第89話 早駆けのレルル

「よし、行って来い!」


 とみんなを送り出したつもりが、何故か自分も竜に向かって走りだしていた。

 いや、なんかじっとしてられなくて。

 そもそも、俺が何もせずに岩の上に突っ立ってたのは、


「申し訳ありませんが、ご主人様の今の腕では、竜の鱗には刃が立たぬでしょう」


 とセスに言い渡されたからだった。

 でもまあ、そこはそれ。


「ぅおりゃああああああああああああっ!」


 腰に差した西風を抜き放って柄にもなく雄叫びを上げる。


「うぉーーーーーーーーーーーっ!」


 並んでフルンも東風を掲げて叫ぶ。

 そのまま、まっしぐらに羽をやられた方の竜に突撃した。


 こちらは冒険者が取り囲んでいるが、うまく取り付けていない。

 竜は鋭い前ヅメを振り回しながら、近づく相手をなぎ払う。

 かと思うと小さな雷撃を放って弾幕を張る。

 両目を潰したはずなのに、まるで見えているかのようだ。


「ふんっ!」


 爪の一撃を跳躍でかわし、オルエンが右前足の付け根に槍を付き入れた。

 ずぶりと根本まで刺さった槍を捨て、そのまま後ろに飛び退る。

 入れ違いにセスが雷撃をかいくぐり、右の後ろ足を切りつけた。

 後ろ足を半ばまで切断され、竜の動きが鈍くなる。

 同時に飛び出したフルンが左足に斬りつける。

 こちらはまだ浅い。


 で、ここまで来たのはいいが、俺は結局見てるだけ。

 だって、あそこまで近づけないし。

 しかたがないので結界を張るコルスを護衛する。

 盾を構えておけば、飛んできた石礫ぐらいは防げるはずだ。


 改めて騎士団の方を見ると、こちらも体制を立て直しつつあるようだ。

 さっきよりは薄いが、結界も張られている。

 そういえばレルルはどうしたんだろう、と思って探すとすぐに見つかる。

 ここにきて、彼女の気配もうちの従者と同じぐらいビンビン感じるようになった。

 あれか、脈ありかな。


 レルルは部隊から少し離れて、広場の端で負傷した騎士を引きずっている。

 ここからだと百メートルぐらいか。

 だれか助けに行ったほうがいいんじゃ?

