第100話 飛首

 時刻は深夜の二時頃だろうか。

 さすがにちょっと眠くなってきた。


 今、俺達は塔の六階にいる。

 メンバーはオルエン、エレン、プール、俺の四人だ。

 シーフのエレンが様子をうかがいながら先頭を進み、その後ろで騎士のオルエンがどっしりと構えている。

 オルエンは回復役も兼ねているが、今のところ回復呪文の出番はない。

 魔族で幻術使いのプールは、マップを書きながら、一歩離れて控えている。

 最後に俺が、カートを引いてノコノコついていっていた。


「旦那、そろそろ限界じゃない?」


 自身はまだまだ余裕そうなエレンが俺の顔をのぞき込む。


「まだカートに隙間は有るぞ」

「弱い敵とて……甘く見ては……いけません」


 こちらもまったく疲れの見えないオルエン。


「そうか……そうだな。じゃあ戻るか」

「それがよい。妾も、ちと眠い」


 プールがお姫様らしからぬあくびする。

 そのまま来た道をUターンして、それなりに重いカートを引いて塔を出る。

 夕方ほどではないが、塔の入り口にはまだ順番待ちの列ができていた。

 入り口の騎士は、知らない顔に変わっていた。

 キャンプまで戻ると、騎士のローンがまだ歩哨に立っていた。


「おう、おつかれさん」


 ローンは無言で頷く。


「ずっと見ててくれたのか?」

「それが任務ですから」

「飯ぐらいくったのか?」

「……いえ」

「そりゃあすまん、すぐにうちのもんに差し入れさせよう」

「紳士様の従者に何度か声をかけてもらいましたが、任務中なのでお断りしました」


 そりゃまた、面倒な話だな。

 ゴブオンがどうにかすりゃいいのに、あのハゲオヤジめ。

 どうしようかと一瞬迷うと、オルエンが進み出てこう言った。


「交代は……必要です。私が……代わりに立ちましょう」

「しかし……」

「ローン。兵学のイロハを……教えてくれたのは……あなたでしょう」

「オルエン……」

「槍を交えた……友の頼みです」

「……わかりました。友の言葉であるなら」

「うちで……休まれる方が……」

「そうします。ゴブオン卿には嫌われておりますから」


 そういってローンはくすりと笑う。

 あ、初めて笑ってる所見た。

 ぐっとくる、いい女だなあ。


 オルエンが口説いてくれたので、さっそく招き入れて食事をご一緒することにした。

 ローンはモアノア特製のスープを一口すすって、感嘆の声を揚げる。


「団長から聞いておりました。ミモアの娘が、とても美味しいスープを作ると」

「ああ、うちの自慢の料理人だからな」

「羨ましいことです」


 そう言って彼女はもう一口すする。


 次いでモアノアが運んできたのは、塩漬け肉をとろとろに煮込んだものだ。

 何とかって名前だったが、こいつも旨い。

 かたいパンを薄くスライスして、酢漬けの野菜と一緒に挟んで食うと、何個でも食える。

 ローンも立て続けに三つ平らげて、満足そうに手を止めた。


「お陰でひとごこちつきました」

「そりゃ良かった。ちょっと狭いが奥のテントに寝床があるから使ってくれ」

「申し訳ありません。では少しだけ、休ませてもらいましょう」


 モアノアに案内させてローンを休ませた。

 しかし、彼女はゴブオン卿とは仲が悪いのか。

 そりゃまあ、あの大所帯だから色いろあるわなあ。

 うちのようには行かないか。


 そこにレルル達が帰ってきた。


「おう、おつかれ。どうだった?」

「も、もうヘロヘロであります」

「みりゃわかるな。飯でもくえ」

「喉を通らないであります。自分、ちょっと休ませてもらうであります。セス殿がすぐに出撃だと言っていたでありますので」


 そう言うとまっすぐテントに入っていった。

 大丈夫かいな。

 などと考えながらレルルの入っていったテントを眺めていると、数秒後にテントから転がり出てきた。

 そのままこっちに走ってくる。


「ななななんでロロロローン殿がベッドに! まさか、まさか従者にしたのでは!」

「いくら俺でもそこまで器用じゃないぞ。たんに休んでもらってるだけだ。いまオルエンがかわりに立ってるだろう」

「そ、そういえば。何も考えずに挨拶してきたであります」

「どうやら目も覚めたみたいだな。ちょっとオルエンの代わりに見張りを頼む」

「あうう……わかったであります」

「あとオルエンにこっちに来るように言っといてくれ」


 トボトボとオルエンのところに向かうレルル。

