第114話 シルクロード商店街
未来の大商人メイフルが表通りにワゴンを並べてテーブルを置き、店を開ける支度をしている。
売り物は今のところチェスのセットと、ドラクルとかというカルタだけだ。
正直、ほとんど来客はない。
御札はお向かいさんと競合するから仕方ないにしても、丸薬なんかも売ったほうがいいんじゃないかと思うんだが、メイフルに言わせると、
「全く無関係なもんを並べても、どっちのお客はんにもマイナスでっせ。御札と丸薬みたいにセットで売れるもんならええんですけどな、そうでないならあきまへんわ」
言われてみると、そうかもしれん。
雑貨屋じゃないんだからなあ。
「で、感触はどうなんだ?」
「まあこんなもんでっしゃろ。ちょいとコネと金を奮発して、異国の珍しいチェスを仕入れましてん。あとは噂を流せば、ちょいちょい見に来てくれてますわ」
「ほう」
「まあ、そういうのを買うのは金持ちの物好きですからな、そうやって横に試作品の将棋やリバーシを置いとけば、目につきますやろ」
メイフルはテーブルに広げたカプル手製の将棋セットを指さす。
「ふぬ」
「そっから、異国の珍しいゲームで今度売りだすんやって吹き込みますねん。そしたら入り次第、売れるっちゅう寸法ですわ」
「そんなうまくいくか?」
「すでに注文は入ってますで。来春入荷予定の初回分はほぼ予約完売ですわ」
「まじか、さすがはメイフル」
「もっとも数も少ないですけどな。ですから納期とクオリティはしっかりせなあきまへん」
「そりゃもっともだ」
とはいえ、うちのメイン収入だったお店の売上と冒険の稼ぎの両方がなくなったので、うちの収入は激減……したかというとそうでもなくて、他にも収入はある。
まず、御札と丸薬は、向かいのオングラー爺さんに卸して売ってもらっている。
粗利は下がるが売上はそこそこある。
また、セスの代稽古にもまとまった報酬が出ている。
さらにエンテルがこの街にある王立学院で臨時講師として講義をしている。
こちらもそれなりになる。
あとの足りない分はダンジョンにでも潜れば稼げるだろう。
そもそも、数年は何もしなくても食べてくぐらいの金はあるしな。
我が家に関しては、そんなわけでさほど収入の心配はない。
ただ、ご近所さんとなったこの商店街は、そうでもないようだ。
この通りは昔は内陸で作った布地を国内や海外に輸入販売する商社が立ち並んでいた。
その名残でシルクロードと呼ばれている。
あくまで通りの名前だ。
俺にはちょっと紛らわしい呼び名だが、まあ日本中に銀座があるようなもんだと思えば気にならんか。
他にも一本隣の西通りはコットンロードなどと呼ばれていたらしい。
要するに布地が中心なんだろう。
なんでもエッサ湖に流れ込むエント河の上流、北東の一体は綿花の一大産地らしい。
それは今も変わってないようだが、近年、運河が出来て流通路が変わったことで、倉庫の大半は海側の利便性の良い方に移ってしまい、ここは完全に寂れていたそうだ。
それが、この数年で再び活気を取り戻しつつ有る。
安く売られた倉庫や事務所を買い取り、商売を始める連中が出てきたからだ。
繁華街では店を出せない若者などが中心に、いくつか新しい店が並んでいる。
うちもその中の一つというわけだ。
ただ、店に活気は有るのだが、実態は新規出店ばかりで要は素人だ。
しかもこの通りは集客率が悪い。
西の外れに学生寮があり、そこの連中が通学時にショートカットして通ることを除けば、あまり人は通らない。
湖の西岸にすむ漁師などが買い出しの時に通りすぎるぐらいか。
それ故にどこも儲かっているとは言いがたい。
うちは別にここで商売がうまくいかなくてもあまり困らないのだが、そこは未来の大商人たるメイフルの本領発揮というわけで、商店街をまるごと盛り上げるのだと意気込んでいるようだ。
そんなわけで、ご近所さんを集めて集会が開かれることになった。
メイフルが声をかけたらしい。
閉店後にうちの隣の集会所に集まり、俺が音頭を取らされた。
「えー、皆様、本日はお忙しいところお集まり下さり、誠にありがとうございます。私、このたび、隣に出店させていただいたピーチヒップのオーナー、サワクロと申します。お初の方もいらっしゃるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
