第94話 動く家

 山越えは続く。

 ところどころに雪渓を残す山並みは、実にダイナミックだ。

 でも、火山もなければプレートとかも動いてないらしいのに、どうやって山ができたんだろうな。


「あー、あそこ、クスール岳ですよー」


 手綱を引くデュースが前方を指差す。

 はるか彼方に一際高い、岩の塊が見える。


「エレーネ山脈の主峰ですねー。あの向こうにはオオンという小さな集落があって、魔界まで通じる巨大な穴が開いてるんですよー」

「へー、じゃあ、底まで見えるのか」

「そうですよー、女神の柱と呼ばれる大穴ですねー」


 穴なのに柱なのか。


「オオンは雪と山に閉ざされているのでー、周りの住民ともほとんど交流がないんですよー」

「まさか、あれに登ろうってんじゃないだろうな」

「今回は流石になしですねー。暇な時なら行ってみてもいいですがー。文化の違う土地は面白いですよー」

「そうかもなあ」


 今まで巡った街だけでも十分楽しめてるし。

 改めてクスール岳とやらを見る。

 主峰というだけあって、ベラボウに高い。

 学生の頃、山岳部の友人に無理やり連れて行かれた山を思い出すなあ。

 なんかね、岩に取り付いてよじ登るのよ。

 あれ、良く無事に帰れたよなあ。


 しばらく見ていると、鳥の群れがくるくると円を描いている。

 そのまま徐々に高度を上げていき、山を越えていった。

 渡り鳥か。

 もうちょっと楽そうなところを超えればいいのに。


「今のは魔界鶴ですねー。女神の柱を抜けて、魔界に渡るんですよー」

「へえ」


 そうか、だったらあそこを越えるしか無いんだな。


 そうこうするうちに、すっかり日が昇る。

 日差しはきついが、気温は低い。

 ここ数日は再び森林限界より上にいるので、日差しを遮る木々もない。

 この辺りは水場がないので、適当な場所で昼食にする。


 草原にむしろをひいて、お弁当を広げる。

 朝のうちに焼いておいたパンが今日の昼食だ。


 先に食べ終わったアフリエールたちが、大きな岩の陰で何かを見ている。


「どうした?」

「あ、ご主人様。変わった花がいっぱい咲いてて綺麗だなーって」


 といって、小さな青い花を指さす。


「高山植物か。なんて名前だろうな」

「見たことない花がいっぱいです」

「それはティングルの花ですわ、熱さましに効きますのよ」


 一緒に弁当を食べていたカプルの台詞を聞いたペイルーンが、


「あら、ホント。いっぱい生えてるし、摘んでいきましょうか。麓で買うと高いのよ」


 ということで、総出で花摘みをすることになった。

 しばし黙々と花を摘む。

 気がつけば、両手が花の汁で染まっていた。

 すごい匂いだな。

 いつまでやればいいんだ?

