第77話 お風呂

 翌日。


 朝からひどい雨だ。

 こうひどいと、店も開けられないんじゃないか?

 と思ったが、メイフルはせっせと支度をしている。


「ここまで雨が酷いと、お客さん来るかな?」

「そうでんなー」


 そう言ってメイフルも恨めしそうに空を見上げる。

 それでなくても、試練の塔がこの状態では満足に商売もできないだろうし。

 とはいえ、面と向かってやめろとも言えないので、暖かく見守ることにした。


 まあ、見守るのは心のなかでもできるので、俺はデュースらとトランプで賭け事だ。

 頑張ってはみたものの、小一時間ほどで搾り取られたので投げ出す。


「くそう、弱い、弱すぎる!」

「そういえばー、この街にはカジノが有りましたねー」

「カジノかあ、いいな、楽しそうで」

「まあ、あれですねー、儲けようと思わなければ楽しいですねー」

「そんなもんだろ、芝居は駄目でもカジノならいけるんじゃないか」

「ただー、誰でも入れるわけじゃないはずですよー、ここのカジノは招待を受けなければ駄目だったはずですー」

「一見さんお断りか。だれでも行けるカジノはないのか」

「そうですねー、この近くでは知りませんけどー、カジノを中心にした街もありますしー。東のエンブ半島にある、テドの街とか有名ですねー。あるいは田舎の酒場なんかは奥で賭場が開いてることも多いものですがー、ご主人さまじゃあ尻の毛までむしられそうですねー」

