第118話 筆頭代理

 今日はボートで釣りだ。

 とても寒いが、雪はまだ降っていない。


 ボートと言っても時代劇に出てくる木製の渡し船みたいな小さなものだが、湖面が穏やかなこともあり乗り心地はいい。

 船頭役のエレンの他に、ウクレと撫子が乗っている。

 撫子は釣りを見るのが好きらしいが、自分ではあまり釣らない。

 聞いてみたら、


「針にかかったときにね、ブルっとくるのがちょっとね、こわいです」


 という。

 難しいお年ごろだな。


 それでも俺が釣る姿を楽しそうに見ている。

 ウクレは撫子のおもりだ。

 俺の向かいで撫子を抱っこして、じっと座っている。

 その奥でエレンは俺に背中を向けて黙々と釣っている。

 俺が一匹も釣れてないのに、すでに十匹ぐらい釣り上げている。

 くやしい。

 まけんぞ、おれは!


 それでも、二時間も釣るとすでに挽回しようのないほど釣果に差がついたので、ちょっと早いが引き上げることにする。


「それがいいね、雲が出てきたよ」


 エレンは釣具をしまって櫂を漕ぎはじめる。

 なるほど、風も出てきたようで、湖面が波打っている。

 こうなると小さな船は結構揺れるな。


「ひー」


 突然、撫子がすっとんきょうな声を上げた。


「どうした?」

「もえてるー、ひー、ひーです」

「何!?」


 撫子の指差す方を見ると、一隻の漁船がいた。

 網を垂らしているので漁の最中だろうが、特に燃えてる様子もない。


「見たところ何ともないぞ?」

「ひー、もえてるです、もえてるのー」


 どうやら冗談を言ってるようには見えない。


「おい、エレン、ちょっと船を寄せてくれ」

「あいよ」


 エレンが船の向きを変えて漁船に近づき始めると、もわっと黒煙が上がる。


「ありゃ、燃えてるねえ」

「ひどいな、いそげ」


 漁船は見る間に炎を立てて燃え始める。

 見ると燃え残った船首に二人取り残されている。

 風に煽られて、ますます火の手が上がる。

 近くには他に漁船はないようだ。

 俺達が行くしかあるまい。

 エレンは巧みな櫂さばきで船を寄せると、


「船抑えてて」


 とウクレに櫂を渡し、自分は漁船に飛び乗る。

 燃えているのは船尾側だが、船首側のこちらにいても熱気が伝わってくる。

 時折火の粉まで飛んできた。

 船の縁が高くて船上の様子は半分ぐらい見えないが、頭は見える。


「あんたたちだけかい?」

「あ、ああ、そうだ」

「この船はもうだめだ、あっちに飛び移って」

「し、しかし」

「あんた、何をグズグズしてんだい、せっかくの助け舟だ、命あっての物種だよ、おら、いきな!」


 と若い男が一人、突き落とされてくる。

 ついでガタイのいい女、最後にエレン。


「離れるよ!」


 再び櫂をとったエレンが船を動かし、その場を離れる。

 その数秒後、漁船はめりめりと音を立てて真ん中から裂けた。

 飛び散る火の粉に混じって、ハラハラと雪が舞い始めた。


「ふう、間一髪だったね」

「ああ、俺の船が……」

「バカいってんじゃないよ、こういう時は先に礼を言うもんだ。ホロアのお姉さん、命拾いしたよ、そちらがご主人かい? あたいはホム、こっちは宿六のタンカ、そして背中のが大事な一人娘のアムだ。この娘がいたんで、飛び込むにも飛び越めなかったんだよ。うちの家族を救ってもらった礼は言葉では言い表せないぐらいだ、ありがとうよ」

