第137話 仕込み

 商店街としての祭りのコンセプトはこうだ。

 最大の目的は商店街の周知。

 アルサの住民の大半は、ここに商店街があることを知らない。

 まあ、店もそんなにないのだが、街にほとんどライバルがないらしいゲーム屋のうちの他にも、美味しい喫茶店や質の良い果物など良い品はある。

 だからここにそういう店があるよ、と知ってもらうことが今回の目的だ。


 その為に、通りを目一杯使い、ルチアの店が中心となって祭りの間中オープンカフェを開く。

 その客に商店街を知ってもらおうと言うわけだ。

 楽しんでもらうために、バンドの演奏も行う。

 異世界仕込みの上手いデザートもてんこ盛り、というわけだ。


 そして最大の目玉はチェス大会。

 去年、都の大会で優勝したイミアをアドバイザーに迎えて、アマチュア大会を開くことにした。

 この街には公式の大会などが無いらしく、周知をしっかり行えば大きな集客が見込めるだろう、とのことだ。


 以上の方針にしたがって、現在猛烈に準備中である。




「へえ、学院ってずいぶん質素な感じなんだな。エツレヤアンのアカデミアみたいなのを想像してたよ」

「あそこは特殊ですから。ここは元々アウル神殿の修道院だったのですが、二百六十年前に今の神殿内に移転した際にこの建物を改装して貴族向けの学校としたところを、それから二十年後に時の大臣、アボエンル卿が王立学院としたそうです。港街ということもあり、経済に力を入れており大店の子女を中心に跡取りだけでなく優秀な学者や文官も多く排出しているとか」


