第103話 コンザ

 名前もわからない塔を出てから三日目の昼前、深い森を抜けると目の前が開ける。

 海だ。


「おお、海だ。久しぶりだな」

「うみー、およぐー」


 フルンがキャビンから顔をのぞかせて騒ぐ。


「後でな。崖ばっかりで降りれないだろう」

「うーん、とびこもう! 上から!」

「どうやって登るんだ?」

「まえ、ご主人様に壁の登り方教わったよ!」


 あんなものは教えたうちにはいらん。

 はしゃぐフルンを抑えながら、馬車を進める。

 海岸沿いの道は切り立った崖になっており、海から吹き上げる風は結構強い。

 幌をはためかせながら俺達はのんびりと街道を行く。


 少し景色を眺めようと、キャビン内に付け替えられた梯子を登って見張り台にでる。

 こちらも手すりと小さな屋根がついて、軽い雨ならしのげるようになっている。

 もちろん、見晴らしは抜群だ。

 登りやすく、過ごしやすくなったので、こっちの見張り台で過ごすことも増えてきた。

 抱っこ要員にウクレと撫子を引っ張りあげて、両手に抱えて海を眺める。

 反対の隅っこでは、紅が見張りをしている。


「うーみー、でかいー」

「本当に大きいですね。私、ずっと内陸で育ったから、海は何度見ても驚きっぱなしです」

「うみー、うーみー」


 撫子は海を見ながらきゃっきゃとはしゃぐ。

 そういや撫子は海がはじめてだっけか。

 あとで泳がせてやろう。

 ここいらではちょっと海まで降りる道がなさそうだけど。


 水平線を眺めると、遠くに帆船が何艘か見える。

 あんなでかい船を、ごつい船乗りのお姉さん方が操ってるのかね。


 三十分も崖沿いの道をすすむと街道は再び陸側へと切れ込んだ。

 森に阻まれて海が見えなくなっちゃったな。


「あー、うみー、うーみー」


 撫子が視界から消えた海を求めて手を伸ばす。


「またあとで見れるよ」


 ウクレが優しく諭すと、撫子は嬉しそうにウクレにしがみついた。


 ここの森はかなり茂っていて、道の上まで木がせり出している。

 するとどうなるかというと、毛虫が垂れてるんだよな。

 そろそろ毛虫が増える季節か。


 と言ってたら目の前にぶら下がった毛虫が飛び込んできた。


「うわっ」


 驚く俺に驚いて、ウクレがしがみついてくる。


「な、なんですか!?」

「いや、ちょっと毛虫が」

「なんだ、毛虫ですか。あ、いました」


 素手で掴んで投げ捨てる。


「はい、もう大丈夫ですよ、ご主人様」

「お、おう。素手で掴んで刺されないのか?」

「今のは毒は持ってないので。昨日もテントにいっぱいついてました」

「なるほど」


 俺は見ても区別がつかんよ。

 そんなに虫が苦手なわけじゃないが、大好きなわけでもないので下に引っ込もう。


 上に比べると風通しが悪い分、キャビンの中はちょっと暑いが、別に不快という程でもない。

 もう、秋なんだなあ。


 幌馬車の中央では、朝まで見張りと称して飲んでいたエレン達が寝ている。

 いつもは起きてるセスや、一人で先行してるコルスまで一緒に寝てるのが珍しいな。

 周りにカプルが作った将棋やらリバーシのコマが転がってるのは、朝まで遊んでたのか。

 何やら売り物にするとか言ってたからな。


 踏んづけないように横を通り抜けて家馬車まで行くと、こちらではアンとエンテルがメモを片手に相談していた。


「何やってるんだ?」

「島に渡る前に必要な資材の検討をと思いまして。アルサの街でしばらく時間が取れるはずなので、そこで新しい荷馬車の手配などもしますし、持っていく荷物もリストアップしておかないと」


 とアン。

 そういや、このまま乗り込むわけには行かないんだったな。


「それに、先日稼いだ宝を、もう少し可搬性の良いものに換金しなければ運べません。メイフルは何かの商売に投資と、あとは証券に替えると言っていましたが、私達もそういうことは疎いので」


 とこちらはエンテル。


「証券って大丈夫なのか?」


 こっちの世界の金融商品ってどれぐらい信用できるんだろう。

 金のことは丸投げしてたからわからん。


「あとでメイフルから直接聞いたほうが良いと思いますが、財産のリスクはどんな形態でもある、大量の現物を持ち歩くリスクは、銀行が潰れるそれの比ではない、基本は分散することだ、と言っていました」

