第102話 お告げ

 ばったばったと敵を薙ぎ払って、俺達は今、塔の最上階にいる。

 おそらくはこの奥がコアのある部屋だ。


「準備はよいですか! 最後まで油断せずに参りましょう!」


 レーンのセリフに、気を引き締め直す。

 扉を開けて慎重に中に入ると、部屋の中央には巨大な精霊石があった。


 そこまで進み、神妙な面持ちで女神様のありがたい言葉を待つ。


「……」


 なかなか来ないな。


「…………」


 まだかな?


「ブー、ブー」


 あれ、今のブーイング?

 思わず後ろを振り返るが、パーティの面々は皆、頭を垂れて女神様の言葉を待っている。


「なんでかなー、なんで一番に来ないかなー」

「へ?」

「ちゃーんと一番に来られるように、ご主人ちゃんのすぐそばに作ったのになー」

「あの……」

「お宝とか用意して待ってたのに、他の冒険者が持ってっちゃうしー、あー、私ショックー」


 なんだこれ?


「もしもし、女神様?」

「なーにー?」

「その、お言葉をですね」

「あー、あれねー。なーんか、やる気でないなー」

「そうおっしゃらずに」

「先に言うこと有るんじゃないかなー」


 先ってなんだよ。

 わけがわからんが、拗ねた女の子には平身低頭謝るしか無い。


「まことに申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに、よその冒険者に先を越されるような事になってしまいまして」

「反省してるー?」

「は、まことに反省しております」

「そっかー、じゃあ、ゆるしちゃおっかなー」

「まことにありがとうございます」

「えーと、お告げだったねー。我らがぁー盟友たる放浪者……よ?」


 なんなんだ、このやりとりは。

 周りを見るが相変わらずみんなは頭を垂れたままだ。

 別に噴出すのを我慢してる感じでもない。

 あらためて前を見ると、巨大な精霊石の上に光り輝くシルエットが見える。

 あれが女神様か?


「なんじのぉーしれんわぁー、あーもうまだるっこしいわね。旅はもう終わりよ終わり、あとはネアルの塔だけでしょ。とにかく頑張ってご主人ちゃんもネアルにいい夢見せてあげてよね」

「はあ」

「やる気ないわねー」

「すんません」

「ほら、お告げしてあげたんだから、早く頂戴」

「え、頂戴ってなにを?」

「何って、名前に決まってるでしょ、な・ま・え!」

「いや、その、存じ上げませんが……」

「むかーっ! なんでよっ! 紅にはすぐにあげたくせに私にだけくれないとかどういう了見よ! いっとくけど別に今のはダジャレじゃないわよっ!」

「ごめんなさい」


 とにかく謝れ、俺。


「もう拗ねた、スネまくりよ! せっかく受肉しようと思ったのに! 何がウハウハライフが待ってるよ! エネアルの嘘つき!」

「あのー」

「もう終わり! 私、帰る!」


 そう叫ぶと、女神様らしきシルエットは部屋の天井を突き抜けて飛び去っていった。

 ……今のは何だったんだ。


「いやあ、いつもながらありがたいお言葉でしたね!」


 とレーン。


「え、まじで? めっちゃ軽くなかった?」

「軽い……ですか?」

「軽いというか、なんというか」


 俺が聞き返すと、レーンが難しい顔で、


「私にはいつもの試練の塔のお告げのように、重々しいお言葉しか聞こえませんでしたが」

「マヂで?」

「たしか……こうです」


(我が楔は解き放たれた。なれば汝の匣を開けよ。受肉の日は近い。おのが使命を果たせ。やがてネアルの予言は成就する。さすれば我らがのぞみも果たされよう)


