第129話 化石

「さみーな」


 ボートの縁から釣り針を湖面に垂らしながら、俺は少し身震いする。


「そりゃ、仕方ないね。降ってきたよ」


 ボートの反対側で同じく竿を振っていたエレンが空を指差す。

 ああ、白いものがポツポツと。


「ゆきー、ゆきだー」


 隣にちょこんと座っていた撫子は雪を見てはしゃぐ。

 俺は身震いしながら、新しく仕立てたオイルクロスのジャケットの襟を立てる。

 水に強いので釣りには最適なんだろうが、いささか重くて肩がこる。

 軽いダウンのジャケットが欲しいなあ。

 日本から持ってくればよかったぜ。

 撥水処理した、ちょっといいやつを持ってたのに。


「ああ、道理で寒いと思いました」


 ボートの真ん中でマントを頭からかぶってうたた寝していたエンテルが、のっそりと顔を上げてそうつぶやく。

 学校が忙しそうだったので、たまの休みに連れ出してみたが、家で寝かせといたほうが良かったのかな?

 とはいえ、家にいるとずっと机にかじりついてるしなあ。

 趣味でやってる人間は際限がないからな。

 たまには外に連れ出してやらんと。


「どうです、釣れましたか?」


 と尋ねるエンテルに撫子がかわりに答える。


「エレンはいっぱい釣りました。十匹以上、ご主人様はだめです」

「そう、ちゃんと数えてたのね」

「でもエレンの方は、指が足りなかった」

「じゃあ、今度は十より大きな数の数え方を教えますね」

「はい」


 撫子は今日も賢いなあ。

 エンテルもこうして話してると先生みたいだな。

 先生だけど。


「どうしようか、ぼちぼち引き上げるかね」


 俺が尋ねると、エンテルは小さくあくびをしながら、


「そうですね、寒いですし」


 と答える。


「なら、引き上げようか」


 エレンが立ち上がり、ボートを漕ぎだすと、遠くから声が掛かる。

 見ると中型の漁船が平行して走っていた。


「まいどぉ、サワクロの旦那ー」


 先日漁船を燃やした女漁師のホムだ。


「よう、娘さんは元気かい?」

「おかげさんでねー」


 どうやら、他の船に乗って働いているらしい。

 エレンが船を寄せると、別の船員も顔を出す。


「おぅ、いつぞやの旦那じゃないか。エーメスお嬢は元気かね」


 こちらはあの時ホム親子を助けに来た、同じく漁師の女だ。

 名はタモルと言うそうで、この船の船長だ。

 数人の漁師を従えている。

 ここの漁師たちの顔役の一人でもあるらしい。

 日に焼けた肌は年季がいっているように見えるが、まだ四十ぐらいだと聞いた。


「今から引き上げるんだ、一杯ごちそうするから寄ってかないかい?」


 とのお誘いなので、ついていくことにした。

 漁船は東側の港につける。

 今日は養殖の様子を見ていただけらしく、あとは船員に任せてタモルとホムは小さな舟に乗り換える。

 それについて湖岸を少し北上すると、立ち並ぶ民家が見えてきた。

 ただしすべて湖に浮いている。


「家船と言ってね、ここいらの漁師はみんな、湖の上で生活してるのさ」


 とエレン。

 巨大な筏の上に、陸と変わらない木造の小屋、というよりもちゃんとした家が乗っている。

 なるほど、面白い。

 外国だと水上生活者は割と沢山いるみたいだけど、日本じゃ見たこと無いな。

 なんでだろう?