「なるほど」

「それで、ここ数日はみんな夜通し見張りを増やしていますし」


 ああ、それで、セスやコルスまで寝てたのか。

 飲み過ぎたんじゃないかと疑ってごめん。


「結局、どれぐらい儲かったんだ?」

「エレンとメイフルがざっくり見積もっていましたが、……一億はくだらないかと」

「まじか」


 一概にはいえないが日用品の物価で比べると、こっちの世界は日本の数分の一ぐらいなので、要するに数億円ぐらい一気に儲かったわけだ。

 しかも税金ないし。

 これもう、別に働かなくてもいいんじゃ……。

 いや、それよりもそんな大金持って旅するのはたしかに危険そうだ。


「詳しい話は後で聞いとくが、基本的にメイフルに任せとくよ。金の話はさっぱりわからんからな」

「それがよろしいかと」

「そもそもメイフルには世界一の大商人になってもらうんだ。これぐらいがつんと投資してやらんと」

「そうですね、仰るとおりです」


 とアンも頷く。

 二人ともまだまだ忙しそうだったので、俺はそのまま家馬車の屋根裏に。


 こちらではペイルーンとアフリエールが丸薬の袋詰をしていた。

 ボロ儲けしたからといって急に仕事を投げ出したりしないのは関心だな。

 と思ったら二人共座ったまま、うたた寝してた。

 疲れてるのかねえ。

 すごくいたずらしたい気分だったが、そのままにして下に降りる。


 御者台に戻り、再びデュースの相手をする。


「あと一時間もかからずにコンザの街につくはずですよー」

「ほう、どういうところだ?」

「近年になって発展した街ですねー。三十年ほど前に港を拡張して、大きな船が出入りできるようになってから、どんどん大きくなったんですよー」

「ほう」

「以前は山越えしていた人達もー、ここの港から我々が山に入った方とは反対側に有る港までー、海路で渡るようになったんですよー」

「つまり、あそこを海で超えてたらここまで来てたわけか」

「そうなりますねー」


 そっちを通ってればカプルやオーレとは出会えてなかったわけで、今となっては無しだけど、やっぱ海路も気になるな。

 それに海にも従者になってくれる娘がいたかもしれないしなあ。

 人魚とか。

 いるのかな、人魚。

 人魚とか、あと下半身が蛇みたいな魔物っていたとしたら、どうやってナニするんだろうなあ。

 などとマヌケなことを考えていたら顔に出ていたのか、デュースが声をかけてくる。


「どうしましたー?」

「いや、船も楽しみだと思ってな」

「そうですねー、ところで馬車の処理ですがー、あてができたんですよー」

「ほう」

「先日の手紙で確認をとっていたんですけどー、すぐに塔の騒ぎになったのでー」

「ああ、なんか来てたな」

「あれはリースエルの息子からの手紙だったんですがー、アルサの港の近くに屋敷を構えてちょうどその辺りの領主をやってましてー、そこで預かってもらえそうなんですよー」

「ほう、知り合いなら安心だな」

「そうですねー、場所的にー、アルサに入る前に寄って行くことになりそうですねー」


 この馬車も愛着が出てきたから、処分するのも忍びないしな。


 暫く行くと再び海が見えてくる。

 その先には大きな街だ。


 港には巨大な船が何隻も停泊している。

 ああいう船っていろんなギミックがむき出しで付いててかっこいいよな。

 そんな船を横目に眺めながら、俺達はコンザの街についた。


 キャンプ場は街の外れにあり、いつもの様に場所をとる。

 冒険者もいるが、商人のキャラバンも多い。

 下働き風の男たちが、積み荷を担いで走り回っている。

 海路で来た商品を運ぶのだろう。


 俺達といえば、まずは金の処理だ。

 うちの商売担当のメイフルを中心に、セスとデュースを連れて街に出る。

 お宝は馬車においたままだ。


「で、ここに商談の相手がいるのか」

「そうですな。まあ、あらましはさっき言いましたけど」


 出る前に聞いた話では、工場を作ってボードゲームなんかを売るということだった。

 カプルが作った試作品を幾つか持ってきているはずだ。

 俺の世界では十分人気のゲームなわけで、面白いに決まっているので、あとはこの世界にうまくマッチするように売るだけなんだが、そのへんはメイフルに任せよう。


「この街はペルウル同様、海商の要所ですからな。うちも何度か来たことありますねん」

「ほう」

「バンドン商会の支店もでてますねん。商売の義理として、最初に顔出すもんですわな」

「そういうのは任せるよ」

「おおきに、ほないきまひょか」


 バンドン商会とはメイフルの師匠の娘が嫁いだという海商で、わりと大きな店らしい。

 メイフルの師匠は、今は自分の店もたたみ隠居しているが、かつてはバンドン商会で大きな船団を任されるトップの船長で、彼女の弟子を名乗る商人や船乗りはこの業界には多いらしい。

