第134話 ストリートチルドレン

 商店会長のオングラーじいさんのところに、祭りの打ち合わせに来ている。

 地域ごとに担当の騎士と警吏がいるのだが、この場所で催しをするのは初めてなので、あちらの方でも段取りがあるらしい。


「客寄せの何かをするのなら、早めに申告してこいと、まあそういう話じゃったな」


 とオングラー。

 見た目はお人好しな爺さんだが、長年冒険者として生き抜いてきただけあって、それなりにしたたかでもある。

 交渉を任せるにも不安はない。


「そうですね、考えてはいるんですけどなかなか。みんなも日々の仕事で忙しいようですし。エブンツなんかは顔を合わせる度に任せた任せたばっかりで」

「お主に期待しとるんじゃな」

「そうなんですかねえ」

「隠しておっても元は紳士。にじみ出る貫禄は、人を引きつけるんじゃよ」


 商店街で俺の正体を知っているのはこのオングラー老人とその従者だけだ。

 その従者である僧侶メイドのエヌがお茶を出してくれる。


「そうですよ紳士様、あのゼリーみたいな素敵な商品、うちにも考えてくださいよ。もっと若い女性に売れるような」


 とエヌ。


「そうは言っても御札だろう? かわいい紙袋に入れるとか、それぐらいじゃ……」

「それはやってるんですけど、ちょっとは感触あるんですよ。だから上辺だけじゃなくて、もっとこう潜在的な需要ってやつを呼び覚ますような……」

「うーん、まあ考えとくよ」

「おねがいしますね、うちの主人は商売の方は丸投げなんですから」


 ちらりとオングラーを見ると、素知らぬ顔でお茶をすすっている。

 どこの家でもメイドのホロアは口うるさい物らしい。


 オングラーの元からうちに帰ると、珍しくエレンが書類の束とにらめっこしている。

 冒険者のクラスでいうところの盗賊であるエレンは、大抵の場合外をうろついて街の情報を集めている、と言っていた。

 俺と出会うまでは、スリなども家業にしていたようだが、いまはそちらからは足を洗っている。

 職業としての盗賊も神様公認のまっとうな仕事らしいが、犯罪は犯罪であり、捕まったら裁かれる。

 捕まらなければその仕事は芸術として評価され、不問に付されるということだ。


「もっとも、捕まらなければ何をしてもいいというわけじゃないけどね」

「というと?」

「殺したり犯したりは御法度さ。他にも縄張りだの何だのあるけどね。あとはギルドに所属しない盗賊もアウトだね」

「要するに、縛られる法律というかルールが、ちょっと世間と違うだけなんだな」

「まあ、そういうことだね」


 そういいながらも、ペラペラと書類をめくっている。

 たまに家にいてもナイフの手入れか釣りぐらいしかしてないのに、珍しいこともあるもんだ。


「で、それはなんなんだ? 例のダンジョンとも関係なさそうだが」

「こいつは今度の報謝会の準備さ」

「報謝会?」

「要は炊き出しをやるのさ。炊き出し自体は盗賊ギルドの主催で毎週やってるんだけどね、祭りの時は大規模にやるから僕達みたいな野良盗賊も駆り出されるわけさ」

「なるほどねえ」


 しかし盗賊ギルドが炊き出しってのもいかがなものかという気もするが、まあそういうもんだろう。


「メイフルも忙しいからね、その分、僕が二人分やってるわけさ」

「ほう、それで俺は何を手伝えばいいんだ」

「旦那は話が早くて助かるねえ。じゃあこの表のこの列の数字を全部足して、合計があってるか確かめてよ」

「ふぬ」


 手書きでみっしり書き込まれた書類を眺める。

 表計算ソフトを方眼紙のように使う上司に悪態をついたこともあったが、手描きの表を眺めてるとあんなんでもマシだったなあ、と思えてくるな。

 しかし、こっちの世界の数字は相変わらず読みにくい。

 ローマ数字みたいな一進法もどきで、単純に文字を並べただけの組み合わせだからな。

 仕方ないので一旦、アラビア数字に置き直してから計算する。

 チェスの名人にして実家が運送屋のイミアに聞いた話では、陸の商人なんかはアラビア数字のような位取り記数法で帳簿をつけるとかで、海の商人にも少しずつ普及しているとか何とか。

