第101話 演説

「フライングヘッドですかー、また厄介ですねー」


 時刻は夕方。

 塔から戻ってきたデュースとフライングヘッドについて相談する。


「やばいのか?」

「まともに戦えばギアントより弱いくらいですがー、まともに戦えませんからー」

「なるほど」

「正攻法としては、神官が結界を張り、奴らの術を封じた上で虱潰しにたおすことですねー」

「結界か、コルスでどうにかならんか?」


 忍者のコルスは結界術に通じているようで、バリアとか張ったりできる。


「飛首の話は聞いたことがあるでござるが実物を見ないことには……、幻覚封じの術が良いでござろうか」


 とコルス。


「そうですねー、ただ、範囲がー」

「うぬ、拙者の術ではせいぜい半径十メートル程度。この場を覆い尽くすことはできぬでござる」

「ご主人様はみえたんですよねー」


 とのデュースの問に答えて、


「撫子に教えてもらえばな、自分だけだとどこにいるのかよくわからなかったな」

「なるほどー、撫子は見えるタイプなんですねー」

「見えるタイプとは?」

「幻術は精神に働きかける術ですからー、生まれつきそうしたものが効かなかったりする人もいるんですよー。無明などといったりしますがー」

「なるほど」

「では、しばらく撫子には一緒にいてもらいましょー」


 幻覚ならプールも詳しいんじゃないだろうかと思ったが、プールはフライングヘッドのことを知らないらしい。


「魔界にも様々な種族がおるのでな。想像するに、気配を消すタイプの幻術だと思うが、妾はそちらは苦手でな。派手に幻影を見せつけるのであればそれなりにアドバイスもできようが」


 たしかにプールはハッタリをかます系の幻術だからな。


「そもそもフライングヘッドとは通称ですからねー、彼らがなんという種族かさえわかってないんですよー」


 とデュース。


「見えないんだもんな」

「襲ってきた連中を我々が倒す分にはー、警戒さえしてれば問題ないんですけどねー、おそらく騎士団もそういう心づもりで来てたんでしょうねー、困りましたねー、冒険者に高位の神官がいればいいんですがー」

