第130話 リフォーム
朝から我が家は激しく人が出入りしてやかましい。
いよいよ改築する日がやってきたのだ。
具体的には壁と居住部の床、さらにお店の部分を作る。
まずは筒抜けの両サイドにレンガで壁を作るわけだが、全体の工期は一週間ほどらしい。
結構早いもんだな。
その為にカプルが随分前から準備を進めていたようだが。
すでに足場は組み上げられ、資材のレンガや木材も積み上げられている。
資材は巨人のメルビエがちまちま運んでいたのだが、途中からは彼女の村の連中が入れ代わり立ち代わりやってきて運んでくれた。
それはありがたいのだが、巨大な連中が荷物を抱えてのし歩くとやっぱり目立つんだよな。
一応、騎士団の方には届けておいたのだが、一度警吏の連中がやってきて小言を言われたこともある。
まあ、彼らもちゃんと仕事をしてるんだろう。
工事の邪魔にならないように、昼間のうちは半数ぐらいがフューエルの家に遊びに行ってしまった。
弟子入りしているウクレ達だけでなく、ほかでもずいぶんと世話になってしまってるな。
そのうちたっぷりお礼をしないと。
嫌がりそうだけど、そこがまたかわいいとも言える。
もちろん俺は一家の大黒柱として現場を見張っている。
こういう工事も見てて楽しいよな。
足場を行ったり来たりしながら、職人達がレンガを積み上げていく。
下から投げ渡されたレンガを、器用に受け取るところなんか、じつに面白い。
ぼーっと見ていると、棟梁が声をかけてきた。
「大将、見てるだけじゃ飽きませんかい?」
棟梁は五十絡みの日に焼けた白髪の男だ。
ちょっと小柄だが、人足に指示をだす声は、腹の底に響くような渋い声だ。
「いやあ、見事なもんだ、棟梁。見てるだけでも楽しくなりますよ」
「そりゃどうも。しかしまあ、カプルのやつも立派な主人を見つけたもんだ」
そういう棟梁は、カプルと同じ大工の集団に属していたらしい。
今は独立して、数人の部下と見習い、更に日雇いの人足などを使って大小様々な仕事を請け負っている。
この国の大工は集団でキャラバンを組み、馬車で移動しながら各地で仕事をするそうだ。
見習いもそこで修行をし、一人前の証として自分の馬車を作って認められると、正式なメンバーとなるか、独り立ちするのだという。
「カプルはどこぞの山奥で変わったものを作っとるとは聞いてたんですけど、あんたみたいな大将に仕えてると知って安心しましたわ」
そういって棟梁は笑う。
「カプルが来たんはもう二十年ほど前でしたか、私がちょうど見習いを終えた頃でしたな。彼女は特に優秀でしたからなあ、普通は最低十年かかる修行を五年もかからずに終えて、かと思えば天啓を受けたとか言って、変なもんを作り始めて、あれはまだ作っとるんでしょうか」
「いや、そいつはもう終わりましたよ」
「修行に打ち込むんはええんですが、主人も探さんと明けても暮れても仕事ばっかり。自分の娘が嫁にいかんでも呆れるだけで済みますが、ホロアの連中が主人を持たんとなるとどうにも」
「わかります」
カプルはセスやデュースとはまた別の方向で完成してるタイプだからな。
自分から話さない過去話を本人に聞くつもりはないが、よく知るものからこういう昔の話が聞けるのは面白い。
俺の知らない一面というか、魅力を教えてもらえるからな。
会話の間にも棟梁は次々と指示を出す。
「資材の段取りもついてましたんで、組むだけならすぐですわ。来週には暖かくして過ごしていただけるでしょうな」
「そりゃよかった。とにかく毎晩寒くてね」
「そらそうですな。湖から北風が吹き込みますし」
「そうなんですよ、それがきつくて」
そこに別の職人と話していたカプルがやってきた。
「ジングにご主人様、何を話していらっしゃるの?」
ジングとは棟梁の名だ。
「なに、見事なもんだってね」
俺が感心してみせると、
「レンガの組み上げには一工夫凝らしてますの。強度を増して、窓を大きく取れますわ」
「また面倒な設計をしたもんだ」
頭をかきながら、手にした図面を眺める棟梁。
「ええ、ですからジングが祭り合わせで街にいると聞いて助かりましたわ。流しの人足ではそこまでは頼めませんもの」
「へえへえ、精々こき使ってくださいませ」
その後も工事は順調に進む。
まずは正面の壁が出来上がった。
正面の西側半分はおもちゃ屋の店舗で、ガラス張りのショーウインドウと木製の扉がある。
残り半分は、一部が高さ五メートルぐらいの大きな開き戸になっており、巨人のメルビエだけでなく、馬車の出し入れもできるようになっている。
扉などは事前に作ってあったので、なんだか一気に完成してしまった。
同時に進めていた裏側の壁も、ロフトになっている部分から外に出られるベランダを作ると言っていたが、これは枠組みだけができていた。
細かい所は追々カプルがやるらしい。
床もすでに基礎が起こしてある。
この上に板を貼るのかな?