 規制とかあったんだろうか。


「さあ、あがっとくれ」


 船長のタモルに促されるままに、俺達は家に上がる。

 中庭風になったスペースには、火床があり、薪が並んでいた。


「今、火をおこすよ」


 ホムとタモルは従姉妹だ。

 ホムは俺と同年代かと思っていたが、まだ二十代前半だ。

 今は親戚のよしみで船に乗せてもらっているのだとか。

 なかなか船を買い直すとは行かないらしい。


「まあね、ローンを組むにも銀行はしみったれでね。最近は陸の商売が主流だとか言って、アルサの港町も水揚げが減っちまってねえ」

「ホム、客人の前で湿気た話をするんじゃないよ」

「ああ、そうだった。どうも亭主の癖がうつったみたいだねえ」


 と船をなくしたホムはため息をつく。


「旦那さんはどうしてるんだい?」

「祭りが近いんでね、神殿の人足に出てるよ。まああれでも漁師の端くれだ、力仕事はお手の物ってね」


 そんな話をしながら、度のきつい酒をグビリと煽る。


「いい飲みっぷりじゃないか、どれ、もう一杯行きなよ」


 とタモルがボトルを差し出すが、中身は空だった。


「おっと、アースル! アースル、いるんだろう? ちょいと酒を持ってきておくれ」


 と大声で奥に怒鳴ると、子供の声で返事が返る。


「おかあさん、お酒切れてるよ?」

「あん、参ったね。アースル、ちょっと買ってきておくれよ」

「えー、雪降ってるよ?」


 そう言って奥から顔を出したのは、まだ幼さを残す少女だった。


「あれ、お客さんなんだ」

「そうさ、いつぞやのアムの命の恩人の旦那さんだよ」

「あ、そうなんだ」


 といってトコトコ出てくる。


「アムちゃんとホムおばさんを助けてくれてありがとう、おじさん」

「なに、いいってことさ」

「じゃあ、お酒買ってこないと」

「ちょっとまった、酒なら舟に積んでただろう。あれを飲もう。どうせそのつもりで持ってきたんだし」


 そういってエレンを促すとタモルが、


「旦那ぁ、あたいがごちそうするって誘ったんだよ」

「まあいいじゃないか、酒は誰の酒でも旨い」

「いいこというねえ。じゃあアースル、あんたは蔵から干物持ってきな」

「うん!」


 そういってタモルの娘は走って出て行く。

 入れ違いにエレンが酒瓶を全部持ってきた。

 買った酒もあるが、エディが手土産に持ってきたものなどもある。

 その内の一つを取り出して、


「こいつは知り合いからもらった酒だ、たぶんいい酒だと思うんだけどな」

「へえ、見たこと無いねえ。お高いんじゃないのかい?」

「さあなあ、値段聞いて酔えなくなったら困るから、聞かないことにしてるんだ」


 そういいながら注ぎ分けて、改めて乾杯する。


「こりゃまた、上品な甘さだねえ、ちょっとあたいらにはもったいない味だよ」

「じゃあ、私飲む」


 と両手いっぱいに干物を抱えて戻ってきた娘のアースル。

 飲むのか。

 まあ、こっちじゃ子供でも普通に飲むしな。


「お、いくかい?」

「いただきます!」


 そう言って可愛らしく口に含むと、


「すごーい、ジュースより甘い!」

「お、いけるじゃないか。よし、そしたらこっちも開けよう」


 気分が良くなった俺は、次々と酒瓶を開ける。


「ご主人様、さすがに飲み過ぎでは?」


 そういうエンテルはたぶん俺より飲んでる。


「あんたも従者かい?」


 と尋ねる女船長のタモルに頷いて答えるエンテル。

 それをみた娘のアースルが、ふと思い出したように尋ねる。


「あの、もしかしてこの間の日曜学校で歴史の授業をしてた先生……ですか?」

「ええ、先週は出てましたよ。あなたも聞いてくれてたのかしら?」

「はい、すっごく面白かったです。シイロの柱ってただの石の塊だと思ってたのに、あの授業の後、友達と見に行ったらほんとに焼け焦げた後とかありました!」

「自分で見に行ってくれたのね。凄いでしょう、お話や本で知った出来事の証拠が、ああして本物の遺跡に刻まれているの。本の中だけだとお伽話と区別がつかない昔のお話も、じかに遺跡に触れるだけで、歴史上の事実になるのよ」

