第69話 引き際

 その日の探索を終えて、散歩がてらに盗賊のエレンと犬耳のフルンをつれて店に出向くと、店長のばあさんがいた。


「あれ、隠居するんじゃ?」

「よしとくれよ。あんたみたいないい男に年寄り扱いされたら、心まで老けちまう」

「そりゃあ申し訳ない。じゃあ、店は続けるんです?」

「あたりまえだよ」


 問題を先送りしただけかも知れないけど、それならそれで良かったのかな。

 名案を思いつかないまま、気合だけ入れてやってきたのに、肩すかしだったぜ。

 メイフルも出前でいないそうなので、今日のところは退散……と思ったら、血相を変えたご婦人が飛び込んできた。


「おかあさん! 病院を抜けだしたと思ったらこんなところに!」

「なんだい、やかましいねえ。今、接客中だよ」

「あ、あら、これは申し訳ありません」


 俺達は適当に挨拶をして、店を後にする。

 なるほど、彼女も海の女って感じだな。

 そう言えば、メイフルは船には乗らないのかな。

 ここで働いてたってことは、そっちには興味が無いのか。

 いや、彼女を雇うような物好きは、あの婆さん以外に早々いるものでもないか。


 そんなことを考えていると、俺たちと入れ違いに、メイフルが戻ってきた。


「あら、まいど。もうお帰りですのん? ゆっくりしてってくれたらええのに。じつは、店長が……」

「それなんだけど、いま、娘さんが来てるよ」

「あら、もう来てましたんかいな。来るやろな、とは思うてましたが」


 そこに店長の娘が追い出されるように出てくる。

 俺達は少し距離をおいて、物陰から盗み聞きだ。


「メイフル、戻ってたのね。あなたからも言ってちょうだい」

「女将さんがいうても駄目やのに、うちが言うても聞きますかいな」

「そんなことはないわよ。こんなことはいいたくないのだけれど、母はもうずいぶん前に引退するつもりだったのよ。だけど、あなたが来たから……」


 そこに、店長が足を引きずりながら出てくる。

 修羅場っぽいな。


「余計なことを言ってるんじゃないよ。あたしゃ自分が働きたいから働いてるだけさ。辞め時が来たら辞める。商売には退き時が肝心なのさ、これがあたしがバンドンに奉公に出て最初に教わったことだし、うちで働く子に最初に教えるのもこれなんだよ。あんたにだって教えただろう」

