第70話 潮時
朝。
まだ薄暗いうちにキャンプを出る。
混み合う前に塔に出向くのにも慣れてきた。
元々、朝は強いほうだしな。
他の従者たちも、一部を除けばみんなそれなりに早く起きる。
そもそも、夜型という習慣がないのだろう。
今日は塔の前でメイフルと待ち合わせだ。
結局、しばらく仕事を休むことになったので、一緒に潜りたいらしい。
店の方は、再開の目処が立たないようだ。
「再就職のために、腕を磨きませんとなー」
とのことだ。
大変だな。
報酬はその日の収入の一割ということで話をつけた。
即席パーティでは頭割りが基本らしいので、十人編成の一人分という計算だ。
編成は次の通り。
A班がオルエン、フルン、紅、エレン、デュース。
B班がセス、メイフル、レーン、プール、そして俺。
A班が前に出て戦い、B班がそのフォローという塩梅だ。
今日は塔の十階に挑む。
ここまで来ると、周りの冒険者も精鋭ぞろいで、それにふさわしい敵とはでなバトルを繰り広げている。
無論、俺達も引けは取らない。
さっそく、上級のギアント相手に、一戦終えたところだ。
騎士のオルエンと犬耳のフルンのペアで壁を作り、ギアントの二メートルオーバーの筋肉の塊から繰り出される強力な攻撃をしのぐ。
防御に回れば、今では数分は余裕で稼げるようになった。
そして、それだけあればベテランのデュースが呪文を練り上げるには十分だった。
消し炭になったギアントの死骸から、コアを拾い上げつつ、メイフルが感嘆の声を上げる。
「いやー、大した威力ですなー。これほどの魔法は、そうそうお目にかかれませんで」
たしかにそうなんだよな。
よそのパーティの戦いを見ていても、これほどの火力をもった魔導師はほとんど見ない。
大半は弓矢と同程度の威力しかない火の玉や、睡眠などの補助魔法が中心だ。
そもそも、デュースはもっと上位の魔法を持っている。
この切り札を、いかにうまく使うかが大事なんだよなあ。
このところ見せ場のない俺だったが、初心に帰って自分の役割に専念していた。
つまり、パーティの指揮官としての仕事だ。
こちらもちっともうまくなってる気はしないが、こればかりは代わってもらうわけには行かないんだよな。
デュースは実戦経験という点では一番豊富なんだが、例のごとく、結構どじなところがある。
その点、レーンは勇者の従者になりたいと言っていただけあって、僧侶としてというより、冒険者としてパーティでの戦い方をアカデミックに学んでいたそうだ。
少人数のパーティであれば戦士系がリーダーとなるが、うちぐらいの規模になると、僧侶がリーダーになることも多いらしい。
攻守に長ける技能、精神的なタフさ、あるいはバックに神様を背負ってる安心感とか、そういうのがあるからかな。
魔導師であるデュースには参謀としてアドバイスはもらうが、リーダーとしての心構えは、レーンに教わるほうが良いようだ。
オルエンも騎士として同様の教育を受けているが、あの口下手な性格だからな。
教えるのは苦手らしい。
そんなわけで、俺もレーンのありがたい講釈を聞く羽目になっていた。
「リーダーに必要なことは、一にも二にも観察です! 戦況だけでなく各メンバーの状態、装備、はては人間関係まで、全てに目を行き届けねばなりません!」
「なるほど」
「それができれば、実際には取りうる選択肢というものは思いの外、少ないことに気がつくでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです。こと、このような探索においては、行くか戻るか、この二択だといって良いでしょう!」
「なるほど」
「リーダーといえども、パーティの一挙手一投足すべてをコントロールするわけではありません! 過剰な指示は個々人のやる気を失わせるだけでなく、本来出せる力まで削いでしまいます! 剣の振り方は剣士が一番知っていますし、罠は命じなくても盗賊が見つけるでしょう! ですが、見つけた罠を解除するか、迂回するか、それを決めるのがリーダーです!」