 とってもとっても一向になくならない。

 まさか全部取るつもりじゃないだろうな。

 と泣き言を言いかけたら、


「みんな、お疲れ様。これだけあれば十分ね」


 ペイルーンのお許しが出た。

 やっと終わりか。

 俺は汗と汁でベトベトなので風呂に入りたいよ。

 夜は湖のそばで泊まるそうなので、そこまで我慢だなあ。


 疲れたので少し昼寝でもしようと、家馬車の屋根裏部屋に行く。

 ここは改装中で、とりあえずゴロ寝ぐらいはできるようになっている。


 自動人形の紅に膝枕をしてもらい、ごろごろしていると、さっき集めた花を籠いっぱいに詰めたペイルーンとアフリエールが上がってきた。

 どかっと籠を下ろしながら金髪美少女メイドのペイルーンが、


「寝てた? ちょっと横で作業していい?」

「ああ、構わんぞ」

「ありがと」


 二人は集めた花をより分けながら、板の上に並べていく。

 そうして乾燥させるらしい。

 それが終わると、今度はすでに干し終えた別の薬草の選別を始める。

 ちまちまちまちまとゴミなどをより分けている。

 見てるだけで眠くなってきた。

 寝よう。




 気がついたら、すでに窓から西日が指していた。

 馬車も止まっている。

 ペイルーンたちもすでにここにはおらず、床一面にさっき積み上げた花が大量に干されていた。

 目をこすって体を起こすと、いつの間にか控えていたウクレが水を出してくれる。


「おう、ありがとう」


 グビリと飲み干すと、冷えた水が喉に気持ちいい。


「お風呂の支度ができてます。先にお入りになりますか?」

「ああ、そうしよう」


 紅とウクレを連れて下に降りる。

 家馬車の中には誰もいない。

 湯船からはいい塩梅に湯気が立ち上っている。

 窓から外をのぞくと、モアノア達が忙しく夕飯の支度をしていた。


 二人と一緒に風呂を使ってさっぱりしてから表に出る。

 ほてった肌を高原の冷たい風が冷ましてくれる。

 というか寒い。


 焚き火の前の定位置に腰を下ろすと、いつもの様にまずはエールで乾杯だ。


「今日も一日お疲れ様でしたー」

「おう、おつかれさん」


 デュースとジョッキを打ち鳴らして、グビリとやる。

 はあ、寝起きのエールはうまいねえ。


「明日からはまた、少し上りますよー」

「まだ続くのか」

「これが最後の上りですよー。あとはゆっくりと下るだけですねー」

「涼しいのはいいんだけど、くいもんがちょっと物寂しいよな」

「そうですねー、やはり乾物が中心になりますしー」


 今も焚き火の端に置かれた網の上で、干し肉を炙っている。

 こればっかりじゃ飽きるよな。

 先日の牛も、あらかた食い尽くしたし。


「さっきエレン達が山ねずみをたくさん捕まえてきたので、今夜は唐揚げですよ」


 とアンが大きな鍋を運んできた。

 中はいつもの豆スープだ。

 食材の都合で、最近はまたこれが多い。


「ふうっ」


 重い鍋を火の上に吊るして、アンが俺の隣に腰を下ろす。


「それまで、これでも齧っててください」


 エプロンのポケットから干し芋を取り出した。


「それ固いからなあ」

「だから長持ちしていいんですよ。こうやって噛んでいればだんだん柔らかくなりますし」


 と自分でも齧りだす。


「顎が疲れないか?」

「平気ですよ?」

「じゃあ、俺にはその柔らかくなったやつをくれよ」


 といってアンがかじっている干し芋を奪い取る。


「ちょ、それは私の食べかけで……」

「いいじゃないか、もぐもぐ」

「もう……」

「アンの味がするな」

「恥ずかしいのでそういうことはおっしゃらないでください」


 顔を赤くして、行ってしまった。

 美味しいのに。


「ご主人様はー、そういう変態趣味をどこで覚えたんですー?」


 あきれ顔で尋ねるデュース。


「え、そんなに変態っぽい?」

「っぽいですねー」

「そう言わずにデュースもやってくれよ」


 炙っていた干し肉を箸で摘んで差し出す。

 カプルに削りだしてもらった特製の箸だ。

 やっぱり俺は、箸がいいな。


「私もですかー」


 と言ってパクリと口にふくむと慌てて吹き出した。


「あふっ、あふっ、あふいれすー」

「あはは、そりゃすまん。どれどれ」


 と齧ると、


「あちーっ」


 確かに熱かった。


「だからそう言ったじゃないですかー」

「いや、だっておまえ」


 ぐびぐびとエールを飲んで口を冷やす。

 ああ、ひどい目にあった。




 食事を終えて、あとはまったり飲み直すか、と思ったら急に天気が崩れてきた。

 カプルとデュースが暗い空を見ながら相談している。


「これはいけませんわ」

「荒れますかねー」

「と思いますわ、ここも麓よりはだいぶ風が強くなるものですわ。テントもたたんだほうが良いですわね。この辺りの土地は水を吸いませんから水が流れますわ」

「ではそうしましょうかー」


 大慌てでテントを畳み、焚き火の始末をする。

 夜食に残しておいた鍋を家馬車に運び込んで小さな暖炉にかける。

 中でも火が使えるのがいいよな。

 太郎たちは馬車の風下につないでおく。

 雨よけのタープもしっかりと固定する。


 全部をしまい終えると同時に雨がふりだした。

 同時に風も強くなる。

 幌馬車の幌がバタバタとはためくが、よく見ると、以前より骨組みの支えが増え、さらに金属パーツで補強されている。

 しっかりと張られた幌は頑丈そうだ。

 御者台から外を覗くと、地面を這うハイマツがびゅうびゅうと風に揺られている。


「吹き込むので閉めますよー」


 デュースがやってきて、仕切りカーテンの留め具を外す。


「おお、すまん。いいぞ、やってくれ」

「じゃあ、閉めますねー」


 と言って分厚い革のカーテンで入り口を塞ぐ。

 前はここって普通の布のカーテンがぶら下がってただけだよな?