 エンテルの説明を聞きながら、俺は王立学院のキャンパスを歩く。

 今日は依頼していたバンドの代表と会うために、ここに来ていた。

 春のさえずり団だったかな。

 今さら言うのも何だけど、どんな演奏をするんだろう。

 なんか勝手にジャズカルテットみたいなのを想像してたけど、よく考えたらこっちで音楽なんてほとんど聞いてないぞ。

 教会では賛美歌っぽいものがたまに流れているし、エーメスの退団式でもブラスバンド風の演奏は聞いたけど。

 たまに市場で演奏してる大道芸人もいるな。

 芝居の伴奏もあるが、純粋な音楽演奏と言うのはあまり馴染みがなかった。

 まあCDやラジオのようなメディアが無ければ、そういうものかもしれない。

 ちなみに、絵心は全くないが、音楽の方はもうちょっとましじゃないかなあ。

 学生の頃は講座に古いギターがあったので勝手に練習したりしてたし。

 コードをがちゃがちゃかき鳴らす程度のものだったけど。

 いや、やっぱ素人レベルだな。

 知ったかぶりで得することはない、そういうつもりで臨もう。


「まだ、約束の時間には早いですね。私の研究室で待ちますか? それとも食堂でも……」

「見学はあとでもいいだろう。早めに行って、待つとしよう」

「ではそのように」


 二人ですっかり枯れ落ちた校内の並木道を歩く。

 すれ違う学生たちは、服装こそ違うものの、醸し出す雰囲気は日本の学生とあまり変わらないなあ。

 ただ、年齢的には幅があって、小学生から大学生ぐらいまでの生徒が万遍なくうろついているようだ。

 シルビーもここで勉強してるのか。


 レンガ造りの建物に入ると、中は薄暗い。

 要所にかけられたランプだけでは、窓の小ささも相まって十分な明るさが保てないようだ。

 神殿などもそうだけど、全体的に暗いよな。

 こういう所は、窓が大きく照明がてんこ盛りの日本の建物との違いを感じるな。


「こちらです」


 と言って案内されたのは、八畳間ほどの小部屋だ。

 小さなテーブルと書棚がいくつか並び、隅に固そうなソファが一組、置かれている。


「散らかってますけど、そちらに腰掛けてください。今、お茶を入れますから……えーとどこだったかしら」

「あんまり気にしなくていいぞ」

「すみません。いつもは助手の人が居るんですけど、今日は私も講義がないから」


 エンテルは棚のあたりをひっくり返してる。

 相変わらず学問以外はダメっぽいな。

 俺は使っていない机の前に立つ。

 懐かしいな、大学の講座もこんな感じだったよなあ。

 大学の思い出は山岳部の友人に連れ回された印象のほうが強いんだけど、ゼミなんかも結構楽しかったよな。

 ここの学生たちも、そんなふうに楽しんでるんだろうか。

 うちの年少組も、学校に行かせたほうがいいのかなあ。

 不意に思いついてエンテルに聞いてみようとしたところ、扉がノックされる。


「失礼します」


 と言って入ってきたのは女学生四人組だった。

 ファンキーなガールズバンド……って感じじゃなさそうだな。

 だいぶ地味だ。


「今日はわざわざありがとう、そこのソファに座って頂戴」


 立ち上がったエンテルが迎え入れる。

 四人の女の子は三人がけのソファにちょこんと座り、対面に俺とエンテルが座る。

 まずは自己紹介だ。


「こちらが私の主人で、今回あなた達に演奏を依頼したサワクロです」


 というエンテルの紹介を受けて、口を開く。


「サワクロという、皆さんよろしく。今日は依頼を聞いてもらえるということで、わざわざ集まってくれてありがとう。こういうことをお願いするのは初めてなもので至らぬところもあると思うが、疑問点などなんでも言ってほしい」


 と爽やかめに話しかける。

 四人の少女のうち、リーダーらしいショートカットの娘が、最初に口を開く。


「よ、よろしくおねがいします。リーダーのヘルメです。あの、それで、その、演奏のこと、なんですけど……」

「うん」


 内気な感じの子だな。

 他の子もだいぶもじもじしてる。

 これで人前で演奏できるんだろうか?


「わ、私達の演奏って、ちょっと変わってるので、その……」

「変わってるとは?」

「す、すこしやかましくて……あ、でも、普通のマーチとかも出来ます。声楽も習いましたから、賛美歌とか、そういうのもOKです。ただ……」

「うん?」

「一度だけでいいので、私達の本来の曲をやらせてもらえると嬉しいんですけど」


 なるほど。

 BGMとしての演奏はするが、自分たちの発表の場も欲しいと。

 一応、バイトに相応しいギャラも用意はしているんだけど、要望としては控えめなぐらいだよな。

 しかし、そうなると気になる。

 どんな演奏をするんだ?

 まさか特殊メイクでこてこてのデスメタルだったりして。

 まあ、それでも神様がスクミズやブルマ履いてるのに比べれば、おとなしいもんだよな。


「話は分かった。返事をする前に、一度君たち本来の曲、というのを聞かせてもらえるかな?」

「あ、その……やっぱり」

「どうしたんだい?」

「あの、普通の演奏だけでも構わないんで」

「遠慮はいらないよ。もしどうしてもダメだと思ったら、普通の演奏だけを頼むかもしれないけど、君たちはやってみたいんだろう? 自分たちの曲を」

「は、はい」

「若いうちはどんなチャンスにでも飛び込むものだよ。やる前から諦めちゃいけない」

「わ、わかりました。それじゃあお願いします!」


 というわけで、俺達は揃って彼女たちがいつも練習しているという教室にやってくる。

 普段は教会楽曲の講義に使っているその部屋は、小学校の音楽室を連想させるような教室だった。

 部屋の奥から、彼女たちは楽器を取ってくる。


 ベースというかコントラバスのような大きな三本弦の楽器を持ってきたのは、ストレートの黒髪の娘だ。

 名はサーシアという。

 時折なびく髪が、僅かな光に透けて青く見える。

 何より、肌の色が青い。

 青い肌は今までにも数回見たが、一番異世界っぽさを感じるな。


 オーイットという褐色金髪の娘は、トランペットのような金管楽器を持っている。

 ぱっと見は気が強そうだが、にこにこと笑顔を絶やさずにメンバーに話しかけている。

 ムードメーカーなのかな?