「もっともだな」
「もう一度言いますが、よく観察することです! やるべきことが見えてくれば、やってはいけないことも見えてきます! 全員が自分のやるべきことを過不足なく遂行できれば、探索はうまくいくでしょう!」
というわけで、よく観察することにした。
細い通路を二列になって進む。
前を行くA班は先頭がエレンとフルンで、最後がオルエンとデュースだ。
オルエンは軽装の甲冑だが、カシャカシャとプレートが揺れるたびに、お尻のあたりが締まって動く。
となりのデュースはローブ越しにわかるほど豊かなおしりがぷるぷると動いている。
いつもどおりだな、と確認してから隣のレーンと目を合わせると、満面の笑みで返された。
怖い。
真面目にやろう。
俺のすぐ前を歩くメイフルは、どこを見るともなしにふんわり歩いている。
歩く度に襟首でカールした黒髪がふわふわ揺れる。
なんかほんとにふわふわ歩くな、彼女は。
エレンは普通に歩いてても、指先まで神経を張り巡らせてる感じがするんだけど、メイフルはなんというか、魂が体から抜け出てるような気がするぐらい、ふんわりしてる。
ほっといたら、飛んで行っちゃいそうだ。
店にいるときはそうでもないので、たぶん、これが彼女の戦闘スタイルなんだろう。
ふと、メイフルが歩みをとめる。
先頭にいたエレンが半歩遅れて振り返ると、メイフルが軽くサインを送ったようだ。
エレンは皆を制止すると、忍び足になって、一人先行する。
十メートルほど先の右折路で立ち止まると、先を確認していた。
すぐに戻ってきたエレンが言うには、中型のガーディアンが四体、道を塞いでいるらしい。
その先に、扉が見えたそうだ。
たぶん、その奥が昇り階段だろう。
この塔はだいたいそんな感じで、中ボスを倒すと上に登れるようになっている。
道幅は三メートルほどの一本道、三人並ぶには無理があるが、それは敵も同様だろう。
「一匹ずつ、おびき出せればいいんだけど」
今作った地図を見ながらエレンが首をひねる。
こっちの通りまで誘い出せば、もうすこし道が広いので、左右に分かれて敵を挟撃できる。
「うちらが突進して、ひっぱってきまひょか? そういうのも盗賊の仕事でっせ?」
「そうだね、たまには見せ場ももらわないと」
とメイフルとエレンは乗り気だが、地図を眺めていて、いい方法を思いついた。
「この角のところでオルエンとフルンがガードしつつ、デュースが魔法をどんどん撃てばいいんじゃないか? そしたら取りこぼしてもこっちまで出てくるだろうから、あとはどうにかなるだろう」
「ははー、それはまたずるい方法ですねー」
「ずるいとまずいかな?」
「いいえー、大変良いと思いますよー、どうですかー?」
とデュースが確認すると、みんな賛成してくれた。
「いいですね! 堅実な方法です! そういう風に作戦は考えるものだと思います!」
レーンも褒めてくれたので大丈夫な気がしてきた。
そんなわけで、作戦開始だ。
予めデュースが呪文を詠唱しておき、オルエンとフルンにカバーされながら、通路に踊りでる。
同時に敵も魔法を放ってくるが、盾でしのげるレベルのものだ。
魔法を唱えてから、敵がこちらに突進を始めるのに一瞬の間があく。
その隙を突いて、デュースが特大の火の玉をお見舞いすると、前にいた一匹は直撃で消し飛び、二匹もかなりのダメージを受ける。
残りの一匹がこちらに突進してくるが、それこそ思う壺だ。
十分に引きつけて、オルエンとフルンが挟み込み削った上で、セスがとどめを刺す。
同時にエレンとメイフルが奥に突撃して、ダメージを負った二匹を仕留めていた。
「いやー、うまく行ったね。旦那の作戦がこんなにはまったのは初めてじゃない?」
「そうだっけ?」
「これからも頼りにしてるよ」
とエレン。
コアを回収してから、あたりを調べると、扉の先は予想通り昇り階段だった。
周りには、敵はいないようだ。
だが、ここで休憩していて、今のガーディアンが復活しても困る。
先に進むか、今日は戻るか。
思案のしどころだな。
ところで今何時だ?
