第83話 灰色熊

 今日も今日とて、ブラブラと街を歩く。

 昨日、今日と天気もいいし、そろそろ梅雨明けかな?


 相変わらず試練の塔は壊れっぱなしで入れないし、腕が鈍ってもいけないので、昨日は近場にあるというダンジョン、まあ、ただの洞窟なのだが、そこに魔物退治に出かけてみたところ、似たようなことを考えた冒険者があふれていてどうにもならなかった。

 そもそも、天然ダンジョンは魔物が自動で湧いてくるわけでもないので、冒険者のキャパシティが低いのだ。

 そんなわけで、今日はただの散歩と相成った。


 先日のカジノ以来すっかり機嫌の良くなった盗賊のエレンと、なにやら剣の世界に没入したまま帰ってこない侍のセス、それにハードワークで疲れていた丸薬製造担当のペイルーンとアフリエールを連れ出してみた。

 残りの従者も、交互に散歩に連れ出してはいるが、みんなでまとめてどかっと遊ばせてやりたいもんだな。


 散歩と言っても、そんなにすることはない。

 連日遊びすぎてお小遣いもないし。

 神殿にお参りして、屋台などで軽く食事をとって、市場などをひやかして帰るぐらいだ。


 まずは大通りに出ると、今日は焼き物の市が立っているらしく、賑わっている。

 ペイルーンとアフリエールは薬を作る乳鉢の予備がほしいと、あれこれ覗いているようだ。


「これなんて、しっかりしていていいんじゃないでしょうか」

「どれどれ? そうね、均一で細かいし、ものもいいわね」

「じゃあ、これで?」

「そうしましょう」

「おじさん、これをまとめて包んでください」


 仕事のことぐらい忘れてもいいんじゃないかと思うが、楽しそうなのでよしとしよう。

 アフリエールは元々草木に詳しかったようだが、最近では薬づくりの腕も上がったそうで、ペイルーンに師事しながら働いてくれている。

 フルンはいつも一緒に戦ってると、成長のほどが見て取れるんだけど、アフリエールみたいな留守番組はちょっと目が届かない。

 リプルは取れるミルクの量で成長のほどがわかるんだけど。

 あとサイズとか。


 フルンもセスやオルエンを剣の師と崇めて接しているが、アフリエールも自ずとペイルーンへの接し方がそういう風になるようだ。

 長く暮らしていれば、関係も変わってくるわけで、そういうものなんだろう。

 俺はちゃんと変わってんのかね。

 新しい従者にかまけすぎて、前からいる従者との接し方がなおざりになってないかと気にかかる。

 なるべく均等に接するのがハーレムの基本だよな。

 ハーレムの基本なんて、教わったこと無いけど。


 などと考えているうちに買い物は終わったようだ。


「もういいわよ。そういえば、モアノアが食器が足りないって言ってたから、明日一緒に来れば? 今週いっぱい、市は立ってるらしいわよ」


 そう言ってペイルーンが荷物をまとめる。

 用が済んだら、お参りでもするか。


 ここ、コーザスの街には神殿が二つある。

 ひとつは前にも行ったアピユル神殿だ。

 今一つは古く小さい神殿で、祭神が誰かは伝わっていないらしい。

 レーンも神様の名前は一パーセントも伝わっていないとか何とか言ってたしな。

 ほんとに百万もいたらの話だけど。

 八百万の神とかと一緒で、単なる誇張表現じゃないのかなあ。

 そういえばホロアも百万とか言ってたな。


 それはさておき、ここは地元では昔から剣の神様だといって、剣術を志す物が詣でているそうだ。

 フルンはそれを聞いて、毎日昼休みにここまで走って来ているらしい。

 往復五キロぐらいはあると思うんだけど、元気なもんだ。


 俺もせっかく来たからにはもうちょっとましになるようにしっかり拝むとする。

