第136話 シルビーとお友達
夕方まで暇ができたからと遊びに来たエディは、なぜか裏庭でオーレやアフリエールに稽古をつけていた。
「そうよ、ほら、もっと思いっきり踏み込んで、声を大きく、お腹の底から!」
ケーキが焼きあがるまで時間がかかるので、裏庭のテーブルで湖を眺めながら一緒に酒でも、とおもったら、素振りをしていたオーレ達に興味をもったようだ。
木刀片手に、ゴリゴリしごいている。
「オーレはもっと相手をよく見て、動きはいいけど、ちゃんと相手を見ないとスピードも無駄になるわ」
「わかった」
「アフリエールは無理をせず、まずは自分の身を守れるようになりなさい。その上でオーレの後ろをカバーするように、そう、そこに立つの、それだけでオーレは前に専念できるわ!」
「はい!」
「そう、いいわよ。もっと足を使うのよ。剣技は一朝一夕で身につくものじゃないわ。それでも動いてる相手は止まってる相手より捉えにくいものなのよ。足りない技術はフットワークで補いなさい!」
「はい!」
オーレは魔導師として後衛の要を期待されているが、アフリエールの方は、将来考古学者として探索などをするのに差し支えないように、剣を習っている。
共に護身がメインとはいえ、目指すところは違うわけだが、セスが言うには二人ともフルンのように一から気陰流を学ぶと言うより、もうちょっと一般的な剣術の修行という感じなので、わざわざ分けて学ぶようなものではなく、同じように練習すればいいらしい。
まあ、そんなものかもな。
うちで剣の指導といえばまず侍のセス、ついでコルスが担当する。
騎士のオルエンもフルンに盾役としてのあり方を教えたりしていたが、性格的に指導者としてはあまり向いていないようだ。
乗馬や武具全般の扱い方は、同じく騎士のエーメスや僧侶のレーンが指導している。
この二人は、冒険に必要な知識全般を習熟しているだけでなく、体系だった戦闘方法も学んでいる。
他にもサバイバルの知識は盗賊のエレンが担当している。
ベテラン魔導師のデュースが時折語る様々な冒険譚も、俺を含めた新人冒険者には役に立つ。
そういった体制で、みんな仕事の合間に修行しているようだ。
しかし、美しい娘たちが木刀を振り回す姿は美しいねえ。
と、見とれていると、フルンが帰ってきた。
時間通りだな。
「ただいまー、シルビーが遊びに来たよ!」
「おじゃまします」
「おう、いらっしゃい」
と最近ちょくちょく来るお客さんを出迎える。
最初に比べると、随分と打ち解けたよな、この子も。
「あれ、エディ来てる! 何やってるの? 稽古!? 私も!!」
そう言ってフルンは背負った袋から木刀を取り出す。
「あら交代? じゃあ、二人でかかってらっしゃい」
「うん、やろう、シルビー」
シルビーという名にエディが少し反応するが、表情は変えずに話しかける。
「シルビーちゃん、っていうの。フルンのお友達?」
「いえ、その……はい。シルビーと申します」
「私はエディ、そこのサワクロくんのコレよ」
と言って小指を立てる。
あまり品がよろしくないぞ、お姫さん。
「騎士の方でしょうか」
「まあね、見習いよ」
「エディはね、めちゃくちゃ強いから勉強になるよ! セスと同じぐらい」
と腕まくりしながら話すフルン。
「先生と!? なんと……」
その言葉に驚くシルビーに向かってエディが、
「さあ、彼女と比べてどっちが上かはわからないけど、騎士に興味があるみたいね、あなた」
「はい」
「だったら、騎士の戦い方を見せてあげるわ」
そう言ってエディは側にかけてあるたんぽ槍を手にする。
オルエンがいつも練習に使っているもので、木の棒の先を布で固めたものだ。
刺さりこそしないものの、アレでまともに突かれるとかなりヤバイ。
「さあ、いらっしゃい、二人共」
フルンとシルビーは二人がかりでエディに挑む。
こちらはさすがに、さっきのオーレ・アフリエール組とは違って本格的な剣士コンビだ。
当然、相手をするエディの動きも、全く別物に見える。
二人のコンビネーションは中々のもので、軽々と頭の高さまで飛び上がるフルンが上から攻め、同時にシルビーが足元を狙う。
だが、上下から同時に迫る攻撃を、一本の槍で軽々と防ぎ、次の瞬間には二人は弾き飛ばされている。
最初はまるで手品か何かのように見えたが、見ているうちにわかってきた。