「だからこそよ。おかあさんはもう、歩くのも大変なのに……」

「いいから帰って亭主の飯でも作りな。あんたのとこだって暇じゃないだろう」

「おかあさん……」


 店長の娘は、すごすごと帰っていった。




「ねえ、誰が悪いのかな?」


 店からの帰り道、フルンがエレンに尋ねる。


「うーん、誰も悪くないんじゃないかな」

「だったら、どうしてうまくいかないの?」

「さあ、なぜかな。帰ったらまたレーンに聞いてみたらどうだい?」

「レーンのお話は面白いけどむずかしいの」

「そうだね。でも、難しい問題は、難しく考えなきゃわからないのさ」

「ふーん。もっと簡単だといいのにね」

「そうかな?」

「えー、難しいほうがいいの?」

「簡単だと、すぐに飽きるかもよ」

「そっかー、じんせー長いもんね。飽きたらあとはごくつぶしのじんせーだよ」


 嫌な話をしてるな。

 夕食の後、フルンはレーンに先ほどのことを聞いていた。


「どうして、誰も悪くないのにうまくいかないの?」

「不思議ですか?」

「うん」

「何故です?」

「なぜって……うちはみんな好き勝手してもうまく行ってるよ?」

「そうですね。ですが、フルンさんだってご主人様に貰われるまでは、あまりうまく行ってはいなかったのでは?」

「うーん、エレンとはうまく行ってたよ。でも……」

「他はよろしくなかったのでしょう」

「うん……」

「残念ながら、世の中はそういうものなのです」

「なんで?」

「それに答えるのは、全知ではない人の身では無理でしょう。かわりに簡単な喩え話をしましょうか。坊主は喩え話が好きなのです!」

「聞く!」

「昔々、あるところに!」

「うん!」

「正直者と嘘つきしかいない村がありました!」

「へんなの!」

「そこにフルンさんが訪ねて行って村人に訪ねます。あなたは正直者ですか、と」

「うん」

「すると、村人はなんと答えますか?」

「えーと、正直者はハイって答えるし……嘘つきは……やっぱりハイ!」

「そうですね。村人は全員ハイとしか答えられません。では、そこに私があらわれて、おなじ質問を受けたとしましょう」

「レーンは正直者ですか?」

「いいえ!」

「違うの!?」

「喩え話です! さて、いいえと答えた私は、正直者でしょうか、嘘つきでしょうか?」

「えーと、えーと、どっちでもない!」

「そう、私はどちらでもないのです。どちらでもない私は、正直者と嘘つきしかいない村では存在することが許されません。なぜなら、そこは正直者と嘘つきの村だからです!」

「じゃあ、正直者と嘘つきとレーンの村にすればいい!」

「そうですね! でも、正直者と嘘つきだけの村では、それができません」

「なんで?」

「なぜなら、私というどちらでもない者を受け入れるには、村のルールの枠を広げなければならないのです。言い換えれば、一段、広いところから世界を見なければなりません!」

「広いところ?」

「そうです。それぞれのルールの枠内では矛盾なく成り立っていても、互いに矛盾する存在を受け入れようと思えば、より広いルールが必要になります。それを無限に広げていくと、やがてすべてを許容できる、全能の存在に行き当たります」

「神様のこと?」

「そうです! だから神の定めたルールである正義は常に我々の外に有り、常に有効で、そして不変なのです!」

「うーん、わかったような、わかんないような……」

「おや、歯切れがよくありませんね。フルンさんらしくもない」

「だって、私は神様の話じゃなくて、メイフルのことが知りたいんだもん」

「結構、論点がぶれていませんね。この場合、盗賊の商人というのが矛盾した存在です」

「メイフルは良い盗賊だよ!」

「そしてバンドン商会も、この町では評判の良いお店です」

「別々なら、いいんだよね?」

「そのとおり。ではもう、お分かりでしょう。だからこそ、全員がうまくいくルールは人間には簡単には作れないのです」

「困ったね」

「困りますね! そして悩みます。おそらくは死ぬまで悩むでしょう。人は己が存在する上での矛盾を一度に解決することができないのです!」

「えーそうなの? ほんとはなにか凄い方法とか無いの?」

「ありません! そこで横着をすれば、そのしわ寄せは誰かに行ってしまいます。一歩ずつ、自分達の枠を広げていくだけなのです」

「大変だねえ」


 フルンはレーンとの問答をすっかり楽しむようになってるな。

 屁理屈をこねる剣士というのも、面白いかもしれんな。

 その後もレーンのありがたい説法はまだまだ続いているようだった。


「レーンは相変わらずお説教が下手ですね」


 俺に酌をしながら、アンが言う。


「そうかな?」

「あれでは、大抵の民衆は理解できません。もっとわかりやすく噛み砕いて話さなければ」

「しかしなあ、俺の経験上、わかりやすい話をする学者とか専門家、ってのは大抵、怠け者か不誠実か詐欺師のどれかなんだよな。難しい学問をまじめに話せば、やっぱり難しくなるもんだ」

「そうですね。ただ、人は理解したいわけではなく、納得したいだけなので。人が説法に求めるのは、それなんですよ。ですから、お説教としてはやっぱり下手なんですね。でも、フルンの教師としては、いいのかもしれません」

