第121話 環境改善

 カップから沸き立つ湯気を目で追いながら、俺は通りを眺めていた。

 まだ早朝といっていいこの時間の人通りはまばらで、ときおり学生が小走りに通り抜けていくぐらいだ。

 ちょっと早起きした俺は、おとなりのエミエール・テラスという喫茶店でお茶を頂いているのだが、店主のルチアは、ミルクたっぷりの甘い紅茶を出す。

 紅茶というかチャイだな、これ。

 ミルク抜きのものもあるけど。

 先日飲んだ緑茶もそうだが、南方が茶葉の主な産地で、海路で運んでくるので発酵茶が主流になるのかな。

 他にもハーブティなどを出すが、コーヒーはない。

 やはりこちらの人間はあまりコーヒーを飲まないようだ。

 朝は軽食としてパンなども出している。


 六畳間ほどの小さな店内は、調理場を兼ねたカウンターと、四人がけのテーブルが二つ置かれている。

 通りに面した側は全て開け放たれていて、表にはみ出すようにさらに二つテーブルが有る。

 しめて四組までいけるわけだ。

 営業時間の大半は満席になることはないが、朝などは相席になることもあるようだ。

 俺は一番奥の席に、エンテルとプール、カプルの四人ですわっている。

 珍しい組み合わせかな。

 エンテルは手紙を読んでおり、カプルは例の工場から届いた見本のコマを眺めている。

 プールはチェスのスコアを見ているようだ。

 年長組の中でもこの三人は特にマイペースだな。

 俺はやることがないので、店内でマンウォッチングだ。


 店内側の隣の席では、メガネでスーツのお姉さんが、しかめっ面でパンケーキを掻き込みながら、何かの書類を見ている。

 彼女は銀行マンだ。

 一度、うちに挨拶に来た。

 名前は……たしかビールボールとかいう、なんだか中年太りっぽい名前だが、本人はいたってスレンダーな美人だ。

 彼女の務めるオーラストン金融協会には、千万ほど預けてあるらしい。

 うちは、そこそこのお得意様というわけだ。

 一気にパンケーキを平らげて、甘い紅茶を飲み干してから、隣に俺がいることに気がついたようだ。


「まあ、これはサワクロ様、おはようございます。その、お恥ずかしいところを……」


 とバツが悪そうに頭を下げる。


「おはよう、ビールボールさん。働くご婦人は輝いて見えますよ」

「お上手ですのね」

「あなたの輝きが、そう言わさしめるのですよ。あなたのために何かしたくなる、とね」

「では、お言葉に甘えて、投資などされてみては?」

「なにかよい、投資の口でも?」

「そうですねえ、といっても、私の担当の農業分野では、今年の天候不順でどうにも。西のアクツーム地方では大農園に不渡りが出るなどして、頭を抱えておりますわ」

「それは大変だ。だが、農家ももっと困っているでしょう。彼らは銀行に見捨てられたらおしまいだ」