エディは常に二人が槍の線上に来るように位置取っているのだ。
だから長い棒にすぎない槍で、縦横無尽に襲いかかるように見える二人の木刀の攻撃を凌げるのだ。
言葉で言うと簡単だが、これをなすには一体どれぐらいの力量差が必要なのだろう。
「まだまだっ」
フルンが突進し、繰り出された槍をかわすと、すり抜けざまに切り込む。
俺にはほとんど見えないその一撃は、あっけなくエディにかわされ、背中ががら空きになる。
そのフォローにシルビーが入ろうとするが、一歩早くエディの槍がフルンの腰をうち、そのまま槍の柄でシルビーも木刀を弾き飛ばされた。
「ケーキが焼けただすよー!」
とそこで料理人のモアノアの声がする。
「あら、時間切れね。今日の稽古はおしまい」
「はぁ、はぁ、ありがとうございました!」
「ぜぇ……はぁ……ありがとう……ございました」
二人は頭を下げるが、相当呼吸が乱れている。
ほんの数分のことだが、随分とハードだったようだな。
「シルビー、水浴びてこよう。あっちに井戸があるから」
と二人は手ぬぐいを持って井戸に走っていった。
まさかシルビーまで丸裸にして外で水浴びする気じゃないだろうな。
そろそろあれはやめさせないとなあ。
一方のエディの方は汗ひとつかいてない。
こっちは水浴びしてくれてもいいのに。
「おつかれさん、どうだった、彼女は」
「いいじゃない、聞いてたのよりかなり明るそうだし」
「フルンとつるんでるようだから、だいぶ感化されてるみたいだぞ」
実際、道場では他の門弟たちとも、少しづつ打ち解けてきたらしい。
学校の方はまだわからんけど。
「ちゃんと私のお願い聞いてくれたのね、嬉しいわ、ハニー」
「俺はやるときはやる男さ、ダーリン」
シルビーはエディの古い友人の娘だという。
実家は貧乏が極まって大変らしいが、その苦労が未だにシルビーに影を落としているように思う。
でも、今の俺にできることはこれ以上はないよなあ。
みんな揃って焼きたてのケーキを食べる。
バターたっぷりのアップルパイだ。
「あら、いい匂い。頂きます」
と顔を緩めるエディにモアノアが、
「ドーナツも今揚げてるだよ」
「ドーナツ? なにかしら」
「くってからのお楽しみだぁよ」
そう言ってモアノアは台所に戻っていく。
「エディ殿は……」
とシルビー。
「エディでいいわよ」
「は、はい……エディは、それほどの腕前でまだ見習いなのですか?」
「うん? まあね、ほら、そこは色々と……」
「はあ」
「シルビーだったわね、あなた、騎士になりたいの?」
「はい」
「どこ? 貴族みたいだけど、やっぱり金獅子?」
「その……はい。私でも……なれるでしょうか」
「そうねえ、まあ、コネさえあれば見習いにはなれるから、あとは頑張り次第だろうけど」
「来年には入団審査が受けられます、その時までにもっと腕を磨いて」
「腕だけなら、今でも見習いとしては及第点だと思うわよ。素振りも満足にできない子が入ってきたりするしねえ」
「ほんとうですか!?」
「ええ、嘘はつかないわ。だけど……」
「だけど?」
「騎士ってのはね、個人の勇より集団の武を重んじるの。騎士と見習いとの子弟関係、盟友と呼ぶパートナー、小隊での行動、そして騎士団としての使命。それらは仲間との協力の上で成り立つものよ」
「はい」
「でも、あなたはまだ個人の勇にしか目が行っていないようね」
「そ、そうでしょうか」
「今の稽古でも、フルンはあなたを信じて背中を預けていたけど、あなたはまだ背中を預けられることに自信がないのね」
「それは……未熟なので」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。パートナーを信じるのは気持ちの問題よ」
「気持ちとは」
「シルビー、あなた、友達いる?」
「え!? ……その、私は」
「はい! 私がシルビーの友達だよ!」
とフルンが手を挙げる。
「ふふ、そうね。でもシルビーはどう思ってるのかしら」
「わ、私は……その」
「シルビーは恥ずかしがり屋なの! エディのいじわる!」
「あら、そうね、ごめんなさい。じゃあ、私とも友だちになってくれる?」
突然のエディの提案に、シルビーは驚いて目を丸くする。
「そ、その……」
「だめかしら?」
「いえ、その……はい」
「ふふ、ありがとう」
