第85話 日雇い警備員

 いつ竜が飛び出してくるかもわからないという状況で、俺たちはまんじりともせず、夜を過ごしている。

 主に冒険者的なしがらみから、ほっといて逃げるというわけにも行かず、この場に偶然居合わせた冒険者連中のうち、よほど腕の足りていないニュービーを除いては、この場にとどまっていた。


「状況を整理しておきましょう!」


 鉱山の責任者を中心に簡単な打ち合わせを終えて、俺たちは一旦馬車に戻った。

 その上で、改めて状況の確認と行こう。

 進行役はレーンだ。


「まず、事の起こりは三日前。新しい鉱脈を探して掘削中に、小さな竜の卵を見つけたようです。竜の卵は見方を変えれば高純度の精霊石ですから、権利を巡って色々揉めたようですね!」

「鉱山で出たものは鉱山のものじゃないのか?」

「発見者の権利というものも有ります。で、詳しいことはわからないのですが、どうやらうっかり竜を目覚めさせてしまったようです。みなさんもご覧になったとおり、まだ子供とはいえ竜の力は侮りがたし。ああして飛び出したところをデュースさんの魔法で押し戻すことに成功しましたが、今、鉱山の中がどうなっているかは不明です。まず、ひどいことになっているでしょう」

「そもそも、あの巨体で人間の掘った穴が通れるのか?」


 インパクトがありすぎたので正確なサイズは分からないが、いわゆるドラゴンっぽい、恐竜に羽が生えたようなやつだった。

 たぶん全長十メートルぐらいはあっただろうか、そういう感じのデカイのが飛び出してきたわけだ。

 たまらんよな。


「竜は精霊でも有りますから、壁を抜けられます」

「それじゃあ、どうしようもないんじゃ?」

「心配しなくても、そのうちどこかに出てきます。壁抜け状態では竜も消耗するはずで、どこか広い場所、いわゆる巣穴で実体化します。それがどこかはわかりませんが、基本的にはそこを見つけて仕留める、という寸法です」

「なるほど」

「一番まずいのは、空に逃がしてしまうことです。そうなると手におえません」

「俺らは空が飛べないもんな」

「その通りです。というわけで、ここからが本題ですが……」


 そう、要するに鉱山に入って退治するか、ここで飛び出してくるのを待つか。

 それを巡ってさっきも鉱山の責任者や他の冒険者達を交えてあれやこれやと揉めたわけだ。

 冒険者連中は基本的に潜って討伐したいようだ。

 先ほどデュースが与えたダメージは致命傷ではないにせよ、かなりのもので、数日中であればかなりチョロイと思われる。

 しかも相手は生まれたてとはいえ竜だ。

 竜殺しの称号は、危険を犯すだけの価値があるらしい。

 得られるコアも膨大だ。

 一方の鉱山側の事情はそこまで単純ではなさそうだ。

 鉱山の所有者は村の村長らしい。

 それゆえ、鉱山だけでなく村の心配もある。

 倒すなら確実に仕留めたいし、地上が手薄になって逃してしまう危険も避けたい。


「それに、貴重な鉱山に冒険者を入れたくはないでしょうね。ネコババされても逐一チェックとはいきませんし」

「なるほど」

「とはいえ、鉱山側も依頼する立場ですから、あまり強くは出られないでしょう。結局、希望する冒険者は鉱山に入れるしか無いと思います。それに、倒すのが目的ならそのほうが良いでしょう」

「ふぬ」

「そこで、我らがご主人様は如何な選択をなされるか、と言う話ですが」

「俺達はどうするんだ?」

「残念ながら、選択の余地は無いでしょう」

「そうなのか?」

「はい。ほら、先ほどの鉱山の責任者と、今一人、貫禄の有りそうな方がまいられましたよ」


 とレーンが指差す方から、年配の男が二人、やってきた。


「あれが村長だよ。やり手らしいからがんばってよ」


 エレンが耳打ちする。

 そう言われてもなあ。


「これはこれは、様。お初にお目にかかります、イクタ村の村長ペーロンともうします。先程も噂に違わぬご活躍で、我が村と鉱山の危ういところをお救いいただいたとか、遅くなりましたが村長としてあつくお礼申し上げます」


 禿げ上がった頭部と程よく出っ張った腹のコンビネーションが完璧な村長は、口上を述べあげると、深くお辞儀をした。

 桃園の紳士ってなんだ?

