第133話 信仰と論理
朝食を終えて、さて今日は何をして遊ぼうかと夏休みの小学生のような気分で悩んでいると来客がある。
駆け出し絵描きのサウちゃんだ。
「おはよー……ございます……」
昨日とは打って変わって元気がない。
「どうしたんだ、寝不足かい?」
「寝不足? ああ、それもあるかも……」
「今日は一人か。イミアちゃんは?」
「あの子は家の手伝いがあるからって……」
「そうか。とにかく、カプルは奥にいるからどうぞ」
と招き入れる。
うーん、ありゃよほど作業がうまくいかなかったのか。
ちょっと様子を見てみよう。
「あら、早かったですわね。その様子では、アイデアはまとまらなかったようですけど」
出迎えたカプルの前で、サウは大きくため息をつく。
「そうなの……、私、才能ないかも」
「ふふ、一晩で音を上げるようでは、たしかに才能が足りてないかもしれませんわね」
「ううぅ……」
「そうですわねえ。自慢話は好みではありませんけど、私もかつてあるものをつくろうと悩みに悩んだことがありますわ。その時はそう、実に十年以上もの間、ひとつの作品に取り組みましたの」
「十年!」
「ええ。それは長いようで短いもの。人が一生の間につくり上げる作品の数なんて、たかが知れていますわ。それでも一つでも多くを創りあげたい、世に送り出したい。そう思いながら何度も失敗し、それでも失敗の度に一歩でも半歩でも完成に近づく。ものを作るとはそういうことでしょう」
「うん……そう思う」
「さあ、そのカバンに詰まった物を見せてくださいな。それは失敗の束であると同時に、成功へつながる大切な足がかりですわ」
「うん、そうよね。あのね、色々考えたんだけど……」
そう言って彼女は大量に書きなぐったラフを机いっぱいに広げる。
どうやら俺が口を挟む余地はないようだな。
二人の邪魔をしないように、俺は散歩にでも行くとしよう。
今日は道場が休みだったフルンを連れて行こうと探すと、すでに撫子と一緒に遊びに行ったらしい。
代わりを探すと、ちょうど集会所に出かけようとしていたプール、エク、燕の三人組を見つけた。
「ちょうどいい、散歩に行こうぜ」
「私は別にいいけど、二人はどうする?」
と燕。
「妾も構わぬぞ、年寄りの相手ばかりでは、カビがはえるのでな」
「では、私もご一緒させていただきましょう」
プールとエクも同意する。
「紅もどう? 洗濯終ったんでしょ?」
燕がちょうど一仕事終えた紅に声をかける。
「では支度をしてきます」
紅はコクリと頷くと、奥に入って着替え始めた。
確かにこのメンツだと、お目付け役がほしいところだ。
というわけで、遊び人三人+保護者一人をお供に、散歩に出ることにした。
「そういえば、昨日の女帝は来ておらんのか? 従姉妹の娘とやらは来ておったようだが」
とプール。
「実家の手伝いだってさ。忙しいんだろ」
「ふぬ、妾もかなわぬまでも、もっと腕を磨かねば」
「そんなに強かったの? 私も行っときゃよかった」
燕の問にプールが答えて、
「強すぎたな。エクでも刃が立たぬとあれば、我らの及ぶところでは無いわ」
「へえ、そんなに強いんだ」
「尋常ではないな。まるであらゆる手をすべて読み尽くしているような打ち方であった」
「ふーん、ネアルみたいね」
「ネアルって女神様のネアルか?」
と尋ねると、
「そうよ、全知の神ネアル。あの人はこの宇宙のすべてを知ってたわ……たぶん」
「すげーな」
「じゃあ、たまにはネアルにお願いに行きましょ、チェスで勝てますようにって」
というわけで、俺達はゾロゾロとそろって神殿に向かう。
図書館ではいつもの様にレーンたちがお勉強しているはずだが、邪魔をするのも悪いだろう。
まっすぐ本殿に向かう。
ここはアウル神殿なのでど真ん中には巨大なアウル像が祀られているのだが、その隣の部屋には、こぶりな三女神の像がある。
そこのネアル像の前でお祈りする。
