第128話 シルビーの冒険 後編
予定より小一時間ほど遅れて、セス達Aチームとエレンがやってきた。
「遅くなって申し訳ありません。こちらは大事ありません」
とセス。
「そうか、大丈夫ならいい」
ちらりとシルビーを見ると、薄暗くてよくわからないが、目尻に泣きはらしたようなあとがある。
ショックだよなあ、気の毒に。
さり気なく声をかけておこう。
「よう、シルビー、上手くやってるか?」
「も、問題ない」
「そうか、そりゃ良かった。俺がはじめての時は、敵の体当たりをモロに食らってふっとばされてなあ、しばらく打ち身で大変だったよ」
「そ、そう……ですか」
「よし、ちょっと遅れ気味だがどうする? 休憩は必要か?」
と尋ねるとセスが、
「いえ、大丈夫です。進みましょう」
「わかった。レーン、この後はどうするんだ?」
「はい、ここからは別のルートで地上に戻ります」
「よし、ならば出発だ」
手早く荷物をまとめて、俺達は地上目指して出発する。
はじめと同じく、先頭はエレンとエーメス。
その後に続いてぞろぞろと進む。
順調にしばらく行くと、先頭のエレンが分岐の所で立ち止まった。
「どうした?」
「うん、こっちの道は地図に載ってなくてね」
「どれ……」
地図を取り出して確認すると、確かにそれっぽい道はない。
明かりで照らすと、削れた岩に光沢がある気がする。
エレンは地面に耳を当てて何かを確認していたが、起き上がるとこう言った。
「なにか来てる気がするね。少し急ごう」
「敵か?」
早足になって進みながら尋ねる。
「たぶんね、やっぱりここは新しい通路かもしれない。となるとどこに通じてるかわからないから」
「魔物が自分で掘ってるのか?」
「そういうのもいるけど、スナズルみたいに土を食う魔物もいるから。世間では魔界モグラとか大ミミズって呼んでるけど」
「食うのか」
「そいつらがモグラみたいに道を作るんだ。天然の洞窟みたいなのももちろんあるけどね」
「なるほど、それで知らない道もできてたりするのか」
「そういうところもあるって話さ。この辺りはいるって聞くからね、油断は禁物……っとなんだろ、前も騒がしいな。先行ってみる。用心してついてきて」
そう言ってエレンが駆け出す。
俺達も先を急ぐ。
しばらく進むと道の向こうから聞こえる音は徐々に大きくなる。
ここまで来るとわかるが、戦闘の音だ。
かなり激しい。
「うーん、まずいですねー、かなり強い魔物がいそうですー。さらに下の方にもなにかー、どっちも鼻っぽいんですがこの辺りに出るとは聞いてないんですけどー」
「鼻ってノズか?」
「そうですねー、ちょっと手ごわいのでできれば数を相手にしたくないですねー」
「ふむ」
「ツバメと連絡取れますかー」
「うん? やってみよう。おい、燕、聞こえるかー、おーい、つーばーめーちゃーん」
(あ、ちょうどよかった。今連絡しようと思ったんだけど、なんか紅が言うには、下の方から魔物が登ってきてるから気をつけろって話よ)
「ああ、やっぱり。なんか俺達の前の方にもいるっぽいが」
(そっちは今調べてるわ。あとコルスが出ようかって言ってるけどどうする?)
「デュース、コルスがこっちに向かおうかって言ってるけど?」
とデュースに尋ねると、
「そうですねー、全体の数によりますねー」
「数はわかるか?」
(えーと、紅は後ろはわからないけど、前にはノズが十匹いるって言ってるわよ。ノズって強いの?)