 それもあって、今日は珍しく町中で刀をぶら下げている。

 重いしお供もいるので、普段は手ぶらか、護身用のナイフを腰にさしているだけなのだが、今日は愛刀の東風を持っている。

 名もわからぬ女神様に祈るときに、剣を捧げるのがここの習わしらしい。


 俺の横ではセスも刀を掲げて祈っている。

 セスの愛刀はククルスと言って、師の娘であり故人であるマムの形見として譲り受けたものだそうだ。

 もう一本、短い刀も持っていて、こちらはイズチという。

 こちらは俺の従者になった時に、師のヤーマから贈られたものだ。


 お参りを済ませて短い参道を歩いていると、向かいからいつぞやの殴られ屋の娘が歩いてきた。

 お、ちょうどいいじゃないか、よし、声をかけよう。

 と思ったら先を越された。


「おや、いつぞやの剣士殿。たしかセス殿でしたな」

「コルス殿もおかわりなく」

「そちらがご主人の、たしか……」

「クリュウです、よろしく」


 と言いかけた瞬間、


「む、むむむ、そ、その刀は」


 と俺が腰にぶら下げた刀に飛びつく。


「こ、このあつらえ、まごうことなきセイフウ! おのれ、お主が盗人であったか」

「へっ? いや、ちょっと待って」


 そこにセスが割って入る。


「コルス殿、我が主人を盗人呼ばわりとは捨て置けぬ。取り消されよ」

「問答無用、その行方を追ってはるばるササの国から旅してきたのでござる。それは我が恩師たるカゴメ家に伝わる名刀セイフウ、返していただくでござる!」


 制止するセスの脇をかいくぐり、俺に飛びかかる。

 慌てて飛び退くが、セスと互角に渡りある彼女から逃れられるような腕は俺にはない。

 あっという間に彼女の間合いに入られる。

 彼女の手がゆっくりと俺の腰に伸びてきて……。


 ん、ゆっくり?


 なにか時間の流れが遅くなったような。

 アドレナリンとかそんなんじゃない、完全にビデオのスローモーションな感じだ。

 一瞬のことだったが、俺はかろうじて身をひねり、忍者娘の手から逃れる。

 次の瞬間、時間の流れが戻った。


「むう、やるでござるな」

「まて!」


 そこに体制を立て直したセスが立ちふさがる。


「むっ……やるでござるか」

「無論。主人を守るは従者の使命」

「うむむ、同じ流派とて、容赦はせぬでござるぞ」


 両者は腰の刀に手をやる。

 いかん、やめさせないと……って俺にどうにか出来るわけがないんだけど。


「エレン、ご主人様を」

「あいよ」


 エレンに引っ張られるように距離を取る。

 神殿の境内で突然剣を抜いたものだから、周りの参拝客も慌てて逃げ出す。


 前回同様、剣を構えて対峙したまま動かない。

 だが、今度は互いに真剣だ。

 前のような見世物とは違う。

 このままじゃ、まずいだろう。

 まずいんだけど……どうすれば。

 やはりここはセスを信じて任せるしか無いか。


 セスが一歩下がり、コルスがつられるように前に出る。

 次の瞬間、セスが振りかぶった刀を大上段に振り下ろす。

 それを紙一重でかわしたコルスが横殴りに切り払うが、これはセスが飛び上がってかわす。

 そこまではわかったんだけど、あとは動きが早すぎてわからない。


 何度も剣が打ち鳴らされる音が響く。

 そもそもどうしてこうなった。

 コルスは、あの忍者娘はなんて言ってたっけ。

 たしか、セイフウを返せとか何とか。

 もしかして、俺の刀である東風トウフウと勘違いしてるのか?

 名前も似てるし、そうかもしれん。

 だとすれば……。


 その時、ザッっと音を立ててコルスの剣が地に突き立つ。

 ついでコルスが片膝をついた。

 うわ、やっちゃったのか?