 ペルンジャは白い肌に緑がかった白髪の、真っ白いイメージの娘で、とても背が高い。

 二メートル近くあるんじゃないだろうか、たぶんオルエンより高い。

 長い手足で、コンガ風の太鼓を三つ、抱え込むように前に据えている。


 そしてリーダーのヘルメは、バイオリンのような弦楽器を持っている。

 ただし弓はなく、指につけた長い爪のようなものでこすって鳴らすらしい。

 少し赤みがかったショートの髪とそばかすがかもしだす健康的なイメージとうらはらに、控えめな性格が印象的な娘だ。

 彼女はボーカルでもある。

 楽器は変わってるけど、編成はオーソドックスなバンドだ。


「それでは、いきます」


 四人は深呼吸してから、リズムのペルンジャが手で太鼓を打ち始める。

 思ったより低音が響く。

 ズンズンズンズン、ときれいな等間隔のリズムに合わせて、思わず体が揺れる。

 いい塩梅の四つ打ちだ。


 ついでベースのサーシアが長い弦に指を添える。

 しっとりと奏でるウッドベースの心地良い響きが腹にしみる。

 かと思えば突然激しく刻み始めた。

 細い指を叩きつけるような、見事なチョッパーベースだ。


 ベースと入れ替わるように、オーイットのブラスが入る。

 耳を刺すような鋭い音色が、きらびやかなメロディを刻み、徐々に盛り上がっていく。

 そして一瞬の静寂。

 はっとした瞬間、ヘルメのボーカルが響き渡る。


 あとは圧巻だった。

 彼女たちの演奏は本物であり、俺がプロデューサーなら今すぐ大金を積んで契約するところだ。

 実際、今の俺はプロデューサーみたいなものなので、喜んで彼女たちと契約することにした。


「ブラボー、最高だよ君たち。むしろ、こちらからお願いしたい。ぜひともこの曲をやって欲しい」

「ほ、本当ですか!」

「ああ、もちろん。エンテルはどうだった?」


 隣のエンテルは、おそらくは初めて聞く音楽に戸惑っていたようだが、それでも、


「こんな曲は聞いたことがありません。でも、何故か自然に体が動き出すような」

「そうだろう。四つ打ちのリズムで踊りださない奴はいないよ」

「あなたわかる!? これペルンジャの故郷のリズムなの」


 トランペットもどきを演奏していた褐色のオーイットが食いついてくる。


「見ての通り、彼女は南方生まれのルジャ族なんだけど、彼女の故郷に伝わるリズムで、太鼓一つで三日三晩踊り明かすんだって、それでね、私達もはじめて聞いた時、これだって思って」

「ああ、それに君のメロディも素晴らしいじゃないか」

「あれは教会進行をアレンジしたんだけど、ヘルメの声ってとても綺麗だけど凄く高いでしょ。だから私のブラスと被らないようにするのが大変で。音ってかぶると変な音になるんです。これはアカデミアのシオモーン教授という方が発見したんですけど、音の組み合わせには清濁二通りあって……」

「オーイット、今はそんな話をしてる場合じゃ」


 とボーカルのヘルメが暴走気味の褐色娘を制する。


「あ、ごめん」

「あの、それで、私達にやらせて貰えるんですね?」

「もちろんだ。俺としては全部この曲でも構わないぐらいだが、客層を考えると、多少は幅を持たせてもらうかもしれない」

「それはわかってます。私達の曲も、一部の生徒しか喜んでくれないし」

「ふむ、とにかく話は決まりだ。よろしく頼むよ」


 というわけで、話はまとまった。

 まずは明日にでも商店街に来てもらい、具体的な打ち合わせをする。

 せっかくなのでステージを用意し、彼女たちを目一杯盛り上げたい。

 あの曲がこの街で受けるのかどうかはさておき、俺がめっちゃファンになっちゃったよ。

 うまくあたりを引いたわけだ。

 やっぱり俺の日頃の行いがいいのかねえ。




 翌日、学校が終わった時間にリーダーのヘルメと、ムードメーカーの褐色娘オーイットがやってくる。

 残り二人は講義があるそうだ。


「よく来てくれたね。早速だが商店街を見てもらおうか」


 というわけで、二人を案内する。


「そこの角から、向こうの交差点までがここの通りで、祭りの間は通りを封鎖してテーブルを並べてオープンカフェにする予定なんだ。そのお客さんに聞かせる音楽を演奏してもらうというのが本来の趣旨だ」

「はい」


 と頷きながら、リーダーのヘルメはメモをとっている。


「とはいえ、見ての通り新興の商店街で客足は少ない。当日もどれほど客が来るかはわからない。もしかしたら、客がいないところで演奏してもらうことになるかもしれない。辛いかもしれないが、お客さんに出し物をするときにはよくあることだ」

「わかります、私達も経験……あるので」


 そうか、ああいうのは見てる方も辛いけどな。

 この子たちのためにも人を集めたいところだ。


「この角の建物が空き家になっていて、その前にステージをつくろうと考えているんだ。ここなら通りを抜けて住宅街の方にもリズムが届くし、商店街全体での音抜けもいいとおもう」


 説明が終わったところで店の商談部屋に移り、そこで昨夜のうちに用意しておいたステージのラフを出す。

 アイドルのライブっぽいイメージを、絵心のない俺が形にできずに四苦八苦していたところに、ちょうどうちに来ていたサウが興味を示してその場で用意してくれたものだ。


「これ……こんなにハデなんですか?」


 目を丸くするヘルメとオーイット。


「ああ、まだ案の一つだけどね。この円形の舞台に柱を立てて、照明で照らしだすんだ。この幾何学的な配色が君たちのリズムに会うと思ってね。それに夜になればライトアップでさらに映えるし……」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください」


