第148話 パンテーとピューパー 後編

 しばし休んで、二人のお子様も元気になったようだ。

 裏口から神殿を出て路地を抜け、東通りに出ると再び喧騒だ。


「しっかし人が多いな。エツレヤアンの祭りもそうだったが、ここもあちこちから人が集まってるのか」

「ええ、この祭りはこの辺りでは最大のものですから、近隣の村からあつまっています。特に祭りの後半ほど増えると思いますよ。私の領地内でも、この時期からみんな出てきます」


 地元民のフューエルが解説してくれる。

 人混みに乗って街のはずれ、海岸側の大きな広場に出る。

 そこには大きな野外ホールがあった。


「こんなのあったっけ?」

「ここは昔の剣闘士のコロシアムよ。普段は競馬とかやってるけど、今度の騎馬戦もここでやるわ」


 とエディ。


「へえ、そうなのか。今もなんかやってるな。何やってるんだろ」

「今は闘技場ね。捕まえた魔物と冒険者が戦うところを賭けの見せ物にするのよ」

「あんまりいい趣味じゃないなあ」

「たしかに」


 フューエルもうなずく。


「お、珍しく意見が合うな」

「常識の範疇です」

「でも、アレって人気あるのよね。やっぱ好きなのよねえ、みんな」


 苦笑するエディ。


「そうかもしれん。まあ子供が見るもんじゃないな」

「そうね、行きましょう」


 闘技場を迂回してすすむと、王立学院に出る。

 中を覗くと、学生たちがなにかやっているようだ。

 学園祭みたいなもんかな。

 学校を取り囲むように広がる並木道にはみっしりと屋台が出ている。

 そこで投げ輪やらなにやらでしこたま遊んだ。

 遊び疲れたところで、カフェで腰を下ろし、休憩する。


「子供の頃はこういう遊びはしたことなかったのよねえ、結構楽しいものね」


 エディが満足げに話すとフューエルも何かを思い出すような仕草をしながら、


「私も屋敷で育っていた時はありませんでしたね。デュースに弟子入りして旅をしていた時は、何度かありますが」

「いいわねえ。私はほんと、引きこもってたから」

「そうなの? 今からじゃ想像できませんけど」

「まあね」


 撫子とピューパーは買い与えた籠いっぱいの焼き菓子を食べている。

 が、よく見ると食べているのは撫子ばかりで、ピューパーはあまり食が進まないようだ。


「どうした、ピューパーちゃん。ママにおみやげなら、ちゃんと買ってやるぞ?」

「ううん、ちがう」

「それじゃあ、お腹痛いのか?」

「うーん、ちょっと……」

「疲れたんじゃないですか? ひどい人混みでしたし」


 とフューエル。


「おばさんが回復魔法かけてあげようか? 効くわよ」


 こちらはエディ。


「うーん、わかんない」

「ほら、じっとしててね」


 そう言ってエディはピューパーの手をとり、呪文を唱える。

 やわらかな光がピューパーを包んで、すぐに消えた。


「どう、効いた?」

「うーん、わかんないけど……効いたかも」

「そっか、じゃあ遅くならないうちにかえろっか」

「うん」


 そう言って席を立った瞬間、どこからか怒声が響いてきた。

 また喧嘩か?

 と思ったが、どうも様子がおかしい。

 血相を変えて人が逃げてくる。

 その後ろから、薄汚れた黄色い肌のデカブツが走ってくる。

 ギアントじゃねえか!