 と思ったが、こっちもあと一息なんだよな。

 仕留められるときに、確実に仕留めるべきだろう。

 しかもあちらの上空には無傷の竜がいて、稲妻のブレスをバリバリかましてて怖い。

 というか、少し冷静になると、ここも相当怖い。

 とりあえずフルンたちを応援しつつ、レルルの無事も祈ろう。


 最初に落ちた竜は、俺達が入ったことでかなり押している。

 コルスの結界もできたので、たぶん大丈夫だろう。


 だがやはり、もう一匹が問題だ。

 無傷の竜は、間合いを取りながら、執拗にブレスを浴びせている。

 その内のそれた一発が、レルルの側におちて、彼女が吹き飛ばされるのがみえた。


「レルル!」


 あとから思えば、俺は相当テンバってたんだろうな。

 後先考えずに、今度はレルルの方に走りだしてしまった。


「うおおおおおっ! レルルー、いまいくぞー!」

「あー、ご主人様まってー!」


 俺がいくもんだから、やっぱりフルン達もついてくる。


「あはは、やっぱりご主人様は竜退治よりおんなのこだねー!」

「あたりまえじゃー! あれはおれのじゃー!」

「え、ほんと?」

「あ、いや、そうだったらいいなー、とかなんとか」


 フルンに突っ込まれて急に冷静になったり。


「なんだー」

「従者じゃなくても友達だろ、とにかくあっちを助けるぞ!」

「うん!」


 無差別に放たれるブレスの絨毯爆撃で、あちこちに土煙が上がる。

 その、只中で、レルルはべそをかきながら傷ついた仲間を引きずっていた。


「お、おたすけ……おたす……おたしゅけえっ……」

「レルル! 助けに来たぞ!」

「ぁ…ああ……し、紳士殿ぉ」

「もう大丈夫だ。オルエン、手を貸してやれ」


 涙を流し、鼻水を垂らしながら、泣きじゃくるレルル。

 よかった、間に合ったか。

 レルルを守るようにしながら、傷ついた騎士を森の外れまで運ぶ。


「用心するでござる、来るでござるぞ!」


 俺達が移動したことで、無傷の竜の注意を引いたのか。

 騎士団を襲っていた竜がこちらに飛んできた。


「こやつが一番強そうでござる」


 そう言ってコルスが結界を強める。

 同時に、今まででもっともでかいブレスが襲い掛かる。


「受け流すでござる!」


 コルスは結界を前方に集中すると、ブレスの向きをほんの僅かに逸らした。

 それによって直撃は避けられたものの、衝撃波だけで俺達はふっとばされる。


「げぶぉ!」


 ゴロゴロと広場の方に吹き飛ばされる。

 うぐぐ、目が回る。

 素早く体を確認するが、致命的な怪我はなさそうだ。

 周りを見渡すと、コルスたちと離れてしまった。


「うぐぐ、お、重いであります、紳士殿」

「あ、ごめん!」


 何故かレルルが俺の下に転がっていた。

 慌てて引き起こそうと手を掴むと、レルルの体が光りだした。


 キタッ!


 じゃない、いくら何でもこんな時に!


「な、なんで有りますかこれは!」

「いや、それはもちろん……」


 俺が話しかけたところに、


 どすーん!


 と竜が舞い降りた。

 俺達のすぐ後ろに。

 見上げると、大きな口を開いてブレスの構えだ。


「ぎゃあっ!」

「おたすけぇ!」


 二人で抱き合って叫ぶ。

 そこにどこからとも無く光の矢が襲いかかり、竜の体を幾筋も貫いた。


 デュースの魔法だ。

 やったか?


 だが、致命傷ではない。

 再び空に舞い上がると、小さめのブレスを無差別に放ち始めた。

 あたりこそしないものの、ブレスの衝撃波で俺とレルルは再び吹き飛ばされる。

 アチコチぶつけて、体中が痛い。

 轟音で耳もガンガンする。

 するけど、にげなきゃ死ぬ。

 慌ててレルルを探すと、すぐ近くにいた。


「おい、生きてるか?」

「あたた……どうにか、り、竜は?」

「竜は……」


 見ると再び俺達の側に舞い降りながら、大きく口を開いていた。

 またブレスか!


 と思った瞬間、竜の周りを取り囲むように空中に巨大な火の壁が現れる。

 またデュースだ。

 みるみる竜の体が焼かれていく。

 うおお、頼れる!

 さすがデュース、愛してる!


「おい、今のうちに逃げるぞ!」

「し、しかし、敵を前に……」

「ばか、戦術的撤退だ! ここにいたら足手まといだろうが。ちゃんと戦える場所まで移動するんだよ!」

「な、なるほど。では……あぐっ、あ、足が……」


 レルルは足をくじいたらしい。

 こんな時に、なんてお約束な。

 突っ込んでる時間も惜しいので、担ぎ上げようとすると、背後に何かの気配を感じた。

 慌てて振り返ると馬だ。


「おお、ミュストレーク! よく来てくれたであります!」


 レルルは足をかばいながらも颯爽と馬にまたがる。


「さあ、紳士殿も」

「え、俺も乗るの?」


 馬は苦手なんだけど。


「早く!」

「ええい、しょうがない!」


 レルルの手を借りて馬に飛び乗る。

 背中にしがみつくと、レルルは馬を出した。


「一先ず、敵の射程から離れるであります。森を回りこんでから、皆と合流して……」


 レルルのセリフは轟音でかき消される。

 ブレスだ。

 振り返ると、元気な方の竜が火の壁を振りきって空に逃れていた。

 皮膚が半分ぐらい焼けただれていたが、未だ羽は健在だ。

 しかも、やっぱり俺達を狙っている。

 なんでだよ!

 弱い者いじめかよ!