 と慌てるヘルメ。


「こ、こんな派手なの……私達には、む、無理で……」


 オーイットが遮るように口を挟む。


「ええ、いいじゃない。これ、すっごく素敵だと思う。演劇みたいだけどちょっと違って、音楽にすごくマッチしてるっていうか」

「で、でも……」

「やらせてもらおうよ! 絶対、絶対いいよ、これ」

「そ、そうかな……」

「そうに決まってるよ、ねえ、サワクロさん!」

「ああ、俺もそう思う。あとは衣装なんだけど、普段はどんな衣装で演奏を?」

「え、衣装は学院の制服で……」

「制服かあ」


 今風の女子校みたいなおしゃれなものならともかく、残念ながら学院の制服は地味だった。


「よし、衣装もこちらで用意しよう。少なくとも君たちの曲を演奏するときは、もっともふさわしい衣装と舞台でやるべきだ」

「でも……」

「お、お願いします。ほら、ヘルメも!」

「え、だけど、他の二人にも……」

「いいから、そっちは私が説得するから」

「う、うん。それじゃあ、お、お願いします」


 まだ躊躇するヘルメを押し切るようにオーイットが説得して話はまとまった。


「おっと忘れてた、こちらで曲の候補を幾つか調べておいたんだ。別にこれを演奏してくれってことじゃないんだけど、こちらの想定している客層的な傾向はつかめると思う。こういう方向で幾つか準備しておいてくれると助かる」


 そう言ってメモと一緒に、紙に包んだお金も手渡す。


「え、これは?」

「今日の手間賃だよ」

「そ、そんな……いただけません」

「なに、大した額じゃない。君たちだって学業の合間の貴重な時間を使っているんだ。受け取る権利はある」

「でも……」

「負担になるようなら、おじさんからのお小遣いだと思ってくれればいいさ。練習の合間に、なにか美味しいものでも食べてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 二人は何度も頭を下げながら帰っていった。

 ふう、若い子の相手は疲れるな。


「真面目そうな子たちではありませんか」


 とアンがお茶を運んできてくれる。


「そうだろ。でもその演奏がまたすごいんだ、きっと驚くぞ」

「そのようにおっしゃられると、かえって不安が増す気がしますが」

「まあ、大丈夫だって」

「彼女たちは、音楽を専攻しているのでしょうか?」

「らしいな。教会音楽をやっていると聞いたが」


 そもそも音楽というのは神学についで、論理学などと並ぶ基礎学問だから、教養としてみんな習うものだそうだ。

 特に南方生まれののっぽのドラマー、ペルンジャは国費で留学したエリートらしく、本格的にやっているらしい。

 他の三人はなんとなく音楽をやっていたそうだが、知り合ったペルンジャのリズムを聴いてはまってしまい、それを舞台伴奏のカルテットの構成に取り込んでどうたらこうたら言ってたな。

 南方由来のリズムをこちらの音楽技法でアレンジした結果が、あのバンドらしい。


「私も子供の頃に、シャムーンルを習ったものですが、どうも良い思い出が無いですね」

「なんだいそりゃ」

「今で言うオルガンなのですが、古い楽器で調律が違って流行りの曲が弾けないんですよ。そうそう、レーンに見世物小屋の前でかかっていた曲を弾いてくれと頼まれて、見よう見まねで弾いてみたもののぜんぜん違うと泣き出したことがありました」

「ほう、あいつがなあ」

「今の撫子より小さいぐらいでしょうか。私もたいして変わらない年齢でしたが、あれで自信をなくしてひかなくなったのかもしれませんね」

「子供の頃って、些細な事でできなくなったりするよな」

「今考えるとつまらない理由のようですが、当時は深刻だったりしますし」


 そういうのってあるよなあ。

 俺は確か、跳び箱で調子に乗って高いのに挑戦したら、飛び越えそこねてケツをぶつけてしまい、そこで止まればいいのにそのまま転がり落ちて背中をしこたま打って息が詰まったことがあったな。