「なに、間に合ってよかった。釣りの帰りだったが、こいつが見つけてね。褒めてやってくれ」


 そういって撫子の頭をなでてやる。


「お嬢ちゃんが見つけてくれたのかい、ありがとうよ」

「はい、ぶじでよかったです」

「いい子だねえ、娘さんじゃなさそうだ。まだ幼いが、従者かい?」

「そうです、馬人の撫子です」

「へえ、馬人! 初めて見たよ、いるんだねえ」


 話を聞くと、この一家は夫婦で一緒に漁に出て、湖で魚や貝などをとって生計を立てているらしい。

 今は背中の赤子のアムちゃんにミルクを温めようと火を使っていたところ、うっかり引火して燃えてしまったのだそうだ。


「はあ、船を買う金なんてないのに」


 亭主のタンカはしょぼくれている。


「まったく、船がなければ岸で潜ればいいだろう」

「もう冬だよ、どうやって潜るんだよ」

「根性で潜りな。あたいのおっかさんの時代はみんな真冬の氷の下も潜ってたもんだ」

「そりゃ無茶だよ」

「それが無茶なら、丘に上がって人足でもしな! まったく、女々しいったらありゃしない」

「はあ……」


 とショボくれたままだ。


「奥さん、こんな時だ、そう喧嘩するもんじゃない」


 俺が声をかけると、


「そりゃあ、そうなんですけどね」


 と溜息を付く。

 そりゃまあ、どっちもショックだろうなあ。

 火事はまるごと奪っちまうからな。


「それよりも姐さん、どこにつける? 送ってくよ」


 櫂を漕ぐエレンが声をかける。


「ああ、すまないねえ。それじゃあ、あっちの東港につけとくれよ」

「あいよ」


 船を進め始めると、進行方向から小型のボートが二艘、走ってきた。


「おや、白象騎士団のお出ましだよ」


 とのエレンの言葉に目を凝らすと、確かに旗がはためいている。

 ホムが呼びかけると、一艘がこちらにやってきた。


「ホームッ!、あんたら無事なのかーっ!」


 船尾に立って中年の女が声をかける。


「あいよー、体だけはピンシャンしてるよ!」

「ああもう、心配したんだよ、いきなり煙りあげるから。アムちゃんは無事かい?」

「大丈夫さー、こちらの旦那がお助けくださったんでねー、船はもうおしゃかだけどねー」

「とにかく無事でよかったー」


 互いに耳が裂けそうな大声で叫ぶな。

 やはり海の女は強い。


 騎士団の船には騎士が四人ほどと、漁師が二人乗っていた。

 俺達の舟に横付けすると、漁師同士、無事を喜ぶ。

 もう一艘の船も、漁船が沈んだのを確認するとこちらに戻ってきた。

 粉雪をかき分けるように、船は進む。

 港には漁師たちが集まっていたが、ホム一家の無事を知ると、歓声が上がる。


「こちらの旦那がお助けくださったんだ。みんな、礼を言っとくれ」


 助けに来た中年女がそう言うと、ごついおばさんやらおじさんがよってきて囲まれる。

 それをどうにかあしらうと、騎士団の一人が代表してやってきた。

 水上警備が仕事だからか、甲冑はつけていない。

 鎧は革の胸当て程度で、水を弾く厚手のフードをかぶっている。


「私、白象騎士団二号隊筆頭代理、エーメスと申します。貴殿の勇敢なる振る舞いによって湖の平和が守られました。団を代表してお礼申し上げます」


 そう言ってフードを脱いで手を差し出してきたのは若い娘だ。

 抜けるような白い肌にブロンドの髪。

 美しいホロアだ。

 メイド族かな?


「なに、たまたま通りがかっただけだが、彼らも無事でよかった」


 と差し出された手を握り返すと、ぴかりと光る。

 あ、来ちゃった。

 この街一発目のご来光。


「煙が上がってから急ぎ船を出したのですが、あなたがいなければ間に合いませんでした。本当になんとお礼をいえばよいか。この港を任されてはや一月、あの者達の身にもしものことがあったらと思うと、まだ背筋が震えます。特に幼いアムを救っていただいたことはなんといっても……」


 あれ、素のままだな。

 もしかして、自分の変化に気づいてない?

