第131話 退団式

 まだ薄暗い内から起きだして、身支度を整える。

 今日はエーメスの退団式だ。

 引き継ぎなどを終えて、正式に騎士団を退団するわけだ。


 エーメスは組み上げた甲冑を前に、物思いにふけっている。

 暖炉の火に照らしだされた白銀の甲冑は、磨き上げられてとても美しい。


「騎士団に入団した日のことを考えておりました。もう十年近く前でしょうか……」


 甲冑の胸元に埋め込まれた白象のシンボルを指でなぞりながら、エーメスは語りだす。


「私はここ、アウル神殿で生まれました。成人し、奉仕請願を立てたのちに、騎士の常として修行する騎士団を選びます。ここで育ったホロアの騎士は、この街を守護する赤竜に入団するのが普通だったのですが、私は白象を選びました」

「なぜだ?」

「現騎士団長であるメリエシウム様のお人柄に惹かれたから……でしょうか。彼女は、幼い頃から敬虔なアウル信者で、またその出自から神子の再来として将来を期待されたお方でした」

「神子? 祭りの時に海から迎え入れるという?」

「そうです。あの方の母君も信者だったのですが、団長を身ごもった年の降臨祭で母君に天から光がさし、大いなる霊力が宿ったと言われております」

「ほほう」

「実際にメリエシウム様は幼くして聡明で力も強く、魔力にあふれた神童と呼ぶにふさわしいお方でした。彼女の家系は騎士も多く排出しておりましたので、いずれは金獅子王近衛騎士団にと噂されていたのですが……」

「ふむ」

「彼女が八歳のおり、女神アウルのお告げがありました。皆を率いて真実を明らかにせよ、と」

「またアバウトだな」

「そ、そうでしょうか?」

「いや、だっていきなり真実とか言われても困るだろう」

「たしかに……いえ、ですが、この街の者にとってはそうではありません。ここで真実といえば、白象騎士団解散に至る一連の……忌まわしいゴシップのことを指すのです」

「ああ、なるほど。じゃあやっぱり白象の噂は濡れ衣だったのかな? わざわざ女神様が再調査を命じたわけだろう」

「そうとも限りません。あるいは噂が正しかったことを証明せよというお告げであったのかも」

「ふむ」

「いずれにせよ、そのお告げを受けて、メリエシウム様は迷うことなく白象騎士団への入団を決意されました。もちろん、周りは反対したのですが……」

「やっぱり評判悪いのか?」

「庶民の間では、そうではありません。毎年の騎馬戦では双方等しく応援がつきますし、特に関係の深い湖の漁師たちとの交流は良好です。ですが上流階級、とくに都での印象はよくありません。彼女のように将来を約束された者であれば反対も当然だったかと」

「なるほどなあ」

「メリエシウム様は見習いとして入団されるつもりだったのですが、お告げでは皆を率いて、とあります。それはすなわち団長として騎士団を率いよというお告げだったのです。幸いと言ってはなんですが、当時白象騎士団の団長は年齢的に引退を考えておいででした」

「だが、まだ八歳だったんだろう」

「はい。ですが、それ自体はなくはない話です。青豹騎士団の四代前の団長へブローン卿は生後三ヶ月で団長に就任したとか。それは得てして政治が決めるものなのです。ご主人様が懇意にされているエンディミュウム様もご本人は文武に優れた立派な騎士ではありますが、やはりご実家のウェルディウス家が後ろ盾に付いているということは大きいでしょう」

「そんなもんか」

「いずれにせよ、彼女はそれで団長となりました。才能に溺れず、たゆまぬ努力を重ねて、今では立派な騎士とお成りです」

「ふむ」

「私はまだ彼女が団長となる前に、神殿の図書館で良くお顔を合わせておりました。まだ幼い彼女となんどか討論をかわしたこともあります。そうしたお姿を見ていたものですから、ぜひ彼女のお力になりたいと」

