第106話 守衛ちゃん

 軽めの昼食を済ませて、改めて探索の支度を整える。

 今度はメンバーにエンテルと紅を加える。

 守衛ちゃんは連れて行くことにした。

 なんでも、中に修復施設があるらしい。

 協力してくれたんだから、なおしてやらんとなあ。

 守衛ちゃんいわく、最後の指令を受けて十万年ほど経っているので、おかしいなあ、とは思っていたらしい。

 いい加減だな。

 だが、他にすることもなかったのでひたすら巡回していたという。

 そんなものか。

 しかし、修理できるとはいえ十万年も稼働してるなんてすごいな。

 そういえば紅だって同時代に作られたらしいのに、今も普通に動いてるもんな。

 車なんか普通二、三十年も経てば修理しても厳しくなるのに十万年だぞ。

 十万年って何年だよってぐらい長すぎて感覚がわからん。

 そう考えるとすごく興味が湧いてきた。

 もっと本格的に調べてみよう。


 支度を終えて、出発する。

 今度は弁当まで用意した。

 ここに何日も滞在するわけには行かないので、できればめぼしい部分は一度に探索しておきたいからな。

 再び階段を下り、巨大な縦穴にかかった橋にでる。

 紅に背負われた守衛ちゃんは、ピ、とかピピ、と音を出しながら、紅と何かしゃべっているようだ。


「何話してるんだ?」


 と紅に尋ねる。


「言葉を学習させています、マスター」

「ほう、そんな簡単に?」

「発音機能が弱く、聞き取りにくいかもしれませんが、すでに会話は可能です」

「ほほう、じゃあ挨拶でもしてみるか、こんにちわ、守衛ちゃん」

「コ、コンニ…チワ、コンニチワ」

「お、通じたぞ。傷の具合はどうだ? まずはお前の修理からしないとな」

「コア機能維持ニ、問題ナシ、歩行ニ問題アリ、オオムネ、故障中」

「それで、修理施設はどこにあるんだ?」

「第三ソウ、東集積室」

「他のガーディアンと戦わないようにできるかな?」

「同ジ、ディフェンスグループ、トハ、同期済ミ、他ノグループハ不明」

「なるほど」


 つまり守衛ちゃんのお仲間とは戦わなくて済むのか。

 幸いというか残念ながらというか、今回はガーディアンとは遭遇せずにすすむことができた。

 さっきの広場には出ずに、まずは守衛ちゃんの修理施設に向かう。


「この奥です」


 紅の案内で通路を進むと、少し広い部屋についた。

 中には数種類のガーディアンがうろついていたが、襲ってくる気配はない。

 つまり同期がとれている、ってことなんだろう。

 中央にある台座の上に壊れた守衛ちゃんを載せると、天井が開いて丸い筒が降りてきた。

 そこから光が出て、守衛ちゃんを照らしだすと、そのまま筒が閉じる。


「一時間ほどかかるそうです」

「そうか、じゃあその間に探索するか。まずはこの部屋から調べよう」


 十メートル四方の広めの会議室ぐらいの部屋には、少し盛り上がった台座が六つある。

 その内の一つに現在、守衛ちゃんが乗っかっているわけだが、残りは空だ。

 そしてその周りを四つ足のガーディアンがウロウロしている。


「しかしー、ガーディアンとコミュニケーションをとるとは驚きましたねー」


 とデュース。


「そうか?」

「言葉が多少理解できる塔の魔物でさえ交渉はほとんど不可能だったのでー、言葉が全く通じないガーディアンだともうお手上げだったんですよー」

「しかし、こうやって遺跡を守ってるってことは当時の人の指示は受けてたんだろうから、コミュニケーションできて当然だろう」

「理屈ではそうなんですけどー、やはり言葉がネックですねー。そもそも、ガーディアンはほぼ無条件で襲ってきますし」

「なるほど」


 こいつらが警備ロボット的なものだとしたら、そうなるわな。

 冒険者も武装してるし。


 ひとまず、隅のテーブルらしい箱の前まで行く。

 やっぱ何かの端末が有るとしたら、机だろう。


「紅、ここで例のゲストコードとやらは使えないか?」

「試してみます」


 紅がテーブルの前に立つと、例のごとく椅子が現れる。

 それに腰を下ろし、暫く待つと、テーブルが光り始めた。

 その数秒後、テーブルの上にホログラムのような立体映像が浮かび上がる。


「おお、すごい。動くのか」

「え、なにこれ、どうなってんの?」


 ペイルーン達も寄ってくる。


「……起動は確認できましたが、アクセスできません」


 見た感じはなにか幾何学的な模様が浮かんでいるだけで、パソコン的な物にも見えない。

 キラキラしてテーマパークのパレードの電飾みたいな感じだ。

 まあ、異星のパソコンがウインドウ表示してる可能性のほうが低いだろうけど。


「なにかアクセスするためのパスワードがあるんじゃないのか?」

「はい、ゲストではアクセス不可能、ということのようです」

「なるほど、なにかゲストでも利用できる情報とか無いのか。ここの見取り図とか案内とか」

「確認してみます」


 紅が中に浮かんだ菱型のボックスに触れると、すっと開いて映像が流れる。

 どうやら、外の景色のようだ。

 だが、空が赤い。


「うーん、魔界の景色に似てますねー」


 一緒に覗きこんでいたデュースがつぶやく。


「ほほう、下の様子かな?」

「どうでしょうー、遠見の魔法と言って術者同士で視界を共有する魔法はあるんですがー、物にさせる魔法もあったのでしょうかー、初めて見ますがー」

「あるいは俺のカメラと同じ仕組かもしれんな」

「あのスマホ、という箱ですかー?」

「そうそう」

「ふむー、こういうものが昔にもあったんですねー」

「そのようだな」


