第123話 レアルコア
今日はデュースと二人でデート、というか魔法屋で買い物だ。
魔法屋というのは、要するに魔導師向けのアイテムを売ってる店だ。
デュースは御札も滅多に使わず、普段は掛け声とともに杖を振り回すだけだが、あれも単なる景気づけらしい。
魔法が上達するというのは、より高度な呪文を使えるというだけでなく、御札や触媒などの道具を使わなくなるということでもあるようだ。
ペイルーンは御札を使うし、エンテルは指輪の触媒を使っている。
一方、レーンは回復魔法を使うのに御札も触媒もつかわない。
使える回復魔法の種類は中級のものだが、その練度は上級だという。
俺が魔法を全然使えないこともあってあまり意識してなかったが、うちの連中でもそうした違いがある。
普通は様々な触媒となる道具を用いるらしい。
「基本的にはー、触媒となる各種精霊石をあしらった装飾品になりますねー。ご主人様の指輪などもその一種なんですよー」
「ああ、これか」
指にはめた黒の精霊石の指輪を見る。
「触媒も御札同様魔力を低減したりー、威力を増したりできるんですがー、その分反応は鈍くなるのでー、戦闘などのシビアな状況ではー、つかわなくて済むならそのほうがいいですねー」
「そんなもんか」
「通常の探索で触媒が不要になればー、熟練度はほぼ上級と言えるでしょうねー」
「なるほど。で、今日は何を見に来たんだ?」
「オーレ達の授業で使うー、練習用の触媒ですねー。昔は木の棒の端に精霊石を埋め込んだステッキなどを使ってたんですがー、最近はこういう金属のピンがはやりらしいんですよー、かわいいですねー」
といって、ワゴンに並べられたピンを取る。
ゴルフのピンのような金属棒の先にビー玉ぐらいの精霊石が付いている。
「ヘアピンみたいだな」
「そうですねー、やっぱり可愛い小物は持ってるだけでうれしくなるので練習の励みにもなるかもしれませんねー。昔はもっと残りカスのような光のくすんだ石とー、何処かで拾った小枝みたいなものだったんですがー」
「おや、お嬢さん、昔のステッキをご存知かい? 私の子供の頃でも、もうほとんど見なかったのに」
と初老のご婦人が声をかける。
ここの店主で、デュースと似たようなローブをまとっている。
でもたぶん、デュースよりは相当年下なんだよな。
「ええー、師匠が手作りで用意してくれたものでー」
「へえ、今時珍しい人もいたもんだ。今度はあんたがお弟子さんのために使うのかい?」
「そうなんですよー、私はどうも不器用でー」
「そういうもんだね、で、何がいるんだい?」
「氷と火を一箱ずつとー、あと五色の詰め合わせでー」
「あいよ」
包んでもらっていると、別の客が来た。
「いらっしゃい。おや、お嬢様自らとはお珍しい。なにかご入用ですかい」
「ええ。うっかり緑の呼子を切らせてしまって。急ぎなので直接」
そう言って入ってきたのはフューエルだった。
近郊の村の領主の娘で、デュースの弟子でもある。
「あら、デュース。お買い物ですか?」
「そうなんですよー、あなたにここを教わったのでー、あの子たちにつかわせる触媒を買い足しておこうかとー」
「そうでしたか。そうだ、明日にでも連絡を入れようと思っていたのですが、週末は屋敷に戻るので申し訳ありませんけど授業はなしに」
「了解ですよー」
親しげに会話する様子を見た店主のばあさんが尋ねる。
「お客さんはお嬢様のお知り合いで?」
「ええ、この方は私の師匠です」
「なんとまあ、では、かの雷炎の?」
「ええ、もっとも偉大な魔導師の一人ですよ」
「噂には聞いてたけど、随分とまあ普通のお嬢さんで……。あいや、これはまた失礼を。そんな方に、うちみたいな小さな店を使って頂いて」
「いいえー、どれも良い物を扱っていると思いますよー」
「そりゃまあ、うちの商品は自信を持って仕入れてますからね、今後ともご贔屓にお願いしたいもんですよ」
いつものことだが、雷炎の魔女ってのはよほど有名人なんだろうな。
デュースが話さないので、わざわざ聞いたりはしないんだけど。
あとだれでも知ってるわけでもないようだな。
