第122話 貧乏貴族

「貴族といっても色々あるから、広大な所領に何世代も続く伝統、国政への影響力、そうしたものを持ち合わせた大貴族もいれば、騎士のように一代限りで形ばかりの爵位をもらったものも居るわね」


 と話すのは赤竜騎士団長ことエディだ。

 俺達は今、お隣のエミエール・テラスでお茶をしている。

 ルチアのお茶が気に入ったエディは、仕事の合間に顔を出し、俺がいると相手をさせられるわけだ。


 表のテーブルで往来を眺めながら、今は貴族の話をしている。

 なんでこんな話になったかというと、昨日のことになる。


 弁当を忘れたフルンのために、道場まで散歩がてら届けに行った俺は、ついでに木刀を振るってしこたま殴られた。

 例のごとく、お相手は見目麗しいお嬢様がたで、それはそれで中々わるくないのだが、そういうナンパな精神が顔に出ていたのかして怒られてしまった。


「ふん、こんな小娘に殴られてヘラヘラしておるなど、恥ずかしいとは思わないのですか」


 そう言ったのは、今相手をした娘だ。

 年の頃はフルンと同じぐらいかな?

 外見だともう少し上に見えるが、それはフルンが小柄なせいだ。

 剣の腕は同年代の他の者達より頭ひとつ抜けていると思う。

 なにより、俺の頭を叩くのに容赦がない。


「まあ、サワクロさんに失礼ではなくて?」

「そうよ、シルビーったら、フルンちゃんにかなわないからってやっかんでいるのですわ」


 周りの娘たちからはよく思われていないのか、小声で野次が飛ぶ。


「ふん」


 彼女は鼻を鳴らして踵を返し、別の者と乱取りを始めた。

 娘たちはフルンの周りに集まると、


「感じわるーい、フルン、やっつけちゃってよ。あなたのご主人様の仇よ」

「えー、仇じゃないよ? 同門の仲間だよ?」

「でも、フルンちゃんのご主人様の頭をポンポンと」

「それはご主人様が弱いから! 私だって練習の時はポンポン叩くよ!」

「えー、それいいの?」

「いいよ、練習だもん。でも、敵がいたらご主人様には触れさせないよ! 私が盾だから」

「フルンってばかっこいい!」


 などとキャッキャとやっている。

 楽しそうだ。

 俺も仲間に入れて欲しいが、そうしたらまたさっきの娘に怒られそうだ。

 それはそれで捨てがたいが。


「シルビーはね、貴族なんだって、それですごくビンボーなんだって」


 帰りしな、フルンが教えてくれる。


「ほほう、貧乏は辛いな」

「つらいよねー、ごはんがお腹いっぱい食べられないもん。あれは辛いよ」

「そうだな、ご飯は食べたいよな」

「食べたいねえ。だから、シルビーは剣で身を立てて騎士になるんだって」

「ほほう、結構強いもんな」

「うん、私も三本勝負だと一本ぐらいは取られそうになるよ」

「取られたことはないのか」

「うん」


 今のフルンなら並の魔物には負けないと思うが、それに肉薄する程度には強いのか。

 俺じゃあ歯がたたないわけだ。


「生きるために剣をふるうのは、良い目標となるのですが、彼女の場合は少々焦りすぎているようですね。その焦りがあと一歩を踏み出すための足かせとなっているようです」


 とセス。


「彼女はもう少しのびのびと剣を振るったほうがのびると思うのですが、さて、どのように指導したものか」

「ホブロブ先生はなんて言ってるんだ?」

「若いうちに悩む訓練をしておかんと、年をとってから苦労すると」

「なるほど」

「どうも私などは口を挟みたくなってしまうのですが、まだ修行が足りぬということでしょう」