「これも先日、カプルがつけてくれたんですよー」

「ほう、そうか」


 天上からロール式になっていて、下でしっかり固定できる。

 左右も閉じると完全にふさがった。


「すごいな、馬車がテントみたいになったぞ」

「そうですねー。外にでる場合は、裏口から出てくださいー」

「おう」

「梯子の付け替えが終われば、この状態でも上に出られるそうですがー」

「へえ、楽しみだな」


 幌馬車の中央に移動すると、絨毯の上にクッションを広げて、フルン達がすごろくをやっている。

 ランプの明かりで夜遊びは楽しいよな。


「ねえ、ご主人様もやろうよ!」

「ちょっと待ってろ、全部見まわってからな」

「うん!」


 幌馬車の後部には、据え付けのエク用ふわふわベッドと並んで新しい四段ベッドが一列並んでいる。

 これをあと二列作るのか。

 四段ベッドには深夜に見張りをするセスやメイフルがすでに横になっていた。

 起こさないように馬車の連結部を抜ける。

 連結部も御者台と同様に隙間が革のカーテンで覆われていた。


 家馬車に入ると、こちらはだいぶ明るい。

 夜もカプルが作業できるように、大きなランプがいくつも据え付けて有るのだ。

 こんな時間に部屋の中が明るいと、日本に住んでた頃みたいだな。

 こっちは夜は暗くてあたりまえだからなあ。


 出窓から外を覗くと、なにか動くものが見える。

 どうやらエレンとオルエン、レルルの三人がまだ外にいて作業しているらしい。


「もしものために、ロープで馬車を固定して貰っています」


 というアンは生乾きで取り込んだ洗濯物を干していた。

 せっかくなので俺も少し手伝う。


「いけませんねえ。どうも最近、ご主人様に手伝っていただくことに抵抗がなくなってきました」

「そう言うなよ、ガキの頃から家事はずっとやってたんだから」

「そうはおっしゃいますが」

「一緒にやると楽しいしな」

「ご主人様のそういうところに、弱いんですねえ」


 しみじみとつぶやくアン。

 そうこうするうちに、裏口が開いてエレン達が戻ってくる。


「いやー、こりゃすごい風だね。雨がそれほどじゃないのがまだ救いだよ」


 とエレンがびしょびしょのカッパを脱ぎながらそう話す。


「おう、お疲れさん。風呂はまだ入れるんじゃないか?」

「そうだね、ちょっと温まっとこうかな」


 そのまま全部脱いで三人で湯船に浸かる。

 入浴シーンを眺めててもいいが、先に上を見てこよう。


 梯子を登ると、さっき集めた花の匂いがする。

 その中で残りのメンツがごそごそと部屋を片付けていた。

 広げていた薬草を隅に積んで、スペースを確保しているのだという。


「下で全員は寝られませんから」


 とエンテル。


「こっちはもう一段建て増しして三階建でもいいかもな」

「ずっと馬車で暮らすおつもりなんですか?」

「いやあ、将来はともかく、今狭いからなあ」

「そうですねえ」


 部屋の隅にうずたかく積まれた薬草を見ながらエンテルがため息をつく。

 エンテルは家事が苦手な分、うちの事務的なことを結構フォローしてくれてるんだよな。

 今は地図とか各地の情報とか、事前に色々手配して調べているらしい。

 博士なのに、雑用ばかりさせるのはどうかと思うんだけど、あんまり出番ないしねえ。

 前みたいに遺跡調査みたいなイベントでもあればいいんだろうけど。