騎士の間では有名っぽくて、それ以外ではあまり知られていないような気がする、たぶん。
まあデュースの魔法が凄いこともわりとしでかすところも、おっぱいがでかくて柔らかいこともよく知ってるので、細かいことはどうでもいいのだった。
包んでもらった触媒を受け取りながら、フューエルが思い出したように話す。
「私の時はデュースが自分で作ってくれてましたね。今思えば、デュースはあまり手先は器用ではなかったのでは?」
「よく覚えてますねー、そういえばあなたは呪文も大抵一度で覚えてしまってましたねー」
「覚えるのは得意なんですけど、制御がどうにも苦手でしたね」
「そうでしたー」
それはそれとして、相変わらず俺のことはスルーしてくれるフューエルさんだが、用事を済ませると並んで店を出た。
「デュース、これからご予定は?」
「そうですねー、少しお茶でも頂いてから帰ろうかとー」
「でしたら、近くに良いお店があります。気の利いた焼き菓子などもだしますが、どうです?」
「いいですねー」
「一応、お聞きしますけど、紳士様はどうなされます?」
すごい、初めて俺の意見を聞かれた気がする。
「行く行く」
「即答しましたね」
「俺はビスケットが大好きでね」
「そんなことまで聞いてませんけど」
「君に知っておいてもらいたくてねえ」
「生憎と物覚えが悪いもので」
「覚えるのは得意なんじゃ?」
「忘れるのも得意なんですよ」
ああ言えばこう言うし。
わがままなお嬢さんだなあ。
案内されたのは、神殿から南北に伸びる目貫通りにあるコジャレた店だ。
特にこの一角は高級そうな店がならび、お金が余ってそうな商人や、品位が溢れ出しそうな貴族がうろついている。
ここも店構えからして高級な感じで、要するに高そうだ。
俺もシックだがそれなりに気の利いた格好をしているし、同伴の女性二人がちゃんとしているのでたぶん大丈夫だろう。
扉をくぐると飛んできた店員に案内されて、奥の階段から二階に上がる。
そこで待っていた執事風の男が一部の隙もない接待で俺達を迎え入れた。
カイゼル髭がダンディだ。
「これはフューエル様。ようこそお越しくださいました」
コートを脱いで手渡すと、奥に案内される。
こういう店で気後れするかどうかは慣れの問題だよな。
初めて料亭とかに連れて行かれた時はすごく緊張したもんだよ。
着物のおばさんが三指ついて出迎えるんだからな。
あるいは食ってる間、ずっと後ろに店員が一人ずつ控えてる寿司屋とか。
まあ、すぐに慣れたので多分、俺は図太い方なんだろう。
今も適当にさわやかな笑顔を振りまきながら、ついていく。
経験から言って、高い店ほど客のミスをフォローしてくれるもんなので、自然に振る舞ってりゃどうにかなるもんだ。
こっちの世界ではとくにレディファーストのような風習はない。
上座のような概念はあるっぽいが、円形のテーブルだと関係なしに座るようだ。
俺は示された椅子に素直に座る。
「本日は、アンザームのフルーツをあしらったチョコレートケーキがおすすめでございます」
などカイゼル髭が言う。
俺は丸投げなのでフューエルに任せておいたが、ビスケットは頼んでくれなかったようだ。
ちゃんと教えておいたのに。
フューエルとデュースのお上品な会話を聞き流しながら、出されたお茶を飲む。
確かにうまい。
一言で言うと、高そうな味だ。
ルチアの入れるお茶は旨いんだけど、あれは居酒屋の生ビールが旨いって感じで、こっちはフレンチで出されるワインみたいなものというか、要するにコンセプトが違うんだな。
比べても仕方ない感じだ。
しばらくすると、店のオーナーが挨拶に来る。
オーナーは少し年上の女性だった。
「フューエル様、本日はお楽しみいただけましたでしょうか」
「ええ、とても。紳士様はどうでした?」
「美味しかったよ」
「お気に入りいただけましたようで、なによりでございます」
深々と頭を下げるオーナーに、申し訳程度にフューエルが紹介してくれる。
「こちら、今、噂の紳士クリュウ様です。甘いものに目がないそうだから、お連れしましたの」
「これはこれは、ご高名はかねがね聞き及んでおります。私、オーナーのハムリエロともうします。以後、ご贔屓にお願い致します」