 気の毒なので、すぐに誰かと代わらせるか。

 それよりもオルエンに聞きたいことが有るんだよな。


「お呼び……でしょうか」


 ちょっとだけ悩んでから、やってきたオルエンに尋ねる。


「ゴブオン卿とローンは、なにか仲が悪いのか?」


 あるいはローンのボスであるエディとかも知れないが。


「特に……そのような話は……聞いていません」

「そうか」

「ですが……彼女が……第四小隊にいる……ということは」

「ことは?」

「お目付け役として……いるのでは」

「ははあ」

「ゴブオン卿は……少々……ハメを外し過ぎます。バダム卿でもなければ……なかなか思い通りには」

「なるほど」

「それで、エディは彼女を……つけたのでは」

「で、更にそれを俺に押し付けたわけか」

「はい。彼女は……元々エディの私兵のようなもの……、騎士団でも……新参です。そうしたところも……」

「なるほど」


 まあ、それぐらいなら別にいいか。

 うちの臨時要員として、あてにさせてもらおう。


「ところでオルエン、まだ体力に余裕あるか?」

「見張り……程度なら」

「じゃあレルルと代わってやってくれ。あっちはダメそうだ」

「では……そのように。マイロード」


 レルルを休ませて、俺も馬車に入る。

 すでに寝床は用意してあった。

 装備を外して横になると、あっという間に眠りに落ちる。

 珍しく翌朝まで、夢ひとつ見なかった。




 三、四時間は眠っただろうか。

 眠い目をこすりながら起きると、ちょうどデュース達が戻ったところだった。


「おはようございますー、疲れは取れましたかー」

「まあね、そっちはお疲れだな」

「そうですねー、こういうのはさすがにこたえますねー」


 とデュースも眠そうだ。

 現在のチーム編成はこんな感じ。


 Aチーム:オルエン、エレン、プール、俺

 Bチーム:セス、メイフル、レルル、ペイルーン

 Cチーム:フルン、コルス、アン、レーン

 Dチーム:カプル、紅、オーレ、デュース


 Cチームが夜明け前に戻って今休んでいるはずで、Bチームは探索中だ。

 次は今戻ったDチームと交代で俺達Aチームが乗り込む段取りらしい。


「今、四十分待ちぐらいでしょうかー。今日は更に増えると思いますよー」

「ひどいな。とにかく支度しないと。お前たちも早く休めよ」

「そうですねー。ただ、ちょっとオーレに呪文の手ほどきをしようかとー」

「手ほどき?」

「あの子は全然、呪文を知らないんですよー」

「そうなのか? 凍らせたり、氷の塊を飛ばしたりしてたぞ?」

「そういうのは、ただ魔力を垂れ流すだけでもできるのでー」

「なるほど」

「彼女の育った村には、魔導師がいなかったようですねー。ここはちょうど手頃な難易度ですし、レクチャーしつつ進めようかとー」

「そうか、まあ任せるよ。そういや、レルルもうまくやってるのかな? あいつも戦闘はさっぱりのはずだが」

「さっき中ですれ違いましたけどー、へっぴり腰で台車を押してましたねー」

「そうか。あっちはセスもいるし、大丈夫だろうけど」

「だと思いますよー。彼女はメンタルの問題が大きそうですからー、場数を踏むのも大事ですしねー」

「そんなものかな」


 時間がもったいないので会話は切り上げて、支度をする。

 俺が起きたのを確認してから、エレンが順番をとりに行ったようだ。

 残ったオルエン、プールと一緒にまずは朝食だ。


「そういや、例の騎士ねーちゃんはどうした?」

「ローンは……先ほど……小隊から交代が来て……詰め所に戻りました」

「そうか」

「今、騎士二人が……この辺りを巡回しています。どちらも……顔見知りですので……信頼できるかと」

「まあ、あの騎士団のことは、基本的に信頼してるからな」

「ありがとう……ございます」


 ローンとゴブオン卿の確執的なところを俺に見られたことを気にしてるのかな?

 まあ、古巣の微妙なところってのは、気になるもんだろう。


「まあなんだ、あれぐらいは普通だよ、普通。みんながみんな、一分の隙もなく仲良し過ぎてもちょっとこわいぞ。うちみたいに相性保証付きの主従じゃないんだから」

「それは……、その。申し訳ありません、マイロード」


 と苦笑するオルエン。


 飯を食い終えると、身支度を整えて出発する。

 モアノアが出来たてのお弁当を持たせてくれた。

 こっちもちょっと疲れてそうだなあ、大丈夫かな?

