第87話 見張り

 深夜。


 赤々と燃える焚き火と、きれいな天の川を交互に眺めながら、のんびり野営する。

 緊張感が抜けてきてていかんな。

 いやまあ、抜けてるのは俺だけなんだけど。

 俺の隣で焚き火にあたっている犬耳のフルンなんかは随分と引き締まった顔で構えていて、すごく頼もしい。


「フルン、気合入ってるな」

「え、なにが?」

「いや、すごく難しい顔をしてたから」

「あーそれはねー、すごろくのアイデア考えてたの」

「すごろくかよ、竜のこと考えてるのかと思った」

「竜は戦ったこと無いから考えてもわかんないもん。連携の練習はしっかりしたから、あとは本番で集中すればいいの!」

「そういうもんか」

「うん」


 そうかもしれんな。

 フルンはしっかりしてるなあ。


「それでね、すごろくなんだけど、ハンコちゃんがもっとシチュエーションに凝れっていうから考えてたの」

「ほう、シチュエーションな」

「うん。これねー、自分が冒険者でしょ。もっといろんな冒険をしたりとか色々とねー」

「へえ、判子ちゃんがそんなことをねえ……うん?」


 判子ちゃん?

 判子ちゃんって言った?


「うん、ハンコちゃん。この間一緒に遊んだ時に言ってたんだよ。だから、また遊びに来るまでになおしとくの」

「おいフルン。おまえ判子ちゃんのこと覚えてるのか?」

「覚えてるよ? なんで?」

「いやだっておまえさん、この間聞いた時は覚えてなかっただろう」

「そうだっけ? そういえば……そうだったかも、あれ?」


 慌てて起きていたアンやセスに尋ねると、みんな覚えていた。


「たしかに、覚えています。むしろ忘れていたことを忘れていたぐらいで、なぜあの時は忘れた気がしていたんでしょう?」


 アンも首を傾げている。

 むう、いったいなにが。

 そういえばこの件は紅に一任してたんだった。

 早速、尋ねてみると、


「不明です。私の記憶が改変された様子はありません。デュースには毎日一度、思い出せないか確認してもらっていましたが、今朝の時点では記憶が復活していませんでした」

「そういうチェックはしてたのか」

「記憶の忘却が、永続的なものかを確認しようと思ったのですが、このように全員の記憶が一度に回復するとは思いませんでした」

「そうだ、あれは? なんとか波」

「フォス波もあれ以降、有意な値は検知できていません。もっとも私のセンサーはそれほど精度がありませんので」

「そうか……」


 なんで急に思い出したんだろう。

 この一日で何か変化あったっけ?

 竜は一昨日からだし、あとは昨日来た騎士見習いの子ぐらいか。

 うーん。


「ハンコという人物が姿を消すことで記憶が消えたのであれば、記憶が戻ったということは彼女が戻ってきたのでは?」

「判子ちゃんが?」

「彼女はマスターを監視している、と言っていました。であれば、一時的に姿を消していたとしても、また戻ってきたと考えてよいのではないでしょうか」

「とすると、またどこかで俺のことを見張ってるのか」

「あくまでそういう可能性もある、という話です」


 うーん、見張られてるのか。

 もしかしてご奉仕して貰ってることろも覗かれてるんだろうか?