「そうかもな」


 この問題を自分の立場で考えてみれば、結論は簡単だ

 要するに、俺のお気に入りであるメイフルに幸せになってもらいたいわけだ。

 俺の理想としては、彼女を従者にしたい。

 だけど彼女の体は光らなかった。

 経験上、脈はある気がするので、うまくすれば光ると思うんだけど、どうすりゃいいんだろうな。

 光らなかった時のことも考えておくべきだろう。

 たとえば、うちの店のアドバイザーとして雇う。

 うちは所詮素人商売だ。

 彼女に手腕を振るってもらえば、さぞ売上も上がるだろう。

 その儲けで給料ぐらい、払えるかもしれない。

 あるいは、相性が悪くても従者にすることもできる。

 聞くところによると、盗賊は貰い手がほとんどいないので、盗賊の慰み者として、なし崩し的に契約するものも多いらしい。

 もし俺が、どうしても彼女をほしいと思えば、そういう手もある。

 あくまで可能性の話だけど慣れればどうにかなるかもしれない。

 そもそも地球のカップルはみんな相性チェックで体が光ったりしないもんな。

 もっとも、それは前提と反するので、ちょっと現実的じゃないけど。


 そういえば店長さんは、引き際の事を言っていたなあ。

 メイフルに対する引き際は、予め覚悟しておくべきだよな。

 出会った女の子を片っ端からナンパしていくわけにはいかんだろう。

 今更言っても、あまり説得力がないが。


 しかし、引き際かあ。

 知り合いの社長さんも言ってたなあ。

 会社は潰れてからじゃ遅いって。

 借金で首が回らなくなる前に、駄目だと思ったら清算しないと、取り返しがつかなくなると。

 それで実際に前の会社は取り返しがつかなくなったんだけど。

 俺もこれだけの数を連れてるんだから、ちゃんとしないとねえ。


「じゃあ、女神様のルールは誰が決めたの? 女神様はぜんのーだから自分で決められるの?」


 レーンとフルンの問答はまだ続いていた。


「我が精霊教会の教えでは、そうです! それ以外だと例えば黒竜会では、女神より上位の存在として、黒竜を置いていますね!」

「黒竜?」

「世界樹のやどりし深淵の大地たる黒竜、お伽話ではよく出てきますね!」

「しってる! 黒竜ベエラルンデと勇者の一騎打ち!」

「そうです! 私も幼いころに読みふけりました!」

「私も黒竜を倒す!」

「倒しましょう! そして勝利を我らが主に!」

「ささげるのだー!」


 盛り上がってるな。


「まったく、レーンは僧侶としての自覚も足りませんねえ。黒竜会は異端なのですよ」


 と言って、アンは眉をしかめる。


「へえ、そう言うのもあるのか」

「黒竜会はその名の通り、黒竜を唯一絶対の神として称える精霊教会の一派なのですが、ホロアも迫害してきた歴史があるので」

「そりゃあ、けしからんな」

「今では辺境にわずかに残る程度なんですけど、二人も話していた黒竜と勇者のお話は有名なので、知名度は有りますね」

「なるほどね。それはそうと、竜っているのか?

「いますよ。精霊の眷属のうちで、もっとも強いものが竜と呼ばれます。その力の種類に応じて、赤竜や水竜、石竜などとよばれていますね」

「精霊の眷属ってのもあるのか。そもそも精霊と精霊石って何が違うんだ?」

「自我を持った精霊石が精霊だとも、逆に精霊が死んで結晶になると精霊石になるとも言われていますが、力の本質としては同じものです。水と氷のようなものだと、教会では教えています」