「なるほど」

「どれほど彼女のお役に立てたかはわかりませんが、それも今日で終わりだと思うと、そのことだけが心残りではあります」

「うん」

「無論、貴方様にお仕えすることに、微塵の迷いもありません」

「わかってるさ。おっと、そろそろ迎えが来る頃だ。支度を急ごう」


 裏の桟橋まで迎えに来た船に乗り込む。

 白象騎士団の拠点であるパンカラ砦は湖の北西、アッシャの森にある。

 深い森に覆われているので湖の方からは見えないが、砦まで引かれた水路にそって船で進むと石組みの立派な城が見えてきた。

 湖から引いた水路を張り巡らせた平城で城壁越しに三本の尖塔がみえる。


 水路からそのまま城内に入ると広い池になっていて、桟橋には小さめの船が何艘も並んでいた。

 そこでは騎士団が隊列を組み、いつぞやのエーメスの元上司であるクメトス隊長が俺達をエスコートする。

 騎士団の先頭には純白の甲冑を纏った騎士が立っていた。

 あれが団長さんかな。

 聖歌隊と言った感じの一団がラッパだかクラリネットだかわからない楽器を吹き鳴らし、白象をあしらった旗が一斉にあがる。

 なんかハデだな。

 もっと事務的なもんかと思ってたよ。

 このままパレードでも始まったらどうしようと心配したが、幸い儀式は簡単なもので、砦の中にある神殿で何やら厳かに執り行われた。

 重苦しい空気の、石造りの教会の中で、神官風の騎士が厳かに何やら宣言し、エーメスは自分の槍を団長に差し返す。

 こういう時ってくしゃみとかおならが出たらどうしようって心配になるよな。

 ならないかな?