 次に戻ったら留守番組を少し増やすか。


「食べやすいものにしただよ。一度に食べずに、小分けにして食べるといいだ」

「おう、ありがとさん。じゃあ、いってくるわ。あとはよろしく。あんまり無理すんなよ」

「んだ、気をつけてなぁ」


 しきりに手を振るモアノアに見送られ、塔に向かう。

 人混みをかき分けて、行列の中ほどにいたエレンと合流した。


「あれ、早かったね。まだ十分以上かかるよ、たぶん」

「まあいいじゃないか。一人で並ぶのもつまらんだろう」

「そんなところまで気配りしてくれる主人を持って、ぼかぁ幸せだなあ」


 とニヤニヤ笑うエレン。

 そのまま一緒に並んでいると、何やら列の先頭の方で揉め事が起きたようだ。


「また旦那の好きな揉め事みたいだよ」

「別に好きだといった覚えはないが」

「そうだっけ?」


 多分な。

 でまあ、好きではないが、興味はあるので列から顔を出して覗くと、どうやら割り込みのようだ。


 大層ご立派な甲冑を纏った四人組の冒険者が無理やり押し入ろうとしているようだ。

 その中でひときわ小さいブカブカの甲冑が大声で喚いている。


「私はドーンボーンの名門、キッツ家のエンシュームですよ! あなた方、冒険者と一緒に並べるわけがないでしょう!」

「やかましい、ダンジョンの中で名門も肛門も有るか! 便所とダンジョンは身分なんざお構いなしに、だれでも同じように並ぶんだよ!」

「う、う、うるさい! いいから通しなさい!」


 単なる子供のわがままっぽいな。

 どっかの王子様……いや、お姫様か。

 ごつい甲冑で顔がよく見えないが、あの腰の動きは女の子だな。

 最近、そういうのはよく分かるようになってきたんだよ。

 実に役に立つスキルだと思うな。


 で、そのお姫様が無理やり塔に押し通ろうというらしい。

 相手をしてるのは目を血走らせた冒険者のおっさんおばさんどもだ。

 仕切っているはずの騎士が控えめで口を出してないのは、まだ若くてあしらいきれないからか、それともあのお嬢ちゃんがとっても身分が高いからか。


「だいたい、金持ちの貴族様が眼の色変えて塔に乗り込んでんじゃないわよ」

「宝などいりません! 私がほしいのは、塔の称号だけですっ!」

「はん。どうせその後ろのお強そうなお仲間にお願いして英雄の肩書だけ貰おうってんだろうが。こちとら生活かかってんだよ、貴族の道楽に付き合ってられるか!」


 後ろのお供らしき三人組のうち二人は何も言わず突っ立っている。

 なんというか、あの雰囲気は手に負えずに呆れているというか、途方に暮れてあきらめ気味というか、どっちだろうな。

 しかし、純白の甲冑を着た戦士は、かなり強そうだ。

 その隣にいるのは僧侶だろうか。

 年齢不詳の女性だが、結構強い精霊力を感じる……ような気がする。

 残り一人はローブを着た魔導師風の女だ。

 間に入って取り持とうとしているが全然役に立っていない。

 全体的に、お姫様一人で空回りしてる感じだな。


 見てても仕方ないので列に戻ると、フルンが走ってやってきた。


「よかった、ご主人様いた!」

「おう、どうしたフルン」

「うんとね、今起きたんだけどね、モアノアが大変そうだから、アンは次休んで家事するって。で、コルスも物騒だから見張りするって。それでレーンはデュース達の組に入って、だから私はご主人様と一緒に行けって言うからきたの」

