第99話 バーゲン

 三十分ほどで偵察に出ていたエレン達が戻ってきた。


「魔物の気配や痕跡はないね。動物も見当たらなかったけど、これは嵐のせいかもしれないしなんとも言えないね」


 とエレン。


「うちも同じく、ですわ。雨のせいで足あとも見えまへんしなあ」


 とメイフル。


「強いて言うなら、なにか精霊力の大きなうねりを感じるでござる」


 とコルス。

 なるほど。

 してその心は?

 とデュースに尋ねるが、


「うーん、なんでしょうねー」


 とのことだ。

 ただ、今すぐ危険が迫っているという感じではない、と言うのは皆の共通の認識のようだ。

 エレンたちは家馬車の屋上に登り、引き続き見張りをする。

 うーん、よくわからない状況ってのは緊張するな。

 少し早いが、モアノアやエンテルを起こして、朝の支度を始めてもらう。

 緊張しっぱなしだと腹がへるからな。

 朝飯を作れるうちに作っておかないと。

 子どもたちはまだ起こさなくてもいいだろう。


 一旦馬車を降りる。

 地面の水は一気にひいて、だいぶマシになっていた。

 ぬかるんでないところを選んで御者台のところまで行き、そこから上の見張り台に上がる。

 見張り台は土台だけはすでに倍ほどに広げられている。

 カプルは仕事が速いな。

 扇風機がなければ、昨日のうちにもう完成してたかもな。

 この見張り台では現在、オルエンと紅が見張っている。


「マスター、エレンたちはなんと?」


 との紅の問に、要点を伝える。


「そうですか。私の観測範囲でも同様の見解です」

「ふぬ、ふたりとも何か思い当たることは有るか?」

「いえ、ありません」

「わたしも……」


 二人は口々にそう答える。

 まあ、わからんよなあ。


 下を見下ろすと、馬車の横の乾いたところで竈を作って火をおこし、モアノアがパンを焼き始めていた。

 その横ではカプルが斧を手に仁王立ちしている。

 貫禄あるなあ。

 馬車の反対側でたたずんでいるセスも、当然の貫禄だ。

 今一人、ちょうど俺達の真下で槍を手に立つレルルはといえば、全く貫禄がない。

 俺が見ても隙だらけなので、もし襲撃者でもあれば、すぐにやられそうな気がする。

 そこは騎士ゆえの頑丈さで、それなりに保つんだろうけど、戦力としてはいかんとも。

 俺の従者になるにあたって、騎士として叙勲されたわけだが、その際に赤竜騎士団団長であり、俺の愛しのダーリンである所のエディは、


「おおマケにマケてなんだから、ちゃんとオルエンについて猛特訓しなさい」


 との事だった。

 オルエンも何かと気にかけているようだが、オルエンは他人には甘いからなあ。

 前途多難だ。


「ヘクシュッ!」


 あ、レルルがくしゃみした。

 俺の心のうわさ話が通じたのか?


「ハクショイッ!」


 今のくしゃみは俺だ。

 ちょっと肌寒いな。


「この時間は……冷えます。中に入られては?」


 オルエンに心配させてしまったようだ。

 たしかに俺がここで眺めていても役に立たないので中に入ろう。

 一旦下に降りて、裏口から再び家馬車に戻る。

 中に入ると、リプルが着替えているところだった。


「おはよう、もう起きたのか?」

「おはようございます。ちょっと目が覚めたらモアノアがもう起きてたみたいなので……早出じゃないですよね? 何かあったんですか?」

「いや、ちょっとな。説明できるほど状況がわかってないんだが妙な気配がするってんで警戒中なんだ。起きたんならひとまずモアノアを手伝っといてくれ」

「はい」


 そう答えてリプルは外に出ていった。

 時刻は四時過ぎか。

 日の出まではもう少し時間が有るな。

 俺も愛刀の東風を腰に刺して、出窓に腰を下ろした。

 窓から見下ろすと、忙しく働くモアノア達が見える。

 そろそろパンが焼けるのかな?