 三国志か?

 まあいいけど。


「こちらも降りかかった火の粉を払ったまでのこと。今は火急の事態です、ご用件を伺いましょう」

「これはこれは、さすがは紳士様。では、お分かりでしょうが、我が村は現在、非常な危機に直面しております」

「そのようですね」

「村長としてもっとも重要なのは我が村を守ること。冒険者の名誉とやらも重要でしょうが、すでに知恵と名声をお持ちの紳士様であれば目先の称号などにとらわれず、我が村の危機に手を差し伸べていただけると、信じてやみませぬ」


 やけに村を強調する村長さんだな。

 村人は苦労してそうだ。

 そんな村人を見捨てるわけにも行かないので、話に乗ってやるか。


「おっしゃることはわかります。私としても、無辜の村民が傷つくのを見過ごすのは忍びない」

「おお、お分かりいただけますか、さすがは紳士様」

「ですが、無制限にお守りするとはいきません。そこのところは、どうなっているでしょうか?」

「ごもっともごもっとも、大切な試練の旅だとか。無論、こちらも手は打ってございます。先ほど早馬を出しましたので、三日の後には騎士団の救援がまいりましょう」


 三日か、結構かかるな。


「残念ながら、我が村にはゲートがございませぬ。その期限の間、お守りいただければ」


 なるほどね。

 となると、一番近いはずのコーザスまでどんなに急いでも半日はかかるだろうし、そこから兵を整えてとかやってるとそれぐらいかかるかな?

 顔を動かさずにデュースの表情を見ると、問題なさそうだ。


「わかりました。では、出来る限りのことはいたしましょう」

「おお、おお、ありがとうございます、ありがとうございます、これで村も安泰です」


 村長は俺の手をとって泣きだした。

 こういうことが素で出来る人なんだろうな。

 元同僚の叔父が市会議員とかで、講演だかパーティだかに付き合わされた時に、まさにこんなかんじで自分のスピーチに感極まっておばさん共の手をとって泣いてたな。

 こういうのも一種のカリスマって言えるのかね。


 結局、俺たちは救援が来るまでの三日の間、鉱山の入り口を見張ることになった。

 その間の謝礼、及び食料などは面倒を見てもらえるそうだ。

 まあ、あまり期待してないけど。

 あの村長の謝礼より、竜退治に来るかもしれないエディとの再会に期待したいところだね。


 そうこうするうちに、夜が明けてくる。

 まわりの冒険者たちは皆、夜明けを待たずに潜り始めたようだ。

 俺も竜を求めてダンジョン探索したかったな。

 竜退治なんてファンタジーの花形じゃないか。

 もっともデュースの話では、三日程度で復活してくる可能性はほとんど無いらしい。

 となると、俺たちはここで無駄に足止めされてるだけって格好になるな。


「そういえば、村には自警団なり常駐してる軍隊なりいないのか? 貴重な鉱山なんだろう」

「いるよ。ちゃんと村を守ってるよ」


 とエレン。


「なるほど、危ないところはよそ者に押し付けるわけか」

「そうだね」

「じゃあ、よそ者らしく、控えめに頑張らないとな」

「そりゃあ、当然だね。よそ者だから」


 まあいいか。

 とりあえず、対策を立てよう。


「それでは、竜退治に備えて特訓と行きましょう」


 レーンが張り切って指揮をとる。


「では、まずデュースさんに竜退治の基本をレクチャーしていただきます」


 とデュースが突き出される。


「えー、そうですねー。竜はなんといってもブレスですー、これが怖い。いきなり極大呪文に匹敵する火やら吹雪をぶちまけてきますからー。雷竜なら雷のブレスですねー」

「そりゃひどい」

「ひどいですねー。ですからー、まずはこれを防ぐ結界が必要ですねー。ブレスを防ぐ、これが基本ですよー」

「ふぬ」

「次いで羽ですねー。飛ばれてしまうともう手が出ませんー。高速で飛行する竜に魔法を当てるのは至難の業ですねー」

「そうかもなあ」

「というわけでー、オーソドックスな戦術はー、まず結界を張ってブレスを防ぐー、ついでー、魔法か矢で羽を傷つけるー、そこまでできればー、あとは消耗戦ですねー、あのクラスの竜なら私の呪文でもちゃんと呪文詠唱の時間をとれれば仕留められますよー」