「一人、心当たりがあります」


 少し離れて控えていたローンが声を上げる。


「キッツ家お抱えの神霊術師パエ・タエがこの場におります。あの者ならば」


 キッツ家って今朝のあのやんちゃなお姫様か。


「あらー、聞いたことが有りますねー。たしかタナンの疫病を治したことで名を挙げたとかー。まだ若いのに大した腕だそうでー」

「はい、そのパエ・タエです」

「それは心強いですねー、しかし、それほどの術師がなぜ塔に? すでに十分な名声もお持ちでしょうにー」

「今はキッツ家の若き姫君の後見人として、旅をしているそうです」

「なるほどー、リースエルも昔そういうことをしていましたねー」

「リースエルとは、まさかオズの聖女のことでしょうか?」

「そうですよー」

「あの方をご存知なのですか」

「昔、お世話になりましてー」

「今一人、コンツィードという者もいます。これも名のある剣士で……」

「コンツ!? アルド家のコンツですかー?」

「はい。こちらもご存知で?」

「まだ彼が鼻たれだった頃にー、彼の実家のアルド家にしばらくご厄介になってましてー、彼にも少し魔術の手ほどきをしたんですがー、そちらの才能はありませんでしたねー」

「失礼ですが、あなたは一体……」


 訝しむローンにデュースは、


「私はただのメイドですよー」


 とだけ答えるが、隣にいたオルエンが一言、


「彼女は……かのです」

「まさか、あの三百年前の……あたっ」


 ローンはデュースに杖でガツンとやられた。

 オルエンと同じことをやってるな。


「人の年齢を詮索するものではありませんよー」

「こ、これは失礼を……いや、それよりも、まさかあなたがあの雷炎の魔女とは。知らぬこととはいえ、ご無礼の数々、お許しを」


 そう言ってローンは一歩下がって膝をつく。


「今の私は、紳士クリュウの一従者ですからー」


 デュースはそう言うが、ローンがデュースを見る目は明らかに変わっている。

 やっぱデュースは有名人なんだなあ。


「ひとまずー、パエという御仁にお会いしたいですねー、今、会えるでしょうかー」

「朝、塔に入ったのでもう出てきているとは思いますが」

「しかし、それほどの人なら丸一日ぐらいこもりっきりではー?」

「いえ、お供をしている姫君は、あまり……いえ、全く腕が立ちません。半日も塔に篭もれば今頃は一歩も動けないでしょう」

「そうですかー、まあ、よくある話ですねー」


 たしかに、そんなイメージだったな。

 と思い出していると、俺の顔を見たデュースが、


「あー、もしかして今朝ご主人様が三十秒でコマしたとか言うお姫様ですかー?」

「ええ、そのエンシューム姫です」


 とローンが頷く。

 人聞きの悪い事を言うなあ。


 とにかく話はまとまった。

 騎士団はそれでいいのか、と思ったら、もとよりその方向で話を進めるつもりだったらしい。

 俺達が行ったほうが話が早かろうというので、結局こちらが今から出向いて、その神霊術師の協力を扇ぐことになった。


 湖畔の道をてくてく歩いて村まで行くと、こちらも冒険者で賑わっていた。

 お姫様一行は、村一番の宿に泊まっているらしい。

 村一番と言っても、ちょっと大きめの空き家をでっち上げただけのあばら屋だが。

 人混みをかき分けて、目指す宿に入る。

 手ぶらで行くのも何なので、どうしようかと思っていたら、ローンが何処かからバラの花束を用意してくれた。


 出迎えたのは、あたふたと走り回っていた魔導師の娘だ。

 名はハシューと言うらしい。


「こ、これは紳士様! し、少々お待ちくださいませ」


 花束を受け取って慌てて引っ込んでいった。

 奥でドタバタと混乱している様子が伝わってくる。


「アポもなしにご婦人を訪問したんですから、一、二時間は待つ覚悟でないとー」


 とデュースは言うが、三十分ほどで奥に通された。


「お、お待たせしました。こちらへ」


 魔導師ハシューに案内されて奥に入る。

 ローンは控えているというので、中までついてきたのはオルエンとデュースだけだ。


「こんばんは、エンシューム姫。不躾な来訪をお許し下さい」


 精一杯さわやかな笑顔で挨拶すると、目一杯着飾ったお姫様が出迎えてくれた。


「クリュウ様、むさくるしいところをお目にかけて、心苦しいばかりです。貴方様に頂いた私の大好きなバラが、せめてこの場を彩ってくれることを願います」


 彼女は探索の疲れからか、わずかに疲労の色が見えるが、身だしなみと立ち振舞で見事にカバーしている。

 なるほど、こうしてるとお姫様っぽいな。

 安っぽい花瓶には不釣り合いなバラの花束が活けられている。

 ちゃんと彼女の好みを調べてあったのか。

 そういや、ハゲ親父あらためタヌキ親父のゴブオンも彼女を騎士団の知恵袋とか言ってたもんな。

 まあいい、それよりも目の前のお嬢さんだ。


「あなたとお話したいことは、山と有るのですが、今日はひとつ、お願いに参りました」

「光栄です、紳士様のお役に立てることであれば、なんなりと」

「ありがとうございます。時間がありませんので、単刀直入に申しますが、実は……」


 とあらましを説明する。


「分かりました、無辜の村民のために、己の名誉より、危険な魔物と戦う道を選ばれるのですね。貴方様が仰った試練とは、かくも厳しく、険しい物なのですね、私、改めて感服いたしました」


 姫は目に涙をためて感動している。

 大丈夫かいな、また過呼吸にならなきゃいいけど。


「パエ、話は聞いていましたね?」

「はい」

「あなたの力で、紳士様が自らに課された試練に、我々はお力添えできますか?」

「姫の望まれるままに」


 そう言ってパエという神霊術師は頭を下げる。


「コンツも、よろしいですか」

「同じく、姫のおこころのままに」


 そう言ってデュースの知り合いだという剣士は頭を下げる。

 ちらりとデュースの方を見たが、こちらは黙って目を伏せていた。


「時は一刻を争いましょう。我々はいつでも準備ができております。なんなりとお命じください」

「ありがとうございます、姫。段取りは騎士団がつける手はずになっています。そちらを交えて相談しましょう」


 そう言ってローンを招き入れる。

 入ってきて一礼するローンを見て、姫様が、


「ねねねねね、ねーっ、げふ、ごほ、げふげふッ!」


 あ、また叫んでおかしくなった。

 ローンはそんな彼女に歩み寄って、優しく手を添える。


「エンシューム姫、よくぞご決断なさいました。あなたの勇気はきっとお父上もお認めになりますよ」

「ね、ね、ねえさま! なぜここに! エンディミュウム様はいらっしゃらないと聞いていたのに」


 今、姉さまって言ったぞ?