「ありがとう、利用させてもらうよ」
みると、男同士の客もいる。
甘味処だからといって、女性オンリーというわけではないようだ。
そういうところは、嬉しいねえ。
お値段の方も嬉しいといいんだけど。
フューエルは俺が偽名を使っていることは知っているんだけど、あえて紳士と紹介するところを見ると、バレても大丈夫な店、という認識なのかな。
やんごとない人もお忍びで来るような店なのかもしれない。
となると、やっぱり高いのかなあ。
このお茶一杯で、いくらするんだろうなあ。
どこにも値札がないし。
やっぱ、自分じゃ来れそうにないな。
などと考えていると、今度はオーナーと入れ違いに別のご婦人がやってきた。
「あら、ミス・フューエル。ごきげんよう、あなたが殿方とデートなさってるところなんて、初めて見ましたわ」
「まあまあ、マダム・エンブリル、五人目のお子さんをご出産なされたとか。おめでとうございます」
「いえいえいえ、第一婦人の勤めですもの、あと十人は産みますわ」
「まあ素敵、他にすることもないでしょうから、ぜひいくらでもお産みなさるとよろしいですわね」
「そうですわねえ、二十を過ぎても貰い手がないような方には、産みたくても産めませんものねえ、おほほほほ」
「おほほほほ」
なんかいきなり怖いバトルを始めたので、俺は空のカップをすするふりをした。
幸いにも多産のご婦人はそのまま去り、しばしの静寂が訪れた。
とおもったら、今度は別の方角から、
「おば様! いらしてたんですの?」
と声が掛かる。
フルンと同じぐらいの年頃の娘だ。
ウェーブの聞いた赤毛と、ツンと上を向いた鼻に子供っぽさが残るかわいい子だな。
他にも同年代の娘数人と連れ立っている。
服装からして王立学院の生徒のようだ。
「エマ! エマヌイールではありませんか、どうしたのです、このような場所で」
「おば様とおなじで、お茶を頂いていたのですわ」
「まあ、女学生がこのような場所に」
「おば様は古いんですのね、普通ですわよ」
「たしかに、最近はよく見かけますけど……、お母様にしれたら大変ですよ」
「おば様は黙っていてくださるでしょう? それとも、私が母に叱られても、おば様は平気ですの?」
「まあまあ、エマ。あなたを思えばこそ、お母様もお叱りになるんですよ」
「父上と同じことをおっしゃりますのね。それよりも、こちらの殿方をご紹介してくださいませ。おば様のフィアンセなの? ええ、きっとそうなのですわ」
「馬鹿なことをいうものではありません。こちらの婦人が、私の師であるデュース、そしてそちらの殿方はデュースの主人であるクリュウ様です。今日はたまたまお会いしたので、お茶をご一緒しているだけですよ」
「なあんだ、つまらない」
「またそんな口の聞き方を。さあ、ご挨拶なさい」
娘はくるりと向きを替えると、上品に腰を引いて挨拶をした。
「はじめまして、私、エマヌイール・リーストラムともうします。フューエルおば様の姪にあたります、お見知り置きを」
「丁寧な挨拶をありがとう、お嬢さん。私はクリュウという」
「存じていますわ、桃園の紳士様でしょう? おじい様があなたのことを、とても自慢なされていましたもの。でも、ご本人は普通のおじさまですのね」
「噂とはそんなものさ」
「では、竜退治や飛び首退治も、作り事でしたの?」
「さあ、どうかな。だけど、すべての出来事は当事者以外にとっては作り事のようなものだよ」
「そうなのでしょうか、私には難しいですわ」
そういってお嬢さんは手を差し出す。
その手をとって軽くくちづけると、ふんわりと輝きだした。
「まあ、素敵。どうしましょう、おば様!」
「あなた、何をやって……」
「みて、おば様。光ってますわ、どうしましょう、こんなの初めて。私まだ、心の準備が出来てませんわ」
「手をお貸しなさい」
そういって手をとってなにやら呪文を唱える。
「まあ、つまらない。消えてしまったわ。でもとても素敵な気分でしたわ。おば様は光ったことありますの?」
「あなたはいつからレアルコアを持っていたのです?」