 と思ったが、どうやら刀を取り落としただけらしい。

 だが、決着はついたようだ。


「くっ……拙者のまけでござる」


 頭を垂れるコルスを見下ろしながらセスは刀を収める。


「なぜ、術を使わなかったのです?」

「拙者は気陰流剣士として、刀を取り戻すために旅をしてきたでござる。それだけのこと……」

「そうですか」

「拙者の負けでござる。先ほどの非礼は謝るでござるよ」


 そう言ってコルスは俺に頭を下げてきた。

 ひとまず、片がついたようだな。

 セスならどうにかしてくれると思ったよ。

 何にせよ、落ち着いてくれてよかった。

 俺は腰にさした東風をコルスに手渡す。


「落ち着いたところで良く見てくれ。そいつは東風という。銘が似てるからなにか縁のある刀かもしれんが、とにかくそいつはお前さんの探してる刀じゃないよ」

「こ、これは……」


 しばらく刀を眺めていたが、コルスは納得したようだ。


「た、たしかにこれはセイフウではござらぬ。重ねてお詫び申し上げるでござる」


 わなわなと震えながら、両手をついて平謝りするコルス。

 いや、土下座までしなくても……。


「うぐぐ、拙者、まったくもってなんという……」

「わかってくれりゃいいさ。ほら、頭を上げろって。往来でみっともないだろう」


 そう言って手を差し出す。


「し、紳士どの、面目ない……」


 そういって俺の手を握り返すコルスの体がぴかりと光る。

 きたきた、これだよこれ、このパターンが大事なんだよ!

 これが俺にできること、ってやつだろ。


「ぬわっ、な、なんでござるかこれは!」


 と驚いて飛び退くコルス。


「体が光るなど、面妖な!」

「いや、面妖じゃないだろう、お前もホロアなら……」

「むう、アレでござるか、従者とか言う」

「そうそう、それ」

「むむっ、なんとこれが……、たしかに紳士殿の姿を見ていると心のうちよりこみ上げるような、熱い情熱が」


 そうだろうそうだろう。

 みんなそう言うからな。


「し、しかし、拙者は国を出るとき、誓を建てたのでござる。セイフウを取り戻すまでは己を捨て、ただ目的を果たすのみと」

「む、そうか……」


 詳しい事情はわからんが、そういうことなら無理強いはできんな。

 無理強いできなければからめ手で攻めよう。


「あ、いや、しかしこの湧き上がる気持ちは、にんともかんとも……ふんっ」


 コルスは何やら印を組むと、気合を発した。

 すると体の輝きが収まってしまう。


「おお、すごいな。抑えられるのか」

「内なる経絡を操るのは忍術の基本でござる。しかし、気を抜くとまた溢れそうでござるな。これはなんとも厄介でござる」

「まあ、なんだ。もう少し詳しく事情を話してみろ」

「そ、そうでござるな。これも何かの縁。縁は大事にしろと亡き師も申しておったでござる」


 少し場所を変えて通りに張り出したカフェのテラスに腰を据え、いざ話を聞こうとしたところに兵士が数人やってきた。


「見つけたぞ、女。今度は逃がさん」

「なんでござるか、拙者は今、取り込み中でござる」

「なにがござるだ、すぐに騎士団も来るぞ」

「おいおい、穏やかじゃないな。何事だ? 彼女は俺の連れだぞ」

「貴様も仲間か! だったら神妙に……」


 隣の兵士が肩を掴んで引き戻し、声をひそめて耳打ちする。


「おい、まて、この方は紳士だぞ、滅多のことは」

「な、ほんとか?」

「見りゃわかるだろうが!」

「俺は見てもわからないんだよ」

「とにかく、紳士はまずい。騎士団が来るまで……」


 となにやら揉めている。


「コルス、お前何かしたのか?」

「別になにもしてないでござるよ。今も話そうとしたのでござるが、件の刀を探して、話を聞いて回っていたら、この兵士たちが急に絡んできたので、軽くあしらって巻いてきたでござるよ」

