第104話 洞窟

 商談を終えてから冒険者ギルドに向かい、竜殺しの称号を貰う。

 かっこいい。

 実際はただの紙切れ一枚だけど。

 称号みたいなのは現役冒険者の間に勝手に名が広まるので、これはおまけみたいなものだ。

 だが、おまけとはいえ、使い道はある。


 使い道は後で説明するとして、次にフルンを連れて武器屋を回る。

 竜殺しのご褒美を兼ねて、いい剣を買ってやるのだ。

 そのための予算もとっておいた。

 結構な金額だが、それだけあればちょっとした業物が買えるらしい。


「うーん、かっこいいけど、なんか違うー」


 フルンはあれこれ試すが、どうもしっくり来るものが無いようで武器屋をはしごし、三軒目でようやく気に入ったものが見つかったようだ。

 少し小ぶりで細身の刀だ。

 銘はスイベルという。

 セスや俺のとおなじ、日本刀風のものだ。

 フルンはセスと店員に聞きながら、刀装をあれこれ注文している。

 一番重要なのが柄頭で、ここに竜の角をモチーフにした渦巻状のシンボルを付ける。

 竜殺しだけに許される印だ。


「嬢ちゃん、あんたがイクタ村の竜を退治したのかい?」

「うん、みんなで倒したの。ほら、証文もあるよ」

「こりゃたまげた、大したもんだ。竜殺しの使う剣となりゃ、そりゃあ気合入れて仕上げねえとな。三日で仕上げるから、待ってくれよ」

「うん、よろしくおねがいします!」


 とまあ、こういう時に証文は使うらしい。

 気に入った剣がみつかってほくほく顔のフルンを連れてキャンプに戻る。

 あとはまあ、いつもどおりだ。


 身軽になって余計な心配も不要になったので、のんびり風呂につかって飯を食って、ご奉仕なんかもたっぷり受けて、リラックスして眠りについた。




 翌日は朝一で撫子を連れて釣りに行く。

 さすがに危ないので港で泳ぐ訳にはいかないが、撫子に海を見せてやりたかったのでとりあえず釣りということに。

 今は使っていない古い波止場が絶好の釣りポイントで、休みの連中などが良く糸を垂らしているそうだ。


 エレンとセス、フルンとウクレも連れて、ぞろぞろとやってくると、それなりに賑わっていた。

 隅っこに場所をとって支度する。

 ここではリールは使わずに、生き餌を直接落としこむだけの、垂らし釣りとか言う方法で釣るそうだ。

 簡単でだれでも釣れるらしい。

 俺は撫子を抱っこして、一緒に竿を握る。

 フルンやウクレは次々釣り上げていくが、俺の方は撫子が喜んで竿をバシャバシャ動かすのでちっとも釣れない。

 まあいいんだけど。

 どうにか撫子が一匹釣り上げたところで昼前になる。

 アジみたいな小魚を籠いっぱいにして切り上げた。


 キャンプに戻ると、早速モアノアがさばいてくれる。

 半分は塩焼きで、残りはフライだな。

 干物にしても美味しそうなんだけど、モアノアいわく、


「明日は天気が崩れそうだで、やめた方がいいだな」


 とのことだ。

 揚げたてのフライにソースをドバドバかけてモグモグ食べていると、表が何やら賑やかになってきた。

 どうやら、久しぶりに店を開けたらしい。

 メイフルの景気のいい啖呵が聞こえてくる。


「さあ、よってらっしゃいみてらっしゃい。紳士印の熱さまし。夏風邪の用心にお一つ、いや三つぐらいまとめてもってっておくんな!」


 ぞろぞろと寄ってくる客を華麗にさばくメイフルを遠目に眺めていると、なんだか眠くなってきた。

