第76話 休肝日
「どうやら塔のコアのメンテに失敗して爆発したんじゃないか、って話だよ」
昨夜の爆発について、朝一番に情報を集めに行ってくれたエレンが帰ってくるなりそう言った。
先のペルウル同様、ここの塔もコアを補充してメンテしているそうだが、それに関するトラブルで塔の最上階のコアが爆発したらしい。
「雷が落ちたんじゃなかったのか」
そういう感じの音がしたと思ったんだけどな。
野営中だったオルエンたちも塔が光ったと言っていたし。
「その可能性もあるみたいですけどな」
と、こちらは同じく朝から駆けまわってくれたメイフル。
「どっちなんだ?」
「コアの修繕がいい加減で問題があったところに、雷が落ちて壊れたんじゃないかなあ。まだ、はっきり言えないけど。今、冒険者ギルドの連中が走り回ってるから、そのうち分かるんじゃないかな?」
とエレンがまとめる。
なるほど。
「で、それって、どうなんだ? コアが壊れたらおしまいなんじゃ」
「正直、ここはもう駄目かもね」
お手上げといった顔でエレンが答える。
「駄目っておまえ、駄目だとどうなるんだ?」
「さあ、塔が枯れちゃうんじゃないかな」
「枯れたらもう、意味ないんだろう」
「そうだね。今も塔は封鎖されてるけど、どうなることやら」
メイフルも、カッパを脱ぎながら、
「こらぁ、少なくとも二、三日でどうにかなるもんやないですなー。身軽な連中はすでに朝一で街を出たみたいでっせ」
「そいつはまた、困ったな」
「ついたばかりであれですけど、次に行くつもりで、検討すべきでっしゃろな」
二人の話を聞きながら、昨夜爆発した塔を眺める。
キャンプ場の間近にそびえる試練の塔は、高層ビル並みの巨大さで貫禄があるが、そのてっぺんは無残に吹き飛んでいる。
すでに火は消えているようだが、欠けた外壁が生々しい。
だいたい、ちょっとやそっとじゃ壊れないんじゃなかったのか?
「やはり、コアが減って脆くなっていたんでしょー。ほかにもトラブルの元があったのかもしれませんしー」
とデュース。
「そもそも、塔がどうやって出来ているのかもどういう仕組なのかもよくわかりませんからー、コアの回復と言ってもなんとなくやってるだけですしー」
「そうなのか」
「そうなんですよー」
「困ったな、どうするよ」
「どうしましょうかー。次の街は遠いんですよー。山越えがあるのでー」
「例の高山地帯を越えるってやつか」
「はいー、それに梅雨が開けないと雪が残っている可能性もあるのでー、難しいですねー」
「となると、あまり早急に動くわけにも行かないか。なんせ雨もひどいしな」
今もそれなりに降っている。
こんな状況で山越えは辛かろう。
「そういうわけなのでー、数日は様子を見て検討しましょうー」
「しかたないな」
というわけで、他にやることがないので、とりあえず店を開ける。
冒険者相手の商売なので、この状況でどれだけ売れるかは分からないが、うちの商売担当であるメイフルが鼻息を荒くしているので、やってもらうことにする。
「ほな、店の方はおまかせあれ。探索もなしなら、こっちに専念してやらせてもらいますわ」
そう言って支度にかかる商売組を横目に、俺はすっかり子供部屋と化した小さいテントに潜り込む。
中では朝の仕事を終えた子どもたちが休憩中だった。
「ご主人様、どうなったの? もう出発?」
撫子を抱きかかえて本を読み聞かせていたフルンが訪ねてくる。
「いや、今日はお休みだ。塔は壊れちゃって入れないってよ」
「へー、困ったねえ」
「そうだな」
「塔が治らないと女神様のお言葉も聞けないよね?」
「それもあったな」
例のありがたくも意味の分からないお言葉か。
あれ、聞く意味あるのかな?
