第86話 特訓

 翌朝。

 小さな地震で飛び起きた。


「どうした、出たのか?」


 側にいたオルエンに尋ねると、


「いえ……ちがう……ようです」


 熟睡してて気が付かなかったが、明け方から何度か揺れてたらしい。

 珍しく先に起きていたデュースが、鍋のお湯をくんで差し出す。


「おそらくはー、巣穴をみつけて実体化したんでしょうねー」

「ほう」

「しばらくはそこで回復するつもりではー」

「なるほど」

「他の冒険者もここぞとばかりにみんな潜ってしまいましたよー」


 見ると広場に大勢いた冒険者はほとんどいなくなっていた。

 今日もまた、夜明けを待たずに、鉱山に乗り込んだらしい。


「彼らが片をつけてくれると楽でいいんですけどねー」

「そりゃそうだな」

「ただー、揺れの具合からかなり深いところにいるのではないかとクレナイは言ってますねー」

「となると厄介だな」

「昨日見た鉱山の概略図からするとー、坑道よりも下かもしれませんねー」

「お手上げだな」

「そうですねー」


 何にせよ、今すぐどうこうってことではなさそうだ。

 そういえばセスはどうしたかな、と探すと少し離れたところで木刀を振っていた。

 側で弟子であるフルンと、同じ流派で新入り忍者のコルスがあぐらを組んで見ている。


「おう、早速特訓か?」

「はい。しかしどうにも……」

「そんな簡単にはいかんだろう」

「それはわかるのですが、具体的に何をすればよいのかと思いまして。特訓と言っても、私は今まで気陰流の型をひたすら繰り返すだけでしたので」

「ふぬ」

「こうして無心で木剣を振れば、すぐに没入できるのですが、はたしてその先に何があるのか……」

「スランプってやつだな」

「スランプ……ですか?」

「理由は色々あるけど、今まで出来てたことができなくなったり、先に進めなくなったりすることがあるだろう」

「たしかに」

「まあ、そういう時は基本に戻ってコツコツやるしか無いみたいだけどな」

「そうですね、そのとおりだと思います」


 そう言って、セスは再び木刀を振り続ける。

 フルンはそんなセスの様子を、食い入るように見ている。

 そちらは話しかけづらいので、コルスに話を振ってみる。


「どうなんだ、同じ流派とはいえ、長く離れて伝わっていたんだろう。違う奥義とかあったりしないのか?」

「先日、型を合わせてみたでござるが、いやまあ、よく伝わっていたでござる。寸分たがわぬ見事なキレでござった」

「つまり、教えたり教わったりする技はないのか」

「奥義という点では、そうでござる。ですが、今セス殿が求めているのはそれではござるまい。己の内よりいづる剣をこそ、求めているのでござろう」

「そういう感じかもな」

「いずれにせよ、それは生涯をかけて求めるもの。一朝一夕に答えの出るものではござらん」

「そりゃそうだな」


 まあ、そんな都合よく行くわけ無いか。


「ところで殿はどのような特訓を考えていたのでござる?」

「え、俺が?」

「セス殿に特訓を薦めたのでござろう」

「ああ、まあな。やっぱほら、必殺技って言えば、滝壺に飛び込んだり、樽にはいって崖から転がり落ちたりするのかなあ、って」

「……何故でござる?」

「え?」

「何故そのようなことを。普通、死ぬのではござらんか?」

「そりゃあ……死ぬかもな」

「死んでは修行にならぬでござるが」

「そりゃあまあ……」


 漫画で見たネタだから……とはいえんよな。


「あれだ、生死の境に身をおくことで、通常では至れない境地に至るという……」

「ふむ、一理あるでござるな」


 え、あるかな?

 だが、コルスは何やら納得した顔で立ち上がり、セスに話しかける。


「セス殿、よろしいでござるか」

「なんでしょう」

「拙者、結界の術を多少心得てござるが、結界とは此彼の境のこと。それを隔てることで、両者はそこを境に異なる場となるでござる」

「はい」

「場が異なれば、相が変わる。水と氷、炎と煙、そうした相の境にはつねに両者を隔てる結界があるでござる。結界の術とはその境を明確にするのがキモでござるが……」


 そう言って、コルスが指を立てると指先から炎が立ち上り、ついでそれが丸い形に閉じ込められる。


「これを隔てる結界を破るには、つねにその境界に立たねばならぬでござる。相の隔たりが大きいほど、その境は不安定で多くの力が集まっているでござる。つまりは、それだけの危険を伴うでござる」


