第96話 山頂

 寝ぼけ眼をこすり、ほんのり白い息を吐きながら、馬車の外にでる。

 今朝もいい天気だ。

 すぐ目の前にそびえるエレーネ山脈最高峰、クスール岳は真っ赤に染まっていた。

 見事なモルゲンロートだ。

 そこから連なる山並みは、ちょうど俺達の進行方向で深く切れ込んでいる。


「おはようございます、ご主人様」


 朝から作業着姿のカプル。

 夜通し何かの細工をしていたらしい。


「あれが、ガボンゴの谷ですわ。手前のガムリ岳を巻くように下ってあの谷を抜けると、あとはもう終わったようなものですわね」

「ほう、やっとか」


 大工のカプルが指差す先を眺める。

 やっと山越えも終わるのか。


「あとは滑らないように、気をつけてくださいまし」

「そうだな」


 なんせ先日、盛大に大滑走したばかりだからな。

 もっともそのおかげで、新しい従者もゲットできたわけだが。


 いわくつきの謎のホロアであるオーレは、まだ年少組のテントで寝ている。

 昨夜もフルンが遅くまで離さなかったようだ。

 しびれを切らしたアンに怒られていたが、オーレはそうやって一緒に怒られること自体が楽しいみたいだな。

 幸せになりたいと言っていたので、ちゃんと幸せにしてやらんとなあ。


 大鍋いっぱいのシチューを皆ですすり、テントをたたむ。

 さて、出発だ。


 道なりに一時間ほど進むと、小さな分岐に出る。

 右手がおそらく本道で、左手の細い道は、ガムリ岳とやらの山頂に向かっていた。


「この山はかつてウルを祭ったという霊山ですわ。神話の時代、戦神ウルが七つの宝剣を忌まわしき魔物に投げ打った。その内の一つ、聖剣エンベロウブが突き刺さったと言われている山ですわね」


