第116話 果物屋

 朝から大工のカプルが図面片手にうちの中を動き回っている。

 壁を張り、床を起こすための準備らしい。

 床はともかく、壁は早くほしいよなあ、と思うんだけど、壁作りに必要な職人がまだ確保できないらしい。


 この倉庫は十分に広いが、豪華なベッドを人数分用意できるほどではない。

 結局、板張りの床に布団を敷いて雑魚寝になる予定だ。

 広くはなったが、エツレヤアンのあの狭い家と基本的には同じスタイルだ。

 まあ、キングサイズのふわふわベッドをひとつぐらいはおいてもいいかもしれない。


 なんにせよ、邪魔しちゃ悪いので、今日も散歩に行こう。

 テントのひとつが物置になっていて、皆の服や装備がしまってある。


「今日はかなり寒いようですから、しっかり着て行ってくださいね」


 取り出したコートやマフラーを俺に着せながら、アンがそんなことを話す。


「ちょっと着過ぎじゃないか?」

「暑かったら脱げばいいんですよ。そのためにお供も連れているんですから」

「そうは言うけどなあ」


 姿見の前で着膨れした自分を眺める。

 まあいいか。


「指輪はどうなさいます?」

「ああ、あれな。もちろん、つけてくよ」


 指輪とは、黒の精霊石で作った指輪だ。

 黒の精霊石には、精霊力を吸い取る力がある。

 これを身につけておけば俺の体から醸しだされる紳士パワーも吸収されてしまうようだ。

 つまり傍目には紳士とわからない。

 わからないとどうなるかといえば、追っかけのお嬢さんがたに見つからなくて済む。

 あと、エツレヤアンにいた頃と違って、俺もそれなりに有名になったらしいので、絡まれるんだよな。

 正直めんどくさい。

 というわけで、正体を隠して生きることにした。

 ようは見ず知らずの人間に、紳士だ紳士だと指差されるのがいたたまれないというかなんというか。

 芸能人ってこういう気分なんだなあ、と思ったわけですよ。


 指輪をつけて、騎士オルエンと牛娘リプル、謎のホロア・オーレを連れて散歩に出る。

 リプルとオーレは俺の両サイドで腕を組み、オルエンは一歩遅れてついてくる。

 このスタイルからしてすでに目立ちそうだが、女の子を複数侍らすのは別にこっちの世界じゃそこまで珍しくないようなので問題ないだろう。

 でも、余った男はどうしてるんだろう。

 ……いかんいかん、ちょっと調子に乗ったことを考えてたな。

 俺も日本にいた頃は余ってる側だったのに。


 俺のそんな考えをよそに、オーレなどは「デート、デート」と嬉しそうに歩く。

 残りの年少組のうち、フルンは道場、アフリエールはエンテルのお供で学校のはずだ。