かまどのある土間の部分と、家馬車を置いてある入口付近は土の地面を残しておき、残りを板張りにする。
壁で細かく部屋を分けずに、衝立を置いてスペースを区切るようだ。
平安貴族みたいなイメージだろうか。
出来上がってみないとわからんけど。
暖房の観点では区切ったほうが良さそうな気がしたんだが、こうしたのには理由がある。
巨人のメルビエが隔たりなく一緒に過ごせるようにするためだ。
「それに、ご主人様がこの先何人、新しい従者を連れてきてくださるかわかりませんもの。自由度を持たせるためには、これぐらいがちょうどよいですわ」
ともカプルは言っていた。
なんにせよ、作業は順調だ。
そうして、約一週間の工期を終えて、ついに我が家が完成した。
外枠と床だけのシンプルなものだが、それでも立派な我が家だ。
こうして壁ができて、見た目だけでも家として成立した我が家を見ると、感無量だな。
窓も多めにあるとはいえ、やはり多少は暗くなる。
そこはランプでも使えばいいだろう。
裏の壁沿いには暖炉の枠組みもできている。
まずはあれを作って、暖が取れるようにしないとな。
依頼した作業が終わり、お礼の酒と料理を振る舞いながら、棟梁と世間話をする。
棟梁は先月まで山を越えた内陸のサンボドという街にいたそうだ。
十年ほど前に見つかった精霊石の鉱山のお陰で、とても潤っている街らしい。
「ようは鉱山で一発当てて、さて良い家でも建てようという、我々の上得意様がたくさんおるんですよ」
「なるほど、そりゃ羨ましい」
「だが、鉱山の仕事は危険も多い。あのあたりは魔物も多いですからな。依頼主が完成間際に鉱山の事故で仕事もおじゃん、みたいなんもたまにありましてな」
「なるほど」
「そんなわけで、金を稼ぐにはええんですが、まあ、そればっかりじゃ何なので、ここみたいなのんびりした街でしばらく仕事を取ろうという寸法ですな」
「ああ、そういう気持ちもよく分かりますよ」
「それに、うちも見習い連中が数人、そろそろ一人前なんで、ちょいと余裕を持たせんとダメなんですわ」
「そりゃ、めでたいじゃないですか」
カプルの家馬車みたいな、アレを作るのかな。
「中には出ていくもんもおるんで、そこは中々。特にホロアは仕方ないんですけどな。主人も探さんと駄目ですし」
「へえ、どの子です?」
「そこの隅で炊き出しを頂いとる娘がそうですわ。ホロアちゅーても普通の子と変わらんもんですけど、あの子はちいと力仕事は向いとらんので、時間かかりそうですわ。カプルみたいな特別製は種族問わず滅多におりませんわなあ」
「カプルは戦士としても優秀だからなあ」
「そうですそうです、普通あれほど力があると、細工なんかは苦手なもんなんですが、カプルは何でもこなしますからなあ」
そうなんだよな。
カプルは巨大な戦斧を振り回すかと思うと、非常に細かい細工をナイフ一本で削りだしたりもする。
そのカプルは、別の大工と酒を酌み交わしていた。
昔なじみとたまに飲むのは楽しいもんだ。
俺もこの先、こっちでの暮らしが長くなれば、そういう機会も出てくるかね。
俺は酒も飲まずに黙々とパンをかじっているホロアの娘に興味を惹かれて、隣に移動する。
「やあ、お嬢さん、家の料理は口に合うかい?」
ほとんど手入れをしていないオカッパ頭に丸い黒縁の色眼鏡をかけた娘は、コクリと頷き、手元の書類を眺め続ける。
見ると何かの図面のようだ。
「なんの図面だい? うちのじゃなさそうだが」
「……秘密」
「見るのもダメ?」
「……見るだけならいい」
「どれどれ」
彼女の手にした図面を覗き見る。
丸い樽のようなものの中央に軸が一本貫通している。
その先にヘラのようなものが付いている。
樽の外側では、軸に取っ手がついていて回せるようだ。
「ミキサーかい?」
「……ミキサー?」
「そのハンドルを回すと、刃が回って中に入れた野菜や果物を砕く調理器具だけど」
「!?」