 あれからしばらくは跳び箱が飛べなくなって困ったもんだ。


「ところでカプルはどうした? また出かけてるのか?」

「いえ、裏に居るはずですが?」

「ふぬ、演奏の舞台についてちょっと相談してみないとな」

「呼んできましょうか?」

「いや、俺が行くよ」


 飲みかけのお茶のカップを手に裏庭に向かう。

 以前なら行儀が悪いと怒られるところだが、アンもだんだんアバウトになってきたな。

 裏庭に出ると、カプルがオルエン達と一緒に、テーブルを修理していた。


「どうしたんだ、それ」

「今度の祭りで使うテーブルを直してましたの。ただで借りられる分はやはり質がイマイチのものが多いので、こうして直しているのですわ」

「なるほど」

「ところで、なにか御用ですの? 例の学生が来ていたのでしょう?」

「おう、話が早いな。昨日話してたステージのことを、もう少し詰めたいと思ってな」

「かしこまりましたわ。オルエンさん、あとはよろしいかしら」

「大丈……夫」

「では、お任せしますわ。ご主人様、家馬車の方に」


 ということで、二人で家馬車に入る。


「昨夜のうちに、ミニチュアを作っておきましたの」


 といってカプルはシンプルな模型を取り出す。

 木片を切り貼りしただけのものだが、実にわかりやすい。

 それにしても、仕事が早い。


「ライトで照らすということでしたけど、光の演出というのは難しいものですわ。たとえばこの馬車でも、今は屋内にあるので意味が無いですけれども、窓の位置と大きさ、そして太陽の位置によって差し込む光の量と向きをコントロールするように設計して有りますの。東の空から指す朝日を、まっすぐとそこにおいていたベッドに導いて目覚めを促し、逆に午後のけだるい西日は遮りながらも、窓辺には十分な光量を維持するといった工夫ですわ」

「なるほど」

「この場合は音楽演奏における光の演出ですけど、要は舞台と同じですわね。音楽の意図、進行に応じて光を加減するわけですわ」

「そうなるな」

「そこで問題になるのは、私はその技術を持ちあわせておりませんの」

「うっ、そうだな。俺もわからん。どうしよう」

「こういう場合は、専門家にお願いするのが真っ当ですわ」

「そりゃそうだな。舞台演出家か、だれかアテはあるか?」

「私はございませんわね。うちの者は同様だと思いますわ」

「こまったな、いきなり芝居小屋に行って教えを請うってのもな」

「手近なところから、仕立屋のモーラさんに相談してはいかがでしょう? 聞いたところでは彼女は舞台衣装なども手がけていましたから、つてがあるかもしれませんわ」

「ほほう、そうなのか、そりゃいいな。彼女にはバンドの衣装も頼もうと思ってたんだ。後で行ってみよう」

「もう一つ、その子たちの演奏は踊りたくなるものなのでしょう? どういった踊りですの?」

「どうって、こうリズムに乗って縦ノリしたくなる感じの」

「ふむ、縦ノリというのもよくわかりませんわね。一度聞いてみる必要がありますわね」

「明日揃ってきて貰う予定だから、その時にでも。まずは今からモーラのところに行ってみるか」

「では、ご一緒しますわ」


 そう言ってカプルは今見せた模型を布に包み、携える。

 二人で出かけて行くと、モーラは奥で接客中だった。

 出迎えた手伝いの娘が言うには、もう終わるらしい。

 しばらく待っていると、奥から恰幅のいい男が出てきた。


「それじゃあモーラ、今日の話は考えておいてくれよ」

「ええ、でも私は……、皆さんにもよろしく」

「公演が終わったらまた来るよ。それじゃあ」


 そういって男は出て行った。

 礼儀正しいが、どこか胡散臭いというか、堅気じゃない感じがする男だったな。

 俺も人のことは言えないけど。


「お待たせしました、今日はどういったご用件でしょう。お直しではなさそうですけど」

「うん、今度の祭りのことなんだけどね」


 まずはバンドの衣装のことを相談する。


「お話はわかりましたわ。と言っても、残りの日数で四人分仕立てるのは無理ですから、ありものを合わせることになりますけど」

「そりゃそうだろうな」

「伺ったお話だけでは、ちょっとイメージが湧きかねますわね」

「明日彼女たちが来るから、その時に立ち会ってもらえるかな」

「かしこまりました」


 その後、カプルが模型を見せながら装飾の相談などをする。


「照明のことでしたら、キックリ記念劇場の常任演出家エッシャルバンという人物がいます。ご希望でしたら、彼に紹介状を書きましょう」


 そう言って一筆したためてくれた。


「私がご一緒できれば良いのですが、今日はこれから出かけなければいけませんので」

「いやいや、これだけで大丈夫。明日も頼むよ」


 モーラの店を後にして、その足で劇場に向かう。

 町の中央を東西に走る大通りの一角に、その大きな劇場はあった。


「でけえな」

「ここは四百二十年前に時の大建築家ホボッポが建てたものですわ。建築史上に残る建物の一つですわね。古い遺跡から着想を得た巨大なアーチ型の天井が、それまでより数倍大きな舞台を可能にしたのですわ。また丈夫な天井から役者を吊り下げることで、立体演劇を可能にしたのもこの劇場が始めてですの。それによってかの大作『東方の三女神』などの舞台も実現したのですわ」