「ノズが十匹!? おい、前に十匹いるってよ。後ろはまだわからんそうだ」
というと皆が一斉に身構える。
「十匹ですかー、でしたらコルスにはまだ待機してもらったほうが良いですねー」
「わかった。コルスには待機してもらえって」
(了解よ)
俺が話す間にデュースは周りに指示を出す。
「オーレ、呪文の準備をしてくださいー、氷礫が良いですねー」
「わかった」
とオーレに話しかけるデュース。
「セスが前、そのフォローにエーメスでいきましょー、オルエンは最後尾をー、残りはひとかたまりでお互いを守ってくださいねー」
ついで全員に話しかけるとシルビーが、
「わ、私も前衛に!」
「だめ! パーティはリーダーの言うとおりに動くの! うちはレーンとデュースが戦闘の指揮を執るから、従わなきゃ」
とフルン。
「し、しかし、私はまだ何も」
「だいじょーぶ、自分の役割をきちんと果たしたら、何もしてなくても全部したことになるの!」
「その通り。あなたは今、ここにいるだけで多くを学んでいるのです、慌てることはありません」
セスはそう言うと、刀を抜いて一歩前に出る。
「ごめんっ、二匹引っ張ってきちゃった!」
そこにエレンがかけ戻ってくる。
その後ろからは通路の天井まである青黒い巨体を揺すりながら、ノズが迫っていた。
入れ違いにセスが飛び出す。
その後ろからエーメスが弓を放つと、先頭の右目に突き刺さる。
次の瞬間にはもう敵の眼前まで迫ったセスが飛び上がり、先頭の頸動脈を切り裂いた。
ぶおっと叫びながらもんどり打ってノズの巨体が地面に転がる。
すぐ後ろにいたもう一匹は、倒れた仲間につまづき、よろめく。
セスは次の跳躍で二匹目の上を飛び越え、すり抜けざまに背中に斬りつける。
こちらは浅かったようで、ノズはすぐに体を起こして背後に回ったセスに向かって振り返る。
そうしてがら空きになった背中にエーメスの第二射が突き刺さった。
よろめきながらノズはセスと切り結ぶが、セスは横に押し流してそのまま首を跳ねる。
それで決着となった。
戦闘が終った所でフルンがシルビーに声をかける。
「シルビー、行こう」
「え、お、終ったのではないのか?」
「終わったから行くの。死んだふりしてるかもしれないから、用心しながらとどめを刺すの」
「わ、わかった」
二人は前に出て、とどめを刺すセスのフォローをする。
シルビーは動かなくなった敵に剣を立てることに抵抗があるようだったが、これってそういう商売だからなあ。
なんにせよ、勝負はついたようだ。
「ふう、片付いたか。どうだったエレン」
「この先の広場でノズが七、八匹残ってるはずだよ。冒険者が押されてる。十人ほどいたけど動けるのは半数かな。助けるなら急がないと」
「紅の調べだと十匹って言ってたな、のこり八匹か」
「後ろはどうだい? さっきはなにか来そうな気配だったけど」
「そっちは今、調べてもらってるんだけどな」
(ねえ、ちょっと大丈夫なの?)
とそこに燕の声。
「ああ大丈夫だ、今二匹倒した、後ろはどうなってる?」
(紅の話じゃ、ソナーじゃ見えないそうよ。見えない何かが進んで来てるみたい、当たりをつけたから今から私の遠目で見てみるけど)
「そうか、デュース、見えない敵が来てるとか言ってるぞ」
「うーん、探知の術をごまかす魔法もありますしー、他にも魔法抵抗の高い種族もいるのでー、何にせよ分からないなら前を倒して逃げたほうが良さそうですねー」
「そうだな」
「それからコルスには近くの騎士団詰め所に出向いてー、ノズ、及び不明の魔物が未知の穴から登ってきているとー、支援を求めに行ってもらってくださいー。えーとここからだと一番近いのはー」
とデュースが地図を探しているとエーメスが、
「ここなら、街道沿いのハインク村が近いですね。白象の五号分隊六名が常駐しております」
「ではそこにしましょー」
「よし、聞こえたか、燕」
(わかったわ、街道のハインク村ね)
(そこなら知っているでござる、では早速)
とコルスの声も聞こえる。
ホント便利だな、これ。
「じゃあ俺達は、このまま前に進んでノズを倒して地上をめざす。二人は何かあったらすぐ動けるように頼むぞ」
