第147話 パンテーとピューパー 前編
祭りも後半に差し掛かった。
祭りの期間はまだ半分近くあるが、神事は先日の降臨の儀で終わりで、あとはひたすら騒ぐだけのようだ。
イベントとしては騎士団対抗紅白戦があるので、これがまたかなり盛り上がるらしいんだけど。
あれこれあったおかげで、表のカフェは常に客が入っているような塩梅で、うちの商店街的には祭りは成功だったといえる。
「すっごいわよ、売上。おたくのイミアちゃんが経理やってくれてるけど、札束がこーんなに。私あんな大金、見たことないわ」
昨夜も店を閉めたあとでルチアが興奮して叫んでいた。
ちなみに表の露店の主体はうちだ。
うちがテーブルだのなんだのを全部用意して、ルチアやパン屋のハブオブに出店を依頼する形になっている。
各店の売上から何割かを収めてもらうそうだ。
メイフルに丸投げなので、よくわかってないが、その具体的な経理をイミアがやってるらしい。
イミアは実家でも経理の手伝いをしていたそうで、数字に強い。
幼少から王立学院にも通って商学もひと通り修めたとか。
例のローマ数字風の一進法的な表記ではなく、アラビア数字のような位取り記数法も使いこなす。
経理をやるものには、それほど珍しいものではないらしい。
メイフルによると、新興の陸の商人には得意なものが多いとか、東方から渡ってきた行商人はよく使うとかいう話だ。
「最近陸の商人が強いんは、そのへんもあるんですけどな。うちの師匠なんかは数字より人情や言うてましたけど、バンドンを出て小さい店開いてたんも、そういうとこが一因やったみたいですわな」
「そうなのか」
「うちなんかは現場叩き上げの商人ですけど、イミアはんは商人の英才教育を受けたエリート候補、ちゅう感じですな」
「それで一緒にうまくやれるのか?」
「ま、普通ならはりおうたり、意見違えたりするもんでっしゃろが、そこをどうにかするんが、相性ちゅうもんでっしゃろ」
「なるほど」
「そんなわけで、うちが全部やるにはいささか弱いところでしたんでな、ええ相棒になってもらえますわ」
と言っていた。
そのイミアは積み上がった札束をすごい勢いで数えていく。
「すごいな、そんなに儲かってるのか」
「ええ、いい感じだと思います。ただ、元の経費が結構かかってるので利益率で考えるともうちょっと改善の余地はありますね。もっとも祭りの効果を最大限に活かすにはしかたない部分もあるので」
「なるほど。しかし、こんな大金があると、ちょっと不安になるな」
「これぐらいなら、どこの商家でも普通に扱っていますよ? そもそも、うちの資産も見せていただきましたけど、これよりはるかに桁が違うじゃないですか。運用に関しては私も思うところがあるので、祭りが終わったらメイフルさんとあらためて相談してみようと思っています」
となんだか頼もしい。
チェス好きのちょっとマニアなお嬢さんだと思ってたのに、完全に商売人の顔つきだ。
そういえば同系統のお嬢様であるアフリエールも深窓のお嬢さんかと思ったらカントリーファーマーだったりしてギャップがあったもんな。
とにかく、任せておけば安心っぽいな。
一方のサウは、商売のことは何もわからないらしい。
「ムリムリ、私、数字見てたらめまいがするもの。それよりも、新しいスケッチを用意したの。将棋のイメージってまだよくわからないんだけど、あの五角形の駒に墨塗りの文字って凄くインパクトあるでしょう。だからそれを活かしてこんな風に……」
とマイペースに絵を書きまくってくれている。
彼女の画材をすべて持ち込むと、家馬車の中では少し手狭だったので、二階のロフトの一角を彼女のアトリエとして改装中だ。
そこにラフや資料を目一杯広げて、楽しそうに一心不乱に書き続けている。
これが彼女の仕事なので、そこをしっかりやってくれれば言うことはない。
ハーエルは先の大役を終えてすっかり疲れていたので、少し休暇をやった。
それで何をしているかといえば、祭りに出ている本の露店を回っているらしい。
ずっと引きこもっていたので、本を買うという発想もなかったと言っていた。
極端なんだよなあ。
今日も何人かで連れ立って出かけているはずだ。
本といえば商店街の本屋さんであり、異世界人でもあるらしいネトックは開店休業といった感じだ。
一応店は開けてるが、ほとんど表に出てこない。
ルチアの話では、店を開けてる時はこんなものだというが、たぶん判子ちゃんにビビってるんだろうなあ。
今いる判子ちゃんと、あの時の判子ちゃんは別人だとは多分気がついていないだろう。
教えようにも俺の顔を見るとすぐに逃げてしまうので、あれから一度も話をしていない。
くそう、異世界の秘密を教えてくれよ。
まさか、そこまで見越して本体の方はあのタイミングで出てきたんじゃあるまいな?
