第117話 白象騎士団

 我が家の二階は湖側の三分の一がロフト風になっている。

 元々は、ここから手動のクレーンが伸びていて、舟からおろした荷物を馬車に積み直していたそうだ。

 今もロープは外してあるが、滑車のついた太い柱が外に向かって伸びている。

 使い道はそのうち考えるらしい。


 近いうちに壁を張る予定だが、今日の時点ではまだ壁がなく、これでもかと言わんばかりに湖が見渡せる。

 せっかくなので、小さなベンチを置いて、ロフトから湖を見下ろしていた。

 今日は天気が良いせいか、湖の対岸までよく見える。

 丸い湖の対岸は、なだらかな曲線を描いている。

 対岸まで随分と離れているが、あちらにはまだ行ったことがない。

 そこから視線を東の方、向かって右奥に移すと、エッサ湖に流れ込むエント河の河口があって、周辺には漁村があるそうだ。

 さらに奥方向には雪を冠した山々が連なっている。


 また、左手の方には畑と農村が広がっている。

 その遥か先は地平線まで森が続く。

 森の向こうは、隣国のシャムーツ国だ。

 かつてはこの辺りの領有を巡って何度も争った国らしい。

 今は国境をはるか西に移して安定しているという。

 噂の白象騎士団は、シャムーツとの国境を守るために結成された騎士団らしい。


「五百年ほど前のことです。元騎士であり出家して敬虔なる僧として知られたジャムオックは啓示を受けたそうです! 白い象に乗った女神セフウルが彼の夢に現れ、騎士団の結成を命じたのです。そこで彼は僧侶としての地位をすて、再び槍を携え、諸国を旅して仲間を集めたのです!」


 グラス片手に景気よく語るのは隣に座る僧侶のレーン。

 レーンはこういう話が好きだからな。


「初めに見つけたのは、ボロをまとったみすぼらしい男でした。だが、その瞳に宿る熱い魂に感じ入ったジャムオックは彼を最初の騎士として迎えます。その名はクーモス」

「ふむ」

「その後、ジャムオックはお告げに従い百人の騎士を集めました。と言ってもそのメンバーには正規の騎士は一人もおらず、農民や浪人者、はては盗賊までいたそうです」

「アバウトだな。ウチみたいじゃないか」

「そうですね! で、百人の騎士を引き連れてジャムオックは船に乗り込みます。当時はこのアルサの港もシャムーツの領土だったそうで、まだ小さかったコンザで船に乗ったのではないかと言われていますが、詳細は不明です」

「メイフルが商談をしたあそこか、今はでっかいのにな」

「百人の仲間と船に乗ったジャムオックは白象をあしらった旗を掲げ、一路西を目指します。目指すは敵の拠点、ヘンツーク砦。ここを落とせばシャムーツは東への橋頭堡を失い、前線は百キロは後退するでしょう! いざすすめ、ジャムオック!」

「盛り上がってきたな」

「彼らを祝福するかのように海は凪、空は青。視界に映るは海鳥のみ。だが、水夫が声を上げます、島が見えるぞ!」

「ほう」

「船乗りは誰もその島を知りません。この海域はいつも海が荒れ、漁師たちも近寄らぬ魔の海域と呼ばれていたのです。古い海図を取り出し調べると、名前がわかります。ルタ島、海図にはそう記されていました!」

「ほほう!」

「それは伝説の島。かつて女神ネアルが降臨し、神殿を築いた場所。八つの試練を与えられた紳士を祝福した、試練の島!」

「ほうほう」

「荒れ果てた島に一行が上陸すると、一人の娘が出迎えます。それは絶滅していたと思われたメイド族のホロアでした」

「え、メイドって絶滅してたの?」

「少なくとも当時、この辺りにはいなかったそうです。千年前の大戦で大半が死に絶えたそうで、その後もほそぼそとは生まれていたらしいのですが、神殿やお城で大切に保護されていたのだとか。今でも少数種族に比べても数は少ないですが、はるか昔には人間より多くのホロアがいたそうですよ」