俺の言葉を聞いて、娘は目を丸くする。
「なんで分かる? 誰もわからなかったのに!」
「いや、その、そういうのを持ってたから」
「あったの!? どこ! 今ある!?」
「いや、今はないよ。遠い故郷においてきたから」
「ああ、そう……あるんだ。すごい発明だと思ったのに」
「いやいや、この国にはないだろう。上手く作ればバカ売れだぞ、ミンチでもジュースでもお手軽に作り放題だ。うちにも欲しいな」
「そう思ったんだけど、問題が……」
そう言って彼女は再び図面に目を落とす。
問題ってなんだろう。
図面を見ながら想像してみる。
ハンドルで刃を回す。
……たぶん、回転数が足りないよな。
一対一だもんな。
「回転数が足りないのかな」
「!?」
「手で回すんじゃ無理だよな、歯車をかまして回転数を稼がないと」
コクコクコク、と娘は激しくうなずき、丸メガネがずり落ちる。
あ、メガネがないと結構かわいいな。
娘は慌ててメガネを付け直す。
メガネ好きで外すとスゲー怒る知人がいたけど、外してかわいいのもいいと思うんだけどなあ。
エンテルやローンはつけてるほうがより美人だけど。
「そう……歯車。でも、難しい。一対一ならすぐ作れるけど」
「設計できないのか」
カプルもそう言ってたな。
「難しい。あと、水漏れもある」
「ああ、軸の部分か。パッキンが要るよな」
「ゴムで作ったら、擦り切れた」
「じゃあ、ボウルに材料を入れてだな、上から刃を押し当てて回せばいいじゃないか」
そういうハンドミキサーも有ったよな。
「!?」
「砕くだけならそれでもいけるぞ」
「あなた……天才?」
「いやいや、俺の故郷にはあっただけだよ」
「すごい、行ってみたい。どこ?」
「日本っていってな、それはまあとんでもなく遠い国でなあ、ちょっと行けないな」
「ゲートでも?」
「ゲートもないんだよ」
「……そう」
「まあ、そう気を落としなさんな、俺の知ってることで良ければ教えるし。そうだ、歯車の作り方ならうちのカプルが教えられるかもしれんぞ」
「!?」
コクコクコク、と娘は激しくうなずき、再び丸メガネがずり落ちる。
ふむ、やっぱりかわいいな。
「あとで聞いて見るといい」
地球の技術をホイホイ教えていいものか気にならないわけでもないが、まあいいだろう。
地下遺跡からロボットが出てくるような世界だしな。
「お、ちょうど席を立ったみたいだぞ、今から言って話しかけてみたらどうだ」
と促して、さり気なく彼女の肩を押す。
残念、光らなかった。
これだけ近づけば、たいてい光るんだけどな。
うーん、行けると思ったんだけど……。
俺好みの可愛い子だし。
彼女は俺のそんな落胆にも気づかずに、メガネを直す間も惜しむようにカプルのところに突進してしまった。
そういや、名前も聞いてなかったなあ。
まあいいか。
大工たちが引き上げると、改めてうちの面子でお祝いをする。
「これで朝晩の寒さに震えることもなさそうですねえ」
メイド長のアンがしみじみとつぶやく。
アンみたいに朝から家事をやってくれてるのには、特に堪えるだろうからなあ。
「でも、お外が見えないとなんか物足りないね」
フルンが犬耳を傾けながらできたばかりの壁を見つめる。
「ああ、それはあるな。まあそれはそれで裏庭で遊べばいいんだよ。あっちにテント張って寝てもいいし。ベランダができれば、外を見ながらまったりできると思うぞ」
「そっか、でも今日はうちの中で寝る! あったかい!」
「明日はまず、暖炉を組み立てますわ。こちらも準備はしてありますから、それほど時間はかかりませんわね」
とカプル。
「そりゃ良かった。床もあるし暖炉が出来れば、寝起きには十分だな」
「ですわね。ただ、残りの内装は後回しにして、お店の方を仕上げますわ」
「ああ、そうか」
店の方は、表はすでに出来ており、内部も六畳間ほどの小さな一角が壁に区切られている。
その内装を造るのだ。
基本は高級志向なので、ちょっと豪華な内装に仕上げるらしい。