「ま、手を貸すのはまだ早いってことだろ」


 技術を教えるのとメンタルを鍛えるのは別もんだからなあ。

 うちにも一人メンタル面で伸び悩んでるのがいるけど、やっと改善のきっかけを掴んだところだしなあ。

 セスと二人で首をひねりながら歩いていると、フルンが声を上げる。


「ご主人様、お芋の団子があるよ」

「あるな」

「いい匂いだねえ」

「そうだな」


 たしかにいい匂いだ、ここまでプンプン匂ってくる。


「あんな美味しそうなものは、ご主人様に食べてもらいたい!」

「俺もフルンに食べさせたいな!」

「やっぱり! そういうと思った!」

「よし、くおう!」


 屋台の前まで走って行くと、見知った顔がある。


「あっ、シルビー!」

「む、フルンか……」

「シルビーも買い食い?」

「買い食いなど……市井の子女でもあるまいに、貴族はそのような真似はせぬ!」

「えー、でもご主人様は買い食いするよ? シルビーもしようよ、すっごく美味しそうだよ」

「わ、私は……」

「あっ! お小遣い足りないなら奢ったげる! 私もらったばかりだから!」

「ふ、ふざけるな! 施しなど受けぬ!」


 と差し伸ばしたフルンの手を弾く。


「あいたっ」

「うっ……」


 呻くように顔をしかめると、娘は走り去ってしまった。


「大丈夫か、フルン」

「うん……怒らせちゃったかな?」

「そうだな」

「食べたそうに見えたんだけど」

「自分のしてあげたいことをしても、相手が喜んでくれるとは限らないからな」

「うーん、なんで?」

「なんでだろうなあ。ただ、時には食欲より大事なものもあるからな。今は美味しい団子よりも、奢ってもらわない自分のほうが大事だったんだろうな」

「そっかー、私もご主人様のほうがご飯より大事だもん」

「俺だってお酒よりフルンのほうが大事だな」

「うん。でもどうしよう、明日謝ればゆるしてくれるかな?」

「きっと許してくれるさ。明日は無理でも、そのうちな。自分の都合で許してもらおうと思っちゃダメだぞ。そういうのもまた、相手の都合ってもんがある」

「そうだね」


 その日は団子を買って帰ったが、フルンはときおり思い出しては気にしているようだった。




 エディとのお茶の席で、ふとその話題が出たのだが、エディはあの娘のことを知っていた。


「私が知っているのはご両親のほうだけど。スウベレエン家といえば名門だもの。ただし、かつてのね。今は所領もわずかばかりで家計は火の車だとか」

「ほう」

「先々代の……彼女の曾祖母になるかしら、セニイレ卿が大変な浪費家で、すでに傾いていた家計を顧みず贅沢三昧。所領を切り売りし、先祖代々のお宝も手放して、ご両親の代にはほとんど財産は残ってなかったようね。さらに祖父が投機に手を出して失敗、かなりの借金があると聞いているわ」

「ふぬ」

「よくある話だけどね。シルビーの実の母親のシルエ夫人は私の学生時代のルームメイトでね、おとなしくて王立学院のベンチに腰掛けて詩を吟じているのが趣味みたいな人で、ほら、私はもうその頃から槍を振り回してたから、接点なんてなかったんだけど、なぜか気があったの」

「正反対なのにしっくり来る友達っているよな」

「そうそう。その後、元から婚約していたスウベレエン家に嫁いだんだけど、シルビーは彼女の娘よ。生まれた時に一度あったわ。あと、たしか名前は忘れたけど、もう一人奥さんがいたわね。どこかの商家の出で持参金目当ての結婚だったとか言われてるけど、それでも夫婦仲は良かったわよ。ただ、今の話を聞くと金銭問題は解決していないようね」