「怖いな」


 物騒なのはともかく、お上品なカジノなら面白そうだがコネがいるのか。

 エツレヤアンなら、貴族や商人の知り合いも多少はいたが、ここではなあ。

 まあ、機会があれば考えよう。

 こんな天気じゃ、そもそも出かける気にもならないしな。


「しかし、この街って結構格差がひどくないか? 芝居もカジノも金持ち優先か」

「内陸の街ほど、そういう傾向が強いですねー。結局、土地という財産を持ってるものが強くなりますからー」

「なるほど」

「その点、海のほうが体一つで成り上がるチャンスは多いんですよー」

「そういうもんか」


 いろいろあるねえ。

 冒険者には関係なさそうだが、どうなんだろうな。


 それにしても蒸し暑い。

 何をしてるわけでもないのに、じんわりと汗がにじみだしてくる。

 ちょっと汗臭い。

 風呂に入りたいなあ、とぼんやりつぶやくと、ブラウスをぶっとりと湿らせたデュースがしみじみと同意する。


「ご主人様のお住まいのお風呂は良かったですねえー」

「そうだろ、うちにも風呂がほしいな」

「大きな桶と水があればー、お湯は私が沸かすんですけどもー」

「樽かなんか、手に入らんかな。水が大変か」

「雨水を貯めれば大丈夫でしょうかー」


 というわけで、試しにやってみることにした。

 エレンが何処かから樽を仕入れてきてくれたので、それに雨水を貯める。

 日本だと空気が汚くていかんともしがたいが、こちらはそうでもないようだ。

 洗濯に雨水も使ってるそうだし。


 手桶などもかき集めて樽に雨水を貯めて、馬車の影の人目につかないところに置く。

 樽いっぱいに溜まった水をデュースが魔法で温めた。


「温度はどれぐらいがいいでしょうかー」

「どれどれ」


 と手を入れて確認する。

 ちょっと熱いぐらいがいいよな。


 そうやって湧いた風呂に、さっそくはいってみた。

 ざぶんと跳ねるお湯の飛沫がなんだか懐かしい。


「はあぁぁぁ……」


 いい湯だな。


「どうですかー?」

「ああ、こりゃたまらん。極楽だ」


 こんな簡単なら、もっと早くにやっときゃよかった。

 でもエツレヤアンだと共同井戸だから、こんなにジャブジャブ水は使えなかったよなあ。


「良さそうですねー」

「いけるいける、お前も入るか?」

「私だと一緒はちょーっとつらそうですねー」

「じゃあ私はいるー」


 とフルンがすでに服を脱いで待ち構えていた。


「よしよし、入る前にちゃんと汗を流せよ」

「なんで? 綺麗にするためにはいるんじゃないの?」

「お湯が汚れちゃうだろ、ざっとでいいから綺麗にしてから順番に入ればお湯を使いまわせるだろう」

「わかったー」


 小さなフルンでも一緒に入ると狭いな。

 抱きかかえてしっかりあたたまる。

 フルンの背中に生えた毛が、お湯に揺れてフワフワしている。

 濡れると結構、獣っぽい匂いがするな。

 臭いわけじゃないけど。

 よし、しっかり洗ってやろう。


「あはは、くすぐったいよご主人様!」

「おとなしくしなさい」

「やだー、あはは、やめてー、あはははは」


 などとたっぷりお湯を堪能して上がる。

 いい気持ちだ。


「ふわー、あったかい! なんか気持ちいい!」

「そうだろ、やっぱ一日の終りにはこれがないとな」


 一番風呂を堪能したら、冷やしたエールを一気に飲み干す。

 こりゃたまらん。

 フルンは冷えたミルクを飲んでいた。


「こうやってな、腰に手を当ててグビグビ飲むのが俺の故郷の作法なんだ」

「ふーん、へんなの。でもおいしい!」

「そうだろうそうだろう」


 湯船のお風呂に馴染みがある物は半数ほどだったが、概ね好評だった。

 リプルなどはおっかなびっくり入っていたが、それでも湯上がりはほてった顔で満足していた。

 何度か沸かしなおして、結局全員が入れたようだ。


「なんでしょう、あたまがぽーっとします」


 顔を真赤にしてリプルがへたり込んでいた。


「のぼせたんだろう、気持よくても長風呂は良くないな」

「のぼせる……ですか」

「ああ、横になって少しゆっくりしとけ」


 風呂あがりのさっぱりした体で飲む酒はうまいな。

 あとなんというか、湯上がりの女の子は色っぽい。

 今夜ははかどりそうだぜ。




 翌日もまた、朝から土砂降りだった。

 しばらくは馬車の中でゴロゴロしていたが、暑い。

 風呂の次はクーラーがいるだろ。

 というわけで、エンテルの出番だ。


「氷を作るぐらいならできますが、馬車を冷やし続けるのは、私の魔力では無理だと思います」

「どれぐらいなら行けるんだ?」

「一度に手桶いっぱいの氷を作るのがやっとでしょうか。しばらく休めばまた行けますので、ご主人様を冷やすだけであれば足りるかと思いますが」


 俺一人ってのもちょっとなあ。

 あまり無理させるのもなんだし、氷で冷やすのは無理かもしれないな。

 そもそも馬車は隙間だらけだし効率が悪そうだ。

 テントもそうなんだけど。

 去年の夏も、暑かったよなあ。

 せめて除湿できればとも思うが、この土砂降りの中でどうしようもないよな。

 なにか動力があれば扇風機ぐらい作れるかもしれないけど。


「動力とは?」


 とエンテルがたずねてくる。


「自動的に車輪を回したりする装置だよ。水車の発展形みたいなものかな。それがあればうちわを自動で仰がせたりできるんだけどな」

「それは興味深いですね。こちらの世界でも実現できるものでしょうか?」

「色々種類があるんだけどな。蒸気を使うものなら作れるかもな」

「蒸気ですか?」

「ほら、お湯をわかすと湯気が出るだろ、その勢いを使って水車を回すんだ」

「湯気にそれ程の力があるとも思えませんが?」

「そこは工夫するんだけどな」


 レシプロとかタービンとか、聞いたことはあっても、俺も詳しい仕組みは知らないしなあ。

 工学寄りの知識はさっぱりだ。

 プログラムならそこそこいけるんだけどな。

 それにああいうのってタービンの羽の形ひとつとっても凄いノウハウが詰まってそうだし、素人細工で作れるもんだろうか。

 ほんと役に立つ知識なんてあんまり無いもんだな。


 というわけで扇風機も諦めて、皆に扇いでもらうことにする。

 その前に水風呂を浴びてさっぱりしてみた。

 これはこれで、贅沢だなあ。


 夕方、雨が小降りになったところで、エレンとオルエンに板切れですのこを作ってもらう。

 お風呂とセットで使うには便利だろう。

 更にメイフルが仕事の合間にもう一つ大きな桶を買ってきた。


「一つじゃおっつきまへんやろ、疲れを明日に残さんためにも必要な投資でっせ」


 もっともだな。

 水を貯める仕組みと、囲いを作って簡易お風呂の出来上がりだ。

 これでじっくり入れるってもんだ。

 しかも、今日買った方の桶は気を利かせたのか浅いけど大きめだ。

 これなら大人二人がどうにか入れるので、さっそくエンテルと二人で浸かってみた。

 おおきな乳房が水面でゆらゆらと揺れるところを、つついたり摘んだりして堪能していると、あっという間にのぼせてくる。

 温度が高すぎたかもしれん。


「お風呂はいいものですね。寝苦しかったのが嘘のように夜もすっきり眠れます」


 あとから入浴したアンも気に入っているようだ。

 裸のままで髪を拭いている姿を見ているとムラムラ来る。


「ちょっとお待ちください。髪が濡れたままでは……」


 髪なんてばーっとあらってさーっと乾かせば済む気がするんだけど、なんか女の子は大変だよな。

 ちなみに俺の髪はエレンが器用にカットしてくれている。

 ひげも毎日剃ってもらっている。

 実に贅沢な話だ。


 夜になるとまた雨が激しくなる。

 飽きずによく降るもんだなあ。


「ほんとよく降るだすな。村のあたりではここまでは降らねえだよ」


 馬車の中に洗濯物を広げながらモアノアがため息をつく。

 この洗濯物が湿度をアップしてるんだけど、どかすわけにも行かないしな。


「そうですねー、この街は山が近いのも有りますがー、今年は雨が多いんでしょうかー。晴れた時にでも占ってみましょうかー」


 デュースの占いは当たるのかどうかわからないが、わりと人気がある。

 冒険者みたいな商売は、やはりツキも気にするんだろう。


「天気は八割ぐらいあたりますよー」


 そりゃ凄い。

 日本の天気予報もそんなに当たらなかったんじゃないか?


「で、どういう仕組なんだ?」

「星を見るんですよー、こう星を見ていると脳にびびびと刺激が来てー、いろいろ分かるんですよー。ずいぶん修行しましたねー」

「便利だな」


 電波を受信してるみたいなことを真顔で言われると心配になるけどな。


「紅は天気予報とかできないのか?」

「気圧変化から数時間程度の予測は可能です」

「まあ、そっちは気圧計さえあれば誰でも出来るもんだしな」


 高校生ぐらいの頃に、天気図描いて予報する、みたいな授業があったなあ。

 すっかりやり方忘れたけど。

 そういえば山岳部の友人もそういうことしてたか。

 もっとちゃんとやりかた覚えておけばよかったかな。

 いやでもあれって、ラジオで広範囲に気象情報流してないと意味ないのか。

 うーん、なんかもっとすぐに使える便利な知識はないものか。

 むしろ、この世界の常識をもっと勉強したほうがいいんだろうけど。

 まあ、そのうち考えるか。

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