「なるほど」


 などといい加減な相槌をうちながら中に入る。

 受付で紹介状を渡すと、待合室に通された。

 しばらく待っていると、四十ぐらいのパリっと決めた伊達男が出てくる。


「お待たせしました、エッシャルバンです」

「サワクロです、よろしくお願いします」

「モーラからの紹介状を持った男前がやってきたと聞いて飛んできてみれば、いやいやどうして、なかなかのもの。どうです、うちの舞台に出てみては」

「はは、そんなことを想像しただけで、あがってしまいますよ」

「とてもそうは見えませんがね。モーラは元気ですか? もう何年もあっていないが」

「ええ。いつも忙しそうにしています」

「ブティックをやっているとは聞いていたが、この街に戻っていたんですな」

「彼女との付き合いは長いので?」

「そりゃあもう、サワクロさん、あなたは彼女のことをどれ位ごぞんじで?」

「先ごろこの街に越してきたばかりでして」

「そうですか……、ふむ、まあいいでしょう。概要は手紙にありましたが、詳しくお聞きしましょう」


 モーラの話ははぐらかされてしまったが、そこは俺にとっても本題じゃない。

 俺達は依頼の内容を演出家のエッシャルバンに語った。


「なるほど、祭りの演奏で演出を」

「ええ、引き受けていただけるでしょうか」

「私も忙しい身なので、本来であれば素人舞台を引き受ける、などということは無いのですが、演奏の舞台を飾り立ててライトアップするという発想は面白い。演奏というのは本来裏方ですからな。オペラの歌姫ならともかく、演奏家をメインに据えるというところに興味が惹かれました。なによりモーラからもよろしくと言われては、断るわけにはいきますまい」