まあいいけど。
エットはエレンに盗賊のスキルを習うといって、この所べったりだ。
盗賊と言っても盗み方ではなく、冒険者としての盗賊、あるいはレンジャー的な技術を学んでいる。
要するに斥候に出たり罠を見破ったりする技だ。
うちに二人いる盗賊のうち、メイフルは商人として店に詰めているので、きたるべき試練はともかく、最近のちょっとした探索には参加していない。
かと言って、この人数のパーティに専業盗賊が一人ではちょっと弱い。
紅やコルスも斥候や罠探査などの技術はあるが、専業ではない。
そこのポジションを埋められればいいかもしれないなあ。
もっともエレンいわく、
「三年かけてやっと駆け出し。人並みの仕事をするには十年は見とかないとねえ」
とのことだ。
まあ、エットがやりたいと言っているので、好きにさせてやろう。
うちは主体性を重んじるんだよ。
今一人の新人大工シャミはというと、これまたマイペースにものを作り続けている。
俺が異世界から来たと知って、日本に行くことは当面諦めたようだが、代わりに暇さえあれば発明のヒントを聞き出そうと、俺に話を聞きたがる。
生憎と俺の本業だったコンピュータ関係は教えようがないので、日用品から思いついたものを話して聞かせている。
昨日は皮むきのピーラーを教えたらすぐに作り上げてしまい、それを見つけたフルンが喜んで芋の皮を一箱全部むいてアンから大目玉を食らったところだ。
何故か俺まで。
そんなわけで、今日は流石にシャミもおとなしくしているようだ。
午前中はカプルと二人で道具の手入れをしていたが、さっき二人で出かけてしまった。
工具の市を冷やかしがてら、お昼は外で食べてくるという。
そんなわけで、新人組はそれぞれにやることがあって、俺は暇を持て余しているのだった。
「ご主人様、パンテーさんがいらしてますが」
アンが呼びに来たのは、そんな時だった。
交代でルチアの店の裏方に入っている牛娘で未婚というか未経験の母パンテーは、今日の午後は休みだったはずだ。
ひとまずお茶を出してもてなしたものの、パンテーはモジモジと俯いたまま、なかなか要件を話さない。
アンにでも代わってもらおうかと思ったが、どうやら俺に用があるらしい。
だが、その用事をなかなか切り出さない。
まあ、男が苦手だというし、そもそも人付き合い自体も苦手なようだ。
急かしても仕方あるまい。
俺も暇人だしな。
「あの、不躾なお願いだとは思うのですが」
そうしてどうにか口を開いたパンテーのお願いは、これがまたとんでもないものだった。
「ははは、ご近所のよしみです。なんでも言ってください。出来る限りご相談にのりますよ」
「ありがとうございます。その……」
意を決して顔を上げ、パンテーは話し始める。
「ピューパーも大きくなって……そろそろお相手を見つけるか、競りに出るかする年頃なんですが」
「ほう、もうそんな年頃で」
と頷いたものの、いくらなんでも早すぎないか?
まだ見た目的に幼女だよな。
あれでそろそろOKなのか?
でも、家の牛娘であるリプルも、もうちょっと育ってたよな。
いや、あいつは育ちが悪いからと競りに出てなかったんだっけ?