 アパートの近所の立ち飲み屋には銀行に見捨てられて途方に暮れてた町工場のオッサンとかいっぱいいたからなあ。

 この世界の資金繰りがどうなってるかは、まだあまり把握してないんだけど、わりとしっかりしてる気がする。


「まあ、まるで活動家のような事を仰る。同情でお金は増えませんわ?」

「もちろん、だが信頼は仕事を生む。投資とはそういうものでしょう? おっと、これは釈迦に説法でしたね」

「シャカ?」

「失礼、私の故郷のことわざでね、偉い人に教えを説く愚を戒めることわざなんですよ。この国ではなんというのかな?」

「そういう場合は、戦女神ウルに兵法を説くなどと言いますわ。そういえばサワクロ様は遥か東方のお生まれとか」

「そうなんですよ」

「今、東の海は海賊が多く出て物騒なようですわね。海路が安定してくれないと、商売の根幹が揺らぎますもの、この不景気に困ったものですわ」

「まったく」

「あら、いけません、もうこんな時間。それではまた」


 美人バンカーのビールボールさんは去っていった。

 入れ違いに、人足の中年オヤジ三人組が席につく。


「おう、ネーちゃん。甘いやつ三つたのむわ」

「はーい、ただいま」


 オッサンに興味はないので、目線を店の外に向ける。

 テーブルにはそれぞれ、若い書生風の二人組と、おばさん四人。

 おばさんの方は出勤前の一服のようだ。

 一本隣の筋にある大食堂の従業員らしい。

 この辺りでは一番大きな店で、ルチアも数年前まで、そこの厨房で働いていたと聞く。

 果物屋のエブンツの義弟もそこの料理人じゃなかったかな。

 そこでためたお金で、この店を出したのだとか。

 おばさん四人は顔なじみで、時々こうしてお茶を飲みに来るらしい。

 ルチアいわく、


「店を開けた当時は全然お客がつかなくて、あの人達がああして座ってくれてるおかげで、やっと客がつくようになったのよ。この時間帯は開いてるお店が少ないから狙い目だって教えてくれたのもあの人達で」


 とのことだ。

 いいおばさんもいたもんだ。

 俺が高校の頃、初めてバイトしたお店はパートのおばさん連中がクソみたいなやつらで、これがもう……いや、思い出すだけカロリーの無駄遣いだな。

 世の中いいやつがいれば、嫌なやつも居るわけで、嫌なやつと無理して付き合うぐらいなら、その分の労力で、いい奴らがいる環境に移る努力をしたほうがマシなんだよなあ。

 他人に我慢を強いる奴らってのは、それをすることで得する連中だけなので、騙されちゃいかん。

 我慢ってのは自分を磨くためにするもんだ。

 その点、ルチアは良い環境を維持してるんだろうな。


 それはそれとして、おばさんにも興味はないのでぼーっと通りを見ていると、書生二人組のところに、女学生風の二人組がやってきた。

 彼女かな?