「ありがとうございます」

「一度、その子たちの演奏を見てみたいのだが」

「でしたら、明日うちの商店街で顔合わせをします。その時にどうでしょう。都合が悪ければ後日でも」

「いや、早い方がいい。都合をつけて伺いますよ」


 話はどうにかまとまった。

 しかし、俺もなんというか人に恵まれてるよなあ。

 従者だけに限ったことではない。

 都合よく人が集まってくるというかなんというか。

 帰り道、そんな内容のことをカプルに漏らすと、


「それはご主人様の人徳、というものですわ」

「そうかな?」

「ええ、ご主人様と話していると、なんとか力になって盛り立てようという気になってきますの。それ以上に、この人とならなんでもうまくいく、と言う気になれるのですわ」

「それは従者の贔屓目じゃないか?」

「そうかもしれませんわね」


 舞台の方はどうにか目処がつきそうだ。

 あとはチェスの大会もあるし、カフェの準備もある。

 こんなに働いてるのって、こっちに来てから始めてじゃなかろうか。




 翌日。


「は、春のさえずり団です、よろしくお願いします」


 リーダーのヘルメがガチガチに緊張したまま、頭を下げる。

 集会所にバンド少女四人を商店街に迎えての初顔合わせだ。

 商店街の主な連中の他に、昨日の演出家エッシャルバンも来ている。


 揃ったところで早速演奏してもらうことにした。

 演奏が始まると、さっきまでの緊張はどこへやら。

 前回同様、素晴らしい曲を聞かせてくれる。

 キッチュでポップな彼女たちの音楽は、初めこそみんな面食らっていたものの、何も言わずとも次第にみんな体が踊りだす。


「な、なんだか体がむずむずする感じで」


 となりでおとなしく聞いていたアンがそういうので、


「そういう時は思うままに体を動かすんだよ」

「しかし、音楽というものはおとなしく聞くものでは」

「これは踊るための音楽だよ」


 そう言って俺も全身でリズムを刻む。

 隅っこに追いやられて文句を言っていた年寄り連中も踊りだす。


「なんじゃこりゃ、おどらんとおれんぞ」

「懐かしいリズムじゃのう、昔南方に行っとった頃によう聞いたわ」

「ど、どうやって踊るんじゃ、こりゃ」

「頭を縦に降るんじゃ、こう、こうやって、ほりゃドン、ドン、ドン、ドンッ」

「こ、こうか、こうじゃな」


 年令を問わずにイケそうだな。

 ぶっ倒れなきゃいいけど。

 やがて演奏が終わり、拍手喝采となる。


「ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げる四人の少女。

 いいねえ。


「いやあ、これは面白い。それに新しい。新しいが、心に馴染むリズムだ。そう、リズム! 音楽が紡ぎだすダンス、それを彩る照明。夕刻の日差し、徐々に黒く染まる町並み、そこに響くドラムのリズム。踊りだす人々を照らしだす光、光、まさに光の洪水! すばらしい、これは素晴らしい物になるぞ!」


 演出家のエッシャルバンは一人で盛り上がっている。


「サワクロさん、これは久しぶりにエキサイティングな仕事になりそうだ」

「そう言ってもらえると助かります」

「よし、シャロアン、早速人を集めろ。エザは今こっちにいるだろう。ファンダも呼ぼう。エレイラはどうだったか?」


 エッシャルバンはお供のメイドに命じる。

 彼の従者で秘書らしい。


「無理ですよ、先生。この時期はどこも祭り合わせの公演準備の真っ最中です」

「そんなことは知らん! 心配せんでもあいつらなら食いつく! ああしかし歌姫が立っているだけというのは物足りないな。振り付けはどうだろう、演奏しながら踊るのは無理としても、リーダーの彼女だけはどうだ?」

「先生、人前でトリップしないでください」

「そうだ、歌って踊る、オペラでは当たり前のことを演奏でやるのだ、来るぞ、これは来る。ステージを音楽でうめつくすのだ!」


 自分の言葉で酔うタイプかな?


「エッシャルバンは相変わらずのようですね」


 一歩下がって聞いていたモーラがそう話しかけてきた。


「彼はいつもそうなのかい?」

「ええ、いつもそうでした。ああやって一人で盛り上がるのですけど、初めは誰も彼の言葉を理解できないの。それでも彼の言うとおりに舞台を用意し、振付をして、完成した舞台は、それはもう素晴らしくて……」


 そう言うモーラの目ははるか遠くを見ているようだった。


「おお、モーラ、こんな素晴らしい機会を用意してくれてありがとう」


 エッシャルバンはモーラの隣に駆け寄って彼女に抱きつく。


「まあまあ、相変わらず情熱的な人。その気持ちは、今はあの子達に向けて頂戴」

「もちろんだとも。そうだ、衣装はどうする? 君が作るのかい? だが時間がない。人手はあるかい? なければ用意しよう。そうだサワクロさん、公演の日付は決まっているのかい?」

「ええ、祭りの中ほどでチェスの大会を開くので、その後で人の集まってるタイミングはどうかと」

「なるほど! 人を集めるのに手段は選んでられないからね。そうか、チェスか。客層も幅広く見込めるな。では祭りの中日、エイシオールの日はどうだ? 降臨の儀の前日だ、街の人も一息つくタイミングだし、後半に入ると紅白戦に人々の目が行ってしまう。どうだね? いいかい、よし、いいな。そうしよう。決まりだ。そこから逆算して舞台を作らねばならん。一刻の猶予もないぞ! バンドの名はなんだったかな、春のさえずり団か、ふむ、いいな。冬の日に響く暖かな春のリズム、そうだ、昨日拝見したステージのラフ、あれも良かった。花のイメージが盛り込まれたあのシンプルなデザイン、あれを描いたのは誰だい?」

「あれはあっちに居る彼女が」


 と呼んでおいたサウを指さす。

 エッシャルバンはつかつかと歩いて行ってサウの手を取る。


「見せてもらったよ、若いのに素晴らしい才能だ。そうだ、若さだ。少女たちの紡ぎだす若さ、春の息吹、花咲く乙女たちの舞台をつくりあげよう。そう、これはステージの革命になるぞ!」


