第82話 カジノ
すっかり意気投合した姫騎士ことエディ団長の誘いで、俺はカジノに来ていた。
先日の料理のお礼らしい。
派手やかなカジノの中では、着飾った貴族や商人がまったりと遊んでいる。
なるほど、ハイソなクラブと言ったかんじか。
俺も紳士らしく一張羅でビシッと決めてみた。
今日のお供は珍しい組み合わせで、オルエンと紅にエク、そしてお嬢様のように着飾ったエレンだ。
どこで手に入れたのかカツラまでかぶっている。
ショートに刈り込んだいつもの髪型も魅力的だが、綺麗に結い上げた髪もこれはこれで。
「ウィッグなしじゃ、ドレスが着られないからね」
「髪型一つで随分とイメージが変わるな」
「おっと、口調も変えないと。どうでしょう、ご主人様。おかしなところはないかしら?」
としなを作る。
「似合ってるな、普段からそれでもいいぞ」
「あはは、そりゃ無茶だね。でも、たまには……ね」
エレンもまんざらでもなさそうだ。
カジノと言われるとスロットにルーレット、それにカードを思い浮かべるが、ここのメインはかごに入ったボールを取り出して数字を当てる、ビンゴのようなものだった。
あとはルールの分からないカードやら何やらがあるが、俺はエディのエスコートに精一杯で、ギャンブルを楽しむ余裕はなかった。
「ハニー。楽しんでいただけてます?」
「もちろんだよダーリン。こうしてキミの手をひいていると、思春期の少年のように俺の胸は高まりっぱなしさ」
「まあ、うれしいわ、みてて、次はあなたのために当てるわ」
とまあ、この調子である。
何をしに来たんだろうな、俺は。
てっきりオルエンが彼女の相手をしてくれると思っていたのだが、紅と並んで俺たちの後ろについたまま、ピクリとも動かない。
あと二人、オルエンの隣に初顔の娘が並んでいる。
名前は聞きそびれたが、エディの部下らしい。
ふたりとも実に美形だ。
鼻の下を伸ばさないようにするのが大変なぐらいに。
エクとエレンはどこかに行ってしまった。
というか、エレンがエクを引っ張って行ったようだ。
たぶん、どこかで遊んでるんだろう。
ビンゴもどきではエディと二人でしこたま負けたので、場所を変える。
うろついていると、エディの知り合いらしい人々に声をかけられる。
俺は何やら売り出し中の紳士として、エディに売り込まれてしまった。
お陰でこの街の名士の幾人かとも知り合いになれた。
コネって大事だもんなあ。
してみると、これがエディのお礼というわけか。
しばらく歩くと、盛り上がっている盤があった。
何やら、盤の中央に建てた棒を倒して賭けをするもののようだが、要するにルーレットみたいなものか。
色々あるもんだな。
ギャンブルは還元率を調整できないと駄目なので、その辺を考慮すると似た仕組みに行き着くのかな。
などと考えながら近づくと、ちょうど今、だれかが当てたらしく歓声が上がる。
ってよく見ると、エレンじゃないか。
「景気良くやってるな、エレン」
「あら、ご主人様。恥ずかしいところを……」
しおらしい声で、今とったばかりのコインをかき集める。
「はは、いいじゃないか。もっといけよ」
「じゃあ、もう一度エースのグレーでおねがいします」
と全部掛ける。
全部かよ。
かなりコインが積まれてるんだけど。
大したタマだよ。
細いワイヤーで吊られた金属の棒がストンと盤に落ちると、カツンと音を立てて跳ねる。
それが数回跳ねると、ぐらりと倒れて外周に建てられたピンを倒す。
「エースのグレー!」
ディーラーが高らかに宣言するとどよめきが上がる。
また当てたみたいだな。
「まあ、素敵よハニー。さすがはあなたの従者ね」
「そうだろう、ダーリン。俺も鼻が高いよ」
エディは素直に感心しているが、いかさましてるんじゃないだろうなあ。
うずたかく積まれたコインを見ていると、そろそろやめたほうがいいんじゃ、という気がしてくるが、この場でそんな貧乏根性みせるとかっこ悪いよなあ、というぐらいの判断は出来る。
できるからって納得するわけじゃないけども。
すごく露出度の高いお姉さんが運んでくれたワインをいっぱい煽って、景気付けするとしよう。
「お嬢様、次はディーラーを変えて勝負をお願いいたしたいのですが」
ディーラーがエレンに提案する。
「構いませんわ」
と応じてから、
「次が最後の勝負だね」
エレンが耳打ちしてくる。
そういうものなのか。
代わってやってきたのは、年の頃は……ちょっとわからんが、髪を上げたうなじがいろっぽい、いい女だ。
貴族でも商売女でもない、前に見た海の女ともまた違う、なんだろう、独特の雰囲気の女性だ。