 たまにいるっぽいけど、思いつめるタイプかな?


「後ほど、改めてお礼に伺いたい。貴殿のお住まいはいずこか?」

「あ、いや、うちはシルクロード通りの店なんだけど」

「シルクロード通りというと、たしか新興の商店街とか。ご存知かと思うがわが白象騎士団は街の中には入れぬしきたり。ぶしつけながらご招待させていただくという形で……」

「あのぅ、エーメス嬢?」


 と、見かねたホムが割り込んでくる。


「む、どうした、ホム」

「その、お話中もうしわけないんだけどね、あんた、体が光ってるよ?」

「うん?」

「ですから、体が光って……」

「何を言って……う、うわああっ! な、なんだ、この体は!」

「そりゃこっちのセリフですよ」

「な、なぜだ、なぜ体が光っている!」

「そ、そりゃあ、こちらの旦那が、あんたのご主人候補なんじゃないですかね?」

「しゅ、主人!? はっ、ま、まさか! そんな、いきなり急に! え、うそ!」


 エーメスという騎士のホロアは体を光らせながら目を見開いたり顔を赤くしたりして混乱の極みだ。


「まー程度の差はあれ、こうなるからねえ」


 そっとエレンが耳打ちしてくる。

 対応が難しいところだな。


「とにかくお嬢さん、落ち着いて」

「お、お、落ち着いています! 私はいつでも冷静です! ああ、だめ、このお姿を見てると気が遠くなりそう……。なぜ? これが相性というものなのか!?」


 もうちょっと時間がかかりそうだ。


「おい、みんな、エーメス嬢に主人が見つかったってよ!」

「ほんとかよ、そりゃあめでてえ。ホムも無事だったしめでたいことづくしだ。午後の漁はやめて酒じゃ、祝じゃー」


 と周りは勝手に盛り上がり始める。


「あ、あわ、やめ、そんな、わたしはまだ、あわわわわ」


 さっきまできりりと凛々しかった騎士のお嬢さんは、今や見る影もないほどに取り乱している。


「お嬢さん、落ち着いて、まずは深呼吸だ」

「すーはーすーはー」

「いいかい。君が望むなら君を従者として迎えよう。だが、それを決めるのは君たちホロア自身だ。今、混乱して決められないのなら慌てる必要はない。君も騎士としてこれだけの部下を率いる身だ。落ち着いて、じっくりと考えるんだ」