「とまあ、こんな感じだったかと」


 俺が聞いたのとぜんぜん違うじゃないか。

 皆に確認したが、どうやら俺以外にはレーンの言ったとおりに聞こえていたらしい。


 わけがわからん。

 そういえば紅のこともなにか言ってた気がするが。

 紅も連れてきとけばよかった。

 まあなんにせよ、とにかく試練は終わりっぽい。

 釈然としないまま、塔を出た。


 塔を出るとすっかり有名人になっていた俺は、周りの冒険者からの祝福を受ける。

 それを切り抜けキャンプまで戻ると、今度は新聞記者とやらのインタビューが待ち構えていた。


「紳士様、塔の攻略おめでとうございます! この度の魔物退治のご活躍は全国にあまねく知れ渡ることとなるでしょう」

「ありがとうございます」

「次はいよいよルタ島に渡られると思いますが、今のご心境を一言」

「がんばります」

「他のライバルたちについてはどうお考えですか? すでにルタ島では二人の紳士が試練に挑んでおり、先頭を行く、深愛の虎ことブルーズオーンが第一の塔を攻略済みですが」

「試練は自分との戦いだと思いますので、マイペースで行くだけです」

「最後にファンの皆様に一言」

「いつも応援有り難うございます」

「ありがとうございました、紳士様の旅路に女神の祝福があらんことを」


 そう言って記者は去っていった。

 ふー、こっちもわけがわからん。

 へろへろに疲れきって風呂に飛び込む。

 はー、たまらんな。


「お疲れ様でした」


 アンがエールを手にやってきた。

 湯船に身を浸して飲むエールも格別だ。

 まさにこのために生きてるようなもんだよ。


 アンが着ているものを脱いで、俺の隣に身を寄せる。

 そのまま黙って凝り固まった俺の体をほぐすように擦ってくれる。

 エク仕込みのマッサージも堂に入ったものだ。


 心身ともにリラックスしたところで、やっとアンが口を開く。


「お告げはどうでした?」

「ああ、それなんだけどな」


 とさっきのことを説明する。


「それはまた、ずいぶんとフランクな女神様ですね」

「そうだなあ」

「ですが、我々にとって女神は文字通り神ですが、ご主人様のことは盟友と呼ばれておりますから、その、多少友達的な言葉遣いをされる女神様がいてもおかしくないのでは」

「そういう問題なのか?」

「いえその、わかりかねますが……」


 ちょっと苦笑するアン。

 まあいいや、あとで紅にも話を聞いておこう。


 アンにタップリと疲れを吸い出してもらって風呂からあがると、すでに日は暮れていた。

 広場は、まだまだ冒険者で溢れている。

 目の前には無数の篝火に照らしだされた塔がそびえ立つ。

 ここの試練も終わりか。

 次はいよいよ、最終目的地になるんだな。


「それでは改めまして。ご主人様、お疲れ様でした」


 皆で食事のテーブルにつき、塔攻略を祝ってアンの音頭で乾杯する。

 しこたま食って一息ついたところで、アンやデュースと明日からの相談をする。


「特に何もすることはありませんねー。まっすぐアルサの港町を目指しましょー」


 とデュース。


「そうですね。何より金銭の心配が不要になりました。まっすぐルタ島に渡るべきでしょう」


 アンも頷く。


「まっすぐ行くとどれぐらいだったっけ?」

「二週間ですねー、秋が深まる前につけるでしょー」

「途中に寄るようなところはないのか?」

「そうですねー、ここから三日ほど行くとコンザと言う大きな街がありますねー。そこなら冒険者ギルドもあるので竜退治の称号なども発行してもらわなければなりませんしー、そこで少し留まるぐらいでしょうかー」

「なるほど」


 そういや竜退治とかもしたんだった。

 色々あってすっかり忘れてたよ。


「そことアルサで少し装備などを買い整えてもいいかもしれませんねー。ルタ島に渡ると、そこまで融通がききませんからー」

「そうなのか」

「そうですねー、ゲートがありませんしー、船で半日ー、しかも冬の間は海が閉ざされるような島なのでー」

「そりゃ大変だ」

「それでも大きな島なのでー、食べるものに困るようなことはありませんけどー」

「まあ、飯さえ食えれば十分さ」

「ですねー」


 とデュース。

 そこでアンが紙の束を取り出す。


「エンテルにお願いして、ルタ島の資料を集めてもらっておきました」

「ほほう」

「ルタ島には女神ネアルのお作りになった試練の塔が八つあります。これを順番に回り、塔の最上部にあるという金印を御札に集めて最後に島のネアル神殿に行くと試練達成となり、女神ネアルにお披露目となります」

「お披露目?」

「長らく塔が途絶えていたのでわからないのですが、どうやら紳士の前に女神が現れて、祝福を受けるそうです。それでホロアマスターの称号を授かるとか」

「なるほど」


 というかスタンプラリーなのか。

 ますます、ゲームじみてくるな。


「八つの試練に挑むのは紳士に仕える八人のホロア……と古くから言われていたようなのですが、どうも新しい試練ではもうちょっと大雑把なようで」

「というと?」

「つまり、他の試練の塔と同様に、人間でも古代種でも同伴するのはだれでも構わないようで。しかも、かつては紳士自身は戦わず、ホロアだけを駆使して試練を乗り越えるものだったようですが、別にご自身が戦っても良いらしいのです」

「ずいぶんとアバウトだな。まあ、うち的にはそのほうが都合がいいだろうが」

「そうですね。とにかく紳士とそのパーティ、という構成ならなんでも良いようです」


 つまり、俺は必ず行かなきゃならないんだな。

 まあいいけど。


「それで、期限とか他に条件はあるのか?」

「特にないようで。もっとも、まだ誰もクリアしていないのでわからないほうが多いのですが」

「そうか」

「あとは……島は一周約百キロで中央に島を南北に分断する山があります。我々は島の北側にあるオルミナという港町から上陸します。ここから南西に向かうとネアル神殿があります。ここは三大神殿の一つと呼ばれる大きなものですね。そのまま左回りに島を一周し八つの塔をまわります。最後にまたネアル神殿に戻り、お披露目となるようです」


 アンが見せてくれた地図によると、ルタ島は四国を小さくしたような四角い島だった。

 大きさ的には淡路島ぐらいなのかな?