 すっと前に出たエディが目にも留まらぬ早さで腰の剣を抜刀すると、そのままギアントの胴を両断する。

 ずるっと上体がスライドして、そのままギアントはあたりに血を撒き散らしつつ、真っ二つになった。


「魔物!? なぜ」


 驚くフューエルの言葉に答えるようにエディが、


「まさか闘技場から逃げ出したのかしら。ポーン!」


 エディが名を呼ぶと、どこからかポーンが姿を現す。

 ずっとついてきてたのか。


「調べてきて、私はここで市民を誘導するわ」

「かしこまりました」


 すぐにポーンの姿が消える。


「精霊よ、集まりなさい。そしてこの子たちを包みなさい」


 フューエルが言葉を唱えると、たちまち緑の光が集まって撫子とピューパーを包み込む。


「あなたは自分で身を守るぐらいできるでしょう」


 というフューエルに向かって腰を叩いてみせる。


「まかせとけ。丸腰だけどな」

「なぜ剣の一つも持ち歩かないのです」

「そりゃごもっともなんだがなあ」


 いつでも従者が増やせるように、指を切る小さいナイフは持ち歩いてるけどな。

 そうやって話す間にも、パニックは広がっていく。

 どうやら他にも魔物は居るらしい。

 たぶん、さっきの闘技場とやらから逃げ出したのか。


「おちついて、お年寄りや小さい子には手を貸してあげて」


 エディの叫びは人々の悲鳴にかき消される。

 逃げ惑う人の列に、別の小さな魔物が突っ込んできた。

 パニックになった大衆はたちまち四散する。


「ひッ!」


 人に押されてピューパーが突き飛ばされる。

 とっさに駆け寄って抱きかかえるが、ピューパーはうずくまったまま動かない


「おい、大丈夫か? どこか痛い所は」

「お腹……痛い」

「ぶつけたのか?」

「わからない……でも、さっきもちょっと……」


 そう言ってピューパーはうずくまる。


「よし、とにかく避難しよう。じっとしてろよ」


 ピューパーを抱きかかえる。

 その瞬間、手になにかぬるりとしたものがくっついた。

 くすんだ赤茶色い液体だ。


「血!?」

「あ、ちが……」

「え?」


 ピューパーちゃんは顔を真っ赤にしている。

 あ、もしかしてこれ。


「どうしたんです、彼女は無事ですか?」


 フューエルが体を寄せてくる。


「あ、ああ、無事なんだけどちょっと」

「ちょっと?」

「とにかく、ここを離れないと」

「まだ来るわ!」


 雑踏の向こうからエディの声だけが聞こえる。

 今度はノズが一匹、地響きを立てながら迫る。

 強敵のノズはダンジョンでも迫力あるけど、町中で魔物が暴れてると、また違った恐怖感があるな。

 パニックになるのも無理はないが……。


「どうしましょう、魔物より先に、パニックで怪我人が出てしまう」

「もう、うちの連中は何やってるのかしら」

「仕方ない、奥の手を出そう。フューエル、この子たちを頼む」


 そういって、俺は側に放置してあった屋台の屋根に登り、指輪を外す。

 自分でもわかるぐらい、力が溢れてる気がする。

 もしかして抑えてる分、紳士力みたいなもんが溜まってるんじゃなかろうか。

 まあいいや、大きく息を吸って……。


「静まれーっ!」


 怒声を張り上げると、ピタリと声がやんで、一斉に俺の方を見る。


「魔物ごときでうろたえるな! みよ、あの程度の魔物、かの女騎士が見事討ち果たしてくれるぞ!」

「お、おお!」


 その瞬間、悲鳴が歓声にかわる。


「後光じゃ、後光がさしておる!」

「紳士様が来てくださった!」

「騎士もいるぞ!」

「あれはエンディミュウム様だ、騎士団長が来てくれた!」


 冷静さを取り戻した大衆はさっと中央にスペースを開ける。

 場所さえ確保できれば、エディ一人で十分抑えられる相手だ。

 ノズはエディのかけるプレッシャーで逃げることも攻めることもできないまま、あっけなく倒されてしまった。

 いつの間にか俺の背後にポーンが立っていて、そっと耳打ちする。


「北の広場に誘導してください」

「わかった」


 と小声で頷くと、改めて大衆に語りかける。


「さあ、魔物は倒された。だがまだ脅威が去ったわけではない。幼子や老人に手を貸し、落ち着いて、ゆっくりとこの場から避難するのだ。北の広場に向かえ。そこまで行けば安全だ!」