「そうか、なら問題ないな」


 従者にすると決めたからには、その言葉を疑う気はない。

 もっとも、あちらはそうもいかないんだろうが。

 兵士は俺たちを遠巻きに囲むように動かない。

 たぶん、騎士団が来るのを待っているんだろう。

 騎士団ということは、エディか。

 などと考えていたら、すぐに彼女が部下を率いてやってきた。


「あら、ハニー、どうしたの? 私に会いに来てくれた?」

「やあ、ダーリン。君のいるところには、いつだって駆けつけるさ」

「嬉しいわ、ちょっと待ってて、すぐに済ませるから」

「それなんだがな、少し行き違いがあるんじゃないか?」

「え、どういうこと?」


 かいつまんで話す。


「実は、彼女には窃盗の容疑がかかってるのよ」

「な、何故に拙者が盗人などと、濡れ衣でござる」


 誰かさんもさっき人に濡れ衣かぶせてたけど、そこはスルーしといてやろう。


「とにかく、詰め所まで来てもらえるかしら、事情は改めて伺うわ。紳士様のご友人となれば、悪いようにはしないわよ」

「むう、横暴でござる、そのような理不尽な要求は飲めぬでござる」

「困ったわね」

「じゃあ、ここで話を聞けばいいじゃないか。面倒がなくていい。ちょうどお茶も頼んだところだし」

「それもそうね、さすがはハニーだわ。ちょっとあなた達、お店に話を通して、貸し切りにしてもらって」


 そう言って部下に指示を出す。

 貸し切りか、金持ちっぽくていいな。

 そういえばカジノでもじゃんじゃん金使ってたなあ。

 金持ちにはささやかなトラウマがあるんだよな。


 あれはまだ田舎に住んでた小学生の頃。

 クラス一の金持ちのN君が流行りのTVゲームを遊ばせてくれなくてだな。

 俺も今ほど丸くはなかったから喧嘩になって大変だったんだよ。

 田舎のことだからゲーム持ってる奴も少なくて、気がついたらクラスを二分する大喧嘩になってて、最終的に俺とN君で責任取って一ヶ月便所掃除させられたんだよなあ。

 それをきっかけにN君とは仲良く……なったりはしなかったけど。

 あの後祖母が、なぜ欲しいなら欲しいと言わぬのか、と怒られたんだっけ。

 たぶん、遠慮してたんだろうな。

 それで買ってもらえるのかと思ったら、今買い与えては、筋が通らぬ、と言って買ってもらえなかったんだよ。

 今なら理屈はわかるが、小学生には酷ってもんだぜ、ばあちゃん。

 あの後、たしか近所の友達の家にゲームがあるって言うんで入り浸ったような気がするんだけど、どうだったっけ?

 うーん、あやふやだ。

 しかしなんだか、久しぶりに祖母のことを思い出せた気がするな。


「では、あなたのことを詳しく聞かせてもらえるかしら。どこから、そしてなぜこの街に来たのか」


 おっと、俺が思い出に浸ってる間に、話が進んでいた。

 ちゃんと聞いておこう


「仕方ないでござるな」


 コルスは不服そうではあったが、しぶしぶ話し始めた。


「事の起こりは半年ほど前、拙者ササの国のカゴメ道場という剣術道場で修業をしていたでござる。こちら風の言い方をすれば見習いのホロア、と言ったところでござるか。山里のひなびた道場で門人は拙者の他にはなく、我が師も高齢。たまに昔の門人が顔を出す他には来客もない、そんな暮らしでござった。十年ほど修行をつんだでござるが、二年前に師も亡くなり、その後は静かに墓を守って暮らしていたでござる」


 そこで一旦話を切ると、遠く東の空を見やる。


「そんなある日、道場に賊が押し入ったでござる。と言っても恥ずかしながら、拙者眠りこけていて、賊がいつ、何人で入ったのかもわからぬのでござるが、形見である名刀、セイフウが奪われ、あとにはこのねずみ色の札が一枚……」


 そういって懐から名刺サイズの木札を出す。

 札は灰色に塗られ、墨で拝借とだけ書かれていた。


「形見を奪われては墓前に合わす顔もござらぬ。あとを兄弟子に任せ、噂を頼りに西へ西へと流れてきたでござる。途中三度、この札を使う盗賊の噂を聞いたでござるよ。最後に噂を聞いたのはエツレヤアンという大きな街。その後は消息が途絶えたまま、こうして西に旅しているでござる。拙者がここにいる理由は、以上でござるよ」