「十時です!」
とレーン。
戻るのに最短で一時間はかかるとしたら、潮時だな。
帰ろう。
「了解しました!」
一応周りのトラップや隠し通路を探してから、ボス部屋をあとにすると、前からがやがやと話し声が聞こえてきた。
団体様のお越しだろうか。
しばらく様子を見ていると、出てきたのはなんと、青の鉄人こと勇者ゴウドンだった。
「あ、あの方が青の鉄人! ご、ご主人様! 紹介、紹介してください!」
珍しくレーンがあがっているが、ほっておいて挨拶する。
「おう、これはクリュウ殿か、試練の旅に出たとは聞いたが元気そうだな。デュースも変わりないようだ」
「おかげさまで。あなたはなにを?」
まさか勇者が塔で金稼ぎじゃなかろうし。
「いや、なに。上でちょっとな」
と言ってデュースの方をちらりと見てから、目を背けた。
「相変わらず、嘘のつけない子ですねー。お連れは冒険者ギルドの方のようですがー。もしかして、コアの延命を?」
「ん……まあ、そんなところだ」
「そうですかー、まだ早いと思うのですがー」
「皆が稼ぎすぎるのだよ。ずいぶんと削れているらしい」
「困りましたねー」
「まあ、今日明日ということはないはずだ。安心して探索を続けるがいい」
「そうしましょー」
よくわからんが、後で聞いとくか。
「できれば一献交わしたいが、あとがつかえていてな。まったく、平時の勇者など、ただの雑用係よ」
それだけ言うと、青の鉄人は奥に進んでいった。
あいかわらず、せわしない感じだな。
「うう、サインだけでも欲しかったのに……」
振り返ると、レーンが恨めしそうな顔で睨んでくる。
すまん、なんか切り出せる感じじゃなかったよな。
帰り道、何度か戦闘をこなして、ちょうど昼ごろに塔を出た。
コアを換金してメイフルに報酬を渡して別れる。
「まいどおおきに。よければまた、夜にでもお邪魔させてもらいますわ」
「ああ、待ってるよ」
「やっぱ大将らと潜ると、楽しゅうおますなあ。まさか勇者様を間近で拝めるとは思いませんでしたわ。ほなあとで」
去っていくメイフルの足取りは、言葉とは裏腹に、重そうだった。
困ったもんだな。
「ところで、さっきゴウドンの旦那は、何をしてたんだ?」
とデュースに尋ねると、
「あれはですねー、塔の中枢であるコアの修理ですねー」
「修理するのか」
「修理というか、延命ですねー。塔は人が来れば来るほどー、中枢のコアが目減りしていくんですよー。それが尽きてしまうと、塔が枯れちゃうんですよー」
「そうなのか。でも、延命できるんだ」
「そうですねー、冒険者ギルドで集めたコアを注入してやることで、ある程度はもつんですがー、それにも限度がありますねー」
バッテリーに水をたすようなもんかな?
ちょっと違うか、コアそのものが源なんだろうなあ、たぶん。
「しかし、塔がなくなると街は錆びれるんじゃないのか?」
「ここまで大きな街なら、それほど大きな影響はないですよー。大店がひとつ潰れるぐらいのものでしょうかー。冒険者稼業には影響が大きいでしょうけどー」
「メイフルには災難だな」
「悪いことは、重なるものですねー」
メイフルは知ってたのかな?
地元民なら、それぐらい耳に入るかもなあ。
「それにしても、前の結界の貼り直しといい、勇者ってそんなに雑用ばかりしてるのか?」
「そうですねー、といっても、代わりを誰がやるのかと言われたら、また難しいですからー」
「そりゃ、そうかもなあ。そう言えばリースエルさんはどうしてるんだろうな。いろいろ世話になったけど、まだエツレヤアンにいるんだろうか」
「孫がどうとかで国に帰ると言ってましたけどー、そろそろ手紙の一つも届くのでは?」
手紙か。
そういや、そういうのもあるわな。
元の世界ではメールしか使わなくなって久しいが、ネットがないとメールもないので、そういう連絡手段のことをすっかり忘れていた。
キャンプに帰ると、ちょうどエツレヤアンからの手紙が届いたところだった。
偶然ってあるものだなあ。
と思ったが、前のボズの村を出る前にアンが手紙を出していたらしい。
郵便はゲートを使うものと、通常の陸路の二通りあるそうで、普通は陸路で運ぶそうだ。
こいつも陸路で来ていた。
手紙の他に、荷物などもある。
ちゃんと届くものなんだなあ。
すべて俺宛になっているが、差出人は身内のいる従者の家族からで、当然中身も彼女たち向けのものだ。
アフリエールの祖母からは春物の子供服などが、エンテルの父からはミカンが届いていた。
「もう、送るほうが高く付くでしょうに」
とエンテルは呆れているが、それでも食べさせたいんだろう。
ペイルーンの話では、エンテルの好物だそうで、発掘中にもよく送ってきていたそうだ。
ありがたい話だな。
アフリエールはフルンたちと一緒になって御礼の手紙を書いていた。
俺も一筆かかんとな。
アンに教わってテンプレっぽい手紙をあまり達筆とはいえない字でしたためた。
これでよし。
エンテルには別に手紙が届いていた。
アカデミアの工房からで、例の遺跡のことだろう。
「ひとまず、調査隊を派遣してくるようですよ。週末に来るので、私とペイルーンは出てもよいでしょうか」
「そりゃいいけど、二人で大丈夫か?」
「ええ、現地の入り口まで案内するだけですし」
まあ、大丈夫かなあ。
それとも、セスとエレンぐらいつけたほうがいいかな?
そろそろ休みもいるだろうし。
「では、そのように致します」
セスとエレンには悪いが、残りはその日は休みにさせてもらった。
夜にメイフルが来た時にその話をすると、自分もお伴するという。
別にいいんじゃないのかな、とめる理由もないし。
それとなく塔の話を振ると、やはり知っていたらしい。
そもそも店長の娘がやめさせようとする理由の一つがそれなんだそうだ。
冒険者がいなくなれば、続ける理由も無いだろうしな。
「うちも大将をみならって、旅をしながら商いでもしましょかねえ」
しんみりと語るメイフルを見ていると、潮時な気がする。
「一緒に来るか? うちの商売を手伝ってくれると、俺も助かるんだが」
「それも、よろしいですなあ」
そういってしばらく俺の目を見つめていたが、不意に目をそらす。
「せやけど、うちだけ従者やないと、いづろうおますわなあ」
「そうかもなあ」
「そうなったら、うちを無理矢理でも、抱いてくれますん?」
そういって再び俺の目を見つめ、怪しく微笑む。
その熱いまなざしから、おもわず目をそらしそうになるのをじっと我慢していたが、結局返事はかえせなかった。
「ふふ、大将はええお人ですなあ。けど、なかなかええようには、いかんもんですな」
「そうだな」
「ちょっと湿っぽうなってしまいましたな。今夜は帰って寝ますわ。また明日も頼んますで」
「ああ、こっちこそ、よろしくたのむよ」
そう言って、メイフルは帰っていった。
ほんと、どうしたもんだか。
「旦那は気を使いすぎだよ」
とエレンは言うが、
「でもお前、無理やり押し倒したら怒るだろう」
「まあね」
「まったく、好き勝手言ってくれるもんだ」
「そりゃあ、僕は旦那の従者だもの。そういうことを言う僕がいいんだろ?」
「よくわかるな」
「わかるから、従者なのさ。でもメイフルにはまだわからないんだろうね。あるいは、わからないと思い込んでるのかな、自分がどうすれば旦那に喜んでもらえるかが……ね」
「そのままでいいのになあ」
「それが、相性ってことだよ」
「なるほどね」
会社の上司じゃあるまいし、常に考えながら相手にあわせるんじゃ、身がもたないよな。
両親のことはあまり覚えてないが、祖母に対して気を使った記憶はないもんな。
よく怒られたけど、それはまた別の話だ。
今も意識しなくてもみんなのことを気に入ってるからなあ。
でも、その理屈で言うとメイフルも気に入ってるんだよな。
しかし、なんだか面倒になってきた。
さっき無理やり押し倒せばよかったか。
「そういう単純なところも、僕は好きだけどね」
「あれ、顔に出てた?」
「明日はそんな顔をしないように気をつけないとね」
全くだな。
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