「よかった、エディいじわるじゃなかった、ごめんなさい」
とフルン。
「いいのよ、ホントは私、結構いじわるだから」
「そうなの?」
「ええ」
まあ、エディは容赦無いからなあ。
部下をポンポン叱ってるところも目にする。
でも、意地悪じゃないだろう。
彼女の場合、騎士団全員の命を背負ってるわけで、その為に余計に厳しく振る舞うのかもしれない。
言わなきゃ伝わらないことは多いもんだし、伝わらないことで取り返しの付かないことになっても、後悔しようもないからな。
その責任感が彼女を厳しくさせているんだろうなあ。
いやあ、いい女だねえ。
「ドーナツができただぁよ」
といいタイミングでモアノアがドーナツを持ってきた。
「あら、なあにこれ、穴が開いてるじゃない」
「熱いから気をつけて食えよ」
「あふ、はふ、なにこれ、美味しい!」
「そうだろ」
「どうなってるの、これ」
「小麦を練って油であげてあるんだ」
「油で? お肉みたいに!?」
「揚げ菓子といってな、油と砂糖がよく合うだろ」
「ほんと、不思議な触感」
隣で食べていたシルビーが首を傾げながら、
「これは……揚げ玉に近いような」
「お、シルビーは知ってるのか?」
「下の母が何度か作ってくれました。たしか黒砂糖の団子を揚げたとか……こちらのほうがもっと柔らかい味ですが、とても、美味しいです」
「いいわよねえ、ここに来るといつも美味しいものが食べられるから素敵だわ」
ミルクたっぷりの紅茶でドーナツを楽しむ。
食べているところに裏から来客がある。
近所の仕立屋のモーラだ。
「頼まれていたお直しが終わりましたので」
と言って、両手に抱えた包を下ろす。
「わざわざ申し訳ない、取りに行かせたのに」
「いいえ、これも仕事のうちですもの」
モーラはそう言って、独特の色気を振りまく。
背後からいろんな視線を感じるが、気のせいだろう。
不意にモーラは俺の背後に目をやり、軽く頭を下げる。
見るとエディに挨拶したようだ。
そのままモーラは帰っていった。
「また随分と過剰な色気のマダムね」
とエディが言うと、シルビーが、
「ふ、ふしだらだと思います」
「そお? もしかしてヤキモチ?」
「な、何故私が、だれにヤキモチを!」
「いいわねえ、若いうちは。私ぐらいの歳になると、そういうのも面倒になっちゃうのよね」
よく言うよ、先日は白象の団長にヤキモチ焼いてたくせに。
という俺の心の声が聞こえたのか、エディが俺をじろりと睨む。
「なにか言った?」
「まさか、滅相もない」
「それならいいけど。でも、今の人……どっかで見覚えが」
「近所の仕立て屋だぞ。騎士団で仕事頼んだりしてたんじゃないのか?」
「うーん、そういうのじゃなくて……もっとこう、お城とかそういう……まあいいけど」
そういえばモーラのことは未亡人ってことしか知らないな。
どういう人物なんだろう。
想像を巡らせようとした矢先に、エディが立ち上がる。
「さて、私はそろそろ帰るわ。おやつごちそうさま」
「どういたしまして」
「祭りが直前だから、しばらくは来れないかもねえ。明日からまた都だし。その後もあちこちとね、色いろあるのよ。あ、そうだ……」
と思い出したようにエディがつぶやく。
「なんか物騒な強盗が出るとかいう話があるから、戸締まりは気をつけたほうがいいわよ。ここはまず大丈夫でしょうけど、ご町内にもね。見回りを増やそうにも人手がねえ……」
「ああ、気をつけるよ」
「じゃあね、ハニー。みんなもありがと、またねー」
「おつかれさん、またいつでも来てくれよ」
手土産のドーナツを手に、エディは去っていった。
「それでは、私もこれで」
「うん、また明日道場で!」
シルビーも帰っていった。
「二人が帰っちゃうと寂しいね」
残ったドーナツを頬張りながら、フルンがつぶやく。
「そうだな」
「エディはいつ従者になるの?」
「さあなあ。でも前にお前、エディは従者にはならなそうって言ってなかったか?」
「そだっけ? それ間違い! エディはやっぱり従者になると思う!」
「そっか、なってくれるといいなあ」
「うん! エディは団長いつやめるのかな?」
「何故だ? 彼女はなったばかりだろう」
「でも、団長だから従者になれないんでしょ?」
「そうだなあ」
フルンは鋭いよなあ。