「そっち片付いた?」


 もう風呂から上がったエレンが顔を出す。


「おう、もう大丈夫そうだぞ」

「じゃあ、荷物渡すから受け取ってよ」


 と言って、下からどんどん運んでくる。

 まずウイスキー。

 次にエールの小樽。

 もう一つ樽。

 ボトルに詰め直したワイン。

 次いでツマミの乾物。

 精霊石をつかう、小さな携帯コンロ。

 また何かの酒。

 更にツマミ。

 最後にもう一度エレンが顔を出す。


「夜食は下で食べればいいよね?」

「そりゃいいが、こんなに飲むのか?」

「飲むでしょ?」

「まあ、飲むかもな」

「ねえ、ご主人様、まだ?」


 今度はフルンが顔を出した。


「おう、今行くぞ」


 幌馬車に戻ってフルンたちとすごろくで遊ぶ。

 だいぶゲームが洗練されてきたな。

 おもしろい。


 一ゲーム終えたところで首筋に冷たいものがポトリと垂れる。

 雨漏りかな、と思って上を見ると、みっしりと結露していた。

 ああ、かなり密閉しちゃったからな。

 テントでも二重にしとかないと寒い時期はすごいことになるんだよなあ。

 今使ってるテントは、その辺ちゃんとしてあるんだけど。


「ちゃんと水は外に流すようにしていたのですけど、後付の分、ちょっと仕上げが甘かったですわね」


 カプルを呼ぶと、そう話す。

 結露した水は骨組みを伝って外に流すようにしていたらしい。


「垂れるのはここだけみたいですわ。今夜は少し避けて寝てくださいな」


 とのことだ。


「嵐の夜ってお祭りみたいで楽しいね」

「えー、がたがたしてこわいよ」

「わたしも……」

「わたしは…ちょっとすき」

「だよねー」


 いつまでも子どもたちのおしゃべりが止まらない。

 まあ、俺も台風の夜はワクワクするタイプだ。

 さらに二ゲームほどして遅くなったので子どもたちを寝かしつける。

 馬車の隅で毛布にくるまる従者たちに一人ずつ、おやすみのキスをしてやる。


「ランプ消すから、もう寝ろよ」


 口々に発せられるお休みの挨拶を聞きながら、俺は再び家馬車に移動した。

 暖炉の前ではモアノアが何か作っており、お風呂にはエンテルとペイルーンが入っている。


「あの子達は寝ましたか?」


 乾いた洗濯物をたたむアンが子供達の様子を尋ねる。


「ああ、やっと寝てくれたよ」

「エレンたちはすでに上で酒盛りしてますよ」

「そうか」

「まだお休みにはなりませんよね」

「昼寝したしな」


 出窓の椅子に腰掛けて外を見る。

 すでに外は真っ暗で、窓からこぼれる明かりの範囲しか見えない。

 降り注ぐ雨が川のように地面を流れ、時折吹く突風が、飛沫を飛ばす。

 嵐だなあ。

 見てると結構楽しいんだけど、きりがないな。

 仕方ないので湯浴みをするエンテルたちを眺める。

 大きいのと程々のが交互に揺れてエキサイティングだ。


「見てないで一緒に入ればいいじゃない」


 とペイルーン。


「見てるだけってのも乙なもんだが」

「そう? サービスするわよ?」

「そう言われると、その気になるな」


 というわけで、いそいそと脱ぎ捨てて、湯船に浸かる。

 両サイドからむっちりサービスを受けていい塩梅だ。

 時折ガタガタと揺れる窓の音が、また情緒的だな。

 リプルは嵐を怖がってたりしないかな?