 覗き見とか、判子ちゃんもハレンチだなあ。

 まあいいけど。


 悩んでても何もわからないので、諦めて夜食でも食うか。

 モアノアが作り置きしてくれた夜食はいろいろある。

 まずは大鍋で煮立っている真っ赤な鍋だ。

 こいつは辛子味噌っぽいのがたっぷりはいっていて辛い。

 その辛いスープで油の乗った鴨を煮こんである。

 暑さも吹っ飛ぶ旨さだ。


 他には甘辛く煮た豚肉をナンでサンドしたものや、グラタンなどが並んでいる。

 そんなものをつまんでいると、やっとオルエンが戻ってきた。

 昨夜からずっと夜通し、騎士団を受け入れる準備を手伝っていたのだ。


「遅く……なりました」

「おう、おつかれさん」

「お、お邪魔するであります!」


 オルエンと一緒にやってきたのは見習い騎士のレルルちゃんだ。

 相変わらずガチガチだな。


「食事を一緒に……と思いまして」

「俺たちも今から食おうかと思ってたところだ。レルル、だったな。まあ見ての通りの冒険者所帯だが、味の方はそちらの団長のお墨付きだからな。遠慮無く食っていってくれ」

「し、失礼するであります! いただくであります!」


 そんなガチガチで喉を通るのかね。

 などと思いながら様子を見ていたが、オルエンについでもらった料理をガツガツ食べていた。

 オルエンも結構、面倒見がいいんだな。

 あの騎士団は体育会系だからなあ。




「……うう、だから自分、こう言ったのでありますよ。このような大任を受けるには、自分、あまりに未熟だと」

「うん」

「そしたら団長が、あなたは馬を駆れば誰よりも速い、ベークスについてこの夜道をいけるのはあなたしかいないと」

「うんうん」

「その言葉を聞いて、自分こう、胸がジーンと熱くなって、生まれて初めて誰かに期待されるということの重みと、そして喜びを知ったのであります」

「そうかそうか」

「紳士様は人望も厚く優れたお方だと、指南役からもお噂を伺っております。であれば自分のような未熟者のお気持ちなどお分かりいただけぬかもしれませんが、それでも、それでも自分は!」


 場に馴染んだら、見習い騎士のレルルはペラペラと喋り始めた。

 彼女は騎士としてかなり落ちこぼれらしい。

 弓もダメ、槍もダメ。

 体力もないし、魔法も使えず、土木仕事もからっきしだという。

 事務方のほうがまだましという、騎士見習いとしてはいささか頼りないスペックだ。

 そんな彼女にも一つだけ得意なことがある。

 それは馬に乗ることだ。

 馬を駆れば並ぶものはなく、騎士団一、二を争うと言われたベークスにさえも早駆け勝負で勝ったことがあるらしい。

 そんなわけで、今回の斥候任務にベークスのお供として駆り出されたそうだ。


「はあ、ごちそうになりました。たいへん美味しかったであります」

「おそまつさま」

「誠にお世話になりました。自分、これから見まわりでも」


 というレルルの顔は眠そうだ。

 きっと昨日も一日中、馬を飛ばして来たのだろう。


「無理するなよ、休める時に休んだほうがいいぞ。鉱山の事務所のほうが気まずければうちで休んでいくといい」

「いや、ですが」

「何かあったら一番に起こしてやるよ。その代わり、手柄は自分で立てろよ」

「あ、ありがとうであります。それではお言葉に甘えまして」

「オルエンも一緒に奥で休んどけよ、お前も寝てないだろう」

「では……そのように」


 馬車の影に張ったタープの下で、二人は毛布にくるまって仮眠を取り始めた。

 俺はといえば、昼間たっぷり寝たせいか、まだ眠くない。

 基本的には朝型なんだけど、サラリーマン時代に随分徹夜もしたせいで、こういう不規則な生活もそこまで苦じゃない。

 と言っても二十代の頃みたいに完徹とかは無理だけどなあ。

 あの頃はドリンク剤をがぶ飲みしてひたすら働き続けたりもできたけど、あれは内臓がヘタれるよな。

 五歳上の先輩が、三十過ぎた途端に体壊してそのまま会社辞めちゃったしなあ。

 ほんとあんなの飲んでまで無理するもんじゃないな。

 有り難みのない思い出を振り返っていると、リプルとアフリエールが起き出してきた。

 気がつけば東の空がわずかに明るい。


「おはようございます、ご主人様」

「竜はどうなりました?」


 二人共、竜のことが心配らしい。

 俺だって怖いけどな。


「大丈夫、今日にも騎士団がやってくるから、万事解決さ」

「そう、よかったです」

「そういえばウクレは?」

「あ、ウクレは少しお腹を壊したみたいで」


 とアフリエール。


「大丈夫か?」

「はい。さっき薬を飲んだので。暑さによる下痢かも。あとでレーンに見てもらいます」

「うん、そうしてくれ」


 最近、調子良さそうだったんだけどな。

 やはりウクレは少し体が弱いのかな。

 いやでも、人間の子供ならこんな長旅で苦労してれば病気の一つもするか。

 フルンとかが頑丈すぎるんだよな。

 ちゃんと従者各人のニーズに応じたサポートをしないと。




 気がついたら寝落ちしていて、目を覚ますとすっかり日が昇りきっていた。

 騎士見習いのレルルはすでに起きだして、見回りに行ったそうだ。

 冒険者連中もほとんどが鉱山に入っている。


 騎士団は何時頃につくのかな?