 ウクレは御札の注文が大量に入ったからと、今日は手伝いに回っている。

 撫子は牛娘のピューパーちゃんと遊んでいるのをさっき見かけた。


 シルクロード商店街から、町の外へと続く西大通にでる。

 そこから街の外に向かって歩き出す。


「ご主人様、どこにいくんですか?」


 腕を組んだリプルが俺の顔を見上げて尋ねる。


「どこ行こうか、とりあえずこの先はまだ行ったこと無いんだよ」

「この辺りはよくフルンと遊びます。次の交差点から左は住宅街で、右はエッサ湖の湖岸です」

「ほほう」

「尖塔のある大きな建物がうちから見えますよね。あの横の公園のあたりです」

「へえ、あれか。じゃあ行ってみるか」


 とそちらの公園に向かう。

 少し歩くと、すぐに小さな公園に出た。

 湖に面しており、見晴らしもいい。

 おもむろにオーレが靴を脱いで水際でバチャバチャと遊びだす。

 すごく冷たそうなんだけど、寒いのが大好きなオーレは実に楽しそうだ。


「昨日はフルンも一緒に飛び込んでたんですよ」


 と呆れ顔のリプル。


「頑丈だよなあ」

「あの二人はいいけど、ナデシコまで一緒に入りたがるので止めるのが大変なんです」

「ははは、撫子もあれでなかなか腕白だからな」


 楽しそうなオーレを眺めながら、公園でボーっとしていたら、湖の方から号令が聞こえてきた。

 みると、騎士団がボートに乗ってなにかやっている。


「カッター訓練……でしょう。私も昔……やりました」


 とオルエン。


「ボートか。速いもんだな。あれで戦ったりするのか?」

「いえ……あれは移動や救助など……水の上では……騎士はあまり戦えません」

「そうなのか。昔、イカ相手に戦ったじゃないか」

「あれは……戦士の戦い方……騎士はやはり馬上で陣形を組み……突撃する……、それが騎士の戦いです」

「なるほど」

「騎馬戦の競技のひとつ……だったかと」

「そういや、そういう話もあったな。赤竜騎士団となんだっけ」

「白象……騎士団です」

「そうそう、それ。へえ騎馬戦って馬でやるのかと思ったが、ボートでも競うのか」

「騎馬の紅白戦……早駆け……ボートレース……そして代表の……一騎打ち、と聞いて……おります」

「なるほど。オルエンがいた頃はやってなかったのか?」

「私は……北方の砦に……いました……あそこは小競り合いの……続く……前線でしたので」

「そうか、だったら余裕ないわな」


 先頭のボートの男が、白い旗を振っている。

 旗は金糸で刺繍が施され、渦巻きの模様が書かれている。

 赤竜騎士団の旗とは違うので、あれが白象騎士団なんだろう。

 あの渦巻きはもしかして、象の鼻かな?