(わかったわ、気をつけてね)
通信を終えて、俺達は再び前進する。
三分も進むと開けた場所に出る。
そこはひどい有様だった。
見たところ十数人いる冒険者の半数が血まみれで、残りが押し包むノズの攻撃を必死にしのいでいるが、もはや時間の問題といったところだ。
ギアントを想定して来たパーティには、ノズの集団相手はきついのだろう。
「どうする?」
物陰から様子を伺い、作戦を立てる。
「時間がありませんー、ここからだと巻き添えになるので大きな魔法も使いづらいですしー、まず弓と魔法で軽く削ってから、セスとエレンが前に出て何匹か引っ張ってもらいましょー。あとはオルエンとエーメスが壁を作りつつ一匹ずつ削りましょー。準備はいいですかー」
デュースの作戦に従い、魔導師が呪文を唱え、残りが弓を構える。
「いきますよー、それー」
デュースの号令で一斉に攻撃する。
不意を突かれたノズはまともに攻撃を喰らい、手前の二匹がそれだけで行動不能になった。
ついで躍り出たセスとエレンが、三匹ほど引き離す。
俺達は騎士二人を前に立てて、じわじわ前進してセスたちが引っ張ってきたノズを囲い込む。
うちの前衛四人でノズ三匹だと、そこまで不安はない。
じわじわとだが、ダメージを与えていっている。
その後ろで俺達は魔導師組をカバーだ。
「オーレ、いいですかー、距離をとった魔物がいたらそいつの足を凍りづけにしてくださいー」
「わかった」
「あなたの術はまだ制御が甘いのでー、三メートル以上味方から離れた敵だけにしてくださいねー。じゃないと巻き込みますのでー」
「わかった」
デュースがオーレに指示を出す。
その横でシルビーはやはり焦っているようだ。
「わ、私にもなにか指示を」
シルビーがデュースにすがるように訴える。
デュースは周りを一瞥してから、話しかける。
「そうですねー、では今、自分は何をすべきだと思いますかー」
「もちろん、前に出て敵と……」
「それはしたいことであってすべきことではないですねー」
「そ、それは……」
「よく見てくださいよー、今前線は綺麗に敵を包囲して機能していますねー、ここにあなたが入っても上手く戦えないでしょー」
「では、なんのために私はここにいるのです!」
「落ち着いてー、もっとよく見てくださいー。戦況はどうなっていますかー」
「戦況? それは、今セス先生をはじめ前衛の四人が敵を圧倒して……」
「そうですねー、個別に見るとどうでしょうかー」
「個別……、先生は余裕を持って受け流しながら隙を伺っている。騎士のお二人は、あえて受けに回って……あれは疲労を誘っているのでしょうか。今一人の盗賊の方は……すこし動きが鈍くなっている?」
「そうですねー、エレンは続けざまに斥候に出たので少し疲れがたまっているようですねー。そろそろ交代が必要ですねー」
「では、そちらに!」
「まだですよー、もう少し視野を広げてー」
「視野を?」
「あちらの三匹はどうなってますかー」
そう言って元からいたパーティと戦っている残り三匹のノズを指さす。
「あちらは、数が減ったせいで拮抗しているようです」
「ですねー、ただしまだノズのほうが押しているようですねー、あちらは前衛がほとんどやられて、僧侶と盗賊が頑張っているようですがー、魔導師も倒れているので決め手にかけていますねー」
「では、あちらの助っ人に?」
「まだですねー、今あなたが一人で行っても戦況が変わらずー、かと言ってフルンと二人で行ってはこちらの控えが薄くなるだけですー、戦力の分散は愚策ですねー」
「それでは一体どうしろと」
「こういうものに正解はないのでー、可能性を考えるんですよー。うちの誰かがダメージを負うなどして交代が必要な場合ー、敵を減らして手が浮いた場合ー、あちらの敵がこちらに来た場合ー、さらにー」
「まだあるのですか?」
「後ろから新手が来た場合ー」
「そ、そうでした。それも……」
「そうなるとあなたは今どうすべきですかー」
「わ、私は……ここで戦況が動くまで待機……すべきです」
「よくできましたー。いずれにせよ、すぐに状況はかわりますよー。その時に備えてくださいねー」