 幸いにして、エーメスに恥をかかすことはなかったが、それで儀式は終わり、晴れてエーメスは俺だけの騎士となったわけだ。


 儀式のあと、団長ほか、エーメスの友人である騎士を中心にささやかな会食が執り行われた。

 中庭の芝生の上に置かれた石造りのテーブルには、ほんとにささやかな料理が並んでいた。

 酸味のきつい微妙な味のワインに、塩の効きすぎた干し肉、硬いパンと風味の薄いチーズ、あとは果物が幾つか。

 質素だなあ。


「私が不調法なもので、満足なもてなしの席も用意できませんでしたが、エーメスの特に親しい者を集めた、私的な集まりです。どうかおくつろぎください」


 若い団長がそう語ると、乾杯となる。

 主役のエーメスは壮年の騎士や先日のオカマさんなどと楽しそうに話している。

 他の者もエーメスを同僚として、友人として、大切に思ってくれていたようだ。

 これを見るだけで、エーメスがいい環境で働いていたことがよく分かる。


「クリュウ様、エーメスは我が騎士団の俊足にして、筆頭代理を任せうるほどの逸材。これよりは貴方様の元で、これまで以上に働いてくれるでしょう」

「彼女の力を借りて、きたるべき試練を達成し、彼女にふさわしい主人となることをお約束します」

「それを聞いて安心しました。きっと彼女ならあなたを守る盾となることでしょう」


 団長のメリエシウムは聞いていたとおり、いや、見かけはそれ以上に若い娘だ。

 得した気分だな。

 バダムとかゴブオンみたいなおじさんだったら、楽しみが減るもんな。

 別に従者じゃなくても、かわいい娘と話が出来るだけで幸せな気分になれるってもんだ。


 同じ団長でもエディは二十代半ばぐらいで、十分脂の乗ったいい女なのだが、こちらはまだ娘臭さが抜けない感じだ。

 しかし、立ち振舞からは貫禄というか、オーラを感じる。

 たぶん相当強いんだろう。

 エディもああ見えてべらぼうに強いからな。

 その代わり、歳相応の色気は全然感じない。

 かわいいのにもったいない……というと失礼か。

 ちょっとこっちに来てからモテすぎたせいで調子にのってるな。

 せめて女性にだけでも誠実でいたいよなあ。


 石造りのテーブルは、もちろん椅子も石で出来ていて、薄い座布団が申し訳程度に敷かれているが、だいぶ冷たい。

 さらにこの時期に外で会食だと寒さがこたえそうだが、幸いにも今日は風がなく、日差しがぽかぽかと心地よい。


「わが騎士団の伝統で、会食は常に青空のもとですることになっております。お客人のもてなしとしては無粋の極みと思いますが」

「たまには外で食べるのも良いものです。私もつい先ごろまで旅をしていましたが、星空のもとで寝起きし、飯を食らう。そういうことは、とても楽しいことだと思いますよ」

「初代団長も西方遠征の折にこう語ったとか。土を枕に雲を毛布に、あとはワインの一杯があれば、どこまででも馬を進めよう……と」

「なるほど、わかる気がしますが、せめて毛布ぐらいは温かいものがほしいですね」

「ええ、私もそう思います」


 といってくすりと笑う姿は、歳相応の平凡な娘のものだ。


「そういえば、先日の娘御は、無事でしたでしょうか」

「先日? ……ああ、あの時の」


 そう言われて、不意に気がつく。

 先日、アウル神殿で人足の喧嘩に巻き込まれた時に助っ人に現れたフードの女性、あれは彼女だったのか。


「立場上、いささか憚られますので途中で姿を消したことを心苦しく思っておりましたが、あの場におられたのが紳士様だったとは」


 白象の騎士は表立っては街に入れないそうだからな。

 彼女、メリエシウムは敬虔なアウル信者だと言っていたし、ああして姿を変えて参拝していたのだろう。


「大丈夫、あのあと彼女は騎士団に、赤竜の知人に任せました」

「それを聞いて安心しました。クリュウ様は赤竜とも関係がお深いとか」

「この街に至る旅の途中、何度もお世話になりました。団長のエンディミュウム卿には何度も危ないところを救われておりますよ」


 自分で言っといてなんだけど、エンディミュウム卿って呼び方はすごく尻がむず痒くなるな。


「あの方は、家柄も実力も申し分ない、騎士の鏡です。私も密かに、憧れております」


 そう言って頬を薄く染めて恥ずかしそうに喋る姿は、本当に真面目で、純真な、大昔の少女漫画のような少女なのだろう。

 あまりにも純粋すぎてちっともナンパしようと思わないもんな。

 それでいいんだけど。


「旅といえば、クリュウ様は遥か東の国から試練のために旅をしてきたとか」


 実際にはエツレヤアンからなんだけどな。

 とはいえ、半年の旅は大変だった。

 みんな大きな病気や怪我もせずに、無事に着けてよかったなあ。


「ここまで来て足止めを食うのは、さぞ歯がゆいことでしょう」

「ですが、そのおかげで、エーメスのような立派な従者を得ることも出来ました。何事も良いことと悪いことは隣り合わせなのだと思います」

「隣り合わせ、ですか。そうなのですね。そうなのかも……知れません」


 彼女は不意に年齢不相応の、影のある表情を見せる。

 きっと今、彼女は自らの白象騎士団のことを考えているのだろう。

 彼女がどれほどの物を背負っているかは、俺には全く想像もできないんだけど、この誠実な女の子が悲しむ顔だけは見たくないなあ、とその時の俺は思ったのだった。


 ささやかな会食を終えて、その場はお開きとなる。

