第90話 山越え
一連の竜騒ぎも喉元すぎればなんとやら。
俺達は村からたっぷり謝礼を貰い、エディとしこたま飲み明かして、再び旅の途上である。
「あちぃ……」
梅雨はとっくに開けたので、今は当然夏だ。
夏なので暑い。
暑すぎる。
石畳に照り返されて、街道は天然の石焼鍋だ。
「あちいなあ」
「あついですねー」
「溶けそうにあちいな」
「とろけますねー」
だが、デュースとの脳がとろけた頼りない会話も今日までだ。
「ここからはしばらく山越えになりますね」
地図を眺めていたアンがそう言う。
山の上はかなり涼しいらしい。
夏の暑さのピークを、比較的涼しい高山地帯を抜けることでやり過ごす計画だ。
よく考えてるな。
「ここが一番の難所になるでしょうねー。がんばって越えて行きましょー。ここを超えればアルサの港町はもうすぐですよー」
と手綱を握るデュースも暑そうだ。
そこから先は、海路で最終目的地のルタ島に渡る。
旅はそこで一旦終わりだ。
もっとも、そこからが本番だけどな。
「これだとあと一回ぐらい塔を攻略しても、どうにか冬が来る前に海を渡れそうですねー」
「冬だと駄目なんだっけ」
「海峡が荒れて、船が出ないんですよ。間に合わなければ、アルサの港町で数ヶ月足止めですね」
「そりゃあ、大変だな」
「多少は蓄えもありますし、今ならメイフルもいるので、金銭的にはどうにかなるとは思いますけど」
「なるといいなあ」
試練一番乗りは別にいいや。
そういうのは俺のガラじゃない。
街道の大きな分岐を北にすすむ。
昔はこの山越えコースしかなかったらしい。
年季を感じる、古い道だ。
もう一つの新しい道は港に出て、そこから海路で西に向かうそうだ。
道中、平行して進んでいた連中は、皆そちらに進んでしまった。
ちょっとさびしいな。
特に交流などなくても、同じ道を同じように進んでいるというだけで、なんとなく親近感が湧くものだしな。
景色が徐々に変わる。
深い森の間を抜けると、レンガを焼く釜が立ち並ぶ村にでる。
その向こうに、雪を冠した巨大な山脈が現れた。
「あれがエレーネ山脈ですよー。スパイツヤーデの北の壁、大陸を南北に分断する巨大な山脈ですねー」
「あれがそうか……すごいな」
視界いっぱいに山の壁が連なる。
あれを馬車で超えられるのか?
「まさか直進するわけじゃないよな」
「さすがに無理ですねー。あの山脈の手前を西に折れて進みますよー」
「そうか」
気がつけば、街道はゆるやかな斜面へと変わっていた。
いつもどおりポクポク進む。
しっかりとした道ではあるが、さすがに坂はきついかな。
山越えに備えて、いつもより食料も多めに積んでるはずだし。
このために、料理番のモアノアが肉の塩漬けやら干物やらをたくさん仕込んでいたからな。
と思ったが、太郎も花子もマイペースに引いている。
二頭とも頼もしいぜ、がんばってくれよ。
その少し前をいつもどおりオルエンと、そして新たに従者となったレルルがくつわを並べている。
二人も騎士が先導してくれると、すごく頼もしい。
ただ、レルルはこうして馬に乗っていると、実にのびのびとしていて騎士らしいんだけど、いざ槍を構えるとへっぴり腰で俺といい勝負だ。
正直、今のままでは戦力にならない。
それならそれでいいと思うんだけど、本人が強くなりたいみたいなので、思う存分、強くなってもらおう。
今朝も出発前にオルエンとセス、コルスあたりが何やら相談してたが、方針は決まったのかな?