「ほら、大きな声を出さないの。紳士様が見ていらっしゃいますよ」

「はっ! こ、これは、お見苦しいところを……」

「私は……とある任務でここの小隊に同行していたのです」

「そんな、いらっしゃるならどうして教えてくださらなかったの? ねえさまはやはり私を……」

「今でも私を姉と呼んでくれるあなたの優しさは、いつも私の心の支え。ですが、あなたももう独り立ちできる歳でしょう」

「でも……でも……父様は私のことなんて……。父様はねえさまに帰ってきていただきたいのです」

「いいえ、父は……キッツ卿はあなたを心配し、そして期待しているのです。でなければ右腕であるパエをこのような旅に同行させると思いますか?」

「で、でも……それではねえさまが」

「私は大丈夫。今はもう、私の居場所が……私が忠誠を誓う相手ができたのです」

「ねえさま……」

「さあ、行きましょう。我々はあなたの力を必要としているのです。そして、あなたも自分の力を誰かのために使う時が来たのでしょう」


 そう言ってローンは俺にひとつ、ウインクする。

 なんかはめられた気分だ。


「わかりました。行きましょう、ねえさま」


 お姫様は涙を拭うと、姿勢を正した。


「お見苦しいところをお見せしました。支度をしてまいります。紳士様は今しばらくお待ちを」


 そう言って姫はハシューを連れて奥の部屋に去っていった。

 あとに残った剣士のコンツィードが俺に歩み寄る。


「コンツィードともうす。仲間内からはコンツと呼ばれている」

「クリュウです。あなたのことはデュースから聞いていました、ひとつよろしく頼みます」


 そう言って頭を下げておく。


「む、紳士どのが一介の戦士に頭を下げられるか」

「そういう性分でね。それとも、もう少しフランクな挨拶のほうがいいかな?」

「これは恐縮です。噂のようなただの色男に雷炎の魔女がたぶらかされるはずがなかろうとは思っていたが」

「これが私の主人ですよー、コンツ」


 というデュースの手をとって、コンツは涙ぐむ。


「ああ、デュース、お会いしたかった、十年ぶりでしょうか。ゴウドンから話は聞いていたが、こうして従者となったあなたをみることができるとは」

「ありがとうございますよー、あなたも立派になりましたねー」

「これこそ望外の喜びです、デュース。なに、私と家内が力を合わせれば、フライングヘッドの十や二十……」

「家内? ではこちらはー」

「そうでした、紹介せねば。これが妻のパエ。連れ合ってもう五年になります」

「結婚していたんですねー、ゴウドンは何も教えてくれませんでしたー」

「あの人はいつもそうだ。他人のことはまず話さない。あの人と話すのは、いつもあなたとその仲間のことぐらいだ」

「ゴウドンはそういう人ですからー」


 そう言って笑いながら、デュースはパエと言う神霊術師に挨拶する。

 コンツは俺とほぼ同年で、流しの冒険者としてあちこちをさまよっていたらしいが、パエと知り合い、結婚したことで結果的にキッツ家に仕えることになったらしい。

 ごつい見かけとは裏腹に、ちょっとシャイかも知れない。

 一方のパエ・タエは昔からキッツ家に仕えていたそうだが、こちらも無口で多くは語らなかった。

 似た者夫婦か。


 デュースとコンツが思い出話に花を咲かせている間に、俺はローンに話しかける。


「妹さんだったのか」

「ええ」

「別に教えてくれなかったことを恨んだりはしてないけどね」

「あら、紳士様はなにか私に後ろめたいところでも?」

「まさかまさか……」


 このエディの愛人とやらは、どこまで本気なのかわからんな。

 こわいこわい。


 ひと通り挨拶が済んだところで、エンシューム姫が出てきた。

 勇ましくもブカブカの甲冑に身を包んでいる。


「さあ、参りましょう、紳士様!」


 揃って騎士団の詰め所に向かうと、中ではゴブオンが商人の代表数人を相手に揉めていた。