 人々がゆっくりと歩き始めたのを確認すると、俺は足場から降りた。


「ふう、どうにかなったな」

「呆れたものですね、人々があんな簡単に言うことを聞くとは」


 なんとも言えない顔のフューエル。


「あはは、ハニーの演説って始めてみたわ。噂には聞いてたけど大したものね」


 エディも剣を拭いながらやってくる。

 おっと、それよりもピューパーだ。


「ピューパーちゃん、具合はどうだ?」

「……平気」


 そう言う彼女の足元は、血に染まっていた。

 二人のおばさんも、それを見て理解したようだった。


「ここは私が見てるから、ピューパーちゃんをお願い」


 そう話すエディにフューエルが、


「近くに行きつけの店がありますから、そこで下着を工面しましょう」

「サンディーニかしら」

「ええ、そこです」

「私も行けそうなら行くわ。またあとで」


 俺は羽織っていたオーバーを脱ぐと、ピューパーを覆うようにかぶせ、抱きかかえる。

 フューエルの案内で、歩いて数分のところにある小さな店に入る。

 外見は普通の民家だが、なかは豪華なブティックだった。


「まあ、お嬢様。本日はどのような?」


 出迎えた品のいいご婦人に、フューエルが手短に話す。


「この子が下着を汚してしまったものだから、代わりをお願い。どうやら初めてだったみたいで」

「まあまあ、お嬢ちゃん、おめでとう。びっくりしたでしょう。さあ、こっちにはいって頂戴」


 撫子も不安そうなピューパーについて行ってしまった。

 ピューパーはフューエルに任せて、俺は一人で隅のベンチに腰掛ける。

 なるほどねえ、ピューパーちゃんは大人になっちゃったか。

 それで母親のパンテーも必死だったんだな。


 待つこと小一時間。

 ご婦人の支度は時間がかかるもんだ。

 途中店の者がお茶を出してくれたが、あとはぼーっと待つ。

 長い。

 まだかなあ。

 さらに待っていると、エディがやってきた。


「おまたせ、どうだった?」

「お疲れさん。奥に入ったまま出てこないよ」

「そう、よかったわ」


 良くはないだろう、俺はひたすら待ちぼうけだよ。


「そっちこそどうだったんだ?」

「やっぱり闘技場から逃げたみたい。確認できた分は全部倒したから、あとは任せてきたわ。把握してる限りでは死者は出てないけど、主催者は後で大変でしょうねえ」

「そうなのか?」

「まあ、お金で解決するだろうけど。あとでハニーのところにも来るかもね」

「袖の下なんて、貰ったほうが面倒だよな」

「そうねえ、まあ貸しを作ったと思えばいいんじゃない? ただの詫びよ」

「そんなもんかね。それより着替えたのか?」


 エディはさっきとは違う服を着ている。


「うっかり返り血を浴びちゃったから、着替えてきたのよね。ここは王室御用達なのよ、血なまぐさい格好じゃ来られないわ」

「そうなのか」

「ちょっと私も見てこよっと」


 そう言ってエディは奥にづかづか入っていった。

 また一人だ。

 なにか奥から楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 寂しいなあ。


 さらに待つこと数十分。

 やっとフューエルたちが出てきた。

 ピューパーは下着だけでなく、小奇麗な衣装を身につけていた。


「お、ピューパーちゃん、美人になって出てきたな」

「私からのお祝いですよ。ありものだったので少しゆるいですけど、すぐに大きくなるでしょう」


 とフューエル。


「よかったな、ピューパーちゃん。おばさんにお礼言ったか?」

「うん」

「そうかそうか、よしよし」


 そういって頭をなでてやると、ふわっと体が光る。


「あ……」

「ありゃ」

「ほんとうに節操が無い」


 顔をしかめるフューエル。

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 ふんわり光る自分の体を、不思議そうに見つめるピューパーに、優しく尋ねてみた。