「お、そうか。その方がいいな」

「うん!」


 さすがアンだな。

 言わずともちゃんとやってくれる。

 というわけで、フルンもパーティに入った。

 その間もどこかのお姫様の横入り大作戦は続いているようだ。


「ねえ、何やってるの、あれ」

「どっかのお姫様が横入りしようとして揉めてるんだ」

「えー、しょうがないねえ。お姫様だったら、ちゃんと並べばいいのに」


 よく通るフルンの声が聞こえたのか、例のお姫様がこちらを睨みつける。


「お、おまえか! 今のはっ! わ、わ、私をばかにするのですか!」

「別に馬鹿になんかして無いよ! 呆れてるだけだもん!」

「そ、そういうのを! 馬鹿にしてると! い、言うんです! ち、父上も……姉上も……、わ、私だって、わたしだって必死にやってるのに!」

「必死になる前に普通にやればいいでしょ! みんな並んでるのに、なんで並ばないの! ズルするから馬鹿にされるんだよ!」


 煽るフルンに乗せられたのか、周りも野次を飛ばす。


「そうだそうだ、ちゃんと並びやがれ!」

「貴族だからってなめんじゃないわよ!」

「見てみなさいよ、そこの紳士様だってちゃんと並んでるでしょうが!」


 いや、俺を引き合いに出すのはよせ。


「ひー、ひー、わ…わたっ……わたしはっ、わわわっ……」


 いかんな、あの子、過呼吸になってるぞ。

 なんだろうな、ちょっと無理しすぎなんじゃないかな。

 根は真面目なタイプが不相応な立場におかれちゃうと、義務感からか暴走しちゃってああなることも結構あるよな。


「ねえ、大丈夫? そんなに興奮すると体によくないよ?」


 そこにフルンのダメ押しの一声。

 悪気はないんだろうけど、それはただの挑発だぞ、フルン。


「う、う、うわーっ!」


 お姫様は突然叫びだして、フルンに飛びかかった。

 あ、と思った瞬間、フルンが半歩下がってお姫様の手首を掴み、くるりと投げる。

 重い甲冑ごと綺麗に宙を一回転して背中から落ちた。

 どう見ても受け身のとれなさそうなお姫様の手を引いて、フルンは相手のダメージを和らげたようだ。

 派手に落ちたけど、さほどの痛みはないはずだ。

 それでも今のは一瞬息が詰まるはず。

 俺も気陰流の道場でしこたま投げられたからな。

 それにしても、フルンはいつの間にかこんなことまで出来るようになってたのか。

 ちゃんと成長してるんだなあ。


 俺が感心していると、たちまち周りから拍手喝采が起こる。

 だが、さすがにこうなると傍観していたお供の連中も動かざるを得ないようだ。

 戦士は刀には手をかけていないが、こちらに向き直る。

 こちらはこちらで、オルエンが一歩前に出て、エレンもすっと横に出る。

 また面倒なことになってきたので、先んじて俺が出ることにした。

 こういう時は紳士パワーで丸く収める限る。


「げふっ、げふっ、よくも……!」

「お手をどうぞ、お嬢さん」

「えっ?」


 あっけにとられるお姫様に、手を差し伸べ、引き起こす。


「功を焦る気持ちはわかりますが、人の上に立つものは肩書だけでなく、その行いの全てで己の力を示さねばなりません。聡明なあなたなら、おわかりでしょう?」


 目一杯さわやかな笑顔を作り、適当にそれっぽいセリフを並べる。


「あ、あの……あなた…様は」

「私もまた、未だ功ならぬ名ばかりの紳士。だからこそあなたのお気持ちもよく分かる。ですが……、だからこそ、堅実に己を示していかねばならぬのですよ」

「は……はい。お、仰るとおり……です」

「さあ、埃を払って、前を向いてしっかりとお立ちなさい。そして、自信と信念を持って、今は列に並ぶのです。その試練がいつかあなたを立派な人物へと導くでしょう」

「わ、わかりました、紳士様のお言葉のままに」


 うーん、バッチリだ。

 お姫様の目がハートマークになってる。

 彼女の声色まで、生意気な小娘から恋する乙女になってる。

 人間相手でもこれとは、自分でも怖いぐらいだな。

 俺のナンパスキルもちゃんと成長してるんだなあ。

 やるな、俺。


 そこにお供の一人が駆けつけた。


「ひ、姫さま、ご無事で」

「当然です。さあ、列に並びますよ!」

「え、よろしいので?」

「決まっているでしょう。コンツとパエも早く来なさい」


 そう言って残りのお供を呼び寄せる。


「私、エンシュームと申します。よろしければ紳士様のお名前を」

「これは申し遅れました。私はクリュウ。ニホンの紳士、クリュウと申します。お見知り置きを」


 そう言って差し出された指先に、そっとくちづける。

 エンシュームという名のお姫様は、恥ずかしそうに俺の触れた指を懐に抱きながら、


「クリュウ様ですね。貴方様のお言葉、私……決して忘れません。貴方様の旅路に女神の祝福があらんことを、お祈り申し上げます」


 そう言って、列の後ろに去っていった。

 強そうな連れの戦士が俺をじろりと見ていたが、爽やかに笑顔で返しておいた。

 ふう、うまくいったようだな。

 と思ったら、周りから喝采が上がる。


「うおお、みたか、あの跳ねっ返りを三十秒で口説きやがった」

「あれが噂の桃園の紳士……、魔族までイチコロって、本当だったのね」

「すげえ、後光がさしてるぞ……」

「あたりまえでしょ、紳士様よ」

「俺、紳士ってはじめて見た」


