第91話 匣

 後発組が参拝を終えると遅めの昼食を取り、村を出て試練の塔に向かう。

 森を抜ける古い小道をのんびりすすむ。

 この辺りには魔物も危険な獣もいないらしい。

 たまに鹿や猪が出る程度だという。


 塔の間近にくると、枯れた、という意味がわかる。

 風化した塔はひと目でわかるほどに、廃墟と化していた。

 まるで往年の甲子園球場のように蔦が生い茂り、外壁はいたるところが崩れて骨組みがむき出しになっている。

 その遥かてっぺんにキラリと光るものが見えた。

 なんだろうな、あれ。


 朽ちた塔の側には、小さな小屋がある。

 俺達の気配を感じたのか、中から人が出てきた。


「お待ちしておりましたわ」


 年の頃はペイルーンと同じぐらいに見えるが、彼女が例の大工さんだろうか。

 さらさらと長い黒髪が清楚な感じで、見た目はどこぞの女学院に通うお嬢様って感じだ。

 ホロアは外見で年齢がわからないからな。

 代表して、メイド長であるアンが話しかける。


「私どもは旅の紳士なのですが、あなたがカプルさんですか?」

「ええ、そうですわ」

「私はアンと申します。そしてこちらが主のクリュウ」

「ようこそ」


 そう言って、カプルは上品に会釈する。


「俺を待ってたのかい?」

「ええ、気に入っていただけると良いのですが」


 気にいるって彼女のことかな?


「まずは、見ていただきましょう。こちらへ」


 そう言って俺を塔に誘う。

 かつて試練の塔だった建物は外壁が半壊して中もあちこち崩壊している。

 そこにあとからつけた梯子で最上階まで一気に登れるようになっていた。


 最上階の中央、おそらくは精霊石があったであろう部屋のあと。

 屋根も崩落して、抜けた天井からは陽の光が注いでいる。

 その中央に、石組みの大きなオブジェが置かれていた。

 一目見た瞬間、わかった。

 これが匣だ。

 俺の匣ってのはこれだったのか。


「どうでしょう、気に入っていただけましたでしょうか?」

「ああ、なんていうかその、ありがとう」

「そう言っていただけると、報われますわ」


 そう言って微笑む彼女の体は美しく輝いていた。


「これをあなたにお渡しするために、ただひたすらに作ってまいりましたの。どうぞ、お納めくださいな」

「ありがたくいただくよ」


 正直、ちょっと匣のことは忘れてたんだけど、現物を目の前にすると感無量だな。

 これが何で、何をするものかは全くわからないけど。


「ついでと言ってはなんですが、わたくしも貰っていただけます?」

「よろこんで」

「ふふ、ありがとうございます」


 というわけで、あっけなくカプルは従者になった。

 まあ、そういう時もあるさ。


 しっぽりと契約を交わして、余韻に浸る。

 彼女が長く住んでいたという小屋は質素なもので、大工道具とその手入れをする鍛冶の道具などのほかは、暖炉とテーブル、ちいさなシンク、それにベッドしか無い。

 そのベッドの上で彼女の美しい髪をなでてやると、体を俺の胸に預けてくる。

 抱きしめるとわかるが、職人と言うだけあって思ったより筋肉質で、がっしりしている。


「主人をもつというのは不思議なものですわね。ただこうしているだけで、全てが満たされた気持ちになれるのですから」


 そう言った彼女は本当に満足そうで、俺なんかでいいのかなあ、という気持ちもいつもながらにあるんだけど、まあ、そこはそれだ。


「ところで、あの匣はなんなんだ?」

「あれですか? あれは本当にただの石造りの巨大な置物なのですわ」

「そうなのか、てっきり何か仕掛けとかあるのかと」


 なんせ女神様が試練の塔クリアの報酬として直々にアドバイスしてくれたものだからな。


「そういうものは仕込んでいませんの。あれはそう、二十年も前でしたでしょうか。奉仕請願を立てた時にネアル様の啓示を受けましたの。私の主となるお方の匣を作れ、と」


 はじめは何を作るべきかもわからなかったという。

 師のもとで修行する傍ら、木で作り、鉄で作り、幾度と無く作り続けた。

 独り立ちしてからも、旅をしながら何度も匣と思う物を作るうちに、この塔に辿り着いたのだという。

 そこでインスピレーションを得て、塔の瓦礫を使って、石の匣を塔の上で作り始めたのだという。


「先日、やっと完成しましたの。そこでもう一度、ネアル様の啓示がありましたわ。匣を受け取りに紳士がやってくると。私、乙女のように胸を焦がして、お待ちしておりましたのよ」