「はー、御利益あるかしら。ネアルはアウルよりは話しの通じる方だったけど……、そう思わない、紅」
燕が紅に話を振ると、
「覚えておりません」
紅はそっけなく返す。
「まあ、私もあんまり覚えてないけど。強いて言うなら、アウルは全然人の話を聞かないくせに注文ばっかりだして、そもそもアウルはドケチなのよね」
「ちょっとあなた! 神聖なこの場で、今の発言はいくらなんでも不遜でしょう」
そう言って燕に絡んできたのは、若い女のお坊さんだった。
尼とは言わないんだよな、この世界じゃ。
「何よあんた」
「それはこちらの台詞です」
年の頃は二十前後だろうか、ホロアのようなので、必ずしも外見とは一致しないはずだ。
坊さんらしい衣をまとった上から、革の胸当てを身につけている。
僧兵ってやつだな。
騎士と一緒に行動しているのを、何度か見たことがある。
「あなたはネアル信者なのかもしれませんが、ここはアウル様を祀る神殿です。そもそもネアル様もこう申しております。己の信仰を過信してはならぬ、他者の信仰を蔑んではならぬ。さもなければ人は神を争いの道具へと貶めるであろうと」
「その台詞はそっくりそのまま返すわよ! そもそも、あんたもホロアなんだからネアルを信仰しなさいよ。ネアルに作られたんでしょうが!」
「人形のあなたに言われたくありません! その体はもともとアウル様が人に授けたもので……」
「この体は違うわよ!」
「どう違うのですっ!」
「違うから違うのよ!」
「なんと非論理的な! もっと論理的に話しなさい!」
「あんたの屁理屈よりマシよ!」
「この私の論理を屁理屈と! アウル信者にとって最大の侮辱!」
「だからなんなのよ、ムキー!」
「ムカー、もう許しません、人が下手に出ればぬけぬけと! どこの人形かしりませんがこの私が性根を叩き直してあげます!」
「望むところよ、このスカポンタン!」
うわー、神殿でキャットファイトが始まったぞ。
しかも僧侶と女神が。
真面目なシルビーあたりが見たら卒倒しそうだな。
でも、手が付けられん。
仕方ない、体を張って止めよう。
「まてまて、お前たち。いくらなんでも女神様の前でそれはうぎゃっ!」
どっちかはわからんがひっかかれた。
たぶん両方な気がする。
「情けないのう、貴様それでも我が主か?」
「そういうなよプール。お前の術で、とにかくこの場を収められんか?」
「坊主も人形も幻覚が効きにくいからな、やはり貴様が体を張るしかあるまい」
「しかたない」
徐々に人も集まってきたのでいい加減止めないと。
「マスター、私がかわりに」
と紅が言ってくれるが、ここは俺の出番なのだ。
「大丈夫、俺に任せとけ」
そう言って、再び二人の間に割って入る。
「おいやめろ、やめろってば、いてっ、いたい、やめて、いたいって、やめ……ぎゃあっ!」
ぼかすか殴られつつも、どうにか二人を引き離す。
「とにかく、やめ……やめてくれ……たのむから……ぜえ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ、はぁ、邪魔しないでよご主人ちゃん」
「はぁ、はぁ、そ、そうです、これは高度に信仰上の問題です」
「それはいいけどな、君」
俺は今しこたま殴られた相手に話しかける。
「自分の体をよく見て、落ち着いたほうがいいぞ」
「何を言って……はっ! か、体が!」
見ると真っ赤に光っている。
いつものあれだ。
「そ、そんなバカな……」
「あら、あなたも従者になるんだったの。だったらしょうがないわね、今の喧嘩は痛み分けにしてあげるわ」
燕は切り替えが早いが、相手の娘は、かつて無いほど動揺している。
「そんな……ばかな、何故、何故光るのです!」
「何故って俺と相性が良かったんじゃ」
「あ、相性は、そうかもしれませんが……光るわけがありません! 私は女神に身を捧げた巫女なのですよ!」
「うん? 巫女ならうちにも居るが」