 そのまま席について、楽しそうにおしゃべりしてる。

 若いってのはいいねえ。


「どうした、孫でも見るような目で、よそのカップルなど眺めおって」


 と魔族のプール。

 結局、彼女のちぎれた羽は生えてこなかったな。

 お陰で、誰も彼女が魔族だとは気がついていないんだけど。

 奴隷の首輪はつけたままだが、スカーフをまいているのでぱっと見ではわからなくなっている。

 褐色の肌に真紅のスカーフがよく似あってる。


「おまえこそ、俺の顔ばかり見張ってなくていいんだぞ?」

「それ以上にやけた面を晒すようならつねってやろうと、チャンスを狙っておったのだ」

「怖いな」


 そこにルチアが新しいお茶を入れてくる。


「これもどうぞ。今日はミューンのハーブティなの。体が芯から温まりますよ」

「ありがとう、いい香りだな」


 ほんのりと甘酸っぱい香りをひとしきり楽しんでから一口すすると、思ったより酸っぱかった。

 ローズヒップとかあんな感じだ。


「もっと美味そうな顔をしてのまぬか」

「うまいよ! そういう顔してるだろ!」

「まったく……」


 といってから口にしたプールも顔をしかめる。


「いい顔してるな」

「ふん、貴様に合わせただけだ」

「思ったより酸っぱいでしょう。それにしても、ほんとうに仲がいいのね」


 ルチアはお盆を抱えて笑う。


「そうみえるかい?」

「ええ、主人と従者ってもっと厳格な関係かと思ってたのに、皆さんは普通の恋人みたいで」

「普通の恋人はこんなふうにいびられるのか?」

「どうかしら?」


 恋人といえば、表のテーブルの若者たちは、まだ談笑している。

 おばさん連中は去ったようだ。

 隣のおじさん共も焼きたてのパンを甘いお茶で流し込むと早々に出て行った。

 のどかだねえ。


「何を見ていらっしゃるんです?」


 今度はエンテル。

 さっきまで目を通していた手紙は読み終わったらしい。


「いや、表にいた若者たちをな」

「彼らはこのアルサにある王立学院の生徒たちですね。先日、講義をしたので、覚えていますよ」


 そういってエンテルが振り返ってみると、向こうも気がついたようで、会釈する。


「じゃあ、彼らも考古学の?」

「どうでしょう、全体向けの講義なので、何を専攻しているかまでは聞いていませんが、サバーンの発掘について聞かれたので、おそらくは教会史などをやっているのでは?」

「ふーん」

「サバーンと言うのは、千二百年ほど前に西国のオーラートにあった宗教都市で、女神オスエールを祀る巫女が……」


 また薀蓄が始まった。

 うちの学者コンビであるエンテルやペイルーンは、考古学者としてはかなりマイナーな時代の研究をしているらしい。

 先日、それにまつわる大発見をしたが、その後の進展はなしだ。

 ルタ島にわたっての試練も先送りになってしまったので、そちらもいつになるか見当がつかないな。


 今一人の従者である大工のカプルは、お茶に手を付けずにひたすらコマを眺めている。

 邪魔をしちゃ悪いと思ったが、どうやら満足したようで、冷めたカップに手を伸ばす。


「ずいぶんと熱心だったな。どうなんだ?」

「ええ、良い出来ですわ。さすがはかつて民芸の里と言われたセリアマだけのことはありますわね」

「セリアマ?」

「あの一帯、キンコウ山の麓は古くはセリアマ地方と呼ばれて木工細工などが有名だったのですわ。シーリオでも年配の方は若い頃にやっていた人が多いそうですわ」

「ほほう」

「ただ、やはり人によってムラがあるのと、果たしてこの質をどこまで保てるのかが問題ですわね。近いうちに、もう一度出向くと思いますわ」

「任せるよ。それよりも、お茶のおかわりをもらおうか? 冷めちまっただろう」

「そうですわね」


 おかわりを頼むと、今度はいささかワイルドな給仕が出てきた。


「どうぞ」

「おはよう、判子ちゃん。今朝もごきげんだな」

「おかげさまで」


 乱暴にお茶を置くと、奥に去っていった。

 いつもあんな感じなんだろうか。


「彼女にも色々と伺いたいことがあるんですけど、あの調子では無理でしょうねえ」


 エンテルが残念そうにつぶやく。


「ご主人様、過去に余程のことをされたのでは?」

「そんなはずはないぞ?」

「いや、あれはよほどの仕打ちを受けたと見える」


 などとプールまで賛同する。


「ひでえな、俺がそんなコトするわけないだろうに」

「その自信がどこから来るのかが、一番の謎だな」


 といってプールはお茶のおかわりをすする。

 隣のエンテルは壁の時計を見ると、


「あら、もうこんな時間。今日は午前の講義に呼ばれているので支度をしないと。ペイルーンはもう起きたかしら?」


 慌てて手紙をしまい始める。


「忙しそうだな」

「来春、大規模な発掘が始まるので、ここの教授陣も何人かそちらにかかりっきりで。お陰で私も仕事にありつけているのですけど」


 と苦笑する。

 まあ仕事があるのは結構なことだ。

 ルチアに声をかけて、店を出た。




 昼下がり。

 今日はいつも裏庭で修行している騎士連中がいないので静かなものだ。

 オルエンら騎士の面々は、週に一度の割合で西の森に狩りに行く。

 狩りは騎士の嗜みだとかで旅の途中もちょくちょくやってたからな。

 今日も早くから出かけていたが、今回はフルンやオーレも連れて行ったようだ。

 それの見送りで、今朝は早かったんだけどな。


 正体不明のホロアであり、氷系魔法が使えるものの、呪文や精神修行などを全くおこなってこなかったオーレは、魔導師であるデュースから魔法のいろはを連日みっちりと仕込まれている。