 いい匂いがしてきた。


 隣のテーブルでは、リプルが昨日のハムを切り分けている。

 その横でアンが卵を焼いている。

 見てると腹が減ってきた。

 あっちに行ってつまみ食いしたいところだが、もうしばらく待つとしよう。


 そのまま料理組の仕事を眺めていると、サンドイッチが出来上がったようだ。

 アンが小さなバスケットに詰めて馬車の先頭に走る。

 あれはオルエンとレルルの分か。

 モアノアとリプルがこっちにやってきた。


「おまたせしただす、朝食だすよ」


 両手いっぱいにサンドイッチを持って家馬車に入ってくる。


「おう、おつかれさん」


 労ってから、一つつまむ。

 うん、うまい。


「ごめんなさい、ミルクを絞る時間がなくて」


 と言いながら、リプルが水をくんでくれる。


「そっちは後で頼むよ。上にも持って行ってやってくれ」

「はい」


 朝食を半分置いて、二人は屋根裏へと上がっていく。


「ご主人様、もうみんな起きてるんですか?」


 幌馬車の寝床からアフリエールとウクレも起きてきた。


「ああ、色々あってな。お前たちも起きたんなら、とりあえず朝飯をくっとけ」


 そう言って二人にパンを指し示す。

 フルンとオーレはまだ爆睡中らしい。


 五時。

 空が白み始める頃には、フルン以外、全員起きて警戒態勢に入っていた。

 なんだろうなこれ、妙に落ち着かなくて、尻がむずむずするような、なにかのプレッシャーを感じる。

 何が起きるのかは分からないが、確実に何かが起きる、そんなよくわからない感じだ。


「ふにゃー、おはよう、みんなどーしたの?」


 フルンが最後に起き出してきた時には、俺は家馬車の中でデュースやアンと今日の方針を相談していたところだった。


「おはよう、フルン。ちょっと色々あってな、とりあえず顔洗って飯食ってこい」

「うん!」


 外に出ていくフルンを見届けて、再び相談する。


「なんだかわからんが、ここにいたほうがいいのか、それとも先に進むべきなのか」

「そうですねー、わかりませんねー、どうしましょー」


 首をひねってウンウン悩むデュース。


「こまりましたね、目的地まであと僅かだというのに」


 同じく首を傾げるアン。


「そうなあ。ほんと何が起きるんだ? そもそもなんか変なことあったっけ? 昨日も変わったことといえば、塔ができるとかなんとかいう話があったくらいで」

「あーっ!」


 突然デュースが叫ぶ。


「そ、それですよー! なにかあったなー、と思ってたんですが、すっかり忘れてましたー!」

「え、そうなのか?」

「はいー、これは塔ですー、たぶんー、この近くに塔がー」


 そこまでデュースが話した瞬間、ドーンッと大きな縦揺れが来た。

 慌てて床に伏せる俺達。

 揺れはすぐに収まり、セスが飛び込んできた。


「ご主人様、ご無事ですか?」

「ああ、こっちはな。他は大丈夫か?」

「外の皆は大丈夫です」

「こっちもへいきだよ」


 上からエレンが顔を出す。


「く、クレナイを呼んできてくださいー、いそいでー」

「あいよ」


 あたふたと叫ぶデュースにエレンが返事を返して顔を引っ込める。

 すぐに紅がやってきた。


「クレナイ、わかりますかー?」

「すでに検知しました。北東二キロ、ほぼ湖の対岸です。検知した精霊力における試練の塔との類似率は九十八%です」


 慌てて外に飛び出して、湖のほとりまで走る。

 森に阻まれてよく見えないが、対岸に何か煙が上がっている。


「あれか?」


 と紅に尋ねるが、すぐに返事がない。


「紅、どうした?」

「……申し訳ありません。なんというか、不思議な感覚があったもので」

「不思議?」

「これは、懐かしいというのでしょうか……あの塔から感じる力は、知っているような気がします」

「うん?」

「……いえ、これは気のせい、というものでしょう。記憶に一致するパターンはないようです。そろそろ視認できます」


 しばらく見ていると煙が晴れて、白銀に輝く塔が見えた。

 その向こうの空はすでにあかるい。


「うーん大当たりですねー。エレン、コルス、支度はいいですかー?」