「私どものいた牧場はすでにありませんし、どこかで出してもらうにしてもまとまったお金が……、衣装も持たせてやりたいですし、なにかと入用で、もう少し商売の手を広げたいと」
「ああ、なるほど」
金の話か。
たしかにルチアの店も大繁盛で、彼女にも相当な給金が出ているはずだが、それは一時的なものだ。
小売をしていない彼女は、商店街が繁盛してもすぐに売り上げにつながるわけではない。
「商売の話しなら、うちのメイフルも呼んできましょう」
「いえ、今日はそれ以前の……その、私自身を、その変えたいというか」
「あなたを?」
「はあ、その、ですから、つまり……」
「つまり?」
「む、胸を、見ていただきたくて……」
「へ?」
突然なんて嬉しい事をいいだすんだこの痴女は。
いやいやまて、いきなり痴女呼ばわりはいかんな。
俺の誤解かもしれないし。
「あの、もう一度お願いします」
「で、ですから、私の……おっぱいを……見てほしいと」
「いや、確かに見るのは好きですが」
「え?」
「あ、いや、そうじゃなくて、なにゆえ」
「もちろん、見られることに……慣れようと」
慣れてどうするんだ!
やはり痴女か?
痴女なのか!?
「パンテーさんは表でミルクの搾り売りをしたいから、胸を晒すのに慣れたい、とおっしゃってるのでは?」
アンが少し呆れた顔でフォローを入れる。
あ、そうか。
なるほど、言われてみればそうとしか考えられん。
物分かりはいいほうだと思っていたが、どうもあまりの衝撃で頭が回らなくなっていたようだ。
「そ、そうなんです。つまり、その為に、サワクロさんにおっぱいを……」
「な、なるほど。話はわかりました」
「本当に不躾なお願いだとは思うのですが……」
不躾とかいう次元を通り越してると思うが、客観的に見て彼女の主張に何らおかしなところはないし、何よりおっぱいは大好きだ。
「しかし、なんでまた俺に」
「その……あなたしかいないんです。こんなことをお願いできる男性は……ほかに」
そうまで言われれば仕方あるまい。
仕方あろうがなかろうが、おっぱいは大好きだ。
「わかりました、不肖サワクロ、謹んでその務めを果たさせていただきます」
「よ、よろしくお願いします」
というわけで、俺はご婦人の依頼でおっぱいを見るという、わけのわからない試練に挑むことになった。
こいつはどんな女神の試練よりハードだぜ。
パンテーはブラウスのボタンに手をかける。
ゆったりとしたシルエットの布地ごしにも、四つの豊満な乳房を覆い隠されているのがよくわかる。
ジロジロ見られていてはさぞ恥ずかしいだろうが、こっちも無駄に緊張してドキドキしてきた。
こっちに来てから女体は見慣れたつもりだったが、ちっともそんなことはなかったようだ。
ふと、はじめてみたAVのことを思い出す。
先輩から借りたそれはVHSの三倍速でダビングしたノイズだらけのひどいものだったが、モニターの向こうの女体の神秘に胸を躍らせたものだ。
いまじゃインターネットで見放題になってしまったが、本来おっぱいとはかように尊く、秘められた存在であって……。
いやいや、思考がそれてしまった。
今は目の前のおっぱいに集中せねば。
パンテーはボタンを一つ、また一つ外していく。
ゴクリ。
あ、やばい、生唾飲んじゃった。
音が聞こえたかな?
「あ……あの……」
「は、はひ」
う、声が上ずってる。
「サ、サワクロさん……」
「な、なんでしょう?」
「お顔が、その、近くて……」
うわ、思わず前のめりになってた。
慌てて体を引っ込める。
「す、すいません、さあどうぞ、続けて」
「は、はい」
パンテーは更にボタンを外す。
ゆっくりとブラウスの前を開くと、薄手の肌着があらわになる。
四つの大きな隆起は、薄布越しにしっかりとそのシルエットを描き出していた。
よく見ると、先っちょが湿っている。
これはつまり、あれか。
あれなのか。
肌着の裾に手をかけ、持ち上げる。
おへそのあたりがチラリと見えた。
彼女の顔と同様、真っ白いもち肌だ。
細い手が動く度に、さらに露出面が増える。
あとちょっと、もうちょっとでこの豊満な乳房が俺の目の前に!
まだか、まだなのか!
ええい、どこまでじらすんだ!