 前回はじっくり呪文唱えてる時間がなかったもんな。

 それであんなでかい魔法が使えるデュースもたいしたもんだが。


「竜との間合いによっては首を切り落とすことも可能でしょうからー、ブレスに気をつけてがんばってくださいー」

「がんばる!」

「羽を落として取り付けばブレスも吐けませんのでー、そこまでが肝心ですよー。姿を見せたら即攻撃ですー、一瞬の迷いが死につながりますよー」

「すごくがんばる!」


 竜を見てからずっと鼻息が荒いフルンが元気良く答える。

 大丈夫かいな。


「空に逃げられた場合はどうするんだ?」

「えー、逃さなければいいんだよ!」


 フルンが木刀をぶんぶん振りながら言うが、そういうのは作戦とは言わないんだよな。


「なんで?」

「失敗も含めて、あらゆる可能性を考えて、それに対策を立ててこそ作戦ってもんだ。こうなるだろう、って予想と、こうなって欲しい、って期待は紙一重だからな。自分の都合で可能性を絞ると、かえって自分の首を絞める事になるぞ」

「ふーん」


 フルンがイマイチ納得してないので、レーンに交代する。


「自分がこうなって欲しいという結果だけを考えると、結果だけでなく過程まで都合よく考えてしまいがちです」

「どーして?」

「例えば、今回の作戦では竜の羽を落とすのがキモですね!」

「うん、魔法か弓で落とすんでしょ! だから、結界で守りを固めて、逃げられる前にやっつけるの」

「そうです。では、もし竜が山の裏側や山頂など、攻撃の届かないところに出現したらどうなるでしょう!」

「え? えーと、んーと、どうしよう?」

「それを考えるのが作戦です!」

「そっかー、前と同じ所に出るとは限らないんだね」

「その通りです。予測というものは十立てても百立てても外れる可能性はあります。ですが、なるべく多くの可能性と、その対策を立てておけば、焦りや動揺を抑えられます。これはとても大切なことです!」

「そうだよね、焦っちゃうとどうすればいいか、わかんなくなるもん」

「わかりましたか。こういう結果にしたいという願望を、こういう過程であるべきだ、という願望で置き換えてはいけないのです。ここはきっちりと区別してください。世の中に起こりえないことなど、無いのです」

「そっかー」

「失敗しないようにするのではなく、失敗しても対応できるようにする、それが計画というものです」

「わかったー」

「では、これからあらゆる可能性を検討していきましょう! 人のなすことですから百パーセントは無理でも、それに近づけるのです」

「うん。えーと、じゃあね、空に逃げられたらどうするの?」

「良い質問ですね、フルンさん」


 それ、俺の質問じゃん。

 と思ったが、思うだけにしておいた。


「逃げられたらおしまいです」

「えー、それじゃあ作戦にならないよ!」

「逃げた時点で追えませんから、どうしようもないですね。対策としては国中に非常線をはって追跡することになるでしょう。特に手負いで逃すと、大変ですね」

「そっかー。つまり私達にできることは無いってことなんだね」

「そうです。逃げると言っても、単に上空に一時的に退避した場合、まだ手はあります。再度、攻撃してくるでしょうから、その場合は当初の作戦で良いのですが、こちらの射程範囲外で魔法攻撃などを連打された場合、非常に危険です。一方的に削られますので」