「いつでも!」

「でござる!」

「難易度が不明なので、覗くにしても様子見でおねがいしますよー。では先行してくださいー」

「了解」


 二人はダッシュで駈け出した。

 デュースが向き直って皆に話す。


「おそらく我々が一番乗りできるはずですがー、とにかく時間との勝負ですよー」

「おーっ!」

「ここの女神様はー、まだお名前がわからないようですからー、用心して探索しましょー」

「おーっ!」

「いいですかー、昼までが勝負ですよー、思いっきり稼ぎましょー」

「おーっ!」


 と盛り上がっていると、村からも人がわらわらとやってくる。

 日に焼けた屈強な漁師たちは男女ともに老齢だが、村長だけはまだあおっちろい若者だった。


「これはこれは、紳士様。昨夜は嵐のためにろくなおもてなしも出来ず……」


 と揉み手で近づいてきたが、塔に気がつくと、俺のことは忘れて叫びだした。


「こ、これはまさに試練の塔! ついに我が村にもこのような物が!」


 村長は塔を目にして喜びに震えている。


「素晴らしい、これこそ天恵だ。この村もこれで生き返る!」


 若い村長は目をパチクリさせながら興奮している。

 隣にいたばあさんは、そんな村長の頭を叩く。


「あいたっ」

「どあほう、漁村が漁で稼がんでどないする気じゃ! お前はくだらんことを考えとらんで、さっさと街に行って騎士団に陳情でもしてこんかい」

「そんなあ。だって村は年寄りばかりじゃないか。コンザにでかい港ができてから、こっちは街道からも外れるし、ほそぼそと干物を売りに行くだけじゃ商売にならないよ。でも塔ができれば冒険者が来る。そうすれば商人だって来るし、宿や店をやる連中も増える。ひいては村の住民も増えるし、結果的に漁を継いでくれる若者だって」

「若者代表のお前が船にも乗れん有りさまでどないするんじゃい。お前の爺さんはそりゃあ見事な船乗りで、女にもまけん見事な船さばきに、わしらはみんな惚れとったもんじゃ。それに引き換えお前はもう……」

「じ、爺さんと比べられても困るよ」

「ええから、浮かれとらんと、さっさと戻るぞ」


 若い村長は耳を引っ張られて村に戻っていった。

 なんなんだろうな、今のコントは。

 気を取り直して、俺達はできたてホヤホヤの塔に乗り込むことになった。


 参加メンバーを列挙すると、

 ペイルーン、セス、デュース、エレン、フルン、クレナイ、レーン、ウクレ、エンテル、プール、メイフル、コルス、カプル、オーレ、俺の総勢十五人だ。

 非戦闘員のエンテルやウクレまで入れてるあたり、実に総力戦という感じだな。


 細かい作戦は後から考えるとして、ひとまずこの中からオルエン達数人を留守番に残し、早速塔に向かう。

 湖畔の小道は雨でぬかるんで歩きにくいが、お宝が待ってると思うと、自然と足取りも軽くなる。

 あっという間に辿り着くと、そこには見事な塔がそそり立っていた。


 ツルツルの銀びかりする外壁は、朝日を浴びて眩しく輝き、鏡面加工でもしたかのように美しい。

 ざっと見た限り、直径は三十メートルもあるだろうか、巨大な塔だ。

 早速中に入ろうと入口を探すと、すぐに見つかった。

 かまぼこ状の入り口がポッカリと開いている。

 中は真っ暗だ。


「エレンたちはいないのか?」

「もう、入ったみたいでっせ」


 足元の石ころを手にしたメイフルがそう言う。

 なにかサインが残っていたのか。


 松明とランタンを灯し、装備を確認する。


「では、くれぐれも用心していきましょー」


 俺達はぞろぞろと列をなして塔に乗り込んだ。

 先頭はセスとメイフルだ。

 少し離れていくつかの塊に別れる。

 塔の中はわりと狭い。

 二人が並んで戦えるぐらいの幅だ。

 それが時々分岐して、小部屋が並んでいる。

 オーソドックスなダンジョンって感じだな。


 まず、手近な扉を開けてセスが飛び込む。

 中には蜘蛛っぽい魔物がいて、次の瞬間にはセスに真っ二つにされていた。

 その奥には宝箱が有り、メイフルが慎重に開ける。


「うほ、こりゃきてますで」


 メイフルが見せた中身は、小さいながらもみっしりと金塊が詰まっている。

 マジか!