 紅に別のものも見てもらう。

 今度はこの施設内と思しき映像や、地上の風景、上空からの俯瞰図などがあった。

 どれも景色をモニターしているようだ。


「うーん、なぜ景色ばかり映すんでしょうかー」

「覗き見が趣味なのかしら?」


 デュースやペイルーンは首を傾げているが、多分アレだろう。


「ここが警備のガーディアンの控室なら、当然ここにつめて見張る人間もいたんじゃないのか?」

「ははあ、なるほどー、この設備を使った見張り場所なんですねー、屋内から見張るという発想がありませんでしたー。たしかにこれなら居ながらにして見張りができますねー」


 となると、ここでアクセスできても、ガーディアンの制御ぐらいしかできないかもな。

 ここの連中はすでに敵対していないので、何かする必要もないか。


「よし、次行こう。アクセスできなくても、簡単な情報ぐらいは得られるかもしれないしな」

「そうね、今の発見だけでも大進展よ、だってだれもこれを動かせなかったんだもの」


 と、すでに興奮気味のペイルーン。


「そうですね、もう少し細かく見たいところですけど、ほかも気になります。まずは発見したという人形に行ってみませんか?」


 こちらはエンテル。

 たしかに俺もあの人形が気になっていた。

 俺達は守衛部屋から出ると、広間に足を向ける。

 四足ガーディアンが四匹ほどついてきた。

 見張ってるのかと思ったら、


「彼女達は、我々の護衛をしてくれるようです」

「そりゃあ頼もしい」


 しかし、彼女か。

 ガーディアンも女の子だったのか。

 女の子ならどんな形でも仲良くなれそうな気がするよな。

 頼もしい護衛に守られながら、例の球が転がる大広間まで出る。


「紅、あの球が何かわかるか?」

「……該当する知識はありません。ですが……」

「ですが?」

「少し調べても構いませんか?」

「おう、いいぞ」


 俺達は床に転がる大小様々な球に近づく。

 その中の一つ、直径五メートルほどの中型の球の前に立つと、紅が手を触れて調べだした。


「どうした?」

「たしかに……実在します」

「うん?」

「エコーが効きません、遮断する仕組みがあるようです。その他の私のセンサーすべてが反応しません」

「というと?」

「このボールは、私には視覚以外のあらゆる方法で見えません」

「つまり、ステルスってこと?」

「その用語はわかりませんが、隠れているという意味であれば、そうです」

「つまり、そういう仕組を備えた物ってことだよな」

「はい」

「……じゃあ、こいつはなんだ?」

「わかりません」

「うーん」


 置物やらここで使う装置ならそんなステルス機能はいらんよな。

 ガーディアンの一種なら意味はあるだろう。

 姿を隠す魔物と戦ったことも有る。

 だが、ほかのガーディアンとは感じが違いすぎるし、このサイズじゃ通路の巡回もできない。

 他にステルスにする必要があるものといえば……。


「もしかして、乗り物かな?」

「乗り物、ですか?」

「うん、飛行機とか戦車とか」

「飛行機とはー、いつぞやの空をとぶあれですかー?」


 とデュース。


「それそれ」

「え、じゃあ、これが空かける騎士の馬なの?」


 驚くペイルーン。


「あー、そうかも」

「これが? 馬? 馬じゃなくてもせめて船とか馬車とかそういう形してないの?」

「さあ、わからんけど……。あるいは車かもしれんが」

「車って?」

「馬なしで走る馬車みたいなもんだ」

「うーん、いずれにしても、この形から機能が想像できないわね」

「そうだな。とにかく、乗り物なら入口があるんじゃないか?」

「調べてみます」


 そう言って紅はしばらく撫で回していたが、ダメだったようだ。


「申し訳ありません」

「まあ、諦めるのは早い、本当に乗り物なら、どっかに管制なり修理場なりあるはずだ。そうすりゃさっきみたいに概略ぐらいはつかめるかもしれない」

「いいわね、早く行きましょ」


 ペイルーンも興奮しているが、俺もなんだか盛り上がってきた。

 自分で使えない魔法とか、いつまでたっても腕の上がらないチャンバラより、こういうののほうが俺の出番がありそうだし。


 手始めに、前回見つけた人形の部屋に行く。

 早速、紅が手近な机からシステムを立ち上げる。

 前回同様、ゲストとしてはアクセスできるようだ。

 だが、表示されたのは、チューブに浮かぶ人形の、何らかのデータのグラフっぽいものだけだった。

 何かをモニターしてるんだろうが、ちょっと見ただけではわからない。


「コンディションは良好、と有りますが、多くのパラメータは理解できません」

「チューブを開けるようなコマンドはないか?」

「いくつか拒絶される機能があります。この内のどれかが、そうなのかもしれません」

「つまり、アクセス権の問題か」

「はい」


 そうかもなあ。

 これがゲームなら、その辺に当時の人の手帳とか日記とかが落ちててパスワードが書いてあったりするんだろうが、あいにくとそんな都合のいい話はないようで。

 それでも、ここはやはり魔法ではなく、科学寄りの施設なんだろうなあ、という気はしてきた。

 原理は魔法を使ってるのかもしれないが、システムは科学的、というかロジカルな仕組みを感じる。

 理屈もわからないままに丸暗記した呪文を使うだけらしい魔導師のそれとは、根本から違う気がする。

 まあ魔導師は魔導師で、アスリート的な才能やトレーニングが必要らしいので、そっちもすごいんだけど、魔法使いとかってどうしても知の探求者みたいなイメージがあるから、ちょっと印象が違うよな。


