでも、多くを捨てなきゃだめだから」
「俺はしがらみがなさすぎるからな、なんでも聞いてやれるけど、手の届く範囲はとても短い。俺のそばに居てくれないと、何もしてやれないんだ、だから……」
「その言葉だけでも、全てを捨てられそう。でも……私も旗に誓ったの。ハニーが取り返してくれたあの旗に。ちゃんとやり遂げるってね」
「やり遂げる?」
「そうよ、だから、今はこれだけ」
そう言ってエディはそっと顔を寄せ、唇を重ねる。
エディの体が一瞬、ふわりと光り、すぐに消えてしまった。
「……続きは、預けとくわ」
「首を長くして待ってるよ」
「私のほうが先に待ちきれなくなるかも」
そういってエディは笑う。
「今日はそろそろ帰るわ。しばらく忙しいから、次のデートはしばらくお預けね」
去っていくエディの後ろ姿を見つめながら、俺はポーンの言葉を思い出す。
彼女の弱さか。
エディは心身ともに強い。
たぶん、俺なんかよりも遥かに。
でもやっぱり、彼女の側には誰かいないとダメな気がするな。
それは俺であるべきだ、とうぬぼれてみるのも、時には大事かもしれない。
恋愛ってのはたぶん、そういうもんじゃないのかなあ。
その日の夕刻。
年少組を連れて、湖の東港に出かける準備をする。
フルンのリクエストに応えて、夜の湖をライトアップする漁船に乗せてもらいに行くのだ。
漁師と馴染みの深いエーメスが話を通しておいてくれたので、夜のクルーズと洒落込むわけだ。
俺は普段着の上から防寒防水用のコートを羽織っただけだが、うちのかわいい少女たちはあれこれ着替えながらおめかししている。
フルンやオーレは襟のぴっしりしたブラウスを着せられて苦しそうにしていたが、牛娘のリプルはすっかり大きくなった四つの胸をサラシでギュウギュウに締めて、無理やりドレスを来ている。
「はは、大丈夫かリプル」
「背はあんまり伸びてないのに、胸ばっかり大きくなっちゃって……」
胸が四つあるリプルのドレスは特別あつらえなので、他の従者の物を借りるわけには行かないのだった。
「他でもいいじゃないか。もう少しゆったりした服はないのか?」
「でも、これが一番のお気に入りで……ああ、仕立て直しておけばよかった」
その横で奴隷のウクレは鏡をじっと見つめている。
「どうしたんだ、ウクレ」
「ちょっとそばかすが増えた気がして」
「どれどれ」
と覗きこむと、
「だめ、見ないでください」
慌てて顔を隠す。
恥ずかしがり屋だなあ。
長耳のアフリエールはさっさと支度を終えて、撫子のくせ毛を撫で付けていた。
そのとなりではピューパーが母親のパンテーに同じく髪をすいてもらっている。
「お、二人共美人にしてもらってるな」
「はい」
撫子は素直に頷くが、ピューパーは少しむくれている。
「どうした、ピューパー」
「ママが一緒に行かないっていうから拗ねてるの」
「はは、そうか」
「ママはお仕事があるって言ったでしょう。聞き分けて頂戴」
と母親のパンテー。
「従者になっても前と一緒。せっかく一緒に遊べると思ったのに」
ふくれっ面もかわいいピューパー。
パンテーは以前の納品先にミルクを納めに行く日らしい。
オルエンや紅あたりが配達を手伝っているが、やはり責任をもって今も本人が出向いている。
もちろん断れるところはすでに打ち切ってもらったのだが、替りがないと困るところもある。
こちらの都合で、一方的にやめられるもんじゃないからな。
「お仕事ってのはな、自分が辞めたいと思っても急にはやめられないんだ。でも、ちょっとずつパンテーも自由になる時間が増えてくるから、そうしたらもっと遊べる時間も増えるさ」
俺が諭すと、
「うん、わかった。ごめんねママ」
ピューパーもなかなか聞き分けがいいな。
一方、あまり聞き分けの良くない猿娘のエットは、フルンと同じ服がきつすぎると脱ぎ捨てて逃げ回っていた。
家の中を立体的に逃げるので、アンがいくら追いかけてもつかまらない。
「もう、降りて来なさい、エット! 置いていきますよ!」