 家に帰って真っ先にやったことは、モアノアの手料理で腹を満たすことだった。


「私も僅かの間に、ずいぶんと舌が贅沢になってしまいました」


 料理を頬張りながら苦笑するエーメス。


「立派な人物だったが、あの質素さは、改善の余地がありそうだな」

「あの方は常に覚悟を持って職務にあたっておられました。お側にいると常に身が引き締まる思いです」

「そんな感じだなあ。俺とは大違いだよな」

「それは、その、たしかに客観的に見るとそうなのですが、こうしてご主人様にお仕えしていると、逆に団長の生き方はどこか可能性を狭めているのではという気もしてきます」

「そりゃああれだ、エーメスは俺と相性が良かったんだから、俺の生き方のほうが向いてるってだけかもよ」

「そうかもしれませんね」


 そう言って笑うエーメスは、すでにうちの家族になりきった顔だった。




 翌日。

 俺の目の前には大きな酒樽が二つ。

 リフォーム祝いでエディに貰ったものだ。

 その本人と、頂いたばかりの酒を酌み交わしながらだらだらと午後のひとときを過ごしている。


「家を作ったりしたら、世間では家具とかお酒とか贈ったりするんでしょう? ハニーだとお酒がいいかと思って」

「いつも手土産貰ってるのに悪いな」

「まあいいじゃない、こう忙しいと他に羽を伸ばせるところがないのよ。場所代替わりに受け取って」

「だったら、心ゆくまでくつろいでいってくれ」


 木の香りも心地よい板張りの床に、座布団ぐらいのちょっと固めのクッションを並べて、昼間っから差し向かいで酒を飲みつつ金髪美人とだべっているわけだ。

 目の前にはむちむちでさらさらなすごい美人がいるし、旨い酒とつまみもある。

 出来たての暖炉も、チリチリと燃えて温かい。

 優雅というより怠惰だよな。


「でも、こうして壁があると、ちょっと物足りないわね。以前の湖が見える大胆な間取りって結構良かったのね」

「俺もそう思う。そのうち二階のベランダができたら、そっちでまったりできるはずなんだけどな。なんにせよ、これから冬になると外は無理かな」

「冬の野営は大変よ。毎年雪中訓練を行うんだけど、慣れてないと凍りついた甲冑を素手で触っちゃってこう皮膚がバリバリっと……」

「おおう、勘弁してくれ。聞いただけで痛い」

「男の人のほうが、痛い話苦手よね。それで冒険して大丈夫なの?」

「そこはほら、剣を振り回して血の匂いを嗅いでると、割と気にならなくなってくるじゃないか」

「そうよねえ」


 そう言ってエディはグラスをグビリと煽る。

 きつい酒なのに豪気だなあ。


「野営といえば、昨日うちのエーメスが白象を正式に退団するので退団式ってのに行ってきたんだけど、そこでの会食が寒空の下に外でやっててな、あちらはどっかの騎士団と違ってずいぶんとまあストイックだな」

「どっかってどこよ」

「さあ、まあ俺は騎士団って二つしか知らないけど」

「うちは飴と鞭が行き届いてるのよ。おいしい食事と暖かいベッドで釣って、ゴリゴリこき使うの!」

「わかりやすくていいと思うぞ」

「ありがと」


 さらにエディはグビリと飲み干す。

 よく飲むなあ。


「そういえば、先日、シルビーを冒険に連れて行ったんですって?」

「ああ、そうなんだ。剣士として一皮剥けたいって言うんでな」

「彼女どうだった? まだ顔も見れてないんだけど」

「どうと言われても、俺は冒険者として下っ端だからなあ。まあ初冒険としては無難なところじゃないのか?」


 戦果はともかく、精神的にはいささかハードだったかもしれんが。


「そう……、前に何処かの学者が調べてたけど、初冒険で命を落とす、ないしは重症を負う冒険者って、三割ぐらいにもなるそうよ」

「そんなにか。俺も最初は全身打撲で寝込んだな。思えばあれが一番ひどいダメージだったかもしれん。まあでも、初心者ほど危ないだろうしなあ」

「それに最近はブームだから、素人が素人どうしでダンジョンに潜るのよ。地図の書き方一つ知らない学生ぐらいの子が、ダンジョンの中で明かりも切れて泣いてるところを発見、みたいな事件もしょっちゅうよ」

「命がけって認識がないのかなあ」

「無いんでしょうねえ。もっともこの国で義務的にちゃんと冒険の基礎を学ぶのって、お坊さんとホロアぐらいでしょう、だから仕方ないんだけど」

「そんなもんか」

「今度、騎士団主催で冒険者の講習会を開け、みたいなことを国の方から言ってきてるのよね。それぐらい冒険者組合でやってほしいわよ、まったく」

「ギルドではやってないのか」

「ないわね。普通はベテランパーティにコネか上納金収めて連れてってもらうんだけど、金もコネもない人ほど冒険者を目指すもんだし……」

「なるほど」

「せめて、感謝祭……こっちじゃ降臨祭だっけ。その前ぐらい、おとなしくしてほしいわよねえ。肩が凝ってしょうがないわ」


 そういいながら、エディは自分の肩を叩く。

 まあ、巨乳は肩がこるっていうしな。


「肩が凝ってる時って、肩よりも脇とか背中をほぐしたほうが効くだろ」

「そうなの? ちょっとやってみてよ」


 と俺の方に体を寄せて、背中を見せる。

 長い髪をかき上げて、肩から前に垂らすと、広く締まった背中があらわになる。

 麻のシンプルなシャツ越しにもわかる、立派な骨格だ。

 それでいてむっちりしていて、浮き上がった肩甲骨や、襟首から覗くうなじがとてもエロい。

 これ、もんでいいのかな?