 とカプル。


「へー、聖剣ね」

「少し行ったところに祠が有るはずですわ。ネアル神殿でも、年に一度はここを祀っていましたわ」

「ウルって戦の神なんだよな。ご利益あるかな?」

「もちろん、有ると思いますわ」

「じゃあ、お参りしていこうかな。山道が険しかったりしないかな?」

「行ったことはありませんけど、話を聞いた限りでは、大丈夫のはずですわ」

「いくー! ウルにお願いして聖剣もらうー!」


 フルンが上から顔を出す。


「お参りだけにしとけ」

「じゃあ、そうするー」


 というわけで、寄り道していくことになった。

 道の脇に馬車を止めて、お参りに行く。

 主に前衛組が中心だ。


 セス、フルン、カプル、紅、オーレ、あと俺の六人だ。

 オルエンたちは俺達のあとで行くそうだ。


「この分岐から往復一時間ほどと聞いていますわ」


 とカプル。


「それぐらいなら平気だろ」

「そうですわね」

「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 フルンの掛け声とともに、出発した。

 それから三十分。

 俺達は切り立った崖の縁で立ち往生していた。


「やはり、さっきの分岐を右でしたわね」

「そうだな」

「すごーい、足元になんにもなーい、おちたらしぬー!」

「暴れてはいけません、フルン」

「えー、でもセス、高いとこのぼるとワクワクしない?」

「いついかなる時でも平常心を忘れてはいけません」

「そっかー、でも難しいよ? あ、ほら、あそこの崖にお花咲いてる!」


 などと口々に適当な事を話す。

 要するに道を間違ったみたいだ。

 間違った時は戻るのが一番だな。


「オーレがみてこようか?」

「お、そうだな。頼むよ。何か祠が有るらしいから」

「わかった」


 そう言ってオーレは背中の羽根を広げる。


「すごい! ねえ、私も連れてって!」

「いいぞ。じゃない、いいのか? ご主人」


 俺に尋ねるオーレ。


「ああ、いいぞ。気をつけてな」

「やったー」


 フルンがオーレにしがみつく。


「あばれるなよ」


 念を押して二人に行かせた。


「ふう……」


 一息ついて、改めて景色を眺める。

 いやあ、絶景だなあ。


「良い眺めですね」


 セスも見入っている。


「ワクワクするだろ?」

「……はい」


 すこし苦笑するセス。


「するよなあ」

「そうですね」


 振り返ってガムリ岳の山容を眺める。

 山頂まであと百メートルぐらいか。

 見事な岩肌だ。


 ……この壁、登れそうだな。

 いやいや、いかん。

 手ぶらで登れる壁じゃない。


 しばらく待っていると、二人が戻ってきた。


「あったよー」


 とフルン。


「そうか」

「やっぱり、さっきの道を右だった。すぐ先」

「おお、じゃあ行くか」

「うん!」


 少し戻って分岐を右に。

 すぐに石段があった。

 ちゃんとしてるじゃないか。

 息を切らしながら三十メートルほど石段を登ると、小さな祠に出た。

 ふう、やっとついたぜ。


「ウル様。すごく強くしてください! あと剣ください!」


 身も蓋もないお願いをするフルンの横で、俺も祈っておいた。

 皆が怪我しませんように、俺がしでかしませんように、あとフルンに良い剣が見つかりますように。

 他の皆も手を合わせていた。


 剣といえば、オーレは剣も魔法も使えるらしい。

 一応、新人の能力は忘れずに確認しておいたのだ。

 コルスの時に、そのことでレーンに絞られたからな。


「そうだ。魔法は氷がいい。炎はだめだ。あついから」

「剣もいけるって?」

「少しならいける。エンドゥーンの嗜み」


 魔法がそれなりに使えて、剣もそこそこ。

 大体、紅の属性違いといったところか。

 センサーがない代わりに、空が飛べる。

 なかなか、多芸だな。

 トータルでは紅より劣るが、まだ若いし十分即戦力ではなかろうか。

 でも、胸は小さかった。

 ペイルーンを少し痩せ型にしたぐらいか。

 そこもまたいい。


「ねえ、こっちにも道有るよ?」


 念入りに神頼みを終えたフルンが何か見つけたようだ。

 みると、祠の後ろにさらに小道が続く。

 どうやら山頂まで登れるみたいだな。

 道は細いが、壁に鎖が埋め込んである。

 これならいけるんじゃないか?


 などと思ったのが間違いの元だった。

 山頂が手に届く所まで来て、三メートルほどの垂直な岩壁が有る。

 オーレに運んでもらえばいいものを、つい調子に乗ってフルンに、


「よし、岩の登り方を見せてやろう」


 などと言ってしまったものだから、自力で登らざるを得なくなった。


 どうやるんだったっけ?

 基本は三点支持だよな。

 岩の出っ張りに足をかける。

 ソールが柔らかい革靴だと足の指が辛い。

 その分、手にも力が入る。

 たしか、足で登れって言われたような……。

 いかん、すっかり忘れた。

 風に煽られて岩に張り付く。

 体は起こすんだっけ?

 寝かすんだっけ?


「がんばれー!」


 フルンの声が聞こえる。

 下をちらりと見ると、はるか数百メートル下に細い谷が見える。

 マジか!

 何やってんだ俺!

 だから、登るなといっただろう!

 それでもド根性でどうにか壁をよじ登る。


「お手をどうぞ」


 と差し伸ばされた紅の手を掴み、ひいひい言いながら、どうにか登り切った。

 あれ、いつの間に回り込んだんだ?


「右手の岩陰に、はしごがありました」

「まじか!」

「はい」

「ごしゅじんさまー、次、私のぼるねー、みててー」


 フルンの声がしたかと思うと、あっという間に登ってきた。

 はいはい、どうせそうだと思ってましたよ。

 そこから更にガレ場、つまり岩だらけの斜面をゆっくり進むこと五分。


「ついたー!」


 フルンに一番乗りされてしまったが、とうとうピークを制したぞ!


 四方に広がる地平線。

 眼下には山と谷と雲。

 はぁ……すごい。

 山はいいねえ。

 しばし無心で景色に浸る。


「少し、遅くなりました。戻らなければ、皆が心配します」


 とセス。


「そうだな、帰るか」

「えー、剣さがすー、聖剣ー」

「そんなもんがあったら、とっくに取られてるって」


 これだけ道が整備されてりゃ、しょっちゅう人が来てるだろうしな。

 たぶん、祠に来た人はみんなここまで来るんだろう。

 俺が見てもわかるぐらい、足跡などが残されている。


「えー、あるよ、ある! 絶対あるっ!」

「しょうがないな。紅、ちょこっと探ってやってくれ、エコーとかそういうので」

「ありました」

「え、あったのか?」

「ほんと!?」


 フルンも食いついてくる。


「はい、ちょうどこの真下。凍土の中に長さ二メートルほどの人工物と思しき棒状物体が埋まっています」

「まじか、でかいな」

「少なくとも人工物であることには間違いないようです」

「なるほど。で、掘れそうか?」

「道具がいります」

「ふぬ」


 しばし考えて、


「オーレ」

「なんだ?」

「紅を連れて、馬車まで飛べるか?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、急いでいってくれ。紅、そういう感じで頼む」