「どうする、おじさんのところに来るかい?」


 ピューパーしばらく首をひねって考えたあと、


「……いかない」

「そうか」

「どうしてですか? ご主人様はとても素敵です」


 撫子が驚いた顔で尋ねる。


「うん……だけど、いかない。ママが一人になるから」

「そっか、そうだな。大事なママだもんな」

「うん」

「フューエル、いつかみたいに呪文でひょいって消せないのか」

「やってみます」


 フューエルが呪文を唱えると、彼女の光は収まってしまった。




「あの子の本当の両親は幼いころに亡くなっててな、今の母親は叔母なんだよ。あの子もそれをわかってるから、余計に気になるんじゃないかな」

「そうなのですか……」


 帰りの道中で、それとなく事情を話すと、フューエルはそれ以上何も聞かなかった。

 うちに戻るとピューパーを連れてパンテーに事情を説明したわけだが、


「ママには、内緒にしてて」


 ピューパーが頼むので、体が光ったことは伏せておいた。

 フューエルの話では、一度封じておけば、再度触れたりしなければ大丈夫だろうとのことだ。

 もっとも、初潮を迎え大人になったばかりの体はコアも安定しないので、当面は彼女がマメに様子を見てくれるという。

 昼の事があるので、パンテーも気まずいかと思ったが、パンテーは娘最優先のようで、俺のことはそっちのけで娘に気を使っていたようだ。

 それはそれでちょっと寂しいけど。

 フューエル達に何度も頭を下げるパンテーと別れて、俺は家に戻る。

 エディやフューエルとも、そのまま別れた。

 さすがに疲れたんで、今日はもうお開きだ。




「しかし、どうしたもんだろうな」


 その夜。

 事情を話しながら、アンと相談する。


「ご主人様がいつものように本気を出せば、きっと万事解決ですよ」

「そんな都合よく行くか?」

「都合よく行く方法は、よくご存知でしょうに」


 それだけ言うと、アンは台所に引っ込んでいった。

 まあ、そうなんだよな。

 母娘セットで従者にしてしまえばベストな気がするが、なかなかハードルが高い。

 パンテーは男嫌いをこじらせすぎたのか、自分が従者になるという発想がないようだし、ピューパーちゃんは今の年齢はさておき、将来的にも母親が身を固めるまでは独り者を通しそうだ。

 つまり順序としては母親から攻略すべきだよな。

 大体、彼女のおっぱいをよその男に見せるなんてもったいない真似ができるか!

 うむ、がんばろう。




 翌日。

 朝から牛ママのパンテーがやってきた。

 また修行だろうかと思ったら、ピューパーのお礼に来たらしい。


「昨日は動転していたようで、満足なお礼もできずに」

「いやいや、こちらこそ何かお祝いをしないとと考えていたところなんですよ」

「お心遣いだけで……。それよりも昨日、あの子に服を買ってくださったご婦人なんですけど、あのかたはどちらの方なのでしょう。なんどかルチアさんのお店でお見かけしたと思うのですが」

「ああ、彼女はフューエルと言ってね、家の従者の古い友人で……」

「改めてお礼を申し上げたいのですけど。なにやら頂いた服も、とても高価なもののようで。見ただけではいかほどの価値のものか、とんと検討もつかなくて……」

「そこは気にしなくても大丈夫。今度来た時に、料理でも振る舞えば十分でしょう」

「そうでしょうか……」


 とりあえず丸め込んでおいた。

 王室御用達の店で貴族のご婦人に買ってもらったという事実は、パンテーには刺激が強すぎる気がするもんな。


「あの、ところで……」

「うん?」

「昨日の、続きなんですけど」

「あ、ああ、あれね」

「その、やはり、冷静になって考えると、人様にお願いするようなことでもないと……ほんとにお恥ずかしい話なんですが」

「なに、気にしなくてもいいですよ」

「と、とにかく、あの件に関しては考えなおそうと思いますので、その……」

「わかりました。仕事も含めて、ピューパーちゃんのことは、これからゆっくり考えればいい」

「ええ、ありがとうございます。それでは……」


 そう言ってパンテーは帰っていった。

 つまり、あのおっぱいはしばらくお預けか。

 惜しいことをしたなあ。

 気を取り直して、昨日作った火鉢でまったり温まっているとアンがやってきた。


「ご主人様、ナデシコを見ませんでしたか?」

「朝はピューパーちゃんと遊んでたぞ?」

「そうですか、ならいいんですけど。そろそろご飯なので」

「ああ、じゃあ呼んでこよう」


 裏からでていつも遊んでる広場に行くと、騎士団の天幕が占拠していた。

 そういや、詰め所にしてるって言ったっけ。

 じゃあ、鎮守の森の方かな?

 先にパンテーに聞いてみるか。

 知ってるかもしれない。

 もどって彼女の家の裏まで行くと、裏口が少し開いている。

 さっき戻ったばかりだし、たぶんいるだろうと無警戒に扉を開けたとたん、俺の目に肌色の何かが飛び込んできた。


「はっ…ぁ……はぁ……」


 目の前の肌色は素っ裸で四つん這いになり、こちらにおしりを向けてなにやらあえいでいる。

 四つの豊満な胸にはガラスの器具がつき、チューブが伸びている。

 え、なにこれ。


「はぁ……はぁ……サワクロ……さん」


 え、呼んだ?