「生まれた時からですわ、おば様は違いますの?」
「違います、あなたのお母様の血を引いたのかしら、とにかく、兄に話さないと」
「待ってください、こんな素敵なことはまだ秘密にしておきたいの。ねえ、おねがい。おば様と紳士様だけの秘密にしておいて、だって私はまだ学生だし、紳士様はこれから試練に向かわれるのでしょう? 今知られたら、きっと嫁に出されてしまいますわ!」
「あなたはまさか、本当に紳士様の従者になるつもりなのですか?」
「だって光ったんですのよ? それに紳士様はとても素敵な方に見えますわ」
「あなたはホロアではないんですよ? ちょっと相性が良いだけ。まずは年上の友人として、紳士様の薫陶をうけるだけにしなさい」
「まあ、やっぱりおば様は紳士様がお好きなんだわ。だから私の邪魔をなさるのね。そんな意地悪をいうと、おば様のことを嫌いになってしまいますわ。だからどうかそんな悲しいことはおっしゃらないで」
「エマ。あなたって子は……」
「ふふ、冗談ですわ。でも、素敵だったのは本当よ。あ、いけない、お友達を待たしてしまいましたわ、それではおば様も紳士様も、それから雷炎の魔女様も、ごきげんよう」
そう言って娘は去っていった。
「かわいい姪御さんじゃないか」
「またそのような無責任な。紳士様はあれがどういうことかお分かりですの?」
「大丈夫さ、君の姪だろう。彼女はちゃんとわかってるさ。俺はよくわかってないけど」
「まったく」
呆れ顔のフューエルをからかうようにデュースが肩を叩く。
「そうカリカリするものではありませんよー、フューエルおば様」
「デュース! まだおば様と呼んだことを根に持っていたんですか?」
「まさかー、頭を冷やしなさいー、魔導師の基本ですよー」
「むぅ、そうですね……そのとおりです。ああ、でも本当にあの子ったら。やはり兄には一言……」
ぶつぶつと呟くフューエルに話しかける。
「彼女はお兄さんの娘さんなのかい?」
「ええ、兄とは年が随分と離れていて、母も違いましたが、デュースと別れてからは忙しい父に変わって何かと面倒を見てもらっておりましたし、あの子をとても可愛がっていますので」
「そりゃあ、あんな可愛い子だ。父親ならだれでもそうだろうさ」
それはそうと、彼女が光った理由も聞いておかないとな。
人間は光らないんじゃなかったのか?
エディが初対面の時に光ってたけど。
「ところでレアなんとかってのはなんだい?」
「人間の中には、体内の精霊力が結晶となって臓器の一部、主に心臓が多いですが、そこに固まることがたまにあります。固まった精霊力はコアとしてはたらき、結果的に人間がホロアなどのように従者となることができるのです」
「ほほう。それで人間でも光るのか」
じゃあエディが光ったのもそのせいかな。
「誰か他にもレアルコアの持ち主をご存知で?」
「いや、別にそういう訳じゃ」
「あれは血統に依存するので、大半が貴族、しかも古い家柄が多いものですから、あまり従者となることはないのですが、相手が王族や、それに近いものであれば婚姻よりも強い結びつきとなりますので、そうした手段で関係を結ぶ家もあると聞きます。たとえばヴィヨンやナアススと言った古い家はそうして勢力を広げているのです」
「ナアスス? エクの家だっけ?」
とデュースに尋ねると、
「そうですよー、彼女の実家はそうしてあちこちの家に娘を送り込んでいるんですよー。彼女も小さいけどコアがあるでしょー」
「え、ほんとに?」
気が付かなかった。
いや、でも彼女は最初から他の従者たちと同じように馴染んでたからなあ。
教育の賜物かと思ってたけど、そうじゃなかったのか。
じゃあ、ウクレだけが特別なのか。
そういえば、アンもウクレのことだけ心配してたような……。
などと首を傾げて悩む俺にフューエルが、
「紳士様はナアスス家の者とお知り合いで?」
「いや、うちの従者の一人がね。知り合いの貴族から譲り受けたんだけど」
「まあ、そんなことまで。リーストラムの家はうちよりも厳格ですから、いかに紳士といえども、従者を出すなどということは考えられませんよ」
「そういう面倒な話は遠慮したいなあ」