「わかりました」


 しばらくすると、道具を担いた紅が戻ってくる。

 紅を下ろすとオーレはトンボみたいな羽をひろげて、再び飛んでいった。


「デュースとオルエンも来るそうです。オーレに運んでもらいます」


 とのことだ。


「ここからまっすぐ掘るのが良いようです」


 紅の指示に従って、早速ショベルを担いで穴を掘り出す。

 山頂はそれなりに平らなので穴を掘るぐらいは平気だ。

 途中、運ばれてきたデュースやオルエンも加わって、せっせと掘る。

 デュースがうまく氷を溶かしてくれたので掘りやすくなる。

 三十分もかけて大穴を掘り上げると、ついに発掘した。


「やったー! 剣だー!」


 出てきたのは確かに抜き身で幅広の大剣だった。

 泥がへばりついていたが、汚れを拭き取ると傷ひとつついていない。

 真っ白い刀身は、セラミックか何かのようにマットで鈍く光っている。


「すごい! なんかかっこいい!」


 大はしゃぎのフルンの後ろでセスが、


「これが聖剣エンベロウブでしょうか」

「どうだろう。でも、なんかすごそうだよな」

「はい。ただ、フルンには少し大きすぎるのでは?」

「えー、だいじょうぶ! ほら、軽いし振れるよ!」


 と、びゅんびゅん振ってみせる。

 どうやら、すっかり気に入ったらしい。

 俺達は時間をかけて穴を埋め戻し、馬車に戻った。

 山登りで時間を食ってしまったので今夜はここに泊まることにした。


「まさか、本当に聖剣が埋まっているとは」


 アンも呆れ顔だ。


「びっくりだよな」

「しかし、勝手に持ちだしてよかったのでしょうか」

「こういうのって早い者勝ちじゃないのか?」

「そうかもしれませんが、本物なら聖遺物ですし……」


 首を傾げるアンにデュースが、


「平気ですよー、我々は冒険者ですからー」


 という。

 そういうもんか。

 考古学者であるエンテルとペイルーンが鑑定していたが、いつの時代のものかはわからないらしい。


「こういうものは初めて見ました。興味深いですね」

「そもそもエンベロウブって名前は聖典には出てこないのよね。オトル族の伝承とかで伝わってるぐらいだったかしら?」

「あとは、偽書のズズ伝ですね。聖戦の話で出てきたはずです。後日、確認してみますが、手元にないもので。これが本物なら、ズズ伝の評価もかわるかも……」


 などという。

 肝心の聖剣は、今フルンが一生懸命磨きあげていた。


「鞘はカプルが作ってくれるってー」


 嬉しそうだな。


「試し切りはしてみたのか?」

「まだ」

「早速やろうぜ」

「うん!」


 手頃な薪を立てて剣で水平になぎ払う。


「たあっ!」


 スコーン。


 薪はそのまま弾き飛ばされてしまった。

 薪を見ると、剣があたったあたりが少しくぼんでいるが、全然切れてない。


「あれ? 切れてない?」

「ちゃんと刃で当てたか?」

「うん。もっかいやる。薪、立てて!」

「おう」

「たあっ!」


 スコーン。


 やはり駄目だ。

 セスが試してもやはり切れない。

 まるでバットで殴ったみたいに飛んで行くだけだ。


「この剣、刃がついていませんわ」


 とカプル。


「えー、どういうこと!」

「儀式用の飾り刀かもしれませんわ」

「えー! やだ! これで戦うの!」

「刃のあるべきところに、とても細い溝が掘られていますわ。これでは研いで刃をつけることもできませんわね」


 俺も手にとって見てみると、まるで両側から張り合わせたように、刃の縁にそってほそいほそい溝がある。

 変な剣だな。


「うう、せっかく見つけたのにー」


 すっかりしょげ返るフルン。

 そりゃあ、あれだけ喜んでたからなあ。


「しょうがない、飾って我が家の家宝にしようぜ」

「やだー、それで戦うのー」

「そうは言ってもなあ」


 なんと言って慰めようかと考えながら剣をいじっていると、柄の先がパカっととれた。

 ちょうどネジが切ってあってひねると取れるようだ。

 なんだこれ?