 いいんだよな。


 とりあえず、肩甲骨の外側、脇の下あたりを鷲掴みにして遠慮なく揉む。


「あ、ちょ、そこいたい。痛いわよ」

「だから凝ってるんだろう。このへんの筋肉が固まって首の方の血行を悪くするから凝るんだよ。寝違えた時も、この辺をほぐすといいぞ」

「ほんとに? んぁ……そこ、いい……はぁ、いいわ、そこ、もうちょっと強く」

「こうか、こうがええのんか?」

「そうそう、そこ、ぁあ、いい、んはぁ……」


 酔っ払ったオヤジと金髪美人がいちゃついてると、ノリの悪い女騎士が珍しく自分から口を挟む。


「姫、お戯れはほどほどに」


 と突っ込むのは、褐色肌で目つきの鋭いエディの腹心の部下であるポーン。

 だいたいいつも側に控えて立っているだけの彼女だが、ツッコミは厳しい方かもしれない。


「もう……いいところだったのに」


 そう言ってエディは体を離す。

 まったくだ。


「ああ、でもちょっと肩の周りが良くなったかも」


 といって腕を回す。


「そもそも、団長に就任するまでは肩なんて凝ったことなかったのよね」

「俺も素振りしてるとならないな。昔は事務仕事をしてたんで、肩こりは慢性化してたけど」

「そうそう、昨夜も遅くまで書類とにらめっこよ。騎士の仕事じゃないと思うんだけど」

「姿勢も重要だからなあ、あまり前のめりにならずに、肩を引いて、こう少し顎も引くぐらいでピシっとやってればどうにか」

「そうなのね、試してみるわ」


 再び、話題は冒険者のことに戻る。


「そもそも、最近冒険者が増えたのは、試練の塔が増えたことと関係してるのよね」

「増えたのか」

「そうよ。この国はそうでもないけど、近隣諸国を含めると、概算だけど数十年前と比べると数倍のペースで、多い時には毎月生えてきてるのよ」

「そんなにか」

「元々、いわゆる冒険者の仕事といえば、辺境への配送や商人の護衛、村の警護と言った用心棒や便利屋のたぐいだったのよね。ダンジョン探索と言っても効率は悪いし。それが試練の塔ならとても効率がいいでしょう。魔物はどんどんわいてくるし、お宝もたくさん出る。更にバーゲンに当たれば一財産築けるんだし」


 バーゲンとは出来立ての試練の塔が、大量の財宝を排出することをさし、うちもそれで大儲けしたわけだ。

 あんなに金銀財宝をばらまいて、インフレとか起きないのかな?


「たしかになあ、どうせ潜るなら試練の塔だよな」

「そのせいもあって、冒険者が潜らずに放置状態のダンジョンも増えてるのよ。そういうところに限ってライバルが少ないからと素人が乗り込んだりするんだけど、駐留してる騎士もいない所は何かあった時に手遅れになるのよね」

「悪循環だな」

「特にこの街は日帰りできる距離に試練の塔がないから、そういうダンジョンが多いのよ。さらに悪いことに、ここは本当に穴だらけで、うちが把握してるだけでも西の森を中心に三百以上の入口があるんだけど、そのほとんどが未調査。さらに森の奥から湖の北にかけては白象の縄張りだから、入り口がどこにあるのかもわからないわ」

「そうなのか」

「しかも、白象は湖の守護が本分でしょう。ほとんど穴掃除……ようはダンジョンの管理だけど、それをしないのよ。だからあのへんは魔物も湧き放題。もっとも魔物が森を支配してるから国境が分断されてるってのもあるけど、街に近い所はさすがにねえ。うちとしても協力して維持したいんだけど、縄張り争いも深刻なのよねえ」

「そこはまあ、そういうもんだろ」

「双方の親睦のために始まった騎馬戦も、逆に対立を煽るような感じになっちゃってるし」

「勝ちにムキになるからだろう」

「しょうが無いじゃない、三年連続で負けてるのよ、今年こそ勝つわ!」

「まあ、頑張ってくれ」

「ハニーが応援してくれれば勝つわよ」

「するする、声が枯れるまでするね」

「そういえば、白象騎士団の団長は会ったのよね」

「ああ、退団式でな。真面目で立派な子じゃないか」

「若くてかわいいしねえ」

「ダーリンの色気には負けるよ」

「どうして私を引き合いに出すのよ」

「そういうのを誘導尋問っていうんだよ」

「貴族のたしなみよ」

「俺は平民でよかった」

「平民を自称する紳士なんて、ハニーだけよ」

「オリジナリティがあっていいじゃないか」

「そうかしら。私としては、もうちょっと体裁を保って欲しいところだけど」


 そう言ってエディは酒に濡れた唇をぺろりと舐めて、俺をじろりと睨む。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたので、話題をそらそう。