「なるほど」

「さて、彼女は言いました、ようこそお越しくださいました、紳士様。我々は貴方様のお越しをお待ちしていたのです、と」

「紳士?」

「そうです、ジャムオックが最初に仲間にしたボロをまとった男、クーモスこそが紳士だったのです。彼はそこで八人のホロアを従え、試練を突破し、ホロアマスターの称号を得たのです」

「ふむふむ」

「また、他の騎士たちもそれぞれに自分に従うホロアを得て、一行は血気盛んに敵地を目指します。ホロアマスターとなった紳士と、従者を従えた騎士はまさに無敵! 砦の敵を物ともせず、わずか百騎とその従者だけで砦を落としたのです」

「むーん、かっこいいな!」

「その後、ジャムオックはアルサの領主となったそうです。今はこの街は国の直轄で有力者による合議制が敷かれていますが、彼の残した白象騎士団は今も町の北にあってこの辺りを守護しているのです!」

「いい話じゃないか」

「はい! ジャムオックの物語はこの国では有名ですね!」

「そうですねー、そしてシャムーツでは今も、子供をしつけるときに、いい子にしていないとジャムオック鬼が出るぞーといって怖がらせるんですよー」


 いつの間にかロフトにあがって来ていたデュースがフォローを入れる。


「らしいですね! 当方の英雄は敵国の悪魔、よくある話です!」

「だろうなあ」

「物語はそこでめでたく終わるのですが、ジャムオック自身の晩年は恵まれなかったようですね!」

「そうなのか」

「無二の親友となった紳士クーモスは彼の元を去り、ならず者の集まりであった騎士団は、他の騎士団や貴族との関係もうまくいかず、解散の危機が訪れます。それを解決すること無いまま、彼は病に倒れ、帰らぬ人となったとか」