まあ、これだけイチャイチャしてて体も光るのに、従者にならない理由があるとすればそれぐらいだもんな。
団長の任期がどれだけかは知らないんだけど、一年やそこらってことはないだろうから、もし彼女を従者なり嫁なりにするとなれば、団長をやめるにふさわしい建前がいるわけだ。
となると、俺の拙いこの世界の常識で考えても、紳士の試練を終えた男と一緒になるので寿退団する、ぐらいの体裁が必要だろうなあ。
その翌日。
エディに負けず劣らずよく遊びに来るフューエルが、今日も隣のルチアの店でデュースやウクレたちを相手に楽しそうにお茶を飲んでいる。
特に直接指導しているウクレたちには色々目をかけてくれてるようでありがたい。
ありがたいんだけど、俺は仲間に入れてもらえなかったので、反対側の集会所のベンチで、年寄り連中とチェスを打っていた。
奥では猫耳娘のイミアちゃんが将棋で遊んでいるはずだ。
チェスの女帝は、将棋も気に入ってくれたらしい。
彼女に聞けば、チェス好きに将棋を売り込むヒントが得られるかもしれないなあ。
などと考えていたら、また負けた。
「サワクロ君や、あんた弱いのう、相手にならんで」
「すんません」
「あかんあかん、まだフルンちゃんのほうがよっぽど腕が立つわ」
というわけで、ご老人連中にも相手にされず隅っこでぼーっとしていると、出前のお茶を届けに来た判子ちゃんが目の前を通った。
「昼間から優雅なものですね」
「いいだろう、判子ちゃんも少し休んでいったらどうだ?」
「……」
少し悩む素振りを見せてから、彼女は俺の隣りに座る。
珍しいこともあるもんだ。
「のどかだねえ」
「そうですね」
「儲かってるかい?」
「いまいちですね」
「美味しいのになあ」
「そう思います」
うーん、そろそろ話題がなくなってきた。
日本にいた頃って何話してたっけ?
「そういえば、昔、月食が見えるって時に近所の連中と一緒にアパートのベンチで見たっけ」
「そう……ですね。あれは私ではないですが」
「うん?」
「独り言です」
「そうか……こっちでも月食ってあるのかなあ」
「……来月、皆既月食が見られるはずです」
「お、そうなのか。この世界じゃパニックになったりはしないのかな? 昔はそれで大変だったりしたんじゃないのか?」
「この国は大丈夫だと思いますよ」
「そりゃよかった。また一緒に見られるかね」
「どうでしょうか。私は……」
「うん?」
「私は、どうやら見捨てられたようなので」
「え?」
判子ちゃんは俯いたまま、何も話さない。
何を聞けばいいのか悩んでいると、よく響く甲高い声が飛び込んできた。
「あら、サワクロのおじさま、こんにちわ」
フューエルの姪御とやらで、名はエマだったか。
「こんにちは、何をなさっていますの?」
「見ての通り、ひなたぼっこさ」
俺と話すエマの横をすり抜けるように、判子ちゃんは黙って帰っていった。
呼び止めようにも、何を話せばいいのかわからないんだよなあ。
「今の売り子さんを口説いていたのではありませんの?」
「いいや、彼女にはすでに何度もふられてるさ」
「あら、ご愁傷様。おば様がよくおっしゃってますわ、おじ様は寝る間も惜しんで女性を口説いて回っているとか」
「そういうのを風評被害と言うんだ。上流階級にはつきもののゴシップだな」
「肝に銘じておきます。でも、ちょうど良かったわ。どなたかに相談に乗っていただきたかったのですけど」
とそこで声を潜めて、
「紳士様なら適任です。私の悩みを聞いていただけますか、おじさま」
と言って隣りに座って俺をじっと見つめる。
この子は怖いなあ。
おじさん、なんでもいうこと聞いちゃいそうだよ。
「なんでも言ってごらん、おじさんにできることはあまりないけど、話を聞くのは得意でね」
「うれしい、じつは私のエルダーナイトを選ぼうと思うのですけど」
「なんだい、そのエルダーなんとかってのは」
「エルダーナイトです。年上の、私だけの騎士、というものですの。王立学院では、先輩の中から特に仲の良い方、尊敬できる方をひとり選んで、自分だけの騎士として契約のまね事のようなことをするんですわ。そのお相手を見つけたんですけど、私もちょっと奥手なものですから中々お頼みできなくて」
エマちゃんは奥手だったのか。
彼女の基準で積極的な人物はどれほどなんだろうな。
と聞きたい気持ちを抑えて、話を続ける。