「は、はい」


 周りの盛り上がりとはべつに、彼女はそれで多少落ち着いたようだ。


「貴殿の……名は?」

「そうだった、俺の名はクリュウ、今はしがない商店の店主さ」

「あなたからは……その……今は小さいのですがうちに秘めたとても大きな力を感じます。きっといつかは大きなことを成し遂げるお方とお見受けします」

「君の期待に応えられるかな?」

「あなたならきっと、その時は私があなたの盾となり、槍となりてお力添えしたいと思います」

「騎士団のことはいいのかい?」

「はい。ホロアであればいずれは主人を持つ身。それ故の筆頭代理の立場。皆もわかってくれましょう」

「ならば、俺の従者に」

「はい、永遠に、あなたのおそばに」


 俺は指を裂いて、血を滴らせると、彼女に与えた。

 俺の血を一口含むと、エーメスの体がまばゆく輝き、やがて消えた。

 これにて、新たな従者の誕生というわけだ。


 そういえば紳士ってことは話してなかったな。

 まあ、別にあとでいいか。

 というか、周りが盛り上がりすぎてそれどころじゃなくなったのだ。


「いやあ、めでてえ、ほら、エーメス嬢も、そちらの旦那もじゃんじゃん飲みな」

「いや、まだ私は任務中で」

「従者になったんだ、任務もへったくれもねえ、ほら」

「お、おい、ナグレ、急いで隊長のところに早馬を」

「は、かしこまりました」


 騎士の一人が立ち上がるが、そこを別の漁師に抑えこまれて口に盃を押し込まれる。


「あぶ、ちょ、こまります、わたしは」

「いいからいいから」

「しかし隊長に」

「ほら、隊長さんならあそこに」


 漁師が指さした先には、騎兵が数騎近づいてきていた。

 その内の一人は見慣れた顔だ。

 まずい、隠れよう。

 別に隠れる理由はないけど。


「これ、何を騒いでいる。事故と聞いて慌てて駆けつけたが」

「こりゃあ、クメトス隊長さん、事故の方は丸く収まりまして」


 出迎えた漁師が声をかける。

 人影からそっと覗くと、隊長さんとやらは、俺より一回りは上っぽい貫禄のあるオバサンだ。

 強そうだ。


「エーメスはどうしました?」

「へえ、エーメス嬢もめでたく収まりまして」

「めでたく? 何を言っているのです。これ、エーメス、エーメスはどこです?」

「は、はい、ただいま……」


 とエーメスも駆けつける。


「まあ、あなた、昼間から飲んでいるのですか?」

「も、もうしわけ……これには訳が」

「日頃真面目なあなたが、なんということですか。お客人の前で恥ずかしい」

「客人とは、そちらの?」

「こちら、赤竜騎士団のローン殿。騎馬戦の打ち合わせにまいられたのです」


 そういってローンが一歩前に出る。

 俺は一歩下がる。

 バレてない、バレてない。


「はじめまして、あなたのお噂はかねがね……おや、あなた、その体は?」

「あ、いや、これはその」

「体? あなたまさか」


 隊長さんとやらも驚く。

 主人持ちかどうかは、わかる奴にはわかるっぽいな。

 波長がどうとか。


「じ、じつは、その……こちらの殿方と、成り行きというか、運命の出会いというか、ですね」

「それはめでたい……のですがいきなりですね。とにかく、ご挨拶を」


 別にやましいところはないが、なんとなくローンの視界から隠れていた俺は前に引っ張りだされた。


「お初にお目にかかります、クリュウと申します」

「白象騎士団二号隊筆頭、クメトスです。なるほど、見かけは商人のようですが、内に何やら秘めたお力と主人の器を感じます。エーメスは私の代理としてこれまでよく努めてくれました。彼女も良い主人を選んだようですね。突然の話で驚きましたが、彼女の上司として祝福いたします」

「ありがとうございます。彼女にふさわしい主人となるべく精進いたしましょう」

「よろしくお願いします」


 ローンは俺の方を見ないでエーメスに話しかける。


「エーメスさん、よい主人を得られたようですね。あなたがホロアとして、騎士として大成されることを祈っております」

「あ、ありがとうございます」


 恐縮するエーメスの隣で隊長のクメトスが、


「しかし、こういってはなんですが困りましたね。彼女はうちの早駆けの代表だったのですが」

「よくある話ですね。我が騎士団においても優秀な見習い騎士が、通りすがりの紳士様に従者として引きぬかれてしまいましたもの」

「噂は聞いておりますよ。なんでも東国の紳士で、名は……何でしたかな?」

「あら、私も忘れてしまいました。あなたはご存知です、クリュウ様?」

「勘弁してくれよ、ローン」


 ローンの笑顔がなんだか怖すぎて観念してしまった。


「おや、お二人はお知り合いで? いや、クリュウ……その名はたしか……まさか」

「ええ、この方が紳士クリュウ様です。私の知る限り、ホロアの主人としてもっともふさわしいお方の一人ですわ」

「なんと。竜退治に飛び首退治、あなたの噂はこの耳にも届いておりますが、いや、やはり噂と実物はまた似て非なるもの。しかし、紳士様であるにしては、あまり力を……」

「ちょっとわけがありまして、こうして隠しておりまして」


 と指輪を見せる。


「むう、紳士ともあろうお方が身を偽るとは?」


 なんと答えたものか思案していると、ローンがフォローしてくれた。


「決してやましい理由ではありません。この街には玉の輿を狙う、いささか尻の軽い娘共が多くありましょう。いかな紳士様といえども、日々そのような娘共に追われるのは、本意ではありますまい。まして試練を控えた身では」