我慢できずに目線をずらすと、彼女の指先が目に入る。
肌着の裾を掴む手は、小刻みに震えていた。
その顔を見上げると、唇を噛みきらんばかりに口を固く結び、顔は青ざめ、目尻には大粒の涙が浮かんでいる。
ああ、こりゃいかん。
どうも俺は相当のぼせ上がってたみたいだ。
俺は彼女が脱ぎ捨てたブラウスを拾い上げてこういった。
「パンテーさん、今日はここまでにしよう」
「え!?」
驚いて彼女は掴んでいた肌着の裾から手を離す。
「慌てることはない、苦手を克服するなんてことは、すぐに出来るもんじゃない。ゆっくりと時間をかければいい」
「で、でも……」
「さあ、服を着て、顔も拭いて。ピューパーちゃんに、母親のそんな顔を見せちゃだめだ」
「サワクロさん……う、ううぅ」
緊張の糸が切れたのか、パンテーはその場で顔を抑えて嗚咽を漏らす。
彼女が落ち着くまでしばらく時間がかかったが、どうにか泣き止むと、いつもの控えめで穏やかな彼女に戻ったようだ。
「今日はその、本当に申し訳ありませんでした。自分からお願いしておきながら……」
「なに、気にすることはない。困ったときはお互い様だ。それに商売のやりようだっていくらでもある。慌てることはないさ」
「ありがとうございます」
パンテーはそう言って帰っていった。
「お疲れ様でした」
アンが熱い茶をいれてくれた。
「ふう、下手な戦闘より疲れたよ」
「横で見ていて、どうなることかと思いましたが」
「しかし大変だな。これからどうしよう」
「引き受けた以上は、やり遂げていただかねば」
「そりゃそうなんだけどな。そもそも、牛娘はなんでおっぱい晒してミルク売ってるんだ?」
「それはもちろん、搾りたてであることを証明するためです」
「そんなもんかね?」
「他にはやはり、見世物としての要素もなくはないでしょうね。昔からそうなので、正確にはわかりかねますが」
「あ、やっぱそうなんだ。前にミルクバー的なところに行った時は、女子供も客に入ってたから、あれで普通なのかと思ってたよ」
「大半の人は違うでしょうが、ご主人様のように好きな人もいるという程度ですよ」
「なるほど」
アンはお茶のおかわりを注ぎながら続ける。
「とはいえ、やはり彼女の行動はあまり褒められたものでは無いと思うのですが」
「やっぱりそう思う?」
「まあ……」
「彼女は男とほとんど口を利いたことがないって言ってただろ、つまり世間の半分と無条件に交渉を断ってたわけだ」
「そうなりますね。まあ女のほうがだいぶ多いですけど」
「あれ、そうなのか?」
「そうですよ、ご主人様の世界は同数なのですか?」
「ああ、ほぼ同じぐらいのはずだ」
「こちらでは人間、いわゆるアジアル人が男女ほぼ同数なので、人間しか居ないというご主人様の世界ではそうなのかもしれませんね」
「ってことは古代種が違うのか」
「はい。絶対数の少ないホロアを別にしても、人間に比較的近いプリモァで男女比が一:二、魔族は知りませんが、古代種でも特に獣族などは女のほうが五倍から十倍は多いそうです」
「なるほど、まあそうじゃないと、この世界じゃ男が余るわな」
「はい」
「話がそれちまったが、とにかく彼女にとっては男と口を利くだけでも大変だろうさ。常識ってのは世間づきあいの慣れの中で作るもんだからな、多少ピントがずれててもしかたないだろう」
「はあ」
「そんな彼女が細腕一本でピューパーちゃんをここまで育て上げるのは並大抵の苦労じゃなかったろうなあ」
「わかりました。どうやら私の言い過ぎだったようです、申し訳ありません。ここはぜひともご近所のよしみとして、彼女を応援しましょう」
「うん」