 少なくとも、盗賊ギルドでは普及してないようだ。


「でもほら、僕らの計算って基本的に分前の分配じゃないか、だから棒を足すだけの書き方は楽なんだよ」

「そういうもんか」


 久しぶりの事務仕事は目に来るが、肩が凝ったら誰かにもみほぐしてもらおう。


「これが仕入れの数字か、凄いな。いくら動くんだよ。資金はどこが出してんだ?」

「それもまだ一部だよ、うちの灰色組で受け持つ分だけだからね。資金はまあ、色々さ」

「色々ねえ。そういえば、盗賊って派閥があるんだったな」

「七色のボスの下で分かれてるからね。ここは緑色土竜率いる緑組が仕切ってるのさ。うちはおまけだよ」

「土竜か。熊とか土竜とか由来はあるのか? お前のボスの灰色熊は、たしかに凄い人ではあったが、別に熊って感じじゃなかったよな」

「あれは代々受け継ぐ名だからね。初代は熊っぽかったんじゃないかなあ」

「なるほど。そういえば、お前もなんかあだ名みたいなのなかったっけ? うーん、思い出せん」

「忘れていいよ、スリはもう引退したからね」


 そこに裏庭で練習していたらしいフルンが入ってくる。


「あ、ご主人様お手伝いしてる! 私もやる!」

「お、偉いなフルン。だが大事な書類を汚す前に、水浴びして着替えてこい」

「うん!」


 とバタバタと裏庭に水を浴びに走っていった。


「あはは、フルンも今じゃすっかり元気だねえ」

「そういえば初めてあった時は、犬小屋みたいなところで寝込んでたもんな」

「あの時は、良い薬も手に入らなくて困ってたんだよ。旦那に拾ってもらわなきゃ、僕も金に困って身売りでもしてたかもしれないね」

「そりゃまた、悲劇的なシチュエーションだな」

「全くだよ。でも、炊き出しに来るようなストレートチルドレンには、そうなっちゃう子もいるからねえ」

「そりゃいるだろうなあ」


 俺は全く困ってないので色街には行かないが、この街にだってそういうところはある。

 困ってなくても興味が無いわけじゃないが、各方面から怒られそうだしな。


「フルンは最初、スザーフ村っていう、エツレヤアンから西に半日ぐらいの村で出会ってね」

「ほう」

「そこでまあ、出張で炊き出しをやってたんだけど、フルンは野生の狼みたいに目をぎらつかせて飛びついてきてさ、僕の手に噛み付いてお椀を奪い取ったんだ」

「そりゃまた腕白だな」

「まあね。ま、それからいろいろあって、一緒に暮らしてたんだけど、獣人だと仕事も中々もらえないし、かと言って盗賊にするのもどうかと思ってね、配達とか薪拾いとか、収穫の手伝いとか、そういうので食いつないでたんだけどねえ……」

「ほほう」

「それがまた、フルンは元気が余ってるから、失敗も多くて……」


 とそこに着替えたフルンが飛んできて、俺の隣に座る。


「着替えた! 手伝う!」

「おっとそれじゃあ、フルンは俺と一緒に足し算するか」

「やる! だいぶ算数できるようになった!」

「そうかそうか」

「でもこれ、なんの足し算?」

「盗賊ギルドの炊き出しだってよ」

「へー、あれでしょ、エレンと始めてあった時のやつ」

「そうさ、今その時の話をしてたんだよ」


 とエレン。


「あの時ねー、私すっごくおなかすいてたから順番抜かして飛びついたら、エレンがお椀をヒョイって避けてくれなかったの。だから私も怒って噛んじゃった」

「僕もまさか噛み付かれるとは思ってなくてね。あのあとボスに叱られたんだよ、子供に噛み付かれるとは何事だ、盗賊の修行がなってない、ってね」

「えー、そうなんだ、ごめんなさい」

「あはは、まあそこは僕が未熟だったのさ」

「でも、あの時の私、悪い子だよねー、順番も守らないし、エレンにあたるし。欲張ってたのかな? みんなもお腹空かして並んでたのにねえ」


 と首を傾げるフルンにこう言った。


「すごく貧乏な頃はな、自分だけが得をしたいと思うんだよ、周りを蹴落としても自分だけでも儲けたい、お腹いっぱいになりたいってな」

「なんで?」

「そりゃ、後が無いからさ。どん底で周りと一緒だとそのまま餓死しちゃうだろ」

「うーん、今から考えるとそうかも。あの頃はとにかくお腹が空いてて他のことが考えられなかったもん」

「それがもうちょっと余裕が出てくるとな、現状維持でもどうにか生きていけるんだけど、そうなると今度は自分だけが損をしたくないと思いはじめるんだ」

「損をしたくないって?」

「つまり自分以外が得をするのが我慢できないんだな。だって周りが得をし始めると結果的に自分が周りより貧乏になっちゃうかもしれないだろ。だから得しそうな人の足を引っ張ったりするんだよ」