 なるほど。

 灰色で、東のほうからやってきた、凄い盗賊か。

 後ろのテーブルにいるはずのエレンの方を見ると、あらぬ方向を向いて、これみよがしに口笛など吹いていた。

 まあいいや。

 話を聞いていたエディは、


「そう、話はわかったわ。信じましょう」

「そうでござるか」

「ついでと言ってはなんだけど、私の話も聞いてもらえるかしら。あなたにも関係ありそうだし」

「どういうことでござるか?」

「まあ、聞いて頂戴」

「わかったでござる」

「わたしが騎士団の団長になったのは三ヶ月前、細かいことはいいんだけど、騎士団には団旗があってね、これが騎士団の魂みたいなものなのよ。それがあろうことか一ヶ月前に盗まれたの」

「ということは」

「ええ、その後にはこの木札が残されていたわ」


 といって、同じ木札を出す。

 ははあ、ともう一度エレンの方を見ると、今度はテーブルに突っ伏して狸寝入りをしていた。


「それでは、お主も同じ賊を追っていると」

「そうなるわね。私達もその札を手がかりに、色々あたったのだけれど、ギルドは知らぬ存ぜぬであてにならないし、何か隠してるのかもしれないけど、それを理由に彼らを締めあげるわけにも行かないし。で、私達も、二件ほどこの札の事件を掴んだわ、そのどちらでも東方から来た怪しい人物が目撃されていたのだけれど、あなただったみたいね」

「そうでござるか。確かに、特に隠し立てはせずに情報を集めていたでござるが、うかつでござった。修行が足りぬでござるな」

「そうでもないわよ、だって私達は今日まで全くあなたを見つけられなかったんだから」

「そうでござるかな?」

「ところで、あなたも大切な形見の品だそうだけど、私もはっきり言って、首がかかってるわ。こんな不祥事が公になったら団長の職なんてあっという間に首よ。そうなったらクソジジイの嫁に行くしか無いじゃない。そんなのまっぴらゴメンなのよ」

「良くわからぬが、わかったでござる」

「というわけで、協力、とまではいかないけど、もし手がかりを掴んだら教えて欲しいの。私の方からも情報は提供するわ」

「うけたまわったでござる」


 そう言って二人は頷き合う。

 話がまとまってよかった。


「しかし、そのような話、拙者にしても良かったのでござるか? 不祥事なのでござろう」

「ええ、いいわよ。信じるって言ったでしょう」


 つまり、経緯を信じたんじゃなくて、コルス自身を信じた、ということか。

 男前だな。

 さすがはマイ・ダーリン。

 惚れなおすぜ。


「委細、承知したでござる。つなぎは拙者の方からつけよう」

「そうしてくれると助かるわ。なんせ、あなたは全然つかまらないから」


 そう言ってエディは笑う。


「ということで話はおしまい。ハニーには名残惜しいけど、また後日」

「おっとその前に、専門家の話を聞いたほうがいいんじゃないか?」

「専門家? 先日もあのあと灰色熊に話しは聞けたんだけど、全く情報が無いのよ。東から来たということは、盗賊ギルドとはやはり無関係だとおもうわ。それがわかっただけでも……」