「どうしよう?」

「この場合、例えばこの場所ですと、鉱山に逃げ込む事になりますね」

「それで大丈夫なの?」

「少なくとも射程外からの攻撃は山が防いでくれます。あとは洞窟内での竜との戦闘方法に則ればいいでしょう。これは後で説明します!」

「こうやって考えてくと、だんだんやり方がしぼれるんだね!」

「その通りです。では次は……」


 そんな感じで、たっぷり時間をかけて作戦会議を行った。

 普段の探索だとここまでしなかったけど、さすがに竜だと大変なんだな。


 作戦が決まったので、それに準じて特訓だ。

 デュースとレーンが指揮を取りながら、フォーメーションを組む。

 ブレスには盾がほとんど効かないので、いつもの様に前衛で壁を作ることがない。

 だからまずはコルスの結界だ。

 前回は自らの血を触媒に結界を張ったそうだが、あれは負担がかかるので次は御札を使うという。

 今まで結界術を使える術者がいなかったので、そちらの高度な札は作っていなかったそうだが、今、アンがせっせと作っている。

 これを使えば、一時的になら相当なレベルの結界が貼れるらしい。

 相当ってどれぐらいだろうとか思うんだけど、よくわからん。

 ゲームとかだとパラメータで表示されるからわかりやすかったのにな。


 戦士組の戦術は、結界の内側でタイミングを見計らって、竜の首を落とす。

 一撃必殺の作戦だ。

 竜と接するときには結界から出ることになるので、危険も大きい。


 あとは、オルエンにエレン、メイフルらが弓で羽を潰せるかどうか、だな。

 腕の方は心配してないけど、なんせ竜だからな。

 普通の矢では、効かない可能性もあるという。


「こればっかりはねえ。オルエンみたいな剛弓を引ければともかく。まあオルエンの弓に期待だね。僕たちは威嚇だね」


 とエレン。

 体格が違うので、しかたあるまい。

 うちで一番マッチョなオルエンは、騎士だけあって弓も巧みだ。

 普段の探索では大仰すぎて使っていないが、俺には持ちあげることもままならない剛弓を使う。

 これは合戦の時には甲冑ごと貫けるそうだ。


 方針としては、倒すよりも逃さないことを優先するので、デュースはその方向で攻撃するそうだ。

 とにかく竜は速いので、ほんの数秒後手に回るだけで逃げられるらしい。

 つまり、羽を潰さない限り、デュースは確実に仕留めるだけの呪文を詠唱できないことになる。


 そうしてひと通りの特訓が終わる頃には日が暮れた。


 とっぷりと日が暮れても、まだ蒸し暑い。

 鉱山入り口のバラックには、いたるところに篝火が焚かれ、冒険者がうろついている。

 村長の差し入れの酒樽があちこちで開けられて、みんな剛気にやっている。

 うちも一つもらったので、挨拶に来た冒険者連中と少し飲み交わした。

 話を聞くと、昼のうちに潜った連中は、まだ竜の痕跡を見つけられていないらしい。


 俺たちは大きな岩陰の、鉱山からは死角になっている場所に馬車を移し、テントを貼った。

 村人よりも、俺の大事な従者たちの安全のほうが大事だもんな。

 今回の要はコルスだが、鉱山の見える岩の上に腰を下ろし、じっとそちらを凝視している。


「拙者は、数日は寝ずとも平気でござる。ここでこうして見張っているゆえ、皆は交代で休んでほしいでござる」


 という。

 まあ、うちは二四時間戦える自動人形の紅も居るので、この二人で見張ってもらえば、隙はないだろう。

 ちなみに、紅のセンサーで竜を探ってもらったが、


「鉱山全体が精霊の力に満ちていて、わかりません」


 とのことだった。

 精霊石の鉱山だもんな、そんなもんだろう。


「みんな、しっかり食って、栄養をつけるだよ」


 モアノアが腕をふるったようで、今夜はご馳走だった。

 どうやらあの村長は酒以外にもしっかり差し入れを持ってきたらしい。

 ちゃんと出すべき時に物が出せるかどうかってのは、上に立つ人間には大事だよな。

 思ったより、出来る村長なのかもしれない。

 もっとも、食い物程度でうまく釣られているのかもしれないが。

 そいや村長で思い出したが、桃園の紳士ってなんだ?