「おい、こっちに来てるぞ」

「な、なぜでありますか!」

「しらん! とにかく逃げろ!」

「に、逃げるというのは」

「うるさい! 今更体裁なんぞ繕ってる場合か!」

「わ、わかったであります! にげます! おたすけー!」

「ひいいいっっっ!」


 俺たちは泡を食って逃げ出した。


 広場から抜け出し、森の小道に入る。

 俺達がやってきた道だ。

 次々と落ちてくる雷撃を器用にかわしながら、レルルは馬を走らせる。

 たぶん客観的に見ればハリウッド映画のカーチェイスもかくやという凄いシーンだと思うんだけど、当事者としてはとにかくひどかった。

 とくにお尻とか。

 マジで裂けそう。


「紳士殿、しっかり捕まるであります、落ちたらおしまいでありますよ!」

「そ、そうだな」

「それはそうと……」

「うん」

「どうするでありますか」

「そうだな」


 レルルが言ってるのは竜のことじゃなくて、ぽかぽか光ってる自分の体のことだろう。

 こんな時に光らなくてもいいのに、ところかまわずだな。


「まあ、なんだ。事が終わったら改めて」

「し、死んだら自分はゴーストになるであります。い、今すぐ、今すぐ責任とってほしいであります! 後生であります!」

「そ、そうか」


 しょうがない。

 俺は自分の指をしゃぶって唾液を絡める。

 唾液でもいいって言ってたしな。


「ほれ、指をしゃぶれ。それでお前は俺の従者だ」

「こ、光栄であります!」


 そう言って差し出した俺の指をくわえる。


「れろれろ、んちゅ……ぷちゅ…」


 いちいち、エロい音を立ててしゃぶるな。

 しばらくレロレロとしゃぶっていたが、なかなか光が収まらない。

 唾液が足りなかったかな?

 と思った瞬間、馬がはねた。


「ングっ!」

「いてぇ!」


 指を思いっきり噛まれた。


「はぐ、も、申し訳ないであります!」

「いつつ、指が千切れるかと思った」

「あ、血の味が……んぐっ」


 噛まれた指の傷から血を舐めとったかと思うと、すうっとレルルの体の光が収まる。


「あ、あ、こ、これは……これが契約……凄いであります、なんだか心のなかがぽかぽかとしてきて、力が湧いてくるであります」

「よし、お前も今日から俺の従者だ! よろしく頼むぞ」

「は、はいであります!」

「具体的にはまず竜から逃げるんだ!」

「まかせるであります!」


 新たな従者となったレルルは更に馬を走らせる。

 速すぎて目が回るが、なんだろう、さっきまでと違ってこの背中がすごく頼もしい。

 従者になったからだろうか。

 不思議なもんだ。


「で、どこに逃げてるんだ?」

「できれば広場に戻りたいでありますが、土地勘がないので無理であります。このまま道なりに行けば、後続の騎士団に出会えるはず、それに賭けるであります」

「よし、任せた」


 ちゃんと考えて走ってたんだな。

 よかった、俺は何も考えてなかったよ。


「もうすぐ森が切れるであります、そうなると……」

「竜から丸見えなわけか」

「そうであります。ですが、必ずやご主人様は自分がお守りするであります」

「大丈夫、お前ならやれる!」

「はい! であります!」


 竜の攻撃はますます熾烈になる。

 だが、レルルが守るといった以上、俺は信じる。

 他にどうしようもないしな。


「森を出ます!」

「いけ!」


 突然目の前が真っ赤にそまる。

 夕暮れの太陽が大地を照らす。

 その向こうに、一軍のシルエットが見えた。


「弓兵、前へ! ……撃てっ!」


 前方から聞き慣れた声が聞こえる。


「結界を前方に展開。第二射ののちに、全隊突撃!」


 無数の矢音と蹄の音とともに、正面から何かが突っ込んでくる。

 旗を翻しながら俺たちとすれ違う騎士団。

 その先頭の騎士が兜越しにウインクした……ような気がした。


 ごおっ、という悲鳴とともに、竜が地に落ちる。

 そこに速度を落とさずランスを構えて騎士団は突撃していった。


 あとはあっけないものだ。

 竜は無数の槍に貫かれ、絶命した。


「た、たすかったでありますか?」

「そのようだな」


 俺たちが馬上で息を切らせながら、呆然としていると、竜を仕留めた騎士の一人がこちらに近づいてきた。

 すっかり見慣れた甲冑の主は、カブトを脱いでニッコリと笑う。


「ごきげんよう、ハニー。デートのお邪魔だったかしら?」

「なに、ちょっと変なストーカーに付きまとわれて困ってたところだよ、ダーリン」

「だったら、貸しておくわね」

「利息は控えめで頼むよ」


 そう言って馬から降りようとしたら、腰が抜けて倒れそうになる。


「だ、大丈夫でありますか、ご主人様」


 あわてて手を差し伸べるレルル。


「あら、本当にデートだったのね? 噂以上に手が早いのねえ」

「自分でも驚いてるよ、あたた」


 呆れ顔のエディに言い訳しつつ、レルルに肩を借りる。

 まったく、みっともないな。


「だ、団長! 自分は……その……」

「うふふ、おめでとう。あなたにはバダムより先に、いい主人を見つけてあげようと思っていたけど、またとびっきりのを見つけたみたいね」

「き、恐縮であります!」

「ところで、先遣隊の方はどうなったの? まさか全滅したりしてないわよね?」

「そ、そうでした、まだ竜が一匹!」

「えっ、まだいるの?」

「そうであります。竜は全部で三匹、一匹は仕留めて、もう一匹は今のもの、あと一匹、すでに手負いで羽は落としてありましたが、とどめを刺したところは確認できて無いであります」