 電話があればいいのにな。


 ウクレのことを思い出して姿を探すと、いつもの様にモアノアを手伝って食事の支度をしていた。


「ウクレ、調子はもういいのか?」

「あ、おはようございます。もう大丈夫です」

「そうか、無理するなよ。レーンには見てもらったのか?」

「はい、バテたんだろうって」


 顔色も良さそうだし、大丈夫だろう。

 一応、レーンにも聞いてみたが、特におかしいところは無いとの事だった。


「人間無理をすれば、体調の一つも崩すものです。適度な休養はかかせません!」

「そりゃそうか」

「ですがウクレは若干、精霊の力が不安定なようですね」

「不安定とは?」

「元々、ホロアや古代種などと違い、コアのない人間は精霊力があったりなかったりするものです」

「そうなのか」

「はい。精霊力のない人間には、回復系や幻覚系の魔法もあまり効きません。これらは内なる精霊力に働きかけるものですからある意味当然なのです。逆に精霊力が強すぎる、というよりは精霊力だけで動くもの、例えばガーディアンなどにも効かなかったりするのが不思議なところです」

「ほほう」

「これは、魂とコアの相互作用に秘密があるのではないかと言われています」

「なるほど」

「とにかく、そうした人間は精霊力を感じる力もありませんから、例えばご主人様を見ても、紳士だと気がつけないものもいるでしょう」

「たまにいるな」

「ウクレは若干の力を宿しているものの、それがしっかりと体の芯に定着していないようで」

「ほほう」

「もっとも、その宿るべきコアがないので仕方ないのですが、そのせいで時々、体調をくずすようです」

「どうにかならんのか」

「難しいですね。普通は月経が始まるまでには安定します。ですがウクレのようにあの歳になっても安定しない人はそのままのようです。それでも閉経までにはほとんどおさまると言いますが」