「話が違うじゃないか」

「がはは」

「時間を置けば、バーゲンの効果も薄れる、それぐらいわかっとるんでしょうが」

「がはは」

「すでに食料やら御札やらを大量に発注しとるんですぞ」

「がはは」


 ゴブオンはさっきから「がはは」としか言ってないな。

 あれで場が保つんだから、凄い才能だよ。


「おお、紳士殿、お戻りか。そちらがキッツ家の姫君であらせられるか」


 ゴブオンは居並ぶ商人を押しのけて、前に出る。


「お初にお目にかかる、赤竜騎士団第四小隊隊長ゴブオンともうす、お見知り置きを」


 跪いて差し出されたエンシュームの手に口付ける。

 俺とおんなじところに。

 こういうのは別に間接キスって言わないよな?

 俺が馬鹿なことを考えていると、居並ぶ商人が動揺し始めた。


「キ、キッツ家の……」

「あのドーンボーンの雷公のご息女か……」


 などと小声で言い合っている。

 それを無視して、エンシューム姫は宣言した。


「キッツ家を代表して、騎士団にご協力いたします。及ばずながら私の持てる力で、村に振りかかる厄災を払うことをお約束いたします」

「おお、姫様。ありがたいお言葉。姫のお力をもってすれば、必ずやこの地も平定されましょう」


 そこで姫様は商人たちに向き直り、


「商人の皆様、あなた方は金貨を知恵にかえる偉大な力をお持ちと聞きます。非才の我が身に少しでもその力をお貸しいただける方はいらっしゃらないでしょうか」


 突然話しかけられた商人たちは、ほんの一瞬、何かを考える顔になってから、一斉に姫に協力を申し出た。

 キッツ家ってのはそれほど有力な貴族だったのか。


 しかしあれか、貴族ってのは真顔で茶番をやる連中なんだな。

 ちょっと勉強になったよ。

 俺のナンパも茶番みたいなものだけど。


 そこにレーンとエレンがやってきた。


「ご主人様、入魂の原稿が出来上がりました!」


 レーンは冒険者相手にぶつ演説の原稿を書いていたらしい。

 どれどれ、


「かの黒竜ベエラルンデのはびこる暗黒の世より永遠に闇の続いた試しなく、えーと、ペレラの地に光をもたらすのは常に剣と知恵の……わからん! ボツ!」

「えー、頑張って書いたのに!」

「俺の柄じゃないだろう」

「姉様にもそう言われました!」

「わかってるなら書くなよ」

「凛々しく演説をぶつご主人様を想像していると、つい書き上げてしまいました!」

「後でこっそり読んでやるよ」

「ありがとうございます!」


 レーンに変わって今度はエレンが、紙切れを渡す。


「なんだこれ」

「十二階までの地図さ、騎士団が何やってるのか調べようと思ったら、旦那に先を越されちゃったから、代わりにこいつをね。こういうほうが旦那向けだろ?」

「なるほど、わかりやすいな」

「そんなものはズルです!」


 とレーンは言うが、俺はそういうズルが大好きなんだよ。


「急いだほうがいいよ、旦那。塔の入り口はさっきから大揉めだから」

「あれ、もしかしてもう閉じてるのか?」

「そうみたい」


 せっかちだな。

 段取りが済んでから塔を封鎖すりゃいいのに。

 と思ったが、夕刻で冒険者の大半が一度塔を出払うこのタイミングを狙ったらしい。

 騎士団の連中もちゃっかりしてるなあ。


 せかされるように、俺は塔まで駆けつけた。

 いつの間にか用意された壇上にブーイングを浴びながら登壇する。

 人の頭よりちょっと高い演壇は、二メートル四方の木組みのただの台座で、周りには冒険者がいっぱいいる。

 しかも、みんな目が血走っている。


「塔を開けろー」

「騎士団は横暴よー」

「引っ込め若造ー」


 うん、なかなか盛り上がってるな。

 ガラの悪そうな冒険者達に囲まれてちょっと怖い。

 怖いが姿も見せずに無言で殺しに来る魔物よりはマシだろう。

 この中にも例のフライングヘッドが混じってるのかな?