 炎の固まりをぴんと弾くと、空を切る風の音がする。

 俺にはコルスが腰の刀を鞘に納めるところだけが見えた。

 ついで、宙に浮いた球形の炎が二つに割れ、ふわりと消える。


「いかがか、その覚悟はお有りでござるか?」

「無論」

「では、フルン殿にも手伝ってもらうでござるよ」

「わたしでいいの?」

「大丈夫でござる、ただし、真剣勝負でござる」

「わかった!」


 セスを挟んで三人が対峙すると、刀を抜く。

 最初のうちはわからなかったが、セスを挟んでコルスとフルンのそれぞれの間合いが、場を作っているのがわかる。

 間合いってやつは、説明しづらいんだけど、なんか見えてくるようになるんだよ。

 此処から先は相手の間合い、つまり踏み込めば斬られるというその境目。

 すなわち、結界だ。

 俺も何度か死にかけたことでちょっとだけ見えるようになってきた……ような気はしてる。

 セスやコルスは達人と言っていいレベルだし、今やフルンでさえ俺よりはるかに腕は立つ。

 そうした剣士が、己の間合いを作りながら対峙している。

 そしてその境目にいるセスは、限りなく己の間合いを狭め、二人の間合いの狭間に身をおいている。

 そのぎりぎりの状態は、ほんのちょっとバランスが狂うだけで、どちらかの間合いに落ち込んでしまう。

 山の頂点に置かれたボールのようなものだ。

 見てるこっちの息が詰まる。


 フルンの間合いはコルスに比べると小さい。

 さらに不安定なようで、どうも間合いの距離がぶれているようにみえる。

 言い換えると、まだそれだけフルンには隙がある。

 自分でもわかっているのか、わずかに前に出たり、剣をひいたりしている。

 そしてフルンの間合いが揺らぐたびに、コルスがそれに合わせてわずかに、何かしている……ように見える。

 正直、俺にはわからん。

 わからんのだけど、その変化に合わせるようにセスも何かしているようだ。


 次第にフルンの呼吸が乱れてくる。

 セスでさえ、珍しく額に汗を流している。

 コルスも同様だ。

 見てるだけの俺も、握りしめた拳が汗ばんでいた。

 気がつけば喉もカラカラだ。


 とうとう我慢できなくなったのか、フルンが「うっ」とうめいて膝をついてしまう。

 次の瞬間、一歩踏み出したコルスが大上段に剣を振り下ろす。

 あわやセスが真っ二つ……と見えたがどこをどうやったのか、コルスの剣は空を切り、セスはその背後に回りこんでいた。

 そしてセスの切っ先はコルスの背後からその首先にあてられている。


「ふぅ……」


 とセスは大きく息を吐きながら剣を引く。


「お見事でござる」

「いえ、まだ……」

「まだでござるか」

「まだ……届きません」


 そう言って、座り込んだフルンに手を差し伸ばす。


「ごめんねセス。もたなかったよ」

「いいえ、よく頑張りました。僅かの間に、よくここまで腕を上げました」

「そうかな?」


 ニコッと笑うフルンを見たコルスもうなずいて同意する。


「フルン殿は、剣をとってどれほどに?」

「まだ一年ほどでしょう」

「なんと、一年でこれほどとは……天才というやつでござるな」


 二人に褒められて、フルンは全身で喜びを表現する。


「ほんと? わたしねー、ご主人様の盾になるの! だから頑張る!」

「盾でござるか。たしかに、フルン殿の気にはそうした意図が見て取れるでござるな」


 そうやって喜ぶフルンを見ながら、セスがつぶやいた。


「そう……盾ですか。私は、何になるべきなのでしょうか」

「セスは先頭で切り込むんでしょう? だからー、なんだろ、槍?」

「槍ですか、そうですね、あなたやオルエンが盾となってくれるからこそ、私はこの身を槍と化して切り込まねばなりません。そう……なのですね」

「うん、セスは槍だよ。じゃあ、オルエンの槍をかりる?」

「いえ、獲物はこれで良いのです。大事なのは心構えですから」

「そっかー」


 二人のやりとりを見ていたコルスは頷きながらこういった。


「良い弟子をお持ちでござるな」

「ええ、私も弟子には負けられませんね」


 見てるだけの俺は、いまいちわからなかったけど、まあなんとなくわかった。

 わかったところで腹が減ってきたのでみんなのところに戻る。


「おや、ごすじんさま、ちょうど飯時で呼びに行こうと思ってただよ」