「それで騎士団はどうなったんだ?」

「その後、解散したようですね。今ある騎士団は、二百年ほど前に再結成されたものだとか」

「そりゃ気の毒に」

「ですが、話はここからです」

「うん?」

「ジャムオック率いる白象騎士団は、ルタ島でホロアたちから莫大な財宝を譲り受けたというのです。その財宝は今もこの土地に眠っているとか」

「おお、ありがちな話になってきたな!」

「全くです! ですが、騎士団の解散も、その財宝を狙って当時の国王と精霊教会が画策したのではないかとも、言われていますね」

「教会もかよ! っていいのか、僧侶としてそんなこと言って」

「もちろん、よくはありません! ですが噂を語る口を権威を持って止めることは不可能です!」

「そりゃそうだ」

「ですから、この辺りには白象騎士団の隠し財産を探しまわる輩が多いそうですよ」

「隠された財宝ってロマンだよな」

「そうですね。これも噂ですが、毎年行われるアウル神殿の地下迷宮の探索は財宝探しが目的ではないかと言われていますね」

「ほほう、そりゃあんまりロマンじゃないな」

「もっともコチラは眉唾ものですが。暇を持て余しているようなら、そういうことに打ち込んでみるのもよいでしょう」

「ふむ。でも、もしあったとしても騎士団が解体された時に持って行かれてるんだろうな」

「でしょうね。そちらの記録を調べるほうが近道かもしれませんね!」

「でも、それを調べたって一Gも儲からんだろう」

「知的好奇心が満たされるではありませんか!」

「腹が満たされてる時に考えるよ」


 しかし宝探しか。

 冒険の動機としては悪くないよなあ。

 あとは宝の地図でもあればいいのに。


 ベランダから下を見ると、桟橋を兼ねている裏庭で、料理人のモアノア達が洗濯物を干していた。

 二十人以上も居ると大変だよなあ。

 洗濯かごを載せたガーディアンのクロがちょこまかと走り回っている。


「ご主人さまー、お客さんだべ」


 ロフトの向こうから顔を出したメルビエが俺を呼ぶ。

 巨人のメルビエはちょっと背を伸ばすと二階まで顔が届くのだ。

 逆に裏庭に出るには、少しかがむ必要がある。


「おう、どちらさん?」

「ご婦人だども、お名前はロンだとかいってるべぇ」

「ロン?」


 おりてみると、見知った顔だ。


「ごきげんよう、紳士様」

「ローンじゃないか、久しぶりだな。元気かい?」


 立っていたのはエディの参謀役である、騎士のローンだった。

 飛び首退治の時には何かと世話になった相手だ。


「まあ、入ってくれよ。まだ、うちも作りかけなんだけどな」

「変わったおたくですね。あなた以外の紳士では、ちょっと想像がつきませんけど、こういう家もありなのでしょうか」

「住めば都ってね。どうだい、いい眺めだろう」


 壁のない吹きさらしの裏庭越しに見える湖を指さす。


「大胆な間取りですこと」

「お気に入りさ。今お茶を……って上の連中は降りてこないな」

「お構いなく」

「モアノアを呼んできて……あら、いないな。さっきまでいたのに買い物か? よし、俺が淹れるか」

「まあ、紳士様が?」

「こう見えても、数年前までは一人暮らしでね。炊事洗濯お手の物ってね」


 ティーポットにぞんざいに茶っぱを摘んで、焚き火にかかったやかんからお湯を注ぐ。

 市場で偶然見かけた緑茶だ。

 コーヒー同様この国のものではないが、一部の愛好家が好んでいるらしく、少し高いが普通に手に入る。

 ちょっと癖が強いが甘みもあって、概ね煎茶といえる。

 支度をするうちにデュースとレーンが降りてきたので来客用の茶碗を出してもらおうと思ったら、二人は場所がわからないらしい。


「こまりましたねー、ちょっと探してみましょー」


 と慌てて台所をひっくり返す。

 あとでモアノアに怒られなきゃいいけど。

 どうにか茶碗とお茶請けを探しだす。


「すまんな、ごちゃごちゃしてて」

「ふふ、これではダンジョンの詰め所のようですね」

「似たようなもんだ。さあ、まずは一杯」


 と淹れたてのお茶を勧める。


「では……おいしい。これは南方の?」

「産地はどこかな、うちの故郷ではよく飲むやつでね」

「これは珍しいものを」


 しばし一服しながら、近況などを交わす。


「ところで、今日は急ぎの用事かい?」

「いえ、しばらくこちらにいますのでご挨拶に」

「そりゃまたご丁寧に。例の神殿地下の探索でエディが乗り込んでくる露払いかい?」

「それもなくはないのですが、どちらかと言えば、祭りの騎馬戦の準備ですね」

「騎馬戦? ああ、白象騎士団との?」

「ええ。このところ二年連続で負けておりますので。今年は新団長の面目をかけて勝つのだと、エディも鼻息を荒くしていますから」

「なるほど、目に浮かぶよ」

「おそらく年内いっぱいは居ると思いますので、また遊びに来てもよろしいでしょうか?」

「もちろん、次は旨い酒を用意して待ってるよ」

「楽しみにしています」


 お茶を飲みながら、しばし談笑するが、やはりあの話題には触れておくべきだよな。


「妹さんのことも、聞いてもいいのかな?」

「もちろん。聞いていただけなければ、太ももを三回までつねっても良いとエディに言われていたんですよ」

「ひどいな」

「ふふ。それで妹のエンシュームですが、今は国に帰ったそうです。闇雲に結果を求めるのではなく、徳を積むことを目標として励むと申しておりました」

「エライな。俺は島にも渡れずに、こんなところでぐーたらしてるわけだが」

「いいえ、あなたが名誉よりも従者の身を案じて取られた行動は、知る者は皆知っておりますよ。先ほどの巨人の娘がそうなのでしょう? エディから巨人を従者にときいた時はさすがに驚きましたが、こうしてみると実に自然にあなたの従者となっている。不思議なものですが、それも当然なのでしょう」