「随分と先だな」

「そうですね。ペイルーンに精霊の力を抑える薬を頼みました。これを毎日服用させて、様子を見てみましょう」

「そうか、よろしく頼む」

「かしこまりました!」


 しかし、精霊力ってなんなんだろうな。

 レーンやデュースは、その使い方は知っていても、原理は知らないという。

 頼みの綱の紅も、詳しくはわからないそうだ。

 ホロアや古代種は、血液に精霊の力の元のようなものが流れているらしい。

 エルミクルムとか言ってたかな。

 コアは肝臓か心臓の近くにある一種の臓器で中に精霊石の塊があり、血に混じるという。

 そうして体中に行き渡った精霊の力を、自らのものとして行使するのが精霊魔法だそうだ。


「人間でもー、腎臓などに精霊石が固まっている事がありますねー。風化した死体に残っている事があるそうですがー」


 とデュース。


「それって結石じゃないのか?」

「結石というと尿に混じって出てくる石ですねー、すごく痛いとかー」

「そうそう、なんか凄いらしいな」

「でもあれは精霊石ではなく、ただの石ではー」

「カルシウムとからしいけどな」

「カルシウムというのはー、前に聞いた元素ですねー? そんなものも体内に?」

「骨とかの原料だからな」

「なるほどー」


 などと話がそれてしまった。

 しかし、精霊力の詳しいことは何もわからんな。

 体の中に入り込んで力になるって、なんかミトコンドリアみたいだな。

 それともあれか、ナノマシン。

 俺にもコアがあるって言ってたけど、よくわからんなあ。

 前に人間ドッグを受けた時に、そんな変な臓器があるとは言われなかったけど。

 それに魔法も使えないし。

 そこにオルエンがいそいそとやってきた。


「マイロード……騎士団第四小隊が……到着…したようです」

「ほう、来たのか」

「騎士二十名のみ……ですが。残りと歩兵は……明日になると」

「まあ、歩兵って歩きだもんな」

「はい」

「じゃあ、俺たちはお役御免か?」

「そうなるかと」


 鉱山前の広場、昨夜オルエン達が確保した陣地に、騎乗の騎士が並んでいる。

 うーん、カッコイイ。

 全身甲冑でよくわからないが、顔を晒している中には、見知った顔も数人いた。

 そのうちの一人、禿頭と騎士らしからぬビール腹が特徴の男がゴブオンだ。

 道場に出稽古に来た時に挨拶したことがあるが、このオッサンもかなり強い。

 今知ったが、第四小隊の隊長だったらしい。


「おおう、オルエンではないか、元気そうじゃな」

「ゴブオン卿も……お健やかで」

「がはは、見ての通り、毛は抜けたがのう」


 と禿げ上がった頭をなで上げる。


「紳士殿もお元気そうじゃ。また、桃は増えましたかのう、がはは」

「おかげさまで、大豊作ですよ」


 しかし、なんでこいつらはみんなと笑うかね。

 エディもそのうちと笑うようになるんだろうか。

 俺も今度やってみようかな。


 騎士団がついたと聞いて、村長もやってきた。

 あの村長とこの隊長に挟まれたら俺みたいな青二才はもたないので早々に退散する。

 あとはいいようにやってくれるだろう。


 ふと見習い騎士のレルルが目に入る。

 どうやら、ベークスに段取りを褒められていたようだ。

 良かったな。


 で、肝心のエディはこないらしい。

 よその街でも揉め事だとかで、これ以上、人手をさけないとか。

 団長も大変だな。


 まあ、エディがこないなら、これ以上長居しても仕方あるまい。

 いつでも撤収できるように準備しておこう。

 しかし、前回のコーザスの街につづいて、今回も冒険の成果はなしか。

 まあ、危ないよりはいいよな。


 炎天下の中、荷物をまとめているとバテてきたので、少し休む。

 暑い暑いと言いながら、冷えたエールを一杯だけ。

 二,三日控えてただけあって、うまい。

 ついでに風呂にも入りたいところだが、水は限られ、雨も降らないこの場所では望むべくもない。

 搾ったタオルで体を拭いてもらうぐらいだ。

 今も馬車の中で、肌を晒したエンテルとアフリエールに、拭いてもらったり拭いてやったりしていた。


「ご主人様、どうしてその、胸のまわりを何度も念入りに拭くんです?」

「いや、こんなにでかいとあせもにならないかなあ、とおもって」

「なりません!」

「じゃあ、股のあたりも」

「あ、ちょっと、ご主人様ったら」


 などと大変拭きごたえのあるエンテルの体を撫で回しながら、俺の方はアフリエールに拭いてもらったり。

 この長耳コンビは親子ぐらい年が離れてるので、そういうことを考えながら色々するのもまた一興だよなあ。

 しかし、こうしてると、暑さも吹っ飛ぶな。


 さっぱりしたところで馬車から出ると、何やら事務所の辺りで揉めていた。


「なにごとだ?」


 と側にいたエレンに聞くと、


「騎士団と冒険者で揉めてるみたいだよ」

「また揉めてるのか。みんな揉めるの好きだな」

「旦那も結構、皮肉が好きだよね」

「そうか? 俺は素直な方だと思うぞ」

「まあいいけどさ」

「で、何が原因だ?」

「騎士団が鉱山に突入するって言うから、冒険者が反対してるんだよ」

「ははあ、まあ公が民業を奪っちゃいかんよな」

「鉱山側は冒険者よりは騎士団にさっさと解決してもらいたいだろうね」

「だろうな」

「あの村長なら金で解決するんじゃないかな」

「なるほど」

「そろそろ話もまとまるんじゃない?」


 エレンの言ったとおり、それから五分もしないうちに話はまとまったようだ。

 通りがかった冒険者に聞くと、立退き料として相場の三日分の探索料を出すという。

 まず、妥当なところらしい。


 今、地上にいる冒険者達も引き上げ始めていた。

 潜っている連中も戻り次第、引き上げることになるだろう。

 俺たちも立退き料貰えないのかな?

 と思ってたら、村長がやってきて、依頼料の残りに色を付けてくれた。


「おかげさまで、騎士団も来ましたんでな、いやあ、紳士様がいらっしゃらなければどうなっていたか。おや、もう、お立ちになられると? 旅の成功を祈っておりますよ!」


 などと一気にまくしたてて去っていった。

 忙しいオヤジだ。


 騎士団にも挨拶をしてから、俺たちは馬車に乗り込む。


「いやあ、竜と再戦する前に出発できてよかったな」


 御者台のデュースに声をかけると、


「ホントですねー、あんなものは避けるに越したことはありませんねー」

「えー、戦いたかったのにー」


 フルンは残念そうだが、仕方あるまい。


「そうですねー、あと三年も修行すれば、十分戦えると思うのですけどー」

「三年かー、ながいなー」

「三年ぐらい、すぐですよー」

「ほんと? じゃあ、頑張らないと駄目だね」

「そうですねー」


 西の空には、まだギラギラと暑い太陽が輝いている。

 そして、その周りには入道雲がにょきにょきと生えていた。


「夕立が来るかな?」

「どうでしょうかー、このまま迂回して街道に戻るので、キャンプ地につくのはたぶん夜の九時ぐらいなんですけどー」

「まあ、のんびり行くしか無いよな」

「そうですねー。じゃあ、そろそろ出しますよー」


 デュースが手綱に手をかけた瞬間。


 どーんっ!

 と激しい地響きとともに轟音が鳴り響いた。


「な、なんじゃい?」


 慌てて振り返ると、鉱山の方から煙が登っている。


「竜だあああああっっっ!!」


 またか!


「に、二匹いるぞーーーっ!!!」


 えーっ!!


「こ、こっちにも、三匹だあああっっ!!!!」


 な、なんじゃとー!!!

 見上げると白い竜が三匹、ゆっくりと俺たちの上空を旋回していた。

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