「そ、そうではありません! 私は女神と契約したのです! 女神エクネアル様と!」
「え、あたし?」
と驚く燕。
「なんであなたなんですか!」
「だって私、エクネアルだもん」
「だもんじゃありません! 不敬にも程が……」
「嘘じゃないわよ。私も、そっちのエムネアルも、二人とも人形の体で受肉したのよ」
「エムネアル!? あなた今、なんと……」
「だからエムネアル! で、私がエクネアルよ!」
「そんな、その名はどの文献にもなく、契約の際に直接神から賜ったお名前……まさか……本当に受肉なされて!?」
「でも私、契約なんてしたかしら? いつ? 最近?」
「み、三月近く前の……」
「あー、じゃあ塔を作った直後ぐらい? あのとき拗ねてあちこちうろついてたような気がするわ。その時かしら……うーん、あ、思い出した!」
「な、何を……」
「あなたハーエルでしょ! ご主人ちゃんの従者になりそうだったからツバつけといたのよ。あー、あの時のホロアなのね、だからご主人ちゃんに触れて光ったのよ。良かったわね、彼があなたの真の主人よ」
「わ、わ、わたしの……ひぎぃ」
「え、ちょ、ちょっとハーエル!」
ホロアの娘は、白目をむいて倒れてしまった。
気の毒に。
さぞ、ショックだったんだろうなあ。
俺達は倒れた彼女を抱えると、ひと目を避けるように外の木陰に連れ込む。
倒れた彼女は、燕の膝枕でウンウンとうなされている。
「もしかして、悪い事しちゃったかしら」
珍しく反省する燕。
「まあ、不可抗力だろう」
「そ、そうよね。起きたら謝っとこうかしら」
「そうだな、大事なのは誠意と真心だな」
「だといいけど」
「う……ううんっ……」
その時、倒れたハーエルがゆっくりと目を開けた。
「お、気がついたみたいだぞ」
「こ、ここは……私は……いったい」
「大丈夫かい? 君は倒れたんだ、さあ、こいつを飲んで。気付けだ」
と携帯したワインの革袋を手渡す。
「ど、どうも……」
そう言って一口飲んで、深呼吸する。
「そうでした、たしか人形と喧嘩を」
「ここにいるわよ、ハーエル」
と優しく語りかける燕。
「はっ!」
あわてて飛び起きて、ハーエルは燕と向き合う。
「あ、あなたは本当に女神様なのですか!」
「ええ、驚かせてごめんなさい。正確には元女神よ。この体にはほとんど力が残っていないから、証拠はないけどね」
「いいえ、そのフランクな語り口、どうやら本当にエクネアル様のようです」
「本当にごめんね、あなたの信仰をもてあそぶようなことになってしまったみたい」
「いいえ、そのようなことはありません。……私の方こそ、あなたのお名を利用していたようなものです」
「え、そうなの?」
「神殿に残り修業を続けるつもりでしたが、神と契約するような巫女としての能力はなく、かと言って僧兵として騎士団の世話になる覚悟も決まらず無為に過ごしていたところに、貴方様にお声をかけていただき、ぬけぬけと巫女として安穏たる生活を得たと……全ては私の不信心が招いた結果なのです。どうか、お許し下さい」
「そういうことなら、お互い気にしないことにしましょう。あなたはご主人ちゃんと相性が良かった、ただのホロアの娘。今、あなたの前には主人にふさわしい人がいるのよ」
「はい、仰せのままに、エクネアル様」
「私の名前は燕よ」
「かしこまりました。それで、その……」
とハーエルという名のホロアは、俺に向き直る。
「俺の名はクリュウという。見ての通りの平凡な男だが、俺の従者になるかい?」
「はい、今この場で、生まれ変わったつもりで、私の信仰と忠誠をあなたに捧げます」
「ありがとう。それじゃあ、血でいいかな」
さすがに神殿で青姦はないよな。
前やったけど。
俺の血を舐め取ると、ハーエルの体は一瞬激しく光り、やがて収まる。
「ご主人様、未熟者ですが、何卒、よろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む……いててっ」