 うちの料理番のモアノアが運んでいた大鍋をテーブルにでんと置く。

 どっしりとメリハリの効いた小柄な体から生み出される料理は、いつも絶品だ。


「お、今日のお昼はなんだ?」

「差し入れに豚を一匹貰ったから丸焼きにしただよ、りっぱな豚だなあ」

「ほう、そりゃゴージャスだな」


 奥に作った石竈の大きな網の上に豚がまるまる一匹おかれて、下からあぶられている。

 それを切り分けて、皆でむしゃぶりついた。

 うめえな。


 腹が膨れたら眠くなるのが人情だ。

 夜の見張りもあるし、少し昼寝でもしとこう。

 誰の太ももを枕にしようかなあ、と居並ぶかわいい従者たちを見渡していると、オルエンが馬に鞍をつけていた。


「出かけるのか、オルエン」

「はい……クレナイを…つれて、調査に」

「調査?」

「はい、詳しいことは……わかりませんが」


 そこで紅が説明を変わる。


「場所を変えて精霊力の分布を調査してきます。それによって竜の所在がつかめるかもしれません」

「ふぬ」

「鉱山の規模を考えると、少し距離が必要ですので、オルエンに協力をお願いしました」

「そうか、気をつけてな。まだしばらくは大丈夫みたいだけど」

「現時点での鉱山内の精霊力は安定しています。少なくとも数時間は大丈夫でしょう」


 そう言ってオルエンと紅の二人は出て行った。




 昨夜あまり眠れなかったせいか、だらだらと昼寝をしてしまい、目覚めた時にはすでに日が傾いていた。

 鉱山前の広場には、何も成果を得られなかった冒険者達がたむろしている。

 オルエンと紅も戻っていたが、めぼしい成果は得られなかったようだ。


「確定はできませんでしたが、三箇所ほど可能性の高い反応を得られました。先ほどデュースが鉱山側に伝えたので、明日にでも対策をうつと思います」


 との紅の報告だ。

 ちゃんと退治してくれるといいねえ。

 何にせよ、期限の三日は明日までだ。

 そこまではどうにか付き合うとしよう。


 竜が昼型か夜型かは知らないけど、夜はどうしても注意力が落ちるので、頑張って見張らないとな。

 俺たちは順番に仮眠を取りながら、夜通し見張りについている。

 そうなると食事の回数も増えるので、いつもむっちりと全身に体力をみなぎらせているモアノアも少しバテている気がした。


「大丈夫か、モアノア。食い物は力の源だからな、お前に倒れられると困るぞ」

「んだ、わかってるだよ。んだども、祭りの時とかは夜通し支度をしたりしてただ、まだ大丈夫だ」


 と言って、大鍋をかき回す。


 時刻は深夜を回ったところだろうか。

 今夜も広場はいたるところに篝火が焚かれ、冒険者がうろついている。

 どこから聞きつけたのか、昨日よりも三割程度増えた気がする。

 明日には倍ぐらいになってるんじゃなかろうか。

 そうこうする間にも、また新たな連中がやってきた。

 だが、よく見ると冒険者ではない。

 馬に乗ったふたり組で、騎士の甲冑を着ている。

 ついに騎士団がやってきたのだろうか、と思って見ていると、後続が来る様子はない。

 そのまま、鉱山の事務所に入っていった。


「連絡がついたんでしょうねー、先行して飛んできたんでしょう」


 起きたばかりのデュースがそう言うと、焚き火の反対側でパンをかじっていたオルエンが、


「今のは……ベークスでした。団で一二をあらそう……馬の名手です。今一人は存じませんが……斥候でしょう」

「なるほどね」


 しばらくすると、鉱山の責任者とともに騎士二人が此方にやってくる。

 鉱山のこのおっさんも、随分やつれたな。

 気の毒に。

 彼は技師上がりの雇われ責任者だ。

 この鉱山の所有権は、あの脂ぎった村長と国が半々だそうで、あの村長はこの国の中央でぶいぶい言わせてきた豪商だそうだ。

 商売は息子に譲って、今はこの田舎で好き放題に暮らしているらしい。

 そんな人間に雇われた技術者上がりの管理職なんて、想像しただけで気の毒になるわけだが、その上、こんなトラブルまで起きたんじゃ、やってられないだろうなあ。

 まあ、オッサンに同情しても仕方ないけど。


「クリュウ殿ですな、お初にお目にかかる。赤竜騎士団のベークスともうします。お名前はかねがね伺っておりました」


 俺も挨拶を返して握手を交わす。


「ベークス卿、お久し……ぶりです」