「だろうな」

「そう、彼女はいまこの街にいるのね」

「学院の寮にいるらしいぞ」

「あそこは無料だから」

「ふむ」

「会いに行きたいけど、どうしたものかしら。ちょっと調べさせるわ」


 と言ってエディは軽く手を上げると、隣で控えていた彼女の片腕、女騎士のポーンが歩み寄る。


「ポーン、スウベレエン家のシルビーについて調べてみて。大至急ね」

「かしこまりました。小一時間ほどで戻りますが、ここをあけて大丈夫でしょうか」

「平気よ、彼といるから」

「では、しばらくお待ちください」


 そういうと、ポーンの姿はたちまち掻き消えた。

 まるで忍者だな。

 コルスもあんな感じだ。

 彼女とはすでに数回顔を合わせているが、まともに会話したこともない。

 エディの側近二人組のうち、ローンの方は、今のように打ち解ける前からもそれなりにコミュニケションはとれていたが、ポーンは完全に俺のことが眼中にないようだ。

 あのフューエルでも愛想笑いぐらいはしてくれるのに……いや、そうでもないか。


「さて、ポーンが戻るまで、アレしましょ」

「アレ?」

「将棋よ将棋。この間頂いたボードで毎日遊んでるのよ。ルールもだいぶ覚えたからもう負けないわよ」

「ははは、俺の将棋は弱いぜ」

「変な自慢しないでよ」

「じゃあ、集会場の方だな」


 ルチアにお茶のおかわりを頼んで集会所に移る。

 こちらでは子どもと年寄りが遊んでいた。

 大半は定番のチェスだが、何組かはウチの作ったゲームを遊んでくれてる。

 その一角ではエレンとペイルーンが地元の連中と麻雀をしていた。

 これもうちの次期主力商品で現在は実地で市場調査中ってわけだ。


「おや旦那に姫様、デートかい?」

「まあね、調子はどうだ」

「ぼちぼちだね、旦那が来るとツキが逃げるからあとにしてよ」

「ひでえな」

「おっとそれポン、で捨て牌はこれね」

「……嬢ちゃんそいつだ! あたり!」

「えー、やっぱり旦那が来るから……」


 恨めしそうに俺を睨むエレンをほっといて部屋の一角に腰を下ろし、エディと対局する。

 いつの間にかギャラリーも増えてきた。

 観客は全員エディの応援だ。

 つらい。


「くそう、だれか一人ぐらい俺を応援してくれても……」

「じゃあ、私が応援する!」

「おう、フルン。もう道場はおわったのか?」

「うん! 今日もいっぱい打った!」

「おっしゃ、じゃあ俺もこの桂馬を打つぜ!」

「あっ」


 とフルンが叫んで慌てて口を手で塞ぐ。


「うん?」

「残念、もう手は離してるわ。そこは角が効いてるわよ、ほら、これを取って王手!」

「ぎゃぁ」


 というわけで負けた。


「やっぱピーチの大将はよえーな」

「騎士団の見習い姉さんはつよいね、美人だし言うことなしだ」


 くそう、我ながらよく負けるなあ。


「そういや、フルン。昨日の彼女はどうなった?」

「今日は来てなかった。明日はくるかなあ」

「そっか」


 しばらくすると、ポーンが戻ってくる。


「ご苦労様、ここじゃ何だから、場所を変えましょうか」


 集会所をあとにして、隣の我が家でポーンの報告を聞く。


「スウベレエン家は想像以上に苦しいようです。事実上の破産状態と見てよいでしょう」

「そんなに?」

「現当主のハインツ卿は日々借金の無心に奔走しており、第二夫人は実家に呼び戻され、別居状態とか」

「まあ」

「第一婦人、姫のご友人も心労からか臥せりがちだそうです」

「なんてこと、知らなかったわ」

「ご息女のシルビー様は、そのような状態で王立学院に入っているようです」

「そうなの、辛いでしょうに」

「成績はそこそこ良いようですが、家柄の良さと実態のギャップ故か学内でも孤立しているとか」

「そう……でもそうなると、気軽に挨拶にはいけないわね」

「と、思われます」

「どうしたら良いと思う、ハニー」


 エディは俺に向き直ってにっこり微笑む。

 こういう笑顔は怖いよな。


「どうと言われても、俺は嫌われてるからなあ」

「あなたを嫌う女性って居るのかしら?」

「嫌われたくないねえ」

「もう、あてにならないわね」

「ごめん」

「でも……孤独は辛いわよねえ」


 突然エディがしんみりという。

 そういやボルボルの野郎が言ってたっけ、エディは幼いころは心の冷えた娘であったとか。

 今の彼女からは想像もできないが。


「よし、俺が何とかしよう!」

「ほんとに?」

「ああ、まかせとけ」

「さすがはハニーね、頼りになるわ」

「ははは、まあね。上手くいくかはわからんけど」

「大丈夫よ、あなたなら。私の方でもなにか考えておくけど、なんせいま忙しいから。今日も久しぶりのオフだったのよね」

「それなのですが、ラウンブ隊長が至急お目通り願いたいと」


 とポーン。


「えー、もう、言ってる側からこれだから。じゃあシルビーのことはお願いね。無理しなくてもいいけど……ううん、やっぱり無理してでも彼女をフォローしてあげて。お礼は私が個人的にタップリしてあげるから」