いきなり挨拶させられて困ったが、まあ、こういうのも慣れてきた。
一応、俺は小金を持った田舎者で、多くの従者を侍らせてるどこかの道楽者ぐらいに思われているようだ。
「ほな、代わらせてもらいます。うちはメイフル、バンドン商会で修行しとりましたが、こちらの大将にひろうてもろて、ここに店を出すことになりましたんや。よろしゅうたのんます」
そこでおおっと歓声が上がる。
バンドン商会は、商売をやってるものなら知らないものは無いらしい。
日本で言えば、財閥系商社ぐらいのイメージだろうか。
今風にいえばIT企業のアレとかソレとか。
要するに、そこで修行したとなると、一目置かれるものらしい。
あと、この数ヶ月メイフルを見てて思ったんだけど、盗賊が商売していることに口を挟む人なんていない気がするんだけど、あの葛藤は何だったんだろうかと今更ながらに思う。
「それはー、海沿いの街は比較的モダンで自由だからですよー。メイフルも内陸の出だそうですからとくに気を使うのでしょー」
それに関して、デュースはそんなことを言っていた。
山を超えて内陸に行くほど、閉鎖的になるらしい。
古代種への偏見などもそういうところほど強いそうだ。
あまりそういうところへは行きたくないな。
「皆さんに集まってもろたんは、まずはご挨拶と親睦を兼ねて一席設けさせてもらおう、思いましてな。堅い話はおいて、まずは乾杯といきまひょか」
と用意した酒と料理を並べる。
ちなみにこの酒代はウチの自腹だ。
酒が入ると話も弾むものだ。
乾杯と自己紹介の後、話題は商店街の事になる。
「うちもひと通り見せてもらいましたけどな、この商店街はなかなかええ店がそろてますわな」
「そうだろう、俺もここに店を出して三年だが、うちぐらい鮮度のいいのを仕入れてるのはめったにないぞ」
メイフルにそう言ったのは果物屋のエブンツだ。
年の頃は俺と同じく三十ぐらい。
丸顔で愛嬌のある男だ。
独身で、店は最近結婚した妹と二人で切り盛りしている。
妹の旦那は近所の食堂で働いているそうだ。
「おたくのは美味しゅうおますな。今朝もリンゴをいただきましたわ」
「ただなあ、その割にはあんまり売れないんだよな」
「そうでっか?」
「ああ、値段も高くはないと思うんだが……」
「ストレートに言いますとな、今のこの商店街は圧倒的に集客力がたりてまへんねん」
「そりゃあそうだが、人を呼び寄せるような予算はないぞ?」
「ごもっとも。金があったらもっと一等地に店構えますわな。せやから、金の代わりに知恵を出し合おう思いましてな」
「ふんふん」
「商店街ってのは一蓮托生ですわ。みんなで客を呼んで、人が溢れみんなでしあわせになる、ちゅーんが商店街ってもんですわ」
「おっしゃることはわかりますけど、私どもに何かできるのでしょうか」
こちらは仕立屋のモーラ。
年齢不詳だが、俺より上ではないはずだ。
流れるような黒髪が神秘的な女性で、なんでも夫を数年前に事故でなくしたらしい。
癖の強い顔立ちだが、なんというか妖艶な美人だ。
「みなさんはそれぞれの商売には一家言ありまっしゃろ。けど、商店街をプロデュースするなんて話は、まあ言ってみれば素人ですわな。でも、これは自分たちでやらなあきまへん。よそから祭り屋呼んできて盛り上げてもたいていはその場限りでおわってまいますねん」
「そうなんだ、じつは去年そういう話が他所から来たことはあるんだけど、ずいぶんとふっかけられて断ったんだよ」
と果物屋。
「ま、プロに頼むのは金額分の価値はあるもんですけどな、頼むにしても要領がありますわな。要するに一度来てもろた客に次も来てもらうってことですけどな」
「なるほど」
「せやから、まずは問題意識の共有、可能な対策の提案、そして実施。こういうことをまあ、一つずつ地道にやらなあきまへんわな」
「ほほう」
「さしあたり、もうすぐ祭りがおますやろ、そこに向けて協力して商店街興しをやろう、思いましてな」
「いいねいいね」
「新参者のウチラが言うのもおこがましいんですけどな、聞けば商店街としての寄り合いもないって話でしたからな、つきましてはここに商店会を結成して、団結してことにあたろうかと思うとりますねんけど、いかがでっしゃろ」