 などと口々に騒ぐ。

 俺の目の前に並んでいた若い男からは握手を求められたぐらいだ。

 途方に暮れて仲間を見ると、


「ご主人様、かっこいい!」

「あはは、僕はもう何も言うことはないよ」

「その……なんというか……」

「妾はイチコロにされた覚えはないのだがな」


 とのことだ。

 まあいいけどな。

 恥ずかしいので、さっさと塔の中に入れてくれ。


 見世物状態で並んでいると、一足遅れて騎士がやってきた。

 もっと早く来りゃいいのに、と思っていると来たのはローンだった。


「わけあって手を出しかねていた所、見事な処遇。改めて感服しました」

「見てたのか、ひどいな」

「申し訳ありません」


 そう言って彼女はクスリと笑う。


「留守はおまかせくださいますよう」

「ああ、よろしく頼むよ」

「それでは、ご武運を」


 それだけ言うと、ローンは去っていった。

 ぼちぼち、俺達の順番っぽいな。


 それからたっぷり三時間ほど稼いだあとに、ヘロヘロになって塔を出た。

 塔の一階はすでに満員で、二階も小部屋の半分以上が埋まっている。

 更になるべく上を目指すので、今は四階まではかなりの数の冒険者がいた。

 だが、五階を超えると急に数が減る。

 どうもこの塔は偶数階の出口にリドルがあるようで、そこで皆つかえているようだ。

 俺達はといえば、さっきまで八階を探索していた。

 まだ先頭だ。


 すでに時刻は昼だ。

 塔の周りは、更に人が増えていた。

 でもって、朝の騒ぎはすでに周りに知れ渡っていたようだ。

 俺はすっかり有名人になっていた。


 キャンプに戻ると開口一番、アンがこう言った。


「今朝はご活躍だったそうで」

「はて、身に覚えがないが」

「そうですか、それならばかまいませんが。あまり危ないことをなされては皆が心配します」

「気をつけるよ」


 ふう、やっぱりアンはこわいぜ。


「先程、水を組んできたのでお風呂を立ててあります。まずは汗を流してください」

「おお、そりゃ助かるな。大変だったろう」

「ここだと湖が近いので。ただ人混みを避けるのが面倒でしたが」

「とにかく、まずは風呂からいただくとしよう」


 たしかに、人混みがひどくて、何をするのも大変そうだ。


「ここの護衛よりも、買い出しにモアノアやリプルでは不安なので、コルスに残ってもらいました」

「それが良さそうだな。俺も言おうと思ってたんだ」

「不安ばかりでなく、商人も一度に押し寄せたので、食材などは豊富に入るメリットも有りますね」

「おう、じゃんじゃん買ってガッツリ食ってがんばろう」

「はい」

「言うまでもないだろうけど、こういう時こそ財布の紐はちゃんと締めとくべきだけどな」

「そうですね、なんといってもこの大金ですから」


 丸一日で、ざっと数年分の儲けを荒稼ぎしたようだ。

 家馬車の屋根裏部屋は金銀財宝が唸っている。

 これはちょっと身を持ち崩しかねない儲け方だよな。

 俺の場合は、基本的に食い気と色気しか無いのに、それに関しては十分満たされてるので多分大丈夫だと思うけど。


 それはさておき、フルンと一緒に汗を流す。

 スッキリしたところで、アンが冷えたエールを持ってきてくれた。

 一気に飲み干して、やっと人心地つく。

 ふう、やっぱりアンは気が利くな。


「はー、ミルクおいしい!」

「ふー、エールうめえな!」


 フルンと二人並んで乾杯する。


「ねえ、午後はどうするの?」

「そうだなあ……」


 これから入れ違いにデュースたちのチームが出るので、俺達はひとまず休憩だ。

 三チーム構成になったので、ローテーションも考えなきゃならんか。

 実際はデュースとレーンあたりが考えてくれるので、俺はOKするだけだが。


 相談しに外にいるデュースたちのところに行くと、ちょうどエンテルが地図を書き写しているところだった。

 すでにある分に、さっき俺達が作った八階の地図を書き足しているのだ。


「ちょうど良かったですよー、いま呼びに行こうかとー」


 とデュース。


「どうした?」

「このペースだとー、今夜には最終と思われる十二階まで到達しそうですがどうしましょー」

「どうしましょーとは?」

「一気に攻略して最後のお宝をいただくかー、地道に十二階まで網羅していくかー、ということですねー」

「なるほど」

「普通は最後のお宝が一番ビッグなんですがー、うちの場合はー」

「ただのありがたいお告げだけかもしれないしな」

「そうなんですよー、一番乗りの栄誉はー、ご主人様はあまり興味なさそうですしー、それなら時間がもったいないので後回しにしてー、途中のお宝を漁ったほうがよいかとー」

「そうだな、よし、そうしよう」

「かしこまりましたー。では、そろそろ行ってきますねー」


 Dチームのカプル、紅、オーレ、デュース、レーンが出発する。

 ちなみに紅とレーンは先に出て順番待ちだった。

 アンがオーレに砕いた氷を入れた革袋を持たせる。


「あまり保たないかもしれませんが、これで暑さをしのいでください」

「わかった、行ってくる。おみやげ、いっぱい取ってくる」


 そう言って出て行くオーレはすでに暑そうだ。

 むしろ塔の中のほうがひんやりしてるんだよな。

 金属っぽいから放熱してるんだろうか?