「なるほど、それもごもっともで」

「申し訳ない」

「いや、そのような身分は抜きにして、主従の近いを果たしたのです。エーメスはかならずや良い従者となりましょう」


 とクメトス隊長は納得してくれたが、エーメスは俺が紳士と聞いて驚いていた。


「ご主人様は、紳士だったので?」

「まあ、そうなんだ。詳しい話はあとでな」

「どうりで、何か人とは違うお力を感じましたが、まさか紳士であったとは……」


 漁師たちは勝手に飲み始めてやかましくなってきたので、俺達はその環を離れる。

 船は面倒なのでその場に置いて、明日取りに来ることにした。

 エーメスについて一度詰め所に移り、何やら手続きをする。

 要するに騎士団を抜けるための、引き継ぎだのもろもろの準備だ。

 オルエンやレルルのような見習いと違い、正式な騎士であるエーメスは団を抜けるにあたって、それなりに段取りが居る。

 後日、白象団長の立ち会いのもと、儀式をするらしいが、今日のところは仮で抜けるような形になったらしい。

 要するにそれをしないと白象騎士団のままでは騎士として街に入れない。

 街に入れないと、うちに来れないわけで、それは困るからな。

 私服に着替え、彼女の愛馬だけを連れて行くことにする。


 というわけで、晴れて従者となったエーメスをつれて家に帰る。


「あら、船はどうしたんです?」


 と表で掃除をしていたアンが出迎える。


「ちょっと港においてきてね」

「まあ、船がそちらのお嬢さんに化けたのかと思いましたよ」

「似たようなもんだ。彼女はエーメス。今日からうちの従者だ」

「ようこそ、私はメイド長のアンともうします。よろしくおねがいしますね」

「エーメスです。騎士として我らが主人の盾となり、槍となる覚悟です。なにとぞよろしくお願いします」

「騎士なのですね。うちには他に二人、騎士がいます。仲良くしてください」

「二人も。先ほど少しお話を伺いましたが」

「おや、ちょうど戻ってきたようです」


 通りの向こうから薪を担いだ二人が戻ってきた。


「いやー、今日もまた値上がりしてて困るであります。物価上昇で我が家の家計は火の車で……ってあーーーっ!」


 といつもの三割増しで雄叫びを上げて驚くレルル。


「む、貴殿は!」

「は、は、白象の! なんでありますか! どうしてご主人様は私を驚かせるような御仁ばかり連れて来るでありますか!」

「何だ知り合いか?」

「むう、まさかと思いましたが、赤竜の見習いとは貴殿のことか」

「そっちこそ何しに来たでありますか!」

「ほらほら、ふたりとも落ち着いて。今日から姉妹分なのですから」


 とアンが間に入る。


「な、な、なんですと! まさか、いや、しかしローン殿の時は勘違いだったわけで、まさか今度も」


 レルルは混乱したままだが、エーメスの方は持ち直したのか、改めて頭を下げる。


「ほ、本日付を持ちましてクリュウ様の従者となりました。よろしくお願いします」

「ななな、なんですとー!」

「過去の遺恨は水に流し、せ、先輩としてご指導、御鞭撻の程を……」

「むぐぐぐぐ、な、なぜに、なぜに」

「レルル……先輩として……いうことがあるでしょう」


 とオルエンに怒られる。


「あうう、そ、そうでありました。わ、私も、至らぬところはありますが、ともに、主人を盛り立てていきましょう、であります」


 そういっていやいや握手する二人。

 ついでオルエンが前に出て、


「同じく、騎士として……共に主の……盾となり、槍と……なりましょう」

「はい、かならずや」


 こちらは普通に握手。

 いやあ、前途多難だなあ。

 まあ細かい話は置いといて、

 エーメスと本格的に契約するとしよう。




 というわけで、した。

 いい塩梅でした。

 うっとりと余韻に浸るエーメスを置いて、レルルに話を聞く。


「自分は、二年ほど前までアルサに赴任していたであります。そこでいちど騎馬戦に、といっても出場はしていないのでありますが、ベークス殿の付き添いとして参加したであります」