とはいえ、この先同じことを続けて、俺の理性はもつのかどうか。
まあ、俺はもつと思うんだけど、たぶんパンテーは無理だろうな。
悩んでても急に答えは出てこないので、一つやりかけの作業をする。
先日、市場で炭を見つけたので火鉢を作ることにしたのだが、器は陶器の良い物が見つからなかったので、カプルに木製のものを作ってもらった。
先の工事で余った古材を使って、アンティーク風に仕上げたものだ。
木目を活かしたシンプルな造形に、シャミが作った金属板の内枠と飾り金具をあしらえてあり、中々趣がある。
今日、二人が出かける前に完成品を置いていったので、こいつを使ってみようというわけだ。
中に入れる灰を作るために、仕入れてきた藁を燃やす。
裏庭でメラメラと燃やしていると思った以上に煙が出てびっくりする。
しかし、藁にパッと火がついて燃え上がるところなんかは、見ていて楽しい。
そこに近くで遊んでいた撫子とピューパーがやってきた。
「ご主人様、なにしてるんですか?」
と撫子。
「藁を燃やしてな、灰を作ってるんだ」
「灰? 何かに使うのですか?」
「灰汁抜きするの? ママがやってたの見た」
とピューパー。
「灰汁抜きってなに?」
撫子が尋ねると、
「えぐい野菜とかを、えぐくなくするの。山菜とか。でも、あんまり美味しくない」
「美味しくなくしてるの?」
「すごく美味しくないのをちょっと美味しくないのにしてる」
「美味しいものをもっと美味しくしたほうがいいです」
「そう思う」
「人参はそのままでも美味しいのに、塩漬けにしてフニャフニャにするのは変です」
「大根もそのままのほうがお美味しいけど、すりおろして苦くして食べるの、おかしいと思う」
「私も思うです」
ふたりとも牛と馬だから野菜は好きそうな気がするが、好き嫌いはあるんだな。
まあ、子供のうちは苦味の感度が強いって言うし。
「じゃあ、ご主人様、これで野菜を美味しくなくするんですか?」
二人で結論を出したらしい撫子が聞いてくる。
「残念ながら、こいつは灰汁抜きに使うんじゃないよ」
「じゃあなんですか?」
「火鉢を作るんだ。小さな暖炉みたいなものさ」
「暖炉に灰を使うの? うちの暖炉は私が灰掃除してるけど、あれ大変」
とピューパー。
「暖炉とは仕組みが違うからな。まあ見てな。もうすぐ出来るぞ」
「はい。ピューパーちゃんもみてる?」
「うん」
それじゃあ、と撫子は、俺の膝の上に座る。
つられてピューパーちゃんももう一方の膝に座る。
幼女二人分はさすがに重い。
俺は二人を抱きかかえるだけで手がふさがってしまったので、残りの藁は幼女二人がどんどん燃やす。
「全部きれいな灰になるまで、しっかり燃やしてくれよ」
「うん、やってる」
ピューパーがそういいながら、どんどん藁をくべていく。
景気良く行き過ぎたのか、すごい炎が立ち昇る。
大丈夫かこれ、と思ってる間に、すぐに燃え尽きてしまう。
「藁はすぐ火がつくけど、すぐ消えます」
撫子が言うとピューパーが「うん」とうなずく。
「長く燃えれば暖炉に火をつけるの、もっと簡単になるのに」
という撫子にピューパーが、
「竈の焚付には使う」
「たきつけ?」
「最初にこれに火をつけて、その火で薪に火を移す。燃えやすいのから燃えにくいのに順番に燃やすの」
「あ、まえにエレンが小さい木くずに火をつけてるのみたよ、あれがたきつけ? そうですか、ご主人様」
「おう、そうだな、紙とかも使うな」
「そっか、たきつけを使うとすぐ火がつくんだ」
「危ないから火をつかう時は大人と一緒にしろよ」
「はい」
やがて藁はすべて燃え尽きる。
あとには立派な灰が残った。
これ、冷ましたほうがいいのかなあ?