 Dチームを見送って、俺も食事にする。

 テーブルにつくと、俺と同じAチームのオルエンやフルン、プールはいたが、エレンがいない。


「エレンはさっきパンを懐にしまって出て行きましたよ。なにか気になるとかで」


 とアン。


「またか、せわしないなあ。こんな時ぐらい休憩すればいいのに」

「少しでもお役に立ちたいのですよ」

「感謝してもしきれないねえ」


 と冗談っぽく本音をつぶやく。


「そう言うご主人様だからこそですよ」


 アンはそう言って笑いながら、給仕してくれた。


 しこたま食って横になる。

 周りの喧騒も、たまには悪くない。


 ごろごろと仮眠をとって起きると、みんな忙しくて相手をしてもらえない撫子が暇そうにしていたので、すこし遊んでやることにした。

 カプルが作ってくれた積み木を持って、一緒に御者台の上の見張り台に登る。

 まだ屋根はないが、午後から少し日が陰ったのでそこまで暑くはない。

 木彫の戦士や魔物の積み木を積んだり崩したりしながら、撫子と遊ぶ。


「あしー、あたまー、あしー」


 などと指さしながら、戦士の胴体の上に魔物の頭を載せて、更にその上に足を載せる。

 こんな奴が襲ってきたら俺は逃げるぞ。


「あたまー」


 足の上に更に頭を載せようとして転げ落ちた。

 そのまま見張り台の下まで落ちていく。


「あー、あたまー」


 身を乗り出してひろおうとする撫子を慌てて抱きとめる。

 危ない危ない。


「落ち……ました」


 下にいたオルエンが落ちた積み木を拾ってくれる。


「ありあとー」


 積み木を受け取った撫子が、ふと目線を周りの人混みに向ける。

 つられて俺も周りを見渡すと、塔を中心に人がうごめいている。

 これがみんな塔のために集まった連中か。


「あたまー、あたまー」


 撫子が指さしながらはしゃぐ。


「おう、あたまがいっぱいだな」

「あたまー、くびー、あたまー」

「首?」

「くーびー、あたまー、ない」

「無い? 頭が?」

「なーいー」


 おいおい、頭がないとか物騒だな。

 と笑いながら撫子の指差す方向を見る。

 その先には……頭がなかった。

 首から下は普通の町人風だが、首が綺麗に切れてその上がない首なし人間が、人混みの中を歩いている。


「へっ?」


 目をこすってもう一度見直すと見失ってしまった。

 なんだ、あれ。

 目の錯覚か?


「あたまー! あたまー!」


 今度は撫子が空をさす。

 慌てて見上げると、今度は頭だけがすごいスピードで飛んでくる。


「なんじゃーっ!」


 慌てて飛んで避けると、間一髪で頭の攻撃を交わした。

 頭だけの化け物は、獣のような牙をむき出して更に飛びかかってくる。

 だが、バランスを崩した俺はよけきれず、とっさに撫子をかばうように覆いかぶさると、次の瞬間、下から飛び上がってきたオルエンが、俺の前に立ちふさがる。

 同時に飛んできた首がオルエンに激突する。

 すさまじいスピードの体当たりでオルエンは一瞬よろめくが、俺を守る姿勢を崩さない。


「マイロード! 敵はどこです!」

「見えないのか!? ちょっとまて、おい撫子、あたまはどこだ?」

「あたまー!」


 撫子は真上を指さす。

 いた、俺達の真上から首がまっしぐらに飛んでくる。


「真上だ! 真上から生首が飛んでくる!」

「首!?」


 オルエンはキッと空を睨みつけると、見えない敵との間合いを測りかねているように見えた。


「きた!」


 とっさに足元の積み木を拾い上げて飛んでくる生首に投げつけると、見事に命中して跳ね返った。

 威力はないが場所さえわかれば十分だ。

 オルエンは空に向かって槍を突き上げる。


 ザシュッ!


 見事にオルエンの槍は生首を串刺しにした。


「ご無事で!?」

「あ、ああ、助かったよ、オルエン」

「あたまー、あたまー」


 撫子は相変わらず無邪気に騒いでいる。

 大物になりそうだな、こいつも。


 槍で貫かれた頭は、すでに絶命していた。

 こうなるとオルエンにも見えるらしい。

 同時にさっき首なし人間がいた辺りからも悲鳴が起こる。

 見ると、人混みが割れて、その真中に首なし人間が倒れていた。

 っていうか、周りの連中は今まで見てわからなかったのか。

 それとも、オルエンのように見えてなかったのか。


「なんだったんだ、そいつは」

「フライングヘッド……です」

「なんだそりゃ」

「そういう……魔族で……首が飛びます」

「そのまんまだな」

「辺境に住むと……いいますが……」


 控えていた従者たちと一緒に、近くを巡回していたローンもやってきた。


「紳士様、ご無事ですか」

「まあね」

「申し訳ありません。私がついていながら、魔物の襲撃を許すとは」

「なに、まさか、こんな奴がいるとはおもわんだろう」

「いえ、実は……」


 とローンが語りだす。


「このヘンヅ湖の周辺には古くからフライングヘッド、あるいは飛首と呼ばれる魔物が住むという言い伝えがあったのですが、ここ数年、何度か被害報告が上がっておりまして」

「ほほう」

「村からも調査の依頼が何度も出ていたのですが、我らも人手が足りず、今になってやっとその余裕ができたのです。そこでゴブオン卿率いる第四小隊がこの村に調査に派遣されてきたのです……」


 それですぐに来たのか。

 塔は本来の任務じゃなかったんだな。


「ですが、まさかこのような塔ができるなどとは想定外で……、しかもフライングヘッドが実在したとなれば、事態は面倒なことに」

「俺はこの魔物のことを知らないんだが、ヤバイ連中なのか?」

「はい。奴らは人と見た目が変わりません。それどころか首を飛ばしていても、まるで首が有る普通の人間のようにみえるのです。そして見えない首だけで徘徊し、獲物の家畜や、時には人間を襲います」

「そりゃあ、怖いな」

「先程も商人の運んでいた食料用の豚が森の入口で襲われたと騒ぎになっておりました。まだ、フライングヘッドのしわざだとは断定できておりませんがおそらく」

「もう、被害が出てるのか」

「そんな連中がこれだけの人数に紛れているとなると、いずれ被害は人にも……」

「しかも、あの小さな村ならともかく、ここにいる連中は誰が誰だかわからんからな」

「そのことです。高位の神官でもなければ、集団のなかから個体を識別するのは困難でしょう。我々はこのような札を身につけているので、直接相対する分には問題ないのですが」