 今朝は釣りのせいで早かったからなあ。

 腹もふくれたし昼寝しようとテントに入ると、ちょうど騎士コンビのオルエンとレルルが着替えているところだった。

 いいタイミングだ。


「し、失礼しましたであります」

「なにも失礼してないぞ、遠慮なく着替えてくれ」

「は、し、しかし……」


 しどろもどろになるレルルにオルエンが、


「レルル。我らの主人は……女性の着替えを……ご覧になるのが……お好きなのです」


 と身も蓋もない説明をする。


「そ、そうでありますか、し、しかし……」

「いつもどおりに……着替えなさい」

「は、はいであります」


 オルエンはよくわかってるなあ。

 というわけで、たっぷり着替えを鑑賞して目が冴えたところで尋ねる。


「どこかに出かけるのか?」

「少し……馬を走らせて……こようかと。明日は天気が崩れそう……ですし」

「そうか、気をつけてな」

「ありがとう……ございます」


 二人はそう言って出て行った。

 空っぽのテントは寂しい。

 前はここで内職とかしてたんだけど、今はそれは家馬車が中心になってて、ここは倉庫兼寝室だ。

 一人寂しくベッドに横になる。

 他の連中は多分商売で忙しいだろうし、どうしたもんかなー、と思っていると盗賊のエレンが入ってきた。


「なに一人でたそがれてるんだい?」

「自分を見つめなおす機会を持とうと思ってね」

「それじゃあ、邪魔しちゃ悪いし、退散するよ」

「そう言わずに、添い寝でもしてくれよ」

「しょうがないなあ」


 と言いながらエレンはシャツを脱いでスクミズ一枚になる。

 ベッドの上でスクミズと戯れながら、午後のアンニュイな気持ちを癒やしたのだった。




 翌日は朝から雨で、一日まったりとみんなで過ごした。

 雨だとほんと何もできないな。


 テントでぼーっと寝転んでいるのも暇になってきたので家馬車に移ると、学者のペイルーンと大工のカプルがテーブルを囲んでなにかやっている。

 テーブルの上には、コーヒーのサイフォンのようなガラス器機が並んでいた。


「なんだそれ?」

「これ? 精霊石の精錬器よ」


 とペイルーン。


「ほう、それが」


 そういうのを買うって言ってたもんな。


「昨日、中古で探しておいたの。今朝届けてくれたから、いまから試そうかと」

「具体的にはどうするんだ?」

「こっちのガラスケースの中に入れた精霊石を気化させて、この筒を通してこっち側で再結晶化するのよ」


 複雑な装置を指さしながら説明する。


「ほうほう、まあわからんけど」

「私だって原理とかはわからないわよ。そういう風にできるってだけだもん」

「そうなのか」

「時間もかかるから、火の精霊石みたいに安い加工品は割が合わないけどね。フルンの剣みたいなオーダーメイド向けね」

「そうか、まあしっかりしてやってくれよ」

「任せといて。とりあえず、テストしてみないと……」


 二人は没頭し始めたので、邪魔せず部屋を出た。

 すっかり生活感のにじみ出ている幌馬車に移ると、狭いキャビンに手の空いたものが集まってゲームをしている。

 今はエンテルとデュースがリバーシをしていた。

 台も折りたたみ式のシンプルなものだが、ちょっと細工がされていて高級感が有る。

 カプルが腕をふるった逸品だ。

 これをベースに量産できる形にするそうだ。