「ならば自重することですね」
「別にがめつくやってるつもりはないんだけどな」
そこでフューエルは大きくため息をつくと、
「なんだか、どっと疲れてしまいました。せっかくデュースとお茶を楽しもうと思いましたのに」
「いやあ、俺は堪能したけどね」
「紳士様の意見など聞いていません」
「じゃあ、お礼に今度は俺がなにかご馳走しようか?」
「紳士様が?」
「今朝、仕込んだデザートがそろそろ出来てるはずだから、誰かに食べてもらいたくてね」
「紳士様がお料理を?」
「おかしいかい?」
「まあ、あなたなら何をやっても不思議ではありませんが」
普段なら来ないであろうが、今日のフューエルは相当参っていたのかもしれない。
俺の誘いにひょいひょい乗って、うちまでついてきた。
この機会に、うまいもんでも食わせて餌付けしてみよう。
うちに戻ると、ちょうどウクレがバタバタと洗濯物を取り込んでいたところだった。
こちらに気づいて駆け寄ってくる。
「フューエル様、いらっしゃいませ」
「おじゃましますよ、ウクレ。魔力は安定しているようですね」
「はい、毎日教わった精神集中の法をきちんとやってます」
「それでよいのです。あなた達にはデュースから教わった基礎をそのまま伝えています。そのデュースの教えに従っていれば、かならずや大成できますから、じっくりと取り組みなさい」
「はい」
と返事をしてから、「お召し物をどうぞ」といって彼女のコートを受け取る。
「しかし、この家は壁もないのですね。まるでただの倉庫のようではないですか」
「まあ、倉庫そのものなんだけどな。俺はちょっと準備してくるから、あとは任せたよ、デュース」
フューエルの相手はデュースに任せて、俺はゼリーの様子を見に行く。
「どうだ、モアノア。そろそろ出来てるか?」
「んだ、ゼリーだけじゃなくて、いちごも手に入っただで、アイスも作っただよ」
「いちごって春じゃなかったっけ?」
「冬も取れるだ。まあちと早いだども、風味はいいようだべ」
塩漬けの氷がたっぷり詰まった自家製冷凍庫の中から取り出すと、ゼリーはいい塩梅にできている。
手頃なサイズに切り分けたものを、硝子の器に盛り付ける。
見栄えは中々のものだ。
これにスパイスをたっぷり効かせたミルクティを添えて出す。
「まあ、光沢があって綺麗な……でもこれはなんという?」
「ゼリーと言ってね、うちの故郷のもんだが」
「これを紳士様が?」
「まあね」
「では早速……これは」
おそらくは初めての感触に驚くフューエル。
「プルプルとして、素敵な食感。それにフルーツの香りがあふれて、これは素敵ですわね」
「そうだろう。隣の喫茶店で売りだそうと思ってるんだ」
「とても綺麗で、よいですわね。宮殿の昼食会などで出されても、十分映える気がしますよ」
「そんなにかい? そりゃありがたいね。今度の祭りでうちの商店街もなにか催し物をするつもりなんだが、その時の売りにしようかと思ってね」
「あら、ここも祭りに参加するんですのね。もっとも私は祭りの前半は領地の村々を回らなければならないので、街にはほとんどいないかと思いますが」
「そりゃ大変だ」
「あなたも紳士らしく、早く領地の一つも得てこの苦労を知ってみてはどうです?」
「俺には向いてないねえ」
「その、向いているかどうかで判断してしまえるところが、なんとも許容しがたいんですよ」
「まあ、そうカッカせず。ほら、スイーツ第二弾だ。こいつでもたべて、頭を冷やしてくれ」
今度はモアノアが作ったアイスを出す。
手作りだけあってジェラートっぽい仕上がりだが、初期のものよりだいぶ進化している。
平皿に盛って甘さを抑えてビスケットとジャムを添えてだす。
「これもまた変わった、シャーベットとは違うようですが……、まあ!」
とフューエルは目を丸くする。
「こんなになめらかなシャーベットは食べたことがありません。口の中でねっとりととろけるようで、それでいて突き抜けるような冷たさ。口いっぱいに香りも広がって……ああ、先ほどのゼリーも良かったのですが、これはまた格別に……」
とうっとりしている。
お、餌付けが上手く行ってるかな?