 しかし、作った本人にもなんだかわからないものなのか。

 なんなんだろうな、あれって。




 翌日、改めて匣を拝みに行くと、割と重要な問題に気がついた。


「これ、どうやって運ぼうか」


 改めて見ると結構でかい。二メートル四方ぐらいのきれいな立方体で、しかも石造りだ。

 組み立てたのなら、ばらして持って降りられるかもしれないが、これを馬車に積んで持って行くのは不可能だよな。


「運びますの? そういうことは考えておりませんでしたわ」


 とカプル。


「しかし、置いていくわけにも行かないだろう、せっかく作ってくれたのに」

「ここにおいておくのは、問題無いと思いますわ」

「けどなあ」


 といって、なにげに手を触れてみると、突然匣が輝きだして、俺が胸に下げているペンダントに吸い込まれてしまった。


「うわ、なんだこりゃ」

「まあ、不思議なこともあるものですわね」

「まったくだ」

「でも、これで運べるのではございません?」

「そうなんだけど……」


 でも、どうやって出すんだろう。


 馬車まで戻って相談してみるが、そもそもこの紳士の印とか言うペンダントは、紳士の一族以外はよく知らないものらしいからな。

 この世界に来るまで、自分が紳士とかいう種族だと知らなかった俺にはさっぱりだ。

 デュースも知らないのなら仕方がないかと思っていたら、プールがこういった。


「以前、そこに妾を封じておったであろう」

「そうだっけ?」

「そうだ。女神の呪いの効果で存在を制限された我が体を、そこに封じることで負担を和らげていたのではないのか」

「いや、別に俺がやったわけでは」

「む、そうであったな。まあ、やったのは貴様だが、無自覚であったか」

「あの時は、気がついたら何かもやのなかにいて、そこでお前と会って一緒に出てきたんだよな」

「あれは貴様の内なる世界であろう。であるならば、そのペンダントが出入口ではないのか?」

「え、あそこって俺の中なの? 洞窟の結界の何かだと思ってた。中ってなんだ?」

「夢の中と言っても良いがな、精神世界のようなものではないのか? 少なくとも妾はそう感じておった」

「夢か、たしかに夢で何度も見たような……いまいち覚えてないんだけど」

「今回はどうやってあの石をいれたのだ?」

「どうって、なんか触れたら吸い込まれて」

「それだけか」

「たぶん。第一、ペンダントのことなんて意識してなかったし」

「では、とくに術のようなものがあるわけではないのか」

「また夢でも見れば出てくるかな?」

「そうかも知れぬな」

「こうやって、振ってるだけで出てくればいいのに」


 と適当に振り回してみるが、当然出てきたりはしない。


「振るのは良いが、それで本当に出てきたら我らは押しつぶされるのではないか?」


 プールの突っ込みをうけて、慌てて手を止める。

 たしかにあんなもんがいきなり出てきたら危ないわな。


 とにかくカプルを従者にしたことだし、さっさと出発するか。

 もう、用事はないのかな?