「やはり、操作可能なコマンドはありません、マスター」

「エンテル、紅を見つけた時はどうやって取り出したんだ? こんな風に詰まってたんじゃないのか?」

「あの時は四角いベッド、というよりも箱に横たわっていたのですが、私があちこち触っていると、不意にクレナイが起き上がって中から反応したんです。といっても夢現のような状態で、名前を求めただけですが」

「そうだったのか。じゃあ、また触ってみろよ。何か反応があるかもしれないぞ」

「そうでしょうか。この人形には紅と違いコアがないようですけども」

「駄目かな」

「まずは触ってみましょうか」


 とエンテルがそばに寄って、チューブに手を触れる。

 あちこち撫で回してみるが、特に変化はない。


「やはり、触れるだけではだめなのでは……」


 と手を離しかけたところで紅が静止する。


「エンテル、もう少し触れていてください。そう、その辺り、もう少し前に。そこにセンサーがあるようです……反応がありました」

「え? どういうことです?」

「生体認証確認……エルミクルムの遺伝コード認識率六十四%、再生時の許容範囲をオーバー、登録情報の修復を要請……、限定モードでのアクセス認証を得ました」


 という紅の台詞と同時に、部屋の照明が入る。


「おお、電気がついた」


 言っても、壁や天井が一様に光ってる感じだ。


「こんな仕組みがあったなんて。照明がないのはおかしいとは思ってたんですけど……」


 驚くエンテル達を差し置いて、紅に尋ねる。


「何がいける?」

「照会中です……、ヴァレーテの生成システムの制御、スケジュール確認、この部屋のシステム管理……などのようです」

「ヴァレーテってなんだ?」

「この人形のことのようです。この部屋は人形を整備する施設のようです」

「じゃあ、取り出せるのか? いやまて、外に出しても大丈夫なのか?」

「……システムは正常。排出可能です。ただし……この人形は予備、とあります。やはりコアが存在しないようです」

「コアはどこかにないのか?」

「ログによると、本体は出撃後大破……廃棄の後、除籍とあります」

「つまり、ぶっ壊れたってことか」

「そのようです」

「じゃあ、試しにこのボディだけ取り出してみるか」

「それでは、排出シーケンスを開始します」


 紅が言うと同時にガチョンと小さく音がして、チューブの中が泡立つ。

 するとみるみる中の水が排出され始めた。

 それに伴い、フワフワと白い髪を漂わせて浮かんでいた人形は床に崩れ落ちる。

 ついで音もなく透明なチューブが床に沈んでいった。

 あとには人形だけが残された。

 糸の切れた操り人形のように、クタクタと崩れ落ちた人形を抱きかかえて引っ張りだす。


「すごい、これだけきれいな状態で取り出せるなんて快挙ね!」


 ペイルーンは目を丸くして驚いている。


「なんか顔立ちも紅に似てる気がするな」


 と紅に言うと、


「そうでしょうか? そうかもしれません」

「よし、じゃあこいつは連れて帰るとして、次だ次。他のも調べようぜ」


 というわけで調べ始める。

 ここはさっきも紅が言ったとおり、人形を整備する部屋のようだ。

 昔は何体もここにいたのかもしれないな。

 ヴァレーテというのは俺は忘れていたが、従者になったホロアの呼び名でもあるらしい。

 となるとホロアとこの人形ってのもなにか関係有るのだろうか?


「ペレラの騎士は天駆ける馬に乗り、アジャールの百万の兵と戦う。そに従うは麗しきヴァレーテ……、そう伝承にはあるのですよ」


 とエンテル。


「ってことは例の空飛ぶ馬とセットなのか。ここは港だと言っていたし、そうなると例の馬も有るのかもしれないな」

「やはり、あのステンレスのボールがそうなのでしょうか」

「それはわからんが、もっと調べてみないと……アクセス権があるなら、あっちも動くんじゃないか?」

「そのアクセス権とか遺伝なんたらというのは、なんなんです?」

「話すと長くなるが、なんていうかな、学校とか役所でも関係者以外立入禁止とか有るだろ、あるいは大切な文献は学者や坊主しか読めないとか、そういう制限にアクセスする権利と、その認証の仕組みの話だよ」

「なるほど、仕組みは全くわかりませんが、意図はわかります。でも、それが私が触れることとなんの関係があったのでしょう」

「それはやはり、エンテルが博士だったのです」


 と紅。


「博士?」

「私の整備をしていた博士とあなたはとても良く似ています。遺伝とは子孫へと伝わる、生物の基本構造のことです。まず間違いなく、あなたは彼女の子孫だったのです。だから、ここのシステムはあなたを誤認したのです」

「つまり、祖先から受け継いだこの体が、証明書を兼ねているということですか?」

「はい。あるいはその体に宿すコアが祖先の情報を引き継いでいるのかもしれません」

「そんな偶然があるものかしら?」

「偶然ではありますが、だからこそ私も起動でき、マスターに仕えることが出来ました。その偶然に感謝しています」

「ええ、そうね……私もそう思います」


 他にはなにかわからないかな。

 そういえばスケジュールも見れるんだったか。


「当施設のスケジュールを確認します……どうやら、削除されているようです。最終項目に、メッセージが残っています」

「ほほう」

「……ファーツリーへのリンク切断から四十八時間経過。軌道上の駐留部隊は確認できず。デンパーの機動艦隊が……状況不明なれど、ノードの……基づき施設を廃棄。全クルーは可及的速やかに離脱、とあります。ログはかなり損傷しています」