「はぁ……はぁあ……えっ!?」


 突然振り返った肌色、もといパンテーは、そこに居るはずのないものを見出したかのような顔で、固まってしまった。

 俺も固まってる。

 しばしの沈黙の後。


「あ、いや、その」

「な、なっ……」

「いや、つまり、これはその……」

「し、しめて、そこしめてください!」

「あ、はい!」


 たぶん、俺は相当慌てていたんだろう。

 外に出て閉めればいいのに、なぜか内側から閉めてしまった。

 薄暗い部屋のなかで、全裸であえぐ女と二人っきり。


「いや、あ、なんで……」

「あ、ちがった、す、すみません、俺が出ないと」


 慌ててドアを開けて出ようとするが、今度は壁にかかった箒やら干し竿をひっくり返してすっ転ぶ。

 つまずいた先には全裸のパンテーがいて、そのまま押し倒す形に。

 ホースがはずれて母乳の飛沫をまき散らす。

 俺達は乳まみれになって、土間に這いつくばった。


「あの、これは、その……」

「さ、サワクロ……さん、わ、わたし……」

「いや、ですから、その……」

「わたし……子持ち…なのに……」

「いや、そこは関係ないというか、じゃなくて」

「で、でも……」


 気がつけば俺の両手は彼女の乳房をわしづかみにしている


「あわわ、ご、ごめん」


 慌てて手を話した瞬間、先端からミルクが溢れて俺達を濡らす。


「あふっ……」

「あわわ」


 どうすんだ?

 これどうすんの!?


「い、今も……あなたのことを……考えて」

「え!?」

「わ、わたし……わたし…、男の人を……知らないから…」

「ええっ!?」


 なんだか話がおかしなことになってきたぞ。

 いや、そのことは知ってるけど。


「でも、あなたのことを……考えると、お、お乳がいっぱい……」

「え?」

「いっぱい出て……だから、今も、あなたのことを……」


 この状況でそんな告白をされても。


「あなたを……はじめて見た時から…でも……、ああ、だめ、私にはピューパーが」

「あの、パンテーさん?」

「い、いまさら……こんな……ああぁ」


 とうとう泣き出してしまった。

 やばい、裸の女性を押し倒して、しかも泣いてる。

 この状況は誰がどう見ても犯罪だよ。

 急いで逃げなきゃ……、いや、この状態の彼女を置いて逃げるわけにも。

 混乱して顔を上げると、人がいた。


「ぎゃあ!」

「なんでおじさんが驚くの、驚くのは私」


 呆れ顔でピューパーちゃんが立っている。


「ご主人様、乳しぼりをてつだってるの?」


 その後ろには撫子が。

 いかん、これはいかん。

 教育上、とてもいかんぞ!


「そうみたい。ナデシコちゃん、おじさんと大事な話があるから、ちょっと待ってて」

「うん」


 そういってピューパーちゃんは俺に向き直る。


「おじさん、ママを幸せにしてくれますか?」

「え、あ、はい」

「本当ですか?」

「男に二言はないです」

「ママは、私のためにずっと我慢してくれたから、私より先に幸せになってもらいたいんです」

「ピューパー、あなた……」

「ママ、今までありがとう。でも、私ももう、大人になったから、平気。天国のパパとママも、きっと感謝してる」

「ピューパー……」


 ああ、そうか。

 それでいいのか。

 ピューパーはよく見てるなあ。

 体を起こしたパンテーは、ミルクを滴らせたままの姿で、改めて俺に向き直る。


「わたし、自分のことなんて、何も考えていませんでした。まるでこの子を一人前にすることだけが、私の人生の目的であるかのように……」


 瘧が落ちたように、パンテーは淡々と話す。


「だけど、この子はいつも私のことを考えてくれて。そうですよね、私がこの子を思うように、この子だって一人前の人として、私を思ってくれる。きっと私以外の人もそう。そんなことも考えつかずに、わたしは……」