「ひとつございますわ」

「なんだ?」

「わたくしの馬車を持っていくのに、馬が必要ですの」

「馬車? 馬車があるのか」

「ええ、昨夜お泊りになられた小屋が、馬車なのですわ」


 そうだったのか。

 妙に小さな小屋だと思ったが、馬車だったとは。

 確かに、樽やら木箱の陰に隠れていたが、車輪がついて上げ底になっている。


 ここまで引いてきた馬はどうしたんだろう。

 十年もここに居たなら、よそに譲るか死ぬかしたのかな。

 聞くのが少し、憚られるな。


 しかし、十年か。

 長いよなあ。

 そんなに長い間、俺のために一人であの匣を作ってくれてたのか。


「どうなさいました?」


 とカプルが尋ねる。

 なにか顔に出てたか。


「いや、ここで十年も暮らしてたら大変だったろうと思ってな」

「ええ。でも、それも全て修行のため。ご主人様に貰っていただけたことで、全てが報われましたわ」


 と満足そうにいう。


「しかし、あの小屋が馬車とはな。自分で作ったのか?」

「私の師はああした馬車でキャラバンを作り、旅をしながら仕事を請け負う旅の大工集団でしたの」

「ほほう」

「修行の仕上げにあの馬車を作り、独立するのですわ」

「なるほど」

「ですから、わたくしの商売道具がはいってますから、いずれにせよあれは持って行きたいのですわ」

「となると、たしかに馬がいるな。ここで手に入るのか?」

「ええ、たぶん。今から村に出向いて仕入れて参りましょう」

「まかせるよ」

「そうですわ、その前に、馬車の方も見ておいてかまいません? 伺ったところ、春先に出発してから一度も手入れしていないとか」

「そういやそうだっけ」


 せっかくなので見てもらおう。

 修理が要るなら早めがいいしな。


「では、さっそく」


 馬車の向きを変えるために、太郎たちに引かせたところ、突然後輪がきしみをあげて裂けてしまった。

 幸い誰も載っていなかったので怪我はないが、車輪は見事に砕けている。


「まあ、これは運が良かったですわね。軸にヒビが入っておりましたわ。これですといつ砕けてもおかしくなかったはずですわ」

「上り坂でぶっ壊れてたら大変だったな」


 まったく、運が良かったというしか無いな。

 おそらくは、先の竜騒ぎの時に壊れてたのか。


「これなら大丈夫ですわ」


 壊れた馬車を下から覗き込みながら、カプルは続けた。


「板バネが生きてますから、車輪さえ直せば動きます。それ以外は道中で直せば良いことですわ」

「そりゃ良かった。じゃあ早速頼むよ」

「かしこまりました、ですわ」


 いやあ、助かるなあ。

 馬車が壊れたらすぐに修理できる従者が増えるなんて。

 いや、逆か。

 修理できる人間が増えたら壊れたのか。

 まあどっちでもいいけど。


「時間をいただければ、神殿の方にも顔を出しておきたく思いますわ」

「それぐらいは構わんよ。よろしく伝えといてくれ」


 ひとしきり調べて午後になると、大工のカプルは何人かの従者とともに買い出しに行った。

 残りは、留守番だ。


 俺はフルンやレルルと一緒に木刀を振ってトレーニングだな。

 トレーニングもやりだすと癖になるんだよな。


「そういえば、剣はどうするんだ?」


 フルンは先日、竜と戦った時に剣を折ってしまっていた。


「うーんとねえ、一応、代わりの剣はあるけど、安物だしそろそろちゃんとしたのが欲しいなー」

「モズクじゃだめなのか?」


 モズクとはフルンがセスに貰った刀だ。

 日本刀風の細身の刀は、まだフルンには早いと実戦では使っていなかったのだ。


「この間の戦いを見る限り良いかもしれませんが、モズクは脇差しですので」


 とセス。


「あー、たしかに短いもんな。子供用かと思ってた」

「この国ではなかなか刀は手に入りません。機会があれば手に入れておこうと考えていたのですが、思いの外フルンの成長が早かったもので」


 たしかにそうだな。


「そういうセスも、凄かったじゃないか」

「あれは……」


 稲妻を真っ二つに斬ったやつだ。

 あれこそセスの求めた秘剣と呼べるんじゃ。


「あれは花鳥です。私にも使いこなせるか自信はなかったのですが、あの場でとっさに繰り出せました」

「あ、そうか、あれが花鳥か」


 かつて気陰流道場で老師ヤーマに見せられた奥義の一つだ。


「あのことで思い知りました。未だ気陰流の奥義も自在に操れぬ身でありながら、己の秘剣を編み出したいなどとおこがましい限りです。まだまだ気陰流の型を信じて、無心で振りぬくのみ。そう、決意を新たにしました」