「はい、びっくりして、すごく興奮しちゃった!」


 そこでタモルが驚いた様子で、


「あんた、先生なのかい?」

「ええ、今は王立学院で歴史を教えています」

「へえ、学院の先生っていえば、凄い学者さんなんだろう?」

「学問以外、家事も満足にできないのですが」

「芸なんてもんは、一つできれば十分なのさ」

「先生のお話、すっごく面白かったよ?」


 と娘のアースル。


「それであんた、この間から変な石ころとか拾ってきてたのか」

「あ、そうだ。なんか変わったの見つけたんだ。先生、見したげる!」


 アースルはバタバタと奥に走って行くと、すぐに何かを手に持って戻ってきた。


「まあ、めずらしい。石化した貝ですね。普通は魔界でしか取れないのですが」


 こぶし大の石に、何かが浮き出ている。

 化石じゃん。

 アンモナイトみたいな貝だな。


「石化? 魔法で石化したの?」

「そう言われていますね。これは先生が研究している人間の時代よりももっと古い神話の時代に、女神が穢れた古い時代の生き物を石に変えたのだと言われています」

「え、じゃあこれって良くないの?」

「いいえ、すでに穢れは消えているはず。なにも魔力を感じないでしょう?」

「うーん、たぶん」

「どこで見つけたの?」

「アッカの洞窟の近く」


 それを聞いた母親のタモルが、


「アースル、あのへんは魔物が出るから行っちゃダメだって言ってるだろう」

「あ、しまった」

「全く、この子は」

「魔物の出る場所は危ないですよ。先生達もそういうところに行くときは、騎士や冒険者の護衛をつけますから。まして子供だけで行くのはもってのほかです」


 教師らしく叱るエンテル。

 こういうのもそそるなあ。


「はーい」


 アースルは殊勝に返事をするが、アレは全然反省してない顔だな。

 さらなる説教を予感したのか、アースルは話題をすり替える。


「先生、私も学者さんになれる?」

「そうですね、学者になるのは大変ですよ。才能、努力、それにお金もいりますね」

「予備学校に行かせるお金なんて、うちにはないからねえ」


 と母親のタモル。


「えー、ないんだ」

「先生も予備学校にはいかずに、直接試験を受けてエツレヤアンのアカデミアに入ったの。あそこは貴族じゃなくてもタダだから」

「タダでお勉強できるの?」

「ええ、そうよ。でも、寮にはいって家族とも別れて、何年もひたすら勉強するの」

「ええーっ、それじゃあ漁のお手伝いができないよ。それしかお勉強する方法ってないの?」

「そうですねぇ。それだけが全てじゃないわ。本を読んで、日曜日の講習会に出て、自分でコツコツ研究する在野の研究者もいますよ」

「どう違うの?」

「本業を持っていると、どうしても研究に裂ける時間が限られてしまうから、そこが大きな違いね。それにアカデミアや学院に所属していないと大きな発掘に参加したり、設備も使えないから、そこも弱いですね」

「うーん、先生はどうなの?」

「私は去年まではエツレヤアンの工房に所属していたけど、この人の従者になってからは在野の研究者ですね。旅をしたりもするから、研究ばかりしているわけにはいかないけど、面白い発見もあるし、どちらがいいとは言えませんね」

「そうなんだー」

「来週も日曜学校に出ていますから、またいらっしゃい。本を貸してあげますから」

「ほんとに? 行く行く」


 目を輝かせるアースルに、母親のタモルが呆れ顔で、


「またすぐに飽きるんじゃないのかい? あんたは全然長続きしないじゃないか」

「えー、大丈夫だよ」


 アースルは頬を膨らませる。


「それでいいと思いますよ、子供の頃は次から次へと興味が湧いて目移りするものです。そうして色んな物に手を出していくうちに、本当に自分の大切なモノが見えてくるのですから」