 ただ、いささかハード過ぎたようで少々バテていたので、今日は休暇をとって遊びに行かせたのだ。


「ちょーっと私のほうが張り切りすぎてしまいましたねー」


 師匠であるデュースは家でくつろいでいる。


「できはどうなんだ?」

「いいと思いますよー、呪文の覚えも良いですしー、この調子なら春までには十分戦力として期待できるかとー」

「ほほう」

「あの子は剣もひと通り嗜んでいますし、中衛として攻守両面に活躍できる魔法戦士に育ってくれるんじゃないでしょうかー」

「かっこいいな」

「とくに氷魔法はダンジョン向けですから有利ですねー」

「そういえば、前にそんなことを言ってた気がするな」

「そうですよー。狭い所で使うには火の魔法は不利ですからー」

「ふぬ」

「そもそもうちは野戦向けのメンバーが多いんですよー。メインメンバーのうちでダンジョンのほうが能力を発揮できそうなのは半数もいないのでは無いでしょうかー」

「そうなのかな」

「騎士は馬上で集団戦をするほうが向いてますしー、私も上位の呪文は広範囲魔法ばかりですしー、セスやコルスも乱戦は得意のようですが狭い場所で対峙するのはそれほど得意ではないと言っていましたねー。むしろカプルのような純粋な戦士タイプが一番向いてるんですけどー、うちには彼女以外戦士はいませんしー」

「しかも、カプルは本業が大工だから戦闘は控えだもんな」

「そうですねー、オルエンほどの実力者を盾役としてだけ使うのはもったいないんですよねー」

「そうはいっても、冒険者が戦う場所ってダンジョンしかないんじゃないか?」

「この辺りだとそうですねー、魔界や南方だとフィールドで戦うほうが多いんですけどー」

「へえ、そうなのか」


 前からわかってるけど、うちのメンバーは偏ってるからなあ。

 そこを埋めるべく頑張ってるようだが、さて、俺は何を頑張るべきか。

 具体的にはレルル対策なんだけど、今のまま鍛えても数年先ならともかく春までにどうにかなる気配はない。

 諦めさせるというのはぎりぎりの最後の手段にしたいので、なにかこう異世界からやってきた人間ならではの斬新な発想とかで乗り切りたいな。

 とはいえ、素人の斬新な発想とやらが本当に有効だったなんて話はあまり聞いたことがないけど。


「そういえばウクレやアフリエールの修行はどうなんだ? あいつらにも魔法を教えてるんだろう」

「そうですねー、ただあの子達はフューエルに任せているのでー。今はまだ精神集中の修行ぐらいじゃないでしょうかー」

「ほほう」

「そこが終わったら一緒に呪文の詠唱などをやろうと思っていますがー」


 デュースは話の合間に精霊石のかけらを選別している。

 ペイルーンが精錬した残りカスらしい。


「それは何に使うんだ?」

「これは呪文の練習に使うんですよー、精霊石の波長というのはよく練られた魔力の波長にひとしいのでー、これを燃やしながらその波長にシンクロさせるという練習をするんですねー」


 よくわからんが楽器のチューニングみたいなもんかな?

 そこに帰ってきたばかりのエンテルが書類の束を抱えてやってきた。


「懐かしいですね、私も子供の頃、亡くなった母に教わりながら練習したものです」

「魔法の資質があると最初にこれをやりますからー」

「私はどうも苦手で、母を呆れさせたものでした。見かねて十二歳の誕生日にこの触媒の指輪を買ってくれたんです。これのお陰でどうにか人並みに使えるようになったんですよ」

「増幅だけでなく、調整まで効く触媒は高かったでしょうー」

「だと思います。その頃には私はもう歴史をやるのだといって勉強ばかりしていたので、おそらくは魔法の一つでも使えればいざというときに食いっぱぐれることもないだろうと両親が買ってくれたんでしょうねえ」