 今でも、ご意見番として一目置かれているとかなんとか。


 海沿いの商業区には大きな建物が立ち並ぶ。

 そのうちのひときわ立派な建物に、メイフルはずかずかと入っていく。


「こういうの、ちょっと気後れするんだよなあ」


 隣にいたセスに言うと、


「私もです」


 と頷き返す。


「王宮に比べればましですよー。商人は利害さえ反しなければ別にとって食われたりしませんからー」


 そう言ってデュースはズカズカついていく。

 つまり王宮だと利害も関係なしにとって食われるのか。

 たしかに、そっちのほうが怖いな。

 仕方ないので俺も入る。


 中に入ると、メイフルが出迎えた男となにか話している。

 懐から取り出したバッジのようなものを見せたようだ。

 男はすぐに奥に引込み、かわって中年のご婦人が出てくる。

 派手に着飾った、いわゆる「海の女」だ。


「姐さん、おひさしゅう」

「メイフルー、あんた元気でやっとったんかー、聞いたで、なんやエライイケメン紳士の玉の輿に乗ったとか」

「玉にのったんは姐さんのほうちゃいますんか、シオーウンの領主の息子を落としたとか聞いてますで」

「あほう、あんな玉、二個が百個になっても乗るとこなんかおまへん」

「そりゃ、どこの男でもそうですわ」


 なんでこんな立派な商館のロビーで下ネタ漫才をしてるんだ、あの二人は。


「ほなうちの玉を紹介しときまひょか、ニホンの紳士、クリュウいいますねん、よろしゅうに」


 そう言ってメイフルに無理やり紹介されると、ご婦人はガバーッと近寄ってきてベアハッグ、もといハグされた。

 苦しい。


「うわー、兄さんほんまイケメンやん、メイフルあんたようやったなー」

「おおきに姐さん。大将、こちらはここのコンザ商館の館長、オルトールですわ」

「オルトールや、よろしゅう頼むで、兄さん」


 グイグイと締め上げながら、よろしくされた。

 商売は厳しい。


 どうにか開放されて奥に案内される。


「積もる話もありますけどな、まずは商売といきまっか」


 オルトールの姉御は、立派なソファーにでーんと腰を下ろすと、そう切り出した。


「それですけどな、うちらはまだ試練の旅の途中ですねん。終わるのは順当に行って、来年の春ですわな」

「せやな、つまりもう、仕込んどる時間はあんまりないっちゅーこっちゃ」

「そうですねん。つまりですな……」


 と何やら商売の話を始めた。

 詳しいことはわからんが、紳士印の冒険グッズという名目でパズルとかテーブルゲームとかそういうのを売るつもりらしい。

 フルンがせっせと作っているすごろくだけでなく、将棋とかリバーシとか、俺の知ってるものはいろいろ教えておいたんだけど、それをアレンジして売るようだ。

 カプルがこしらえた見本も取り出して、何やら売り込んでいる。

 冒険者にかぎらず船乗りも、旅のお供は酒かスケベしかないというこの世の中で、ああいうゲームの潜在需要はすごいのかもしれない。

 しかも、今まで存在しないにもかかわらず、一度普及すれば、以後はあって当たり前になる商品というのは、当たればすごくでかい。

 ブランド込みで売れれば、すごいことになるかもな。

 もっとも、売れそうなものが必ず売れるとは限らないけど。


「なるほどなあ、なんとも言えんけど、こりゃあ、確かにかける価値あるなあ」

「でっしゃろ」

「せやけど、あんたも売り込みうもうなったな」

「おおきに」

「あんたやから言うけどな、東のほうも物騒になってきたやろ。仕入れの方も最近微妙やねん。うちもなんぞいるんやわ」

「わかってまんがな。そこで合同会社ちゅー方向でですな」

「工場はどないすんねん」

「シーリオの農園が干ばつでひどいそうですやん、あそこに公館ありまっしゃろ、あれでええですやん。あそこやと河が一本や」

「なんであんた知っとるんや、旅しとったんちゃうんかい」

「旅しとっても行商人はようけおますで。そいや、イクタ村でベレの旦那に会いましたわ」

「ほんまか、あの男なにしとるんや」

「干物やってましたで」

「ベレにはいうたんか?」