 とエンテル。


「へえ、やっぱり学者さんはいうことが違うねえ。あたいなんかは子供の頃から親の舟に乗り込んで釣りばっかりしてたけど、つまりこれが自分の大切なものだったのかねえ」

「きっとそうなんですよ」


 その後、たっぷりごちそうになって、タモルの家を出る。


「未来の考古学者が生まれるかな?」

「さあ、どうでしょう」

「控えめだな。もっと魅力をアピールしなくていいのか?」

「食べていくのが難しい学問ですからねえ。ちょっとお勧めはしかねます」


 と苦笑するエンテル。


 ボートの上から小さくなったタモルの家を見ると、二階の窓からアースルが覗いているのが見えた。

 みんなで手を降ってやると、彼女も大きく振り返す。


「水上の家ってのもいいもんだな」

「そうだね。もっとも、あれはお金がないから仕方なく住んでるんだけどね」


 とエレン。


「そうなのか?」

「船には昔から税金がかからないからねえ」

「へえ、なんでだ?」

「船は女神の乗り物だから、ということのようですよ」


 とエンテル。


「ふーん。そういや、さっきの化石だけど」

「化石とは?」

「あれ、化石って言わないのか。石になった古代の生物だよ」

「ああ、あの石化した」

「あれは魔法じゃなくて、生物の死骸が埋まった後に鉱物と置き換わって形だけが残ったもんだよ」

「置き換わる、とは? 石化とは違うのでしょうか」

「石化がどういう仕組かはわからんけどな、別に魔法じゃなくて、死骸を土に埋めて何万年もの長い時間と条件があえば勝手にできるんだよ。俺の故郷でもいっぱいあったからな」

「そうなのですか、私の専門ではないのでなんともいいかねますが、あれは地上よりも魔界で多く発見されます。」

「ふぬ」


 しばらく忘れてたが、この星って地下に魔界があるんだよな。

 その上に何キロかの、おそらくは人工的な層が蓋をして地上がある。

 普通に考えたら地下に穴を掘る方が現実的だけど、神話だと蓋をしたって言ってるんだよな、たしか。

 だから火山もないし、石灰みたいなのも自然にたまってないのかもしれない。

 しかし現実問題として、そんなことが可能なんだろうか。

 それに、技術的に可能だとして、それだけの土やら鉄やらをどこから持ってきたんだろう。

 星のサイズが変わったら自転とか公転の周期も変わったりしないんだろうか?

 そもそも、それをする意図はなんなんだろう?

 魔界とか魔族って言っても、どうも古代種と呼ばれる連中とほとんど差はないようだし。

 コアの色がちょっと違うぐらいか。

 色の違いってなんだろうな。

 オーレが青いのもなにか意味があるんだろうか。

 案外、たいした意味は無いのかもしれないが。

 たぶん魔界も単に地下世界ってだけで、それ以上でもそれ以下でもないんだろう。

 日本人的な感覚だと、どうしても地下は死後の世界みたいな印象があるけど。

 お化けもいないそうだし、そういうのじゃないんだろうなあ。

 そういえば、この間見かけたお化けみたいなのは何だったんだろう……。


 などと取り留めもなく考えを巡らせながら、ふと撫子の方を見ると、船縁をつかんでなにかに話しかけている。


「いらっしゃいませ、今日はミルクはないです」


 そう話しかける目線の先には……いた!

 先日の船幽霊だ。

 撫子を見下ろす真っ黒い眼がこちらを向き、目が合う。

 真っ黒な目は、吸い込まれそうな深い闇を宿して、油断すると魂ごと飲み込まれそうだ。


「……紳士様……どうか」

「え?」

「……さまよえる魂に……安らぎを……」


 急に視界が狭まる。

 ここはどこだ?