「デュース、いつもこんな美味しいものを食べているのですか?」
「モアノアの料理はおいしいですからー。それにご主人様が異国の珍しいお菓子を作ってくれますしー」
「道理で……、すこし減らしたほうが良いのでは?」
「最近良く言われるんですよー」
「でしょうね。これも隣のお店で出しているのですか?」
「いや、こいつはまだ。夏場にとおもったが、寒くてもいけるかな?」
「暖かい部屋で食べれば良いのではありませんか?」
「隣の店も吹きさらしなんだよ」
「では、ここにおじゃましないとこれが食べられないということですの?」
「そうなるな。なに、遠慮はいらんぞ、いつでも来てくれ」
「遠慮します……ああ、でもこの味は忘れられません。どうしましょう」
とフューエルはかなり真剣に悩んでいる。
効果あったかな?
頃合いを見計らって、ウクレが熱いお茶を運んでくる。
甘いもののあとは渋目の緑茶が一番だ。
「これも美味しい。風味が良くてほんのり甘みと渋みが混じった良いお茶ですね」
「ああ、いいもんだろ」
「ええ、ところで……」
お皿を下げて奥に下がったウクレを見やりながら、フューエルが少し声を潜める。
「ところで、あの子の首輪は、あれはわざとああしてあるんですか?」
首輪というと、奴隷の印の首輪のことか。
じつはいつぞやの脱走騒ぎのあと、彼女の首輪は機能を殺してただの首輪になっているのだ。
あんな心配をするぐらいなら逃げられたほうがまだましだからなあ、という理由なんだが。
フューエルが言うのはそのことだろう。
「まあ、うちっぽいだろ」
「そうですね。ただ、私が口を挟むことではありませんが、やはり身分というものは社会の礎だと思いますよ」
「俺は田舎者だからなあ」
「そういうことをサラリと言い切るところが、いかがなものかと申し上げているんです」
「そうかな」
「だいたい、そこまでするなら平民にしてやればよいではありませんか。契約の従者となれなくても、彼女なら使用人として立派に務めるのでは? あなたへの忠誠も厚く、あなたのために役に立ちたいと修行にも励んでいますよ」
「それなあ。実は……」
何度かアンとも相談したのだが、本人が頑なに自分は奴隷だからと断るのだ。
俺には何も言わなかったが、アンの話では、どうも本人は奴隷をやめると忠誠心が薄れるかもしれないことを恐れているのではないかとのことだ。
自分が契約した従者ではないことを気にしているのかもしれない。
その旨を伝えると、フューエルは難しい顔をして考え込んだ。
「契約……ですか。確かに人間である彼女はそうなのですが……人間の身でそんなに気になるものなのでしょうか」
「さっきのなんたらコアとか言うのがあれば、人間でも従者になれるんじゃないのか」
「それはそうですが、後付でレアルコアが作れるわけではなく、難しいですね。見た限り、あの子にはありませんし」
「そうか」
「もし保証人が必要であれば、私がなっても構いません。ローエルの出身では、いささか融通が必要ですし」
「ありがとう、その際には遠慮なくお願いするよ」
「ええ、あなたに借りを作る気はありませんから」
そういって、食べ終わったデザートの皿の端を指先でコンとならす。
俺がお茶を御馳走になったお礼に振る舞ったんだけどな。
フューエルも素直じゃないねえ。
結局、その日はフューエルを夕食までもてなした。
満足して帰ってくれたので、よしとしよう。
ウクレの方は、時間をかけて解決するような問題なんだろうな。
問題といえば、貧乏貴族のシルビーちゃんの事もあったんだった。
こちらは今、エレンたちに手頃なダンジョンの品定めをしてもらっているが、どうなるかな。
祭りも近いし、忙しくなってきたな。
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