「チェスはちょいと大衆向けになりすぎてますんでな、まずは高級志向でイメージ作って、それから広めようかと思いましてな」


 とメイフルは言っていた。

 まあ、それは任せるとして、腰を下ろして二人の対戦を見る。


 パッと見た所、白のエンテルがたくさん取っていて有利そうだが、リバーシって中盤でいっぱいとってると逆に不利なんだよな。

 置くところがなくなるから。

 角もやみくもに取ればいいってもんじゃないし。

 実際、エンテルはすでに手詰まりでパスしたところだ。


「ご主人様、柿でもむきましょうか?」


 隣にいたアンが声をかけて、かごから柿を取り出す。


「おう、頼むわ」

「では……」


 とむきはじめる。

 昨日、買ってきたやつらしい。

 奥の箱いっぱいに詰まっている。


「さあ、どうぞ」


 出された柿は、パイナップルのように輪切りにされていた。

 思わぬところで異世界っぽさを味わってしまった。


「あー、もう、降参です」


 柿を食い終わる前にエンテルが勝負を投げ出したようだ。


「次、私やるー。ご主人様やろうよ!」


 フルンが乗り出してきたので、ひとつもんでやろう。

 リバーシは結構強いんだよ、ははは。

 序盤はなるべく相手に取らせて終盤一気に取るのがミソなんだよな。

 とやっていたら、


「やったー、全部とったー!」


 逆転する前に、全部のコマを返されてしまった。

 おかしい、こんなはずでは……。


「もっかい、もっかいやろう!」

「むぐぐ、次はまけん!」


 まあ、負けたんだが。

 俺はなにをやっても弱いなあ。




 翌日。

 前日のエキサイティングな勝負の疲れが残る中、朝からそわそわと落ち着かないフルンを連れて、武器屋に向かう。

 約束の時間より早く着いたが、剣は仕上がっていた。


「あいよ、お嬢ちゃん。こいつでしっかりと紳士様のお役に立ちなよ」

「すごい、かっこいい! おじさん、ありがとう!」

「おう、大事に使ってくれよ」

「うん、いっぱいぶった斬る!」


 というわけで、帰ってからもニコニコと刀を眺めていた。

 いいなあ、俺もなんか新しいのがほしい。

 必要な物は別にないけど。

 俺の分の新しい物は無いので、新しい者である新入り従者のオーレを探すと、家馬車で水風呂に入っていた。

 水風呂というか氷風呂だけど。

 かち割った氷が浮かんだ風呂は、残暑の残る季節とはいえ無理がある。


「はー、つめたいー、しあわせー」


 幸せを邪魔しちゃ悪いので、外にでる。

 すでにテントはたたんで撤収の準備をしていた。

 片付き次第、出発だ。




 見送りに来ていたバンドン商会のオルトールなどに見送られ、コンザの街を発つ。

 お宝を処分して身軽になった分、しこたま食い物を積み込んである。

 ここから先は、もう大きな街はない。

 つぎは旅の終着点、アルサだ。

 その直前に、デュースの友人リースエルの息子と言う地主のところに立ち寄るぐらいか。


「彼は名をリンツと言ってー、善良で優秀ですが学者肌でー、剣も魔法も得意ではなかったですねー。若い頃は王宮に務めていましたー。いい領主になっているのではないでしょうかー」

「ほう」

「娘のフューエルはー、つまりリースエルの孫ですがー、彼女は十年ほど前に一緒に旅をしたことがありましてー、まだ小さかったんですが彼女の魔法は優秀でしたねー。私のいわば最後の弟子でしたねー」