「良いご両親ですねー」

「父とは顔を合わせる度に喧嘩ばかりしてたんですけど、しばらく会わないでいると、懐かしいですね」


 しんみりしているエンテルも色っぽいなあ、などと思いながら声をかける。


「たまには顔を出してやったらどうだ? ゲートを使えばすぐなんだろう」

「ですが、一度仕えたからには気安く戻るなと、これがまたうるさくて」

「じゃあ来てもらえばいいだろう。ちょうど祭りもあるし、見学を兼ねてとか何とか言って」

「良いのでしょうか」

「良いも悪いもないさ」

「ですけど……うちは親のない子たちもいますし」


 そういってエンテルが視線を送った先にはアフリエールが太郎と花子を馬小屋から出して餌をやっていた。

 そのとなりではウクレがブラシをかけている。

 あいつらも両親がいないもんなあ。

 俺もだけど。

 かと思ったら両親が健在な撫子がテケテケと走ってきて母親の花子に飛び乗る。

 今日も元気そうだ。

 足元にはガーディアンのクロがいる。

 背中にエサ箱を乗っけてるな。

 洗濯カゴなどを運んでることが多い。

 冒険の時の荷物運びなどに役立ってくれそうだな。

 ズタ袋いっぱいの金貨とかをもし見つけたとしても、俺一人じゃ到底運べないからなあ。

 お宝ってすごく重いんだよな。

 そういえばクロには昔乗せてもらったこともあったな。


「大丈夫さ、エンテルの父親ならみんなの父親みたいなもんだ。俺も小遣いでもねだろう」

「ふふ、またお説教されますよ」

「そうだった」


 偏屈だったからなあ、あの人。


「では、お言葉に甘えて、そのように手紙を出してみます」


 そう言ってエンテルは少し照れくさそうに笑った。




 日暮れ前にはオルエンたちが戻ってきた。

 中々の成果で、手押し車いっぱいにお肉が山盛りだ。

 その中央には一際でかい猪がのっかっていた。


「おつかれさん、たくさん仕留めたな」

「そうであります! あの一番でかい猪は、自分が仕留めたであります!」


 少し興奮気味なレルル。


「おお、やったじゃないか。修業の成果が出てきたか」

「それはわからないでありますが、普段は槍を構えて敵と相対すると、とたんに呼吸が乱れて頭が真っ白になってわけがわからなくなるのでありますが、今日はそういうことがなかったであります」

「ほう、やっと慣れてきたのかな?」

「たぶん、今日はミュストレークに乗っていたからではないかと思うであります」


 ミュストレークとはレルルの愛馬だ。


「ほほう」

「例のごとく、自分が仕留めるのは無理だと思ったでありますから、今日はミュストレークに乗って獲物の追い立てをやっていたのでありますが、あの猪が突然飛び出してきまして、普段なら錯乱してしまう所が何故かあの時はいつものままで……そうであります、今でも冷静に思い出せるであります。向かってくる猪に向かい、手にした槍を丸太の的に打ち込むかのごとくずぶりと。猪の喉元を穂先が切り裂く感触まではっきりと覚えているでありますよ」

「つまり、得意の馬に乗ってると大丈夫だったってことか?」

「その、なんというか……実はよくわからないのでありますが、騎士団の頃は騎乗訓練でもどうにもダメだったのでありますが、今日に限ってはむしろ……ほんとによくわからないのでありますが、こう……正反対に何も考えずに獲物を攻撃したというか……なんだったのでありましょうか」