「ええー、いいじゃないか、この服で。そんなの着たら息が詰まるよ。みてよ、フルンだって顔真っ赤じゃないか」
「ご招待を受けたのですから、それなりの格好をするのが当然です! 従者なら主人に恥をかかせてはいけません!」
「怒られたら、この軽業を見せればきっと機嫌を直してくれるよ!」
「だめです! 五秒以内に降りてこなければ留守番ですよ! 五! 四!」
「ええ、ケチ! いいだろう? ねえってば!」
「三! 二! 一!」
「ああ、もう、わかったってば! アンのケチ!」
エットはむくれっ面で降りてきた。
「さあ、いい子ですから、これを着て。あとでお饅頭でも買ってあげますから」
「え、ほんと? アン大好き!」
といってアンの手からきついブラウスをむしり取って身に付ける。
「はあもう、この子ったら……」
こっちの子育ては、難航しそうだな。
それはそれとして、なかなか支度が終わらない。
まだ時間がかかりそうだ。
お守りはエーメスだけでは手が足りないので、アンとエンテル、ハーエルとペイルーンにもついてきてもらう。
こういう時に頼りになるエレンは、今日は出ている。
怪我はだいぶいいようだが、盗賊ギルドの後始末が忙しいらしい。
しがらみがあると大変だな。
出発が遅くなったので、乗合馬車を使って街の東口まで行き、そこから徒歩で十分ほどで港だ。
街の東側は少し高台になっていて、高級住宅街が並ぶ。
フューエルの家もこの辺りにあって、ウクレ達はいつもここまで修行に通っているらしい。
「イミアとサウの家も、この辺りにあるんだよ」
とフルン。
「そうだったな、前に両親に挨拶はしたが」
「私も中に入った! お団子もらった!」
俺にはお団子はなかったよ、悔しいぜ。
住宅街を迂回して湖に出る。
すでに空は暗くなり、湖にはいくつか明かりが灯っている。
俺は出来立てのヘッドランプを装着して道を照らしながら歩いた。
やっぱ便利だなあ。
目的地の東港には、明かりを灯した船が並び、港にもいくつも火が炊かれて賑やかに盛り上がっていた。
「旦那ぁ、待ってたんだよ」
そう言って声を駆けてきたのは、漁師のタモルだ。
四十をいくつか過ぎた女漁師である彼女はここいらの顔役で、俺も顔なじみだ。
「さあさあ、みんな乗っとくれ。ほら、嬢ちゃんたちもこれを持って、落ちないように気をつけな」
そう言って小さなランタンをうちの年少組に一人ずつ持たせる。
今日の船はちょっと大きな帆船だ。
みんな乗り込んだら出発だ。
船は風を受けて静かに湖を進む。
「うわー、すごい、いっぱい! いっぱい光ってる!」
フルンは船上を駆けまわりながら嬉しそうに叫ぶ。
湖面は光にあふれて幻想的だ。
だが、どうもイカ漁を連想してしまい、ロマンチックとまでは言い切れない。
まあ子どもたちが盛り上がってるからいいだろう。
タモルの娘アースルも乗っていて、久しぶりに再会した撫子と楽しそうに話す。
フルン達とも、すぐに打ち解けたようだ。
俺はタモルの用意してくれた酒をいただきながら、そんな様子をのんびり眺める。
「こうして無事に降臨祭を迎えられて、あたいらもどうにか胸をなでおろしてる所でねえ」
と船長のタモル。
「景気は良くないかい?」
「今年は大きな嵐がいくつも来たからねえ。ま、それでも畑の連中に比べれば、湖はおとなしいもんだよ」
「そんなもんか」
「そうさ、こいつも今日とれた牡蠣だ。身がしまってるだろう」
そういってぷるんと身の詰まった牡蠣を取り出す。
殻から外して、熱した鉄板で軽く炙り、カボスのような実をサッと絞って出してくれた。
そいつをぱくりと平らげて、グビリと酒を飲む。
「うまい」
「あはは、あいかわらずいい飲みっぷりだねえ。ほら、先生も」
そう言ってタモルは隣のエンテルにも勧める。
「あれからうちの子もすっかり歴史とやらにハマっちまって、明けても暮れてもお借りした本ばっかり読んじまって。あたいなんて聖書も満足に読んだこと無いのに、誰に似たのやら」