 ボートは見る間に彼方に去っていった。

 舟遊びもいいなあ。

 今日はボートは買い物に使ってるからな。


 公園を後にして、町を歩く。

 この辺りはまだ閉鎖されたままの倉庫街で、通りすぎるのは荷物を積んだ馬車ぐらいだ。


 ふいに馬車から声をかけられた。

 同じ商店街で果物を扱っているエブンツだ。

 俺と同年代で、気が合う。

 仕立屋の後家に懸想しているのは一応内緒らしい。


「よう、ピーチの大将。昼間から綺麗どころを連れてデートか?」

「まあね。エブンツ、おめえさんは仕入れの帰りかい?」

「だったんだけどな、山に魔物が出たとかで、今日はハズレさ」


 と荷台を示す。

 見ると積み荷は半分もない。


「大変だな、山に入れないと取れないんじゃないのか」

「山ばっかりじゃないけどな。今年はただでさえ嵐が続いて不作だってのに。ソーの果樹園もイカれちまうし、まったくおまんまの食いっぱぐれだよ」

「自然相手の商売は、そんなもんさ」

「まったくだ。それよりも、なんか果物のいい料理とか知らないか? 生と乾物だけじゃ、どうにも」

「そうだなあ、ジャムぐらいしかないんじゃないか?」

「ジャムなんて家で作るだろう」

「びん詰にして売ればいいじゃないか」

「売れるかな?」


 と首を傾げるエブンツに、


「俺の故郷じゃ、ジャムは作るより瓶詰めを買うほうが多かったけどな」

「へえ、そんなもんかい」

「ジャムは日持ちもするからな」

「そうか、ジャムを売るのか。いいかもしれんなあ、もうちょっと相談に乗ってくれよ」

「なら、後で顔出すよ。ここじゃ往来の邪魔だ、とっとと仕入れた品をしまっとけよ」

「ああ、そうしよう。まってるぜ。ほら、お嬢ちゃんたちにおみやげだ。」


 リプルとオーレに仕入れた梨をふたつ手渡すと、エブンツは去っていった。

 エブンツは俺が紳士だとは知らないらしい。

 知っているのは向かいのお札屋ぐらいだろうか。

 隣の喫茶店のルチアぐらいは、そろそろ感づいているかもしれない。

 女のほうが、そういうところは鋭いもんだ。


 それはそうとジャムの瓶詰めは作ったことが有るんだよな。

 同僚の田舎から送ってきたいちごをいっぱいもらって、食べきれないからとジャムにしたものの、ジャムでも食べきれないので保存してみようとやってみた。

 封を開けなければ一年近くもった。

 モアノアも壺にたっぷり作りためているし、どうにかなるだろう。

 売れるかどうかは、また別の話だけど。




 通りを抜けると、そこはもう街の外だ。

 湖沿いに、アッシャの森へと続く道がある。

 森の外れには大きな建物がみえる。

 そちらにはいかず、湖岸にそって歩く。

 二股の道を左に曲がると、レンガ造りの釜が並んでいた。


「なんだろう、皿でも焼いてんのかな?」

「ここは、ガラスのコップとか作ってました」


 とリプル。


「へえ、ガラスの工房か。なにか売ってるのかな?」


 覗いてみようと思ったが、どうやら小売はしていないようだ。

 窓からちらりと覗くと、部屋の中央に大きな釜のようなものがあり、

 大きなストローみたいなやつで息を吹き込みながら作っている。

 暑そうだ。

 外は寒いけど。


 ぼーっと見ていたら、中から人が出てきた。

 すすで汚れているが、若い娘だった。


「なんだい、買い付けかい? じゃなさそうだね」

「ちょいと散歩の途中に覗かせてもらったのさ、」

「どっかの貴族……って風にも見えないね。まあ見るだけならたださ、好きなだけ覗いてきなよ」


 娘は腰を下ろすと腰の革袋から酒を飲む。

 フーっと息を吐く横顔は、窯の火に焼けて浅黒いが、健康的な美人だ。

 テーブルに並んだグラスは、切子細工になっていて、陽の光を受けてキラキラと美しい。


「いい切子だな、どこで買えるんだい?」

「そう思うかい? あたいも思うんだけどねえ、問屋は卸してくれないのさ」

「そりゃもったいない」

「今は薄くて丸いグラスが、おしゃれなんだとさ」

「いいものってだけじゃ売れないからな」

「そういうこった。今作ってるのは、全部王都に持ってくのさ。最近は海外の安いもんが入ってきて、余計に売れないからねえ。昔はこの街の分だけ作ってりゃ、食えてたそうだけど」

「そんなもんかい。景気の悪い話はどこもおんなじだねえ」

「まったくだ」


 といって娘は立ち上がると、


「土産にひとつやるよ、気に入ったのを持ってきな」


 そう言い捨てて、娘は中に戻っていった。

 お言葉に甘えて、テーブルの上の切子を一つ手に取る。

 小さなポットで中々おしゃれだな。

 これにジャムを詰めて綺麗にラッピングすれば、良い値で売れるんじゃないだろうか?