「あちらがそれなりに時間がかかりますから、その他の内装は、祭りが始まってからになりますわね」
「となると、祭りの準備もあるから、忙しくなるな」
それにしても、壁があるだけでずいぶん暖かいなあ。
昨日までは食事を終えると夜風を避けて、テントや馬車に退避してたのに。
「この床もつるつるしていいなあ」
「ワックスをかけたばかりですもの。何度か繰り返すうちに色合いも落ち着いて、立派な床に育ちますわ」
「そういうもんか」
そう言ってカプルの横にごろりと横になる。
目の前の大きなおしりを撫でながら、ふと思い出して聞いてみる。
「そういえば、さっきのホロアの子、どうだった?」
「シャミのことですの? 中々優秀な、というよりも、センスのある子ですわね。もう目をつけられたんですの?」
「それがこっそり肩をたたいてみたが光らなくてさあ」
「あら、残念でしたわね」
「全くだ、好みの感じだったのに」
「ご主人様は、ああいうタイプが好みですの? うちにはいないタイプだと思いますけど」
「うちの連中はみんな好みだぞ?」
「好みじゃない娘をお聞きしたほうがはやそうですわね」
「うーん、わからん」
「そうだと思いましたわ。それよりも……」
「うん?」
「あの子に歯車の技術を教えてよろしいんですの?」
「まずいかな」
「同門の大工ですから、私の技術を伝えるのは良いのですけども、ご主人様の持つ異世界の技術というものは、簡単に伝えて良いものでしょうか。従者になったならともかく、相性が合わなかったのでしょう?」
「やっぱ、そういうのって気にした方がいいのかなあ。うーん、なあ、燕。そのへんどう思う?」
フルンと一緒に出来たての壁の前で何やら遊んでいた燕に尋ねると、
「地球の知識のこと? まあ大っぴらにバンバンやるんじゃなければいいんじゃない? 歯車の計算ぐらい、遠からず再発明するわよ。っていうか残ってるところもあるんじゃないの」
「だそうだ、秘伝のなんたらとか言って、漏らさないように伝えればいいんじゃないか?」
「かしこまりましたわ。明日から通うと申しておりましたから、そのようにレクチャーいたしますわ。ついでにうちの手伝いもしてもらいましょう。授業料を払うのは、職人として当然ですもの」
「うん、まあそんな感じで」
翌日。
果物屋のエブンツが、箱いっぱいのフルーツを持ってお祝いに来てくれる。
「おう、ありがとよ。それにしても気が利くじゃないか、そういうマメさが普段から発揮できればもてるのに」
「まじかよ、実は妹に持って行けって言われるまで、改築祝いなんて思いつきもしなかったんだ」
「だろうな」
ちなみに、付き合いのあるご近所さんはすでに挨拶に来てくれていた。
エブンツはコミュ力じゃなくて、社交性が足りないのか。
友人としては、いいやつなんだけどな。
そんな、いつもどおりのエブンツとグダグダしゃべっていると、昨日のホロアの子が来た。
シャミという名の大工見習いの彼女は、メイド族でクラスはなんだろう、小柄だし、戦士系じゃなさそうだな。
クラスと体型は関係が有る気がするんだよな。
戦士系はわりと大柄が多いし、魔導師系はその逆だ。
セスやエレンは小柄だが、その分スピード重視だし。
デュースもわりと小柄だな。
横はでかいけど。
レルルはわりとひょろっとしてるよな。
となるとやっぱり戦士向けじゃないんだろうか。
いや、そもそも血液型じゃあるまいし、人間をそんな簡単に分類できるわけ無いか。
あるいは体格がいいから戦士に分類されたりするんだろうか。
よくわからんな。
シャミはどういうタイプなんだろうな。
ブカブカのコートを着ているので体つきは見てもわからん。
いやいや、相性の合わない子にそんなことを考えても仕方ないんだけど。
シャミはお邪魔しますと俺に頭を下げると、暖炉を組み立てているカプルのところに走っていった。
「何だあの子、新しい従者なのか?」