「ふふ、私もそういう時期がありました。きっと今は楽しくて仕方がない時期だと思いますよ」
「そんなもんですかね。ま、あの子は末っ子だから、無理に漁師を継いでくれなくてもいいんだけど、あたいは漁師のなり方しか知らないもんだから、あの子に何をしてやればいいのかもわからなくてねえ」
「そうですねえ……、私の父はただ、私がそうしていると褒めてくれていました。今思うとそれだけで十分だったんですねえ」
そんな会話を聞くともなしに聞きながら、杯を重ねていく。
いい心持ちだ。
またアンが叫んでるな。
見るとエットがマストによじ登って、それをフルンが追いかけて走り回っている。
エットもすっかりうちに馴染んだようだ。
エンテルはタモルの娘と撫子、ピューパーを前に、なにやらうんちくを垂れている。
こっちも楽しそうだ。
視線を逸らして、真っ暗な湖面を眺める。
ゆったりと進む船は、あてどなく彷徨うばかりだ。
あちこちに浮かぶ船の上できらめく明かりが、不規則に反射して独特の風景を形作る。
それは湖の底からにじみ出る、鎮魂の灯だ。
その内の一つが青白く燃え上がったかと思うと、人の形をとった。
「よい従者たちですね」
青白い顔に真っ黒な眼。
死人のような昏きホロアに、俺は笑いかける。
「ああ、うちの自慢の従者たちだ」
「女神もさぞ、お喜びでしょう」
「だといいけどな」
「なれど我らは、女神の恩寵を失い、昏き地の底で罪の報いを受けるのみ」
そう言ってホロアは空を仰ぐ。
「どうか、哀れなホロア達をお救いください」
「ああ」
「どうか……」
ホロアの姿は徐々に薄くなり、消えていく。
まて、消える前に居場所を教えてくれ。
思うように動かない体で懸命にもがきながら、消えてしまった船幽霊の姿を探す。
どこだ?
どこに行った?
その時、視界の端を赤い光が横切る。
いた!
と思った瞬間、俺の体はふわりと腰から浮き上がった。
おっと、バランスが悪い。
おしりがプカプカ浮いちまう。
もうちょっとバランスを……と思ったら、誰かが俺の尻を押す。
そうだ、それでいい。
足元にはさっきまで乗っていたタモルの船が見える。
楽しそうに走り回るフルンやエットを、アンが追いかけている。
あの追いかけ方じゃ、エットは捕まえられないなあ。
そう言って笑うと、アンが不意にこちらを見上げる。
何かに驚いた顔で、叫び始めた。
アンは落ち着きが無いなあ。
それよりも、行かなくちゃ……。
「さて、どこに連れてってくれるんだ?」
赤い光に話しかけると、俺の手に絡まりながら、そっと呟く。
「こっち……」
俺は光に手をひかれて湖を渡る。
湖上には無数の漁船や騎士団のボートが浮かんでいる。
おや、あれはメリエシウムじゃないか。
おおい、こっちだぞう。
と声をかけると、彼女が天を仰ぐのが見えた。
なにか叫んでいるようにも見えるな。
はは、聞こえたのかな?
「こっちだよ……」
おっとそうだった、急ごう。
時間がない。
なぜ時間がないんだ?
俺も妙なことを考えるなあ。
それよりもすごいスピードだな。
まるでビデオの早送りみたいだ。
こりゃ楽しい。
光に手を引かれ、俺はすごい速度で湖を越える。
畑を越え、川を超え、アッシャの森に至る。
月明かりも届かぬ深い森のなか、グイグイと手を惹かれていく。
「ほら、こっちこっち……」
なんだろう、遥か向こうに何かあるな。
石造りの、小さな祠だ。
その時突然、目の前が真っ赤に光る。
うわっと驚いて顔を覆うと、俺は突然地面に落っこちた。
「いつつ……なんだ? また酔っ払ってコケたか?」
どうも寝ぼけてたようで、空をとぶ夢を見た気がする。
尻餅をついたおしりを撫でると、微妙に湿り気があってザラザラしている。
この感触は土か。
っていうか、ここどこだ?
周りが真っ暗で、何も見えない。
俺は懐にしまったヘッドライトを取り出し、あたりを照らす。
あたりは鬱蒼とした茂み、そして俺を取り囲むように生える巨木。
はて、そんなに酔っ払ったっけ?