「気の毒でよう言いまへんわ」

「あはは、まあええわ。ほな、七かな」

「五にしといてえな」

「あんた十は稼いだやろ、若いうちはあれこれ手だしたらあかん」

「なんで知ってますんや」

「こない新聞のトップ飾っとったら嫌でもわかるがな」


 そう言って新聞を取り出す。

 先日のインタビューか、まだ見てないよ。


「かないまへんな」

「ほな、それで手打ちやな」

「大将もそれでようおますか」


 といきなりメイフルに話をふられる。


「ああ、いいぞ」

「おおきに」

「なんや紳士はん、太っ腹やな」

「俺はどっちかというと職人でね。素人が口出しして失敗した商売はたくさん見てきたよ」

「そりゃ、ええ心がけですわ。ほな、乾杯といきまひょか」


 オルトールが手を叩くと、執事っぽい老人がやってきて、ボトルをあける。

 それで乾杯して、商談成立だ。


 後から説明されたんだが、うちが七千万ほど出資して、工場を作るらしい。

 それをバンドン商会の流通を通じて売るそうだ。


 そのまま昼食に招待される。

 どっちにしろ食って帰ると言っておいたので、大丈夫だろう。

 会食の場にはコーザスでエディに紹介された人物もいた。

 要するにお偉いさんばっかりだ。

 適当にしのいで切り抜けると、メイフルとオルトールが廊下で話しているのが見えた。

 ちらりと覗くと、ちょっとしんみりしているようだ。


「あんた、スノウルに手紙ぐらい書いたんか?」

「……ちょいと…なあ。やっぱ女将はん、怒ってますんか?」

「そりゃ怒るわ。勝手に出ていくわ、いつんまにか従者になるわ」

「けど、あそこにおったら迷惑かけますやん」

「そんなん気にしとったんはあんただけや」

「せやけど」

「まあええわ、結果的にあんたには一番よかったんかもしれん。だから、ちゃんとそれを言うとかなあかん」

「姐さん……」

「スノウルのあほ、めっちゃ心配しとったで、自分のせいで追い出すことになったんちゃうかって」

「そんなあほな、うちは自分で勝手に……」

「せや。だからアホやいうてんねん。ほんまあんたらアホばっかりや。師匠が聞いたらおもいっきり蹴られるで」

「師匠も最近はケリがでんようなって……お年やさかい」

「先月おうてきたけどな。まあ、まだげんきやわ。倉庫で椅子に座ったまま若いもん怒鳴り散らしとったわ」

「あはは、目に浮かびますわ」


 その後も二人で何か話していたが、俺はそっとその場を離れた。

 スノウルって確かメイフルの師匠である店長の娘さんだよな。

 まあ、人生いろいろあるよなあ。


 いろいろ交流を深めながら、商館を後にする。

 ああ、疲れた。

 冒険のほうがよっぽどマシだよ。


「大将、ほんまおおきに」


 ひと仕事終えたメイフルは、満足そうに俺に礼を言う。


「おまえこそ、おつかれさん」

「これでうちも夢に向かって一歩が踏み出せますわ」

「大変なのはこれからだろ」

「そうですな。カプルはんにも気張ってもらわなあきまへんな」

「どうせならめちゃくちゃ売れるのをつくろうぜ」

「とはいえ、バクチみたいな商売ですからな。うまくいったらおなぐさみですわ」

「まあ、いいじゃないか。フルンの作ったすごろくを、世界中の人間が遊ぶかもしれないぞ」

「ほんまですな、さすが大将は考える事のスケールがデカイですなあ」


 キャンプに戻ると、バンドン商会やなんとか銀行の人間がぞろぞろ来ていた。

 この場で決済するらしい。


 なにかごちゃごちゃと手続きして、手元に残ったのはいくつかの証文と、百万ほどの金貨。

 あとはペイルーンがより抜いた純度の高い精霊石が数箱分といったところだ。


「ずいぶん、寂しくなっちまったな」

「でも、安心しました。あれだけのお金を持ち歩くのは、どうも不安で」

「そりゃそうだ」


 とアンと二人で苦笑する。


 順調にいって商売が稼働するのは来年の春だそうだ。

 楽しみだな。

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