 暗く、冷たい、水の中だ。


「どうか……どうか……」


 はるか水底から聞こえる声に導かれて、俺は水底へと潜っていく。

 潜る、潜る……。

 深い水の底。

 厚く積もった泥の下。

 俺はどこまでも潜っていく。

 やがて地の底にたどり着く。

 淡い光に照らしだされた広大な地下洞窟。

 ホタルのようにゆらぐ無数の光。

 地面から突き出た水晶がその光を反射する。

 その只中に、青い肌のメイドが一人。

 俺を手招いている。

 ああ、いかなきゃ。

 美人が呼んでる。

 顔はよく見えないけど、多分美人だ。

 今行くよ、美人ちゃん……。


「だんなっ!」


 船縁から上半身を乗り出して落っこちそうになっていた俺は、すんでのところでエレンに引き戻された。


「やれやれ、水浴びするには季節が悪いよ、旦那」


 どうやら、酔いつぶれてうたた寝していたらしい。


「おお、すまん。なんか水の底から美人に手招きされてな」

「そりゃ、しかたがないね。だけど今日の所は丘の美人で我慢しとくんだね」


 そう言ってエレンはウインクした。


 家に戻って夕食まで一眠りすると、酔いは覚めたようだ。

 スッキリしたところでさっき見た夢を思い出す。

 あれはやっぱ、たまに見る予知夢的ななにかだよなあ。

 違うかもしれないけど、やっぱ気になる。

 となると、まずは船幽霊の情報収集か。


「エーメス、先日聞いた船幽霊の話なんだが、他になにか知らないか?」

「いえ、私が知るのは先日話した程度ですが」

「だれか、詳しい人はいないかな?」

「やはり漁師に聞くのが一番だと思います。綱元の一人で、アンビ婆という人が漁師たちの最長老ですから、彼女が適任かと」

「なるほど」

「何かあったのでしょうか」

「旦那はどうも取り憑かれちゃったみたいだよ。今日も美人の手招きで寒中水泳しそうになってたからね」


 とエレン。


「取り憑かれたなどという話は聞いておりませんでしたが、そうなると一大事では?」

「いやまあ、大丈夫だろ。ただ、なんか気になってなあ」


 改めてさっき見た夢の内容を考える。

 湖の底に墓場があって、火の玉が大量に浮いてる。

 その中にメイドの幽霊がいて、救いを求めている。

 つまり、客観的に考えると、あれが最近出てくるゴーストのたまり場じゃないのか?

 メイド達の墓場みたいなのがあって、それが湖の底にある……と。

 プールの時もそうだったが、意味ありげな夢はほんとに意味があったりするからな。


「このへんっていっぱいダンジョンがあるんだろう、中には湖の地下に伸びてるやつもあるんじゃないのか?」

「そうでありますな、自分の知る範囲では、無いであります。無いというよりは、そちらに通じる道は埋まっているであります」


 かつてこの辺で務めていたレルルが答える。


「たとえばアウル神殿地下の大洞窟は、主に東西に伸びているでありますが、南北に伸びる道もいくつは確認されているあります。ただし、全ては途中でふさがるか、水没しているであります。もちろん海や湖があるでありますから当然ではありますが」

「といっても、海は知らんが湖の方はこのへんずっと遠浅だろう。家の裏手も、水深一メートルぐらいしかないじゃん」

「それは湖岸だけでありますよ、この湖はかなり深くえぐれているであります」

「そうなのか」


 そこで紅が、


「この湖は以前測定したところ、半径約十キロ、水深百メートルででほぼ一様、中央に突起が見られることから、クレーター湖だと考えられます」

「ほう、そうなのか。じゃあ、神話にあるウルの攻撃によって生じたものってのもあながち間違いじゃないのかな」

「そう考えても良いかと」

「それはどういうことです? クレーターとは?」


 少し離れたところで子どもたちの書取を見ていたエンテルが質問する。

 こういう話題には首を突っ込むな。

 同じ学者でもペイルーンとの違いだなあ。


「クレーターってのはな、主に隕石、つまり空からでっかい石が落ちてきて爆発するんだけど、ようは爆発ならなんでもいいから、魔法みたいなのでどかんとやってやれば、地面に大きな穴が開くわけだ、それをクレーターと呼ぶんだよ」