「へえ、どんな相手だい?」
「さる名家のお生まれで、とてもお強いんですけど、それでいて寡黙で、どこか影がお有りで……、あの方にいつも守っていただけるなら、私の学園生活も、もっと素敵になりますのに」
「そんなに素敵な先輩なのかい?」
「ええ、そうですわ」
「妬けるね」
「ふふ、おじさまの寂しそうな顔もチャーミングですわよ」
「ひどいな、あまり大人をからかうと、いつか大変な目に合うよ?」
「まあ、こわい。でもおじさまはそんなことはなさらないでしょう?」
「もちろんさ、おじさんはいつでも君の味方だよ。ただ、おじさんの手はそれほど長くはなくてね。いつも守れるわけじゃない」
「そのお言葉だけでうれしい。そんな素敵なおじさまをこれ以上悲しませないためにお話しますけど、その方は女性ですの。だからおじさまは安心していいのよ」
「それを聞いて安心した。で、具体的には何をして欲しいんだい?」
「それをこれからお話しようと思っていましたの。我が家もそれなりに由緒はあるのですけど、その方は私よりも更に古い血統で、ただ近年は没落なさっていて、そんな家を背負ってあの方は一人、苦労なさっているんです」
どこかで聞いた話だな。
だんだん、オチが見えてきたぞ。
「その方は、騎士を目指して家を再興しようとなさっているとお聞きしました」
「うん」
「そこで紳士……サワクロのおじさまは騎士団ともご関係が深いと聞いておりましたから、騎士を目指すにあたって、なにかお力添えをいただけたらと……」
そこをきっかけに仲良くなろうという寸法か。
夢を支える部活のマネージャーポジション的なやつかな。
「ふむ、君の望みは分かった。だが、騎士と言っても色々あるが、その子はどこの騎士団を目指してるんだい?」
「さあ、そこはまだ。確かに、そこは大切なところですわ。早速調べさせて……」
「そうだな、まあ騎士を紹介するぐらいはできるが、名門の出なら、彼女自身、あてはあるんじゃないのかな?」
「そうかもしれませんわね」
「それに、本物の騎士を目指すことと、君だけの騎士になってもらうというのは、全く別の話だろう」
「それは……そうでしたわ」
「ならばやることは決まりだな。女は度胸だ、あたって砕けるのもいいかもしれんぞ」
「そうですわ、おば様もまだ幼少の頃に、かの雷炎の魔女さまのところに乗り込んでいって弟子にしていただいたと言っていましたもの。頑張ってみます。やはりおじさまに相談してよかったですわ」
「よしよし、それじゃあおじさんがもう少し手を貸してやろう」
と言って壁の時計を見る。
そろそろ時間だな。
「ほら、向こうから誰かやってきたぞ」
「あれは、シルブアーヌ様! まあ、おじさまは魔法が使えますの?」
「ああ、君のためにとっておきのをね」
「素敵、やっぱりおじさまは素敵ですわ!」
そう言って彼女が見つめる先には、道場帰りのフルンにセス、そして最近いつも一緒のシルビーがいた。
「ただいまー、ご主人様。あれ、お客さん?」
とフルン。
「彼女はフューエルの姪御さんでエマだ」
「はじめまして、従者の方ですのね」
「うん、フルンっていうの、えと、いつもご主人様が、じゃない、主人がお世話になってます」
「これはご丁寧に、エマですわ」
と挨拶をしてからシルビーに向き直る。
「シルブアーヌ様、先日は危ないところをお助けいただき、ありがとうございました」
「うん、ああ、君はたしか……」
「あなたより一級下の、エマヌイール・リーストラムですわ」
「サワクロ殿とお知り合いか」
「はい、シルブアーヌ様もそうだったのですね」
「ええ、何かと目をかけて頂いております」
「そうでしたの。素敵なおじさまですものね」
「え、ええ。人を従えるだけの徳をお持ちです」
シルビーは返事にちょっと躊躇したな。
まあ自分でも素敵ってことはないと思う。
「そうですわ、でなければこれだけ多くの従者を従えることは出来ませんもの」
「私のような名ばかりの貴族の肩書では成し得ぬものだと、思っています」
「ご謙遜をなさってはいけませんわ。あの日の貴方様の正義の行いは、私の目に焼き付いて離れませんもの。それに……」
とまあ、こんな感じで、エマは俺をダシに巧みな話術で共通の話題を炙りだしている。
この話術があれば、コミュ力の足りないシルビーなんてイチコロで丸め込めるんじゃないのか?