デュースの言葉通り、状況はすぐに動く。
こちらの仲間が押されてると見たのか、向こう側のノズが一匹、こちらに向かって走りだした。
だが、それこそ思う壺だ。
呪文をためておいたオーレが、そいつに向かって魔法を放つと、たちまちそいつの下半身は凍りづけになった。
「さあ、行ってくださーい」
とのデュースの声で、フルンとシルビーが雄叫びを上げて突進する。
フルンは言うに及ばず、シルビーも決して弱いわけではない。
ハンデを負ったノズ一匹であれば、十分対処できる。
俺は残った三人の後衛組のガードだ。
その状況に焦ったのか、こちらで戦っていたノズの一匹も急に攻撃が荒くなり、その隙をついたセスに致命傷を食らう。
一匹減るとあとは一方的だ。
残り二匹も続けざまに倒してしまった。
その後、セスとエレンがこちらに残り、オルエンとエーメスが、のこったもう一組の助っ人に向かった。
「ご主人様ー、シルビーのところに行ってフォローして下さいねー、私達は背後に備えますからー」
「では私もご主人様と一緒に」
とレーン。
「エレンは回復させなくていいのか?」
と聞くと、
「まだ大丈夫でしょう。あちらのけが人も含めて、長丁場になるかもしれません。休息で済む分はそうしていただきます!」
「なるほど」
言われなくてもわかっているのか、エレンも深呼吸して調子を整えている。
たしかに、まだ大丈夫そうだな。
俺とレーンは駆け足でフルンとシルビーのもとに向かう。
こちらはすでに決着がついていた。
氷漬けのノズは右腕と首がちぎれ落ち、脇腹にはシルビーの刀が突き刺さったままだ。
シルビーは刀の柄を握りしめ、突き立てたまま硬直している。
「はっ……はっ……はっ……」
激しく呼吸を繰り返し、目を見開いたまま、シルビーは動けないようだ。
「ご主人様、彼女の手を外してあげてください」
とレーン。
俺は言われるままに、カチコチにかたまったシルビーの指を一本ずつほどいていく。
刀から手が離れても、まだ動けなかった。
レーンは懐から取り出したハンカチで返り血を浴びたシルビーの顔を拭ってやりながら、なにか呪文を唱える。
「さあ、見事な活躍でした。動けますか?」
「ぅ……あ……、わ、わたし……」
レーンは水筒を手渡して、肩を叩く。
「これを一口飲んで、呼吸を整えてください」
「は、は……ぃ」
フルンは何も言わずに、側で待っている。
俺はノズの死体から刀を引き抜くと、シルビーに手渡した。
シルビーはかろうじて刀を受け取り、鞘に納める。
その頃には残りも決着が付いていた。
「た、たすかったぜ、死ぬかと思った」
最後まで戦っていた盗賊の男はその場にへたり込むとそう叫ぶ。
男は全身に返り血を浴びていたが、大きな傷はないようだ。
見ていた限り、無事な中では彼が一番の使い手だった。
今一人の僧侶の男もすぐに仲間の治療にあたっているが、そのうちの四人はかなりの重症だ。
「軽傷の方はうちの騎士が治します。そちらの方はあなたが、この二人は私が見ましょう。ただ、この女性は……」
そう言ってレーンが指し示したのは、戦士の女だった。
見ると右の脇腹がえぐれている。
今、息があるのが不思議なぐらいだ。
「ちきしょう、パンナ、死ぬな、おい、パンナ!」
同じく重症の男がすがるように叫ぶ。
「動かないで、あなたも重症です」
「俺はいいから彼女を治してくれ、頼む、頼むよ」
「動くと傷が開きます! セス、抑えてください」
セスが押さえつけると男はどうにかおとなしくなった。
瀕死の女性の恋人だろうか。
俺の隣ではシルビーが嗚咽を手で押し殺している。
戦闘から立て続けでこの光景はショッキングだよな。
俺も戦いには慣れたが、こういうのは慣れそうもない。
「レーン、だめか?」
「はい。これだけ傷が広いと出血が止められません。内臓もやられていますし。デュースさん、傷を焼いて血止めはできるでしょうか」
声をかけられて女戦士を一瞥したデュースは、
「これだけ広範囲に腹を焼くのは難しいですねー、手足の切断ならどうにかなるのですがー、しかもすでに瀕死ですからショックに耐えられないかもしれませんー」