「ファーツリーってなんだ?」

「不明です」

「駐留部隊ってことは、戦争でもしてたのか」

「どうでしょうか、何らかの攻撃を受けたようには思えますが」

「誰と誰がやってたんだろう? そもそも、ここの施設ってどんな人間が使ってたんだ?」

「ペレラ文明を担っていたペレラール人というのは、謎の種族ですね」


 と興奮を押し殺した顔のエンテル。


「しかし、おまえのご先祖さんがいたんなら、プリモァなんじゃないか?」

「そ、そうですね! よく考えたらその通りです、これは大発見ですよ!」

「やったじゃないか」

「ウクレのような人間を除くと、我々古代種は姿形こそ違えど、コアをもつという点で非常に似ているのです。それはプールのような魔族でもそうです。ですが、神々に愛され、地上を支配したのは人間、つまり、アジアルの民などと呼ばれた人間たちでした。彼らは聖戦の後、魔族が地の底に、古代種が辺境に追いやられたあとに、この地上に栄えたと言われています。聖書には、はるかな昔の話としかありませんが、他の文献からはおよそ十万年前だと想定されています」

「ほほう」

「ですから、確認できる最古の文明であるペレラ文明は人間のものと考えられていたのですが、もしこれがプリモァ、ないしは古代種のものだとすれば、そうした想定がくつがえります」

「そりゃ大発見だ。でも、人間社会でたまたまお前のご先祖さんが学者として働いてたのかもしれんよな。アカデミアにいた時だってそうだっただろう」


 エンテルは人間のほうが圧倒的に多いエツレヤアンの学校で学者をやっていたのだ。


「ですが、我々古代種はほんの千年前まで、あの忌まわしき黒竜との戦いまで、魔族同様に虐げられてきたのですよ。いずれにせよ、当時の社会のありようを覆すような発見ですね……」


 そこまで話すと、エンテルは腕を組んで考え始めてしまった。

 俺も当時に思いを馳せてみる。

 エンテルみたいな学者が、紅みたいなロボットをいっぱい作ってウハウハしてるような社会だ。

 よさそう。

 でも、戦争してたのか、そういうのはやだな。


「クレナイ、そのメッセージにはデンパーって書いてあったの?」


 とペイルーンの質問に紅が答えて、


「はい。文面から類推するに、これが敵のことかと思われます」

「デンパーって聖書に出てくる天国の一種だと言われてるんだけど、別の文献では、異世界の名前として出てくるのよね。神話に出る国の名前はいくつかあるけど、他は全部異国、って書かれてるのに、デンパー、ラオーレ、アジャールの三つだけはって書かれてるのよ。たとえば、女神アウルは白き扉をくぐりて異世界たるデンパーより戻りたる。その手に幼き神子を、ってあとは破れてるんだけど、白き扉ってのはゲートのことだと思われてるけど、少なくとも史書のたぐいにデンパーなんて国が出てきたことはないのよね。他には何もないの?」

「全て削除済みのようです」

「ケチねえ、消さなくてもいいのに」

「つまり、その謎の異世界デンパーと戦争してたわけか。でも今の話だとデンパーは女神の側の国っぽいよな」

「そうね」

「ってことは、プリモァも女神と戦争してたのか? 魔族はやってたんだろう?」

「そうなるわね。でも、古代種は女神の眷属ともいわれてるのよ。私達ホロアと同様に」

「矛盾してるな」

「そうよね、うーん」

「歴史が矛盾してるってことは、誰かがねじ曲げたんだろう。どっちかが間違ってるか、あるいは両方間違ってるか」

「よくある話ね。つまり、矛盾した言い伝えで都合が良くなる連中が歴史を伝える権力者の側にいたってことよね。人間たちの歴代の王国、精霊教会、該当するものはいっぱいあるわ」


 とこちらも考え込み始めたが、すぐに顔を上げる。


「だめね、こんなところで悩むのは時間がもったいないわ、ほらエンテル、もっと探索よ。考えるのはあとあと!」

「え、ええ。その通りね、さあ、行きましょう、ご主人様」


 エンテルが納得したところで、再び例の球まで戻る。

 こっちの広場の方は、残念ながら照明はつかないようだ。

 紅によると、制御権がないという。

 仕方ないので球の方を調べなおそう。


「やってみてくれ」

「……認証成功。一台だけ、メンテナンスモードで起動可能です。システムを立ち上げます」


 奥にあった直径十メートルほどの球が、一瞬光りを発したかと思うと、ふわりと宙に浮く。


「飛んだ!」


 思わず声を上げる俺たち。


「すごい、本当に飛ぶのね、これがペレラの騎馬なんだ、すごい! すごいわよこれ、どうしようエンテル!」

「ちょちょちょ、ちょっと落ち着いてペイルーン!」

「これが落ち着いていられますか! あんただって動揺してるじゃない!」

「そりゃあ、しますよ! ああ、どうしよう、本物の空飛ぶ馬なんですよ! まさか実在したなんて……ああ、素晴らしいわ! これは快挙よ、ほんと、どうしましょう!」


 興奮する二人を置いておき、紅に話しかける。


「どうだ、中には入れるのか?」

「まずは手前に移動させます」


 というと、謎の球あらため空飛ぶ馬はするすると手前に出てきた。

 手前の空きスペースでとまると、そのまま空中に静止する。


「しかしどういう仕組で浮いてるんだ?」

「重力制御です。重力子エンジンによる重力傾斜により、浮遊しています。名称はBHスロート、とあります」

「重力制御! そんなことできるのか?」

「そのようです。私はこの船の諸元を確認しているだけですので、原理は不明です」

「そうか、しかしすげえな」

「ハッチを開きます」


 宙に浮かぶ球の底部が音もなくくぼみ、穴が空く。

 直径一メートル程だろうか。

 くぼんだところからは光が漏れている。


「入れます」

「はしごとかはないのか?」

「不要です、前にどうぞ」


 紅に促されるままに、穴の真下に立つ。

 俺の横には紅、さらにペイルーンとエンテルも。


「私もー」


 とフルンもくっついてきた。


「一度に大丈夫か?」

「おそらく。持ち上げます」


 と紅が言うと、急に体重が無くなったかのように、俺達は宙に浮く。

 かと思うとそのまま上の穴に吸い込まれていった。


「うわっ!」


 驚く間もなく、俺達は船の中にいた。


「これが中か?」


 船の中は真っ白だった。

 白く光るドーム状の壁と天井、そして円形の床。

 それしかなかった。

 窓もなければテーブルも椅子もない。

 今登ってきた穴も、俺達が入ると消えてしまった。

 ここの他の施設同様、シンプルにも程がある。

 飛行機ならもうちょっとそれっぽい設備をだな!