「むずかしいですね」
とセス。
「そんなにまずいのか?」
「いえ、体幹はできているのです。でなければあれほど馬を乗りこなすことはできないでしょう」
「なるほど」
「騎士団長にもお聞きしましたが、基本的なトレーニングはつんでいるようです」
「ふぬ」
「それに騎士クラスであれば、資質はあるはず。おそらくはメンタル的なものだと思うのですが、だからこそむずかしい。やり方を間違えれば、ますますこじらすかもしれません」
「そうか、まあ任せるよ」
「もちろん、彼女は我々が責任を持ちますが、ご主人様もご一緒にトレーニングされては? このところ試練がなかったのでかなりたるんでいる様子。先日の戦いの際も、従来ならもう少しうまく動けたかと」
というわけで、俺もレルルと並んで懐かしの重り入り素振りを再開してみた。
お陰で今は絶賛筋肉痛だ。
普通の素振りとかはちゃんとしてたんだけどね。
一日サボるだけで切っ先は鈍るっぽいし。
騎士としての特訓は任せるとして、ご奉仕の方はほら、俺の担当だから。
というわけで、早速ご奉仕してもらおうと脱がしたら、レルルは昔なつかしのブルマを履いてたんですよ。
ブルマ族というらしい。
そういや、そんなのもあったなあ。
メイド服がネアル、スクミズがウルの両女神の衣装だったらしいが、ブルマは守護の女神アウルの衣装らしい。
紺の薄いシルクのショーツというかパンツというか、まあブルマなんだけど。
そのブルマ一枚で恥じらう姿は、べつにそういう趣味がなくてもグッと来るな。
いいじゃん、ブルマ。
これもスクミズ同様、体操服じゃなくて、単にこういうデザインのショーツらしい。
「しかし、ブルマ族とはまたレアなホロアをゲットしましたね!」
とレーン。
「レアなのか?」
「はい。ブルマ族というのは非常な希少種です。ホロアで圧倒的に多いのはメイド族で、これが八割をしめます。スクミズ族が残り二割で、ブルマ族は千人に一人とかその程度でしょうか」
「ほう」
「他の種族は文献に残るのみで千年以上、確認されていませんね」
「他にもいるのか?」
「現存するホロアはメイド、スクミズ、ブルマの三種族のみです。他にはドラゴン族などもいたと伝えられていますが」
「ドラゴンって竜か?」
「おや、よくご存知ですね。ドラゴンとは竜の古い異名で、今ではあまり使われていない言葉です」
なるほどねえ。
「ホロアは千年前の大きな戦で、随分と数を減らしたと言われています。その後、しばらく途絶えていたのですが、ここ数百年で再び増えだしたそうですよ!」
「そうだったのか」
「黒竜の復活を防ぐために、人も古代種も魔族までも協力して戦ったとか。今では考えられませんね!」
「うちは仲良く協力してるじゃないか」
「おっと、そうでした。私としたことが失言ですね!」
色々あるもんだなあ。
まあ、そりゃそうか。
人間の寿命なんて百年もないから、世代が変わると、世の中もごっそり変わっちゃうわけで。
俺がじじいになる頃には、どうなってるだろうなあ。
最初の坂を登り切ったところで昼になった。
「ここいらで軽めのお昼にしましょー、午後も大変ですよー」
というわけで、休憩はほどほどに出発する。
まだクソ暑すぎて、休憩にならんしな。
午後からは、フルン達は馬車を降りて歩き始めた。
「タローもハナコも大変でしょー、軽くするのー」
とのフルンのお言葉に従い、俺も歩く。
ちょっとサボり気味だったとはいえ、この数カ月で、だいぶたくましくなった気もするな。
これぐらいのゆるい坂道なら、それほどきつくはない。
息が上がってるのは、素振りによる筋肉痛のせいだ。
多分。
そうして、俺達は今日の行程を終えた。
「みんなおつかれでしたよー、明日からもしばらく上りが続きますけど、体調に気をつけてくださいねー。高地が続くと調子が崩れるものなのでー」
「高山病か、そんなに登るのか」
「そうですねー、標高は古い記録で二千メートルとも三千メートルとも言われるエレーネ山脈の裾野を二週間ほどかけて超えることになりますねー」
「そりゃあ、大変だな」
「高山病ってなんです?」
後ろにいたアンが尋ねてくる。
「高いところに行くとな、空気が薄くなるんだけど、そのせいで十分に呼吸ができなくなって調子が悪くなるんだよ。普通は麓に降りてくると治るそうだけど、結構きついらしいな」
「へえ、そういうものがあるんですね」
今夜のキャンプ地は山の上だけあって、周りに人がいない。
「他の連中が誰も居ないと、やっぱさみしいもんだな」
「そうだねえ、さみしいねえ」
とフルン。
「そうですねー、昔はこの道ももう少し人通りが多かったんですがー、なんせこの上りですからー、大抵は海に出て山を迂回するんですよー」
そう話すデュースに、フルンが尋ねる。
「うちはなんでこっちに来の? お船乗りたい!」
「それはですねー、馬車が大きいから船の工面が大変だったのとー、山の奥にあるネアル神殿にお参りしようと思いましてー」
「神殿!? 屋台ある?」
「ありますかねー、昔は賑わってたんですがー、最近は人も減ったかとー」
「えー、ネアル様の神殿なんでしょ?」
「ネアル神殿はたくさんありますからねー」
たくさんあるのか。
八幡さまみたいなもんかな?