「ああ、それはですね……」


 俺が尋ねると、アンが苦笑して言いよどむ。

 代わりにエレンが、


「知らなかったのかい? 旦那のアダ名だよ」

「アダ名?」

「そうさ、試練に挑む桃園の紳士、かの紳士の此度の活躍は……とかなんとかって新聞にもたまに出てるよ」

「いつの間に!?」


 新聞と言っても、たまに街で売ってる木版のビラのようなもので、時代劇のかわら版みたいなものだ。

 ちゃんとした冊子の新聞もあるらしいが、普段目にするのはそっちだな。

 エツレヤアンに住んでた頃に何度か読んだが、どこそこで山賊が出たとか、干ばつのおそれがとか、そんなことが書いてあったな。


「なんせルタ島の試練の塔復活はビッグニュースだからね。教会が力を入れて、この春から大々的に宣伝してるし」

「そうだったのか、気が付かなかった」

「ま、旅をしてるとそうなりがちだけど。でね、当然、今まで試練を受けられずに手ぐすね引いてた紳士たちも各地からルタ島を目指してるのさ」

「そうなのか、まあ、そうかもな」


 他の紳士って見たこと無いけど。


「そうだねえ、有名所だと。それになんかは、定期的に話題にのぼってるね」

「ほほう、なんかすごそうだな」

「そりゃあ、勇者並みの腕が評判だったり、南国一のマハラジャだったりするからね。頻繁に取材を受けてるさ」

「話題性も抜群だな」

「そうだろ」

「うちはどうなんだ?」

「僕達だって取材の対象になるさ」

「取材なんて受けてないぞ」

「まだ来てないからね」

「わびしいな」

「しょうが無いじゃないか、実績も地位も何もない無名の紳士だからねえ」

「そりゃそうか、でもアダ名はあるんだな」

「まあね、ニホンなんていう聞いたこともない東の果てから来た謎の紳士ってことで、そこがちょこっと話題になるぐらいかな」

「で、それがなんで桃園なんだ?」

「こっちの人間ならだれでも知ってるんだけどね。かつて創世の三柱が桃の咲き誇る東の地に降り立ったんだよ。だから、東の果てのよくわからないところを桃園って言ったりするのさ」