強いて言えば、今変装してるエレンにたっぷり色気を上積みすればこうなるんじゃなかろうか。
そう思ってエレンを見ると、様子がおかしい。
顔が笑ったまま固まっている。
「どうした?」
「え、なに? なにかいった?」
「なにかっておまえ……」
こんなに動揺したエレンを見るのは初めてだ。
対面についた女が口を開く。
「お嬢さま、今日はラックがよろしいようで」
「は、はひっ」
声が完全に裏返ってる。
「さあ、どうなさいます?」
「ど、どうって、えっと、あっと」
「グレー、オア、レッド。勝負は二つに一つ、さあ、お選びください」
「あ、あわわ……」
どう見てもおかしい。
改めて対面の女を見る。
よく見るとすごい貫禄を感じる。
あとなんだか強そうな気がしてきた。
エレンの上位互換みたいな凄い女……。
これってもしかして。
「あわわわわ……」
エレンは気の毒なほどに動揺して脂汗を流している。
「どうしたの、彼女?」
とエディも心配して耳打ちしてくる。
「なに、大勝負で緊張したんだろう」
俺はエレンの肩をだいて声をかける。
「さあ、最後の勝負だぞ。お前の信じる方に賭けろ、俺がついててやるから」
「旦那……」
それでエレンの震えはピタリと止まる。
「待たせたね、レッドに全部」
「承りました。では、勝負」
解き放たれた棒は、カツンと音を立てて跳ねあがり……。
「あはは、いやあ、惜しかったねえ」
俺たちは別フロアにあるバーのテーブルでくつろいでいた。
結論から言うと、最後の大勝負には見事に負けた。
「でも、素敵な勝負だったわ」
と乾杯する。
エディも満足してるのでよしとしよう。
エレンにもなにかご褒美を、とおもったらそそくさと出ていこうとしていた。
「どうした?」
「え、あ、ちょっとお花を摘みに」
「何がお花だ」
「おじゃましてもいいかしら?」
そこに、先ほどのいい女がやってきた。
やっぱり、彼女の気配を感じて逃げようとしたのか。
再び乾杯してから、先ほどの勝負の話をする。
「どうしてグレーに賭けなかったの?」
いい女がエレンに尋ねると、胸を反らして答える。
「ふふん、僕はもう紳士クリュウの従者だからね。ホロアの色は赤と決まってるのさ」
「良い答えね。あなたの活躍に、期待してるわ」
「そりゃどうも」
「私は今しばらくはこの街にいるわ。遠慮無く遊びに来てね。そちらの姫君も、いつでも歓迎しますわ」
それだけ言うと、いい女は去っていった。
「今の方、お知り合い?」
尋ねるエディに、
「たぶんね。アレが灰色熊なんだろう?」
「あはは、まあね。僕の師匠ってわけさ」
「まあ、あの方が。もっと年配だと……」
と驚く。
「あの人の素顔なんて誰もしらないよ。あれは一番メジャーな顔だね」
「実は……これはうちわの恥を晒すようなので、聞かなかったことにしていただきたいのだけど……」
俺が無言で頷くと、エディは独り事のように話し始める。
「一月ほど前、私が団長を継いですぐのこと。我が騎士団に伝わる団の旗、これはとても大事なもので、騎士団の存続に関わるのだけれど、それが盗まれてしまったの。盗んだのは腕の立つ盗賊のようで、いつ盗まれたのかもわからないぐらい。ギルドを通して買い戻そうにも、ギルドでも関知していないらしくて……」
そこでグラスに口をつけてから、エディは続ける。
「そこで、ギルド幹部で、騎士団と縁のあるうちの一人、灰色熊に相談したかったのだけど、東方に支部を作るためだとかで、長く国をあけていたでしょう。それが最近戻ったという噂を聞いて、この街にいるのはわかったんだけど、だれも居場所を知らなかったのよ。私がここに来た理由の半分は彼女に会うためだったの」
「それで向こうから挨拶に来たんじゃないのか?」
「そうみたいね。こうしちゃいられないわ、ハニー、申し訳ないのだけれど」
「ああ、今日は楽しかったよ、ダーリン」
「ありがとう。戻って団長として出なおしてこないと」
「オルエンに送らせるよ」
「ううん、今日は大丈夫。下に部下を待たせてあるから」
「そうかい、じゃあ、また」
エディは忙しく去っていった。
ああ見えても、やっぱり立場があると大変だな。
俺はのんびりと野良紳士で生きていきたいねえ。
グビリと高そうなウイスキーを飲み干すと、お店のねーちゃんがおかわりを持ってきてくれる。
ねーちゃん、ってオヤジ臭いな。
まあ、そこはいいんだけど、彼女たちは作り物の羽と角を生やしている。
あとマイクロビキニっぽいギリギリのやつ。
良いな。
カジノにもこの格好のねーちゃんがいっぱいうろついてたので、バニーガール的なアレなんだろう。
そもそもバニーガールって誰が考えたんだろうな。