まあ女神のトップだもんな、たしか。
「明日には神殿の麓まで着くはずですよー。神殿自体はそこから徒歩で一時間ほど階段を登ったところにあるのでー、全員ではいけませんけど手分けしてお参りしましょー」
一時間の階段か。
こんぴらさんより長そうだ。
俺も上るのか、つらいな。
明日のことを話すうちにキャンプの準備が終わっていた。
テントを張るのも手慣れたもので、野営地を決めたらすぐに支度ができてしまう。
旅に出た当初とは大違いだな。
「みんなうまくなりましたから」
アンが麺の生地をこねながら言う。
「オラが来たときには、もうみんな旅慣れてただよ」
隣で同じく料理していたモアノアがそう言うが、たしかにそうかも。
そろそろ油断して大失敗する頃合いな気もするが。
「ご主人様は心配性ですね! 大丈夫、旅は順調ですよ! この調子なら予定通り、冬が来る前に海を越えてルタ島に渡れるでしょう!」
自信満々で言うレーンにアンも苦笑していた。
アンも心配性だからな。
だがまあ、そう願いたいね。
気がつけば、日は沈んでいた。
うっすらと赤く染まる空に、一番星が浮かんでいる。
「あれはソプアルの門と呼ばれる星です! 神話では、あの星を通って女神はこの星にやってきたと言われています!」
とのレーンの言葉を受けてデュースが、
「あの星はー、地上からでも感じられる巨大な精霊力の源ですねー、一説では巨大なゲートではないかと言われてますねー」
「へえ、あのサイズだと、相当でかいんだろうな。惑星サイズとか」
「惑星というとー、アンプルとかイスオルみたいにー、太陽の周りを回っている星ですねー」
「そんな感じだな」
「そう言えばー、ご主人様の故郷に行った時に感じた精霊力の気配はー、ソプアルの物に似てるんですよねー、遠くの感じとかがー。星ができかける前兆だったのではー」
「へえ、そんなこともあるのか。しかし、どうやってそのゲートを使うんだ?」
宇宙にゲートがあっても、宇宙船でもないと行けないよな。
「そこは神様ですから、空ぐらい飛びます!」
レーンが力説する。
まあ、神様だもんな。
そういや、プールも飛べてたじゃん?
今は抜け落ちてしまったが、魔族である彼女の背中には、かつて羽が生えていた。
「妾はちょっと滑空出来るだけで、鳥のようにどこまでも飛べるわけではない。あんなものはジャンプしてるようなものだな」
「そうなのか。昔ブワーッと飛んでなかったっけ?」
「あれは幻影だ」
そうだったのか。
騙された!