「いや、ギルドじゃなくてだな、おいエレン」

「なんだよ、僕は寝てるんだ、そっとしといてくれ」

「真っ昼間から寝る奴があるか、さあ、みんなお待ちかねだぞ」

「なんでだよ、旦那はそんな時だけ勘が良すぎるだろ!」

「だれでもわかるだろうが!」

「僕の心の平安はどうなるんだ!」


 オーバーに鳴き真似しながら逃げ出すエレン。

 慌てて追いかけると、路地に入ったところでしゃがみこんでいた。


「安心しろ、俺が慰めてやるよ」

「そういうことなら仕方ないなあ」


 とケロッと泣き止む。


「どういうこと、なにか知ってるの?」


 と尋ねるエディに、


「ああ、たぶんね。そうだろう、エレン」

「まあね、その札の持ち主だろう。仕事の後に灰色の札を残す盗賊なんて一人しかいないよ。ギルド最高幹部、七色のグレーこと……そう、この灰色熊さ」


 突然、エレンの身長が伸びたかと思うと、たちまち化けた。

 エレンだと思っていた人物が、先日カジノであったいい女、つまり灰色熊に変身したのだ。


「あなた、灰色熊!」

「むう、お主が盗賊! 覚悟!」


 コルスが跳躍し刀を突き立てるが、さっとかわされる。

 その着地点を見越して、今度はエディが踏み込み、目にも留まらぬ早さで抜きうつがこれも交わされる。

 うわ、強い。

 コルスだけでなく、エディも相当強そうなんだけど、灰色熊はその比じゃない。

 てかエレンはどこ言った?

 気配を探ると、路地の先の方から感じる。

 駆け寄ると、積まれた空樽の奥から縛り上げられたエレンが出てきた。


「ふぐ、ふぐっ」

「おい、大丈夫か」

「ひ、ひどい目にあった。旦那が余計なこと言うからだよ。師匠に絡むとろくなことが無いんだ」

「おや、成長しないね、この子は」


 物陰の隙間から灰色熊がにゅるりと出てくる。

 あれ、いま戦ってたんじゃ?