「そうか」


 まあ、生涯かけて追求するようなものだと、忍者でありセスと同じ気陰流剣士でも有るコルスもそう言っていたし、そうなのかもな。


「しかしすごいよな、ほんとに空気ごと斬ってたもんなあ」

「私もはやくアレぐらいになりたい!」

「ははは、フルンなら大丈夫さ」

「そうかな?」

「そうとも」

「うん! がんばる!」


 俺達がトレーニングしている間に、他の皆は荷物の整頓をしている。

 馬車内の荷物は一度おろしてしまったようだ。

 修理の邪魔になるからな。

 地面に山積みされた荷物を分類しているレーンに話しかける。


「おう、おつかれさん。こうして見ると、ずいぶん積んでるな」

「そうですね! やはり大人数の長旅ですから」


 そう言ってレーンは少し手を休めると、


「それにしても、とんだトラブルでしたね、ご主人様!」

「ははは、だからそろそろ危ないといっただろう!」

「自慢することではありません!」

「まったくだな、ごめんなさい」

「ご主人様が謝ることでもありません! 反省は短所を改善してくれますが、度を越した反省は長所を潰します! 前向きに行きましょう!」

「レーンは厳しいなあ」

「ご主人様の長所ってなーに? おっぱい揉むこと?」


 隣で聞いてたフルンが質問する。


「それはご主人様の趣味です! 趣味も長ずれば長所となることも有りますが、この場合は別に有ります!」

「なになに?」

「自分で考えてみましょう! よく観察するのです!」

「うーん、ご主人様のいいところー、なんだろう? カッコイイ……ってのは私の趣味だよね?」

「そうですね、我々の主観的にはイケメンですが、客観的には普通のおじさんです」


 普通か、俺は。

 しかし気になるな。

 俺の長所ってなんだ?

 異様にモテるところか?


「うーん、うーん、ご主人様はいいところいっぱいあってわかんない!」

「そうですか! そういうことも有ります! これから毎日、お仕えしていく中で自分で探してみると良いでしょう!」

「うん、そうする!」


 フルンは汗を拭いにテントに入っていった。

 答えはお預けか、まあいいんだけど。


「ウクレさんはどう思いますか?」


 レーンが隣で衣類を運んでいたウクレに尋ねる。


「え、あの……」

「さあ、あなたは自分なりの答えをお持ちのようですね!」

「その……私はまだ、料理もお洗濯も、ご、ご奉仕とかも至らないんですけど……それでも、私にできる精一杯のことができてると思うんです。だから……それが凄いなあ、って」

「はい、私もそう思います! 従者の長所を活かせるところは、主人として得難い長所ですね! そのおかげで我々は常に自分の力を出しきれている、そう思います!」


 二人はそう言ってにっこり笑う。

 なんだか照れるな。


 話が終わり、ウクレが衣類をてんこ盛りで担ぎあげて立ち上がる。


「お、ウクレも力持ちだな」

「あ、その……はしたなかったですか?」


 と顔を赤くする。


「いやいや、元気そうでいいな。最近体調はいいのか?」

「はい。頂いているお薬のせいか、すごく調子もいいみたいです」

「そりゃ良かった」


 ペイルーンの作る、精霊力を抑える薬とやらが効いてるのかな。

 そもそも基礎体力は俺より有りそうだし、ちょっと安心だな。


 夕方になって買い物組が帰ってきた。


「修理にいる資材は買えましてんけどな、馬はここではあきまへんわ、山を降りるまでは無理ですやろな」


 とメイフル。

 ないものは仕方ないがどうしよう。

 シュピテンラーゲにひかせたりできるのかな?


「できなくはない……でしょうが、カプルは連結する、と言っています」


 とオルエン。

 連結?