「いやあ、見習い大工さんでな、うちのカプルに教わりたいって通ってきてるんだよ」
「へえ、ホロアってのは勉強熱心だねえ」
「俺も学生の頃は一日中勉強してたぞ?」
「まじか、俺学校なんて日曜学校しか行ってないぞ。どこだ? 王立学院なのか?」
「いや、故郷の学校だけどな」
「ふーん、どっか東のほうだっけ」
「ああ」
エブンツが帰ったあと、カプルとシャミの仕事っぷりを眺める。
シャミはあまり力仕事は向いてなさそうだ。
カプルが束で持ち上げる耐火レンガを、一つずつ重そうに運ぶ。
大工って力仕事だから、あれじゃあ厳しいだろうなあ。
一仕事終えてお茶を飲みながら、シャミが持ってきた袋を開ける。
「私が作った火ばさみと火かき棒……、良かったら……どうぞ」
と差し出す。
金属製のそれは、普通の火ばさみや火かき棒なのだが、微妙な曲線が美しい。
よく見ると表面に細かい装飾がみっちりと施されている。
「ありがとう、でもこれ、見事すぎて使うのがもったいないな。暖炉で使うとすぐボロボロになるし」
「そういう品だから、気にしないで」
「シャミは細工物が得意なのかい?」
コクリと頷く。
「それでジングに弟子入りしたのでしょう?」
とカプル。
「棟梁の細工は、スパイツヤーデで一番だと、思う」
「そうなのか」
「ジングはああ見えて、とっても細かい仕事をするんですの。パーマデラ神殿の竜の間の彫り物などは国宝級だと思いますわ」
「あれを見て、弟子入りした」
「そうですの、良い判断でしたわ」
そういいながらシャミのくれた火ばさみを手に取る。
「これだけ彫ると、大変でしょう。彫金が得意なんですの?」
カプルの問に、シャミは顔を赤くしてうつむく。
「ふふ、職人はシャイな人も多いものですが、そればかりでは仕事が取れませんから、時には自分を強くアピールすることも覚えなければなりませんわね」
コクコクと頷くシャミ。
暖炉づくりが一区切りつくと、そのあとは家馬車に入って歯車やら何やらについて教えているようだ。
外からちらりと様子をうかがうと、以前作った扇風機を見たシャミは非常に感動したようで、根掘り葉掘り仕組みなどを聞いていた。
「あら、もう暖炉ができたの?」
そこに学校から帰ってきたペイルーンとエンテルがやってくる。
「いや、まだもうちょっとかかるらしいぞ」
「そう、残念」
ペイルーンはそう言って暖炉前のソファに座る。
以前、火床を作っていた場所は裏の壁との境界線上だったので、今は撤去してある。
かまどや暖炉のように排気対策がしてない場所で火を焚くと大変だからな。
囲炉裏なんかは屋根が藁葺だから煙が抜けていくと聞いたような気がするが、俺なんかは言われないと考えもしないもんな。
「火かき棒なんて持ってるから、火を入れたのかと思うじゃない」
「これはいただきものだよ」
「へえ、どれどれ。立派なものじゃない。まだ魔力が残ってる、彫金のパペッタが作ったのね」
「パペッタ? なんだそりゃ」
「錬金術の一つよ、前に私が精霊石を加工してるのを見たでしょう。一度気化した精霊石を再結晶化するの」
「ああ、あのガラスの装置でか」
「錬金術ってようするにああやって元の何かを一旦分解して再構成する能力なの。それを魔法みたいな、なんだかよくわかってない力でやるのよ」
「ほう、よくわからんな」
「で、普通は精霊石に対してその力は働くんだけど、まれに金属や土に対して出来る人も居るのよ。どろどろに溶かした金属を魔法で整形するスキル、溶けた素材を人形のように扱うからパペッタって言われてるわね」
「へえ、じゃあ、彼女は彫ったんじゃなくて魔法で作ったのか」
「たぶん。どこで貰ったの?」
「昨日まで来てた大工の見習いの子がな」
「あら、大工なの、錬金術士じゃないのね、それじゃあ自分で彫ったのかしら? 私じゃそこまでは区別つかないけど」
「さあ、あとで聞いてみるか」
当の本人は、まだカプルに色々教わっている。