どう見ても、森のなかなんだけど……。
ひゅーっと冷たい風が吹いて、ごうっと木々が揺れる。
「なんじゃこりゃ!」
まてまて、冷静になれ俺。
冷静になってほっぺたをつねり、夢の続きでないことを確認する。
えーと、さっきまで船の上で飲んでたよな。
で、あれだ、船幽霊の夢を見たんだ。
その船幽霊に手を引かれて、湖を越えて、でもって森のなかへ……。
あれ、夢じゃなかったのか?
つまり俺は今、アッシャの森のなかに一人でいるわけだ。
丸腰で。
ここ、魔物も出るんだよな。
落ち着け、えーと、明かりは消したほうがいいんじゃなかろうか?
だが、無いと何も見えんよな?
試しに消してみるか。
明かりを消す。
うん、やっぱり何も見えん。
いや、今なにか動いたか?
うっすらと光る何かが。
もう一度明かりをつけて確認する。
何かいるような……。
恐る恐る茂みをのぞき込むと、突然何かが飛び出してきた。
「ぎゃあっ!」
ひっくり返って叫ぶ俺に向かって突進してきたのは真っ赤な火の玉だった。
いや、火の玉じゃなくて、ゴーストだ。
ゴーストは俺の周りをふらふらと数回まわると、俺に擦り寄ってきた。
「おまえ、こんなところでさまよってたのか。ちょっとまってくれ、今成仏させてやるからな」
だが、あいにくといつもと違う上着を着て出たせいか、今日に限ってナイフひとつ持ってなかった。
うーん、なんかいい方法があれば。
俺の周りをふらふら飛び回るゴーストを見ながら、しばし考える。
その時、不意に背後に物音と殺気を感じた。
振り返らずにそのまま前に飛んでかわしたのは、修行と経験の賜物と言っていいだろう。
背後から棍棒で殴りつけてきたギアントの一撃を、どうにかかわした俺は、そのまま一目散に走りだした。
「やばいやばい、丸腰じゃ無理!」
そう叫びながら、道無き道を走る。
さっきのゴーストもついてきているようだ。
しかし、逃げる方向はこっちで合ってるのか?
だれかナビしてくれないと……ってそうか、燕だ。
「おい、燕! 今すぐ返事しろ!」
(ご主人ちゃん!? どこに居るの! ハーエルから急に飛んでいったって連絡入って探したけど見当たらないし)
「いいか、よく聞け、俺は今、一人でアッシャの森にいて、魔物に追われてる。とてもヤバイ」
(アッシャの森!?)
「そうだ! いいか、とにかくヤバイ! お願いだから早く助け……うわっ」
突然横から別のギアントが出てきた。
危うく挟み撃ちにされるところだったが、紙一重でかわす。
俺も随分、たくましくなったなあ。
(……みつけたわ! なんでそんなところにいるのよ!)
「しらん、俺だけ気がついたらこんなところにいたんだよ!」
(すぐに行くから待ってなさい! えーと、一時間はかかるわ!)
「わかった! とにかく頼む」
(そっちは北よ、東に逃げなさい、二キロほどで森を抜けるわ)
東と言われても、全方位同じ景色に見えるんだよな。
今、北を向いてるなら右手に行けばいいのか。
と言っても、右後方にあとから来たギアントがいるので曲がりづらい。
あとチラチラと俺の左横を飛んでるゴーストさんも気になるんだけど。
そのゴーストはなんだか俺にくっついたり離れたりと忙しい。
はて、もしかしてこれは俺について来いって言ってるんじゃなかろうか。
このままでは埒が明かないと、俺は左側に曲がった。
茂みを押し分け、引っかき傷だらけになりながらも、必死で走る。
不意に視界がひらけて、一段低くなった獣道に出る。
助かった、これならまだ走りやすい。
道は東西に伸びており、迷わず東に向かう。
すぐ後ろからギアントが追ってきてるのがわかる。
進むに連れて道は広くなり、左右は切り立った断崖になっていく。
これ、あのまま北上してたら崖に追い詰められてたなあ。
ゴーストに感謝しつつ、更に進むと今度は道が二つにわかれていた。
迷わず右手の道に進もうとするが、ゴーストが再び左に引っ張ろうとする。
一瞬躊躇したのちに、俺は左の道にすすむ。
その間にギアントは間近まで迫っていた。
息が上がる。
さっき飲み過ぎたな。
酔いが回って気分悪くなってきた。
吐きそう。
ぜえぜえいいながら、上り坂を登る。
こいつはやばい、もうだめ、そろそろ諦めたい。
それでも必死で坂を駆け登ると、目の前に川がある。