 まあいい、頑張って説得するか。

 まずは、第一声。


「諸君、今この村は未曾有の危機に……」

「塔を開けろー」

「騎士団は横暴よー」

「引っ込め若造ー」

「村民の生活は脅かされており……」

「塔を開けろー」

「騎士団は横暴よー」

「引っ込め若造ー」


 くそう、聞く気ないな。

 しかもコピペみたいな野次飛ばしやがって。

 俺がやさしいのは若い女の子だけなんだよ。

 なんだかむかついてきた。

 こういう相手には怒鳴るに限るな。

 大きく息を吸って、


「やかましいわっ!」


 おもいっきり怒鳴る。

 周りの冒険者達はあっけにとられて一瞬静かになる。


「いいか! 俺達は何だ! 商人か? 漁師か? いいや違う、俺達は冒険者だ!」


 みんなまだ呆然としてるのでたたみかけよう。


「冒険者ってのは魔物を倒してなんぼの商売だろうが! 今、目の前に平和な村を襲おうっていう魔物がいるのにそいつをほっといて宝ばっかりあさりやがって、ちったーはずかしくねえのか!?」

「い、いや、しかし紳士様……」

「そうはおっしゃいましても」


 なんだか下手に出始めたぞ。


「俺たちゃいつかは名を挙げて歴史に残る勇者や英雄になるかもしれねえ、いや、なるつもりで冒険してるんだろうが。だが、ここで村を見殺しにしてみろ、一生その汚名を背負って生きることになるぞ。俺はそんなのはごめんだね」

「そりゃまあ……」

「お、汚名……」

「けど、名誉で飯は食えねえし……」


 あとひと押しか。

 ここで切り札だな。


「名誉で飯は食えねえか、そいつももっともだ。もしおめえらが冒険者魂を見せてくれるってのなら、俺もそれに応えようじゃねえか、みろ!」


 そう言ってエレンが用意してくれた塔の地図をかかげる。


「こいつがわかるか! これは塔の十二階、最終階までの地図だ。うちのパーティ以外でここまで行った奴はいねえ、そうだろ?」

「おおぉ!」


 どよめきが起こり、全員の視線が紙切れに集中する。

 その紙切れを自分の胸元に引き寄せ、トドメの一言。


「村を襲う魔物の首を一番上げた奴らに、こいつをくれてやる。名誉と金、一度に掴むチャンスだ、乗るやつぁ剣を掲げろ!」


 そう言って俺は剣を高く掲げる。


「おおっ!」

「俺は紳士様の話に乗るぞ!」

「おれも!」

「私もよ!」

「うちもだ!」

「魔物をぶっころせーっ!」

「おおおおおっ!」


 冒険者達が一丸となって雄叫びを上げる。

 掲げられた剣に、夕日の残光が反射する。


 あー、心臓がバクバク言ってる。

 革命家か何かかよ、俺は。

 こっちの演説もどう考えても俺の柄じゃなかったな。

 でもとにかく、どうにかうまくいったようだ。


 安らぎを求めて従者の姿を探すと、少し離れたところにデュースと、彼女に抱かれた撫子がいた。

 撫子が手を振っていたので振り返そうと思ったが、どうもあれは手を振ってるんじゃなくて、上を指さしてるような……。


 はっとなって上を見ると目の前に牙を向いたフライングヘッドがいた。

 とっさに逃げようとして、ここで逃げちゃまずいと思い直す。

 くそったれめ!