エマはいい子だと思うけど、ちょっと危なっかしいのでシルビーを任せて大丈夫だろうか。
ここいらでちょこっと緩衝材をいれておこう。
「そうだエマ、君の敬愛するおばさんも隣に来てるぞ、ぜひ会っていきなさい」
「え、おばさま? ええ!?」
「おいフルン、ルチアのところにフューエルが来てるから、エマが挨拶したいって呼んできてくれ」
「わかった!」
「あ、ちょっと、お待ちになって」
「フューエルー、フューエルー、あのねー、ご主人様がねー、呼んで来いって!」
と叫びながらルチアの店に突撃する。
すぐにフルンに手を惹かれてフューエルが出てきた。
「なんですか騒々しい……ってエマ、あなた何をしてるんです!?」
「あ、あら、おば様、ごきげんよう」
「ごきげんようではありません。供も付けずに一人でこのようなところに」
「おば様だってお一人で、サワクロのおじ様に会いにいらっしゃってますじゃないの」
「なんで私がこの人に会いにこなくてはならないんですか」
「おじゃましては悪いですから、退散しますわ。シルブアーヌ様、それではまた学院でお会いしましょう。さようなら」
エマは俺の方を少し恨めしそうに睨んでから足早に去っていった。
まったく、フューエルもそうだがさじ加減の難しいお嬢さんだな。
入れ違いに帰ってきたエンテルにエルダーナイトとやらについて聞いてみる。
「近頃、娘たちの間で流行っているそうですね」
「そうなのか」
「元は貴族の若者が騎士に憧れて始めた秘密の関係だったようですが、今では女子同士が好んで関係を結ぶのだとか」
「ほほう、いいな」
「ご主人様が想像するようなものではありませんよ」
「そうか、残念だ」
「固く結びついた関係は卒業後も続き、将来に影響するとも聞いています。特に貴族であれば婚姻とは異なる、真の友情と呼ぶべき関係を育む絶好の機会なのではないでしょうか」
「なるほどねえ」
「そのエマという娘は、問題があるんですか?」
「いや、いい子だよ。いい子だけどちょっとおませを通り越して、知恵が回り過ぎるんだよな」
「貴族の娘は得てしてそういうものですね、早熟というか」
「真面目だけがとりえのシルビーじゃ、ちょっと辛そうだと思ってな」
「しかし、貴族であればそうした関係はつきものでしょう。信頼できる娘と付き合うことで、耐性がつくのでは?」
「そうかもしれん。難しいものだな」
「ご主人様でも、女の子の取り扱いで悩むことがあるんですね」
「いっつも悩んでるよ」
「それは知りませんでした。私などは男性との付き合いが皆無でしたから、それはもういいように翻弄されてしまいましたが」
「そうだったっけ? あの時は俺が手玉に取られてたような……」
と俺は首をかしげるが、エンテルは取り合わない。
「そういえば、ご依頼いただいていた楽団の件ですけど、教え子の一人が春のさえずり団という学生バンドのリーダーをやっていて、引き受けてもらえそうですよ。一度話を聞きたいとか」
「そりゃよかった。そっちは俺が出向こう」
「よろしくお願いします」
これで祭りの方はだいぶビジョンが固まってきたな。
表にテーブルを並べてオープンテラスでお茶と軽食を振るまい、生演奏の音楽を鳴らす。
それだけでも場としては十分だが、人を呼ぶにはまだちょっと弱いんだよな。
やはりひとつでいいから決定的な集客要素がほしいなあ。
一度来てくれれば、珍しい異国の食べ物で胃袋をガッツリつかめると思うんだが。
そうして少しでも印象に残れば、祭りの後でも口コミでどうにかなると思うんだけど。
なんだろうなあ、なにか大会みたいな。
武闘大会とか漫画でよくあるけど……うーん。
「何をお悩みなんです?」
「いや、こう武闘大会みたいな見世物とかさ、そういう一発で集客できる何かがあればいいんだけどなあ」
「大会、ですか。うーん、私にはちょっと。見世物も……遺跡の発掘物を展示するとか」
「それは集客力あるかな?」