「モニターを入れます」


 紅の言葉と同時に、すべての壁が外の景色を映し出す。


「え、壁が消えた?」

「床も! お、落ち……ませんね?」


 驚きっぱなしのペイルーンとエンテル。

 俺も驚いたがこれ、全周囲がモニターになってるのか。

 外にいるセス達も見える。


「これ、空を飛べるんだろ。ここから出られるのか?」

「……残念ながら、この施設から出る許可は得られないようです」

「えー、せっかく見つけたのに! 飛ばせろよ!」

「ここで整備する権利しかありません。この港から船を出すには、別のアクセス権が必要なようです」

「うーん、惜しい。なぜだろうな、エンテルのご先祖様とやらが、人形の、そのヴァレーテとかの整備士みたいなポジションだったからかな」

「そうかもしれません」

「港の管制とかやってる立場のアクセス権があれば、ここから出せたのかもな」

「おそらくは」

「それはそれとして、この船は内装がなにも無いのか? せめて椅子とか」

「椅子は出せます」


 というと、さっきの部屋と同様に床が盛り上がって椅子になった。

 なるほど、これだからデフォの内装がいらないと。

 便利なもんだな。


 しばらくフワフワと体育館の中を漂って遊んでいたが、フルンを喜ばせるぐらいの結果しか得られなかった。


「うーん、大発見だろうが、おしいな。外に持って出られればすげー便利だろうに」

「そうですねー、全員は乗れませんがー、それでも使い道はいくらでも思い浮かびますねー」


 デュースもそんなことを言うが、そのとおりだよなあ。

 もったいない。

 だが、この体育館風広場から通じる通路は、すべてこいつより細い。

 おそらくは天井あたりが開いて外に出られるんだろう。


「仕方ない。これは置いといて、他もあさろうか」


 一旦、弁当を食って一休みし、さらに探索する。


 その後、他の部屋も回ってみたが、その後はめぼしい情報は得られなかった。

 紅の得たアクセス権は、さっきの部屋とこの船ぐらいでしか効果がなかったようだ。

 うーん、折角盛り上がってるのに、うまく行かんもんだな。


 ひと通り回って広場に戻ると、守衛ちゃんがやってきた。

 どうやら修理が終わったらしい。

 お近づきになってわかったが、ガーディアンは同型でもそれぞれ異なる模様が書かれているようだ。

 この守衛ちゃんも四角いボディに黒字のラインが入っており、わりと見分けが付く。


「あ、守衛ちゃん!」


 フルンがテケテケと駆け寄る。


「よかったー、治ったんだね!」

「ナオッタ」

「壊してごめんね!」

「ナオッタ、モンダイナイ」

「うん!」


 フルンはアグレッシブに誰とでも仲良くなろうとするな。

 いい趣味だ。

 俺もすべての女の子と仲良くなりたい。

 日本にいた時は、そんなこと考えたことなかったけど、こっちに来て変にモテるせいで、欲が出たのか。

 もしかして世間のイケメンってこんな気持ちでいるんだろうか。

 まあ確かに、声かけた女の子が無条件に好意的な反応返してくれれば、喜んで声かけるよな。

 なんでそう都合よく好意的なのかは知らんけど。

 謎だなあ。

 やっぱ紳士という肩書が効いてるのか。

 というか、その謎はどうでもいい。

 大事なのは、ここの謎だよ。


 メイフルとコルスが、他の部屋もしらべていたようだが、どうやらここはもう先がないようだ。

 幾つか封鎖された扉があったが、開けることはできなかった。


「ステンレスの壁は私の魔法でも壊せませんからー」


 とデュース。

 つまり、現状で可能な範囲は、ほとんど調べつくしたことになる。


「うーん、びっくりするほど成果はあったけど、まだまだ調べ足りない気分ね」


 ペイルーンは鼻息を荒くしている。

 気持ちはわかるが、ちょっとこれ以上は手がでないかなあ。

 何か新たな手がかりでもあればいいが。

 しばらく粘って調べてみたが、その後もなにも発見はなかった。


「もっと人手があれば何か見つかるかもしれないけど、これ以上はダメそうね」

「ええ、いずれ改めて調査すべきでしょう」


 ペイルーンとエンテルが納得したようなので、ボチボチ引き上げるか。


 ゲットした人形は紅が背負っている。

 他に持って帰るようなものは無いみたいなので、荷物をまとめて広場を出ると突然警報が鳴り出した。

 真っ暗だった通路に緑色のライトが光る。


「なんじゃぁ!」

「警報のようです、マスター」


 と紅。


「なんだ、なんかしたか俺たち?」

「わかりません」

「もしかして、その人形を持ちだしたからか?」

「その可能性はあります」


 警報と同時に、どこにいたのかワラワラとガーディアンも湧き出してくる。

 やばい、こんなに一度に襲われたら勝てないぞ?