 そんなことを考えながら、手にしたものを貰い受けて、俺達も引き上げる。




 昼食の後にエブンツの果物屋に顔を出す。

 ここは果物とドライフルーツを売っている。

 ホントに並べて売ってるだけで、素人目に見てもあまり商売がうまいとはいえない。

 ただ、食えばわかるが味の詰まった、よい果物を扱っている。

 店はエブンツの他に先年結婚したばかりの妹がいるが、こちらも商売人としてはさっぱりのようだ。


「地味だな」


 というのが俺の最初の感想だった。


「果物なんて地味なもんだろう」


 エブンツは不満そうに反論するが、地味だとの自覚はあるようだ。


「ばかいえ、パンやミルクと違って、ある意味贅沢品なんだから、ちょっとリッチなイメージこそが大切だろうが」

「そうなのか?」

「とにかくこの店は辛気臭い。店内も暗いし、掃除だけは妹さんがきっちりしているようだが」

「ま、まあな」

「まずはそっからだな。店を小奇麗に……いやなるべくおしゃれにしよう。保管に気を使うのはわかるが、やっぱうまそうに見えないとダメだろう」

「そりゃあ、そうだな」


 レイアウトは大事なんだよな。

 学生時代の小売バイトを思い出す。

 他にも色々教わった気がするんだけど、この場合はどうするべきか……。


「他にはなんかあるのか?」

「あと……そうだな、試食させろ」

「試食?」

「ただで食わすんだよ。ここのは旨いのは確実なんだから、食わせないと損だよ」

「そんな、もったいない。そんなことすりゃ、みんなただで食い逃げしちまう」

「だから一人ひと粒だけだ。客が来たら目の前で剥いて、串に刺して一つ手渡す。でもって、どうです、こいつはとれたばかりのリンゴです、ちょいと酸味はきついが、味の方は濃厚だ。ジャムにしてもまたうまい、おまけしとくんでこのひと盛いかがです? とやるんだよ。それぐらいできるだろう」

「お、おう。すげーな、おまえあんなにいっぱい従者従えてるだけのことは有るな」

「関係有るのか、それ」

「だって、親がどっかのマハラジャで金で買ったとかなんとか」

「ばか、ホロアが金で買えるか!」

「そ、それもそうか」


 二人で店の中を動かしながら、なるべく見栄えが良くなるようにする。


「おお、これだけでも結構違うな」


 と感心するエブンツ。


「そうだろ、あとはちょっと花でも飾って、敷物も上品な布地に替えるといいぞ」

「金かかるなあ」

「必要な投資だ」

「そ、そうか。でも、布地なんてどこで買うんだ?」

「そりゃおまえ、モーラさんに頼んで仕入れてもらえ」

「おお、そりゃあいい。彼女ならきっと素敵なものを仕入れてくれるはずだ!」


 むしろそこは自分でひらめくべきだと思うんだが、あれか、チャンスをチャンスだと気が付かないからモテないのか。


「早速行こうぜ」

「店番はどうするんだ」

「どうせこねーよ」

「ばか、来たらどうする。一人だろうが百人だろうが、客の側から見れば自分と店ってのは常に一対一なんだぞ。もし初めての客が初めての来店で店員不在で追い返されてみろ、二度とこねーぞ」

「そうか。そりゃそうだ」

「店番をするからにはきっちりやれ」

「そうだな、じゃあ妹が戻るまで待つか」


 と頷く。


「そういや、ジャムの話はどうなったんだ?」

「ああ、そっちは今度来るまでに準備しとくよ。まずは売り方をどうにかしろ。客は美味しいかどうかわからんものは買い渋る。ちゃんと口にぶちこんでやれ。そうすりゃ最後のひと押しになるさ」