「ほほう」

「その後ー、とある依頼で南方にわたっていたのでずいぶん会ってませんがー、懐かしいですねー」

「いい子だったのか?」

「やんちゃでしたねー。大人になったら私を従者にしてくれると言ってくれたのがうれしかったですねー。相性は合わなかったんですけどねー」

「そうか」

「友人はたくさんいましたがー、長い人生で、私を従者にしてくれるといった人はご主人様以外では彼女だけ……いえ、もう一人……ふふ、なんだか懐かしいですねー」

「楽しみだな」

「はいー。きっと美人になってますねー」

「そりゃ楽しみだ」

「ふふ、大事な友人ですからー、気軽にナンパしないでくださいよー」


 気をつけよう。


 気を取り直して視線を前に向ける。

 先頭はいつもどおりオルエンのシュピテンラーゲ。

 次いでレルルの愛馬、ミュストレーク。

 その後ろにフルンとウクレが手綱を引きながら仔馬のシェプテンバーグがポクポク歩いている。

 ちゃんと懐いているようだな。

 野良犬でもあんなに簡単には懐かない気がするけど、どうなんだろう。

 動物は飼ったこと無いからわからんなあ。


 馬車を引く太郎と花子はいつもどおりで、ついで御者台にデュースと俺。

 そして俺の膝の上には太郎と花子の娘の撫子だ。


「おとーしゃん、おかーしゃん、うんこ、うんこー」

「なんだ、トイレか?」

「んーん、うんこー」


 うーん、子供はうんこ好きだな。

 まああれだ、目の前を馬が五頭も歩いてれば見境なしだからな。

 街道もちょっと街から離れるとあちこちに馬糞が落ちてるし。

 この臭いも慣れたつもりだったが、夏の暑さが臭いを引き立てるようで。

 異世界ぐらしも楽じゃないな。




 数日がすぎた。

 今日も今日とて、海辺の道をだらだら進む。

 海の景色は切り立った岩場から、遠浅の砂浜に徐々にかわる。

 道なりに松の防風林が作られている。

 時折、小さな漁村の集落があり、網が干されている。

 なんだか日本の田舎の風景みたいだな。


 などと郷愁に浸っていると突風が。

 強烈な潮の香りとともに、砂が顔にかかった。


「うへ、きついな」

「この辺りは海風が強いですねー。ただー、空模様を見ると、また嵐かもしれませんねー」


 デュースに言われて空を見上げると、確かに雲の流れが早い。


「またか、こんな何もないところで嵐だと大変だぞ」

「いそぎましょー。もう少し行けば少し陸側に入るはずですしー」


 更に一時間もすすむと、叩きつける雨、吹きすさぶ風。

 波は荒々しく猛り、人を寄せ付けない。

 って完全に台風じゃないか。


「いやー、今年は大荒れですねー」


 ガタガタとゆれる馬車はギシギシとひしゃげている。

 特に幌馬車がヤバイ。

 幌が吹き飛びそうだ。

 今年一番の台風だな。

 とにかく、どこかでしのがないと、馬車がぶっ潰れるぞ。


「そうですねー、どこか都合よく洞窟とかあると良いのですけどー」


 オルエン、エレン、コルス、レルルの四人が今、近くに雨風をしのげる場所がないか調べに行ってくれている。


 最初に戻ってきたエレンは、少し戻ったところにある防風林をすすめる。

 こいつは近いが、今より更に嵐が激しくなると頼りないという。

 コルスは、山側に入ったところに林があり、風は凌げそうだという。

 オルエンは前方に窪地が有り、風は防げるが大水が出るとどうなるかわからないという。

 最後にレルルは、コルスの見た林の先に、大きな洞窟があったという。


 さて、どうしようか。


「急速に気圧が低下しています。嵐は更にひどくなると思われます」


 との紅の言葉で、レルルの見つけた洞窟に向かうことにした。

 オルエンとレルルに先行してもらい、俺達も馬車でそちらに向かう。

 途中、ぬかるみに車輪を取られてしまい、総出で馬車を押す。

 お陰でびしょびしょだ。


 皆でずぶ濡れになりながら、どうにか洞窟までついた。

 入り口はぎりぎり馬車が通れるサイズだが、中は広い。

 岩盤もしっかりしていて、いきなり崩れたりする心配もなさそうだ。


「いやー、いいところが見つかりましたねー。大人数だと小回りがきかないので、気をつけなきゃ駄目なんですけど、ひどい嵐ですねー」

「たしかに、デュースの言うとおりだな。レルル、お手柄だったな」

「あ、ありがとうであります!」


 火をおこして暖を取る。

 洞窟といっても、大岩がくり抜かれたトンネルのようなもので、奥行きは三十メートルほどしか無く、その先は小さな穴で反対側の森に抜けている。


「これ見てよ、壁画ね。いつのものかしら、それほど古くはなさそうだけど」


 素っ裸でうろついていたペイルーンが、壁を見上げながら、エンテルを呼ぶ。


「どれですか?」


 とこちらはあまり濡れていないエンテルが、髪を拭きながら見に行く。


「どうでしょう、この辺りだとボーベンかダッソ……、いずれにせよ千年以上前のものでしょうね」

「狩猟民がここをねぐらにしていたのかしら、たしかに、都合のいい洞穴だもの」


 へえ、そういうのは大発見にはならないのかな。


「よくあるから、まあそこいらに隠された洞窟の入口でもあれば別だけど」


 気になるじゃないか。

 よし、エレン、メイフル、探すんだ!