 あんな雑魚一匹でこれか!

 まさにバーゲン!


 次の部屋も同様で、がっぽりとお宝が出てきた。


「うーん、ここはだいぶぬるそうですねー、すこし別れてしらみつぶしに行きましょー」


 デュースの意見で、パーティをわけることとなった。

 俺はデュース、レーン、フルン、ウクレ、メイフル、俺というメンツですすむ。


「剣、剣探そう!」

「おう、あと何でもいいからお宝だ」

「おたからー、おたからー!」


 盛り上がる俺とフルンの横でウクレはちょっと怯えているようにみえる。

 よく考えたら狩りはともかく、ダンジョンに連れてきてよかったのか?


「あ、それは平気です。狩りでも命がけですし。でも、こういうのは初めてだからちょっと緊張して」

「大丈夫、前は私が壁になるから、後ろから援護して」


 とフルン。

 頼もしいな。


 メイフルが扉を開けると魔物がいた。

 懐かしのコロコロだ。

 丸くて巨大なスイカみたいな魔物だ。

 俺が一番最初の探検でひどい目に合わされたやつだ。


「任せろ!」


 俺が一歩出ると、愛刀の東風を一振り。

 見事、敵は真っ二つになった。


「お見事!」


 とレーン。


「まあ、これぐらいはな」

「さすがはご主人様、コロコロごときに遅れを取ることはありませんね!」


 とニッコリ笑う。

 あの顔は、俺の初陣の話を聞いてる顔だな。

 ふっとばされてアザだらけになったからなあ。

 うーん、調子に乗らずに、慎重に行こう。


 ここでもザクザク宝が出てきた。

 やばいんじゃないか、この塔。

 一日で一財産できそうな気がする。


「とにかく、一回目が重要ですからー、網羅的にどんどん先に行きましょー」


 デュースの言うとおりに、俺達は先に進む。

 おおざっぱなマッピングをしながら進むと、大したトラップもリドルも無いままに、二階への階段に出た。

 そこに、ちょうどエレンとコルスがいた。


「お、旦那たちも来たのかい? 戦果はどうだい?」

「この通りさ」


 担いだズタ袋を見せると、エレン達も、


「やるねえ、僕らもこうだけどね」


 にんまり笑いながら、俺達の倍以上の袋を見せた。


「ねえ、剣! 剣なかった!」


 エレンに食いつくフルン。


「剣はないなあ。出てくるのは金塊とか精霊石とかばっかりだね。上に行ったほうがいいかも」

「じゃあ行こう!」

「どうしよっか?」


 うーん。


「どうしようか、デュース」

「そうですねー」

「このペースだとすぐに荷物があふれるぞ?」

「誰か戻って塔のすぐ側に馬車を移動させたほうがいいですねー」

「馬車で来られるかな」

「もう一本、ここに通じる大きめの道があったので大丈夫かとー」

「では、拙者が戻って確認するでござる。馬車には誰が?」


 と忍者のコルス。


「オルエンとレルルが、あとアンもいますねー。撤収の準備はしてるはずですよー」

「では、人手は足りるでござるな。行ってくるでござる。荷物は持てるだけ持って行くでござるよ」


 そう言ってコルスは薄暗い塔の中を駆けて行った。

 よし、先に進もう。


 エレンを加えて二階に登る。

 時間がもったいないと、手当たりしだいに扉を開けてフルンとレーンが魔物をゲシゲシ叩き潰す。

 ここの魔物は俺でも余裕なレベルなので、あの二人だと楽勝だった。

 その間に魔物などいないかのようにエレンとメイフルが宝箱を開けまくる。

 残りの俺達は宝の回収と運搬だ。

 カートがいるな、これ。

 一時間も徘徊すると、すでに持ちきれない程の宝を手に入れた。


「これはー、どうしましょー、なんだかとんでもないことになってきましたよー」

「あはは、入れ食いだね。こんなに稼いでどうするのさ」

「これを元手にするとなると、えらいことですわ」

「剣ー、剣ないー!」


 などと皆、好き勝手に言っているが、俺もわけがわからなくなってきた。


「ひとまず、撤収しよう。宝をおいてこないと探索できんぞ」


 荷物を引きずるようにして外にでると、レルルがいた。