「うーん、そうかな?」

「フルンはどう思う?」

「うーんと、つまり私だけご奉仕させてもらえないとか?」

「そういうのもあるな」

「うーん、わかんない」

「わからんか」

「だってそんな風にいじわるするご主人様が想像できない!」

「そうかそうか、俺はいい主人だなあ」

「うん!」

「そうやって仲良しぶりをアピールされると、僕が寂しいじゃないか」


 とエレン。


「あ、ほんとだ。私がご主人様と仲良くしてるとエレンが損した!」


 と言って、フルンはエレンの隣に移動する。


「これで大丈夫! エレンと仲良し!」

「今度は俺が寂しいぞ」

「あ、ほんとだ、どうしよう!?」


 うーんと頭を抱えてしばし悩むフルン。


「えーと、それじゃあご主人様もこっちに来ればいいと思う!」

「なるほど、名案だ」


 そんなわけで三人並んで仲良く書類を片付けた。


「ふう、二人共おつかれさん。僕はちょっとギルドに出かけてくるから」


 エレンが席を立つと同時に、裏庭から何か聞こえてきた。


「施しなら精霊教会に行ってください」

「いいでしょ! 残り物でいいから、お願い」

「だめです。神殿で日々の施しがあるでしょう」

「あそこじゃ大人が全部持ってっちゃうんだよ! ねえ、もう三日も食べてないんだから」


 裏口から出てみると、ボロを着た子供がアンにすがりついている。

 物乞いか。


「しょうが無いな、どっから入り込んだんだろう」


 とエレン。


「気の毒だけど、一度あげると今度は他の子を連れてくるからね。心を鬼にして追い払わなきゃ」

「そういうもんかね」

「そういうもんさ」


 俺達は距離にしたら十メートルもない、少し奥まったところから見ていたわけだが、物乞いの子供はこちらに目を向けると、パッと走りだした。

 あっと驚いてアンが腕をつかもうとするが、子供はするりとくぐり抜ける。

 その拍子にかぶっていたボロが脱げて中からは長い尻尾の生えた、丸い耳の少女が飛び出してきた。

 あれは、猿か?

 そのまま跳ねるように俺の前まで飛んでくるが、直前でフルンが目にも留まらぬ早さで割り込んでくる。


「それ以上だめ!」


 と叫ぶフルンを見て猿娘は、


「ちっ、グッグじゃないか」


 と舌打ちし、裏庭に積み上げた空のりんご箱を足場に飛び上がると、三メートル以上の高さにある、二階から伸びた滑車の桟に飛び移り、尻尾でぶら下がって叫ぶ。


「犬っころはお呼びじゃないよ」

「犬じゃないよ! 猿助!」

「あたしのどこが猿だって!? このワン公!」

「うぐぐ」

「むきぃ」


 猿娘と犬娘がいがみ合うさまはちょっとおもしろいな。

 だが、猿娘の方はフルンを無視して、俺に話しかけた。


「旦那さん、お願いだよ、あの女中はケチで何も恵んでくれないんだ。ねえ、ご立派な旦那さん、パン一個でいいんだ」


 話しながら彼女はくるりと体をひねると、桟の上に飛び乗って逆立ちする。


「ほう、身軽なもんだな」

「なんだい、あたしの軽業が気に入ったのかい? だったらご披露するから、ご祝儀をはずんどくれよ」

「だめです! 早く降りて来なさい」


 とアンが叫ぶ。

 珍しく怒ってるのは、ケチ呼ばわりされたから……じゃないよな?