「いやいや、きっと練習の成果が得意なところから出てきたんだよ」

「そ、そうでありますか?」

「そうさ、とにかく入れよ。詳しく戦果を聞かせてくれ」


 俺もよくわからんが、レルルにやっと芽が出てきたのならめでたい話だ。

 例え偶然だったとしても、褒めまくることで自信に繋がるかもしれないしな。


 獲物は早速モアノアにさばいてもらう。

 大半は処理した後に凍りづけにしておくらしい。

 オーレやフルンがとったウサギなどは早速いただくことにした。

 鉄板の上に塩とスパイスを刷り込んだ肉の塊を載せる。

 熱く熱せられた鉄板から、たちまち音を立てて煙がたちのぼった。

 その前で、オーレとフルンが正座して待機している。


「そろそろか?」

「まだ」

「もういいか?」

「まだまだ」

「オーレ、火、熱い」

「焼きたておいしいよ」

「そうか、がまん……がまん」


 暑いのが苦手で滅多に火に近づかないオーレが焚き火の前で頑張ってる。

 やはり自分でとったものは特別か。


「もういいか?」

「どうかな」

「いい……かも、いいな?」

「どうだろ」


 二人は目を輝かせながら焼きあがっていく肉を眺めている。


「どら、もう焼けたべか?」


 とモアノアがやってきて肉に鉄串を突き立てる。


「んー、んだ、もういいだよ。切り分けて食べるだ」

「やけた! くう!」

「たべよう!」

「くうっ!」


 オーレとフルンは手にしたナイフで肉を切り刻むとたちまち肉の塊が一口サイズになる。

 この勢いだと二人で全部食っちまうんじゃないかと思ったら、まずは皿に取り分けて俺のところに持ってきた。


「ご主人、くえ。今日のエモノ。一番は主人がくう」

「そうかそうか。じゃあありがたく頂くよ」


 ここで遠慮しても始まらんからな、早速味わうとしよう。

 もぐもぐ。

 ちょっと筋張ってるし匂いもキツ目だが、野趣あふれるいい肉だ。

 噛めば噛むほど旨味がにじみ出てくる。


「おう、こりゃうまいな。いけるぞ」

「そうか!」

「お前たちも早く食え」

「くう! オーレもう腹ペコ」


 早速ガツガツと食べ始めた。

 うまそうに食ってるな。

 その様子をしばらく眺めてから、少し離れたテーブルにいた三人目の騎士エーメスに話しかける。


「オルエンとレルルはどうした?」

「それが、先ほどの勘を忘れないうちにと、オルエンとともに裏の広場に」

「ははあ、やる気を見せてるな。ちょこっと見に行くか」

「はあ」


 エーメスは少し思い悩むような顔をしている。


「どうした?」

「いえ……その」

「うん?」

「なんというか、言いにくいのですが、今日のレルルはどこかおかしかったような」

「レルルが?」

「いえ、これはその、かつてのわだかまりからくるものではなく、同胞としての率直な意見でありまして」

「わかってるって。で、具体的になにがおかしいんだ?」

「彼女の精霊力がわずかに乱れるのを感じたのです。ちょうど彼女が猪を仕留める瞬間だと思うのですが、私達からは死角になっていて、その瞬間を誰も見ておらず」

「ふぬ」

「それが、その、あの波長はまるで……」

「まるで?」

「いえ、やはり気のせいです。申し訳ありません」

「そうか。まあいい、また気になることがあったら、お前がしっかり見ててやってくれ。あいつはお前の先輩ではあるけど、俺の次ぐらいにそそっかしいからな」


 すごく気になるが、言いにくそうなので聞かないでおこう。

 エーメスを誘って裏の広場に向かう。

 ここはうちから数軒分となりにある空き地で、かつては積み荷の上げ下ろしなどに使っていたらしい。

 今では壊れた木箱が幾つか放置されているほかはただの空き地だ。

 誰も使っていないので、うちの戦士組が毎朝のトレーニングに使っている。


 俺達が行くと、ちょうどレルルがオルエンの木刀でスコンとやられたところだった。


「あうう、こ、こんなはずでは」

「ははは、そんな急には変わらんだろう」

「し、しかし」

「また馬に乗ってみるか?」

「ダンジョンでは馬には乗れないでありますよ」