 中を覗くと、何やらみっしりと文様が書かれている。

 カプルが見てもわからないらしい。

 エンテルとペイルーンにも見せてみる。


「なんでしょう?」

「どっかでこういうパターンみたわよね」

「ああ、たしかに。あれはソンゾールの遺跡で……」

「そうそう、壁に穴があって、そこにこういう文様が」


 と話しているが、これが何かはわからないようだ。

 改めて見る。

 なんか電池でも入れるところみたいだよな。


 ふと思いついて、側においてあった精霊石のランタンを手に取る。

 裏蓋を開けると、中には一センチ角の火の精霊石が入っている。

 おもむろに剣の柄に放り込んで蓋を閉める。


「そこに入れるものですの?」


 とカプル。


「いや、なんとなく……」


 俺が答えかけた瞬間、剣の刀身がボワっと光る。

 同時に、エッジの細い溝から、赤い光が薄く溢れだした。


「すごい! 光った!」


 フルンが目を輝かせる。

 お、いけるんじゃないか?

 光る刃をさっきの薪に押し当てると、ジュっと焼ける音を立てながら、ずぶずぶと刃がめり込んでいく。

 切れ味がいい……とは言えないが、とりあえず刃の代わりにはなってるみたいだ。


「貸して! 貸して! ごしゅじんさま、貸して!」

「おう、気をつけろよ、熱そうだぞ」

「うん!」


 再び薪を切る。

 立てた薪を水平になぎ払うと、剣は光る軌跡を残しながら、こんどはスカッと通り抜けた。


「あれ?」


 フルンが近づいて薪を手に取ると、綺麗に切れている。


「すごい! すごいっ!」


 もう一度やると今度は最初のようにスコーンと飛んでいった。


「あれ? 切れない」

「刃がうまく立っていないのでは?」


 とセスが言って代わる。

 セスが切ると、スパスパ切れる。


「やはり、扱いがかなりシビアなようですね。少しでも剣が寝ていると切れないようです」

「うーん、練習する!」

「それがいいでしょう。きれいな剣さばきが身につくかもしれません」

「魔法剣なんですねー。でも、こういうのは初めて見ましたー」


 デュースもはじめて見るような逸品らしい。

 相当レアな剣みたいだな。

 本当に女神様の使った聖剣かもしれんな。


「でも、切れ味はほどほどか?」

「魔法剣なら、使用者の力量にも依存しますからー、あるいは隠された使い方なども有るかもしれませんねー」

「なるほど」

「言い伝えではなんと有りましたかねー」


 デュースがエンテル達に尋ねると、


「どうだったかしら?」

「たしか、七聖剣のうち、エンベロウブは天まで届く光の帯、星を切り裂く無限の刃、などと書かれていたはずです」

「あー、そうそう。ウルが天に掲げると伸びるのよ」


 ほう、伸びるのか。


「おい、フルン。その剣伸びるらしいぞ」

「え、ほんと? どうやるの?」

「天に掲げて伸ばすんだってよ」

「やってみる! 伸びろー、エンベロウブー!」


 フルンが剣を掲げて叫ぶ。


「……伸びないよ?」

「そうみたいだな」

「のびろー、のびろー」


 伸びないか。

 まあ、言い伝えだしな。


「呪文でもいるんですかねー」


 とデュース。


「そもそも、すでに十分長いじゃないか。その辺を誇張した言い伝えなんじゃないか?」

「そうかもしれませんねー」


 そのまま三十分も遊んでいたら、急に光が消えた。

 柄を確認すると、小さな精霊石は無くなっていた。

 光が消えると、切れ味も元通りだ。

 あのサイズでもランタンなら丸一日、使い方次第では一週間は持つので、燃費は悪そうだ。


「この柄の形に加工した精霊石を埋め込めば、一日は保つと思いますわ」


 とカプル。


「そうかな?」

「ですけど、加工を依頼すると、高く付きますわね」

「精錬と加工なら私がするわよ?」


 とペイルーン。


「できますの?」

「だって私、錬金術士だもん」

「あら、そうでしたわね」

「精錬炉がないから、工面しなくちゃだめだけど」

「街についたら仕入れますわ。昔、頼まれてメンテしたこともありますし、中古で出物でも探しましょう」

「そうね」


 そちらの問題は大丈夫らしい。

 なんにせよ、フルンに新しい剣が見つかってよかった。

 ありがとう、ウル様。

 ウルってスクミズの神様だったよな。

 今夜はエレンたちの着替えのスクミズでも神棚に飾っておくか。

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