「なるほど、天から火の玉が降るという言い伝えはいくつも存在していますが、それのことですね」

「しかし十キロもの穴が開くとなるとー、とんでもない魔法ですねー。私の呪文でもせいぜい百メートルも吹き飛ばすのがやっとですからー」


 とデュースが言うと、エーメスが驚いて、


「百メートルと言うのはいくらなんでも無理があるのでは。それでは騎士団の小隊がまるごと吹き飛んでしまいます」

「そうですねー、実際にやったことがあるのはセクレス高原の毒の沼地をまるごと吹き飛ばしたぐらいですねー。あれはやり過ぎでしたねー」

「いや、それはその、冗談なのでしょうか、どうも私もウィットに富んだ会話というのは、その」

「デュース殿ならありえるでしょう。なんといっても雷炎の魔女でありますから」


 とレルル。


「ははは、レルル。あなたにまで担がれる私ではないですよ」

「む、自分は嘘などつかんであります」

「エーメス。レルルの……言葉は本当……です。彼女は……我ら騎士に……とって、尊敬すべき……お方の一人」


 とオルエン。


「な、なんと! いやしかし、ではあの南方遠征の折、銀鯱騎士団の撤退時に海岸をうめつくす炎の壁で全滅から救ったという、しかしあれは四百年近くも昔の……あいたっ!」


 久しぶりにデュースの杖が出た。

 でもってデュースの歴史が百年ぐらいさかのぼったぞ。


「余計な詮索をしないようにー、私も最近は物覚えが悪くて昔のことは忘れたんですよー」

「いや、しかし、その……」

「まあいいじゃないか。うちには自称女神もいることだし」

「自称女神とは?」

「あれだよ、あれ」


 焚き火のところでセスたちと酒盛りしながら鼻歌など歌っている燕を指さす。


「いや、彼女は自動人形なのでしょう? たしかに珍しい素体ではありますが」

「彼女が降臨するところも見ていますから間違いないでしょうねー。彼女の魂は女神エクネアル様のものですよー。今は力を封じているようですが、霊体の彼女はすさまじい力でー、成体の赤竜を一撃で葬りましたからー」

「ちょ、ちょっとお待ちください。赤竜が現れたなどと、ここ数百年聞いておりません。フルンが雷竜の子供を討ったとは聞いておりますが」

「それとは別ですねー、コンザから西に数日のところに古い遺跡がありましてー、そこに囚われていたようですよー。クロもそこで見つけたんですがー」

「そういえば、ガーディアンが従者というのもあまりに不可思議な……。このようなことを一度に聞かされると、かえって疑いようが無い気がしてきました。しかし、それにしてもこの面子はどういう……獣人や巨人など、ご主人様は多様性を重んじられる方なのだという程度に考えていたのですが、いかに紳士とはいえ、女神様まで従えるというのは……」

「そういえば話してませんでしたっけー、ご主人様は聖書にも女神の盟友と記される放浪者であり、この星とは異なる異世界からまいられたのですよー」

「は!?」

「だから異世界でー」

「い、異世界というのは、い、いい世界なのでしょうか」

「あははー、エーメスもジョークがいけるじゃないですかー」

「いや、今のはそういうつもりではなく、ああ、何が何やら……」

「そういう時は飲みましょー」

「い、頂きます」


 混乱するエーメスに飲ませながら、それた話題を修正する。


「とにかくだ、湖の地下に秘密の墓所とかがあって、そこにゴーストが大量に眠ってるなら、なんとしても探しだしてやらねばならん」

「そうですねー、となるとーまずは地図の検証でしょうかー」


 とデュース。


「でしたら、騎士団にある非公開の地図を参照したほうが良いと思われるであります。一般に冒険者に開放していないダンジョンも調査してあるであります」


 とレルル。


「そういうのもあるのか、見せてもらえるかな?」

「団長に事情を話せば、見せていただけるのではありませんか? なんといってもご主人様と団長は大層親密な仲で有りますし」

「公私は分けるもんだろう」

「そ、そうでありますか」

「夢で見たから地図を見せてくれ、ってのも頼りないよな」

「そうでありますな」

「まあ、今度エディが来たら、それとなく聞いてみよう。見せてもらえるならめっけもんだし。あとは……そうだな、紅、お前のレーダーで地下が見えないか?」

「無理のようです。おそらくは地下水ですが、エコーを遮る層があります。あるいは地下からならスキャンできるかもしれません」


 と紅。


「そうか、ならそっちも要検討だな」


 だいたい方針はまとまった。

 市販の地図や、騎士団のものなどをなるべく集めてダンジョンを検証し、合わせて紅にもどうにか調べてもらう。

 手近なところから潜ってみてもいい。

 長老の話とやらも、聞いてみるべきかな。

 どっちにしろ定期的にダンジョン探索はすべきなんだし、ついでぐらいの感じで調べるとしよう。

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