第73話 雨
「大将、雨がきそうでっせ」
御者台でデュースと並んで揺られていると、上の見張り台から顔を出したメイフルがそういった。
「わかるのか?」
「山の上の方に雲がかかってまっしゃろ。この辺りはメーホー山のせいで、ようさん降りますねん。お陰で畑もみっしりそだつんですけどな」
「ほほう」
「それにそろそろ、梅雨ですわなあ」
そうか、もう梅雨か。
雨が続くとテント泊は大変そうだよな。
さて、どうしよう。
とりあえず、デュースに尋ねると、
「特にどうしようもないですよー、ペースは落ちますがそのまま進みましょー」
などと言っているうちに降り始めた。
分厚い雲のせいで、あたりはすっかり暗くなる。
しかも、叩きつけるような大粒の雨だ。
愛馬で前を行くオルエンはポンチョみたいな革のカッパを頭からかぶっている。
大変そうだが、馬と一緒にいるというので、仕方あるまい。
こちらも屋根が付いているとはいえ、御者台にまで吹き込んできた。
「ご主人様は中に入っててくださいー、濡れますよー」
カッパをかぶりながら、手綱を握るデュースが促す。
二人で濡れてもしかたがないので、俺だけ中に入らせてもらう。
メイフルも上から降りてきた。
あまりひどいようだと、どこかで雨宿りしないとな。
雨が馬車の幌をたたくたびに、キャビンの中で音が響く。
「すごい! うるさい!」
フルンが楽しそうにはしゃいでいる。
ただでさえ熱いのに、雨が降ると蒸れるな。
セスはきっちりメイド服を着込んでいても涼しい顔をしているが、エンテルなどは暑そうだ。
気の毒なので、上着を脱がせてあげた。
「あの、脱ぐだけでしょうか?」
「いや、脱ぐだけでいいよ、暑いし」
「私もぬぐー」
とフルンも脱ぎ捨てる。
半数が上半身裸になって、キャビンに詰まっていると、なかなか退廃的な気分になるな。
もっとも、それも一瞬のことで、暑さがすぐにまさるんだけど。
手桶に水を張って、エンテルに氷を浮かべてもらい、冷やした手ぬぐいで汗を拭うとすっきりする。
「やっぱり冷たい水で拭くと気持ちいいですね」
下乳を持ち上げ、無駄に色っぽく汗を拭いながらエンテルが言うのを聞いて、フルンが尋ねる。
「汗で服がびっちょりな時に風があたると冷たいよ? 汗は冷たくないのになんで?」
「いわれてみるとそうですね、濡れていると余計に冷たい気がします。なぜでしょう?」
と、こちらは汗ひとつ書いていないセスも一緒に尋ねる。
「水が乾く時に、火の力を必要とします。その時に使われた力の分、温度が下がるからだといわれています」
そう答えながら、エンテルがこちらに話を振ってくる。
「まあ、だいたいそんな感じじゃないか? 水に限らないけど、液体が蒸発するときには熱が必要だからな、周りから熱を奪うんだ。気化熱っていうんだけどな」
「なぜ、熱が必要なのでしょう」
「うーん、ちょっとまてよ」
とおもむろにスマホを取り出して、気化熱について辞書を引き、説明してやる。
やっぱ便利だな。
肌色の写真ばっかり撮ってる場合じゃないぜ。
「つまり、分子というものをつなぎとめる力を解き放つのに、別の力がいると、それが熱として使われるのですね」
「そういう解釈でいいんじゃないかなあ」
「では逆に、蒸気を水に戻すには熱を奪ってやればいいのでしょうか」
「そうだな、氷で冷やすと露がつくだろ、あれがまさにそうだな」
「では、その仕組をうまく回してやれば、永久に氷を作り続けられそうですね」
「そううまくはいかんさ、どっちも必要な熱は同じだけど、途中で無駄に逃げていく分もあるしな、常に外部から熱を加えてやらないと」
「そうなのですか、難しいものですね」
「蒸気を水に戻すだけなら、圧力をかけるって手もあるけどな」
「圧力ですか?」
「こう箱に蒸気を詰めて、漏れないようにして箱を小さくすると、中の蒸気が水になるんだ」
「不思議ですね」
「不思議だなあ」
知ってることを全部納得してるわけじゃないもんだけど、科学知識って特にその傾向が強いよな。
方程式とかも、公式を覚えると解けるようにはなるんだけど、あれって解き方を知ってるだけで、何かがわかったわけじゃないんだよな。
それを何度も何度も解いて、グラフを書いたり色々やってるうちに、ある時急にわかった気がするんだよ。
知識は説明できるんだけど、あのわかったって感覚はどうも説明できないんだよな。
「圧縮することで蒸気を水に戻せるなら、冷やし続ける器械がつくれそうよね」
何かをひらめいたのか、ペイルーンが会話に加わる。
要するにクーラーだよな。
「私の内蔵する冷却器は、そういう仕組です」
と紅。
「え、そうなの?」
「はい、高密度のコアを冷却するための仕組みが内蔵されています。その排熱が私の体温として、全身から放出されています」
「通りであなたの肌って温かいと思った。人形って普通、冷たいじゃない」
「ご覧になりますか?」
そう言ってお腹の部分に手を触れると、ぱかっと開いた。
中には、臓器に見立てた丸い固まりが幾つものチューブで繋がれている。
紅の中ってこんなふうになってたのか。
というか、中が見られたのか。
「ケーブルの合間から見える中心の大きなカプセルがコアで、周りは冷却剤で覆われています。その下が冷却器です」
「触っても大丈夫?」
「平気ですが、熱いので気をつけて」
「ほんとだ、熱い。なんで冷やすのに熱いのかしら」
「冷媒の熱を取り出すためです。その熱を更に全身に巡らせたチューブで外に逃しています」
「へー、凄いわね。コアってそんなに熱くなるの?」
「はい、私のコアは十万度になります」
またすごいスペックが出てきたぞ。
「ふーん、十万度って何度ぐらい?」
ペイルーンはわかってないようだな。
「おまえ十万度はお湯の千倍の熱さだよ」
「え、なにそれ、溶けるんじゃないの?」
「大丈夫です、厳重に封印されていますので。実際にはコアを空間的に絶縁するためのシェルターの冷却装置です」
「そ、そう、ならいいけど。ちゃんとしまっときなさいよ」
「はい」
そういってお腹をしまう。
やっぱり紅って謎の技術で作られてるんだなあ。
そういえば思い出した、衛星ってあったのかな?
「あれから毎日、観測していますが、目視では確認できておりません」
そうか、まあ見つかったからといってどうなるものでもないが。
例えば宇宙船とか戦闘機みたいなのを見つけ出したとしても、ほぼ間違いなく操縦できないしな。
理解できる説明書が残ってればいいけど、文明が進んでるほど、記録は残ってなさそうな気がする。
前に会社で、初期の頃のデータがいるって言うんで、バックアップのCD-Rを引っ張りだしたら、読めなくなってて焦ったことがあったしな。
あれ、思ったより保たないからなあ。
別に保存してたフロッピーディスクをどうにか探しだしたんだけど、今度はドライブが無かったりして。
最後には個人が保存してたMOに入ってるらしいということで、ドライブは倉庫から見つけたんだけど、SCSIのターミネーターがないとか言い出して、あの時は大変だったなあ。
そういえば、結局あれはどうなったんだろう。
とにかく、ある程度進んだ技術のものは、使い方込みで残ってないと駄目な気がする。
紅も、昔のことはあまり知らないみたいだし。
「それにしても、よく降りますね」
「そうだすなー、この時期の長雨はしかたないだよ。これがないと畑も実らねえだ」
アンとモアノアが顔を出して天気を見る。
しかし、ここまで雨が降るとテントが張れないよな。
「まあどうにかなるでしょー、馬車もありますしー。そろそろお願いできますかー」
というデュースの言葉を受けて、オルエンが馬を飛ばした。
しばらくして戻ってきたオルエンの案内で、大きな木陰に馬車を寄せる。
オルエンとセスが雨に濡れながらタープを張って雨よけを作った。
馬車の前面から出入りできるように、木との間に張ってある。
地面がぬかるんでテントは張れそうになかったので、今日はこれだけだ。
屋根ができたところで周りに溝を掘り、デュースが呪文を唱えると、みるみる地面の一部が乾いていく。
「はー、こういう術はつかれますねー。ぶっとばすなら楽なんですけどー、低温で熱量を維持するのはなかなかにー」
「そうよね、私じゃ絶対爆発するもの」
となりで見ていたペイルーンが感心しているが、フルンが飛び出して、地面を触る。
「熱い! 乾いたら冷えるんじゃないの?」
「それ以上に温めてるからだよ」
「うーん、わかんない!」
やっぱ説明するのも難しいもんだな。
乾いたところに、拾ってきた石を積み上げて竈を作ると料理にかかる。
そのとなりではいつもどおり焚き火を起こす。
火が起きたところで、馬車に戻って濡れた衣服を脱ぎ捨てて、全裸で体を拭うオルエンとセスを眺める簡単な仕事をする。
こうして見比べると、どちらも鍛えあげられた引き締まった体であるのは違いないんだけど、ずいぶんと差があるな。
騎士のオルエンはいかにもモデル的な、スラリと伸びきった四肢にがっつりと筋肉がついて、アスリート的とでも言おうか。
一方、侍のセスは小柄なこともあるが、あまりメリハリがなく、それでいて脂肪のたるみも感じない、不思議な体型だ。
一番の違いは腹筋だろうか。
オルエンはきっちり六つに割れているのだが、セスはほとんど腹筋がないように見える。
幼女体型のような寸胴型だ。
胸もこぶりだしな。
それでいて目にも留まらぬ速さで切り込んでいくのだから不思議なものだ。
「鍛え方の観点が違うのです」
とセスは言う。
「オルエンの体は力そのものを第一に踏まえて作りこまれています。ですから体格が三倍はある魔物と正面から対峙しても、真向から渡り合えるだけの力があります。私ではまともに剣を交えてはこらえきれないでしょう」
なるほど。
「私の鍛え方は、力を使う技に重きをおいています。体を動かすことが目的なのです。その場合、過剰な筋肉はかえってじゃまになります。そうした違いがひいては戦い方の違いになるのです」
納得してうなずいていると、馬車の反対側からドタバタとやかましい音が響く。
みるとフルンとアフリエール、それにウクレが荷物を漁っていた。
「えさー、シュピちゃんたちの餌あげないとー」
籠いっぱいに人参を詰めると馬車から出て、木の下につないだ馬たちのところに行く。
元気が余り過ぎだろう。
「フルンはどうなんだ?」
「あの子はあの年で我々に匹敵するだけの力と速さを身につけつつ有ります。まず種族の違いが大きいのですが、あの子には天賦の才があると思います。このまま育てば、きっと誰も及ばないような大剣豪となれるかもしれませんよ」
「フルンは……剣に迷いがありません。だから……つよい」
二人共べた褒めだな。
まあ、すぐ調子に乗るから、褒めるのは時々にしておこう。
「そうですね、まだ子供ですから。褒めるときには褒め、叱るときには叱らないといけません。最近はレーンの説法にもよく耳を傾けています。賢い子です」
表に出ると、雨はまだ降り続いている。
これは止みそうにないな。
焚き火の周りには溝を掘って、水が流れ込まないようにしてある。
その内側に木箱の椅子を並べて座っている。
今日は地面にむしろを引くのは無理そうなので、表に出られない従者たちは馬車の中だ。
狭そうだが、しかたない。
木の反対側には三頭の馬が繋がれて、与えられた餌を食べている。
その横で、フルンたちがブラッシングしていた。
よく面倒を見てるな。
アフリエールは牛や馬が好きだったそうなので面倒をよく見ている。
ウクレも遊牧民だっただけのことはあるのか、馬の飼育に詳しい。
たぶん、うちで一番詳しいだろう。
俺は馬の相手の仕方なんてわからないもんなあ。
馬の面倒はウクレ中心に、子どもたちにやらせている。
責任のある仕事ってのは人を成長させるし、同時に忠誠心も養うもんだからな。
これが俺なりのウクレの指導方針だ。
たぶん、うまく行ってる気はするんだけどなあ。
正直、あまり自信はない。
そういえば花子だけ背中に合羽を被せてる。
具合でも悪いんだろうか?
何もいわないから大したことではないんだろうが。
「ごすじん様、ちょいとそこをどいてほしいだすよ、ナベをかけるだす」
モアノアが大きなナベを抱えて、焚き火にかける。
「今日は凝ったものは作れねえだ、鍋にするだよ」
蒸し暑いけど、濡れた体にはいいかもな。
「夜は雨の日のほうが晴れた日より次の日に気温が高いよね。濡れた分冷えそうな気がするけど」
隣に腰掛けたエレンが尋ねてくる。
今日はその話題でみんな引っ張るな。
「そりゃああれだよ、昼間は太陽が地面を温めるから暑いんだけど、夜は太陽が無いから地面が冷えるわけだ。それ自体は天気に関係ないんだが」
「うん」
「地面の熱はどこに逃げるかといえば空の彼方に果てしなく飛んで行くんだけど、曇ってると、雲が布団みたいな役目をしてな、地面の熱が逃げていくのを防ぐんだよ。だから曇のほうが地面が冷えにくいんだ」
「でも地面と雲の間はこんなに離れてるのに、それでもそんなに違うの?」
「星の大きさからすれば大したこと無いからな」
「ふーん、旦那は、たまに奇想天外なことを言うよね」
「素直に信じなさい」
「信じてるってば」
「ほんとかよ」
そんなことを話すうちにいい匂いがしてきた。
めしはまだかな?
「先にお酒をどうぞ。今日はペルウルの地酒です」
といってアフリエールが酒瓶と小鉢を持ってきた。
「こっちは塩辛です。モアノアに教わって作ってみたんですけど、まだ浅いのかちょっと辛いみたいで、お口にあうかどうか……」
なるほど、見た感じ、酒盗みたいなものだ。
うまそうだ。
ひとつまみ、口に運ぶとなかなか行ける。
酒の方はさっぱりした芋焼酎みたいな感じだな。
聞くと、やはり芋のお酒らしい。
一言うまいと答えると、アフリエールは嬉しそうに長い耳を赤く染めた。
あんまり可愛かったので、この美しい銀髪長耳少女を抱っこして手酌で飲む。
膝に女の子をはべらせてお酒飲む以上の贅沢って、そうそうないよね。
やがて料理が出来上がる。
全員がタープの下には入れないので、半数は馬車の中だ。
作りおきの堅いパンをスープに浸しながらもぐもぐやっていると、どこかで狼の遠吠えのような声が聞こえる。
向かいに座っていたリプルが反射的に首をすくめたのを、隣にいたフルンが気づいて尋ねた。
「リプル、こわい?」
「ちょ、ちょっと。ヴェルフの鳴き声を聞くと……小さいころ、牧場にヴェルフが来て、襲われた人がいて……」
「だいじょうぶ、みんなついてるよ!」
ヴェルフってのは今の声の主か。
やばいのかな?
「狼の一種ですねー。群れで家畜を襲ったりすることはありますがー、火を焚いていれば大丈夫だと思いますよー。一応、見張りは増やしておきましょうかー、どうせ全員は中で寝られませんしー、それよりもお酒のお代わりくださいー」
とデュースが差し出したグラスにさっきの酒をついでやった。
じゃあ、今夜は夜更かしだな。
「やったー、ご主人様トランプしよう、トランプ!」
とトランプを引っ張り出してくる。
すごろくは改良中らしい。
「もっと、すっごく面白くする!」
とのことだ。
そこでトランプだと、他のゲームはフルンにはちょっとむずかしかったのか、ババ抜きがお気に入りだ。
「こういうのも売れそうですなー、大将はいろいろご存知ですな!」
とメイフル。
ずいぶんとお預けを食った分、たっぷりとかわいがってやったが、まだ物足りないなあ。
「どこ見てますねんな、ほんま大将はせっそなしですなー」
「まあね」
「試練に商売、欲張りな人はあっちも激しいいいますけど、ほんまですなあ。たのもしおますで」
そう言うメイフルはあれこれ算段しているようだ。
作るとなると大変だけど。
今度、麻雀パイでも作ってみようかな。
夢の脱衣麻雀ができるぞ。
延々とババ抜きを続けるうちにフルンが寝落ちしたので、子どもたちを寝かせて、改めてアルコールの時間だ。
酒瓶を幾つか並べて飲み比べる。
さっきの芋焼酎もどきもそうだが、立ち寄る町ごとに酒を買い集めるので結構増えてきたな。
つぎつぎ飲んでいくので、すぐに無くなるんだけど。
「さあさあご主人様! もっとお飲みください! ほら、グッとあけて! さあさあ!」
今日はレーンが隣に座って酌をしてくれている。
それはいいんだけど、レーンは何事にも景気が良すぎて大変だ。
まるでわんこそばのように酒を継ぎ足すので情緒もへったくれもない。
飲んでる最中に説教を始めない配慮があるだけマシだけど。
まったく、しょうがないやつだぐびぐび。
と景気良く酒をあおっていたら、再び先ほどの鳴き声が聞こえて思わずむせこむ。
「ご主人様、獣ごときに驚くとは修行が足りません! もっとしっかりしてください!」
油断してれば驚くんだよ。
口元を拭って飲み直そうとしたら、馬車からリプルが涙目で顔を出してきた。
「あの……ご主人様……」
そんなに怖かったか。
やっぱり狼は牛の天敵なんだろうか。
可愛いもんじゃないか。
招き寄せて、膝に抱えてやる。
「ごめんなさい、私……」
「まあ、たまにはいいじゃないか。なにか飲むか?」
「お酒は……おちちの味が落ちるので飲まないほうが」
「そうなのか?」
「はい、そう教わりました。飲んだ次の日の乳は売り物にならないって。お祭りの日はいただけるんですけど、その翌日はみんな搾ったおちちは捨てるんです。それに、あんまり得意じゃないし……」
「そうなのか、だったら無理には勧めないが、代わりにお茶でも飲むか」
「はい、頂きます」
「では、僭越ながら私がお入れしましょう!」
とレーンが立ち上がる。
「あ、自分で……」
「だいじょうぶ! あなたはご主人様におっぱいでも揉まれていてください!」
たまにはいい事言うな。
ということで四つの胸を順番に揉みまくった。
「あ……う…」
たちまち顔を赤くするリプル。
みんなそれぞれに反応が違って楽しいな。
それにしてもすっかり張りが出て、りっぱな胸になったなあ。
腕が二本しか無いのがうらめしい。
「あ、ありがとうございます。毎日……して頂いているからだと…おもいます」
「そうかそうか、俺もがんばったからなあ」
「お役に立てて、うれしいです」
リプルは淹れたてのお茶を美味しそうにすする。
ミルクティーなんだけど、これ自分で搾ったミルクを自分で飲んでるんだよな。
俺は自分のなんて飲めないけどな。
……嫌な考えになってしまった。
「おいしいですよ、ご主人様」
「お、そうかそうか、ちょっと味見させてくれ」
「はい、どうぞ」
受け取ったお茶をすする。
「うまい」
「えへへ、温まりますね」
「全くだ」
「ご主人様にも、お入れしましょうか?」
レーンが聞いてくるが、やっぱり酒でいいや。
雨は降り続く。
月が隠れているせいか、いつもより夜の闇が深い。
忘れた頃に響くヴェルフの遠吠えに、リプルはちょっとだけ体をこわばらせるが、そのたびに振り返って俺の顔を見ると、安心したようににっこりほほえむ。
俺の顔ぐらいでそんなに安心できるか。
俺の顔力もなかなかのもんだな。
焚き火の横に出したテーブルを囲んで、エンテルとデュース、メイフルの三人は何やらぶつぶつと唸っている。
謎々を考えているらしい。
思いついた問題をみんなに渡してはダメ出しを食らっている。
まあ、そんなうまくはいかんわな。
アンもはじめは頑張っていたが、どうも真面目すぎるのか向いてないようだ。
頭の善し悪しだけじゃ決まらないよな、こういうのって。
俺はまあ、なにか思いつけば協力する方向で。
反対側では、エクとプールがいつものようにチェスをしている。
こちらもよく飽きないな。
プールもちょっとずつ上達したのか、最近は時々エクに勝利している。
むしろ実力が伯仲してきたからこそ、のめり込んでいるのかもな。
背中の具合はいいらしい。
羽が生えるまで半年はかかるようだ。
だが、今回は生え変わる羽だったからいいようなものの、大きな怪我だと大変らしい。
聞くところによると、高度な医療術をもつ神官などは、魔族の治療を拒むそうだ。
余程のコネがあるか、もぐりの医者に高額な謝礼を払うかしなければならない。
金で済む問題ならともかく、何かと大変そうだ。
怪我はしないに越したことはないが、そうも言っていられない仕事だからな。
更に夜は更けていく。
デュースたちも作業はやめて、グラスを傾けている。
つまみに炙ったナッツの匂いが香ばしい。
隣のレーンは少し頬をあからめてほろ酔いのようだ。
口数が減った分、手数が増えるのか、俺の太もものあたりを弄ってくる。
今はリプルを抱っこしてるから後でな。
雨は少し小降りになってきただろうか。
いつの間にか遠吠えも止んでいた。
仮眠をとっていたエレンとオルエンが起きだしてくる。
いつの間にかリプルは俺の膝の上で眠っていた。
俺も眠るとするか。
紅たちにあとは任せて、リプルを抱きかかえて馬車に入る。
キャビンの中は隙間なく洗濯物が吊るされて、移動もままならない。
床には皆がみっしり詰まって寝てるしな。
腹を出して寝ているペイルーンを踏んづけたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して毛布をかけ直してやった。
となりに隙間を見つけて、リプルを寝かせて毛布をかける。
その反対側に俺の寝床がこしらえてあるのでそこに横になると、ついてきたレーンを抱きかかえて横になった。
遅れてアンやデュースたちも入ってきたようだ。
それぞれが隙間を見つけて横になる。
さすがに、ちょっと夜更かししすぎたかな。
レーンの体をまさぐるうちに、気がつけば、俺は眠りに落ちていた。
途中でやめちゃって、明日、怒られなきゃいいけど。
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