「へえ」

「精霊の力というのは、私どものコアと同じだとも言われています。そういう立場からは、ホロアは受肉した精霊だと考える人もいるようですね」

「じゃあ女神様も精霊だったのかな」

「例の黒竜会では女神もホロアもすべて精霊の一形態に過ぎず、黒竜の端女であると考えているようですね」

「それじゃあ、見下して迫害もするかもなあ」

「困ったものです」


 こんなに最高なメイド達を迫害する物好きがいるんだから、盗賊を迫害する人だっているんだろうなあ。

 だからといって、それで何らかの慰めが得られるわけじゃあ、あるまいし。

 うーん、どうしたものか。




 気がつけば夜もふけていた。

 だが夜はこれからってもんだ。

 周りの冒険者連中も、朝は早起きしてるはずなのに、まだ騒いでいるようだ。

 そうでなきゃ、冒険者稼業は務まらんよなあ。


 今夜はフルンたちが作ったすごろくで遊んでいる。

 トランプが気に入ったフルンが自分でもなにかゲームを作りたいというので、簡単にできそうなものを考えた結果がすごろくだったわけだ。

 油断すると即スタートに戻されたり、連続して六を要求されたりと、ありがちな酷い難易度になっている。

 まあ、こうじゃないとな。


 サイコロはエレンに木片で作ってもらった。

 こちらの世界にもサイコロはあるようで、鉛筆みたいな五面体の棒を転がすそうだが、今回は地球仕様のサイコロだ。

 深い意味は無いが、こういうのって慣れた形をしてないと落ち着かないよな。


「六出ないー、こんなのゴールできるわけない! ひどい!」


 などといってフルンは楽しんでいた。

 自分で作ると楽しいもんだ。


「でもこれって、ちゃんと数字を調整すると、すごく面白いんじゃない?」


 とエレン。


「そりゃ、面白いよ。他にも買い物の要素を入れたりするともっと面白くなるぞ」

「へえ、そりゃあいいね」


 俺もうろ覚えなので、じっくり作ると楽しいかもな。

 試練の塔をモチーフにすれば売れそうな気がするなあ。

 アイデアなんていくらでも出てくるけど、形にするのは大変だよな。

 しっかり考えないとなあ。


 すごろくで盛り上がってる子どもたちを眺めながら、酒を飲む。

 そろそろ寝かさないとアンが怒るよな。

 と思って、アンの方を見ると、何やら家計簿をつけていた。

 さすが我が家を仕切るメイド長のアン。

 そんなこともしてたのか。

 まあ、家計簿はいるよな。


「帳簿は苦手なんですよ。ご主人様に数学を教わってから、計算はだいぶ楽になったのですが」

「でもまあ、この人数だとどんぶり勘定とはいかないわな」

「ええ。みんなを飢えさすわけには、いきませんからね」


 苦労をかけるなあ。


「で、収支はどうなんだ?」

「黒字ですよ。お店の方はイマイチなのですが、やはり探索での儲けが大きいですね。これを商売にする人の気持もわかります」

「うちも、このまま予定通り紳士の試練を終えたとして、あとはどうするんだ?」

「そうですね。ホロアマスターの称号を得た紳士であれば、どこの国でも召し抱えたいと言ってきますから、そういうところで禄を食むのが普通でしょうか。どこかの土地に封じられるかもしれませんし」

「要するに宮仕えか」

「ご主人様は、そういう生活は望まれませんか」

「向いてると思うか?」

「私の口からは、なんとも」


 そういって苦笑するアン。

 アンはそういう暮らしをしてほしがってるのかな。

 そういうわけでも、なさそうだが。


「私は、お側でお仕えできれば、それでいいのです。今のままでもいいぐらいです。ですが、紳士の称号だけはどうしても必要だと思います」

「なぜだ?」

「王や貴族は、所詮人の世の移ろいゆく価値でしかありません。レーンの言葉を借りれば、人の決めたルールです。ですが、紳士の称号は、神が与えるものですから、それはこの世で生きる我々すべてにとって、普遍的な価値が有るのです」

「そんなものかね」

「それと……」

「うん?」

「私がホロアとして成人した際に、自分の決意を女神に誓う、奉仕請願を立てたのですが。その時に、女神のお言葉を賜りました」

「ほほう」

「かいつまんで言うと、主人の使命を果たせ、その力となれ、というものでした。我が主人が紳士である以上、その使命とは試練に挑むこと、そう思うのです」


 なるほどねえ。

 まあ、別に動機なんてどうでもよくて、アンがそうして欲しいなら、できるかぎり叶えてやりたいんだけどな。

 他のみんなもそうだけど、特になにも言わないからなあ。

 アンも、常識的なことにはうるさいけど、小言が多いだけで、すぐ折れるし。

 要するにうちはみんな、我慢しなくていいんだよな。

 これだけの人数で暮らしていて、それは凄いことじゃないかな。

 相性ってたいしたもんだな。


 俺が一人で感心していると、フルンが大あくびをしてアンに見咎められたようだ。

 慌てて口をふさぐがもう遅いぞ、フルン。


「おやすみなさい!」


 そう言って大慌てで子どもたちはテントに引っ込んでしまった。

 静かになると、ちょっと手持ち無沙汰だな。

 こういう時は揉むにかぎるんだが、揉まれ要員のオルエンやデュースは遅番なのですでに眠っている。

 今一人のエンテルはペイルーンと一緒に、馬車の影にテーブルを出して、ランプ片手になにかの資料を読みふけっていた。

 邪魔しちゃ悪いよな。

 それならばとモアノアを探すと、こちらはこちらで、なにか野菜を刻んで瓶に詰めていた。

 みんな忙しそうだ。


 暇そうなのはいつもどおりチェスをしているプールとエク、あとはカードで遊んでいるセスにエレン、紅とレーンか。

 酌は隣にいるアンが時々手を休めてやってくれるが、あとはぼーっと遊んだり働いてる従者たちを眺めてるだけだ。

 そういうのもいいかねえ。

 手近にあったクッションをまくらに、むしろの上にごろりと横になる。

 今日は月が眩しい。

 いい気持ちになってきた。

 このまま寝ると、アンに小言を食らうかな?

 だが、それもいいかもなあ、などとぼんやり考えながら、春の月夜を楽しむのだった。

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