「せめて、晴れてれば遊びに行けるのにね」
「そうだなあ、遊びに行きたいなあ」
「ご主人様は、遊びと冒険、どっちがすき?」
「俺はどっちかというと遊びだなあ」
「そっかー、わたしは冒険すきだなー」
「フルンは偉いなあ」
「そうかな?」
「どうだろう」
「わかんないけど、ご主人様が偉いって言ってくれたから、偉い!」
「そうだ、偉いぞ、フルン!」
「リプルもおっぱいいっぱい搾ってるから偉いよ!」
そう言ってテントの隅で休んでいたリプルを指さす。
「え、あ、でも、私はそれが仕事ですし」
「いやいや、仕事でも偉い。皆偉いなあ」
「あ、ありがとうございます」
そういってリプルは俯いて顔を赤らめるが、ちょっと褒め方がおざなり過ぎたか。
と思ったら、フルンに突っ込まれた。
「ご主人様、褒め方がたよりないよ!」
「ん、そうか?」
「どこかわるいの?」
怒られたかと思ったら心配された。
言われてみると、なんだか体がだるいような……。
「たいへん! 朝からだるいとか絶対病気だ! レーン呼んでくる!」
慌ててテントから飛び出していった。
フルンの膝に抱かれていた撫子は、突然のことに目を丸くしている。
いや、朝からだるいとか普通だろう。
むしろ朝起きて元気な方が普通じゃないよ。
……いや、そうでもないか。
その後、レーンとペイルーンが見てくれたが、ただの飲み過ぎだという。
まああれだ、季節の変わり目は体調を崩しやすいしな。
「肝の臓が少し弱っていますね! たまにはお酒を控えましょう!」
「なんかこう、呪文でぱーっと元気にならないのか?」
「難しいですね! 風邪のようにうつる病気は私の呪文でもかなり改善できますが、こういうものは養生が一番です。薬をのんで、お酒も控えて、二、三日ゆっくりしてください!」
とのことだ。
ペイルーンが用意してくれた、しこたま苦い薬を飲んで、ゴロゴロしてみた。
まあ、どっちにしろ塔は封鎖されてるんだし、のんびりするしかないもんな。
しかし、春先にエツレヤアンを出て、もうすぐ四ヶ月だろうか。
幸いなことに旅も順調だと思う。
従者もまた、増えたしな。
「旅も長くなってまいりました、お疲れなのでございましょう。私にできることはあまりないのでございますが」
と言って姫奴隷のエクが、なにやら秘伝の指圧をしてくれる。
「なんか効くなー、あーそこそこ、なんかはらわたがぐいーってなるな」
「医者の処方が一番ではございますが、不摂生は貴族の常でございますれば、このようなことであれば私でもできますので」
細い体でまたがって、背中のあたりをグイグイ押されるとなかなか気持ちがいい。
ほぐされてのんびりしていると、フルンが犬耳をパタパタさせながらやってきた。
「ご主人さま、元気でた?」
「おう、元気元気。ちょっと飲み過ぎだってよ」
「飲み過ぎってよくないんだねー」
「そうだなあ、でもお酒はおいしいからなあ」
「うーん、苦くてよくわかんない。ミルクのほうがおいしいよ?」
「ミルクもうまいなあ」
「むかし、エレンと公園で暮らしてた時にねー、いつもお酒飲んでるおじさんがいたんだけど、おいしいのって聞いたら、おいしくないって言ってたよ。なんか辛いから飲むって」
「まあ、そういう時もあるなあ」
「辛い時に、おいしくないもの飲んだら、もっと辛くないのかな?」
「辛いなあ。辛いけど、飲まずにはいられないのが、酒なんだよ」
「うーん、良くないと思うな、そういうの」
「良くないなあ」
「ご主人様は無理してない?」
「無理はしてないな。たんに欲張りだからおいしくて飲み過ぎちゃうんだよ」
「だったら、仕方ないねえ。私もご飯食べ過ぎちゃうもん」
「フルンはよく食べるなあ」
「うん! ご飯美味しい! 前から美味しかったけど、モアノアが来てからもっとおいしい!」
「そうだなあ、食べ過ぎ飲み過ぎだとどんどん太っちまうよな」
「私、筋肉ついた! 腕もちょっと太くなったよ!」
「お、いいな。よく食べて運動すると成長するからな」
「でも、おっぱいは全然おっきくならないよ。困ったねえ」