「やけに褒めるな。実はまだなにか話が残ってるんだろう」

「あら、お見通しでしたのね」

「策士策に溺れるというからな」

「戒めましょう。実は……」


 ローンの話によると、何やら、この近辺にゴーストが出るらしい。

 ゴーストとは、主人を得ることがかなわずに死んだホロアが迷い出た、幽霊のようなものだという。

 こいつは主人をもつ従者や紳士などが倒す、というよりも触れてやるぐらいでいいようだが、そうすることで成仏でき、再びホロアとして生まれてくるのだとか。


 俺も過去に成仏させてやったことがあるが、そうした由来のせいか、お化けとはまた違う物悲しさのようなものを感じたものだ。


「で、そのゴーストなのですがだれでも成仏させられるわけではありません。私どもの中でも従者をもつ者やその従者が出向いて成仏させてやるわけですが、この一月だけで三件近くも確認されておりまして」

「それは多い方なのか?」

「はい。かつての大戦時にはいたるところにゴーストが漂っていたとも聞きますが、今は主人の得られなかったホロアは教会で保護して死後に成仏させております。それを拒ばみ、放浪の後に死ぬものがいたとしても、精々年に一件あれば良い方ですので」

「そうなのか、ってことは最近死んだホロアじゃないのかな?」

「おそらくは……。どこかの遺跡などで集団で死んだゴーストが取り残されており、それがさまよい出てきたのではないかと考えております」

「なるほど」

「本来ならば教会と騎士団で解決すべき問題ですが、何しろ発見箇所がまばらで、情報も断片的とあり、対症療法しか取れぬ有り様。そこで、手数を増やすべく、信頼のできる筋に協力を求めようという話になりまして」