「怖いな、まあ俺も気になってたしな。なんせフルンの大事なお友達だ、何かあったらフルンが悲しむじゃないか」

「そういうのも親馬鹿っていうのかしら?」

「どうだろう」

「とにかく、よろしくね」


 そう言ってエディは帰っていった。




 翌日、道場に行ってみたが、今日も彼女は来ていなかった。

 続けて休むのは珍しいという。

 門下生に王立学院の寮生がいたので聞いてみたら、風邪で寝ているらしい。

 ただし、交友はないので詳しいことはわからないとか。


「よし、じゃあお見舞いに行くか、フルン!」

「いこう、ご主人様!」


 というわけで、一旦家に戻り、レーンを連れてお見舞いに行く。


 王立学院の寮は街の西の外れにあり、うちからはそう遠くない。

 寮は中庭を挟んでコの字型の四階建ての建物で、


「シルビーどこかな?」

「さて、誰かに聞いてみるか」


 手頃な相手を探していたら、学生に声をかけられた。


「おや、エンテル教授のご主人のかたでは? 今日はどんなご要件で?」


 みると、まえにルチアの店でお茶をしていた四人組の若者の一人だ。


「ああ、確かまえにエミエール・テラスで」

「はい、ワンザンともうします。エンテル教授にはいつもお世話になっております」

「サワクロだ、よろしく。彼女も君たちのことを、優秀な生徒だと言っていたよ」

「それは光栄です」

「ところで、ひとつ尋ねるが、スウベレエン家のシルビー嬢をしってるかい?」

「ええ、彼女が何か?」

「彼女が風邪だと聞いてね。お見舞いに来たのだよ」

「なんと、風邪とは知りませんでした。彼女は僕が寮長を務める東棟の学生なのですが……おはずかしい」

「なに、これだけの生徒数だ。仕方あるまい」

「ただ、彼女はあまり寮内の行事にも参加しませんので、なかなか目も届かず」


 この寮長くんも持て余しているようだ。

 筋金入りだな。


「世の中にはいろんなタイプが居る。特に女性……若い女性ならなおのことだよ」

「サワクロさんは多くの従者をお連れだそうで、そちらのほうもお詳しいとか」

「生憎と講義はしていないがね」

「それは残念です。とにかく、ご案内しましょう。こちらです」


 都合よく案内人をゲットした俺達は、シルビーの元に向かう。


「シルビー君、寮長のワンザンだ。お客人を連れてきたのだが、いるかい?」


 待つこと三十秒。

 静かに扉が開く。

 中からは厚着をしたシルビーが鼻をすすりながら出てきた。


「もうしわけありませんが、臥せっているので今は……」

「シルビー! お見舞いに来たよ!」

「フ、フルン! なぜここに!?」

「おみまい!」

「まあまあ、せっかくなのでおじゃまするよ」

「あなたまでなぜ」

「ワンザン君、ありがとう。今度うちにも遊びに来るといい」

「え、ええ。ありがとうございます」


 そう言って寮長のワンザン君は去っていった。

 あとに残されたシルビーは赤い顔をますます赤くして、


「い、いったい何をしに……げふげふ」

「ほら、体に障る。休みたまえ」

「レ、レディの部屋に殿方が押し入るなど、何を考えて……げふげふ」

「ははは、何か言われたら、全部俺のせいにしといてくれ」

「何を言っているのです、まったく……げふげふ」

「おい、レーン。早速見てやってくれ」