気が緩んだところで、さっきひっかかれた傷がいたんだ。
「そ、その傷は先程の、も、申し訳ありません、すぐに治療を」
そう言ってハーエルは回復の呪文を唱える。
たちまちのうちに傷がふさがり、痛みが癒えた。
「おう、もう大丈夫だ。ありがとう」
「いえ、まったくもって、私の不徳のいたすところでありまして……」
「まあ気にするな。さて、どうしようか」
「でしたらまずは……」
契約を済ませた俺達は、その足で貫主のヘンボスのもとに向かう。
彼がハーエルの後見人なのだ。
「そうでしたか、そのようなことが……驚きではありますが、そのようなこともあるのでしょう。いくつになっても新たな知識を、神はお与えになられます」
あらましの説明を受けたヘンボス老人も驚いていたが、納得はしたようだ。
「ハーエルは僧侶としても十分な修行を積んでおります。むしろ外にでてくれることを望んでいたのですが、あなたが彼女を連れ出してくれるのであれば、きっと良い結果を生むでしょう。来るべき試練にも、きっとお役に立つはずです」
俺にそう言うと、ハーエルに向き直り、言葉を続ける。
「お前はアウル信者にありがちな、いささか頭でっかちな子でしたが、その論理は必ずやこの方のお力となるでしょう。大いなる試練に挑むには、大いなる力が必要です。ですが万能ならざる人の力でそれをなすには、剣だけでは及ばず、知識だけでも届かず、勇気だけでも至らぬでしょう。八人の従者を必要とする理由は様々に解釈できるものですが、解釈さえも全知ならざる人のなす技。あなたの知恵が紡ぎだす匣で礎となり、紳士様のお力となるよう……これが師として私の与える、最後の教えとなるでしょう」
「はい。我が内なる匣にかけて」
ヘンボスの元を辞した俺達はレーンたちのもとに向かう。
「ご主人様は紳士なのですね」
「ああ、そうだった。わけあって正体を隠してるんだけど、すぐ言い忘れちまうな」
「お気になさらずに。ですが紳士様にお仕えするとなれば、私も今まで以上に修業に励み、必ずやそのお力になります」
「アテにしてるよ」
パワフルだった登場シーンに比べると、今ではすっかり落ち着いて、修行の出来た僧侶そのものだった。
「それで、これからどうされるのでしょう」
「図書館に別の従者がいるから、呼びに行こうと思ってな」
「そうでしたか。先ほどおっしゃっていた巫女の方ですか?」
「いや、そっちはうちにいるよ。僧侶でな、うちの唯一の回復役なんだが」
「そうですか。私はやっと中位の回復魔法を身につけたばかりで、実戦経験も無いのですが、お役に立てるように頑張ります」
「そうか、期待してるよ」
中位の回復ってようするにレーンと同じ第二段階の回復だよな。
あれが使えるのはいいな。
パーティを分割しやすくなるだろうし。
そんなことを考えながらまっすぐレーンのところに向かう。
「よう、レーン。はかどってるか?」
「ええ、もちろん。ご主人様も久しぶりにはかどられたようですね」
「おう、よくわかったな。彼女は新入りのハー……」
「エーメス! 何故ここにいるのです! 白象の人間が堂々と街に入るなどと……」
俺の話を遮るようにハーエルが前に飛び出して、エーメスに食って掛かる。
なかなかアグレッシブだな。
「ハーエル、あなたこそ……まさかご主人様に!?」
「ご主人様……まさかあなたも」
「ゴホンッ!」
どこからか咳払いの声がする。
ちょっと騒ぎ過ぎたか。
「どうした、二人は知り合いだったか?」
声を潜めて驚く二人に尋ねると、気まずそうに顔を背ける。
まあ、世間は狭いからなあ。
「何があったか知らんが、細かいことは気にせずに、仲良くやってくれ。」
騎士のエーメスも多少融通の効かないところがあるようだが、このハーエルも、なかなか難しいタイプのようだな。
アウル信者は論理を重んじるというが、ようするに理屈屋ってことだよな。