「へえ、それでか」

「あとはまあ……もうひとつあるけど聞きたい?」

「もったいぶられると聞きたくなくなるな」

「そう言わずに聞いときなよ」

「しょうがないな」

「桃ってお尻みたいに見えるよね」

「そうだな」

「で、短い期間にほいほい従者を、しかもホロアだけじゃなくて、言葉は悪いけど種族を問わず見境なしに増やしてるからね」

「それで桃園か」

「そういうこと」

「まあ、褒め言葉だと思っておこう」

「そう思う人もいるかもね。さっきの村長さんとかさ」

「あれは褒めるつもりで言ったのか」

「同じことを言われたら、侮辱されたと思う人もいるだろうしね」

「あの村長は脂ぎってる感じだからな」

「わりとブイブイ言わせてるらしいよ」

「なるほどね」

「同類だと見られたんじゃないかな」

「まあ、直接喧嘩を売られたら買うけどな、細かいことはどうでもいいよ」

「旦那はそうだろうね」

「しかし、他にも紳士が挑んでるのか。そっちの方が気になるな」

「お、ライバルの動向は気になるかい?」

「ライバルって早い者勝ちなのか?」

「新しい塔の試練達成一番乗りは名が残るからねえ、そういう意味では早い者勝ちかも」

「だったら、もっと早く行ったほうが良かったんじゃないのか?」

「そうなんだけどねえ。ゲートを使うお金がないとか、実戦経験を積みたいとか、いろいろ理由はあるよね」

「そうか。まあ、別に一番じゃなくてもいいけど」

「実際は、そもそも出発時点では他にライバルがいるとか深く考えてなかったのと、去年復活したらしいから、とっくに一番乗りはいると思ってたからなんだけど」

「確かめてなかったのか」

「そうみたいだね」

「じゃあ、仕方ないな」

「仕方ないねえ」


 俺の知らないうちに、試練の旅がそんな状況になってたとはな。


「そういうわけだから、それなりに名前を売りながら旅をするのも大事なのさ。うまくすればスポンサーの一つや二つ、つくかもしれないしね」

「金を出す奴は口も出すぞ」

「そりゃまあ、そうだね」

「めんどくさいのは、勘弁だな」

「その代わり、得られるものも多いさ。ま、僕たちは旦那の望むような立場を作るのが生きがいだけどね」

「あてにしてるよ」




 夜が更けていく。

 戦闘メンバーの半数が仮眠を取り、残りが見張りにつく。

 といっても、焚き火を囲んで、のんびり過ごすだけだが。

 さすがに酒はたしなむ程度にしておいた。


 焚き火の側にひいたむしろの上で、フルンがへそを出して寝ている。

 腕には背丈ほどもある剣を抱えている。

 フルンが剣の練習を初めてすぐに買った、両刃の剣だ。

 銘もなく、いわゆる数打ちと言われる量産品で、俺やセスが使っている日本刀風の刀と違い、刃で斬るというより、力でぶった斬るようなものだ。

 初心者だけでなく、ベテランでも力任せの戦士はこうした刀を安く買って使い潰すそうだ。


 フルンはもう一本、セスからもらった「モズク」という刀を持っているが、こちらは修行の時だけで、実戦では使っていない。

 セス曰く、今はまだ力と反射神経だけで戦うほうが良いとのことだ。


「竜のくびとったどー、むにゃむにゃ……」


 景気のいい夢を見てそうだな。


 そのとなりではデュースが太ももを露わにして寝ている。

 夜も暑いぐらいなので、すぐに起きれるように、外で寝ているわけだが、さすがに風邪を引きそうだ。

 二人に薄いシーツを被せてやる。


 エツレヤアンでは気にならなかったのだが、蚊も出るようになってきた。

 ペイルーンが干した草を燻して布団に煙を染み込ませていたが、それで虫除けするらしい。

 蚊取り線香みたいなものかな?


 火の反対側では、侍のセスが目を閉じて瞑想していた。

 コルスの一件は片がついたと思っていたが、まだなにか悩んでいるようだな。

 どうしたんだろう。

 隣に移って腰をおろすと、セスは目を開けてこちらを見る。


「まだ、お休みにならないので?」

「大丈夫だよ。それよりもどうした? まだ悩み事か?」

「……はぁ」


 僅かに頬を赤らめて目を背ける。

 予想してた反応と違うな。


「ご奉仕したくなった?」

「いえ、そういうのではなく……」


 違うのか。


「つれないなあ、俺に言えないことか?」

「……実は」

「ふぬ」

「幼少の頃、まだ道場に入る前のことですが、教会で古い剣豪の物語を読み聞かされました」

「ふむ」

「その中に、剣豪のライバルとして忍者が出てくるのですが、その忍者が巧みな術を使って剣豪を翻弄するのです」

「ほほう」

「ですが、その剣豪は剣のみで次々とその術を打ち破り、ついにはライバルを倒すのです」

「かっこいいな」

「そうなのです、とてもかっこよくて。私が魔術に手を出さなかった理由も、そのせいだと言ってもいいでしょう」

「なるほど」


 セスにもそんなおちゃめなところがあったか。


「先日、コルスと剣を交えた時に、そのことを思い出しまして」

「忍者だもんな」

「忍者と相対する戦術を練るうちに、色々と考えが深まってまいりまして」

「ふぬ」

「その剣豪はとても強かったのですが、強さの秘訣は、なんといっても必殺の秘剣を持っていたからなのです」

「ほほう」

「ですから、その、私も自分だけの秘剣を編み出したいと思うに至りまして」

「それを悩んでいたのか」

「はい」


 つまり、必殺技を考えて悩んでたのか。


「おぼろげに見えてはいるのですが……」

「ヤーマはなにか伝授してくれなかったのか?」

「道場で皆伝は頂きましたが、教わった技ではなく、なにかこう……まだ良くわからないのですが」

「そうか」


 まああれだ、必殺技といえば特訓だな。


「よし、特訓しよう!」

「特訓……ですか?」

「そうそう、悩むだけじゃどうにもならんだろ。そういう時は、武芸に限らず学問なんかでも、ちょっと無茶かなーってぐらいに自分を追い込むと、突然ひらめいたりするもんだ」

「なるほど……そうかもしれません」


 そう言ってセスはにっこり笑う。

 納得がいったみたいだな。


「オルエンが起きたようですね。私は先に休ませていただきます」

「お、そうか」

「明日、何事もなければ早速、特訓をしてみましょう」


 といって、セスは岩陰で毛布にくるまり、眠りについた。

 俺も少し休んでおくかね。

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