でも二人が出来上がりを待ってるし、まあいいか。
「よし、こいつを火鉢に移そう」
と出来たばかりの灰を火鉢にどばっと移す。
最後に火をおこした炭を三つほど、中央に並べると完成だ。
「これが火鉢?」
「黒い木が燃えてます」
「燃えてるのに火が出てない」
「でもすごく暖かいです」
「へんなの」
二人は初めて見る火鉢を前に、口々に感想を述べるが、あまり評判は宜しくないな。
よし、お菓子で釣ろう。
ゼリーの延長で作ってあったマシュマロを串に刺して持ってくる。
炭火の高温で炙るとすぐに蕩けるマシュマロを、ビスケットで挟んで食べる。
「おいしい」
「でも、なんだか煙の匂いする」
「するかも」
うーん、全体的に不評だ。
火鉢いいのに。
「なんでこれつくったの?」
とピューパーちゃん。
「うーん、おじさんが子供の頃に使ってたんだよ。おじさんの故郷には暖炉がなかったからなあ」
「暖炉のほうが温かいのに」
「でも、煙突もいるし、掃除もしなきゃならないし大変だろ。これは煙も出ないからなあ」
「そうだね、いいと思うよ。おじさん、あんまり落ち込んじゃダメだよ」
「はい」
ピューパーちゃんに慰められてしまった。
「ずっとちりちり燃えてる」
「あったかい」
「ヒバチ、いいかも」
火鉢の前で寝そべりながら、二人はゴロゴロしている。
そのとなりで俺もぼーっと炭火を眺めていると、不意に視線を感じる。
ピューパーちゃんが、俺の顔をじっと見ているようだ。
「おじさん、けっこう男前だよね?」
「そうかい、ありがとう」
「ママがおじさんの従者になればいいのに」
「はは、君のお母さんに似合うかな?」
「うーん、わかんない」
「ふぬ」
「でも、結婚するか、従者になるかすればいいのに」
「どうして?」
「……うん」
ピューパーちゃんは顔をしかめて大人びた仕草を見せる。
「この間、ママと喧嘩しちゃった」
「そっか」
「ママがね、もうすぐ大人になるから、お披露目をして、主人を探しなさいって」
「ふーん」
「私が嫌だって言ったら、ちゃんとしなきゃダメだって言うから、ママだってしてないじゃないって言ったら、悲しそうな顔してた」
「ふぬ」
「ママがあんな事言わなきゃ、喧嘩しないですんだのに……」
「お嫁に行くのも従者になるのも嫌かい?」
「それはわかんないけど、ママが一人になるのは嫌」
「そうだなあ」
「ママは一人のほうがいいのかな?」
「そんなことはないと思うぞ」
「ママが先に従者になれば、私が出て行ってもママは一人じゃないのに」
「そうだな」
「ママ、さみしがりやなのに、そんな簡単な事もわからないから怒ったの」
「そりゃ、怒るよな。大事なお母さんのことだ」
「うん。だからおじさんならいいのに」
「そうかい?」
「だって、おじさんだけだもん、ママが普通に話してる男の人。この間、果物屋のおじさんに突然声をかけられてひきつけ起こしてた」
「あのおじさんもいい人なんだけどなあ」
「うん、見かけは悪いけどいい人」
「見かけは悪いか」
「うーん、悪いってほどじゃないかも。ふつう。でも目がいやらしい」
「そうかな」
「うーん、わかんない」
「そっか」
「でも、ママはおじさんのこと好きなんだと思う」
「そうだったら、おじさんも嬉しいなあ」
「うーん、やっぱりわかんない」
「そっか」
「でも、おじさんは、ちゃんと子供の話も聞くんだね。他の大人は聞かないのに」
「大人は忙しいんだよ。だから大人の話も聞かないのさ。おじさんは見ての通り暇人だからね」
「もっとみんな暇人になればいいのに。ママも忙しくて全然お話してくれない」
「寂しいよなあ」
「うん。あ……」
「どうした?」
「しー」
ピューパーちゃんは口元で指を立てる。
見ると、撫子はいつの間にかうたた寝している。
昼寝の時間だったか。
ピューパーも眠くなったのか、そのまままどろみ始める。
俺は毛布を持ってきて、二人にそっとかけてやる。
二人を起こさないように、じっとその場で火鉢の番をすることにした。
火鉢の前で、うとうととまどろんでいると静かにアンが呼びに来る。
エディが遊びに来たらしい。
相当暇みたいだな。
子守をアンに代わってもらい、眠っている二人を起こさないように外に出て、表で一杯やることにした。