「そうそう、実は先日、こんな夢を見てなあ」


 先日目撃した船幽霊や、それにまつわるゴーストの墓場に関する夢のことを話す。

 ついで、地図のことも。


「つまり、非公開ダンジョンの地図がほしいの?」

「まあね」

「ハニーの夢が当たるらしいってのは、前の巨人さんのこともあるからわかるけど、アレってどうだったかしら、ねえポーン」

「立ち会いのもとでの閲覧は可、複製は不可、となっています」

「だそうよ」

「じゃあ、今度家の連中を行かすから閲覧させてくれよ」

「わかったわ、じゃあ手続きはポーンに任せるわね」

「かしこまりました」


 ポーンは例のごとく事務的に反応する。

 彼女はエディと二人っきりでもこうなのだろうか。

 愛人って噂はどうなったんだ?

 腹心の部下であることは間違いなさそうだが、どうにも関係がよくわからん。

 今一人のローンの方は、親友兼部下って感じで、もっとわかりやすかったんだけど。


「でも、本当にそんな地下墓地があるのかしら」

「なけりゃないでいいんだけどな。ゴーストが眠ってるかもしれないと思うと、やっぱり気になってなあ」

「そうねえ、あるいは噂の白象の財宝もそこに眠ってるのかしら」

「ああ、国に差し押さえられたとか言う?」

「そういう説もあるわね。いろんな説があるからわからないけど。ただ、この街ではゴーストシェルが発見されたって話もあるらしいのよ」

「ゴーストシェル?」

「精霊石の一種だとかんがえられてるけど、ゴーストが何百年も彷徨ったあげくに結晶化したものなの」

「ほう」

「で、白象の財宝とはすなわちゴーストシェルだったという話もあって、ルタ島が何百年も封印されている間に死んだゴーストたちの結晶が白象の資金源だったんじゃないかって」

「ほほう、それってそんなに高価なのか?」

「当時はそうだったらしいわ。わからないけど。今は精霊石としては力もほとんど無いし、何より国が売買を規制してるから売れないもの」

「なるほど」

「ええ、ゴーストの成れの果てなんだから成仏させるべきでしょう。もっとも当時はシェルを成仏させる方法がなかったらしいけど」

「そうなのか」

「まあ、世間の認識とはちょっと違うけど、とにかく金目当てにそれを売っていたという噂はあるのよ」

「うーん、しかしそんなことするかなあ? 騎士団の連中ってみんなホロアを従えてたんだろ?」

「そうねえ。騎士団にいた紳士クーモスが騎士団長ジャムオックと袂を分かち、彼の元を去った理由もそれだとかいう話もあるわ。それに、当時の白象は潤沢な資金で兵力を整えてたらしいわよ。いくらご加護があっても百人ぐらいで最前線の砦を落としたり、その上前線を維持したりは出来ないでしょ。ただその資金の出処がわからないから、こういう噂が出てくるのよね。一昔前はジャムオックの埋蔵金だのルタ資金だのといってブームだったらしいし」