「他に方法がないなら、試してみましょう」
二人のやりとりを見て、昔TVか何かで見た、液体窒素で患部を凍らせるというのを思い出す。
「傷口をオーレの魔法で氷漬けにしたらどうだ?」
「なるほど! それなら少なくとも止血は出来ますね! 出血さえ止まれば私の魔法でどうにか出来る可能性が上がります。街までもつかどうかわかりませんが、試す価値はあります!」
それを聞いてデュースが、
「傷口を凍らせて止血ですかー、可能性はそちらのほうが高そうですねー、やらせてみましょー」
そういってデュースは女戦士の傷口に御札を数枚貼り付ける。
「いいですかー、体ではなく御札を凍らせるつもりでやってくださいー、ゆっくりとー、あなたの制御では全身が凍る可能性があるのでー、御札を媒体にして患部を凍らせますよー、ゆっくりですよー」
「わかった、ゆっくり」
オーレは傷だらけの女戦士の前に座り込むと、手をかざして呪文を唱える。
「エーメスさん、こちらに来て彼女に回復を。頭部の血の巡りを回復させるようにお願いします。回復の基本は頭部、心臓、腸ですよ! 外傷は無視してください」
「わかりました。私の腕ではそれほど効果はないかもしれませんが」
「かまいません。暴れるかもしれませんので、抑えるのも忘れずに。残りの治療が終われば交代します」
すぐに御札から白い煙が上がる。
はじめに流れ出る血が氷り、ついで断面部も赤黒く凍りついていく。
女がわずかに呻き声を上げるが、弱々しい。
凍るのと焼かれるの、どっちが痛いんだろう。
治療の間、俺達は後ろから来るかもしれない魔物を警戒して見張りに立つ。
しばらくすると、デュースがやってきた。
「どうやら止血は上手くいったようですよー、あれは良いアイデアでしたねー、助かると良いですがー」
「そうか、そろそろ移動できそうか?」
「あと二、三分でしょうかー、支度を始めましょー。いつ新手が来るかわかりませんしー」
「ここの通路も氷で塞げば、時間稼ぎにならないかな?」
「それはお勧めできませんねー、奥に別の冒険者がいるかもしれませんしー、ダンジョンを塞ぐのはご法度ですねー」
「なるほど、たしかに閉じ込められると困るもんな」
「ですねー」
そこに先ほどの盗賊の男が来る。
「よっ、大将。こっちはもういいぜ」
「そうか、なら出発しよう」
俺達はけが人を担ぎ、後ろを警戒しながら出発した。
「急いだほうがいいね、何匹かこっちに来てるっぽいよ」
とエレン。
「地上までどれぐらいだ?」
「あと五分かな」
「急ごう」
緊張感の中、けが人連れで急ぐに急げず、ハラハラしながら洞窟を進む。
「急いで急いで、もう来てる!」
たしかに、俺にもわかるぐらい、すぐ後ろまで気配が迫っていた。
「ええい、面倒だ、はしれ!」
俺達はごっちゃになって地上を目指す。
どうにか出口から転がり出ると、すぐ後ろから魔物も数匹飛び出してきた。
「放てッ!」
何処かから響いた号令とともに飛翔した矢が巨大な魔物の体に次々と突き立つ。
青緑色の、初めて見るやつだ。
鼻が長いからノズの仲間だと思うが、そいつらは弓の一斉射撃で次々と倒されてしまった。
みると駆けつけたばかりであろう騎士が数騎、大きな弓を構えて並んでいた。
「あーら、エーメス。ノズごときに遅れを取るなんて、主人に可愛がられすぎてなまっちまったんじゃないの?」
そうエーメスに話しかけたのは、騎士のリーダーらしい女……じゃなくて男だな、あれ。
長い髪にくねっとした仕草で、オカマっぽい人だ。
「ユルーネ、重症人が四人います、一人は危篤です、急ぎ手配を」
「あらまあ、たいへん。シオ、あなたアルサまでひとっ走りして教会に手配を。中はもういないの?」
オカマさんは部下に指示すると、あらためてエーメスに尋ねる。
「私の見た限りではいませんでした」
「そう、あたしたちはしばらくここで見はっとくから早くいきなさい」
「よろしくお願いします。いずれまた」
「あなたの退団式は派手にやるから期待しててねぇ」
そう言ってエーメスが話す間に、俺達はけが人を馬車に載せる。
「よし、出発しよう」