「で、うちに来てくれたわけだ」

「ええ、一番に参りました」

「嬉しい事を言うねえ。それよりもゴーストは俺も一度あったことがあるが、あれは早く成仏させてやりたいものだな」

「その通りです」

「具体的に何をすればいいんだ?」

「発生源は我々が捜索中です。もし、この近辺で発生した場合は番所などから依頼が来るかと思いますのでご協力をお願いしたく」

「ああ、皆にも話しておこう」

「よろしくお願いします。それでは、そろそろおいとまします。お茶はおいしかったですわ」

「また飲みに来てくれ」

「ええ、必ず」


 ローンを送り出そうと席を立つと、ちょうど買い出しに出ていたオルエンとレルルが戻ってきた。

 薪を背負子に山盛り抱えたレルルが、


「いやー、寒波の予想が出たせいか、薪の価格が上がっておりまして往生したでありますよー、ってぅわぁ、ロロロ、ローン殿、なぜここに!」

「おいおい、客人に失礼をするもんじゃないぞ」


 とたしなめるとしどろもどろになる。


「も、申し訳ありませんであります!」

「ローン、今日は……何用で?」


 こちらはオルエン。


「しばらく駐留しますので、そのご挨拶に」

「もう……帰るのですか?」

「ええ。午後は会議がありますので。この時期はどこも忙しいものでしょう」

「いかにも」

「また、遊びに来たいのだけれど、レルルは許してくれるでしょうか?」

「は、はい、もちろん! お待ちしておりますであります!」

「ありがとう、では紳士様、ごきげんよう」


 そう言ってローンは去っていった。


「ローンは……なにか依頼に来たのでは?」


 とオルエン。


「まあな。あとで話すよ。それよりも荷物をおろしてくつろいでくれ。重かっただろう」

「いえ、重さは……それよりも、冷えて……きました。明日あたり……降るのでは?」

「そうか、参ったな。去年だとちょうど祭りの時期だよな」

「はい、もうすぐ……この街でも祭が……始まります。雪の祭りは……この街でも……珍しいそうですが」

「あれからもう一年か」


 祭りの間にリプル、レーン、ウクレの三人をゲットして、さらにエンテルとデートして親睦も深めたからな。

 今年の祭りも頑張りたいところだ。


「祭りの最後は……騎士団の騎馬戦……です。エディも……さぞ張り切っているでしょう」

「みたいだな。応援にいかんと」

「はい。私も……ここの騎馬戦は……初めて見ます。たのしみ……です」

「レルルは見たことあるのか?」


 と話しかけると、レルルは俯いて何やらブツブツ言っていた。


「どうした、そこまで落ち込むほどのミスじゃないだろう」

「え、あ、はい。申し訳ありませんであります、ちょっと考え事を」

「そうか」

「と、とにかく荷物を下ろしてくるであります」


 そういって二人は裏から出て行った。

 薪は隣の馬小屋に積んである。

 力仕事は巨人のメルビエの担当になったっぽいが、全部一人でやるわけにもいかないしな。

 今はうちのリフォーム資材の運搬にかかりっきりなので、メルビエも忙しいのだ。

 今日も朝から外壁用のレンガを買いに行っている。

 さっきはちょうど戻ったところだったのだろう。

 裏庭には赤いレンガが積み上げられている。

 この辺りの建物は外壁にレンガを使っている。


「その土地に合わせた作りをするのが、家の基本ですわ」


 とカプルは言う。

 もっともな話だ。


 しかし、海沿いの家って漆喰とかの真っ白いイメージがあるけど、このへんは赤いレンガが多いな。


「漆喰は高級品ですもの、おいそれとは使えませんわ」

「そうなのか?」

「主に魔界から輸入するしかありませんから、仕方ありませんわね。地上でも取れるところがあるんですけども」

「へえ、じゃあレンガはどうやって固めてるんだ?」

「粘土ですわ。膠などを混ぜて固めますの」

「ほほう」

「ご主人様の故郷では漆喰が中心ですの?」

「昔はな。今はセメントばっかりだな」

「セメントとは?」

「えーとなあ」


 久しぶりにスマホを取り出して調べる。


「石灰と粘土を焼いて粉末にするのか、知らなかった。この粉を水で練るとカチコチに固まるんだ」

「それは素晴らしいですわ」

「えーと他にも古代コンクリートと近代コンクリートってのが、むう、ややこしいな」

「もっと詳しくおねがいいたしますわ!」

「えーとだなあ」


 というわけで、しばらくセメントについて調べることになった。


「一度、奮発して石灰を仕入れてみますわ。場合によっては、魔界に行ってみてもいいですわね。ゲートからすぐに潜れる国もあると聞きますし」

「そうなのか」

「ええ、楽しみになってきましたわ」


 とカプルは鼻息を荒くする。

 なんか大変なことになってきたな。


 改めてレンガの山を見る。

 この街は赤い。

 横浜の赤レンガ倉庫みたいなイメージと思えばいいだろうか。

 そういえば赤竜騎士団も赤だな。

 かつて、この街を支配した白象騎士団は、今では異物のように排斥されているという。

 一度は解散したとはいえ、再結成したのなら白象騎士団が守っていても良さそうなものだが、白象騎士団はあくまで外敵の備えに徹しているらしい。


「プライベートを除けば、白象騎士団は甲冑を纏ったまま、街に入ることが禁じられているのであります」


 と荷物をおいて着替えてきたレルル。


「へえ、そうなのか。なんでまた」

「ご主人様はかの騎士団の由来はご存知で?」

「あらましはな」

「諸説ありますが、いささか不名誉な形で解散した騎士団でありますから、やはり憚られるというのが理由のようであります」

「しかし、それなら再結成とか言わずに、新規に騎士団を作ればよかったんじゃないのか?」

「なかなかそうはいかないであります。騎士団の結成は町内会とは別でありますよ。その由来、神の啓示、使命、そういったものが揃わなければ騎士団は作れないであります」

「ほほう」

「現在の白象騎士団の礎は、テンチラ領の領主サーザーク公三男、エスタ・サーザーク卿が神の啓示を受け、当時の国王、ロブロア四世に願い出て結成されたのであります。その際に、神より授かった使命が面白いのでありますが、わが家の裏に広がるエッサ湖を守るのが、彼らの使命だとか」