 とおもったが、特に襲ってくる気配はない。

 それどころか、俺達を無視してあちこちに走り回っている。


「何かあったのか?」

「少々お待ちください」


 紅が守衛ちゃんに話しかけているようだ。


「検体C四ノ逃走ヲ確認、隔壁作動要請……受諾サレマシタ」

「逃走ってオレたちか?」

「ノー、検体C四デス。戦闘員以外ハ危険、至急当施設ヨリ退避。三分後ニ隔壁閉鎖、イソゲ!」

「つまり、なんかヤバイ物が逃げ出したので急いで逃げろってことか?」


 俺の問に頷く紅。


「お前ら逃げるぞ!」


 俺の号令で、全員が逃げ出した。

 来た道を懸命に走る。

 非常灯のお陰で道は見える。

 あとはひたすら走るだけだ。

 ひたすら走ってもうすぐ縦穴というところで、更に警報が強まる。

 と同時に、目の前の通路に上から扉が降りてくる。


「うぉっ、いそげ!」


 その時、守衛ちゃんが前に飛び出すと、扉の下に潜り込み、扉を支えてくれる。

 それで時間が稼げた。

 ダッシュで扉の隙間をくぐり抜ける。

 最後尾のセスがギリギリすり抜けたところで、守衛ちゃんがするりと抜けると扉が閉まった。


「ふう、間に合ったか。助かったよ守衛ちゃん」

「ドンマイ」

「よし、じゃあ戻るか」


 と立ち上がると紅が、


「どうやら、閉じ込められたようです。マスター」

「へ?」

「出口も封鎖されました」


 みると出口側の通路も封鎖されていた。

 どうやら俺たちは縦穴にかかる橋の上に閉じ込められたようだ。

 扉の前まで行って持ち上げようと頑張ってみるが、一ミリたりとも動かない。


「どうしよう?」

「お待ちください」


 紅は再び守衛ちゃんと相談している。

 その後、扉の前でなにかいじっていたが、振り返ると、


「警戒態勢が解除されるまで二九六分だそうです。それで扉は開くようです」

「うへえ、約五時間か。まあ、それぐらいならどうにかなるが」


 飯は食ったばかりだし、非常食もある。

 冒険者の嗜みとして、まる一日ぐらいは野宿できるようにはしてるからな。

 予定より遅くなるので上の連中は心配するだろうが、仕方あるまい。


「しょうがない、諦めて休憩するか」

「そうですねー、では通常の体制で順次休んでくださいー」


 デュースの指示で交代に休憩に入る。

 ダンジョンの中では負傷でもしない限りは装備はとかない。

 靴ぐらいは脱ぎたくなるが、よほど安全が確保できていない限りはナシだ。


 出口側の扉の前でセスとコルスが見張りに立ち、俺達はその後ろで固まって腰を下ろす。

 腰の水袋からワインを一口飲むと、走って乱れた呼吸もやっと落ち着く。


「ふう、しかし参ったな。逃げたって何が逃げたんだろう」

「検体と言っていましたね」


 とエンテル。


「捕まえてた実験動物とかそういうのかな? 魔物とか」

「ガーディアンと違い、魔物が十万年も生きているとは思えませんが?」

「そりゃそうか。じゃあやっぱりガーディアンかな?」

「守衛ちゃんはわからないのでしょうか?」


 ということで、聞いてみるが、


「検体C四ハ、検体C四デス」

「ふむ、その心は?」

「検体ナンバー、Cノ四号デス」

「ふむ、もう一声!」

「ケーンーターイーナーンーバー」

「わざとやってるだろう」

「ノー、ワタシ、真面目、誠実、アンシン」

「オーケー、つまりそれ以外知らないんだな」

「イエス、イエス」


 ここで守衛ちゃんに八つ当たりするほど、俺は短気じゃない。

 もっとも、彼女を作った奴が目の前にいたらデコピンぐらいはかましたいが。


「俺達が漁った範囲じゃそれっぽいのはいなかったよな。やっぱりもっと別のフロアがあるんだろうな」

「でしょうね、そもそも私達が入ってきた通路はあとから掘られたものです。たぶん、あの壁画を描いた人々が何かの理由で掘り進み、ここに出たのでしょう。合流したあたりは通路が損傷していましたし」

「そうだな」

「ということは、上か下に、他の遺跡ではたいてい魔界側なんですが、そこに抜ける通路が有るはずなんです。ここは地表に近いので上かもしれませんが、正規のルートで出入口が有るはずです」

「そりゃそうだよな。何箇所か封鎖されてたから、そこなんだろうなあ」

「ええ。地上から掘り進めば、壁の反対側に出られるかもしれません。ここを本格的に調べるなら、相当大規模な物になるでしょうね」


 エンテルは目を輝かせながら話す。

 楽しそうだな。


 床に置いた木皿には、行動食の炒り豆が置いてある。そいつをひとつまみしてかじっていると、コツンと音がした。

 はて、豆でも落としたかと見てみると、石ころだ。

 拾い上げると見覚えがある。

 あれ、これ最初の探索で下に投げた石じゃね?


「どうしましたー?」


 デュースが寄ってきて尋ねる。


「いや、この石がいま上から落ちてきたっぽいんだけどな、さっき下に投げた石に似てる気がして……」

「まさかー」


 と皆で上を見上げる。

 さっきは気が付かなかったが、こちらも下と同様、果てが見えない。

 いや、いくらなんでもそこまで潜ってはいないぞ?


「不思議なところですねー」

「そうだな」


 まあ、この星は不思議なことがいっぱいあるけど。


「ちょいと、なんやかんじまへんか?」


 急にメイフルが声を上げる。

 なんだ?


「下ですかいな?」


 こんどは皆で手すり越しに下を覗く。

 相変わらず、下も真っ暗で果てが見えない。

 いや、なにか光ったか?