 握りしめた手をブンブンふりながら叫ぶエッシャルバン先生。

 サウは目を白黒させて驚いている。

 大変な先生に見込まれたものだ。

 その大先生はしばらく叫んでいたかと思うと、椅子に腰掛けて黙りこんでしまった。

 入れ違いに、集会所の隅で聞いていた果物屋のエブンツが寄ってくる。


「何なんだ、あのおっさん。モーラさんと親しそうにしやがって」

「彼女の古い友人だってさ。嫉妬する前に仲良くして彼女の好みでも聞き出すべきだと思うぞ」

「そ、そうか。お前頭いいな」

「いい悪いじゃなくて、ポジティブなんだよ」

「なるほど」


 モーラに惚れてるエブンツだが、この調子では先は長そうだな。

 ブツブツいいながら後ろに下がったエブンツに代わり、こんどは従者兼秘書のシャロアンが話しかけてくる。


「ああなると、うちの主人はてこでも動きません。代わりに私の方で詳細を詰めさせていただきます」

「承ろう」

「まずは予算の話をさせていただきたいのですが、単刀直入に申しまして、最低でもこれぐらいは必要になるかと」


 と他の人に見えないようにメモを手渡す。

 う、結構な額だな。

 次の瞬間、我が家の大商人メイフルが横からすっとメモを奪い取る。


「よろしゅうおま、ただし明細はチェックさせてもらいますで」

「それは当然です。スタッフの人選はこちらにお任せいただいてよろしいですか?」

「それも任せしますわ。うちらは素人衆ですからな。大将もそれでよろしゅうおますな?」

「ああ、任せるよ」

「それでは私は手配がありますのでこれで。主人はあのままにしておいてください。お腹が空けば勝手に家に帰りますので」


 そういって秘書のシャロアンは帰っていった。

 俺は演奏を終えて一息ついていた四人の少女のもとに歩み寄る。


「ご苦労だったね、みんなの受けも思った以上にいいようだ。ステージはこちらで全力で用意させてもらう、君たちも頑張ってくれ」

「はい、よろしくお願いします」


 リーダーのヘルメは力強く返事を返す。

 どうやら覚悟も決まったらしい。

 言動に力が満ちてきたようだ。


「あの……」


 とベースのサーシアがおずおずと聞いてくる。

 青い肌の彼女が一番無口っぽい。


「なんだい?」

「あの、さっき叫んでたあの人……エッシャルバン先生……ですか?」

「ああ、そうだよ。今回の演出をお願いしたんだ」

「ひっ!?」


 サーシアは口を大きくあけたまま固まる。


「サーシア、知ってる人?」


 とヘルメが尋ねると、サーシアはアガアガいいながら、口を開けたままもがく。

 あごが外れたんじゃないだろうな。


「何言ってるのかわかんないでしょ! 口ぐらい閉じなさい!」


 ムードメーカーの褐色少女オーイットにチョップで突っ込まれて、サーシアはやっと口を閉じる。


「あ、あの人は、キックリ劇場の常任演出家で、かつて白薔薇の騎士の千日公演も成功させた、ゆ、有名な先生です」

「え、ほんとに! なんでそんな人が」

「わ、わかりません……ゆ、夢じゃないでしょうか」

「そ、そ、そんな大先生が、私達のステージを?」


 さっき覚悟が決まったかに見えたヘルメなども、あっという間に混乱の極みに陥ってしまったようだ。

 まあ、趣味でちまちまやってた若者が、突然大舞台に駆り出されるとなれば、動揺もするだろう。

 裏目に出なけりゃいいけど。

 俺はどうやらちょっとだけ神経が図太いようで忘れがちだが、普通はこういう場合緊張するよな。


「なに、心配することはない。有名な先生に協力はお願いするが、やることは当初の予定通り、祭りの客にバックで演奏を聞いてもらうだけだ。むしろベテランのサポートが有るほどやりやすいものだ。気負わずに思う存分、楽しんでくれればいい」

「は、はい」

「大丈夫、君たちなら行けるさ」

「が、がんばります」


 そこに仕立屋のモーラが寄ってくる。


「みなさんの衣装の採寸をしたいのだけれど、今からよろしいかしら」

「そうだな、どうだろう、君たち」

「だ、大丈夫です」


 と頷く四人。


「それじゃあモーラ。任せたよ」

「お任せください。それじゃあみなさん、店の方にお願いします」


 四人の少女バンドは、モーラに連れられて出て行った。

 商店街の連中も引き上げたようだ。

 あとには椅子に座り込んでウンウン唸ってる演出家の先生だけがのこった。

 まあ、ほっといてもいいだろう。


 日付が決まったことで、次の仕事もできた。

 ビラやポスターの制作だ。

 以前からサウに頼んでおいたが、スケジュールが決まってこれでやっと正式に発注できるわけだ。

 実際のマネジメントはカプルがやってくれてるので、うまく回してくれるだろう。

 今回の祭りに関しては、俺は企画に専念して、あとは得意な人間に任せる方向が良さそうだなあ、と思ってる。

 うまくいくかどうかはまだわからんが、とにかく頑張ろう。

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