 確認しようと湯船から顔を出して幌馬車の方を覗く。

 明かりが落とされてよく見えないが、たぶんみんな眠ってるようだ。


「ほーら、どこみてるのよ。こっちをみなさい」


 ペイルーンに引き戻されて、柔らかい部分に顔を押し付けられる。


「エンテル、そっちからおさえて。逃しちゃ駄目よ」

「はいはい」


 エンテルも背後から大きなものを押し付けてくる。

 プレスされて息が詰まる。

 ははは、二人共、ひどいことするなあ。


 たっぷりとひどいサービスを受けてスッキリしてから屋根裏に移動すると、賑やかに酒盛り中だった。

 レルルを中央に囲んで、酒盛り組が手を叩いている。


「一番レルル、飲むであります!」

「いいですねー」

「よ、いいぞ! ペレラ一の飲みっぷり!」

「ふんぐっ、ふんぐっ、ふんぐっ」

「おみごと! お見事なのみっぷりです!」


 新人へのパワハラか!

 一瞬心配したが、レルルは根っこがお調子者なので、自分からやってるみたいだ。

 まあ、うちの連中はみんなほっといたら無限に飲むからな。

 これぐらいで普通だった。


「おう、剛気にやってるな」


 とレルルの肩を叩くと、


「ぶばーっ!」


 と吹き出した。


「げぶ、げぶ、げぶっ」

「あはは、なにやってんだい、レルル」

「ぼ、ぼうしわけないでありばず」

「いや、すまん、俺がいきなり声かけたから」

「いえ、じぶんがふがいないであります……げぶっ」


 うーん、だいぶ出来上がってるな。

 見張り役のオルエンと紅は左右の窓に陣取って、ちゃんと外を見張っている。

 コルスは背後の窓だ。

 こちらはグラス片手にのんびり外を眺めている。


「ここからだと前が見えないな」


 酒盛り組のカプルの隣に腰を下ろす。


「そうですわね、御者台上の見張り台で十分だと考えていましたけど、考えなおさないとダメですわ」

「正面側の壁にはでかい水タンクがあるもんな」

「これを動かすのは無理ですわ。この上に覗き窓でもつくるしかありませんわね」


 俺にグラスを差し出しながら、そう答える。


「でも、やっぱり屋根のあるところはいいな。テントもいいけど、家って感じが足りないからな」

「そうですわね。といっても、これ以上大きくすると、昼間の移動に差し支えると思いますわ」

「やっぱ無理か」

「たとえば、テントをもう少し頑丈なものにして、スムーズに行き来できるようにするとか、そういう方向になると思いますわ」

「ああ、それでもいいよ。かっこいい感じにしてくれ」

「かしこまりましたわ」


 そうやって話す俺達のすぐ後ろではエクとプールが例のごとくチェスをしている。

 これだけ詰まるとギュウギュウ詰めだな。

 とはいえ、下も洗濯物でいっぱいだからなあ。

 すでにアンやエンテル達が上がってくるスペースはない。

 ちらりと下を覗くと、やっと仕事を終えて、あちらもくつろいでいるようだ。

 腹が減ったら、下におりよう。


 レルルに酌をしてもらいながら、煎ったマメをかじる。

 さすがに夜は冷えるな。


「なにか暖かいつまみはないのか?」

「ちょっとつくろうか?」


 エレンが小さなコンロを取り出す。

 筒の中に精霊石を詰めて燃やせるようになっているやつだ。

 その上に同じく小さなフライパンを置くと、びん詰にした小魚のオイル漬けを油ごと注ぐ。

 ちりちりと燃える精霊石の炎は、不思議な光景だな。