「検体C四ヲ確認、隔壁作動要請……キャンセルサレマシタ」

「なんでしょー、すごーく遠くからなにか来るようなー」

「なんや、やばそうですな、これ」

「うーん、まさかー、これはー」


 などという間に、遥か下にぼんやりと見えていた光は、徐々に明るくなってくる。


「に、に、にげますよー!」


 突然、デュースが叫ぶ。


「ってどこに!?」

「どこってー、ああ、どうしましょー」


 わけも分からず混乱する内に、もはや縦穴全体が真下から真っ赤に照らしだされている。

 しかも熱い。

 溶けそうなほどの熱風が下から吹き上げている。


「なんじゃこりゃ!」


 瞬く間に縦穴の中は赤く照らしだされ、下からは熱風が吹き荒れる。


「コルスー、対火炎結界を全力で準備してくださいー」

「分かったでござるが、なんでござる、この尋常でない力は! こんなものは拙者の術では……」

「とにかく全力でー。結界を展開しながら地面に伏せてー、レーンは全力で回復をかけ続け……」


 デュースがそこまで言ったところで、それはやってきた。

 そこにあったのは光の塊だった。

 直径百メートルの縦穴をうめつくす火柱が一瞬で視界を覆い、そのまま突っ込んでくる。

 高温で空気が膨張し、すさまじい熱風となる。

 同時に俺達のいる橋の上にも、灼熱の風が吹き込んできた。

 結界の効果など感じさせないほどの猛烈な熱風が襲いかかる。

 レーンの回復呪文がかかっているのを感じるが、それを上回る熱が俺達を焼く。

 わけもわからぬままに俺達は溶けて消えてしまう。

 そう思った瞬間、今度は何かが遥か上からやってくる気配がして……突然、光と熱が消滅した。




 たすかった……のか?


「ご主人様、ご無事で?」


 一番に体を起こしたセスが駆け寄ってくる。


「ああ、俺はな。みんなは?」


 俺をかばうように覆いかぶさっていたデュースのローブが焼けていたが、体の方は無事だった。

 他もせいぜい、軽いやけど程度で済んだようだ。


「ねえ、何かいるよ?」


 後ろに立っているフルンが宙を指さす。

 見ると、橋の上辺りに小さな光の塊が浮かんでいる。


「あれは……女神様! 女神様が降臨なされましたっ!」


 レーンが叫ぶ。


「我々の窮地をお救いくだされたのです! ああ、ありがとうございます、女神様!」


 そう言って跪いて手を合わせる。


「まさかー、赤竜を一瞬で消滅させたのでしょうかー」


 とデュース。


「赤竜? さっきのは竜だったのか?」

「おそらくー。あんな巨大な精霊力の塊は竜しか考えられませんからー」


 あれが竜なのか。

 だとすると前に倒した雷竜なんてのは、子供だましじゃないか。

 あれはたしかに強かったけど、俺達が頑張れば倒せる相手だった。

 少なくとも、同じ土俵にのってる敵だった。

 だが、今のはわけが違う。

 まるで太陽そのもののような、桁違いの火の塊だ。

 戦うとかそういう次元で考える相手じゃないぞ?

 そして、そいつを一撃で倒す女神って……。


 改めて宙に浮かぶ光を見る。

 光の中に、うっすらとシルエットが見える。

 なんか見覚えあるな。


「はーい、ご主人ちゃん、大丈夫だった?」


 あ、やっぱりこの間の塔の女神様だ。


「おかげさまで」

「ほらー、だから言ったじゃない。私がいないと危ないって」


 そうだっけ?


「とにかく、無事でよかったねー。困ったときは呼びなさいよね!」

「ありがとうございます」

「そういう堅苦しいのはいいってば。ほら、はやくあれ頂戴」

「あれ?」

「名前よ、名前」


 そうは言われても、なにも思い当たる名前が……。


「せめてヒントとかそういうのはありませんかね」

「ムカッ、なによそれ! あんたが決めるんでしょうが!」

「あ、はい。すいません」


 俺が決めるのか。


「だいたい、どこよここ。この無限回廊ってアウルのよね? 地球ってネアルのシマじゃないの? こんなものあったら情報がハウリングおこしてゲートが作れないじゃない」

「ここはペレラって星らしいけど」

「ペレラ!? ってペレラール! 舟憑きたちの国? なんで? あんた地球にいるんじゃないの? あれ、この枝どこ? べヘラよね? え、なんで?」

「なんでと言われても、俺も気が付いたらここにいたので、さっぱりなんですが」

「じゃあ私の体はどこよ! この日に備えて地球圏に埋めてあるのに! なんであんたは地球にいないのよ!」

「すいません」

「謝ってる場合じゃないでしょ、あんた放浪者なんだからちゃちゃっと戻りなさいよ!」

「いや、そう言われても、どうやって戻ればいいのやら……」

「そんなこと私が知るわけ無いでしょ! あー、もう体がないとウハウハできないじゃない! エネアルにだまされた! ひどい! 絶望よ!」

「あのー。お気を確かに」

「これが! まともで! いられますか!」

「そうおっしゃらずに」

「ぶちぎれ! まったくもって、ぶちぎれよ! 私帰る!」


 そう叫んで女神様は天上の闇へと飛び去っていった。


「ああ、女神様が行ってしまわれる! せめて一言、お言葉だけでもー、めがみさまーっ!!」


 とレーンは名残惜しそうに叫ぶが、俺も叫びたい気分だ。

 いったい彼女は何なんだ。

 この理不尽な感じ、他にも覚えがあるんだけどなんだっけ?