「来てたのか、レルル」

「もうすぐ馬車も来るであります。自分は宿営地の確保に来たであります」

「それより見てみろ、これ」


 とお宝の一部を見せると、目を丸くする。


「こ、これが! こんなに! こんなものが! どどど、どうするでありますか、これ!」

「うん、どうしよう」


 ほんとにどうしよう。

 すでに一年分ぐらい稼いだ気がする。


 やがて馬車がやってくる。

 アンたちに見せると、やはり一様に目を丸くする。

 特にアンは跪いて天を仰いだ。


「ああ、女神様。ありがとうございます。これで皆を路頭に迷わせなくてすみます」


 まあ、うちも日銭稼いでのその日暮らしだからなあ。

 アンの苦労もわかる。


 俺は外に残ることにして、代わりにオルエン達には塔に入ってもらった。

 留守番はコルスに任せることにする。

 中のメンバーも臨機応変に組み換えるように言っておいた。

 それから三十分もするとセスやカプルのチームが戻ってきた。

 こちらも山盛り担いでいる。

 俺が残ったのはカプルに用事があったからだ。


「カートを作れないか?」

「カート……ですの?」

「形はなんでもいいんだけどな、台車というか手押し車を、二、三台用意できないか?」

「お宝を運ぶわけですわね」

「担ぐのにも限界があるだろ」

「かしこまりましたわ。材木運搬用の台車がありますから、あれをばらして小型に組み直しますわ」


 というわけで、カプルが残ってカートを作る。

 俺はテントの設営を手伝いながら留守番だ。

 一時間もすると最初のカートができる。

 ちょうど戻ってきたオルエンたちにお弁当と一緒に持たせて送り出す。

 まだ、休憩はいらなそうだな。


 アンも探索中なので残ったモアノアとリプルが額に汗して必死に炊き出しをやっている。

 探索組はいつもより大変なのか、戻ってくる度にガツガツとご飯をかきこんでから乗り込んでいくので、作っても作っても追いつかないようだ。


 俺を含めて残ったメンツで積み上げられた宝を馬車に運び込む。

 昼前には樽一本分ぐらいの財宝が溜まっていた。

 ほんとどうすんだ、これ。

 欲しい物とかあんまりないって言ってたけどあれだ、金は金だけで所有欲を満たしてくれる……ような気がしなくもない。


 馬車の中で山盛りの金塊を初めとした財宝の山を眺めながらニヤニヤしていると、表が騒がしくなってきた。

 どうやら他の冒険者連中がやってきたらしい。

 表に出ると、塔の周りに乗合馬車が横付けされていた。

 中からは次々と冒険者が飛び降りてくる。

 でもって、そのままみんな血相を変えて塔に乗り込んでいく。

 ちょっと怖い。

 だが、負けちゃおれん。

 俺も頑張ろう。


 ちょうど戻って休憩していたセス達について再び潜る。

 こちらはセス、紅、アン、オーレの四人、プラス俺だ。

 ぶっちゃけ、俺がいないほうが捗りそうな気がするが、せいぜい荷物持ちでもさせてもらおう。


 うちもすべての部屋を回ったわけではないので、下の階でもまだ十分お宝は溢れているようだ。

 俺達は先行者の利を活かして、なるべく上の階を目指す。

 二階の出口に簡単なリドル、つまり謎掛けがあったが、俺を始め、なぞなぞで鍛えたうちのメンバーなら容易い。

 それでも、よその足止めにはなるかもしれない。

 うち的には、ちょっと有利だな。

 出現場所といい、実についてるなあ。


 そんなわけで、今ちょうど三階だ。

 紅があたりをつけてセスが切り込む。

 この二人だと戦闘は一ターンでほぼ終わる。

 ターンってなんだよって気もするが、要するに切りつけて一撃で終わりだ。

 相手が三匹以上いる場合はオーレも戦列に加わるが、基本はアンのガード。

 誰も怪我をしないので、アンは三十分おきぐらいに軽い回復魔法で疲労を取るだけだ。

 で、俺が出てきた宝をせっせと袋に詰めて、カートで運ぶ。

 それにしても重い。


 荷物を詰め終えて動き出すと、ずーんと鈍い音が聞こえた。

 上かな?