 だが、俺の意識は徐々に煮えたぎる油の方にうつる。

 ウマそうだ。


「ほら、煮えたよ」


 取り分けてもらった魚を一口。

 うーん、蕩けそうな脂の旨味。

 改めて、スモーキーなウイスキーを舐める。

 うまい。


「どうだい?」

「ああ、最高だな」


 嵐の夜は更けていく。

 見張りを変わったオルエンとコルスを交えて、更に飲む。

 そのままではかなり寒いので、レーンとカプルを抱きかかえて一緒に毛布にくるまる。


「寒いのでしたら、もうお休みになっては?」


 とレーンが言うが、昼寝したせいか眠くないんだよな。

 それよりも小腹が減った。


「では、なにか貰ってきましょうか?」

「いや、俺もおりよう」


 レーンとカプルを連れて下に降りる。

 下のランプは一つを除いて落とされている。

 アンとモアノアはすでに幌馬車に移って休んでいた。

 ペイルーンとエンテルが机に向かい、分厚い本を挟んで何か議論していた。

 学者コンビはこんな夜まで熱心だな。


「おう、邪魔するぞ」

「あら、おやすみですか?」


 とエンテル。


「夜食でも、と思ってな」

「さっきモアノアが作ったシチューが煮えてますよ」


 そう言って立ち上がる。


「山ねずみの唐揚げもまだ残ってるわよ?」

「じゃあ、それも貰うか」


 洗濯物に囲まれて、ガツガツと夜食を食べていると、後番のセスとメイフルが起きてきた。

 もう、そんな時間か。


「お疲れ様です、まだ起きていたのですか」

「まあな、お前たちもなにか食うか?」

「うちは白湯だけでええですわ」

「私も、後でいただきましょう」

「上はまだやってるぞ」

「そのようですね」


 二人はゆっくりと白湯を飲むと、夜食を抱えて屋根裏に上がっていった。

 入れ違いにさっきまで見張りをしていたコルスとオルエンが空いたばかりの四段ベッドで休む。

 俺も腹が膨れたら、眠くなってきたな。


「前はいっぱいですから、今夜はここで休んでいただくようにと、アンが言ってましたけど」


 とエンテル。


「そうか、じゃあそうするか」

「では、寝床の用意をしますね。私達もご一緒していいかしら?」

「そりゃあ、もちろん」


 机を片付けて、布団を敷く。

 ダブルベッドぐらいのスペースに、端からレーン、カプル、俺、ペイルーン、エンテルの五人で横になる。

 ギリギリだ。

 エツレヤーンの頃を思い出すな。


 明かりを消すと真っ暗だ。

 いや、屋根裏部屋から漏れる光で、そこそこ見える。


 びゅーっと風が吹くと、まっ暗い窓がガタリと揺れる。

 ちょっと怖いが、たのしい。


 眠いけど、なんだか神経が高ぶるようなそんな感じだ。

 子供みたいだな。

 いつの間にかエンテルの寝息が聞こえる。

 レーンも寝たみたいだ。

 左腕に抱きかかえたカプルはまだ起きている。

 少し抱き寄せると、俺の耳元に顔を寄せ、ぺろりと耳をなめられた。

 右腕に抱いたペイルーンも起きている。

 腰のあたりをサワサワすると、ペイルーンも俺の前のあたりをサワサワしてきた。


 また、窓が揺れる。

 ぺろり。

 サワサワ。

 俺の主峰は嵐の空に雄々しくそびえ立っている。

 頼もしい。


 ぺろり。

 サワサワ。

 うーん、眠れん。


 こりゃあ、明日は寝不足だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る