上手くフォローしてやらんとだめか。
まあ従者間の人間関係で苦労したことはないけど。
相性さまさまだよな。
レーンたちには今日の修行は打ち切ってもらい、ハーエルの宿舎に向かい、荷物をまとめる。
と言っても近所なので、一旦身の回りの品を集めただけだ。
引っ越しは後日でいいだろう。
うちに戻っていつものように本番の契約をして新しい従者を堪能する。
まあなんだ、こうして契約すると、上手く行けそうな気がするのが不思議だよな。
実際、今までも上手く行ってきたわけだし。
「私は、エーメスよりほぼ一年早く、ここで生まれました。幼少期は共に遊び、教育を受けたのです」
契約のあとに、ハーエルはそう語りだした。
「同年代のホロアは、それほど多いわけではありませんから、同じ神殿で生まれれば、クラスが違っても姉妹のように育ちます。幼いころは仲が良かったものですが……」
アンとレーンもそうだったな。
今は悪いのかな?
「エーメスは早々に成人を迎え、本人の意志で白象騎士団に見習いとして入団しました。その後はご存知でしょうが、団の幹部として十分な働きをしていたと聞いております。一方の私は、成人したあとも無為な日々を過ごし、エクネアル様にお声をかけて頂くまではただひたすら知識と論理をもてあそぶだけの日々……」
ようはニートだよな……。
「私の一方的なコンプレックスから、疎遠になっていたのです。そもそも、修行こそ続けてまいりましたが、実戦経験もない私のような引きこもりが紳士の試練に役立つはずがないのです。ああ、こんなことなら何も知らずにあのまま一生神殿で埋もれて過ごせばよかった。私のような半端者が従者に、しかも紳士様の従者になるなど、そもそもが間違いなのです。間違いといえばエクネアル様の従者となったというあの契約も過ち。思えば私の優柔不断さが見せた……ああ、あれもまた過ちだったのです」
なんか自分の世界に入ってきてるな。
もうしばらく様子を見てみよう。
「あれは……奉仕請願を捧げた、木漏れ日の優しげな春の日のこと。あろうことか私は神に向かって毎日本を読んで過ごしたいので、できれば本屋の従者になりたいなどと誓いを立ててしまいました。ですが、それをそのまま押し通すような図太さもなく、自分の誓いを半ば後悔しながらも、結局朝から晩まで図書館に入り浸り、面白おかしく本を読んで過ごす日々。時折風のうわさでエーメスの手柄話を聞いたりするものの、まるで舞台の演劇を見るかの如き別世界の出来事と聞き流し、目はいたずらに活字を追うのみ」
よく舌が回るな。
レーンも似たようなもんだが、坊主の基本能力だろうか。
「そんなある日、日課の礼拝の後、奥の院から出た私の目の前にまばゆい光が、なんとその光は女神エクネアル様だと名乗られたのです。溢れる神々しさ、人智を超えた精霊力、私は自分の怠惰さへの天罰がくだるものだと覚悟を決めて平身低頭そのお言葉を待ったのですが、女神様の語られる言葉はおどろくべきものでした。『あーらあなた、私と相性バッチリっぽいじゃない。契約しない? 三食昼寝付きでずっと本読んでてもいいわよ。そうしたいんでしょ? 先に姉のエムネアルが受肉してるから、私も近々すると思うわ、それまでいい子にして待ってなさいね!』そう、おっしゃったのです。一字一句違わずに、きっちりはっきりくっきり覚えております。私は思わずガッツポーズを取り、女神様のお墨付きで本を読めると愚かにも……そうです、愚かにも喜び勇んでヘンボス様に女神と契約したと打ち明けました」
ダメ人間の力強い告白ってのは、言い知れぬダメさが溢れてるな。
燕のほうも大概だが。
「驚きながらも私の体には確かな誓いの痕跡が。私は巫女として携わる神事は増えたものの、今まで以上に堂々と、誰はばかることなく図書館に入り浸り、寝ても覚めても本ばかり読む生活を手に入れたのです。そう、今日までは!」
やっとここまで来たか。
そろそろ終わるかな?