「無いでしょうねえ」
二人で悩んでいると、メイフルが伝票をめくりながら店舗部分の二階にある倉庫から出てきた。
「おう、おつかれさん。忙しそうだな」
「へえ、いくつか大口に話もつきましたんでな。ちょいと仕入れも気張らなあきまへんで」
「仕入れって工場のか?」
「そっちとはちゃいますで。ゴグ産のチェスですわ。自分とこの商品だけやと商いの幅が狭なりますからな。うちはゲーム全般を商いますで」
「景気がいいな。そうか、チェスか……」
「どないしましたん」
「なにか客寄せイベントの柱として、大会みたいなものをと思ってたんだが、チェスの大会ってどうだろう?」
「ああ、ええんちゃいます? この街はチェス協会もあらしまへんから、そういうのもおまへんやろ。イミアはんに相談するとよろしいわ」
「よし、そうしてみよう」
「今日も集会所に来てはりますのん?」
「さっきはいたけど、まだいるかな?」
「いたら店にも来てもろて欲しいんですけどな。ちょいと目利きを頼みとうて」
「ああ、頼んでみるよ」
というわけで、早速出向くと、ちょうど一局終えたところだった。
「イミアちゃん、ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「ええ、喜んで」
とさわやかな笑顔で、嬉しそうに答える。
いい子だなあ、ぜひともうちに欲しいところだが、こういう健気な子をノリで押し切るのはいかんよな。
じわじわと搦め手で攻めていかないと……って今日はそういう話じゃなくてだな。
場所をうちのお店に移してから、話を切り出す。
「実は今度の祭りで、チェスの大会を開いてみようかと思うんだ。もちろんここのチェスクラブのような素人向けのお気楽なものになるだろうけど。見ての通り、この商店街はさほど繁盛していないだろう。そこで今度の祭りで何か客寄せになるものをと考えていてね、そこで思いついたのがチェスの大会、というわけなんだけど」
「いいと思います! この街にもチェスをやる人は多いんですけど、協会がないので正式の大会はなかったんです。だからやれば必ず、人は集まると思います」
「そうか、イミアちゃんにそう言ってもらえると自信が出てきたよ、ありがとう。できればアドバイザーとして、今後も相談に乗ってもらえるかな。もちろん謝礼もするし」
「謝礼なんて……いえ、わかりました、それではお仕事としてやらせていただきます」
「うん、よろしく頼むよ」
なあなあにせずに、きちんと仕事として受けてくれたのが嬉しいな。
やはり根っこは商売人なんだろう。
「ではまず、協会の運営する正式な大会から、祭りでやるようなものまでの概要をひと通り説明して、その上で妥当なプランを考えてみたいと思います」
というわけで、早速イミアのレクチャを受ける。
場所はいいとして、ボードを必要数集めなければならない。
これはまあ、どうにかなるだろう。
「賞金とかあったほうがいいのかな?」
「どうでしょう。あまり豪華だと、プロばかり集まってお祭りとしては良くないかもしれません」
「そうだなあ、どっちかというと例えばランチ券とかちょっといいチェスのボードをプレゼントとか、そういうのがいいと思ってるんだけど」
「そうですね、いいと思います。子供だけの試合とかもよいかと。……あと、私が言うのもなんですけど、私とエクさんのエキシビジョンマッチなどもいいかもしれませんね。大会でも名人戦の観客は盛り上がりますし、見応えのある試合がお見せできるかと」
「そりゃいいな、やってくれるかい?」
「はい」
やっと祭りの目玉が決まった気がする。
決めたとなれば、あとはもう突っ走るのみだ。
会場の準備からビラ配り、当日の運営までやることはてんこ盛りだ。
なんだか楽しくなってきたぞ。
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