「街じゃなくて湖か」

「はい。これは当時すでにアルサを含め、湾岸沿いのすべての地域は赤竜騎士団が守護しておりましたので、それを避けるための方便だろうと言われておりますが、実際のところはわからないであります」

「ふむ」

「つまり、町はすでに赤竜騎士団の管轄でありますが、彼らのホームはこの土地であります。ですから、そのような形で折り合いをつけたのかと言われておりますであります」

「なるほど」


 色々あるもんだな。

 そういえば、先日湖でボートの訓練をしているのを見かけたな。

 あれも湖を守るという使命の一環なんだろうか。


「ところで、赤竜騎士団の使命はなんなんだ?」

「それは、穴をふさぐ、であります」

「穴? なんの穴だよ」

「あ、穴というのはもちろん、地面に開いている穴でありまして、決していかがわしいものでは」

「いかがわしいのはお前の頭だ」

「も、申し訳ないであります」

「つか、穴ってダンジョンのことか」

「もっと言えば、魔界までつながるダンジョンのことであります」

「ほほう」

「赤竜騎士団は古来より、魔界との入り口を封鎖してきたであります。エツレヤアンの神殿、ここのアウル神殿の地下洞窟、他にも色々ありますが、もとはそうしたところに砦を築き結界を張り、守護してきたであります」

「そうなのか」

「それ故に国防という観点では外敵よりも魔界への備えが主目的であり、教会との結びつきも強く、結果的に王国内でのパワーバランスの点ではいささか特殊な立場であります」


 まあ、来るかどうかもわからない魔物を結界張って守るだけだと、前線で戦ってる連中よりは立場が弱くなったりするのかな。


「あれ、でもオルエンは以前は北方砦とかで、北の国と戦ってたんじゃ?」

「あ、それはでありますね、説明すると長いのでありますが……」

「北方砦にはアンブロアの大穴があるんですよー」


 さっき散らかした台所を片付けていたデュースがやってくる。


「アンブロア?」

「世界最大と言われる大穴ですね。その直径は数百キロといわれ、対岸が見えませんー。魔界までつながる通路としてはおそらく最大のものですねー」

「そうであります。現在、その領域はほとんどがローゼル領となっておりますが、一部はスパイツヤーデ国内にはみ出しております。北方砦はそこを守るのが目的で、結果的にローゼルとのもっとも激しい前線となっているのであります」


 とレルル。


「なるほど、そんなものが」

「昔、ローゼル側から潜ったことがありますけどー、あの周辺は魔族との交流も盛んでー、面白い土地でしたねー」

「交流してるのか」

「はいー、高さにしたら三キロ程でしょうかー、シニアダの大坂という斜面をひたすら下ると魔界に出ますねー、あのあたりはズンブという国があって栄えていましたよー」

「魔界も行ってみたいなあ」

「面白いところですよー、一部を除けば特に地上より危険なこともありませんしー」

「そ、そうなのでありますか? 魔界は魑魅魍魎うごめく異界だと……」


 とレルル。


「そんな訳ありませんよー。プールやオーレのような人が普通に暮らしている世界ですからー」

「そ、それもそうでありますな」


 騎士団にも色々といわれがあるんだな。

 なんだか白象騎士団に興味が湧いてきたが、さて、どんな騎士団なんだろう。

 街にいないんだと、なかなかお近づきにはなれそうにないけどなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る