 ベークスっていうと、レルルと初めてあった時のあの先輩騎士か。


「その折に、敵方の付き添いとしてエーメス殿がいたのであります。当時はまだ互いに見習いの身、そこでお互いに気負いすぎたというか、若気の至りで口論になり、騎馬戦の後にお互いに早駆けの一騎打ちを……」

「それでどうなったんだ?」

「結果は互角で、再戦を期して別れたのでありますが、その後私は転属になり、有耶無耶に……」

「なるほどねえ」


 まあ、若いうちはそういうこともある。

 しかしエーメスはレルルに匹敵するほどの早駆けなのか。

 レルルは槍をもたせればまごうことなきへっぴり腰の頼りない騎士だが、馬にかけては誰にも引けをとらないと思ってたんだがなあ。


「そうでありますか、彼女は今、二番隊の筆頭代理を、敵ながらあっぱれであります」

「敵じゃないだろう」

「そ、そうでありました! どうにも自分はダメでありますな」

「気にするな、修行は毎日頑張ってるじゃないか」

「そうではありますが、未だなにも身につかず……、日々道場で木剣をふるうも、町人の子女に打ちのめされる始末。これではとても試練の盾とはなれませんであります」


 まあ、実際弱いからなあ。

 今のままだと、レルルをメンバーに入れるために、それをフォローする人員を増やさなければならないぐらいだ。

 それでは本末転倒な気もするけど、試練ってのは別に効率よくダンジョンでお宝を回収するのが目的じゃないだろうしなあ。

 実際はどうなのか、わからないけど。

 あるいは力のみが正義って路線なのかもしれないし。

 幾つか試練の塔はこなしたが、どれもパターンがバラバラで良くわからなかった。

 作った女神もそれぞれ別なら、コンセプトも塔ごとに違うのかもしれないな。


 そこに紅と燕がやってくる。

 二人は二階で新しく出来た棚に、夏物の衣類を仕舞いこんでいたようだ。


「お、いいところに来たな」

「どうしたの?」


 と燕。


「試練の塔ってどういうコンセプトで作ってるんだ?」

「さあ、あれってなんで作ってるんだっけ? 私はご主人ちゃんになにかあげようと思って作ったはずだけど」

「そうなのか?」

「それをみすみすよそに取られちゃってる人もいましたけどー」


 藪蛇をつついたようだ。


「それは謝っただろ!」

「そうだっけ? 女神の時のことはあんま覚えてないからなー、わからないわ」

「またそんな都合のいいことを」

「それより、新人の子、どうしたの? 待望の私の後輩でしょ?」

「今休んでるよ」

「やっぱ痛かったんじゃ」

「そんなことはない! かも知れない。だいたい、お前の体って人形なんだろ? そこまで痛かったりするのか?」

「そりゃあ、これだけ精巧に出来てればね。内臓を除けばわりと有機体に近いわよ。今は接合面も見えないでしょ?」


 と胸元を開いて見せる。

 たしかに素体の時にはあった、体のラインが消えている。


「生身の頃のことはあんまり覚えてないけど、多分同じだと思うわよ?」

「おまえ、女神の前は生身の人間だったのか?」

「……たぶん、そうじゃないかなーと思うんだけど」

「どうやって女神になったんだ?」

「うーん、っていうか、女神なんかになった覚え無いのよねー、勝手にこの星の連中が女神として崇めてただけじゃないの?」

「そうなのか?」

「いや、でも、うーん、アウルってのがいてね、あれが行くって言って、それでエムネアルもついてって、うーん、あれってなんの記憶だろう?」

「アバウトだな」

「もう、どうでもいいじゃない! 無理に思い出そうとすると、なんかイライラするのよ」