「デュースの魔法だと思われます」


 と紅。


「ほう、あっちも張り切ってるな」

「そのようです。特別強い魔物も検知していません」

「下はどうだ?」

「二階までは上がってきているようです」

「ふぬ、階段が見つかり次第、上に行くか」

「階段はおそらくこの先だと思われます」

「お、わかるのか?」

「エレンのサインが残っています。ここに」


 と通路の壁を指さす。

 見ても何もわからんけどな。


「ここです」


 よく見ると、小さな印がついていた。


「これか」

「はい。エレンとメイフルが決めた、盗賊同士の符牒だそうです。私も、一部教わっています」

「で、なんて書いてあるんだ?」

「この右の通路の先に分岐、右が階段、左は探索済み」

「ほほう、これだけでよくわかるなあ」


 などと話しながら進むと、確かに分岐に出た。


「ここを右か」


 右に進むとすぐに小部屋が有り、そこに階段があった。

 カートはまだ半分ほどなので、躊躇なくすすむ。


 四階でさらに三十分。

 気がつけばお宝はすでにあふれていた。

 まじでヤバイぞ、これ。

 ほんとに一財産できそうだ。

 名ばかりの紳士じゃなくて、ほんまもんのセレブになれるんじゃね?

 成金バンザイ!


 興奮しつつもリドルを解いて、五階への登り階段を見つけたところで引き上げることにした。


「よし、一旦戻るか」

「そうですね、移動に時間がかかるのは効率が悪いですが、仕方ありません」


 とセス。


「そうだなあ、回収して馬車と往復するチームを作ったほうがいいのかな?」

「それはそれで、敵と遭遇したり、他のパーティとトラブルになった時に困るかもしれません」

「なるほど」


 戻る途中でオルエンとプール、エレンの三人パーティに会う。

 手ぶらなので、今から行くのだろう。


「やあ、旦那。今から戻るのかい?」

「ああ。そっちはこれからか」

「まあね。そうそう、外に旦那の麗しの姫君……の部下が来てるよ」

「なんだそりゃ。騎士団か?」

「そうさ。思ったより早かったね。お陰で余計なトラブルに悩まされずには済みそうだ」

「そりゃよかった」


 あんな目を血走らせた連中がうじゃうじゃいたんじゃ、どうなるかわからんもんな。

 五階への階段の場所とリドルについて手早く説明してわかれる。


 一階まで降りると、狭い通路は渋滞していた。

 すれ違う冒険者達は俺のカートのズタ袋をジロジロ見ながら通り過ぎて行く。

 ちょっとドキドキするな。

 そのまま外にでるとすごいことになっていた。

 馬車が何台も並び、冒険者や商人がうじゃうじゃと溢れている。

 すでに暮れかけた空の下、篝火が何本も焚かれている。


 入り口にはズラリと順番待ちの列ができていた。

 どうやら入場を制限しているようだ。

 仕切っているのはいつもの赤竜騎士団。

 見覚えのある若い騎士に軽く会釈すると、話しかけてきた。


「これは紳士様。自分は第四小隊のウェッテルンであります。先の竜退治ではお世話になりました」

「ああ、あの時の。今日はここの?」

「ええ。ご覧の有様ですよ」


 そう言って若者は苦笑する。


「それで、隊長殿は?」

「ゴブオン隊長は、あの旗のところで指揮にあたっております」

「そうか、後で挨拶させてもらうよ。君も頑張ってくれ」

「はっ、ありがとうございます」


 騎士に敬意を払われる冒険者、というのは特殊なのか、それとも俺が紳士だからかは知らないが、ちょっと目立ったようで、ジロジロと見られている気がする。

 もっとも見ているのはカートに山積みされたお宝かも知れないが。


 馬車まで戻るとコルスが出迎えた。

 うちの馬車の周りには、いつの間にか周りにロープが張られている。

 場所取りしたのか。

 その周りには、小さなテントや商人の馬車なども並んでいた。

 こうしてみるとなかなかいい場所をキープしてるな。

 レルルのお手柄かな?