忙しそうなので邪魔しちゃ悪いよな。
その後、道場から帰ってきたフルン達と遊んでるうちに夕食の時間になる。
うちは朝食は揃ってとるが、夕食は忙しい者はあとから勝手に取ることも多く、しかも早い内から飲み始めることも多いので、いつも適当に始まり、適当に終わる。
今日はさっさと食べてしまい、食後のお楽しみというわけで従者を数人ひん剥いて侍らせながら、酒を注いだグラス片手にイチャイチャしていたところ、不意に家馬車から出てきたシャミとばったり目が合う。
「!?」
シャミは初め、目の前の状況がよくわからず、ついで耳まで真っ赤にして硬直してしまう。
しまった、まだいたのか。
すっかり忘れてたよ。
「シャミさん、扉の前で止まられると外に出られませんわ」
後ろからそういいながらカプルが出てくる。
「あら、ご主人様。お客人の前ではもう少し、控えめにしていただきませんと」
「いや、すまん、ついうっかり……」
「シャミさん、うちの主人がはしたないところをお見せしてしまいましたわ、申し訳ありません」
コクコクと頷きながらも、俺のナイスバディから目が離せないようだ。
じっと凝視している。
「ご覧になりたいのでしたら、もう少し近くでご覧になっても構いませんわよ? 減るものではありませんし」
今度はプルプルと首を横に振る。
「でしたら、食事にいたしましょう。私、ずいぶんとお腹が空いていましたわ。もう食事の時間は過ぎていましたのね」
再びコクコクと頷いて、カプルに従って土間の方に歩いて行った。
「いやあ、恥ずかしいところを見られちまったな」
「旦那が変な趣味に目覚めなきゃいいけどねえ」
俺の隣で柔らかい肌をすり寄せていたエレンが人事のようにつぶやく。
「そうなると、お前たちも一緒に見られることになるぞ」
「辛いねえ、辛いけどご主人様のご意向とあれば、従者としては従うしか無いんだろうねえ」
「そこはお前、主人をお諌めするのも従者の仕事じゃないのか?」
「そういうのはアンやレーンに任せてるよ」
「なるほど」
「それにしても、あの子、ほんとに光らなかったのかい?」
「うん? ああ、駄目だったな、チェック済みだ」
「おかしいなあ、旦那の裸見て、明らかに意識してたのに」
「そりゃ、年頃の娘さんならそういうこともあるんじゃないのか? 俺があれぐらいの年齢の頃は、おっぱいが見たくて見たくて仕方なかったもんだ」
「旦那は年齢関係ないじゃないか」
「そりゃそうだ」
「そうじゃなくてさ、ホロアって主人というか相性のいい人以外には全然発情しないんだよ? 僕だって旦那を見て初めて、胸のときめきってやつを感じたぐらいだからね」
「そうなのか?」
「ああ、それはわかるわ。私も一目見た瞬間、いきなりムラムラ来たもの。あんなの生まれて初めてだったわ」
こちらは俺の足元で寝そべっているペイルーン。
「そんなもんか」
「アフリエールなんかはそんなことなかったでしょ?」
ペイルーンが隣にいるアフリエールに話しかけると、
「え、それは、その……」
と言いにくそうにしている。
「はは、俺に遠慮はいらんぞ」
「その、せ、性欲、とは違いますけど、素敵な人を見て、憧れるみたいなことを友だちと話したりはありましたけど」
「そりゃそうだよな」
「う、ウクレもあるよね?」
その隣のウクレに話を振ると、こちらも困った顔で、
「あの、隣の部族の族長の息子さんがかっこ良くて、みんなでお花を集めて持っていったことが……、あ、でも、私は別にその、そんなに興味は……」
「はは、いいじゃないか。青春の甘酸っぱい思い出って感じだなあ」
色々話を聞いていると、古代種の連中は初恋とは言わないまでも、歳相応に異性を意識したことはあるようだが、ホロアに関してはほんとに全くなかったようだ。
全員がそうってのはいささか不思議な気もするが。
「そりゃ、そういう風に作られてるんでしょ?」
と燕。
「やっぱそうなのか?」