「つまり、この馬車の後ろにわたくしの馬車を繋いでひかせるのですわ」

「へえ、そんなことが」

「あら、あたくしの、ではありませんでしたわね。もう私のものはすべてご主人様のものになったのですから」


 と嬉しそうにカプルは言う。


「いやまあ、俺に惚気けなくてもいいんだよ」

「そうおっしゃらないでくださいまし。従者になったのだと思うたびに、どうにも顔がにやけてしまうのですわ」

「そりゃ、照れるな」


 カプルの説明によると、列車のように馬車を繋いで引くらしい。

 太郎と花子は十分に馬力があるので、大丈夫だろうとのことだ。

 いくら速度が遅めとは言え、これだけの物をよく二頭で引けるもんだなあ。

 その改造まで含めて、三日ほどかかる。


「なにか、ご要望はございます?」

「うーん、俺は特に無いなあ。アンとかにも聞いといてくれよ。うちの事は任せてるから」

「かしこまりましたわ」


 大工さんがいるとなんでも作ってもらえそうでいいな。


 翌日から、カプルを中心にエレンやオルエンたちが手伝って馬車の修理が始まった。

 俺はといえば、連れ立って森に狩りに出てみた。

 せっかくなので、大物をゲットしたいところだぜ。

 狩りといえば、先日、話題に出たのでウクレも連れて行くことに。


「良いのですか?」


 としきりに聞き返していたが、問題ない。

 弓を始めたばかりのフルンと一緒に、楽しそうに狩りをしていた。

 ウサギや鳩を仕留めたようだ。

 なるほど、やるもんだ。

 弓だけならかなりの腕だ。

 乗馬も巧みだし、やっぱ遊牧民ってそういうのが強いのか。

 ウクレはなんとなくエクの次ぐらいにか弱いイメージだったが、そうでもなかったようだ。

 負けそう。


 一発逆転を狙って大物狙いの俺は、暇そうにしていたレルルを連れて森に分け入る。

 ひとつ食いきれないような猪でも……。

 とまあ意気込んだところでうまくいかないのはいつものことだ。

 エレンもオルエンも抜きで、狩りはうまく行かんよな。

 せめて紅かメイフルがいればよかったんだが、あの二人は今日も村まで買い出しだ。

 これじゃあ、あまり長所を活かせてるとはいえないね。


 諦めて戻ろうとしたところ、


「何かいる!」


 みんなを制したフルンが剣に手をかける。

 なんだ、魔物か?