 思い出せないと、ますます理不尽な気がしてくるな。

 くそう、気になるなあ。


「どうやら、警報が解除されたようです」


 と紅。

 みると扉は元通り開き、緑の非常灯も全て消えていた。


 圧倒的な赤竜の力に翻弄され、意味不明な女神様のヒステリーに混乱させられながらも、どうにか洞窟を出た。

 無事で何よりだぜ。


「まさか、あんなところに赤竜が出るとはー」


 焦げたローブを気にしながらデュースがつぶやく。


「竜ってあんなんになるのか、わけわからんな」

「そうですねー、ちょーっと人の及ぶ相手ではないですねー」

「でも、まえに戦えなくもないって言ってなかったか?」

「そうなんですけどー、いくらなんでも、あれはちょっと無理ですねー。あれほどの成体がまだ存在してたとはおどろきですねー。千年前の魔王ベエラルンデの時代にほとんど消滅したと聞いていましたがー、ほんとうに都合よく女神様がお助けくださったものですよー」

「まったくな」


 その割には勝手にヒスを起こして飛んでっちゃったけど。

 まあ、なんにせよ、無事でよかった。

 俺達は戦利品の人形を綺麗に梱包して馬車に仕舞いこむ。


「アルサの街でいい業者が見つかればー、コアを仕入れましょー。相性の合う、いいコアがあればいいんですけどー」

「人形のコアにも相性があるのか」

「そうなんですよー」


 なるほどね。


「ねえねえ、守衛ちゃんってご飯何食べるの?」


 とフルンがやってくる。

 そういえば、今ひとつ戦利品(?)があったんだった。

 昼間捕獲して修理した守衛ちゃんこと四足のガーディアンは、結局、俺達についてきた。

 どうやらこのままついてくるつもりらしい。

 紅に聞くと、警備の任期は切れていたのでフルンについていくと言っているらしい。

 俺は来るものは拒まないぞ。

 女の子らしいし。


「ガーディアンに食事は不要です。私と同じです」


 紅がフルンに説明している。


「えーそうなんだ。まあいいや、じゃあご主人様、名前決めてー」

「また名前か!」


 なんでみんな俺に名前をねだるんだ。


「守衛ちゃんでいいじゃん」

「えー、そうかな? どうだろ。ねえ、どう、守衛ちゃん?」

「ナマエ、イル、プリーズ、ボス」

「と言ってもなあ。えーと正式名称は守衛10010110だっけ。二進数みたいな名前だな。十六進数だと九十六かー。九十六…九十六……、クロかな? よく見ると、本体に黒いラインもはいってるしな。よし、今日からおまえはクロだ」

「クロちゃん! ねえ、ご主人様が、守衛ちゃんの名前はクロちゃんだって」

「オーケーボス、ワタシハ、クロ」

「そだよー、クロちゃん!」

「クロ、クロ、ワタシハ、クロ」


 あれは気に入ってくれたのかな?

 まあいいや。

 新しい仲間もゲットしたし、人形の素体も期待できるよな。

 従者がだんだん人間離れしていく気がしてるけど気にしないぜ俺は。


 遺跡探索は今回で打ち止めだ。

 回れるところは全部回ったし、紅がアクセスできる情報はほぼ得られたと思う。

 とにかく、この星にはかつて非常に高度な文明があったのは確かなようだ。

 元々、そういう感じはしてたしな。


 ただ、それが科学文明なのか、魔法文明なのかは俺の知識では判別できなかった。

 ほら、どっかの作家も言ってたじゃん。

 高度に発展した魔法は科学と見分けがつかないとか何とか。

 逆だっけ?

 とにかく、紅みたいなロボットや重力制御で飛ぶ船を作る技術はあったわけだ。

 あの船も持ってきたかったなあ。

 ただ、こうなると試練なんかよりも地下に潜って古代文明を調べて回りたくなるんだけど、ここまで来てそれはないよな。

 とにかくさっさと試練を終わらせて、遺跡探索しよう。

 ここに来て、急にこの星の秘密みたいなものに興味が湧いてきたぜ。

 たぶん、それが魔法なんかと違って、俺にもなものだからだろうなあ。

 試練を終えたあとのことは何も考えてなかったけど、こいつは中々やりがいの有りそうな仕事に思える。

 ペイルーンやエンテルも興奮冷めやらぬ感じだし。


「こうなると、他の遺跡も洗い直したいわね」

「そうですね、私が鍵となって紅が情報を読み取れるのであれば、ここと同様、なにか得られるかもしれません」

「それに紅を見つけた遺跡なら、もっと色々分かるんじゃない?」

「ええ、もし私の祖先がそこの人間であったなら、ここよりもより大きな権限を持っていた可能性があります。そうすれば、もっと多くの情報が得られるでしょうし」


 二人も今すぐ行きたいところだろうが、もうちょっと待ってもらわないとな。


「仕方ありませんね。今は試練の道中ですし。それに本格的な探索であれば、調査隊を編成する必要もあります。お金もかかりますし」

「やっぱ金ってかかるのか」

「それはもう。遺跡の規模にもよりますが、我々のような学者だけでなく、学生や人足も連れて行きますし、魔物や山賊の警備のために騎士団か傭兵に依頼します。それらの給料の他に食費もかかります。また現地までの移動だけでも馬鹿になりません。ですから一度の探索には時間をかけて寄付を集めてお金と人を集めるのです」

「大変だな」

「ええ。ですがやはり遺跡発掘こそが我々考古学者の醍醐味なんですけどね」

「楽しそうだな」

「とても楽しいですよ。ですが、今は私もそれに専念はできませんし」

「すまんな、そっちの本業なのに」

「いいえ、私の本業はご主人様の従者ですから」


 と言ってエンテルは笑う。

 こりゃ、早いとこ試練を終わらせないとな。


 外はすでに日が暮れていたが、洞窟に潜っている間に嵐もすっかり過ぎ去っていた。

 明日には出発できるだろう。

 地下への入り口は綺麗に埋め戻しておいた。

 下手に素人に荒らされても困るだろうし、いずれ改めて調査隊を派遣したいと、エンテルも言っていた。

 そういうところは、彼女たちの判断に任せておこう。

 今日はもう疲れたよ。

 さっさと寝よう。

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