 ちょうど見張りに立っていたコルスに声をかける。


「あっという間に大賑わいだな」

「まことでござるな。殿が入られてから、すぐに追加で馬車が十台ほどやってきて大変でござった。場所取りやら何やらで一触即発のところに騎士団の……あの髪の薄いヒゲの御仁が取り仕切ってくれたでござるよ」

「ゴブオン卿だな。あとで挨拶に行っとこう」


 手土産もあったほうがいいのかな?

 まあ、とにかく荷物をおろして休憩だ。

 腹も減ったし。


 しかしすごい人だ。

 二、三百人はいるんじゃないか?

 商人の屋台なども出始めていて、まるで祭りの会場だ。

 すでに日が暮れたというのに、塔に入るには三十分待ちだという。


 順番を取るために、紅に先に並んでもらうことにした。

 アンとオーレは馬車に残った方が良さそうだな。

 こちらも人手が足りない。

 代わりにコルスに塔に潜ってもらおう。


 そこにデュースやレーンのチームが戻ってくる。


「いやあ、盛り上がってきましたねー」


 とデュース。


「ああ、ひどい有様だ」

「でもー、すでに騎士団が来てたんですねー、やはりあのお姫様は優秀ですねー。普通はもっとトラブルが起きるものですがー」

「そんなものか」

「うちももう少し見張りを残しましょー。少なくとも一チームは休憩も兼ねて残すべきですねー」

「ふぬ」

「ところで、騎士団への挨拶はすませましたかー?」

「まだだと思うぞ」

「では、今のうちにー。少し手土産を整えてきましょー」


 そう言ってアンと一緒に馬車に入っていった。

 そうそう、その手土産の塩梅がわからなかったんだよな。


 しばらくすると、酒樽と金貨の詰まった布袋を手に出てくる。

 結構、景気良くいくもんだな。


 荷物を持ったセスにデュース、それに俺の三人で、騎士団の詰め所に出向く。

 タープで覆っただけの簡易の詰め所は、騎士が数人、忙しく出入りしていた。

 俺が顔を見せると、中からゴブオン卿が出てくる。


「がはは、これは紳士殿、少しの間にまた男ぶりを上げられましたな」


 相変わらずのビール腹に輝く頭。

 貫禄あるなあ。


「皆さんで飲んでくださいねー」


 デュースの差し出した酒と布袋を、ゴブオンは遠慮なく受け取った。


「これはこれは、何よりなものを。みんな目を血走らせて、商人どもさえまだ挨拶にも来おりませんわ、がはは」

「うちはまだ小さい者もおりますのでー」

「がはは、わかっておりますよ。お、そうだ、ちょうどいい。おい、ローン」


 と奥に控えていた騎士の一人を呼ぶ。

 どこかで聞いた名前だな?


「ちょうどよい、こちらの紳士様はお前も存じておるだろう。姫様……もとい団長のご友人のクリュウ殿だ」

「以前、コーザスのカジノでお引き合わせ頂きました」


 あー、あの時の。

 エディのお供をしてた二人組の片割れか。

 たしか……彼女の愛人とか何とか。

 おっと、変な想像して顔に出ないようにしないと。

 侍女だと聞いた気がしたが、騎士だったのか。


「うぬ、ならば話は早い。お前が行って紳士殿のご一行を護衛しろ」

「……特定のパーティに肩入れするのはいかがなものかと思いますが」

「あたりまえじゃ。だが、こういう場所でトラブルに会うのは貴族や有名冒険者などの目立つ輩じゃろうが。今ここで一番目立っておる紳士殿を重点的にお守りするのもまた、当然じゃろうが」