「オルエン! 二年ぶりか。良い主人を得て、立派になったな」

「ありがとう……ございます」


 積もる話もあるだろうが、まずは竜の話だ。

 デュースが説明する。


「なるほど。概略は聞いておりましたが、雷竜の幼体と」

「そうですねー、体長は十メートルほどー、竜としては最弱の部類だと思いますよー」

「して、傷のほどは?」

「通常なら一週間はかかるダメージだと思いますがー、ここの鉱山は精霊石の力にあふれていますのでー」

「たしかに」

「地上に集まる冒険者の気配も感じているでしょうしー、回復を待たずに再び逃走を図る可能性もありますねー」

「では、猶予はありませんな」

「でしょうねー」


 あれ、そうなの?

 聞いてた話と違うけど。


「すでにコーザス駐留の小隊から騎士三十人、歩兵九十人がコーザスを出発したはずです。明日の夜に到着の予定ですが、やはり……」

「そうですねー、歩兵は置いて、騎兵だけでも先行されたほうが良いかとー」

「そのようですな。では急ぎ本隊に戻って状況を伝えるとしましょう」


 そう言って騎士のベークスは立ち上がる。


「レルル、お前はここに残れ。本隊の到着に備えるのだ。できるな」

「か、かしこまりまし…ましまりました! であります!」


 レルルと呼ばれた騎士……にしては頼りない感じの少女は、しゃちほこばって敬礼した。

 うん、すげー頼りない。

 甲冑はぶかぶかだし、重さに耐え切れずにふらついてる。

 あれじゃ槍もしごけないんじゃなかろうか。

 ホロアっぽいけど、精霊力っぽい独特の雰囲気もほとんど感じないし、すごく弱そう。

 一人残して大丈夫なのかな?


「では、紳士殿。急ぎますのでこれにて」


 騎士のベークスは馬を駆って夜の闇に消えていった。

 月が出てるとはいえ、この夜道をよくあんなに飛ばせるな。


 一人残された騎士……たぶん見習いの少女は、いつまでも去っていったベークスのあとを見つめていたが、急に我に返って、鉱山長に話しかける。


「き、騎士団が駐留する、ば、場所と……えと、あと、その、つまり、でありますな、み、水と、食料と、あと干し草と、あ、あ、あれ、あれであります!」


 動揺してるな。


「大丈夫……落ち着いて」


 オルエンが優しく、肩を叩く。


「あ、あの……」

「オルエンだ。元……騎士団で今はこちらの主人に…仕えている」

「は、はい。お名前は伺っておりました! 自分、一度お会いして、お話を……」


 レルルと言う名の騎士の娘は、オルエンを見つめて目を輝かせている。

 オルエンは女の子にモテるからなあ。


「話は……あとでもできる。まずは……使命を果たしなさい」

「は、はいであります!」


 そう言ってからオルエンはこちらを振り向くと、


「すこし、彼女の手伝いを……しても……よろしい……でしょうか」

「ああ、うん。大丈夫だ」

「ありがとう……ございます」


 オルエンはレルルと一緒に、鉱山の事務所に言ってしまった。

 まあ、オルエンがついてりゃ大丈夫だろ。


「かわいい見習いさんですねー」

「オルエンは見習いの時でも、もうちょっとしっかりしてたけどな」

「そりゃあ、ホロアもピンキリですからー。うちは格別腕の良い子が揃ってるんですよー」

「そうなのか。みんな強いなと思ってたけど、ホロアってそういうものなのかと」

「そんなことはありませんよー」


 そういえばそうか。

 アンやペイルーンは戦闘はさっぱりだもんな。

 同レベルの俺が言うのも何だけど。


「それでもー、一芸に秀でる傾向はー、人間より強いですねー。人間はわりと何でもこなせますが、ホロアはクラスから外れたことには不器用なことが多いですねー」

「なるほどね」


 それよりも気になるのは竜のことだ。


「しばらく復活しないんじゃなかったのか?」

「しないと思いますよー」

「じゃあ、なんでさっきみたいなことを」

「可能性は0じゃありませんしー、あと発破をかけておかないとー、いつ来るかわかりませんからー」

「ははぁ」

「疲れてる子もいますしー、うちとしてもさっさと切り上げたいですからねー」

「ふぬ、そりゃそうだな」


 こんな割の合わない仕事はさっさと本職にバトンタッチしたいもんだな。

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