「そ、そんな気がしてきたよ」

「その代わり、お前のいった通りタダ食いには気をつけろ。食わせるのは一番売りたい商品、一つだけでいいぞ。目の前で用意して、セールストーク込みで食わせろ、いいな」

「忙しい時は手がまわらないぞ」

「ばか、忙しい時はどうでもいいんだよ。全力で客を捌け。売れない時にやるんだよ。売れないんだろうが!」

「そうだった」

「あとは、おまえ固定の卸先はないのかよ」

「大食堂には卸してるけど、それぐらいだなあ」

「おまえは、産地からもぎたての果物をわざわざ足を使って仕入れてるんだろう」

「でも、果物なんて、そんなに使い道が……」

「そこは考えといてやるよ。夏になればアイデアもあるが……ゼリーとかどうよ」

「ゼリーってなんだ?」

「ゼラチンでジュースを固めるやつだよ」

「ゼラチンってあれか、豚の煮汁とかのドロッとしたやつ、テリーヌとかを作るやつだろ」

「まあそうなんだけど、あれでジュースを固めるんだよ」

「……なんかまずそうなんだけど」

「まずくない! ゼラチンがあればだけど」

「ほんとか?」

「まあいい、今度ウチで試してやるよ。国を出てから食ったこと無いしな」


 話しながらも店の模様替えをひたすら頑張る。

 そこにやっと妹が帰ってきた。


「ただいまー、あら、お二人さんで何やってるの? 随分と店のイメージが変わっちゃったけど」

「おう、どうだ、良くなっただろ」


 と妹に胸を張るエブンツ。


「スッキリはしたけど、ちょっと隙間ができてもの寂しくない?」

「そいつをこれから相談に行くんだ、留守番頼むぞ」

「あ、兄さん、ちょっと!」


 といってエブンツは俺を引っ張っていそいそと店を出た。

 モアーレの仕立屋に入ろうとすると、ちょうどパン屋のハブオブと行きあった。


「よう、ハブオブ、どうしたんだ?」

「やあ、二人共。一張羅を虫に食われちゃってね。モーラさんに直してもらおうかと」

「俺達も彼女にご依頼さ、まあ入ろうぜ」


 エブンツが景気良く背中を押して、男三人並んで入る。

 扉をくぐると、六畳間ほどの小さな店は、洒落たイメージで統一されており、気の利いたブティックのようだ。

 ちょっと商店街のイメージとはかけ離れてるな。

 いや、むしろこのお上品さこそが今求める方向なきがする。


「あら、男衆がお揃いで、どうなさったんです?」


 この店にふさわしい、色気のある佇まいのいい女が出てきた。

 彼女がモーラだ。


「あ、いや、その……」


 さっきまでの勢いはたちまち霧散したエブンツがしどろもどろになる。

 しょうがねえな。

 代わりに俺が、挨拶する。


「おじゃましますよ、モーラさん。彼は虫食いのなおし、俺達は商売で使う敷物を探していましてね」

「ではお客様ね。まずハブオブさんの方から伺いましょうか。お二人はおかけになってお待ちください」


 そういって、奥のカウンターにハブオブを案内する。

 俺達は店内に置かれた小さなテーブルに腰を下ろすと、すぐに手伝いの小女がお茶を入れてくれた。

 その間にハブオブは持ってきた袋から依頼の服を取り出す。

 手渡されたコートを広げて、モーラが、


「あら、随分とよいコート」

「田舎を出るときに大枚はたいて買ったもので」

「そういうところは、大切ですものね。あらあら、ここのところも」

「あ、本当だ」

「大切な服なんですから、手間を惜しまず、大事にしてくださいね」

「気をつけます」

「いつまでにご入用かしら」

「祭り……までにできれば」

「どなたかと、お会いするのかしら」

「え、ええ。田舎から、その……」

「ふふ、いい人がいらっしゃるんですのね」


 ハブオブは顔を赤くして頭をかく。


「ち、あいつ彼女居るのかよ」


 小声で愚痴るエブンツをたしなめる。


「そういうことを言うからモテないんだよ」

「うるせー」


 それにしてもモーラはこれだけ離れててもわかる、強烈な色気だ。

 ちょっと過剰すぎて商売女だと言われても信じるレベルだよ。

 それでいて、貞淑さは損なわれていない。

 なんというか、映画にでも出てくる絶世の美女というか、どこか作り物めいた、そういう感じだ。

 はっきり言ってエブンツには無理があると思う。

 余計なお世話だけど。


「さあ、お待たせしました。今度はこちらのお話を伺いましょうか」


 そう言ってモーラがフェロモンをまき散らしながらテーブルに付く。

 やばい。

 エブンツはすでに鼻の下が伸びきって会話どころじゃない。