「やろうやろう」
相槌を打ってるのは果物屋のエブンツが中心だったが、他の皆も概ね賛同しているようだ。
大体、メイフルの口上は直に聞いてるとなんだかわからない魅力があって引き込まれる。
話の内容だけじゃなく、身振り手振りに声の抑揚まで交えて全身でアピールしてくるんだよな。
テレビショッピングとかでもぼーっと見てるといつの間にか引き込まれてたりするけど、あんな感じ。
大抵の人間はノーとは言えないんじゃないかな。
「皆様の賛同も得られました所で、初代商店会長を選びたい思いますけどよろしいか」
「いいぞいいぞー」
「うちとしては最年長であるオングラーはんが適任かと思いますがどないでっしゃろ」
「おお、爺さんならいいんじゃないか、会長って顔してるし」
「ええ、私も異存は……」
商店街のみんなは口々に賛同する。
「どないでっしゃろ、オングラーはん」
メイフルがお札屋のオングラーに尋ねると、酒を飲む手を止めて、難しそうな顔をする。
「しかし、わしみたいなロートルより若いもんのほうが」
「いやいや、トップに必要なんは経験と貫禄、何卒よろしゅうたのんますわ」
「ふむ、まあ大人げないことをいうても仕方あるまい。わしもここで腰を据えてやるつもりじゃからな、よかろう」
「ほんまでっか、おおきに」
「といってもわしは皆さん以上に商売は素人じゃ、そこのところはわきまえてもらわんと」
「了解ですわ、では会長さんの初仕事や、改めて乾杯の音頭をとってもらいまひょか」
というわけで、改めて乾杯となった。
ちなみに、お札屋のオングラーさんには、事前にメイフルが根回しをしていたようだ。
ここは流石と言っておこう。
話が終わると、あとはひたすら飲んだ。
果物屋のエブンツはお調子者だが年が近いせいか、話が合う。
たちまち打ち解けて、十年来の友のように飲み交わす。
「ピーチの大将、あんたどうやったらそんなにホロアから獣人まで従者にできるんだよ」
「そりゃあ、おまえ……顔じゃないか?」
「顔! そんなに違うか? なあ、ピューパーちゃん」
とそばにいた牛娘の少女、ピューパーに尋ねると、
「サワクロおじさんのほうが百倍イケメンだよ」
という。
牛娘のピューパーちゃんは外見は撫子と同じぐらいだろうか、あるいはフルンぐらいかな。
見る目があるな。
「そうかそうか、ピューパーちゃんはおじさんのほうが好みか。大人になったら、うちに来るかい」
「うーん、かんがえとく」
素っ気ない返事で母親のところに戻っていった。
あの母親は商店街でミルクを売っているのだが、残念ながら胸は露出していない。
牛娘なのに!
表には立たずに、ボトルで量り売りしているようだ。
あの年の娘がいるとは思えないぐらい若々しい。
戻ってきた娘に笑いかける姿は、母というより姉のようにも見えるな。
胸は牛娘にしては控えめかもしれないが、やっぱりでかい。
それでも、どこか生活疲れのような影が見えるのは、女手ひとつで娘を育ててるからなのかな。
牛娘の父親は、家族の面倒を見ないとか聞いた気もするしな。
「おい、あんまりもててるようには見えんぞ?」
「やっかむな、このハゲ」
エブンツが絡むのでストレートにやり返す。
「ハゲとは何だ、ちょっとてっぺんが薄いだけだろうが! お前だって結構おでこがひろいじゃねーか、そういうのはすぐにはげるんだよ!」
とまあ、この有り様である。
こっちに来て、心の友とかじゃない、普通の男友達が初めて出来た気がするよ。
エツレヤアンに住んでた頃は、やっぱりまだ心の余裕がなかったのかもなあ。
視線を移すと、会長となったオングラーが自分のメイド相手に酒を飲んでいる。
そのとなりではパン屋のハブオブが一人で飲んでいるのが見えた。
「おい、エブンツ、彼はどんなタイプだ?」
「何だお前、男のほうが好みなのか? 俺はそんな趣味ねえぞ」
「そういうつまらんギャグを言うからモテないんだよ、お前は」
「まじか、俺、結構ギャグのセンスあると思ってたんだが」
「兄さんのギャグはセンスのかけらもありませんよ」
そう言って突っ込んだのはエブンツの妹エイーラだ。
年若い新妻だけあって、仕立屋の未亡人モーラなどに比べると、実に若々しい。
「うるさいんだよ、おまえは」