「はい、といっても見るまでもなく流感ですね! 薬を持ってきましたのでお飲みください!」

「ほ、施しなど……」

「坊主が施しをせずに何をするというのです!」

「そ、それは……」

「薬の前に、まずは食事です! 見たところ何も食べていないでしょう。火をお借りします。粥を持ってきたので先にそれを召し上がってください!」


 レーンは持ってきたおかゆを温め始め、フルンはシルビーをベッドに押し込みながら、


「着替えるからご主人様は外に出てて!」


 と部屋から追い出されてしまった。

 廊下で待つこと十分。

 フルンに呼ばれて中に入ると、シルビーはベッドで用意された粥をすすっていた。

 かなりしんどそうで、抵抗する気力もない感じだ。


「さて、薬を飲んだら横になって。呪文をかけますので、そのままお休みになってください」

「し、しかし……」

「苦情は病気が治ってから受け付けます!」


 有無をいわさぬレーンの説得に押されてシルビーはおとなしく横になった。

 眠ったのを見届けてから部屋を出ると、ワンザンとそのガールフレンドがいた。


「彼女はどうです?」

「結構重いようだね。薬を与えて眠らせたよ。あとは任せていいかな」

「ええ、お任せください。彼女が面倒を見ます」


 と指差されたガールフレンドが頭を下げる。

 あとは学生同士、うまくやるだろう。


「では、お薬をおねがいします。チェストの上の紙袋に入っていますので、食事の後に飲むように。また水分もたっぷり取らせてください」

「わかりました」


 頭を下げる二人に見送られて、学生寮をあとにした。


「あのね、シルビーが眠るときに、ありがとうって言ってたよ!」

「お、そうか。なかなか素直じゃないか」

「うん、シルビーはいい子だよ!」

「さすがはフルンの友達だな」

「うん!」


 まあ病気で弱気になってるだけかもしれないけどな。

 一番の目的は、フルンに仲直りのチャンスをやることなので十分だろう。


「あの調子なら、二、三日も休めば回復するでしょう!」


 とレーンがいうので、大丈夫だな。

 しかし貴族なのに侍女の一人も連れていないというのは相当な貧乏なんだろうな、よくわからんけど。




 二日後。

 いつものようにルチアの店でお茶をしていると、寮長のワンザンがやってきた。


「おはようございます、サワクロさん」

「ああ、先日は世話をかけたね」

「いえ、こちらこそ。彼女は昨夜には良くなって、今日は朝から登校したようです」

「そりゃあよかった。いずれ改めて礼をさせてもらおう」

「寮長として当然のことです。むしろあなたがいらしてくれなければ、あのままこじらせていたかもしれません。今年の風邪は重いと聞きますので」

「みたいだね」

「ところで、サワクロさんは彼女とはどのようなご関係で? 込み入ったことをお聞きするのもなんですが、彼女は日頃から誰とも付き合いがなく、また身分の違いも……」


 俺も見かけはただの商人だからな。

 大貴族の彼女とどんなつながりがあるのか気になるのだろう。


「うん、彼女のご両親と、私のお世話になっている人が古いつきあいでね、まあその縁で私もね」

「なるほど。僕だけでは力及ばず、またご迷惑をかけることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 そう言うと寮長のワンザン君は登校していった。