これを越えるのか。
悩んでても仕方ないのでそのまま水に駆け込む。
冷たい。
めっちゃ冷たい。
すぐに川は越えられたものの、濡れた靴の冷たさで足がしびれる。
明らかに走る速度が遅くなった俺は、すぐに追いつかれてしまう。
川に入ったのは失敗だった。
くそう、これ以上は……。
しびれて感覚の無くなった足をもつれさせて、俺はその場にすっ転んでしまう。
そこに追い付いてきたギアントが巨大な棍棒を振り上げ……。
だが、その棍棒は俺の方には落ちてこなかった。
ギアントの巨体は銅のあたりで真っ二つに裂け、上体がそのまま滑り落ちる。
「紳士様、ご無事ですか!」
見るとメリエシウムがもう一体のギアントも仕留め、俺のもとに駆け寄ってきた。
その姿を見て安心したのか、礼を言う余裕もないままに、さっき飲んだ酒を戻してしまった。
カッコ悪いなあ、俺……うっぷ。
「これをお使いください」
メリエシウムの差し出した手ぬぐいで顔を拭って人心地つく。
まったく、みっともないところを見せてしまったが、とにかく助かった。
「船の上で突然声を聞いて天を仰ぐと、空をとぶ紳士様のお姿が見えまして、はじめは幻かとも思ったのですが、なにやら怪しげな光りに包まれ尋常ではない様子に見えましたので、そのまま船を湖岸に寄せ、近くの農家に馬を借りて後を追ったのです」
「とにかく、助かりました、メリエシウム。君は命の恩人だ」
「誓いましたもの、あなたの騎士となると」
「さっそく、助けてもらったわけですね」
「あなたのお役に立つことが、今の私の喜びです」
そう言って艶っぽい瞳で見つめる。
いい雰囲気なんだけど、口の中はまだ酸っぱくて気持ち悪い。
しまらんなあ。
落ち着いたところで改めて燕と連絡を取り、迎えに来てもらう。
船に居たアンたちにもハーエルを通じて連絡が言ったはずだ。
今頃あいつらも心配してるだろうなあ。
「それにしても、一体あれはどういうことだったのです?」
船幽霊に導かれて、空を飛んで森の中までやって来たわけだ。
さっぱり訳がわからんが、わからないままに俺の覚えてることをそのまま話した。
「では、あれは船幽霊だったのでしょうか」
「あれとは?」
「紳士様の後を追って馬を走らせたものの、森の入口でお姿を見失い、手近な道より分け入ったのですが、突然目の前に赤い火の玉が現れたのです。ゴーストかとも思いましたが何やら様子がおかしく、訝しみながらもあとを追うと、先ほどの場面に出くわしたのです」
「まるで私を助けてくれたみたいですね」
「そう思います」
「そういえば、私をここまで案内してくれたゴーストは?」
あたりを探すが、見当たらなかった。
成仏させてやりたいが、今日のところは仕方ない。
明日にでも改めて出直そう。
「それよりも、命の恩人に何かお礼をしないといけませんね」
改めて、メリエシウムに話しかける。
「そんなことは……でも、もしお願いできるのでしたら」
「なんでしょう」
「エンディミュウム様のように愛称で呼んでいただけると、その、嬉しいのですが」
「愛称で?」
「はい、その、メリーと……」
うつむき加減で消え入るような声で話す姿は、とてもかわいい。
「いいのですか?」
「それに……その、できたら私も、他の方のように、フランクに……その、お話していただけたら……」
「話し方ですか」
「も、申し訳ありません、」
「ふむ、それじゃあ、お互いの距離が近づいたということで……、友人らしくフレンドリーに行こうか、メリー」
「は、はい! ありございます紳士様」
「はは、俺のこともクリュウなりサワクロなりと呼んでほしいな」
「はい、では、サワクロさん」
「うん、実のところ、俺は育ちが庶民なもので、ちょっと堅苦しいかなとは思ってたんだよな」
「も、申し訳ありません、私がこのような……」
「メリーの方は、話し方は変わらないのかい?」
「え、あの、私は幼い頃から、こうした話し方しか……」
「ふぬ」
「でも、騎士団の者達は、同僚と話すときはもっと砕けた話し方をします。私にはしてくれないのですが……」
「そりゃあ、ボスだからなあ。俺も君の部下の前では今まで通りに話したほうがいいとおもうよ」
「そうでしょうか」
「公私はわけないとね」
「はい」