「うるさいなあ、あたしはこちらの旦那と交渉してるんだよ。ケチな女中は引っ込んでてよ!」

「お嬢さん、見事な軽業は結構だけどな」


 と俺。


「そのケチな女中は、うちで一番偉いんだ。彼女を怒らせると、大変なことになるぞ」

「え、うそ! ほんと!?」

「本当だとも。だからまずは降りてきて、彼女に謝りなさい」

「う、でも……」

「いい子だから」

「うう……」


 と少し呻くと、猿娘は滑車の桟からひょいと飛び降りると、アンの前に飛び降りた。


「わ、悪気はなかったんだ、その、ついお腹が減って……ごめんなさい」

「ふぅ……しょうがない子ですね。次はありませんよ」


 そう言ってアンは懐からコインを取り出すと、猿娘の手に握らせてやった。


「まいどあり! またね、旦那さん! 女中さん!」


 ひょいと飛び上がると、樽やら壁やらの高さ方向の障壁を無視して、一直線に飛び跳ねながら走り去っていった。

 すげーな、あの動き。


「あはは、アンも甘いねえ」


 とエレンに言われてアンも頭をかく。


「全くです、次はちゃんと追い払わないと」

「そうだねえ」


 と頷く二人。


「やっぱまた来るかな?」


 と尋ねるとエレンが答えて、


「そりゃあ、来るだろうねえ」

「次は私が追い払う!」


 とフルン。


「お、どうしたフルン、やる気だな」

「ポロに隙を見せちゃだめだって長老様も言ってた!」

「ポロ?」

「ポロ族! 私達グッグの宿敵!」

「ほほう」


 猿だからかな?

 犬猿の仲ってのは異世界でも通じるんだろうか。


「どうだ、勝てそうか? かなり素早かったぞ」

「うーん、動きは見えるけど……。跳ばれると届かないからわからない。素手だとビミョーかも」

「でも、丸腰相手に剣は使えないわなあ」

「うん、素手で倒す!」

「そうかそうか、なら彼女の対策は任せた!」

「ま、裏街の子ならどっかのチームに所属してるだろうから、いざとなったら顔役に話を通しとくよ」


 とエレン。


「物騒な話だな」

「まあね。流れ者だと厄介かな。ま、旦那が従者にしたいってんなら止めないけどね」

「え、従者にするの?」


 と驚くフルン。


「いや、そうとは限らんが」

「どうしよう、それなら仲良くするんだった!」

「宿敵じゃないのか?」

「種族より従者のほうが、えーと、その……上なの!」

「ほう、そうか。まあ、何にせよ、がんばって勝負してくれ」

「うん、がんばる!」


 その時はそれで話は済んだのだが、後日街を歩いていると再び猿に出会った。

 ただし、その時の猿娘ではない。

 家から五分ほど歩くと立ち並ぶ住宅の合間にポッカリと小さな森がある。

 鎮守の森などと言われているが、中央にひだまりがあってぽかぽかと温かい。

 馬人の撫子も牛娘のピューパーちゃんと、ここでよく遊ぶらしい。

 その日は撫子とウクレ、フルンと一緒に散歩中だった。


「ねえ、ご主人様。なにかあります」


 と撫子が俺に話しかける。

 見に行くと、茂みに埋もれるように、小さな石像があった。


「なんだこりゃ?」


 積もった枯れ葉を払うと、高さ二十センチほどの小さな像だ。

 どうも服を着た猿の像らしい。


「お地蔵さんですね」


 奴隷のウクレが像を手に取ってそう言った。


「ほう、じゃあこれも神様か」

「はい。でも女神様よりも古い神様だとか。私の部族でも、馬の神様の木像を大事に飾ってました」

「ほほう、女神以外にも神様がいるんだな」

「でも、今はいないって教会では教えてますけど……私達みたいな辺境のものしか信じていないと思います。こんな都会でも、お地蔵様があるなんて……」


 なるほど、古い土着の神様とかそういうアレか。

 レーンやハーエルがいれば、糞長い講釈を聞かされるところだったな。

 まあ女神様もどこまで神様なのか怪しいしな。

 燕とか見てると特にそう思うわけだが。


「私の村にもあったよ! 犬のお地蔵様!」


 とフルン。


「ほう」

「毎朝ね、水をかけて綺麗に拭くの!」

「なるほど、じゃあこれも綺麗にしとこうか」


 そういいながら改めてよく見ると、枯れ葉に埋もれてたわりには綺麗だな。

 むしろ枯れ葉がかぶりすぎてたんじゃないか?