「じゃあ、鳥みたいに飛べる奴っているのか?」
「魔法で飛ぶ者は見たことが有るな。あとは羽族ぐらいではないか?」
「羽族?」
「魔界に住む、腕の代わりに鷲のような大きな羽を持った連中でな。鳥と人のあいのこ、と言われているが詳細は知らぬ」
「へえ、ハーフなのかな?」
「違うであろうな。フルンやリプルとて犬や牛のハーフではあるまい。たんに鳥に似た種族というだけであろう」
「なるほど」
色々いるもんだな。
でも馬から生まれた撫子は、馬のハーフなんじゃ……、いやでも両親とも馬だよな。
どうなってんだか。
プールは、まだ羽の生え変わる気配はない。
今日は将棋をやっているようだ。
先日、エレンに頼んで、木切れで作ってもらった試作品だ。
「これはまた、難しいものでございますね。なにより、一度とった駒を再度使用できるというのが、とても奥深く感じます」
プールと一緒に将棋を指していたエクも、そう言って楽しんでいるようだ。
将棋なら少しはやりあえるかと思ったが、どうもそうでもないようで。
定石とかを知ってれば別だったのかもしれないが、そういうのも知らないしな。
大鍋に盛られたパスタをみんなでむさぼりながら、高原の夜は更けていく。
薪を控えるために、今夜の焚き火は小さめだ。
もう少し行くと、森林限界を超えるので、枯れ枝も手に入らなくなるらしい。
もっとも薪と違って枯れ枝を燃やすと煙いんだよな。
贅沢は言えないが。
「魔物はともかく、獣は出るかもしれませんからー。見張りもいつもより一人増やして四人にしたほうがいいかもしれませんねー」
ということだったので、俺も久しぶりに見張りをすることにした。
皆が寝静まると、あたりには虫の音や風の音のほかは、時折はぜる火の音だけが響いている。
今夜の見張り番はみんな静かだ。
オルエンは元々無口だし、紅もなにかなければ自分から口を開くことはない。
アンも黙々と御札づくりをしていたので、俺は黙ってお酒をなめるだけだった。
エレンかデュースにでも付き合ってもらえばよかったぜ。
急に尿意を催したので、俺は近くの木陰で用をたす。
馬車の反対側に便所用の穴はほってあるんだけど、小便で使うこともない。
なんせこの人数なので、街以外だと排泄物の処理も大変なんだけど、まあその話はいいや。
用をたしてふと目をやると、遠く山裾の方になにか一瞬、光るものが見えた。
その下には細長いシルエットも見える。
はて、昼間はあんなものあったっけ?
「どうしました?」
すぐに戻らない俺のところに、アンが寄ってくる。
「いや、いまあそこが光った気がしてな」
「どこです?」
「ほら、あの細長いシルエットのところ」
「うーん、木にしてはずいぶん大きいですね。光ったんですか?」
「たぶん、ほわっとなにかが」
「なんでしょうか。明日あちらの方を通るはずなので、その時にでも確かめてみましょうか」
「そうだな、特にやばそうなものにもみえないし」
そんなことを話していると、交代の時間が来た。
交代要員を起こして、休むことにする。
外で寝るには寒そうだったので、アンとオルエンと一緒に馬車に入る。
馬車の奥ではデュースとモアノアが丸くなって寝ている。
どっちもむっちり系だから、寝ていても貫禄があるな。
俺も毛布に包まり、アンを抱っこしながら、オルエンの柔らかい部分に顔を埋めると、あっというまに眠りに落ちてしまった。
白いモヤの中。
また俺は夢を見てるのか。
「旅はどうじゃ?」
「ああ、悪くないね」
「じゃが、匣はどうした?」
「見つからねえなあ」
「ふふ、本当に探しておるのか?」
「探したいのはやまやまなんだけどな。何を探せばいいのかわからん」
「呆れたものじゃのう。探すものがわからぬというだけで探し方が分からぬなどと、ちょっと呆けておるのではあるまいか?」
「厳しいなあ」
「じゃがの、探しものなど見つかれば見つかるのじゃ。今、見つからぬなど些細なことじゃ」
「なるほどねえ」
「匣はしょせんはただの入れ物。大事なのは何を入れるかじゃ」
「そうだなあ、俺が決めなきゃならないんだよなあ」
「悩むか?」
「俺は悩まない男なんだよ」