その後、しばらくして燕と紅の先導で、うちの精鋭が駆けつけてくれた。
メリーを追った騎士たちとも合流する。
「それでは、メリエシウム様、今日は本当にありがとうございました。あなたのおかげで、九死に一生を得たようなものです」
「どうか、お気になさらずに。貴方様には我らも多くの借りがありますので」
皆の手前、再び堅苦しい言葉に戻るが、別れ際に顔をよせ、そっと耳元に囁く。
「じゃあ今日は有難う、おやすみ、メリー」
「はい、おやすみなさい、サワクロさん」
頬を染めて俺を見つめるメリーに別れを告げて、俺は家路を急いだ。
家に戻ると、アンたちもすでに戻っていた。
「ご主人様、ご無事で……」
駆け寄る皆にとにかく謝る。
「すまなかったな、だがもう大丈夫だ」
「ご無事でしたら、それでもう……」
と言葉に詰まるアン。
まったく、久しぶりにしでかしちまったなあ。
こればっかりは不可抗力だと思うが。
しかし、船幽霊の件はますます深刻になってきた。
今回は運が良かったものの、こうなると早急に解決する必要がある。
冒険組を集めて、さっきあったことと、思うところを話した。
「では、その船幽霊が導いた先に、ゴーストの墓場があると?」
とアン。
「そうだ、あの時船幽霊は俺をどこかに連れて行こうとしていた。とすればあの先に目的地があるとみるのが妥当だろう」
「そうですね、そう思います」
「あの時、俺は何かに……たぶんゴーストだと思うが、それにぶつかって、突然地面に落っこちたんだ。あれはイレギュラーな事態だったのかもしれない。あれがなければ、俺はもっと先まで行ってたんじゃないだろうか」
なんかうろ覚えだが、あれって本当に船幽霊だったっけ?
今思うと、途中から雰囲気が変わってたような気もするが、どうも頭が朦朧としててはっきりしない。
そういえばあのゴーストも途中で見失ってしまった。
はやく成仏させてやりたいが。
「とにかく、明日からあの近辺を重点的に探してみようと思うんだ。きっと何かあるはずだ」
「わかりました。幸い、祭りの方はもうほとんどやることがありません。冒険組は全員出払っても大丈夫でしょう」
「うん、じゃあ、その方向で明日から頑張ってくれ」
方針が決まったところで、今度は地図を見ながら具体的な作戦を考える。
「今日、マスターと合流した地点は、森のはずれのこの地点でした」
紅が地図を指す。
「たぶん、この道をずっといって、この辺りでメリーに助けられて、そのちょっと前に小さな川を越えたな」
「地図には川はありません、移動時間は?」
「必死で走ってたからなあ、五分ぐらいかな?」
「第一報を燕が受けた時の推定箇所は、ノイズが多くマーキングが不安定でしたがここの半径百メートル圏内だと思われます。となると、ここから南西に向かういずれかのルートでしょう」
地図に等高線でも引いてあれば、あの時の崖の形状とかからもう少し予想できるんだけど、この地図は道が線で引っ張ってあるだけだからな。
しかも距離や方角がどこまで正しいか、よくわからん。
「だろうな、暗かったからもう一度行ってもわかるかどうか……」
「それなら大丈夫だと思うよ、足跡が残ってるだろうし」
とエレン。
エレンもギルドの方は今日でだいたい片付いたのでこちらに専念できるそうだ。
「そうか、なら俺が落ちた地点をまず探して、そこからたぶん西寄りに探すと、祠か何かがあると思うんだよな。そういうのが見えたから」
「じゃあ、決まりだね。日も短いし、夜明け前に出たほうがいいんじゃない?」
「そうしよう、それじゃあ、みんな頼むぞ」
作戦を立て終わり、明日に備えて寝ることにする。
寝床に入って目を閉じると、あの時の船幽霊の顔が目に浮かぶ。
あれは従者にする前のプールのようだった。
あのメイドはホロアのように思えたが、魔族なのだろうか?
それとも、プールと同じように、なにかの呪いのようなものにかかっているのか?
あの火の玉もゴーストのように見えたが、どこか違うようにも思える。
要は彼女がなんなのかはまったくわからないのだが、彼女の望みだけはわかる。
早く自分たちを見つけて欲しい、その思いだけははっきりと分かるのだった。
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