「それはいいけど、あとにしてよ。僕達もびしょ濡れだよ」


 とエレンが手をふって答える。

 確かにずっと外にいたせいかずぶ濡れで、今も素っ裸で火にあたっていた。

 しかたない、風呂でも沸かすか。


 雨水はいくらでもたまるので、水をためて湯を沸かす。

 久しぶりに桶にお湯を張って露天風呂だ。

 夏場とはいえ、長時間雨に濡れると冷えるからな。

 しっかり温まらないと夜は多少涼しくなってきたし。


 風呂で温まってさっぱりしたところで、カプル特製の折りたたみベッドでごろりとくつろぐ。

 洞窟でのキャンプってのも、なかなか乙なものだな。

 十メートルほど高さのある天井に焚き火の光が反射して、なかなか幻想的だ。

 話し声に微妙にエコーがかかるのもまた面白い。

 場所が広々と取れるので、子どもたちは少し離れたところにむしろをひいて、遊んでいる。

 アンとモアノアは、ロープを張って、毛布を干していた。


「すこし湿気っているので、干さないと」

「んだ、夏場はカビが生えるだよ」


 たいへんだな。

 布団乾燥機なんてないもんなあ。

 むかし会社に泊まりこんだ時に、うっかり家に布団を敷きっぱなしにしていたら、カビが生えてたことがあったからなあ。

 そういや、今も日本の家の布団は敷きっぱなしだ。

 あれ、ちゃんとしてくればよかったかな。

 いや、時間は過ぎてないんだったっけ?




 夜も更けてきた。

 嵐はますますひどくなり、洞窟の入口からもそれなりに風が吹き込んでくる。

 壁になるように馬車をとめてはいるが、逆に風のお陰で、蒸れずにスッキリしている。


 ごろりと地面に横になって、壁を眺める。

 うっすらと残る壁画を書いた連中も、こうして嵐をやり過ごしたりしたのかね。

 うとうとしていると、妙な夢を見た。

 魔物に追い詰められた狩人が、この洞窟に閉じこもってやり過ごす。

 そうこうするうちに、洞窟のなかに抜け道を発見する。

 だが、その奥には魔物以上に恐ろしい何かが……。


 盛り上がったところで目が覚めた。

 なんか俺にしては普通の夢だな。

 最近、もやもやした夢しか見ないからなあ。

 さっき、ペイルーンたちとあんな話をしたからかな。


「マスター、眠れませんか?」


 不寝番の紅が声をかける。

 どうやら、おれは紅の膝枕で寝ていたようだ。


「いや、変な夢を見てな。こう、この下に洞窟があって……」

「この下には巨大な空洞が有ります」

「え、あるの?」

「先程、簡易エコーで調査しました。東側の壁面から下層に向かって、縦穴が通じています。夜が明けたらお伝えしようと思っておりました」

「へー、そりゃすごい。何かお宝でもあるかな」

「構造的に、人工物だと思われます。なにか有意なものが隠されている可能性は、自然の洞窟より、高いと思われます」

「おお、そりゃ楽しみだ」


 隣で話を聞いていたセスも珍しく乗ってくる。


「面白いですね、試練の塔はいささか形式張っていて、冒険という気がしなかったのです」

「ああ、それはわかる。ほんと試練っていうか、仕事って感じだよなあ」

「はい。まだこうして洞窟で野宿するほうが、冒険者となった気がします」


 さて、この下にはどんな冒険が待っているのか。

 考えていると楽しくなってきた。

 楽しくなってきたところで、もう一眠りするか。


 改めて夢を見る。

 今度はいつもの、白いもやの夢だ。


「さて、これがひとつの節目じゃな」

「なにが?」

「ターニングポイント、というやつじゃよ」

「なんだっけ、それ」

「……エクネアルの楔はすでに抜かれておる。それが吉と出るか、凶と出るか」

「怖がらすなよ」

「なに、いつものことじゃ」

「まあそうだけど、理不尽だな」

「ふふ、そうじゃな」

「ところで、今日は二人はいないのか?」

「二人? ああ、ここにはおらぬよ。相が違えば層も異なる。ここにおるのはわしと今一人……」


 そう言って見えない誰かが指さした先には、見慣れた誰かが、黙ってこちらを見つめている。

 いつも、ああやって見てくれてるんだなあ。

 そう思うと安心したのか、俺は更に深い眠りへと、落ちていった。

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