 ヤケクソで剣を振るうと、うまい具合にフライングヘッドは真っ二つに。

 切った途端に姿が見えたのか、熱狂していた冒険者達が我に返る。


 だが、敵は一匹ではなかった。

 続けざまに二匹飛びかかってくる。

 俺の方は今の奇跡的な一撃でバランスを崩して避けることもできない。

 そこに壇上に飛び上がったコルスが印を結び結界を張る。


「見えたでござる!」


 コルスの声に呼応して、セスとオルエンが壇上に躍り上がり、各々が一撃で二匹を仕留めた。

 転がる三つの首を目の当たりにした冒険者達は、再び熱狂に包まれた。


「おお、紳士様に続けー!」

「うおおおっ!」


 同時に、この場所全体に強力な精霊力が広がる。


「浄化の魔法です! 大地を清め、まやかしを打ち消す最上位の神聖魔法です!」


 続いて駆けつけたレーンが解説する。

 つまり、あのパエという神霊術師の呪文か。


 彼女の術によってフライングヘッドが一気に炙りだされる。

 その数は想像以上で、ここだけで五十匹近くの魔物がいた。

 それでもパニックにならなかったのは冒険者ならではだろう。

 個体ではさほど強くもないフライングヘッドは次々と駆逐されていった。

 あとは一方的だ。

 小一時間もしないうちに、この場の魔物はあらかた駆逐されたようだ。

 それなら最初からこうしてれば、と思わなくもないが、ちゃんと段取りができてたからこそ結果が出るわけで、そこを忘れちゃいかんよな。


 パエの術は十キロ四方に及ぶらしい。

 すごい術だ。

 冒険者達はフライングヘッドの首を求めて湖の周辺に散らばっていった。

 おそらく朝までにはこの一帯すべての魔物が駆逐されるだろう。

 俺の仕事は……まだあるか。

 まずは今回の功労者である姫を労わないと。


 詰め所に控えていた姫のところに行く。

 俺と目が合うと、彼女は一瞬驚いて目を伏せる。

 あれ、機嫌を損ねたかな?

 もしかして、さっきのちょっとはしたない演説で興ざめしちゃったか。

 まあ、それはそれで仕方がないが。

 と思ったら、今まで以上に目をうるませてこう言った。


「紳士様……わたし……わたし……先ほどの、その、ワイルドなお姿に……あの……」

「姫、まずは私にあなたへの感謝の言葉を述べさせてください」

「紳士様」

「あなたのお陰で、どうやら村は救われそうです。あなたの勇気を、私は決して忘れません。ありがとうございます」

「紳士様……」


 いまや最高に気分が盛り上がって出来上がっちゃってる姫様は、そっと目を閉じて唇を差し出す。

 美味しそうな唇から目をそらし、俺は彼女の額に、そっと唇を触れた。


「私では……だめですか?」

「いいえ、駄目なのは私です。私には試練が有ります。今はそれをなすことしかできません。お許し下さい」

「そう……ですね。私もまだ、ほんの一歩を踏み出したばかり。紳士様のお力でやっと踏み出せたこの一歩を、次に繋げなければならない。ここをゴールにしてはいけないのですね」

「そうです。私達の旅はこれからです」

「再び、この道が交差することはあるのでしょうか」

「互いに信じる道が同じなら、必ずや再び」

「その日を……信じております」


 それでお姫様のひと夏のアバンチュールは終わった……はずだ。

 彼女はとても可愛いし、いい子だけど、それぐらいで手を出すほど俺はナンパじゃないぞ。

 我ながら説得力無いけど。

 彼女もいとしのダーリンことエディと一緒で、従者たちとは違うからな。

 この先も本当に縁があれば、改めて清く正しく男女交際させてもらおう。


 姫と別れ、後始末の最中に神霊術師のパエがやってきた。

 そういや神霊術師ってなんだろう、僧侶とは違うのだろうか。


「先程は申し訳ありませんでした。タイミングを図っていたのですが、あやうく紳士様の身を危険にさらすところでした」

「なに、あれぐらいは想定内ってね」


 ホントはちょーやばかったけど。

 そもそもまとめて始末するために、わざとあの場に冒険者をかき集めたらしい。

 冒険者が集まると、それに紛れているはずのフライングヘッドも集まってくる。

 そこで結界を張ってあぶり出す作戦だったようだ。

 ぶっちゃけ俺の演説には期待してなかったらしい。

 どこまでも人をダシにしやがって、あのタヌキおやじめ。

 あとでエディに言いつけてやろう。


「それと、姫のことも改めてお礼申し上げます。幼いころよりお世話申し上げてきた身でありながら、私は今まで姫に正しい道を示すことができておりませんでした。全ては紳士様のお力添えのおかげ。ありがとうございます」