「はっはっは、そっちは将来の楽しみにとっておけ」
「うん!」
そんな感じで二日も養生したら、すっかり元気になった。
元気になっても、やることがない。
お店の方は、冒険者が駄目なら駄目で未来の大商人メイフルがどうにかやっているようだ。
セスたち前衛組は朝から素振りをしてるし、デュースは昼寝してる。
エンテルとペイルーンは何やら論文を書いてるし、料理担当のモアノアは美味そうなものを作っている。
俺はといえば、散歩に行くことにした。
プールと二人で雨上がりの街を歩く。
今日はめずらしくメイド服を着ていた。
以前は羽を出すために背中の開いた服を着ていたので、メイド姿は馴染まないな。
だが褐色メイドはエキゾチックな香りが漂ってセクシーだ。
初対面だと子供っぽい印象だったけど、あれはどうも俺の中で半分眠ったような状態だったらしく、今のプールは結構大人びて色っぽいし慎み深さもある。
まあ、たまにやんちゃなところも見せるけど。
「この格好なら、いわゆる南方奴隷にしか見えぬそうだ。気楽に散歩もできるというものだな」
今まで気をつかって、いつもキャンプに引っ込んでたのか。
誘っても探索以外ではめったに出歩かなかったからな。
「貴様がいかに脳天気であろうとも、世間の偏見まで中和するわけではあるまい」
「まあ、そりゃそうだ。じゃあ、どっかで遊んでいくか」
「多くは期待せぬがな」
口ではそう言いながら、楽しそうに腕を絡めてくる。
ははは、かわいいやつめ。
無駄に買い物などしながら街をうろつくと、何やら賑やかな囃子が聞こえる。
話を聞くと、有名な芝居がかかっているらしい。
その宣伝のようだ。
「芝居か、かつて城では晩餐のたびに上演されたものだが」
「へえ、俺はそんなお上品な見世物とは縁がなかったなあ」
残念ながらチケットは当面完売だった。
街の人も長雨で暇を持て余しているのだろう。
「へえ、芝居ですか。何年も見ていないですね」
キャンプに戻って芝居の話をすると、アンを始め、皆が口々に自分のお気に入りの芝居やら役者の話を始める。
「レーンと一緒に見たのは、あれはいつだったかしら?」
「お姉さまが見習いになる時ですね! アスロ様がお祝いに切符をくださいました」
「そうでしたね。白薔薇の騎士と妖精の歌姫、あれはいいお芝居でした」
「はい! 主役のムーデンウルブが素晴らしいイケメンでした!」
「白薔薇の騎士ですかー」
とデュースも話に加わる。
「あれはいいものですねー。昔、大役者のポーが演じたのをー、ベンザッスの宮殿でみましたよー、いやーなけましたー。白き騎士と妖精姫の悲哀、いいですねー」
こっちに来てから一度も行ったことがなかったが、皆そんなに好きだったのか。
「芝居は高いものですから、なかなか見ることができませんし、それでも気にはなりますね」
とアン。
芝居を見たことがないフルンとリプルはうらやましがる。
「いいなー、私もお芝居みたいー、ちゃんばらする奴がいいー」
「私は恋愛物が……」
「えー、チャンバラがいいよ!」
隣にいたウクレは何も言わなかったが、また遠慮してるのかと思って聞いてみたら、
「旅芸人の舞台は毎年見ていました」
「そうなのか」
「でも、都会のお芝居は舞台も綺麗ですごいって話は聞いたことが有ります」
つまり、見たいのは見たいらしい。
チケットさえ取れれば見せてやるんだけどなあ。
「だいたい一月待ちらしいですわー、ちょいとよそもんが見るのは無理そうですなー」
「コネがあって相場の十倍ぐらい出せば手に入るっぽいけどねー」
どこから話を仕入れたのか、メイフルとエレンがそう言って手を振る。
ここの劇場は高級路線で普通に買っても大人一枚が一日分の食費ぐらいだから、もし全員で行くとなると大変だな。
お手上げっぽいな。
まあ、だめなもんは仕方がない。
この街はなにもかも駄目だな。
こういう時は寝るに限る。
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