慌ただしく馬車を先に行かせてると、俺達も街に向かって歩き出した。
いつものことだが、ほんと何があるかわからんな。
俺の横ではフルンとシルビーが並んで歩いていた。
シルビーの顔はわずかに青ざめ、唇を噛み締めている。
「おつかれさん、はじめての冒険はどうだった?」
「……」
シルビーに話しかけるが、押し黙っている。
多分、彼女はちっとも思ったような活躍ができなかったんだろうな。
だいぶ恥ずかしい失敗もしたようだし、なにより目の前で死を実感したわけだ。
「あの連中、助かるといいな」
「はい」
「思うように戦えたか?」
「……いいえ」
「怖かったか?」
「……はい」
「もう、辞めるか?」
「いいえ!」
「それじゃあまた、一緒に潜るか」
「……よろしく……お願いします」
「ほんと! やった、じゃあまた行こう!」
とフルンはシルビーに抱きつく。
「な、ばか、何を」
「あはは、シルビー照れてる」
「ちがう! はなせ!」
そんなことを話しながら街へと急ぐ。
街では連絡を受けた教会から僧侶と医者が待機してくれていたようで、俺達がついた時には、怪我人はすでに引き渡した後だった。
それだけ確認してから、俺達は家に戻る。
「お世話になりました」
といってシルビーも寮に帰っていった。
「いいのかい、彼女」
並んで彼女を見送ったセスに尋ねると、
「さて、結果がどう出るかはわかりませんが、剣をとって身を立てるとは敵を殺して飯を食う、ということです。言い換えれば敵に殺されその糧となることでもあります。冒険者にかぎらず、騎士であっても同じこと。今のうちに適性を測っておくほうが、彼女のためでしょう」
「それで剣を置くことになってもか」
「彼女はまだ若い、生き方はいくらでもあります」
「ふむ……」
それが出来ないのが貧乏の辛いところでもあるが……。
「生死の間に身をおいて始めて、剣士は真の修行が始まるとも言えます。彼女は今日、そのスタート地点に立ったのです」
生死の間か。
思えば俺って、自分が死ぬって本気で思ったことが無いんじゃなかろうか。
もちろん死にそうになったことは何度もあるが、それは結果であって、死にに行くつもりでダンジョンにもぐったりはしないもんな。
そのことを話すと、
「それは当然です。死ぬと思って挑んでも相手には勝てません。戦う以上は勝てるつもりで戦うのです。そして死にたくないからこそ生き延びようとするのです」
「そうだな」
「かつて一度だけ、私が死を覚悟したことがあります。初めてともに潜った、あのアヌマールとの戦いの時です」
あの得体のしれない恐ろしい魔物との戦いで、セスは死にかけた。
あれは確かに、俺にとってもショッキングな出来事だったわけだが……。
「あの時私は、自然に死を覚悟しました。ご主人様を逃がすために。そのために死のうと、なかば無意識のうちに決めていたようです」
「うん」
「無論、あの真剣勝負の場で、そのようなことを考えていたわけではありません。ただ、あの時にはすでにそうした覚悟が出来上がっていた、ということです」
そこでセスは一旦言葉を切る。
「にも関わらず、私の心には未練が生じていました。あなたの従者にならず死ぬことへの未練が、です。未練は隙を呼ぶ、だからあの時私が負けたのは必然だったのです」
そう言って俺を見るセスの顔は穏やかだった。
つまり、今の彼女には迷いがないのだ。
「シルビーは大丈夫かな?」
「トラウマを乗り越えるのに必要なのは、強固な意志や劇的なきっかけとは限りません。時間をかけなければ解決しないこともあります。逆に酒を飲んで寝るだけで良いことも」
「そんなもんか」
「ええ、そんなものです」
朝来た時は気負いすぎていたシルビーも、今日の経験で随分変わったことだろう。
人間て何をやっても変わらないこともあれば、たった一度の経験でガラッと変わっちゃったりもするしな。
剣士としての彼女は、明日からどうなるのかね。
彼女がこの先どんな剣士になるのか興味が出てきたので、今後も温かく見守ってやるとしよう。
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