 ローンは懐から小さなお守りを取り出して見せてくれる。


「本来であれば、これで個別に調査する予定だったのですが、現状ではとても……」

「そりゃ、困ったな」

「紳士様は、奴らが見えたのでしょうか?」

「いや、そういう訳じゃ……」


 嫌な予感がしたので言葉を濁す。

 幸い、ローンはあえて問いなおすことはしなかった。


 騒ぎを聞きつけて、すぐに騎士団から使いがやってくる。

 ゴブオン卿が面会したいとのことだ。


「卿が出向くべきでしょうに」


 ローンは憤るが、まあ、若いほうが呼び出されるぐらいは構わんよな。

 オルエンとローンを伴って詰め所まで出向く。


「がはは、ご足労頂き恐縮ですわい。しかし、竜の次は生首とは、紳士殿もよくよく災難に見舞われますな」

「スリルを愛する性分でね」

「さすがは肝が座っておられる……、そんな紳士殿を見込んで、すこし二人きりで話をしたいのじゃが」


 と声を潜めるゴブオン。

 中年オヤジと密談なんてしたくないんだけどな。

 ゴブオンの後ろの騎士は席をはずすが、オルエンだけでなく、ローンまでそのまま控えている。


「ワシはふたりきりといったじゃろうが。従者となったオルエンはともかく、なーんでおまえまでべったりくっついておるんじゃ。もしかして惚れたか?」


 ゴブオンのセクハラギャグにはまゆ一つ動かさずに、ローンは淡々と答える。


「私は現在、紳士様の護衛任務についております。紳士様に振りかかる、あらゆる障害を取り除くのが、私の任務です」

「ふん、まあよい。紳士殿、話は簡単じゃ。フライングヘッドなど見なかった、どうせ誰も見えんのじゃ、見えないものを見えたなどと言っても面倒なだけじゃ……と申すものがようさんおってな」

「なるほど」


 そんなわけのわからん魔物対策で、塔のバーゲン漁りに支障が出ては困るというわけか。

 ちらりとローンを見ると、何か言いたそうな顔をしているが、言い出せないのはもしかして俺に気を使ってるのか。


「ま、俺達も他の冒険者連中も、もとよりそういう商売ですからね、魔物に殺されても文句は言いませんが……村人はどうするんです?」

「がはは、さすがは紳士殿。そこで、実は村の代表にも来てもらっておりましてな。おい村長をお連れしろ」


 とゴブオンは手を叩く。

 入ってきたのは、先日見かけた若い村長だ。


「こ、これは……その、隊長様に、紳士様、本日は……えと」


 ちょっと興奮気味の村長は、しどろもどろに挨拶する。

 で、村長を交えての話はこうだ。


 この貧乏な村は、突然出来上がった塔の経済効果に期待している。

 今日一日で村の干物の在庫が全てはけてしまったという。

 一軒しかない宿屋も満席で、今も空き家を無理やり臨時の宿にしているそうだ。

 中には相場の十倍の値段で貸し切ってる者もいるらしい。

 というわけで、折角のチャンスに水をさされたくないという。

 もしフライングヘッドのような厄介な魔物が出たとなれば、辺りを封鎖して、森を狩らねばならない。

 そうなると折角のチャンスが水の泡、というわけだ。


 どうせ塔は百年以上続くんだから、慌てなくてもいいと思うんだけど、聞いた話ではどうやら塔の初動、つまりバーゲンで動く金は非常に多く、その収益でガッツリ投資してその後の塔探索の環境を構築するらしい。

 宿や酒場の整備、それに関わる人手や流通など、とにかくお金がかかる。

 元手のない村は、最初に荒稼ぎしてしっかりやっておかないと、あとから来た商人たちに美味しいところを根こそぎ持っていかれるのだとか。

 それを何日かかるかわからない魔物退治に邪魔されてはたまらないというのだろう。

 よくわからないが、大変なんだな。


 村長君は若干二十歳で突然祖父の跡をつぎ、この貧乏村を任されたらしい。

 食うのがやっとの暮らしを抜け出せる、最初で最後のチャンスかもしれないと思うと、焦る気持ちはわかるが……さて。


「村長さん、お名前は何でしたっけ?」

「あ、失礼しました。ベリンです」

「では、ベリン君」


 俺はちょっと芝居がかったポーズを取る。


「は、はい」

「君はなぜ村を興したいんだい?」

「そ、そりゃもちろん、みんなが食うに困るような……うちは本当にお金がないんです。キリばあさんだって、リュウマチがひどいのにそれでも毎日漁に出て……、でも、塔があればきっと……」