 向こうを見ると、もう一人の灰色熊がコルスの剣戟を軽々とかわしていた。


「無駄だよ、師匠がどこにいるか、どれが本物かなんて、誰にもわからないさ」

「ふがいない弟子だねえ、あんたそんなことで紳士様のお役に立てるのかい?」


 呆れ顔の灰色熊に向かって、


「つかぬことを伺いますが」

「なんだい紳士様、藪から棒に」

「あの二人から盗んだものは、どうすりゃ返してもらえるんです」

「あはは、ストレートだねえ。さすがはエレンを貰ってくれるだけのことはある」

「そりゃあ、僕の自慢の主人だからね」

「まさかあんたの口からノロケを聞くとは思わなかったよ」


 そう言って灰色熊は笑う。

 なんだか、前と違って口調もワイルドだ。

 衣装もボンデージ風でワイルドだけど。

 絵に描いたような女盗賊だな。

 うちの盗賊は二人共スクミズだもんなあ。


「いいだろう。それじゃあ賭けをしようじゃないか。そっちは兵隊が随分いるねえ、じゃあこれぐらいかね」


 灰色熊の姿が十人ぐらいに増える。

 すごい、分身の術だ。


「今から日暮れまでに私を十人全員捕まえることができたら、お宝は返してやろう。さあ、追いかけてきな」


 一方的に宣言すると、分身した灰色熊が一斉に逃げ去る。


「待つでござる!」

「待ちなさい! みんな、後を追って!」


 コルスはすでに最初の一人を追っている。

 エディも部下に命じて走り去っていった。

 セスもコルスと一緒に追ったようだ。

 で、肝心のエレンは俺の横にいた。


「ふう、やっと静かになったな」

「そうみたいだね」

「日暮れまでどれぐらいだ?」

「さあ、二時間ぐらいかな。お茶でも飲んでればすぐさ」

「じゃあ、お前もいってこい」

「えー、僕は関係ないじゃないか」

「いいだろう、俺にいいところを見せてくれよ」

「しょうが無いなあ、じゃあ留守番しててよ」


 あとに残った俺は、ペイルーンとアフリエールを相手にお茶を楽しむことにした。


「ギルドみたいなしがらみがあるとたいへんね」


 ペイルーンはのんきに言うが、自分だって工房のしがらみがあるだろう。


「まあね、やっぱりうちが気楽でいいわね」

「そうだな」


 そのとなりではアフリエールがケーキを楽しんでいる。

 わりとマイペースだな。


「どうだ、うまいか」

「はい、とっても。これ、おみやげに持って帰りたいんですけど、いいですか?」

「じゃあ包んでもらうか」


 店員を呼んで注文しているとコルスが戻ってきた。


「一人捕まえると、煙のように消えてこの札が残ったでござる」

「なるほど」

「他の者はどうでござろうか」

「セスがついていかなかったか?」

「途中で別れたでござる。あの御仁も今頃追っているはずでござる」


 話していたらセスが戻ってきた。


「ひとまず、一人捕まえましたが、これは手強い。捕まえるだけで良いようですが、まるで子供をあしらうかのように……あれほどの腕とは」

「いかにも、拙者も驚いたでござる。世の中は広い、ササの田舎にいては思いもよらなかったことが、次々と起きるものでござるなあ」

「とにかく、もう一度出向きます」


 二人は再び探しに出かけた。

 入れ違いにエディが戻ってくる。


「だめね、兵士たちじゃいくら頭数がいても捕まえられないわ。ドルンは町の外の警備に出ているし、もっと腕利きを連れてくるんだった。ほんと私って未熟ね」


 エディ自身は二人捕まえたらしい。

 これで四人か。

 難易度の高い鬼ごっこだな。


 しばらくするとエレンが手ぶらで帰ってきた。


「だめだめ、僕の手には負えないよ」

「おいおい、他の連中はそれなりに捕まえてるぞ」

「絶対、手加減してるんだよ。じゃなきゃ、師匠が捕まるわけないじゃないか、勇者クラスじゃないと無理だね」

「泣き言とは、らしくないな」

「僕にだって、苦手な相手ぐらい居るさ」


 などと言って、投げ出してしまう。

 しょうがないな。

 たしかに、苦手な相手というのはいるもんだが……。


「しかし、灰色熊はなんであいつらのものを盗んだんだ?」

「そうだねえ、旦那に盗賊の仕組みって説明したっけ?」

「いや、覚えがないな」

「じゃあ、そこから行こうか」


 注文したお茶を一口飲んでから、話し始める。


「盗賊は女神様に認められた神聖な職業の一つでね、人のものを盗んで売りつけるという立派な商売なのさ。まあ、迷惑極まりないから受けは悪いけどね」

「そりゃあ、そうだろうな」

「ただ、盗むにもルールがあってね。現行犯は当然捕まるし、殺したり犯したりもご法度さ。捕まれば裁かれるし、ルールを破ったことがわかればギルドが制裁する、まあリンチだね」