 中々の好青年だな。

 家に戻ってフルンにシルビーのことを教えてやる。


「今日は道場にくるかな?」

「さあ、病み上がりだと無理じゃないか?」

「早く来るといいなあ」




 数日後、道場に行くと、ちょうどフルンとシルビーが乱取りをしていた。

 フルンの小柄な体から打ち出される重い剣を、華麗なステップでさばいている。

 だが、もうちょっとのところで流しきれず、押されているようだ。

 フルンの右上段から振り下ろされた剣を左に受け流し、器用に体をひねって胴に打ち込む。

 一方の返す刀で斬り上げる。

 その衝撃に対応できず、シルビーは剣を飛ばされた。


「そこまで!」


 側で見ていたセスが手を上げて制し、二人は一礼して下がる。

 フルンもさすがに息が上がっているようだ。


「あ、ご主人様!」


 俺に気づいてパタパタと走ってくる。

 シルビーはこちらを一瞥すると申し訳程度に頭を下げてきたので手を振り返してやると、顔を微妙にしかめてぷいとそっぽを向かれてしまった。

 かわいいもんだ。


「おう、見事な一本だったな」

「うん! でも危なかった、あと半歩遅かったらシルビーに胴を打たれてたもん」

「そうかそうか。で、どうだ、仲直り出来たか?」

「うーん、わかんない! ふつー」

「まあ無理せず、お互い嫌にならない距離で付き合うのもいいもんだ」

「そうかな?」

「そうだぞ」

「わかった!」


 話す間にシルビーは別の相手と剣を交えていた。

 今度は一本取ったようだ。


 練習が終わり帰る支度をしていると、シルビーが寄ってきて、セスに話しかける。


「先生……お話が」

「シルビーか、なんです?」

「その……」

「皆がいては聞きにくい相談ですか?」

「そういうわけでは……」


 そう言ってシルビーは一度フルンを見たあとに、セスに向き直る。


「私はなぜ、フルンに勝てないのですか?」

「ふむ、勝ちたいですか?」

「と、当然です!」

「なるほど、それはもっともです。剣を握った以上は誰よりも強くなりたい」

「だから、私は必死に練習して、うまくなろうと……」

「ふむ……、うまくなる……ですか」


 セスは顎をしゃくりながら続ける。


「あなたはうまくやろうとしすぎているようです」

「しかし、それは当然では……」

「では質問を変えましょう。あなたは、魔物と戦ったことがありますか?」

「……いえ、しかし、勝負では真剣に……」

「かつて我が師ヤーマに言われました。うまくなるのと強くなるのは似て非なるものだと」

「どういう、意味でしょう?」

「上手い剣は見栄えはいいのですが、必ずしも強くはない。強い剣とはたとえ乱暴で粗雑でも、相手に勝つ剣なのです」

「私は強くなるために、日々剣を振り、うまくなりたいと……それがちがうのですか?」

「うまくなることで強くなった人も居るでしょうが……、フルンはそうではありません。フルンは勝つことで、実践のなかで魔物を切り倒すことで強くなったのです。フルンはこの半年の間に魔物と幾度も対峙し、切り捨ててきました」

「魔物を……」

「我らの学ぶ剣は、磨き抜けば心身を鍛え、昇華させてくれますが、それ以前に相手を殺すためのもの……」


 そこで一旦言葉を区切ってから、セスは改めて問いかける。


「あなたに相手を殺す覚悟はありますか?」

「殺す……あいてを」

「あなたは騎士を目指すのでしょう。騎士とは守るもの、民を守るために外敵や魔物と切り結び、倒さねばなりません。あなたは相手を殺すつもりで戦っていますか? フルンは、そういう覚悟ができています。数多くの魔物と切り結び、倒すことでその覚悟を手に入れたのです」

「魔物を、殺す……覚悟。そんなこと……」

「頭でわかっているのと、実際に行うことには常にギャップが有ります。このまま修行だけを続けても、強くなれるかもしれませんが、もし、あなたが望むなら、一度ダンジョンに潜りましょう」

「お……お願いします!」

「わかりました。そうですね、では、数日中に都合をつけて連絡します」


 シルビーはセスの言葉に深く頷くと、そのまま帰っていった。


「いいのか、早過ぎるということはないんだろうけど」


 セスに尋ねると、


「こればかりは、やってみないとわかりません。ですが剣士であればその時はいずれ来るのです。ならばせめて隣で見守ってやりたいと思うのですが……ふふ、難しいものですね」


 ここにも親馬鹿もどきがいたか。

 主従は似るもんだなあ。

 よし、俺もついていってガッツリ見守るとしよう。

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