「たぶんね」
うーん、つまり女神様が、たぶん女神ネアルがそう言う風に作ったんだろうなあ。
ロボットというか、人造人間みたいなもんか。
先日、生まれてくるところを見たばっかりだが、あれが自然発生した生物には到底見えないので、科学にせよ魔法にせよ、ああいう仕組みを作ったってことだろうな。
今まで得た知識からしても、そう外してはいない想像だとは思うがどうなんだろう。
ホロアに関してあんまり深く考えると、なんというかあれだよな、こんな都合のいい存在がいてもいいのかって話になって、最終的にそんな彼女たちを契約とやらで縛り付けていると取れなくもない俺の存在ってどうなんだ、みたいな話になって心穏やかじゃないので、あまり考えたくない気もする。
そもそも、大事なのは家のかわいい従者たちがどうすれば幸せになってくれるかであって、よくわからんホロアの出生の秘密みたいなのは本質じゃないよな、少なくとも俺にとっては。
ホロアといえば、アウル神殿の貫主の爺さんは、どういう人生を経て、ああいう考えに至ったんだろう。
人間だけが契約できないのはなぜかっていうやつだ。
たんなる知的好奇心ってだけじゃなかったよな。
ゴーストを成仏させることへの執着を見るだけでも、それはわかる。
たとえば、若いころに従者にしたかったホロアがいたんだろうか?
その子がゴーストになってしまったとか。
いささか安易すぎるか?
もっとも、一個人の人生が劇的である必要なんてないんだけど。
うーん、露出プレイで興奮して酔いが回ったせいか、考えがとりとめなく暴走してるな。
何の話だったっけ?
そうだ、シャミだ。
土間の方を見ると、すでに大工見習いのシャミは帰ってしまったようだ。
ちょうどカプルがこちらにやってきた。
「さっきは済まなかったな、カプル」
「お気になさらず、彼女もまんざらでもなかったようですわ」
カプルは服を脱ぎながら俺の隣に腰を下ろす。
「やっぱり? でも体は光らなかったんだよなあ」
「成人する前のホロアも、体は光らないものですわ。もっとも彼女は成人して奉仕請願を捧げた上で、ジングに弟子入りしたのですけど。あるいは本人の意識の問題も」
セスなんかもそうだったっけ。
「諦めずに、何度もアタックするべきですわ、とても良い娘ですもの」
「がんばるよ。そういえばさっきペイルーンが言ってたけど、彼女は錬金術士なのか?」
「さあ、特に聞いておりませんわ。何故ですの?」
「さっきの火かき棒を見て、なんだっけ、パペ?」
「パペッタよ」
とペイルーン。
「まあ、本当ですの?」
改めてカプルはさっきもらった火かき棒を手に取る。
「これは……たしかに、てっきり削りだしたものと思っていましたが、錬成したものですわね。私も魔法は疎いものですから。もっともパペッタが大工に弟子入りすることもなくはないですわ。錬金術は物の性質にこだわるのですけど、我々はどちらかと言うと見た目や機能を重視しますの。そのためには性質を知ることも重要なのですけど、それは手段ですから」
「ふぬ」
「彼女はジングの巧みな彫刻に憧れたと申しておりましたわ。つまり、そういうことなのですわね」
「なるほど」
「それに彼女からはあまり魔力を感じませんでしたから、そちらの能力は弱いのかもしれませんわ。この火かき棒も、曲げの部分は手で曲げているようですし」
「ほほう、俺はどこがどう加工してあるのか、よくわからんけどな」
「でしたら、一つずつ説明いたしましょうか?」
「いやあ、遠慮しとくよ。それよりも目の前に広がる女体の神秘について、懇切丁寧な説明を受けたいね」
「では、そちらからご説明させていただきますわ」
そう言ってカプルは妖しく笑うと、みっちりと体をすり寄せて、レクチャーを開始した。
いやあ、いくつになっても、勉強はいいもんだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます