第75話 雷
「さて、どうするのじゃ?」
白いもやの中で、俺はいつものハスキーボイスに問いただされていた。
「どうって、別に。いつもどおり旅を進めて、うまいもん食って、ご奉仕なんかしてもらっちゃったりして……」
「そのようなことではない」
「じゃあ、なんだ。撫子に妬いてるのか? せっかちなやつだなあ」
「乳飲み子相手に言うことか。寝ぼけるでない」
「でもこれ、夢なんだろう」
「いい年をして、屁理屈ばかりこねおって」
「そうだっけ?」
「あまり力を溜めすぎると、また寄ってくるぞ」
「なにが?」
「ここいらで一つ……楔を抜かねばならぬか……」
「だから何のことだって」
「少しは自分で、考えるのじゃな」
「だからなんでいつもそう、わかりにくいことを……」
やがて白いもやが俺を覆い尽くし、再びまどろみの中に……。
「ふがっ」
おもわず叫んで飛び起きた。
また変な夢を見たようだ。
なんだか釈然としない気分で目を覚ますと、隣で寝ていたデュースのでかい尻が俺を押しつぶしていた。
通りで、うなされると思ったぜ。
外はだらだらと雨が降っている。
今日も止みそうにないな。
いつものようにオルエンがいれてくれたコーヒーをすすりながら、ぼんやりと馬車の中から外を眺める。
一応、花子親子の体調を考えて、昨日も同じ場所に泊まった。
今日も動かない予定だ。
昨日、雨の合間にテントを張っておいたので、何人かはまだそちらで寝ている。
生まれたばかりの馬人である撫子は、朝からたっぷりと乳をもらって花子の側でごろごろしている。
気持ちよさそうだな。
俺にコーヒーを入れてくれた騎士のオルエンは、馬車の隅で甲冑の手入れを始めた。
丁寧にバラして油をさし、磨き上げる。
特にこの時期はしっかり手入れをしないと錆びるらしい。
大変そうな作業だが、オルエンは黙々とやっている。
「馬は……自分の足で立ちますが、甲冑は……人が…手入れしないと……いけません」
まあ、そりゃそうだよな。
隣では犬耳娘のフルンがその様子を食い入る様に見ている。
「どうした、フルンもそんな立派な甲冑が欲しいのか?」
「うん! でも、まだ早いんだって。おっきくなるし」
「そうだな、また背が伸びたんじゃないか?」
「うん! 足も長くなった! 走るのもちょっと速くなったよ!」
「そうかそうか、大きくなったら立派な鎧を買ってやるからな」
「うん!」
見ていても終わりそうにないので、馬車を出て焚き火の側に腰を下ろす。
こちらは盗賊のエレンが、ナイフを器用に使って芋をむいていた。
「なんだい、旦那。朝からしけた顔して」
「この天気じゃ、朗らかにはなれんだろう。頭にカビが生えそうだ」
「あはは、蒸れるよねえ。昨夜はテントも蒸し風呂だったよ」
「だろうな。もうちょっと風通しを良くしないと、夏は辛いんじゃないか?」
「そうだね。でも蚊もでるしねえ。まあ、夏本番になれば、もう少し涼しいところを通るらしいけどね」
「へー、そうなのか」
「詳しくはデュースに聞いてよ」
「起きたらな」
むかれた芋が、次々と鍋に放り込まれる様を眺めていると、先に考古学者のペイルーンが起き出してきた。
「あら、おはよう、ご主人様。今日は早いのね」
「お前が遅いんだろう。ゆうべは見張りの当番だったっけ?」
「違うけどいいじゃない、寝る子は育つのよ」
「おまえらホロアは成長しないんじゃなかったのか」
「フルンを見てると私ももうちょっと成長できる気がしてくるのよ。きのこみたいににょきにょき伸びるじゃない、あの子」
「それを言うならたけのこだろう」
「タケ……ノコ? 知らないわね」
「ん、そうか。竹ってなかったっけ」
「竹は南方にしかないですねー、デールではよく見ましたよー、東南のエビオラ諸島にも生えていましたけどー」
次いで起きだしてきた魔導師のデュースが答える。
「なに、植物なの?」
「そうですよー、幹が筒になっていてー、弾力もあって色々加工して使われていますねー。この辺りでも高級品として少しは流通してるはずですがー」
「竹でっか? おますな。細工した水筒とかちょいとした贅沢品でっせ」
何処かから戻ってきた盗賊のメイフルが言う。
メイフルは手にうさぎをぶら下げていた。
昨夜仕掛けた罠でとったそうだ。
「で、その水筒がきのこと何の関係があるのよ」
といぶかしがるペイルーン。
「いや、きのこじゃなくてだな、竹って伸びるのがすごく早いんだよ。それだけのことだけどな」
「ふーん」
と興味なさそうだ。
ペイルーンは相変わらず守備範囲が狭い。
まあ、学者が博学だとは限らないからな。
「しかし、蒸れますねー、どうにかなりませんかねー」
デュースが少々飽和気味の肢体をたわませる。
みるからに暑そうだ。
「そういや夏場は涼しいところを通るんだって?」
「あー、そうですねー、エレーネ山脈を超えるのでー、それなりに気温は涼しいですよー。もっとも日差しはきついですけどー」
「山越えか、馬車でいけるのか?」
「馬車で行けるコースを行くのでー、ちょっと遠回りですねー」
なるほどね。
そんなたわいない会話を交わしながら、その日もだらだらと過ごした。
結局、三日ほどその場にとどまり、次の朝、俺達は出発した。
順調に行けば二日ほどで次の目的地であるコーザスに着くはずだ。
花子と撫子は母子ともに健康で、問題なさそうだ。
まだ生乾きの石畳を、馬車は進む。
旅は順調に進み、コーザスまであと半日というところか。
「すこし遅れましたがー、どうにか今日中に着きたいですねー。花子もすっかりいいようですしー」
街道も街に近づくと数キロおきに出店もあるし、警吏の詰め所もある。
行き交う人や馬車で、実に賑やかだ。
のぼりに何やらうまそうなお菓子の宣伝が書かれていると、興味をそそられる。
屋根に乗っているフルンが顔を出してお店に寄ろうとねだるが、アンににべもなく却下されていた。
そうなると、俺も欲しいとは言い出せないじゃないか。
「そろそろ、お昼ですねー」
「出店のそばで休憩するといいと思うんだがどうだろう」
「そうですねー、何故か私もそんな気がしてましたー」
「わたしも! わたしもそんな気がする!」
アンがひょっこり顔を出して、
「まったく、仕方がありませんね。デュース、おねがいします」
「はいはーい」
食事を終えて、数人で連れ立って店を覗く。
酒や弁当の他にも、名物のまんじゅうなどを売っていた。
そんなものを手当たり次第に買いあさっていると、ウクレがじっと何かを見ているのに気がついた。
「どうした、欲しいものがあるのか? 小遣いが足りなければ買ってやるぞ」
「あ、その……これを撫子に買ってあげようかと思ったんですけど……ちょっと足りなくて」
ウクレが手にしていたのは、蹄鉄だった。
古い物をお守りとして売っているらしい。
釘穴に鎖を通して、ネックレスにしてある。
アクセサリとしてはいかがなものかと思うが。
「仔馬が生まれたら、お守りとして親馬がつけていた蹄鉄をあげるんですけど、太郎たちのはまだ一度も交換してませんし、代わりにこれをと思って」
「へえ、いいな。じゃあ、半分ずつだすか。俺もなにかあげたいしな」
「は、はい」
「よし、じゃあこれで買ってきてくれ」
そう言って半額分渡す。
ウクレは大事そうに受け取ると、お守りを買いに行った。
「どうか、このお守りがあなたを守ってくれますように。あなたの食む草に女神の恵みがありますように。そしてあなたの歩む道が女神とご主人様とともにありますように」
馬車に戻ると、そんな感じのおまじないを唱えながら、蹄鉄のお守りを撫子の首にかけてやる。
手にとって不思議そうに眺めていたが、満足したようだ。
一休みすると、出発する。
雨も降ってないし、このまま一気に街まで行きたいところだ。
久しぶりに見張り台に上がって、景色を眺める。
午後は大抵、人形の紅が上がっているが、今日もそうだった。
今のところ眺めはいいが、あいかわらず、雲行きは怪しい。
「気圧が下がっています。雨が降る可能性が高いと思われます」
「そうか、湿度とかわかるのか?」
「現在七十二%、さらに微増」
「降りそうだなあ」
すぐとなりを進んでいたオルエンに声をかける。
「雨が来そうだぞ」
「はい……」
見るとオルエンはすでに合羽をまとっていた。
抜かり無いな。
「俺達もおりるか」
そう言い終わらぬうちに、見張り台の床に水玉がひとつ、ふたつ。
たちまち激しい雨がふりだした。
あわてて降りるんだが、梯子は馬車の側面についていて、走りながらだとちょっと怖い。
しかも土砂降りだし。
馬車自体は非常にゆっくり進んでいるので落っこちてもせいぜいかすり傷で済むんだけど。
などともたもたやっていたら、オルエンが馬を寄せて、片手で俺の腰を掴むとそのまま御者台に押し込まれた。
凄い力だな。
続いて紅もするりと降りてくる。
「あらー、すっかり濡れちゃいましたねー」
「まあね」
キャビンに入って体を拭いていると、どーんと大きな雷がなった。
でかいな。
しかも近そうだ。
「雷が近いけど大丈夫か?」
顔を出してデュースに尋ねると、
「うーん、どうでしょー、すこし雨宿りしたほうがいいかもしれませんねー」
「そうだな」
「どこか雨宿りできる木陰でもあればいいんですけど」
「木の下は危ないぞ?」
「そうなんですかー? 大きい木があれば雷を吸い寄せてくれますがー」
「そうなんだけどな、万が一落ちたらその近くにまで電気が通るから感電するんだ」
「感電? とはなんでしょー」
「電気は教えたよな、あれが地面や空気を伝わって、人の体まで到達すると電気が流れて死んじまうだろ、要するにあれだ」
「なるほどー、たしかに雷の呪文でも、そういうことは有りますねー」
「そういや、オルエンは?」
いつの間にかオルエンの姿がない。
「あー、いま雨宿りできるところを探してもらいに行ったんでしたー」
「そうか、まあ、もうちょっと進むか」
顔を引っ込めてキャビンに戻ると、昼寝していたはずの撫子が飛びついてきた。
「おわ、どうした!」
「うー、うーっ!」
「なんだ、うんちか、おっぱいか?」
「うー、うぅーっ!」
なんかぐずってるな。
外見はそこそこ育ってるけど、中身は赤ん坊みたいなもんだろうし、どうしたものか。
「どうしたんでしょう、やはりおっぱいでしょうか?」
面倒を見ているウクレも首を傾げる。
「ここじゃ、止めて飲ませるわけにもいかんしな。リプルの乳は飲むかな?」
「あわないみたいです。それに生まれたてだと人のお乳は混ぜて飲ませないほうがいいと……」
「え、そうなのか?」
「昔からそう言われてます。なぜかは知らないんですけど」
「へー」
まあそういうのは結構大事だからな。
経験則って単純な因果関係じゃわからないものを色々含んでるので無下にはできんのよ。
というわけで、再び顔を出してデュースに急いでもらう。
雷がだんだん近くなってきた。
「すごい、ピカっと来てゴロッとなるよ!」
そういってフルンは喜んでいるが、馬車にあたったらどうすんだろうな。
車と違って中が絶縁されてるわけでもないし。
暫く行くと、大きな木の下にオルエンが待っていた。
たしかに都合のいい大木だが、ちょっと高すぎてあぶなくないか、あれ。
「あぶないですかー?」
「あぶないと思うぞ。呼んでみよう。おーい、オルエン、ちょっとこい」
馬を降りて雨をしのいで俺たちを待っていたであろうオルエンは、俺が呼びかけるとすぐに馬にまたがりこちらにかけはじめた。
「うあー、うーっ!」
再び撫子が飛びついてくる。
「こら、顔出すとぬれるぞ!」
と言った瞬間、轟音とともに閃光が走り、大きな雷が目の前の巨木に落ちた。
地響きするほどの衝撃で、オルエンの愛馬シュピテンラーゲがパニックを起こしたのか暴れだし、オルエンが馬から落ちるのが見えた。
「オルエン!」
叫ぶと同時に馬車から飛び出すと、慌てて駆け寄った。
「オルエン、大丈夫か!?」
「マイ…ロード……、これは」
「どこか怪我はないか?」
「平気……です、少し耳が……でももう……慣れました」
ミシミシという音とともに木はまっぷたつに裂け、たちまち火の手が上がった。
「オルエンはだいじょうぶですかー?」
デュースも駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。紙一重だったな」
「我が君が……声をかけてくださらなければ……やられていたでしょう」
安全そうな場所を選んで馬車を止める。
雷がすぎるまで、しばらく雨宿りといこう。
幸いオルエンはなんともなかったが、なにがあるかわからんものだな。
「やはりこの時期の移動は大変ですねー。次の塔で、梅雨があけるまでやり過ごすべきでしょうねー」
そうかもな。
雨がひどいと、テントも張れないし。
小木の影で雨宿りをする。
花子を馬車から外してやり、撫子に乳を飲ませる。
うまそうに飲む姿を見ながら、デュースと話す。
「しかし、撫子がぐずらなかったら間に合わなかったかもなあ」
「ほんとうですねー。あるいはー、あれを教えようとしていたのではー。馬人には不思議な力があるといいますしー」
「ほう、そうなのか?」
「さあー、迷信だとは思いますけどー」
「そうか、まあいいけどな。ご褒美にあとで頭をなでといてやろう」
二時間ほど雨宿りしていると、ちょっと小ぶりになってきた。
雷も収まったので、再び移動を始める。
そうして、夜遅くにどうにか目的地のコーザスにたどり着いた。
「ここも大きな街ですから、キャンプ場があるはずなんですけどー」
遅くについたせいかちょっと手間取ったが、大商人のメイフルが走り回ったおかげでどうにか場所を確保できた。
雨もほとんど止んでいたので、さっさとテントを貼り終えて食事の支度にかかる。
もう、腹ぺこだな。
「いそいで支度をするだよ。ちーとまっといてほしいだす」
モアノアを中心に急いで夕飯の支度をはじめる。
料理以外の支度を終えて、銘々がくつろいだところで、メイフルが油紙に包んだ小さな荷物を持ってきた。
取り出したのは魚の干物だった。
「コーザスはちょいと海から離れてるんで、干物なんかも結構売れるんですけどな」
「それで買いだめしてきたのか?」
メイフルは両手いっぱいに荷物を持っていたが、これはその一つのようだ。
「ちゃいますで、これはもっと後で売りますねん」
「後?」
「このあとエレーネ山を超えるんでっしゃろ。あっこから先は山岳地帯やから、もっと高うで売れますで」
「なるほどねえ。まあ安くで仕入れて高くで売るのが基本だよな」
「そうですわ、基本が一番でっせ。ま、それはそれとして、ちょいとつまんでみましょか」
焚き火に網をひいて干物を炙る。
いい匂いだ。
メイフルは俺の隣りに座って酌をする。
新人は昼はフルンの遊び相手、夜は俺の遊び相手をすると決まってるからな。
今夜もたっぷり楽しませてもらうぜ。
「大将はえらいドスケベやったんやなあ。ちょいとイメージ代わりましたわ」
「スケベだとだめかな」
「何言うてますねん。主人がスケベなら従者もスケベに決まってますがな。うちもう我慢出来まへんで。もっとしっかりさわっておくれえな」
そういって体をすり寄せてくる。
盗賊だけあって体つきは細身だが、エレンよりも出るところは出ている。
しかもスクミズ一枚で迫ってくるし。
けしからんな。
「しかし、なんで水着着てるんだ?」
「水着? スクミズはべつに水着ちゃいますで?」
「え、そうなの? スクール水着の略じゃないの?」
「すくーる? ちょいと知りまへんなあ。スクミズはスクミズ、戦女神ウルが鎧の下に身につけていた肌着に由来するそうでっせ」
「へー、そうなのか」
てっきりスクール水着だと思ってたよ。
いや、むしろそうじゃないほうが当たり前なんだが、それにしても、偶然の一致でここまで似てるか?
とはいえ、スクール水着なんて細かく観察したこと無いので、細部まで同じなのかはわからないんだけど。
「大将は、なんぞよその世界から来た、言うてましたな。大将の世界ではホロアは水着きてますのん?」
「いや、俺の世界にはホロアも女神もいなかったから」
「あらあ、そうですのん」
うーん、謎だ。
これはこれで、高機能なアンダーウェアだと思えばそうも見えるしな。
メイド服だってただのエプロンとワンピースだし。
もしかして、たまたま似たデザインだから、俺の脳内謎翻訳機能がスクミズと訳してるだけなんだろうか。
そもそも知らないはずの言葉で話してる現状のほうがもっと謎だよな。
そんなことを考えながら、いちゃいちゃと酒とスクミズを堪能していると、夕飯が出来上がる頃に、また雨が降り始めた。
かなりの土砂降りで、風に煽られてタープの下まで吹き込んでくる。
慌てて料理をテントの中に運び込んだ。
「せまいー」
フルンが嬉しそうに騒ぐ。
「あーいー」
つられて撫子も騒ぐ。
まあ、たまにはこういうのもいいよな。
広くはないテントにみっしり詰まって飯を食う。
今夜はフライだ。
日本で食ってたフライと違って、衣にかなり味がある。
それをかたいパンに挟んで食べる。
ソースはつけずに食うらしい。
ウスターソースに似たものもあるんだけどな。
あとマヨネーズはかなり酸っぱいものだが料理人のモアノアが作ってくれた。
もう少しまろやかにできないかなあ。
しかしまあ、モアノアが来てから食い物の悩みが一気に贅沢になったな。
食事を終えて馬車に戻るが、相変わらず雨は降り止まない。
たぶん、今夜はずっと降ってるだろうな。
「長ければ一月は滞在することになりますね」
ランタンの下で地図を広げながら、アンが口を開く。
「そうですねー、まあ、ここで梅雨をこすのは予定のうちですしー。ペルウルを予定の範囲内で攻略出来たのはよかったですねー。もしかしたらあちらで梅雨を迎えてたかも知れませんしー」
とデュース。
「みんなのがんばりのおかげでしょう。ここの塔はどうでしょうか。たしか女神ラフルアールのものでしたね」
「はいー、聞くところによると、ペルウルと同程度か少し簡単という話ですがー」
「そうですか。ではひとまずはそちらの攻略を目指し、クリア出来てもしばらくは稼ぎ続けることにしましょうか」
「ですねー、それでよろしいですかー?」
確認されたので、よろしいと答えておいた。
「では、それで行きましょー。ところでプールはどうですかー? 明日からでれそうですかー?」
話をふられたプールは隅にあつらえたエク用ベッドに仰向けに寝転んでゴロゴロと背中でベッドの感触を楽しんでいる所だった。
「うん? ああ、妾なら大丈夫だ。任せておけ」
「ではペルウルと同様の編成で行きましょー」
話が決まったところで、馬車から顔を出してテントの様子を見る。
風は収まったが、雨はまだ降り続いている。
キャンプ場の反対側には試練の塔のシルエットが見える。
ここは塔が近くて便利そうだな。
子どもたちの小さいテントは明かりがついていた。
たまには夜更かしを叱らんとな。
もう一つのほうはすでに暗かった。
こちらは学者コンビのペイルーンやエンテルの他、遅番のエレンやオルエン、セスも寝ている。
一晩中起きている人形の紅は、テントの間に張ったタープの下で黙って座っていた。
俺に気がついてこちらを向いたので手を振ってやると、表情をかえずに手を振り返してくる。
残りは馬車の中だ。
打ち合わせを終えたアンはレーンと一緒に馬車の隅にテーブルを出して、いつもの様に御札を作っている。
今日は売り物ではなく、俺たちが戦闘で使う高度な術の御札を作っているらしい。
主にベテラン魔導師のデュース用だ。
先日のように連続して呪文を唱えすぎると、いかなデュースでもバテるようだ。
まだまだ物理面でのバランスが足りてないんだろうが、デュースの負担を下げるために御札は有効らしい。
御札にもいろいろあるが、呪文を省略できるものとか魔力の消費量を抑えるとか、そういうものもあるそうだ。
買うとすごく高いが、うちで作ればただだからな。
その分アンたちが苦労するのだが。
「モアノアのお陰で家事からほとんど開放されましたし、メイフルが色々指導してくれるので、商売もかなり楽になりそうです。その分、御札制作にさける時間が増えますから」
とはいえ家事にかぎらず、アンはうち全体を取りまとめてて大変だろうに。
「せめて、これぐらいはしなくては。みんなも命がけで頑張っているのですから」
そういうことなら、俺も明日から頑張って試練に挑みますかね。
と、意気込んで布団に潜り込んだのはいいが、突然の轟音にたたき起こされた。
「な、何だ? なにごとだ?」
慌てて馬車から飛び出すと、野営をしていたオルエンと紅が、揃って塔のてっぺんを眺めていた。
つられてそちらに目をやると、試練の塔の最上部が燃え上がり、黙々と煙が立ち上っていた。
どうなってんの?
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