祭りは今日も派手にやっている。
先日のライブと大会のおかげかオープンテラスは盛況で、満席とは行かないものの常時客がたくさん入っている。
学生から非番の騎士まで、客層の幅も広い。
パンテーが商売の手を広げたいというのもわかるな。
「また何か女性問題をこじらせたって顔してるわよ、ハニー」
「俺が心を煩わせる相手はいつも君だけさ、ダーリン」
「あら、うれしい。じゃあ、彼女のことは?」
そう言ってエディが指さした通りの向こうから歩いてきたのは、近郊の領主の娘にしてデュースの弟子、フューエルだった。
フューエルは初めエディに気づいてにっこり微笑んだあと、隣にいる俺を見て顔をしかめた。
それでもまっすぐこちらに来てエディに挨拶する。
「ごきげんよう、エディ。今日はオフなんですの?」
「ええ、おかげさまで」
「ご活躍は耳に届いていますよ」
「ありがとう、あなたも座ったら?」
「ごめんなさい、今日はデュースに用事が」
「残念、デュースなら朝からウクレたちを連れて出かけたよ」
俺が言うと、また顔をしかめる。
「らしいわよ」
エディが再度椅子をすすめると、諦めてフューエルは腰を下ろした。
注文を取りに来た判子ちゃんにお茶とドーナツを頼む。
それにしてもこの組み合わせは難易度高いなあ。
「ほんとこのドーナツっていうの、美味しいわね。きっと流行るわよ」
そう言って三つ目を頬張るエディをみて、フューエルもドーナツに手を伸ばす。
「ええ、本当に。先日もここに来た時にハバラードの料理人が来ていたのをみました、きっと視察に来ていたのでは」
「まあいいさ、盗まれたら本家とか元祖とか言い張れば余計宣伝になるだろう。それにドーナツにも種類は色いろあるんだ。中にクリームを挟んだり、チョコレートをかけたりな」
「美味しそうなこと。まあ、アイデアに罪はありませんから、できたら美味しくいただきますけど」
「ははは、フューエルは厳しいなあ」
「どういたしまして。それにしても、これは油で揚げているのでしょう? もっとしつこくなりそうなものですが」
「油の温度が大事なんだよ。低すぎると油を吸いすぎてべたつくし、高過ぎるとこげちまう」
「そういうところには、気配りが行き届くんですね」
「ははは、フューエルは厳しいなあ」
「二人共、あまり仲のいいところを見せつけないでよ」
とエディ。
「ご心配なく、気のせいですから。ところでエディ、今度の紅白戦は私も見に行けそうです」
「うれしいわ。ハニーはこのところ白象のメリエシウム様にご執心で応援してくれそうにないから」
「かわいそうなエディ。私はあなたの友情を裏切りませんよ」
「うれしいわ、フューエル。やっぱり最後に頼れるのは女の友情ね」
この二人の組み合わせは駄目だ。
俺をフォローしてくれる誰かが来てくれないと、二人が容赦なく発する高熱で、俺はこんがり揚がりすぎて真っ黒になっちまう。
そこに撫子とピューパーが手をつないでやってきた。
昼寝は終わったらしい。
「おう、ピューパーちゃんに撫子。もう起きたのか。おでかけか?」
「裏の公園で遊ぼうと思ったら、騎士がいっぱいでダメだったから帰ってきたんです」
と撫子がいうとエディが撫子の頭を撫でながら、
「あら、ごめんなさいね。そこの公園は祭りの間だけ詰め所になってるの」
「はい、大丈夫です」
「でも遊ぶところがないから……」
とピューパー。
「よし、じゃあ俺が祭り見学にでも連れてってやろう」
「あらいいわね。私達も連れてってよ。ねえフューエル」
「私は別に……」
「じゃあきまりね、行きましょ」
というわけで、五人で祭り見学に行くことになった。
端からフューエル、撫子、俺、ピューパー、エディと手をつないでぞろぞろ歩く。
すごい緊張感だ。
「エディおばさんは騎士見習いなんだよね?」
ピューパーから見ればエディはおばさんだよな。
「ん、そうね。ピューパーちゃんは騎士に興味あるの?」
「かっこいいから」
「じゃあ、うちに入る?」
「うーん、でもモゥズだし……ママのお手伝いもしたいし……」
「そっかー、うちは古代種でも入団できるから、その気になったら声をかけてね」
「うん。でも、いつも遊びに来てるけど、騎士って暇なの?」