 俺だって、こっちに来てから経験値を稼ぎまくってなければ会話にならないところだった。


「……つまり、果物が映えるような、ちょっと気の利いた敷物を用意したいと思いましてね」

「素敵ですわ。そういうことなら」


 と立ち上がったモーラは、奥から何枚か布地を持ってくる。


「こういう、シックな柄物か、清潔感のある白地のものはどうでしょう」

「赤いビロードなんかも、高級感があっていいんじゃないかな」

「そうですわね、こうしてレイアウトすれば、映えると思いますわ」

「そうなると、気の利いたお皿も欲しくなるな」

「東通りに素敵なエッティラ細工の銀食器の店がございますのよ」

「へえ、そりゃあいい。だが、御存知の通り、こいつの店じゃ、予算がね」


 そう言ってエブンツの方を見ると、うっとりとモーラを見つめたまま固まっている。


「おい、聞いてんのか?」

「おぅ」

「おいってば」

「うわ、なんだ、どうしたサワクロ」

「どうしたじゃねえよ。お前のために、モーラさんが一生懸命考えてくれてるんだろうが」

「そ、そうだった。か、金の方はどうにかしますんで、はい」

「そうもいかないでしょう。私の方でも、なるべくお勉強させていただきますから、商店街を素敵に盛り上げてまいりましょう」

「はい」

「一度、お店の方を伺った方がよいでしょうね」

「う、うちに?」

「ええ」

「よ、よろこんで。今からですか?」

「今日はこの後用事がありますの。明後日がうちは定休日ですので、その時にでも」

「は、はい、お待ちしております!」


 そんな感じでまとまったので、モーラの店を後にする。

 店を出たあともエブンツはのぼせていた。


「いやあ、モーラさん、美人だよなあ」

「そりゃあ、そうなんだけどな」

「だけどなんだよ」

「のぼせ上がって面と向かって話もできないんじゃ、口説くのは無理じゃないか?」

「く、口説くなんて恐れ多い。俺は見てるだけでいいんだよ」

「別にいいけどな。じゃあ、俺の方もなんか考えとくよ。お前はしっかり店を綺麗にしとけよ」

「任せとけって」


 そう言ってスキップしながら去っていった。

 大丈夫かねえ。




 うちに帰ると、早速モアノアを捕まえて相談する。


「ゼラチンだすか? あるだすが、あれでジュースを固めるだすか?」

「おう、いけるとおもうんだけどな」

「うーん、試してみるだか」


 というわけで、試しに作ってみる。

 リンゴをすりおろしてガーゼで絞ってジュースにしてから、ゼラチンを用意する。

 塊をふやかしてから、煮立たせるとちょっと臭うな。


「結構臭うもんだな」

「そうだすな、まあこんなもんだす」

「臭い消しに少しブランデーでも入れるか」

「そうだすな、じゃあちょっとアルコールを飛ばすだすか」


 それにジュースを混ぜ、適当な茶碗を型がわりにして注ぐ。

 大きな冷蔵庫には、オーレが作った氷が入れてある。

 待つこと一時間。


「さて、できたかな?」


 取り出したゼリーは、見た限り概ねゼリーだった。


「よし、フルン。味見してみろ!」

「あじみする!」


 茶碗いっぱいのりんごゼリーをモグモグと頬張るフルン。


「ぷにゅぷにゅしてる、へんな感じ! でも美味しい! おもしろい!」

「お、そうかそうか、どれどれ」


 食べてみると、特に臭みも感じず美味しかった。

 こりゃいける。


「これをさらにな、中に果物も突っ込んでやると行けると思うぞ」


 と言うとモアノアも、


「いいだすな。ただちょっと舌に残るエグみがあるだすな。もうちょっといいゼラチンを探してみるだすよ。自分で作ってみてもいいだすな、皮よりも骨の方がいいだすかなあ」

「なになに、美味しそうじゃない。ゼリー?」


 と燕がよってくる。


「おう、できたてだ、食え食え」

「いただきまーす。んぐっ、いいわね」

「そうだろ。もっと色々つくろう」


 その後手当たり次第に紅茶やらジュースでゼリーを作りまくって食べ比べた。

 食感に馴染みがないせいか、面白がりながらもみんな気に入っているようだ。

 こりゃ、いけるかもしれんな。

 しかしどうやって売ろう。

 プラスチックの格安容器なんてものはないんだし。

 昔の豆腐みたいにボールを持って買いに来てもらうか?

 それもなんだかなあ……。

 あとでメイフルと相談してみるか。

 今日はもうゼリーの食べ過ぎで腹いっぱいだよ。

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