「そんなもんか」

「まあ、真相は歴史の彼方に埋もれちゃってるのよ。あなたの所の学者先生のほうが詳しいんじゃないの?」

「あいつはもっと大昔のことしか興味ないよ」

「そうなの」

「それはそれとして、それじゃあ、そこにゴーストシェルとやらも埋まってると」

「さっきのハニーの話を聞くと、水晶みたいなものがキラキラ光ってたんでしょ? それのことかと思ってね」

「なるほど」

「見つけたら国か教会が引き取るから、無理に成仏させずに売ってくれていいわよ。そもそもアレって普通のやり方じゃ成仏出来ないみたいだし、ちゃんと教会に収めないと」

「そうなのか」

「何にせよ、入口を見つけるのが先ね。なんなら、今度の神殿大掃除の時に調べてもいいし」

「ああ、そういうのもあったな」

「それに関しては協力させていただくわ」

「よろしく頼むよ」


 その後、たわいない雑談で時を過ごして、エディは帰っていった。

 エディと過ごすのは気が楽でいいんだけどな。

 いつまでもその関係に甘えてていいのかなあ、と思わなくもないけど、なんというか大人はずるいからな。

 このままお互いズルズル行ってしまいそうだよなあ。

 それに比べると、先日知り合った白象騎士団長のメリーちゃんの若さは、ちょっと眩しいかなあ。

 その年下の眩しさに責められていると感じると、年をとったと自覚するらしい。

 会社の社長が言ってた。

 俺はまだ、そう感じたことはないけど。

 若くてよかったぜ。




 翌日、レーンとエレン、レルルの三人を騎士団の詰め所にやる。

 そこに地図の控えがあるそうなので、めぼしいダンジョンの地図を確認させる。

 一日かけて帰ってきた彼女たちによると、湖の地下に通じると思われる通路は発見できなかったそうだ。


「やはり、街の地下から湖に伸びる通路は確認されていないようですね。より深層に潜れば別かもしれませんが」


 僧侶のレーンが代表して結果を報告する。


「ふぬ」

「可能性としてはむしろ、森のなかのほうがあると思われます」

「未確認の洞窟もたくさんあるってエディも言ってたしな」

「それもありますし、そもそも白象の拠点が古くからアッシャの森にありますので、もし彼らが隠した財宝……もといゴーストたちなら、砦の近辺に入口があると考えるのが妥当です」

「ああ、そりゃそうか」

「その点が気になって少し調べてみましたが、先日、ご主人様が訪れたパンカラ砦は近年出来たもののようですね。ジャムオックの時代には別の場所にあったとか。残念ながら正確な記録は見つかりませんでしたが、エーメスさんはご存知でしょうか」


 レーンが元白象騎士のエーメスに尋ねると、


「センクト砦、ですね。ジャムオックがこの地に根を下ろして最初に築いた砦ですが、これの所在地は不明です。いくつか砦のあとだと言われる石垣の跡はあるのですが、どれも確証はなく……」


 ついで考古学者のペイルーンが、


「センクト砦といえば、あれは当時の手記によると、砦の尖塔からトッサ湾が望めたとか、湖の東岸にあるパッシュ山が初冠雪を迎えた、みたいな記述があったわ。そこから該当する場所を探してた人も居るようだけど、やっぱり不明みたいね」

「ほう、お前はもっと大昔のことしか興味ないのかと思ってた」

「失礼ね、歴史なら何でも興味あるわよ。もっともこれに関しては砦じゃなくて、紳士クーモスについて調べてたんだけど」

「なぜだ?」

「ご主人様は紳士で放浪者じゃない、もしかしたら過去の紳士にも放浪者がいたんじゃないかと思って、手当たりしだいに紳士のことを調べてるのよ。この街だとクーモスにまつわる記録もそこそこあるから」

「ああ、そういえばお前は放浪者について調べてるって言ってたな。それで何かわかったのか?」

「ぜーんぜん。それに関しては、これっぽっちもわからないわね。クーモスも記録だけだとよくわからない人物ね」

「そうか、まあ俺も自分が放浪者だと言われても、なにもわからんぐらいだもんなあ」

「センクト砦についてしらべたいなら、もっと本格的に調べてみるわ。エンテルは授業が忙しいから、逆に私が暇なのよね」

「おう、じゃあそっちは任せた」


 そこでレーンが再び口を開く。


「では、我々は候補を絞り込んだ上で、森のダンジョンを調査するのが良さそうですね」

「そうだな、最初に手を付けるなら妥当だろう。とはいえ、森には何百も洞窟があるって言ってたから、かなり絞り込んだほうが良さそうだな」


 探索の方は少し方向性が見えてきた。

 ペイルーンに文献方面から当たってもらい、同時に砦跡候補の近辺から手当たり次第に潜ってみる。

 すぐに結果が出ることではないだろうが、取っ掛かりとしては十分だろう。

 あるいは白象騎士団に協力を求めるというのも良いかもしれない。

 エディも協力してくれるようだし、そこをきっかけに双方の騎士団が協調する流れを……というのは欲張り過ぎか。

 まああれだ、単にあの素朴で愛らしい騎士団長にもう一度会うきっかけがほしいだけかもしれんな。

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