 そう言って深々と頭を下げられると、恐縮するしか無いんだが。

 俺のモテパワーも少しは人の役に立つのか。

 そもそも、相性の関係ない人間相手にもモテたりするんだなあ。

 よく考えたら、いろいろバクチを打ち過ぎてたんじゃ。

 今になって怖くなってきた。




 翌朝、一番フライングヘッドを退治したパーティにダンジョンの地図を手渡して、俺達の役目は終わった。

 あとは再び冒険者家業に戻らせてもらおう。


「とはいえー、なんだかやる気がなくなっちゃいましたねー」


 俺と一緒に湯船に浸かるデュースは、でかい乳をたぷたぷさせながら、気の抜けた声でそう言った。

 今は全員がキャンプに揃ってだらだらしている。


「まったくだな。だいたいもう十分稼いだだろ?」

「そうですねー、換金しないとわかりませんがー、ざっと十年は遊んで暮らせそうですねー」

「といっても、隠居するには早いし、それを元手にメイフルに稼いでもらってもいいな」

「そりゃ、ええですな。一つ工場でも作って、大将の持ち込んだゲームなりを量産しまひょか」


 俺の正面で足だけ湯船に浸していたメイフルがそう言う。


「いいな、じゃんじゃん売ってボロ儲けしよう。時代はビジネスだ」


 そういうと、出窓のところでパンをかじっていたフルンが、


「えー、まだ剣、見つけてないよ! もうちょっと行こうよー」

「まあ、最後のお告げは聞きに行かないとな」

「うん、いこう! いますぐ!」

「いやいや、一応、地図をゲットした連中がクリアするまではまたないとな。冒険者にも仁義ってもんがあるだろう」

「そっかー、じゃあ私、シェプちゃんに餌あげてくる!」


 と言ってフルンは出て行った。

 それにしても疲れたな。


 ぐったりして風呂からあがると、ラフな格好で外に出る。

 すでに日が昇って暑くなってきた。


「ご主人様、ローンさんがお見えですよ」


 アンが彼女を連れてきた。


「ごきげんよう、紳士様」


 そう言って挨拶する彼女は、初対面の時より、だいぶ柔らかい笑顔を見せてくれる。

 よく見ると美人だなあ。

 美人女教師風もいいよなあ。

 あ、でもちょっとエンテルと被るか。

 歳も同じぐらいだし。

 まあ被ってもいいぐらい、いい女だ。


「で、今日は? もう護衛はいらないんじゃないかな」


 あれから俺はすっかり人気ものになったようで、顔を合わせる度に冒険者達が挨拶してくれる。

 女の子にもてるのはだいぶ慣れたが、おっさんどもにモテるのは慣れたくないなあ。


「今日はいとまごいに参りました。今から王都に帰還しますので」

「騎士団はまだいるって聞いてたが」

「ええ、私だけです。もともと、そういう予定でしたので」

「そうか。エディによろしくな」

「はい」


 ローンはそこで一度言葉を切ると、しばらく悩んでいたようだが、再び口を開いた。


「私は、長女では有りましたが庶子でした。成り上がりとは言え勢いのあるキッツ家に居場所もなく、エディに拾って頂くまでは、机にかじりついて学問をするしか能のない女でした」


 ローンは独り事のように話す。


「心残りは残してきた幼い妹のことだけ。腹違いとはいえ、あの家で唯一私を家族として扱ってくれた彼女に、紳士様は道を示してくださいました。この御恩は生涯忘れません」


 それだけ言うと、彼女は俺と握手を交わして帰っていった。

 いやあ、いい女だったなあ。


 これにて一件落着かな。

 いや、塔を攻略しなきゃ駄目なんだった。

 まあ、明日でいいよなー、と思っていたら、にわかに塔が輝き出す。

 どうやら最初のクリアが出たらしい。

 同時にフルンが駆け寄ってくる。


「ご主人様ー、終わったみたい! いこう! すぐいこう!」


 まったく、しょうがないな。

 もうちょっとだけ頑張るとするか。

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