 ずいぶん興奮してるな。

 まあ、気持ちはわかるが。

 俺も新入社員の頃、予算の規模につられてヤバゲな案件受けかけて、あやうくしでかすところだったんだよな。

 先輩がすぐにフォローしてくれてどうにか回避できたけど、あれはマジでやばかった。

 浮かれてるとそんなこともわからなくなるもんだ。

 あるいは商人共に丸め込まれたか。

 そういう時は誰かが一言、言ってやらんとなあ。


 というわけで、ペラペラと村の窮状と目の前のチャンスについてまくし立てる村長を制して一言。


「つまり君は、みんながお金持ちになるためなら、村人が食われてもいいと言うんだね」

「え?」

「君の言ってることは、結局はそういうことだよ」

「え、でも……」

「私もさっき、フライングヘッドに襲われたが、こんな生首が、こう、ぐわーっと牙を向いて襲い掛かってくる。普通の人間なら一口で食いちぎられるだろうね。ましてやお年寄りなら……」

「食いちぎられ……」

「ま、全員が食われるわけじゃない。きっと、村は豊かになるだろうさ」

「そ、そ、そんなつもりは……」


 村長はみるみる青ざめ、ガクガクと震えだす。


「ぼ、僕は、ぼくは……」

「さて、どうする?」

「た、隊長様、今すぐ、今すぐ村を守ってください、おねがいします、おねがいします!」


 村長のベリンは頭を擦り付けるようにゴブオンに懇願し始めた。

 うーん、刺激が強すぎたか。

 というよりも、素朴で真面目すぎるんだろうな。

 こんなお人好しの好青年をちょっといじめたことに罪悪感を感じちゃったりも。

 真面目で一生懸命な人ほど、要領が悪かったり頑張りどころを間違えたりするのは、よくある話だ。

 今朝のお姫様も、同じなんだろうな。


「よろしいのかな? 商人達との契約もあるのでは?」

「そ、それは隊長様の言うとおり、まだサインを……はっ、もしかしてそれで先に紳士様に」

「さてのう。ま、わしらは騎士じゃ。領民の安全を守るのが使命。村長の依頼とあらば、必ずや村を守ってしんぜよう」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

「よしよし、安心めされよ。おい、誰かおらぬか。村長を奥で休ませろ。商人共に会わすなよ」


 泣き崩れる村長を騎士が連れて行くと、辺りは急に静かになる。


「さて、これで満足かな、ローン」

「もとより、意見を差し挟むつもりはございません」

「ふん、色気のない娘じゃ」

「それでは、私は作戦案を持ってまいりましょう」

「ほう、もうできとるのか。さすがは騎士団の知恵袋」

「当然です」

「ますます、色気のないやつじゃ」

「褒め言葉と思っておきます」


 そう言ってローンは出て行った。


「やれやれ、ああいう娘も、紳士どのはお好みで?」

「あんないい女は、滅多にいないんじゃないですかね」

「がはは、さすがは紳士殿。よくお分かりじゃ。あやつもわけあって、いささか偏屈でな。ああいう娘を使うコツはな、ちょいと高いハードルを設けてやるとよい。そうすれば勝手に乗り越えていきおる。逆に甘いところを見せると、最初はよくても、すぐに飽きられる。そういうもんじゃ」

「覚えておきますよ」


 このハゲおやじめ、とんだ狸だな。

 今度からはタヌキおやじと呼ぼう……、心のなかで。


「それで、具体的にはどうするんです?」

「事前の情報では、せいぜい十から二十の小さな群れということじゃ。おそらくは騒ぎに乗じて紛れておるはず。識別できる神官はすでに手配済みじゃが、ちと工面がつかんようで、到着は早くても明日以降じゃろう」

「なるほど」

「そこで、ここからが相談じゃが」

「今までのは違ったんですか?」

「あんなものは余興じゃよ」

「俺が欲に目がくらみすぎてたらどうするんです?」

「がはは、紳士殿に限ってその心配はいらぬよ」


 とアバウトに笑う。

 ちょっと癪だな。


「それでじゃ、紳士殿にはフライングヘッドを見分けられる仲間をお持ちと見たが」

「まあ、そのようで。生憎とまだ赤子同然なので正確にはわかりませんが」

「なんと、例の雷炎の魔女あたりのお力と思うたが……ちと、困ったのう。まあ、そちらは良いわ」

「とにかく、俺も偉そうに説教した手前、手伝いますがね。冒険者連中はどうするんです?」

「そちらもぜひ、お頼みしようかと思いましてな。なんせわしらはしがらみが多くてのう、がはは」


 まじかよ。


 話をまとめると、こんなかんじだ。

 フライングヘッドは危険な魔物だが、一般人には人間と見分けがつかない。

 村人の命は守らなきゃならないが、塔のお宝に目のくらんだ冒険者と商人達はそんなものにお構いなしだ。

 危うく懐柔されそうになっていた村長はゴブオンが機転を利かせてフォローした。

 それで村を守るという大義名分は手に入れた。

 あとは冒険者達を説得しろという話だ。


「なに、今朝もどこぞの姫君を言葉ひとつで籠絡したとか、金に目のくらんだ冒険者や商人共など、紳士殿のカリスマでちょろいもんでしょう、がはは」

「俺にそんな人望は無いですよ」


 ないんだけど、さっきの村長への罪悪感分ぐらいは、ただ働きしますかね。

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