「そうか、そりゃすまん」

「そうそう、せっかく今、ここに居るのに、過ぎたことなんてどうでもいいじゃない。私は生まれたての人形の従者で、あなたは主人。周りには姉妹がいっぱいいて、毎日おいしい物を食べて、夜はウハウハして、面白おかしく暮らすの。その為に私は生まれたのよ!」

「そりゃもっともだ。じゃあ、ちょっと早いが酒でも飲むか」

「いいわね、支度してくる」


 と紅と二人で土間に降りていった。

 入れ違いにエーメスが起きてくる。


「申し訳ありません、少し眠ってしまったようです」

「気にするな、うちはだいたいこんなペースだ。今から酒盛りするからここに座れ」

「もうですか? まだ、外は明るいようですが」

「すぐに日もくれるさ。ぼちぼち残りの連中も戻ってくるぞ」

「まだ、従者がおられるのですか」

「ああ、おまえで二十六人目だからな」

「そ、そんなに! うちの小隊より多いですよ!」

「色々いるからな、おっと一番元気なのが帰ってきた」


 表からフルンが飛び込んでくる。


「ただいまー、ご主人様! 雪! 雪降ってきたー!」

「おう、おかえり。本格的に降りだしたか」

「うん、オルエン、また雪だるまつくろう!」

「それよりも……こちらに来なさい。セス……たちは?」

「もう来るよ。表で集会所のおじさんとお話してる。ってあれ、お客さん?」

「いいえ、新しい従者の……エーメス……です」

「ほんと!? やったー、はじめまして、私フルン! よろしくおねがいします!」

「は、はい。よろしくお願いします」


 飛びつかれて目を丸くするエーメス。


「エーメスは騎士? 騎士でしょ! なんか動き方がオルエンと一緒」

「そ、そうです。このたび白象騎士団を脱退し、クリュウ様の従者となりました。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね! ねえ、もうご主人様とエッチした?」

「え、あ、その、は、はい」

「じゃあ、次は私とすごろくだね、あのねー、私達が作ったんだけどねー、すごい大人気だからきっとエーメスも気にいるよ!」

「す、すごろく?」

「ご主人様、ウクレたちは?」

「ウクレはまだデュースと一緒にフューエルんとこだろ。アフリエールたちは裏で洗濯じゃないか」

「わかったー、ほら、はやくはやく」

「あ、は、はい」


 エーメスは引っ張られていった。

 入れ違いに紅と燕が戻ってくる。


「彼女もフルンの洗礼ですか」


 と紅。


「フルンっていつもあれやってるの?」


 同じく戻ってきた燕。


「最近はずっとだな」

「でもほら、あれのお陰でどうやって馴染もうかとか考えなくて済むわよね」

「そうかもな。そいやエンテルとペイルーンはまだ馬車か?」

「机に張り付いてたみたいよ。呼んでくる?」

「いや、腹が減ったら勝手に出てくるだろ。それよりもそのウマそうなやつを早くくれよ」

「そうそう、これ昼間モアノアが買ってきた干物だけど、みてよこの脂身。うまそー」


 と、ちょっと早めの晩酌となる。

 焚き火の周りで一杯やりながら、テーブルですごろくをするエーメスを見る。

 だいぶ翻弄されてるようだが、一生懸命遊んでいるようだ。

 しばらくするとデュース達も帰ってきた。

 買い出しに出ていたカプルとメルビエも一緒だ。

 これで全員揃ったな。


 さて、もう一度自己紹介のやり直しか。

 今夜は長くなりそうだ。

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