「契約を得たという自分の立場に慢心し、増長した私は、たまたま見かけた人物に説教を初めます。それがよもや自分に救いをお与えくださった女神様ご本人とも気が付かずに! そして知らされる真実。私は竜に睨まれた羊のように泡を吹いてひっくり返り、そしてすべての自信と立場を失ったのです。いわば積み重ねてきた匣は崩れ去り、昨日までの私という礎を失ったのです。そんな私に、どうして従者が務まるでしょうか?」
長い口上だったが、つまり自分はひきこもりの未熟者ですよって話か。
それじゃあ、俺の返事は決まってるな。
「大丈夫だ、心配するなハーエル」
「し、しかし……」
「お前はもう、立派な俺の従者だ。俺が保証する」
「で、ですが、今の私には匣という拠り所が……」
「だったら、俺がお前の礎となってやろう。そこに新しい匣を築くがいいさ」
「も、もったいないお言葉。わ、私は…私は……ご、ご、ご、ご主人様ぁ!」
ハーエルはがばりと俺に抱きつくと、わんわんと泣き出した。
忙しい娘だな。
「よしよし、泣くんじゃない」
「うう、ぼ、ぼうしわけありばぜん」
「はは、ほら、涙をふけ。可愛い顔が台無しだ」
「ううぅ、まったくもってありがたくもったいないお言葉。私、心を入れ替えました。今日からは決意を新たにし、従者として、一日も早く立派に試練に立ち向かえる僧侶となることを誓います」
決意を新たにするってあんまり意味ないよなー、とは思ったものの、いちいち突っ込むほど、俺も無慈悲ではない。
「おう、よろしく頼むぞ」
「はい、お任せください!」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
今泣いた烏がもう笑ったよ。
まあ、うちの従者はこれぐらいでちょうどいいんだよな。
「じゃあ、次は私の番!」
泣き止んだところで、手ぐすね引いて待っていたフルンに連行される。
たっぷりとフルンの洗礼を受けてきてくれ。
ハーエルが一件落着したところで、カプルに絵描きのサウちゃんのことを尋ねる。
あっちはどうなったんだろう。
「順調……とは言いがたいですけど、どうにかやっておりますわ」
「そりゃよかった」
「いささかセンスがとんがりすぎていて大変ですけど、こちらは年内に目処がつけば良い仕事ですから、彼女のトレーニングを兼ねてじっくり取り組みますわ」
「たのむよ。そういやトレーニングといえば、シャミはどうしたんだ?」
と見習い大工の眼鏡っ娘のことを尋ねる。
「彼女も昼間、顔を出しておりましたわ。飲み込みが早くて、教え甲斐がありますわ」
「ほう、そうか」
「力仕事が苦手な分、デスクワークは得意なようですわね。彼女の設計はなかなかのものですわ。これにご主人様から授かった数学の知識が加われば、もっと高度な領域に至れると思いますわ」
「そりゃよかった」
「ですから、従者にするなら、早めに片をつけていただきたいですわね。でないと、ジンクが街を出てしまいますわ」
「なるほど」
なんだか、忙しくなってきやがったな。
祭りもあるし、がんばらんと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます