第119話 商店街振興

 朝。

 まだ暗い。

 そしてすごく寒い。

 テントの中は結露していた。

 凍ってないので、まだ氷点下では無いようだ。

 周りで寝ている俺のかわいい従者たちからにじみ出た汗が、あのキラキラ光る結晶と化したのかと思うと、ロマンチックだな。


 それはそれとして、非常に寒いので隣で寝ていた新人騎士のエーメスを抱きしめる。

 暖かい。

 新入りはだきまくらを担当するのがうちの習わしなのだが、エーメスはまくらとしては中々メリハリの有るタイプのようだ。

 オルエン並に引き締まった四肢と要所に蓄えられた柔らかい脂肪。

 特に胸のなめらかさは相当なものだ。

 あと太もももいい。

 きっと素敵な膝枕を披露してくれるだろう。

 これは後日の楽しみだな。

 その素晴らしい体を毛布の中でわさわさといじっていると、エーメスは目覚めたようだ。


「よう、ちゃんと眠れたか?」

「は、はい。その、とても……よく」

「そりゃあよかった」

「今、何時でしょう?」

「うん、今は……」


 テントの柱にかかった大きな時計を見る。

 照明用の精霊石がうっすらと時刻を照らしだす。

 もうすぐ五時か。

 この季節、夜明けにはまだ間がある。


「あ、朝のトレーニングをすると聞いております。起きてもよろしいでしょうか」

「ああ、かまわんよ」

「あの、その」

「うん?」

「ご主人様の手が、その、私の体を……」


 ああ、極自然におっぱいを鷲掴みしてた。

 名残惜しいが離してやる。


「失礼しました、それでは……」


 一礼してエーメスは布団から出ていった。

 アンやモアノア、セスはすでに起きているようだ。

 オルエンも同時に起きた。

 レルルはまだ寝てるな。

 普段だとそろそろオルエンに口をふさがれて尻をつねられる頃だが……。


「ふんぐっ!」


 あ、今やられたみたいだ。

 二日に一回はフルンも同じやつを食らうが、今日は先に起きたようだ。

 普段はドタバタとやかましいフルンも、こういう時は物音ひとつ立てずに動き出す。

 うーん、日に日に戦士としてのスキルが上がってるな。

 音もなく俺のそばまで来ると、


「おはよー、ご主人様」


 小声で挨拶して目覚めのチューをほっぺたにしてくれる。


「おう、おはよう。今朝も元気だな」

「うん、ぜっこうちょー。じゃあ、行ってきます!」

「気をつけてな」


 朝練組を布団の中から見送ると、再び頭まで毛布をかぶる。

 寒い。

 焚き火に火は入ってるだろうか?

 確認しに行くのも面倒だ。

 はてさて……。




 再び目覚めた時は、すでに日が高く昇っていた。


「ご主人様ー、おきてー、あさごはーん」


 フルンが素っ裸でテントに飛び込んでくる。

 朝練のあとに水を浴びてそのまま突撃してきたようだ。


「うぷ、おまえ体ぐらい拭きなさい」

「あははー、ご主人様も濡れたー」

「濡れたよ! つめたいよ! まったくもう、目は覚めたけどな」

「うん、食べよー」


 一同揃って朝食の席につく。


「新しい従者を迎えた、新しい朝の始まりです。主人と神への感謝を忘れずに、今日もおのれの使命を果たしてください。それでは、いただきましょう」


 アンの号令で食事が始まる。

 これだけいると、食べ方もてんでバラバラだ。

 フルンは言うに及ばず、戦士組は皆よく食べる。

 年少組も育ち盛りのせいか、モリモリ食べる。

 かつては小食だったウクレも、最近はよく食べている。

 そのせいか、ちょっと体つきにメリハリが出てきたようだ。

 一方のフルンはまだぺったんこだけど。

 撫子も離乳食をモリモリ食べている。


「この調子だと、もう普通の食事にしてもいいかもしれませんね」


 とウクレ。


「そんなにすぐにか?」

「はい、エンテル様にも調べてもらいましたが、自発的に食べられるなら、大丈夫なようです」

「そんなもんか」


 新人のエーメスも初めは遠慮していたが、すぐに回りのペースに流されて三杯目のスープをお代わりしていた。

 モアノアとリプルがせっせと給仕しているが、こりゃあ大変そうだ。


 その中で一番食べそうな巨人のメルビエは、エンテルら年長組とならんで、ちびちびとヨーグルトなどを食べている。

 小食だが、遠慮しているわけではなく、メルビエはあまり肉などを食べない。

 乳製品と野菜が中心だ。

 肉が食べられないわけじゃないが、巨人族はあまり肉を食べないらしい。

 そういえば初めてあった時も、りんごをくれたっけ。


「お肉は祭りの時にはいただくだども、お腹が張って、しばらく動けなくなるだよ」


 ライオンみたいだな、あれも食ったらしばらく寝てるんじゃなかったっけ?


「これだけ数がいれば、食事の習慣だって違って当然だろう。細かいことはモアノアと相談してうまく回してくれ」

「んだぁ」


 それよりもやはり量だよなあ。

 一財産築いたおかげで食うに困ることはないが、今の収入だけで考えると、食費がかなりの部分を占めている。

 こいつらにきちんと三度の食事を与えるのは俺の義務だよな。

 金儲けに関しては、メイフル任せにしないで俺も考えなきゃなあ。

 俺は両親がいなかったのでイメージしか無いんだけど、食い扶持を稼ぐのが大黒柱の仕事だよな、やっぱり。

 当面は商店街興しだろうというわけで、今日の午後はその辺りで頑張る予定だ。




 食事を終えると、それぞれが日課を始める。

 このところ、オルエンとレルルは午前は修行、午後は薪の買い出しに行っていた。

 薪置き場となっている馬小屋の奥が、すでに半分ほど埋まっている。

 あれを天井まで埋めれば、冬の間の煮炊きと暖炉の分は足りるだろう。

 暖炉はまだ出来てないけど。

 あとはウチのリフォームも手伝っている。

 騎士は土木仕事も得意だからな。

 レルルは別だけど。

 騎士であるエーメスもここに組み入れたいところだが、レルルとうまくやっていけるかな?


「大丈夫……騎士たるもの……同じ釜の飯を食えば……盟友です。あの二人も、うまく……やるでしょう」


 とオルエンが言うので任せてみた。

 オルエンは人には甘いのでどうかなーとも思うんだけど、エーメスは騎士として隊長代理を任されるほどの力量だ。

 戦闘技能も槍だけでなく乗馬、体術、リーダーとしての指揮能力、更には初歩の回復魔法などもこなす。

 そしてレルル並の早駆け。

 基本スペックが圧倒的に高い、万能選手のようだ。

 良いライバルを得てレルルも成長できるかもしれない。

 今日は馬を走らせに行くといって出て行った。

 ちなみにエーメスの愛馬はエウシュレーゼという。

 馬小屋も余裕を持って確保してあるんだけど、いつまでもつやら。


 もう一つの戦士組である気陰流剣士の面々は、今日は道場が休みなのでオフにしたらしい。

 オフは勝手にとってもらってる。

 子供じゃないんだから、それぐらい自分で決められるってもんだ。

 フルンはまだ子供だけど。


 でも、会社にいた頃は有給も取らせてもらえなかったよなあ。

 というか、自分でもちょっと取れなかったけど。

 ああいうのが積もり積もって、会社って潰れるのかもなあ。


 残りは皆、何かしらの仕事をしているようだ。

 俺も、午後の用事に備えて、支度をしておこう。




 午後。

 果物屋のエブンツがやって来た。

 先日約束したゼリーを試食させるために呼んだのだ。


「へえ、こいつがゼリーか。ぷるぷるしてて変な見た目だな」


 妙な顔でゼリーを見つめるエブンツ。


「これがおしゃれなんだよ。ギャルにばかうけだ」

「ほんとかよ」

「ああ、絶対だ」

「どれどれ?」


 とパクリと一口。


「おお、なんだこりゃ」

「どうだ、イケてるだろう」

「ツルッとしてぷるんとして、なんかすげーな。しかも甘くてうまい」


 あれからモアノアが工夫して、このゼリーはなかなかのレベルに達している。

 器を奮発してやれば、高級スイーツとして通用するんじゃないだろうか。


「これって簡単に作れるのか?」

「レシピさえあれば、お菓子の中では簡単な方だな」

「へえ……」

「どうした?」


 首を傾げるエブンツに尋ねると、


「いや、たしかに美味いんだけど、これ、うちでどうやって売るんだ?」

「まあ、そうだよな」


 折り詰めにしてお持ち帰りという手もあるが、その前にゼリーという新商品を認知して貰う必要があるだろう。


「うーん、旨いんだけどなあ……」

「というわけでだ、今からルチアの店に行こう」

「なぜだ?」

「商談だよ、商談。ルチアの店に置いてもらうんだよ」

「おお、なるほど」


 ルチアの店に置いてもらうというアイデアは、メイフルが出してくれた。

 どうやって売るかを悩んでいたら、


「お隣で売ればよろしいやん」

「隣で?」

「そうでっせ。ようは果物の需要が増えればよろしいんでっしゃろ。お隣も新しい商品が増えたら儲かりますで。一石二鳥ですわ」

「ああ、なるほど」


 という塩梅だ。

 この時間はルチアの喫茶店も空いている。

 暇そうにしていた学者のペイルーンにゼリーをもたせて、ドカドカと乗り込む。


「へえ、変わったデザートね。さっそく頂いてみようかしら」


 ルチアは一目見て気に入ったようですぐに味見をする。


「おいしい、でも、すごく変わった食感。これ、食べてもらうまでが大変そう」

「そうかもな。お茶請けにおまけでつけるのはどうだろう?」

「いいかも、これだとどんなお茶があうかしら?」

「渋みのあるお茶がいいと思うが、逆に甘いお茶に酸味の効いたゼリーを合わせてもいいかもな」

「そうねえ」


 などと言いながら試食していると、判子ちゃんが帰ってきた。

 買いだしだったらしい。

 無言で会釈だけして奥に引っ込もうとしたので、


「判子ちゃんもくうかい?」


 持ってきたゼリーをみせると、興味を示したのか立ち止まる。


「ゼリーですか。そういえばこちらでは見ませんね」

「そうだろ、なんかこの国に何があって何がないのかとか基準がわからんよな」

「あちらで当たり前に食べていたものでも、せいぜい数十年の歴史しかないものはたくさんありますし、何千年も伝わっているものもあります。また、こちらの風土が似ているからといってフードまで似ているわけではありません」

「今のはダジャレか?」

「もちろんです」

「笑ったほうがいいのかな」

「笑いは日常に欠かせませんよ?」


 判子ちゃんは随分高度な笑いを要求してくるな。

 俺には難易度が高過ぎる。


「お茶を入れてくるわ、食べ比べてみましょう」


 空気を読んだルチアが立ち上がりお茶を入れてくれた。

 その後、話は祭りのことになる。


 商店街の連中で、アクティブなのは隣のルチアと果物屋のエブンツ、あとはお札屋のオングラーの従者、エヌぐらいのようだ。

 特に声をかけるわけではないが、このへんのメンツは暇を見つけては集会所かルチアの店に来て相談する。

 あとの連中も、なにか言えば話には乗るが、自分から何かしてくるタイプではないようだ。

 まあ、それはそういうものだろう。


「だからさー、祭りがもうすぐだろ。まずはそこでなにか打ち出したいよな」


 とエブンツ。


「この街の祭りはどんな感じなんだ? 去年はエツレヤアンに住んでたから、多少はこの国のノリもわかるつもりだが」

「エツレヤアンの祭りは一度行ったことあるわ、あそこは大きな出し物とかたくさんあって立派よね」


 とルチア。


「ああ、観覧車とかあったな、なかなか楽しかった」

「この街だと、普通の出店ぐらいかな。神殿を中心に目抜き通りから、東大通りにかけて、ズラッと並ぶんだ」


 手振りを交えながらエブンツが語る。


「ってことは、こっちは来ないな」

「そうだな、こっち側の西通りはわりと閑散としてる。このへんは住宅が多いってのもあるけど、みんなあっちに行っちまうからな」

「しかし、みんながみんないけるわけじゃないだろう」

「そりゃそうだ。祭りの間も生活はするしな」

「何をやるにしてもだな、ここでなにかやってるって知っといてもらわんとダメなんだよな」

「広告なんて打つ金ないぞ?」

「ウチもないよ。まあ、ビラぐらいは配ってもいいが……まずはポスターかな」

「ポスターか」

「やることが決まってからだけどな」

「なんか本格的だな」

「やるだろう、それぐらい」

「そういうのは大店がやるんじゃないのか?」

「小さい店ほど宣伝しないと埋もれるぞ」


 などと話していると、表から声が掛かる。


「あら、お揃いでなんの相談ですか?」


 お向かいの僧侶メイド、エヌだ。


「祭りの準備をな」

「ちょうどク……サワクロさんのお宅に追加の注文を出してきたんです」


 今、名前を言いかけたな。

 彼女は俺の正体を知ってるからなあ。


「オングラーの旦那は元気かい?」

「ええ。ただ、冬場はリウマチがちょっと」

「難儀だな」

「エヌもすこし寄って行きなさいよ。この男二人じゃあてにならないから」


 とルチア。


「じゃあ、少しだけ。アースティーをくださいな」


 そう言ってエヌはペイルーンの隣に腰を下ろす。

 雰囲気はかなり違うものの年齢的にはペイルーンと同年代に見えるが、エヌは人間でいえばすでにおばあちゃんだ。

 オングラーの爺さんとは彼がまだ二十代の頃に知り合ったらしい。

 それから半世紀近く、従者として連れ添っているそうだ。

 ホロアは個人差はあれ、だいたい十代半ばで成長が止まる。

 あとはずっとそのままだ。

 ホロアの永遠の若さは、世の女性から羨望と嫉妬を集めたりもするそうだが、それとは別に、エヌは外見通りに若い娘のように振る舞う。

 外見の若さが、性格にも若さを与えるのだろうか?


 客がないと見て、ルチアもテーブルに付く。

 判子ちゃんは奥に引っ込んでしまった。

 お茶を一口のんだエヌが口を開く。


「お祭りですけど、うちはどちらかと言うと祭りの後のダンジョンがあるでしょう」

「ああ、ダンジョンに騎士団とかが潜るやつな」

「それに合わせて出店を出すので、今は在庫の確保で忙しいんですよ」

「そりゃそうだ。ウチも一緒に店を出すとかで、薬をつくってるしな」

「ええ、それに祭りで御札は売れませんし、うちは売る方よりも、なにか賑やかしの方で協力できれば、と思ってます」

「そうだな、何にせよ人手はいるし」


 そう言ってから、少し考える。

 場所とイベント……見世物のたぐいか。


「そもそも、期間中全部何かするとか無理なんだよな、金もないし。例えばさ、通りの真ん中にテーブルを並べてオープンテラスみたいにして、ここのお茶や、パンテーさんのミルクや、ハブオブのパンとかを出してさ、あとはちょっと楽団的なもので……そうだな、ミニコンサート的なものをやりながら、食事をとってもらうとかそういうのもいいな」

「そりゃいいな、やっぱ祭りは賑やかあじゃないと。でも、楽団ってどうやって呼ぶんだ?」


 とエブンツ。


「楽団が無理なら大道芸でもいいよ、なんかそうやって日にちと時間を決めて、やるんだよ。何日の何時からコンサートをやります、みたいな」

「ふむ……祭りの間なら、馬車を通行止めにしても大丈夫かな? 街に申請しとけばいける気がするな」

「あとな、俺の故郷じゃライトアップするのが客寄せに流行ってるな」

「ライトアップ? ってなんだ?」

「あー、えーとだな、光る精霊石があるだろ、ランプの、ああいうのをたくさん並べて、光で通りを装飾するんだよ。木につけたり、」

「へー、ロマンチックね」

「ああ、デートスポットにもなるようだぞ。何万個も光源を用意して」

「ロマンチックかどうかはわからんが、すげー金がかかりそうだな」

「まあ、そうだな。こいつは無理かもしれん。他になんかあったかなあ」

「くじびきとかよく見るぞ?」

「いいわね、でも、商品はどうするの?」

「そこはまあ、果物詰め合わせとか、お茶の無料券とか、うちもゲームのボードを出してもいいし、そういうわかりやすいのでいいじゃねーか」

「現物ならどうにかなるわね」


 そんな感じで口々にアイデアを出すだけだして、考える。


「はい、じゃあこれ今でたアイデアのメモね」


 とペイルーン。

 いつの間にかメモとってたのか。


「おう、サンキュー」

「ところで楽団だけど、王立学院にも学生のバンドとかあるわよ、ああいうのは発表の場を探してるから、場所さえ用意すればタダ同然で引き受けてくれるかも」

「おお、そりゃいいな。そういえば騎士団には楽団無いのかな。軍隊にはつきものだろう」

「あるわよ」


 突然後ろから声が掛かる。

 振り返ると麗しのダーリンこと、エディが立っていた。

 さっぱりとした私服で、町娘のような格好をしているが、抜群のスタイルと気品のある顔立ち、そして流れるようなブロンドの美しさは格別だ。


「エディ、いつきたんだ?」

「今朝早くにね。一仕事終わったから遊びに来たのよ」

「そりゃおつかれさん、あとで新居も案内するよ」

「ローンから聞いたわよ、随分ロマンチックなおたくだとか」

「まあね、とにかく座れよ。ルチア、彼女にもお茶をお願いできるかな」

「え、ええ、今すぐ」


 慌ててルチアが奥に下がってお茶の準備をする。

 隣に座っていたペイルーンが席を譲って、エディが腰を下ろすと、逆側に座っていたエブンツが声を潜めて聞いてくる。


「お、おいサワクロ、だれだよこの凄いの」

「凄いのっておまえ、彼女はだな、えーと、お友達のエディさんだ」

「あら、心の友から格下げ?」


 と指を組んでいたずらっぽく問うてくる。

 こうしてみると、他の連中とは圧倒的に風格が違うな。

 あんまり気にしてなかったけど、庶民と貴族ってぜんぜん違うんだな。


「面倒だから、そういうことにしといてくれ」

「まあいいわ。こんにちは、皆さん。サワクロ君の恋人のエディよ、よろしくね」


 うわー、恋人って言っちゃったよこの人。

 っていうか俺の変名は知ってるんだ。

 いきなりばらされなくて助かった、ローンが気を使ってくれたのかな。


「おまえアレだけ従者がいるのにこんな美人の恋人まで……うぎぎ」


 歯ぎしりがうるさいエブンツはほっといて、話を戻す。


「今、この商店街の町興しの話をしてたんだけど、見ての通り、いささか寂れた商店街だろ。祭りの間に楽団でも呼んでぱーっとイベントをしようと思ってな」

「いいじゃない。それで騎士団の?」

「そうだな」

「でも、祭りの間は忙しいのよね。平時なら多少融通も効くんだけど。あと騎馬戦もあるでしょう」

「そりゃそうか。じゃあ学生の方に頼むかねえ」

「それがいいんじゃない。そういえば、なにかやるならウチの方に申請しといてよ。警備の段取りもあるし」

「ああ、早めにしとかないとだめか」


 なるほど、お役所への届け出とか結構面倒だよな。

 と悩んでいたら、ルチアがお茶の支度をしながら尋ねる。


「あの、エディ……さん、は騎士団の方なのでしょうか」

「ええ、そうよ」

「も、もしかして貴族さまでは」

「え、ああ……いや、ほら、私はまだ……」

「ああ、見習いなんですか?」

「そうそう、そんな感じ」


 エディも俺に合わせてるのか適当に繕ってるな。

 行き当たりばったりの嘘はバレやすいもんだけど。

 俺の場合は指輪さえしてれば紳士にも貴族にも見えないので、あとは素のままで平気なんだよな。


「見習いのかたはたまに巡回の時に寄ってくださるんです。正規の騎士の方は、さすがにうちみたいな店にはいらっしゃらないんですけど」

「あれも庶民上がりのほうが逆に体裁を気にするから、仕方ないのよね」

「そうなんでしょうね」


 俺の聞いた話では、騎士になるのに元の身分は関係ないらしい。

 紹介をうけ、試験に合格すると見習いになる。

 あとは何年か修行して一人前と認められると騎士になれる。

 騎士になれば最下級とはいえ貴族の仲間入りだ。

 ただし、一代限りで世襲は出来ないらしい。

 そこで騎士として貴族になったら今度は上流階級に食い込むためにせっせとコネを作り、縁故を結んで地位を確保するのが庶民の成り上がりの一つのパターンなのだそうだ。

 だから商人などは事あるごとに騎士とつながりを持とうとするし、知り合った騎士には惜しみなく援助して自分の子弟を見習いにしてもらったりするという。

 もちろんエディのようにもともと有力な貴族の出のものもいるわけだが。


 そうこうするうちに、店内にお茶のいい香りが広がる。

 ほんのり酸味を感じさせる、刺激的な匂いだ。


「じゃあ、早速いただこうかしら」


 エディは優雅に香りを楽しんだ後にそっと口に含む。


「あら、ペルメスね、いい香りだわ」

「ありがとうございます」

「素敵ね。年内はほとんどこっちにいる予定だから、時々おじゃましてもいいかしら」

「はい、もちろんです。お待ちしています」


 こんな調子であとは話しにならなかったので、適当にお茶を楽しんだあとは解散となる。

 その後はエディをうちに招待してアバウトに雑談する。


「でもハニーが偽名使うのもわかるわ、オフの時も面倒なのよね。こっちは普通にがっつきたいだけなのに、奥に通されたりして」

「だよなあ、そもそも俺なんて根っからの庶民なのに、紳士だの何だのと言われても困る」

「ハニーは故郷ではどうだったの?」

「故郷じゃ紳士なんて概念が存在しなかったので、俺はただの庶民だったんだよ」

「へー、ニホン……だったかしら、聞いたことのない国だから、相当遠くの国なんだろうけど、色々と違うのねえ。私もこの近辺の国しか行ったこと無いから。南方とかも行ってみたいわ。あなたの従者の雷炎の魔女様とかはお詳しいんでしょ?」

「みたいだな。魔界にも行ったことあるって言ってたぞ」

「いいわねえ、今の立場じゃちょっとね。昔はこの国も魔界に侵攻したことがあるけど、何百年も前の話だし。今はこれだけ内政で儲かってると戦争はわりが合わないのよね」

「そういうもんだろ」

「だからといって仕事をほっぽり出して観光にも行けないし」


 しかし、この世界も平和だよなあ。

 といっても千年前には恐ろしい魔王が大暴れして滅亡寸前だったらしいし、五百年ぐらい前までは大きな戦も多かったという。

 平和なのはここ百年ぐらいだとか。

 かわりに魔物が跋扈するので人間同士で争ってる余裕がないという話もあるが、その辺の社会の仕組みがどうなってるのかはよくわからん。

 まあ、今の時代が平和なのはたしかだな。

 俺も都合のいい時代に現れたもんだ。


 焚き火の前でエディと酒を酌み交わしながら夕食を待っていると、馬を走らせに行っていたオルエン達騎士トリオが帰ってきた。

 レルルは大きな木箱を抱えている。

 帰りに馬の餌を買いに行っていたらしい。


「いやー、夏の嵐の影響で芋も人参もすっかり値上げしておりましたですよ。シェプテンバーグも育ち盛りでありますからこまるでありますなー、ってうああ、だ、団長!」

「久しぶりね、レルル。おじゃましてるわよ」

「ど、どうぞであります。なにとぞお寛ぎ下さいませ」

「ありがと。そちらの騎士は初顔ね、うちの子じゃなさそうだけど」

「はっ、彼女は白象騎士団から転属、じゃなかった、従者となったエーメス殿であります」

「そうなの、はじめまして。赤竜騎士団団長、エンディミュウムよ」


 と手を差し出すと、エーメスも名乗りを上げる。


「お初にお目にかかります、元白象騎士団二号隊筆頭代理エーメスと申します。団長殿のお噂はかねがね」

「そう、あなたがあのエーメスなのね。こちらこそ噂は聞いているわ」

「光栄です」


 そこで俺の方に向き直って、


「でも、本当に手が早いのね。どうやればこの短期間で隊長格の騎士をおとせるのかしら」

「俺は釣りをしてただけなんだけどな」

「レルルの時も竜退治をしてただけだったわよね」

「昔のことは忘れたよ」

「ほんと、油断も隙もないわね」

「それよりもほら、いい匂いがしてきたぞ」

「あらほんと、彼女の料理は美味しいから」

「そうだろうそうだろう、おいレルル、一番いい酒を持ってきてくれ」

「了解であります」


 レルルは地下室に駆け出し、俺達はテーブルに付いた。

 あとはまあ、面白おかしく飲んで食ったわけだ。


 しかし、商店街の方はどうするかな。

 エンテルとペイルーンが学生の方はあたってくれるらしいので、まずはそちらに期待するか。

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