「わかったわ、話はあとね。あなたは紳士様を護衛してゆっくり戻りなさい」

「は、はいであります」


 そう言うとエディは騎士を率いて駆けだした。

 俺たちも後を追って戻ることに。

 途中、俺を追いかけてきたセスたちと合流して、無事を確認する。


「無事で何よりです」

「いやあ、旦那も世話が焼けるというか、ただでは転ばないというか」

「レルル、従者になったの? ほんと? やったー!」

「き、恐縮であります!」


 などと言いながら鉱山前まで戻ると、すでに片がついていた。

 あのあと冒険者達が頑張って仕留めたらしい。


「ふう、どうにか片がついたみたいね」


 とエディがやってきた。


「あなた達がいてくれてよかったわ。まったく、ゴブオンは罰金ね」


 死者こそいなかったものの、手ひどくやられたらしい。

 とはいえ、強かったからなあ、あの竜。


「エディはこないと聞いてたが」

「思ったより別口が早く片付いたから来てみたんだけど、無理して出向いてよかったわ。当初の兵力だけだと危なかったわね」

「かもな」


 しかし、エディは強い。

 さっきもそうだが先頭を駆けて行く最中にも、竜は細かい雷撃を放ってたんだけど、全部弾いてたからな。

 何やら自分で結界を張っていたらしい。

 そして心の臓に向けてランスの一撃。

 ほとんどこれで勝負は決まってたようだ。

 コネやら身分だけで団長になったわけじゃないんだな。


「それよりも、レルルの叙任をしなきゃね。もうちょっと育ててからと思ってたけど、あとはオルエンに任せるわ」

「き、恐縮です」

「うふふ、紳士様にたっぷりかわいがってもらうのね」


 竜殺しの称号とやらは、後日冒険者組合でもらえるらしい。

 従者の手柄は主人の手柄、というわけで俺に竜殺しの称号がついたわけだ。

 やったぜ!


「すごい、ご主人様、竜殺し! かっこいい!」


 フルンは喜んでいるが、かっこいいのは君だよ君。

 その小さな体で竜の首を切り落としたんだから。

 あとでみっちりねっちりご褒美をやろう。


 冒険者連中も何故かうちに挨拶に来た。

 俺のお陰で竜退治ができた、ということらしい。

 よくわからんけど、素直に挨拶は受けておいた。


 最後にエディが騎士団を代表して挨拶に来る。


「この度のご活躍、騎士団を代表してお礼申し上げます。紳士様に於かれましては、ますますのご活躍をお祈り申し上げます……なんてね」

「ははは、なんせ今回は危ないところを助けられたからなあ。あの時はほんと死ぬかと思った」

「こっちこそ大助かりだわ。竜を逃したら大事だもの。村からもがっぽり謝礼をぶんどるべきよ」

「なるほど、そりゃそうだ」

「今日はもう遅いわ、ハニーも出発は明日にして、一緒に打ち上げしましょ?」

「そりゃいいね、さぞ村長もサービスしてくれるだろう」

「もちろんよ。ほら、噂をすれば、村長がやってきたわよ」


 村長からはこれでもかと言わんばかりの歓待を受けた。

 宴もたけなわとなったところで、エディとオルエンの立ち会いのもと、レルルの叙任式を行う。

 晴れて騎士となったレルルは俺に仕えることになった。

 叙任式のあと、新しく出来た後輩に、オルエンが一言。


「従者となったからには……騎士として……恥ずかしくない力を……つけてもらいます……覚悟は……よいですか」

「は、はいであります、頑張るであります!」

「期待しています……でも、今日のところは……乾杯で」

「はいであります、飲むであります!」


 その後、明け方まで飲んで、勝利を祝った。

 いやあ、生きてるって素晴らしいな。

 新しい従者もそれに負けず劣らず素晴らしいもんだ。

 いや、ほんとに。

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