「え、そ、そんなことないわよ!? ほら、私は見習いだから、あはは」
「そっかー」
ピューパーちゃんの矛先は今度はフューエルに向かう。
「フューエルおばさんは、なんのお仕事してるの?」
「え、わたしは……」
「フューエルさんは、領主様だって」
と撫子。
「領主? お代官様?」
「え、私はその……父がそうであって、私はただのお手伝いで」
「ふーん、じゃあ貴族様?」
「えーと、まあ、一応、そうなるのかしら」
「でもおじさんの恋人なんでしょ?」
「ちがいます」
苦笑していたフューエルが急に真顔になる。
「違うの? いっつも遊びに来てるのに」
「私はデュースに会いに来てるだけですっ!」
「ぁ……その、ごめん……なさい」
声を荒らげたフューエルに驚くピューパー。
「ご、ごめんなさい、えっと、怒るつもりじゃなくて……」
動揺するフューエル。
ちょっとフォローしとくか。
「ははは、こっちのおばさんは怖いから気をつけろよ」
「誰がおばさんですか!」
「ほらな、怖いだろう」
「そうやって人を悪者に……」
「おじさん、いつも怒られてるの?」
気を取り直したピューパーが尋ねる。
「ああ、そうなんだ」
「おばさん、おじさんいい人だから、あまり怒らないであげて」
「そうね、本当にごめんなさい、気をつけるわ」
ピューパーちゃんの協力で、フューエルに一矢報いたぞ。
あとが怖いのでこれぐらいにしておこう。
それよりも、どこに行こうかな。
ひとまず、目的地を決めないとな。
「さて、どこ行こうか。やっぱ神殿かな」
神殿の表参道は両サイドに屋台が並び、中央には人がみっしり詰まっている。
人混みにもまれながら、幼女二人が苦しそうにしている。
それを見たエディが、
「ピューパーちゃん、おばさんが肩車してあげる」
「いいの?」
「いいわよ、ほら」
「おっしゃ、じゃあ撫子は俺が肩車してやろう」
俺が言うと、撫子はブンブン首を振る。
「ダメです」
「えーなんでだよ、肩車させてくれよ」
「またぎっくり腰になるから」
「うぐ、だいじょうぶだ、あれから鍛えたから!」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「じゃあ、お願いします」
どうにか女神像の前までやってきたが、とにかくすごい人混みだ。
正面の説教台では、貫主のヘンボスが説教をしているところだった。
先日はひっくり返っていたが、見たところ体調には問題なさそうだな。
「……かくして女神ネアルはショウロの地に立ちおっしゃいました。この地に乳を垂らし、種をまこう。神子のおわすこの赤い大地を永遠に緑で覆い尽くそう……と」
ヘンボスのありがたそうな話は長そうだ。
「……以来、この大地は三度、戦の血と神の乳にまみれ、その都度復興してまいりました。はじめは女神の降臨による大地の平定、二度目は魔族の反乱。そして最後は黒竜の復活。戦のたびごとに我らアジアルの民とペレラの民、先の戦では魔族とさえも手を携え立ち上がったのです。そんな我らを繋いだのは神の使わせしホロアであり、血の契約でもあったのです……」
ありがたいっぽい話は延々と続くが、人が多すぎてそれどころじゃない
「出るか、これ以上いるとのぼせそうだ」
「そうね、小さい子もいるし」
人の流れは奥の院へと続いていたが、俺達は脇にそれて図書館の方へと抜けだした。
「神殿のこっちに来たのはじめて」
とピューパー。
「こっちはお坊さんたちが修行する場所なんだ」
「はいっていいの?」
「うるさくしなければ大丈夫さ」
木陰で休んでいると、巡回の騎士がやってきた。
モアーナだ。
「どうかなさいましたか、具合がわるいのでしたら、この先に救護室が……あら、サワクロさんに……」
「あら、モアーナ、お努めご苦労様」
とエディが白々しく挨拶する。
「え、ええ。何をなさって」
「見習い騎士のエディさんは、仕事をサボって子守中だってさ」
と俺。
「ああ、そういう……」
納得したモアーナはそのまま去っていった。
しばらくはここで、ゆっくりさせてもらおう。
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