「しかし……」

「ええい、面倒なやつめ。建前と本音の区別もつかんのか? 自慢の兵学がなくぞ」

「かしこまりました。では、支度をしてまいります」


 そう言ってローンと言う名の女騎士は奥の天幕に入っていった。


「このような折にお引き止めしても申し訳ない、何かあったら、あの者でも良いしワシでも構わん、遠慮なく頼られよ。なんせお主には借りがあるのでなあ、がはは」


 と言って、半ば追い出されてしまった。

 見ると挨拶の順番待ちの商人が並んでいる。

 なるほど、忙しそうだ。


 騎士団の詰め所を出ると、騎士のローンは黙ってついてくる。

 オルエンと同じぐらいの身長だろうか。

 俺より気持ち高い。

 眼鏡越しの目つきはちょっときつそうだ。

 なんだろう、お固い女教師とかそういうイメージかなあ?

 などとつい値踏みするように眺めていると、睨まれてしまった。

 慌てて取り繕う。


「ローンだったな。まあよろしく頼むよ」

「役目柄、万事お望みのとおりとはまいらぬかもしれませんが、最善を尽くします」

「そうか。まあ、ここが治まってれば、俺達はそれで十分だからな」


 やっぱり、お固そうだ。

 ローンをキャンプ内に招き入れようとするが断られる。


「私はこの周りを巡回しております。御用の際はお呼びください」


 とのことなので、無理強いはしなかった。


 馬車に戻るとそのままセスは探索に出向く。

 そういえば紅が順番待ちしてたんだった。


 入れ違いにレルル達が戻ってきた。

 騎士とはいえ、オルエンと違いちょっとへっぽこなレルルは疲れたのか、苦手な戦闘でへたれたのかぐんにゃりしていたが、キャンプの入り口で立っていたローンと目が合うと、蛇に睨まれた蛙のようにすくみあがってギクシャクと戻ってきた。


「おかえり、レルル。ここでぐらいもっと力抜けよ」

「な、な、なんでローン殿があそこに」

「いやあ、騎士団がうちの護衛してくれるってんで、彼女が来てくれたんだ。お前も知り合いならちゃんと礼を言っとけよ」

「あ、あ、あの方はそれはもう、とてもたいそうとんでもなくお厳しいひとで、自分は騎士団の頃に幾度と無くしごかれたんでありますよ。今でも顔を見ただけでチビリそうであります」

「ははは、まあ、そういう相手もたまにはいるって。だからこそ頼もしいんだろう」

「それは……そうでありますが」

「じゃあどうする? そろそろお前も休憩かと思ったが、もう一回潜るか?」

「その方がマシであります!」

「なんにせよ、まずは飯だな。食って一休みしたらまた頼むぞ」

「はいであります!」


 戻ってきた連中の一部を休ませて、俺も食事にする。

 食べながらデュースと相談する。


「だいたいバーゲンは数日から数週間は続きますねー。ここはぬるめなので精々一、二週間、一月は保たないでしょうねー」

「そんなもんか」

「ひと通り漁られてもお宝は目減りしていきますがー、単純に時間が過ぎても駄目みたいですねー。もっとも普通はその前にあらかた漁られますがー」

「なるほど」

「うまくローテーションを回して夜通し探索すべきですねー」

「わかった、そっちはうまくやってくれ」

「かしこまりましたー」


 ここだと難易度的に四人構成ぐらいで大丈夫のようだ。

 留守番の人手も足りないのでウクレとエンテルはやはり外すとして、シーフポジションのエレン、メイフル、紅、コルスをパーティのメインに据えて、それに戦士系のセス、オルエン、フルン、カプルを組ませる。

 あとは二人ずつ適当に振り分けて四チーム十六人構成にした。

 これで順番に睡眠を取りながら、常時二チームが探索するようにしてある。

 うーん、ややこしい。

 実際はデュースやレーンが細かく回してくれてるんだけど。


 留守番組もひたすら食事を作り、休憩の準備をする。

 あとは探索中に書きなぐった塔のマップを清書して次のチームに渡す。

 これはエンテルの仕事だ。


 段取りが決まって食事を終えたところで、レルル達と一緒に俺も再び剣を取る。

 さて、忙しくなってきやがった。

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