「ううん、違うと思います。鹿かなにかかも……」


 ウクレは話しながら、弓に手をかける。


「そうかな? そうかも!」


 フルンも弓に持ちかえる。


「な、なんでありますか? なんでありますか?」


 俺同様、全然わからないらしいレルルは動揺している。

 そういうのは今まで俺の担当だったんだけどな。


「ご主人様、静かにお願いします」


 ウクレにたしなめられる。

 うるさいのはレルルなのに。


 ウクレとフルンは目配せしながら茂みに近づく。

 俺とレルルは邪魔しないように一歩ひいて様子を見る。

 がさごそっ、と茂みが揺れた。

 これなら俺にもわかる、何かいるぞ。


 フルンが弓を引き絞る。

 それを解き放とうとした瞬間、


「だめっ!」


 とウクレがフルンを制する。


「うわっ!」


 驚いて矢はあらぬ方向に飛んでいき、同時に茂みから何かが飛び出してきた。


「馬であります!」


 レルルが言うとおり、馬だ。

 しかも仔馬。

 よく見ると足を引きずっている。

 足を引きずりながらも、こちらを警戒しているようだ。


「馬! ねえ、ご主人様、お馬だよ! この子飼っていい?」


 フルンが大喜びで聞いてくる。


「いや、飼うってお前、野生馬か、これ。飼えるのか?」

「野生馬だと思います。人に慣れてなさそうだし……」


 とウクレ。

 実際、近づこうとすると、威嚇してくる。

 仔馬なのに結構こわい。


「多分、群れからはぐれて、狼か何かに襲われたのかも。かなり警戒してます。ついてくるかどうか……」

「えー、いい子そうだよ?」

「野生馬はすごく警戒心が強いから」

「そうなの? どうしよう、ご主人様」


 俺に聞かれても困るんだけどな。

 しかし、怪我してるみたいだし、治療だけでもしてやりたいよな。


「じゃあ、やってみます」


 そう言うと、ウクレはいきなり馬に飛び乗った。

 そのまま抑えつけるように、暴れる馬の首にしがみついて、「どうどう」とかなんとか言っている。

 まるでロデオみたいに暴れる馬の背で、小さいウクレの体はがっしりと馬を押さえつけて離れない。

 あれか、本場物の貫禄か。

 やがて馬は根負けしたのか、おとなしくなる。


「さあ、いい子ね。怪我を治してあげるからついてきて」


 馬から降りてそう言うウクレの顔を、馬がぺろりと舐める。

 もう懐いたのか、すごいな。


「おお、ウクレ殿は見事でありますな。自分でもあそこまで野生馬を抑えこむのは難しいであります」


 レルルもウクレの妙技に感服している。

 その後はおとなしく従い、馬車までついてきた。


「なんだい、旦那。また随分と大物じゃないか」


 先に戻っていたエレンが驚いてみせる。


「まあね、ウクレが一本釣りしたんだよ」

「へえ、やるもんだ」


 どうやら怪我は大したことはなく、レーンの呪文ですぐに治った。

 治ったはいいが、どうしよう。


「飼うー、飼うのー」


 と全力で駄々をこねるフルンだけではなく、馬好きのアフリエールや、珍しくウクレまで欲しがるので飼うことにした。


「ちゃんと自分たちで面倒みろよ」

「うん、だいじょうぶ!」


 せっかくゲットした馬だが、馬車を引かせるには向かないようだ。

 フルンはちゃんと騎馬として戦えるように育てると息巻いている。

 オルエンによれば、馬は臆病らしいので、騎馬は戦場でもひるまないように仔馬の頃から鍛えるものらしい。


「ねえ、ご主人様、名前つけて!」

「またか」


 困るんだよなあ、名前付けって難しいぞ。

 なんか馬っぽい名前ないのか?

 なんとかテイオーとかそういうの。


「シュピちゃんみたいなかっこいい名前がいい!」

「そう言われてもなあ」


 シュピちゃんとはオルエンの愛馬、シュピテンラーゲのことだ。

 たしかに、なんか無駄にかっこいい。

 レルルの愛馬はミュストレーク。

 こっちもなんか独特な感じ。

 なんか由来があるのかな?


「騎士の馬には、伝説のペレラールの騎士にあやかり、天翔る馬の名前をもらうことが多いであります!」


 自分の愛馬のたてがみをなでながら、レルルが説明してくれた。

 ペレラールの騎士って前に聞いたな。

 神話に出てくる空飛ぶ馬に乗る騎士とか、そういう感じのやつ。


「最強の騎馬シュピテンラーゲ、最速の名をほしいままにしたミュストレークなど、自分たちの愛馬にもいわれがあるであります」

「じゃあ、それでなにかいいのないのか?」

「うーん、そうでありますね。四足のウェンツィ、双頭のアーベツァーデなどいろいろあるでありますが……では、シェプテンバーグなどどうでありましょう、騎士の盾と言われた伝説の馬です! ご主人様の盾を目指すフルン殿の愛馬にピッタリかと」

「ほう、いいな。じゃあ、それだ! お前の名前はシェプテンバーグだ」


 仔馬の前で宣言したら、危うく蹴られそうになった。

 くそう、懐いたんじゃなかったのか。


「急に声を上げるからびっくりしたんです。怪我をしていたせいか、この子は特に臆病だから」


 ウクレに怒られてしまった。

 難しいなあ。

 時間をかけて人に慣れさせてから鞍もつけて人を乗せる練習をするらしい。


 とにかく、名前も決めたので、また一人、じゃなくて一頭仲間が増えたわけだ。

 馬も五頭目だよ。

 我が桃園は大豊作だな。

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