「ほんと、いくつになっても目がはなせないんだから」
溜息を付く彼女に尋ねる。
「ご主人はまだ仕事かい? 料理人をしていると聞いたが」
「ええ、西通りの大食堂で。うちの数少ない卸先なんだけど、その縁で主人と知り合ったんです」
「へえ、俺も一度食べに行ってみないとな」
「豚のソテーが名物よ、でもおたくの料理も美味しいわねえ」
「うちの料理人も腕自慢でね」
「いいわねえ、従者をたくさんお持ちで。本当はすごいお大尽なんでしょう? 商売は道楽なんじゃないの?」
「まさか、あいつらを食わせるだけで精一杯ってね、ここの商売がうまくいくかは死活問題なのさ」
「たいへんねえ。それでハブオブさんだけど、彼、こっちに来て半年ぐらいかしら、パンを売ってるんだけど、売れ行きはうち同様、いまいちみたいね。美味しいんだけど……」
「パンか、いいねえ」
そう言って改めてパン屋の方を見ると目があった。
黙って会釈すると、また飲み始める。
ここで行くべきか、先延ばしすべきか。
無口なタイプにも声をかけられるのを待ってるタイプとか、場に馴染むまでは時間がかかるタイプとか色いろあるんだよな。
まあいい、酔いが回ってきたので考えるのが面倒になってきた。
どうせ幹事役なんだから挨拶してまわらんとな。
というわけで、席を移って隣に腰掛ける。
「やってますか、ハブオブさん」
「え、ええ」
とはにかむように笑う。
あ、これはお人好しすぎて自分から声をかけられないだけの人だ。
「いやあ。ここはいい商店街ですな」
「僕もそう、おもいます」
「ぜひともみんなで盛り上げていきたい、頑張っていきましょう」
「ええ、ええ」
その後たわいない会話をしばらくかわす。
そこに追加の料理を持ってモアノアとリプルがやってきた。
「おまたせだすよ、まだまだたっぷりあるだで、しこたま飲んで食ってくだせえよ」
二人は両手に抱えた料理をどんどん並べていく。
「どうぞ」
とリプルがお皿を置いたのは、牛娘の母子の席だった。
「あら、あなたモゥズなのね」
母親がリプルに尋ねる。
「はい」
「サワクロさんの従者を?」
「そうです。奥さんはどちらの牧場の?」
「私はサホード村の出なんだけど、今はそこを出てこの子と二人暮らしで」
「あ……そうなんですか。てっきり……ごめんなさい」
何がごめんなさいなんだろうな、とは思ったが、口は挟まずに様子をうかがう。
「いいのよ。それよりも、よかったら娘と仲良くしてやってね。年頃の友達がいなくて」
「はい。私、リプルといいます。よろしくね」
リプルが挨拶すると、娘の方はちょっとぶっきらぼうに、
「ピューパー」
とだけ答えた。
「まあまあ、この子ったら。私はパンテー、ミルクの量り売りをやっているのだけど、中々お客がつかなくて。あなたのご主人様のお申し出にはとても期待しているわ」
その後、二、三言話してから、リプルは隣の席にも給仕する。
俺が元の席に戻ると、エブンツが一人で飲んでいた。
妹は旦那が戻るからと先に帰ったらしい。
しばらく黙って飲んでいたが、どうやらエブンツは少し離れたところに座る仕立屋の未亡人モーラのほうを盗み見ているようだ。
モーラはお隣の喫茶店店主ルチアとなにか話している。
「美人だよな、彼女」
「な、なにがだよ」
「なにって、モーラさんだよ」
「お、おまえ、狙ってんのか?」
と動揺するエブンツ。
「別に、なんでそんなことを?」
「な、なんでも……」
語尾が小さくなる。
狙ってたな、こいつ。
まあ美人だしな。
「商店街ってこれで全部だったっけ?」
「うん? ああ、ここの区画はこれで……いや、本屋がいないな」
「本屋?」
「喫茶店の隣の、今しまってんだろ?」
「あそこ本屋だったのか」
「年の半分ぐらいはしまってるからな。なんでも世界中を回って仕入れるんだと」
「そりゃあ本格的だな」
「まあ、そろそろ帰ってくるんじゃないか。もうじき冬だし」
「へえ」
リプル達が好きそうな本も売ってるかな?
店を開いたら覗いてみよう。
そうこうする間にお開きとなった。
まあ、だいぶ打ち解けてたんじゃなかろうか。
商店街に関してはこれからのんびりやればいいだろう。
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