「ふぬ」

「そもそも、盗賊ってのは誰にもばれずに厳重に守られたお宝を盗む芸術活動とも言えるのさ。だから捕まるような奴も当然、盗賊とは認められない」

「なるほど」

「盗み自体に価値があるから、世間も対価としてギルドを通して買い戻すんだよ」

「ひでえ商売だな」

「そう言わないでよ、それが盗賊って商売なのさ。もちろん払えないような貧乏人からは盗まないしね」

「そうか、すまん」

「うん、でね、師匠の灰色熊は、金のために盗んでるわけじゃないから、買い戻すこともできないんだよ」

「そりゃあ、困るな。じゃあ、何のために盗むんだ? 盗み自体を楽しむためか」

「それもあるだろうけど、噂では師匠は物の声を聞くそうだよ」

「物の声?」

「正確には物に宿った持ち主の意思かな、それを汲み取って、物をあるべき場所まで盗み出す、それが師匠の仕事なのさ」

「そいつは芸術的だな」

「そうだろ」


 そこで改めて皆が戻ってくる。

 全部で八人分だ。


「どうでござるか?」

「あと二人ね」

「むう、もう日が暮れるでござる。」


 日が暮れていく。

 向かいに座っているエレンの顔は逆光でよく見えないが、口元が笑っているようにみえる。

 そういう笑い顔は似合わないな。


「駄目でござるか」


 コルスが悔しそうにつぶやいたその時、気配を感じた。


「いや、間に合ったようだぞ」


 そう言って俺は立ち上がり、目の前のエレンの腕をつかむ。


「なんだい旦那?」

「俺も協力しようと思ってね」


 そこに屋根の上から何かが飛び降りてきた。


「おっと、僕が最後かい?」


 そう言って飛び降りてきたエレンが、俺の目の前のエレンに木札を投げつける。


「え、エレンが二人?」


 隣にいたアフリエールが驚いて声を上げる。

 目の前のエレン、偽エレンがドロンと煙になると灰色熊へと代わった。


「あはは、よくわかったねえ。コアの波長も偽装してたはずだけど」

「そりゃあ、主人だからな」

「まいったまいった、主従揃ってノロケられるとはね。降参だよ。さあ、約束の品だ、受け取りな」


 そう言って灰色熊が再び煙になると、あとには刀と木箱が残されていた。

 こいつがセイフウと騎士団の団旗か。


「かたじけない」


 形見の品を受け取ったコルスは、はばかることなく泣いていた。


「私も首の皮一枚でつながったわ、ありがとう。ぜひともお礼をしたいのだけど」

「水くさいじゃないか、ダーリン。君のためなら火の中水の中ってね」

「うふふ、そうねえ。その芝居じみたセリフを聞くと、一緒にお芝居でもみたくなったわ。どうかしら。従者のみなさんも連れて」

「お、いいのか? 見せてやりたかったんだけど、切符が取れなくてな」

「大丈夫よ、貴族だもの。たまには商人に恩を売らせないとね」

「そりゃいいな、ぜひとも頼むよ」


 エディは後日改めて、と部下を連れて去っていった。

 あとに残ったコルスはどうしよう。


「拙者、セイフウを取り戻したら国に戻り、生涯墓を守って過ごすつもりでござったが……」

「うん」

「やめたでござる。叶うなら、紳士殿に生涯お仕えしたいでござる。こうして紳士殿の前にいると、もはやそれしか考えられないでござるよ」

「そうか」

「それに、それがおそらくは、剣に込められた亡き師の願いでもあったのでござろう」


 コルスは東の彼方を見つめながら、そう言った。

 こうしてまたひとり、新たな従者が増えた。

 増えてから言うのも何だけど、忍者って何が出来るんだろう、やっぱり忍術?


「忍者とは、そうでござるな、大雑把に言えば剣士と盗賊の中間のようなものでござる。忍術とは一言で説明できるものではござらぬゆえ、折を見てお話いたすが、ようは魔法と体術の組み合わせでござるな」

「ほほう」

「サムライであるセス殿は精霊術を使われると思うでござるが」

「セスは剣一筋で魔法はだめなんだよ」

「そうでござるか、もっともそのほうが良いでござる。拙者も隠密の術には自信があるでござるが、先ほどのように剣の勝負ではセス殿には及ばぬでござる」

「お前も強かっただろう」

「いや、まだまだでござる。これからはセス殿を姉貴分として腕を磨きたいでござる」

「こちらこそ、あなたに教わることは多い。ともに主人のために腕を磨きましょう」


 そう言って二人は手を取り合う。

 セスも結構悩んでたみたいだけど、もういいのかな?

 それとも、さっきの勝負で吹っ切れたのだろうか。

 なんだかよくわからんが、仲がいいのはいいことだ。

 早速帰って、俺とも仲良くしてもらおう。

 席を立つと、コルスが俺に剣を差し出した。


「どうか、この刀をお受取りくだされ」

「いいのか? 形見なんだろう」

「そうでござるが、この刀は元々、拙者が主人を得た時にその力となすよう、亡き師から譲り受けたもの。ですが拙者は主人を求めようとはせずに、ただ墓を守るのみでござった……」

「うん」

「それではいかぬと、刀を通して、亡き師が拙者をこうして連れだしたのやも知れぬ」

「そうか」

「この刀が紳士殿へと導いてくれたのでござるなあ」


 物の声を聞くってのは、そういうことなのかな、とも思ったが、こればっかりは当人にしかわからんわな。


「言い伝えでは、セイフウは元々一振りの長刀が折れたものであったとか、おそらくはそのトウフウが失われた片割れでござろう」

「俺がこの東風を貰った時も、そういういわれを聞いたよ」

「そうでござるか、これもまた、縁でござろうなあ」

「不思議なもんだな」

「でござるな」


 不思議なことは考えてもわからないのでおいておき、俺たちはキャンプに戻って新しい従者を祝うとともに、考えなくてもわかる楽しいことに勤しんだのだった。

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