「ふふ、知っておるよ。のう、主殿……」
翌朝、目覚めた時にはすでに日が昇っていた。
抱っこしていたはずのアンはすでに起きていた。
なんだか今日は寒そうだ。
もうちょっと寝ようかな、と毛布に包まりなおすと、どたどたと足音が聞こえてくる。
「あーさー、ごしゅじんさーまー、あさだよー、おきてー、おーきーてー」
バタバタと馬車に駆け上がってそのまま毛布を引剥がされた。
ひどい。
ひどすぎるよ、フルンさん。
「ねーねー、朝ごはん、目玉焼きと玉子焼き、どっちにする?」
「む、そりゃあ目玉……いや、玉子焼きもいいな」
「どっち?」
「うーん、どうしよう。朝からあんまり悩ませるなよ」
「えー、でもご主人様に聞いてこいって」
「うぐぐ、まあまて、落ち着いて考えれば、自ずから正解は湧いてくる」
「はーやーくーはーやーくー」
「よし、きめた」
「なあに?」
「フルンの食べたいものが食べたい!」
「私の? じゃあ、たまごやきね!」
「ああ、それでいい、それが一番だ!」
「じゃあ、そう言ってくるー」
ふう、素晴らしい決断だったぜ。
美味しい卵焼きを食べて、早々に朝の支度を終えると出発する。
今日もまだ、ゆるい上り坂だ。
木々の間から見える左右の山容は麓のそれとはずいぶんと違う。
高木がほとんど見られなくなってきた。
あのあたりはもう、森林限界を超えているのだろう。
山はところどころに雪渓が見られる。
途中、やぎを引き連れた少年とすれ違った以外は誰も見かけない。
しばらく進むと森が途切れて、夕べ見た謎の建物が視界に入った。
「うーん、どうやら試練の塔みたいですねー。あんなところにあったでしょうかー」
御者台から背伸びして確認するデュース。
「できたてなのかな?」
「それなら前の街あたりででも、情報が入ってきそうなものですがー」
「まだ、誰も気がついてないとか」
「それはないですねー。ご信託が下るので、どんな辺鄙な場所でもすぐにわかるんですよー」
「そうなのか」
神様でも新作を作ったらきっちり宣伝するというのに、あの社長ときたら、なにがいいものを作れば売れるだ、そんなむしのいい話があるか。
まあ、俺だって技術職だからって作るばっかりでほったらかしてたけど。
急にサラリーマン時代を思い出してしまったが、あんまり思い出すと切なくなるのでやめておこう。
「しかし、結構森の中ですねー、街道からも外れていますしー。もしかしたら、すでに枯れてしまった、古い塔かもしれませんねー」
「枯れるってあれか、てっぺんの精霊石がなくなっちまうという」
「そうですよー、塔を維持してる精霊石の力が尽きてしまうんですよー。だいたい、二、三百年はもつんですけどー、そうなると魔物は出ないしご褒美もいただけないしで、だれも入らなくなりますねー」
「そりゃ、そうだろうな」
「今日はネアル神殿にお参りしますし、そこで話をうかがえばいいでしょー」
二時間もすすむと、小さな集落に出た。
ネアル神殿の門前町といったところか。
参拝に来た旅人などがまばらに見受けられた。
今日はここでキャンプを張り、俺達も参拝する。
馬車をおいてはいけないので、半数に分けて参拝する予定だ。
ただ、ここから片道一時間も上るらしいんだよな。
階段を。
一時間も。
こいつはヘビィだぜ。
まだ九時前なので、今から登れば十時には神殿に着く。
頑張って登るとしよう。
とはいえ、どう考えても登れそうにないのもいる。
エクとか。
そんな人のために、背負子で背負って上まで連れて行ってくれるサービスもあるようだ。
エクはこういう時は悪びれずに従うのだが、ウクレは遠慮する。
それもわりと頑固に遠慮するので、困る。
俺がガツンといえば従うんだろうけど、そういうのもちょっとな。
最近はウクレも他の従者たちと同じように働いたりご奉仕してくれたりするようになってるし。
おかげで彼女は従者ではなく奴隷だということを忘れそうになるが、俺が忘れちゃいかんよな。
そこのところを踏まえた上で、平等に接するのが俺の育成方針だ……たぶん。
むしろ俺が乗って行きたかったんだが、あまりだらしないことを言っているとアンに怒られるからな。