「そりゃそうだが……じゃあ代わりになにか乗るものがあればいいんじゃないか?」

「乗るものと言われても……馬の他には、船でありますか?」

「そっちのほうがダンジョンに入らないだろう」


 そう言ってあたりを見回すと、木箱の蓋が目に入る。

 それを見てピンときた。


「クロに乗ってみろ」

「クロ? クロに乗るでありますか?」

「うむ、お前なら乗れるだろ、たぶん」


 などと適当な事を言ってクロを連れてくる。


「オーケーボス、レルル、ノレ」


 正方形のちゃぶ台の足が昆虫のように動くかのような構造のクロが、足を一本持ち上げてチョイチョイと手招きする。


「の、乗るのは良いでありますが、乗ってどうするでありますか?」

「そりゃお前、乗ったまま戦うんだよ」

「なにゆえそのようなけったいな」

「いいからやってみろ」

「分かったであります。では失礼するであります」

「コイコイ」


 レルルはクロの背中にひょいと飛び乗る。


「お、これは……おもったよりバランスが……いや、しかし……」


 俺が運ばれた時は座ってたから気にならなかったが、立って乗るのはさすがに難しそうだな。

 はじめはすぐに落とされそうになっていたが、さすがのバランス感覚か、数分練習するだけで乗れるようになってしまった。

 たいしたもんだ。


「これはなかなか楽しいでありますな。馬とはぜんぜん違うでありますが、こう体重を乗せるとクロが勝手に進んでくれるでありますので、非常に高速に移動できるでありますな」

「いけそうだな、ほれ木刀だ」


 とレルルに木刀を投げ渡す。


「それでもう一度オルエンとやってみろ」

「わ、分かったであります。行くであります」


 レルルはクロと一体化したかのようにスムースに乗りこなし、高速に移動しながらオルエンに突き進む。

 予想以上の速度にオルエンもはじめは押されるが、そこは力量差か、すぐに動きに慣れて簡単に攻撃を返されるようになってしまった。


「うぐ、こなくそ、てやっ!」

「まだまだ……ふんっ…きなさいっ!」

「てや、てやっ、でやああっ!」


 高速に移動しつつ、四方から何度も挑みかかるレルル。

 その攻撃は単調でオルエンにはとても通用しそうにない。

 だが、軽くあしらっているはずのオルエンの表情は驚きに満ちている。


「これは……」


 と隣にいたエーメスも驚いている。


「はぁっ、はぁっ、まだまだ行くであります」

「いえ……もういいでしょう」


 とオルエン。


「何故でありますか、自分はまだやれるであります!」

「その……通り。だから……良いのです」

「何を言っているでありますか?」

「マイロード、この方法は……今まででもっとも……よいかと」


 と嬉しそうにオルエンが俺に話しかける。


「そうみたいだな」

「どういう意味でありますか?」


 とレルル。


「だっておまえ、いつもみたいにガチガチにならずにずっと全力で立ち向かえてたじゃないか」

「あ……そ、そういえば……何も考えてなかったであります」

「たぶんあれだ、クロに乗るのに忙しくて、相手にビビってる余裕がなかったんじゃないか? きっとソレで無心になれたんだよ」

「そ、そうでありましょうか!?」

「うむ、そうに違いあるまい」


 根拠はないけど、嘘でも自信もたせといて損はないだろう。


「なんだか、やれそうな気がしてきたであります。この感じを忘れないうちに、もう一本!」

「私にもぜひ協力を」


 と進み出るエーメス。


「こ、こちらからお願いするであります。よろしくであります」


 そういって手をとりあってならぶ三人を湖に沈む夕日が照らしている。

 いやあ、美しい友情だなあ。

 さっきの理屈だとレルルがクロに乗るのに慣れきってしまうとまた駄目になるかもしれんが、その前に戦闘に慣れるかもしれないしな。

 なんにせよ今まで手の施しようのなかったレルルのへっぽこぷりに改善の兆しが見えただけでもありがたいことじゃないか。

 俺は主人として暖かく見守ることにしよう。

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