「パンテー」

「だから、私は母として、モゥズの女として、この子にモゥズの幸せを教えてあげなければならないんですね」

「うん」

「だから……私を……、私を……」


 パンテーの言葉に力がこもる。

 いつの間にか、彼女の体はほんのりと光を放っている。

 俺を見つめる目には、溢れるような思いと決意が込められていた。


「私を、従者に……してください」

「ああ、よろしく頼むよ」

「ありがとう…しございます」

「おめでとう、ママ!」


 我慢できずに抱きつくピューパー。


「ああ、ピューパー、ありがとう、ありがとうね、ピューパー」


 感動のシーンではあるんだけど、目の前で全裸おっぱいがよっつたぷんたぷん揺れてると、抑えがたいものがあるよな。

 まあ、我慢したけど。

 ひとまず、血を飲んでもらってこの場はまとめよう。


 ナイフを借りて指を切り、血を与える。

 続けて指を切ったもんだから、この間の跡がまだ残ってたよ。

 俺の指から溢れる血をなめ、パンテーは従者になった。


「ところでピューパーちゃん、君はどうする?」

「ママが身を固めたので、私も自由です」


 そういったピューパーの体は、再び光っている。


「あなた、いつの間に……」

「昨日……あのあとおじさんに触れたら光ったの。だから、私も従者になる。ママと一緒に。ずっと一緒……」

「ああ、ピューパー、ピューパー」


 泣きながら抱きあう母娘の姿はとても感動出来だった。

 でも、揺れてるんだよなあ、乳が。

 気を取り直してピューパーとも契約する。


「よかった、やっとピューパーちゃんと家族になれました」


 と喜ぶ撫子。

 うんうん、よかったねえ。

 ひとまずみんなに報告しようと二人を連れ帰る。

 裏口をくぐると、アンがしかめつらで待っていた。


「どこまで探しに行ってたんですか、お昼だといったでしょう。ナデシコは見つかったんですか?」

「ああ、うん」

「でしたら早くテーブルに」

「それなんだけど、あと二人分できるかな?」

「二人?」


 続いて入った牛娘の母子を見て、アンはどうにか怒りをといたようだ。


「ああ、そうでしたか。さあ、二人共中に。お待ちしてましたよ」


 新たな家族を迎えて、楽しくランチをとり、さて本格的に契約だな。

 ピューパーはいくらなんでももうちょっと待つとして、あの四つの塊をついに堪能する時が……。

 と思ったら、俺のハートに水を差すような来客が。

 フューエルだ。


「あの子のことが気にかかりまして。術のかかり具合だけでも見ておこうと思ったのですが」

「ああ、そのことなんだけどな、もう大丈夫っぽいぞ」

「大丈夫とは?」

「つまりなんだ、その、さっき母娘共々契約しちゃったんだよ、あはは」

「あはは……じゃありません。なんですかそれはっ!」

「なんですかと言われてもほら、よくある話だろう」

「ありませんよ! まったく!」


 フューエルの叫び声に気づいたパンテーがやってきた。


「まあ、昨日のお方。昨日は満足にお礼も言えず、立派な服まで頂いたというのに」

「そのことでしたらお気になさらずに。それよりもおめでとう、主人を得るということはあなた方にとって人生でもっとも晴れの日でしょう。心からお祝い致します」


 そう言ってフューエルはパンテーの手を取る。

 うちの従者には優しいよな。

 まるであてこすってるみたいに。


「あ、ありがとうございます」

「お嬢さん共々、改めてお祝いいたします。そうだわ、家の領地に南方から来た良い職人がいます。モゥズは乳を絞るのにガラスの器具で搾るのでしょう? 一揃え贈らせていただきますわ」

「え、あの……領地というのは……」

「ああ、申し遅れました。私、エサの領主リンツの娘フューエルと申します。紳士様には親子ともどもたいそうお世話になっております。今後共、よろしくおねがいしますね」

「り、領主様!? え? し、紳士?」


 あー、混乱しちゃった。


「もしかして、何も話してないのですか?」

「いやあ、これから話そうと思ってたんだけどな」


 といって、指輪を外す。


「じつはな、パンテー。俺、紳士なんだ。まあ中身は知ってのとおりなので、よろしく頼むよ」

「し、し、ひぎぃ」


 うわ、ショックで惹き付けを起こしたぞ。


「だれか、レーンかハーエル呼んでこい! いそいで!」




 心労が溜まっていたのか、パンテーが落ち着いたのは日が暮れてからだった。


「先行き不安」


 ピューパーは呆れた顔で母を見守っていたが、たしかに俺も不安だよ。

 とにかく、今日はそっとしとこう。

 パンテー母娘が寝付いたのを確認してから、俺は暖炉の前で寂しく酒を飲む。


「お疲れ様でした」


 というアンの顔は笑っていた。

 笑いたければ笑うがいいさ。


「誰か、他のものにご奉仕させましょうか?」

「いやあ、今日はそんな気分じゃないなあ」

「では、彼女ならいいのでしょう」


 そう言ってアンが目線で指し示した先には、パンテーが立っていた。


「あの……ピューパーが寝つきましたので、その……」


 乙女のように恥じらう彼女を、優しく手招きすると、そっと腕に抱き寄せた。


「よ、よろしくお願いします」


 そうつぶやく彼女の唇に、そっと自分を重ねる。

 やはり、夜はこうじゃなきゃね。

 どうやら今夜は、寝不足になりそうだ。

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