ご主人様をやるのもたいへんだぜ。
最初の十分ほどは喋りながら登っていた。
俺だってそれなりに鍛えてあるんだよ。
だが、そこから先はもうだめで、バテる者も出てきた。
俺とかデュースとか。
そもそも、息が上がったり汗をかいたりするのはペースオーバーなんだよな。
学生時代に登山をやってる友人から教わったんだけど、ゆっくり一歩ずつ歩けば、大抵は大丈夫だ。
というわけで、ペースを限界まで落として歩く。
しばらくすると呼吸も多少安定してきて、遅いながらもどうにか登れるようになる。
後ろを振り返ると、ずいぶん登ってきたもんだ。
改めて上を見ると、つづら折りの階段も、ゴールが見えてきた。
あとちょっとだな。
「ご主人様ー、がんばってー」
先に登っていたフルンが上から声をかける。
「頑張ってください!」
となりでウクレも涼しい顔で応援してくれる。
ウクレはめちゃくちゃ登るのが速かった。
フルンと一緒に終始走って登ってたからな。
ウクレはなんとなく病弱だという印象があったけど、単純に体力のポテンシャルなら俺より上だった。
アフリエールは俺のすぐ後ろをすました顔で歩いている。
こっちもタフだな。
リプルはだいぶ貫禄のでてきた四つの乳房を揺らしながら重そうに歩いていたが、特にバテてはなさそうだ。
年少組は概ね元気だな。
俺は駄目だ。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ」
がんばれ俺、あと少し。
あと……ちょっと。
「ゴールだよー、ご主人様!」
つ、ついた。
いやー、登った登った。
俺はもう、だめだ。
「ご主人様、はい、みず、みず!」
フルンが腰に下げた革水筒を手渡してくれる。
一気に飲み干すと冷たい。
「あっちに雪解け水を汲むところがあるんだよ」
ああ、いきかえる。
よくがんばったぞ、俺。
山のてっぺんは開けていて、巨大な神殿が聳え立つ。
こんなところによくもまあ作ったもんだ。
創世の三柱の女神像がならび、その脇にはやはり小さな像が並ぶ。
あちこち眺めていると、なんだかお偉いさんな感じの老人がやってきた。
頑張って立ち上がり、会釈する。
「私はここの神官長を務める、アゴウドともうします。旅の紳士殿とお見受けしますが」
神官長を名乗ったのは七十はいってそうな、老齢の男だった。
「じつは、ご信託を受けましてな。さよう、ここに紳士が来られると」
「たしかに、私は旅の紳士ですが、信託とは?」
「ここから少し行ったところにある森のなかに、古い塔がありますのじゃが、これはもうかれこれ千年以上も前に枯れた試練の塔でしてな」
「北の方に見えるあれですね」
「さよう。そこに十年ほど前でしょうか、カプルというメイド族の職人が住み着きまして、なにやらご神託を受けたので塔に祠を作りたいと申しましてな」
神官長はマイペースに話を進める。
「腕の良い大工職人でしてな、本神殿とも関わりが深く、先の改修の際にも尽力してくれましてなあ、わしも個人的に気にかけておるのですが、塔にこもったまま、なかなか主人を取ろうといたしませんでな」
ホロアは主人をもたずに死んだら、ゴーストと呼ばれる人魂になって彷徨うというけど、わりとみんながみんな、焦って主人を求めるわけじゃないみたいだな。
そりゃまあ、人間だって死ぬことばかり考えて生きてないもんな。
「そんな折、試練の旅の紳士が、あの者を迎えに来るというお告げが有り、毎日お待ちしておりましたのじゃ」
なるほど。
とうとう神様まで従者を斡旋してくれるようになったか。
「で、どうします?」
一応、形だけ確認しておこうという感じで、アンが聞いてくる。
まあ、行くしか無いよな。
「かしこまりました。では、予定を変更して、午後は件の塔に向かいましょう」
まあ、変わり者の従者はうちにもいっぱいいるし、会えばどうにかなるだろう。
ならなきゃ縁がないだけだ。
まずは、その職人メイドとやらにあってみるとしよう。
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