網タイツとかステキだよな、そのうちエンテルあたりにやって貰いたいところだ。
などと考えながらジロジロ眺めていると、エレンに太ももをつねられた。
すんません。
ここのお代は気にしなくていいらしいので、今しばらく高級酒を楽しんでいると、聞き覚えのある声がかかった。
「おお、心の友よ」
人形マニアで筋金入りの変態とレーンが太鼓判を押していたボルボルだ。
奴とは紅を巡っていざこざがあったが、今では一応、友人らしい。
まあ、おおむねいいやつだ。
変人だけど。
「貴殿とこのような場所で出会えるとは、我らの友情の賜だな」
友情を育んだ覚えはないが、こんな奴でも旅先で偶然出会うと楽しいもんだ、たぶん。
「で、ボルボル卿、貴殿はなにを? カジノで遊ぶタイプじゃないだろう」
「うむ、ここのオークションで人形が出ると聞いてな。こうして時間を潰しておったのだ」
どうせそんなことだと思った。
乾杯しながら近況を交換する。
といってもボルボルは人形以外の世情には疎いので、なんの役にも立たないが。
「なに、メルニエ……いやエンディミュウムが来ている? あやつが貴殿を招待したのか? まさか、信じられん!」
メルニエとはエディの幼名らしい。
「なぜだ? フランクでいいお嬢さんじゃないか」
「奴がフランク? 騎士団を率いて、少しは社交性というものを身につけたのか?」
ボルボルが常識の話をするとは思わなかった。
「奴は親戚筋でな、あれが幼少の頃に何度か会ったことがあるが、心の冷えた、おもしろみのない娘であった」
「そうなのか、今と随分印象が違うな」
「あの騎士団のせいではないか? あそこの連中はみな、脳みそが筋肉でできておるではないか」
「そんなことはないだろう」
そのとおりだと思うが、後ろに控えるオルエンをはばかって、否定しておいた。
「その後は噂でしか知らぬが、身分と容姿の良さに惹かれていいよった男が、大勢あしらわれたと聞く」
「まあ、モテそうだしな」
「だが、奴の男嫌いはその筋では有名だ。私の知り合いも奴の乗馬で蹴られたことがある。危うく死にかけたそうだ」
「人間だれでも嫌いなやつぐらいいるだろう」
「まあ、そうかもしれん。蹴られた男もつまらん男だったからな」
「そうだろうそうだろう」
「考えてみれば、奴にいいよって振られていた男が噂を流していたのか? ふむ、もっとも男女の痴情など私には興味が無いのでな。親戚でなければ、その噂さえ心に残らなかっただろうが」
「ふぬ」
「自分好みの娘を集めて百合の園などと名づけたハーレムを作っているとも聞いたが、なるほど、欲しい物を集める者に悪いものはおらんな、奴も我らと同好の士であったか」
いっしょにするなよ、と思ったが、百合ハーレムか、いいな。
人形ハーレムとどっちがいいだろうな。
少なくともメイドハーレムはいいものだ。
俺も人のことは言えんか……。
「まあよい、大事なのは人形だ。ではまた会おう、心の友よ」
とそれだけ言うと、オークションの時間だと出て行ってしまった。
俺たちも帰るか。
帰りながらオルエンに確認すると、ボルボルの話はまんざら嘘ではないらしい。
「エディは……確かに、男嫌いで……通っていました」
「そうなのか」
「ただし……それは、エディに言わせると……、嫌いなものに男が多いだけ、だと」
「ほう」
「彼女は……あの容姿と身分……ですから……人から好かれます……その分、妬むものも多い……と」
「なるほど」
「それに……あの性格……ですので……敵も味方も……多くなります」
「ふぬ」
「そういうものが、良からぬ噂を…流すのでしょう」
つまりボルボルの言ったとおりなわけか。
お姫様も大変だな。
それよりも肝心なのは、百合ハーレムだろう。
どうなんだ?
「ハーレム……とは違うと……思いますが……彼女は同性にももてますので……そういう噂も……あるにはあったかと」
「ふぬ」
「今日、連れていた……二人、ポーンとローンは……幼い頃から仕える……腹心の部下だと聞いていますが……その……」
「うん?」
「そういう……関係だとか言う話も……聞いたことは。あくまで……噂ですが」
「ははぁ」
やっぱり百合なのか。
それともレズ?
百合とレズって何が違うんだろう。
昔、大学の友人が力説してたんだけど、忘れちまった。
まあいいや。
ちょっとだけオルエンとエディの百合百合しいシーンを想像して、慌てて打ち消した。
いかんいかん、癖になりそうだ。
……帰ったらちょっと試してみようかな。
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