 地図を見ただけじゃわからないけど。


「しかし、馬車無しで回るとなるとちょっと大変だな」

「そうですね。そこで、家馬車だけは船で運べるはずなので、これをタロウに引かせ、もう一台、現地で手頃な荷馬車を用意して、それに荷物を積んでハナコに引かせて移動しようかと思います。塔の側には村や町もあるそうですから、試練の間だけでも宿をとるということも考えております」

「そうか、まあ臨機応変に行かないとな」

「現状でわかっているのはその程度でしょうか。あとは……やってみないとわかりませんね」

「そりゃそうだ。みんなで頑張ろうぜ」

「はい」


 相談を終えると急に眠くなってきた。

 やっぱり疲れてるのかね。

 明日は出発なので、さっさと眠るとしよう。




 白いモヤの中。

 小洒落たテーブルに茶器が四人分。


「どうぞ、マスター」


 俺の右隣にすわる紅が紅茶を注いでくれる。

 いい香りだ。


「私にもちょうだいよ」


 左隣の人物が紅にねだる。


「どうぞ、エクネアル」

「ありがと」


 左側のテューカップになみなみと注がれると、見えない何かがそれを飲み干す。

 誰か居るのに、誰だかわからない。

 透明人間か?

 それとも、先日のフライングヘッドか。


「まさか、そんな化け物みたいな名前つける気じゃないでしょうね」

「滅相もない」


 慌てて否定する俺。


「それにしても、話が違うじゃない、エネアル」

「お主がそそっかしいからじゃ」

「えー、わたしのせい?」

「そうじゃ」

「ひどーい」


 俺の対面にいるはずの見えない誰かは、お茶をすすりながら、左の誰かを軽くあしらう。


「良いではないですか。また、こうして揃ってお茶を楽しめるのです。それだけで、私は満足です」


 そう言って紅もお茶を飲んでいる。

 紅が飲み食いするところはほとんど記憶に無いな。

 食べられると言ってたけど。


「あなたはそりゃあいいわよ。立派な名前も貰って、そうしていられるんだから」

「ですが、私のウェルビネは永遠に失われました。同時に受肉すべき肉体も失われたのです」

「いいじゃない、人として生きていくのに、今更いるものじゃなし。ご主人ちゃんはこういうツルツルも好きなのよね?」

「まあね」

「ほら、あー私も受肉の準備とかしてないで、さっさとフォールしてればよかった」

「お主が自分で生が一番とか抜かしたのじゃろうが、自業自得じゃ」

「エネアルだって自分の匣を作らせてるじゃない」

「あれはわしのではない」

「え、違うの? じゃあ、だれの? 撫子……はいらないもんね。まさか馬から生まれるとは大胆ねえ。あ、今のもだじゃれじゃないわよ」

「そうではない。今はまだわからぬ、もしかしたらわしかもしれぬ。だがわしのものと決まったわけではない。ここにいてはわからぬことじゃ」

「またわかりにくいこと言ってるし。ねえ、ご主人ちゃん、エネアルってなんでいつもこうなのかしら」

「ああ、まあいつもそうだよ」

「人聞きの悪い事を抜かすな。ほれ、もうすぐ朝じゃ」


 見ると紅茶はすべて飲み干されていた。


「じゃーねー、次はちゃんと私の名を呼びなさいよー、じゃないとどうなっても知らないからー」

「気をつけるよ」


 そう言って立ち上がったシルエットは、スラリと細長く、先端が二つにわかれた尻尾のようで、アレはまるで……。




「ごしゅじんさーまー、あーさー」

「げふっ!」


 フルンのフライングボディプレスで叩き起こされた。

 それはちょっとおじさんにはヤバイぞ。

 身がはみ出るかと思った。


「おきた?」

「あ、ああ、これ以上ないぐらい目が覚めた」

「じゃー、ごはんたべよー」

「今行くよ」


 飯を食ってテントを畳み、支度を終えて、居並ぶ冒険者や村人達にバンザイで見送られながら、俺達は塔を後にした。

 いつの間にかスターだな、俺。

 まあいいや。

 次はコンザの街か。

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