「誰かが手入れしているようですね。その上で隠してたのかも……」


 とウクレ。


「なんでわざわざ隠すんだ? 迫害を受けたりするのか?」

「さあ、そんなことはないと思うんですけど。ただ、あまり信仰されていないだけで」

「ふぬ」

「わかった! きっとご利益を独り占めしようとしてるんだ!」


 とフルンが叫ぶ。


「ご主人様言ってたでしょ、すごい貧乏なときは、自分だけ得したいって。だからこれは貧乏な人が隠したの!」

「ほほう、なかなか鋭い推理だな」

「うん! だからねー、これはー、わかった! きっとこの間の猿だ! あのポロが隠したんだと思う!」

「大胆な推理だな。だが、論理が飛躍し過ぎだぞ。ハーエルが聞いたら怒るな」

「うーん、でも他に猿の神様を信仰してそうな人知らないもん!」

「そうだな。でも判断材料が足りない時に、手持ちの情報だけで無理に結論を出そうとすると間違いやすいぞ」

「じゃあどうするの?」

「まずは調べるんだ。近所の人に話を聞いて、ここによく来る人を調べるとか、見張っておいて現場を押さえるとかな」

「そっかー、じゃあ見張る!」

「一番確実だな。しかし、なんでそんなに気になるんだ?」

「うーん、だって私も犬神様に毎日お祈りしてたけど、全然ご利益なかった。村も焼けちゃったし。だから多分、女神様ほどご利益ないと思うんだ」

「ふぬ」

「ご主人様言ってたでしょ、女神様にお願いするとすぐに従者が増えるって、だから女神様は御利益ある! でもお地蔵さんはそれほどじゃないもん」


 そんなこと言ったっけ?

 言ったかもしれんな。

 実際、お願いすると美少女が寄ってくる気がするし。


「でも、そんなお地蔵さんを独り占めしたくなるぐらいだから、きっとすっごい困ってる人だと思う。だから、気になる!」

「じゃあ、助けてあげたいのか?」

「それはわかんない。悪い人かもしれないし。でもねー、私がすっごい困ってる時にエレンは助けてくれたから、もしかしたら助けられるかもしれないし……、どうだろ?」

「そうかそうか、じゃあみんなで調べてみないとな」

「うん!」


 ひとまずお地蔵さんを元通りにして、俺達はその場を後にした。

 エレンやコルスあたりに頼めばすぐに見つかるだろうが、フルンの好きにやらせてやりたい気もするな。

 でも、危険な相手だと困るよなあ。

 というわけで、エレンに相談してみた。


「そこの鎮守の森? ああ、あそこはこの間の猿っ子がねぐらにしてるよ」

「知ってんのか!」

「そりゃあ、あのあとすぐに調べるさ。それが僕の仕事だからね」

「なるほど」

「ひと通りあの子のことも調べといたけど気になる?」

「気にならんといえば嘘になるな」

「じゃあ、かいつまんで説明しようか。名前はエット。最近までハンダバ曲技団ってサーカスにいたみたいだね。逃げ出してあそこに住み着いたようだよ。物乞いをしてるけど、縄張りを荒らすからってんで盗賊ギルドから目をつけられてるね。このへんは子供があんまりいないから、仕切る奴もいないんだけど、そもそも子供を使う奴らはろくなのがいないからねえ」

「ふぬ」

「祭りの前だから、家無しはそろそろ締め出されるかもしれないね。物乞いもギルドに所属してれば商売だから、警吏の方でもお目こぼしするんだけどさ、そういう後ろ盾のない連中はまとめてしょっぴかれて、どっかで労役につかされたりするねえ」

「なるほど。しかし、そこまで調べて、なんで教えてくれないんだよ」

「うーん、聞きたい?」

「聞きたい」

「あの子、すでに契約済みらしいよ」

「うっ……、そうなのか」

「盗賊ギルドの方でも調べてたみたいだけど、本人がそう言ってたらしいねえ。嘘をついてる感じじゃなかったとか言ってたなあ」

「そうか……」

「旦那がそういう顔をしそうだから、黙っといたんだよ」

「しかしハーエルみたいな例もだな」

「無いと思うけどねえ」

「うぐぐ」

「まあ、僕が直接確認してからと思ってたんだけどね。今は別件で忙しいんだけど、他にも気になるところがあるから、もうちょっとあの子のことは気にかけとくよ。万が一ってこともあるしね。そもそも、この通りは僕の縄張りだからねえ」

「縄張りとかあるのか」

「そりゃあね、とくに僕の主人は紳士様だから、あちらも色々気を使うのさ」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。しかし、猿のお地蔵さんがあったとは気が付かなかったなあ。僕もあのへんは調べたんだけど」

「撫子が見つけてな」

「そうかあ、撫子は僕らには見えないものが見えるみたいだよね」

「うーん、そうかもしれんなあ」


 そういうことが、今までも何度かあったもんな。


「例のゴーストの墓場探しにも役立ちそうだけど、いくらなんでもダンジョンに連れて行くには早過ぎるしねえ」

「そうだな」

「もう少し大きくなって、剣なり魔法なりを仕込んでやれば、きっと大活躍すると思うよ」

「ふぬ、将来が楽しみだ」


 とにかく、相手の正体は分かった。

 フルンが頑張る分には問題ないだろう。

 俺の従者にならなくたって、シルビーみたいに、フルンの友達にはなるかもしれないしな。

 今の時点でバラす必要はないかな?

 まあ、しばらくは様子を見守るとしますかね。

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